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水墨画はむずかしいとよく言われます。
私も、そう思います。
美なるも醜なるも、紙一重の差だからです。
もちろん、何でもそう簡単なものはないでしょうが、水墨画の場合、ひとつには素材が非常にデリケートであること。まず紙という素材・・・・これは一生かかっても把握し切れない程の数があり、どれひとつ同じ性質のものはありません。しかも、しかもです!!
同じ紙であっても、その日の天候や湿度によってもその気まぐれを発揮してくれます。
昨日描いたのと同じスピードで今日描いても、何故か必要以上に滲んでみたり、同じような顔に見える墨もまた、やはり負けずに強い個性を持ち一筋縄ではいきません。
ぬれて輝く墨の色の美しさに感激したかと思うと、かわいて変化した墨の色にガッカリすることも、しばしば・・・。
まさに気難し屋の友人さながらの素材達にあたることも出来ず、一人つぶやくのです。
”修業が足りない”と。
しかし、その愛する仲間たちと自分の何かが非常にうまく調和した時、予想を超えた絶妙なセレモニーとなって現われることがあります。静止した画面に動きが現われ、メロディが流れてくるような感じを受けることが・・・。まさに私の小さな
”奇跡”の瞬間です。そして、いつも、その奇跡を求めて取り組むわけなのが、もちろんそう簡単に”奇跡”など起こる筈もなく、多くの時間が空しく過ぎていくことになります。
しかし、ヒョッとしたら明日こそ、これまでに見たことのないような美しい色や形、いや、色も形も超えた何か、心の奥深く求めている何かが、そこに忽然と姿が現われるかも・・・などと思いをはせながら、気難しい友人たちのご機嫌を伺う苦悶の毎日・・・・。
それでも、やはり、水墨画は私にとって、自分探しの旅の途中に、偶然に出会った一つの輝く星であることに違いありません。
もしかすると、それは偶然なのではなく、長い間ずっと求め続けてきたものだったような気もします。

プロローグ
prolog
「カルカッソンヌ街並」
「灯り」