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        DNA調査ポイントの青写真  ・・・・ 日本とイスラエルのリバイバルに向けて
                                                                    2007 7/15


  日本におけるユダヤ性に関する伝承や考古学的な証拠はたくさんあるが、DNA分析はそれを裏付ける確証となるものである。また、現在、イスラエルと日本、あるいは、イスラエルと教会が、経済的にも文化・宗教的にも急接近しつつある。そこで、日本のリバイバル、イスラエルへのユダヤ人の帰還、イスラエルの信仰回復を目標に、DNA調査・分析によって日本のユダヤ性、イスラエル性を裏付けるという立場から、その調査ポイントの青写真を作ることにする。


                1. Y染色体DNA分析の系統樹と世界分布:
                2. Y染色体DNAの日本への移動とイスラエルの移動ルート
                3. 海のシルクロードとエドム人の渡来・他の伝説
                4. 日本人のDNA調査の青写真



           (参考文献)  ・ DNAが解き明かす日本人の系譜、崎谷、勉誠出版、2005 8  ・ 失われたイスラエル10支族、ラビ・アビハイル、学研、2005 9
                    ・ 諏訪神社 謎の古代史、清川、彩流社、1995    ・ Y染色体から見た日本人、中堀、岩波科学ライブラリー、2007 5
                ・ 「失われた原始キリスト教徒秦氏の謎」、飛鳥・三神、学研、1995 7
                ・ 「日本の中のユダヤ文化」、久保有政、学研、2003 8、レムナント・ミニストリー



     1. Y染色体DNA分析の系統樹と世界分布:


  ミトコンドリアDNAが女系遺伝するのに対し、Y染色体は男系にのみ遺伝する。このように、男系または女系の片側だけに引き継がれる場合、系統樹を形作ることができる。(父、母の両方から約半分ずつ受け継ぐ一般の遺伝においては、系統樹を作ることはできず、グループ間の遺伝距離だけが明らかになる。) この系統樹と分布を追うことによって、Y染色体遺伝子のDNAがどこから発祥し、どのように移動して行ったかを推定することができる。(* ただし、Y染色体DNAの伝達は、必ずしも絶対的なものではなく、その特徴あるDNAが伝わらないことがよく起こる。もちろん、男系の家系が守られていないグループではこの原理は成り立たない。)

   

  2001年から2004年まで調べられた世界のY染色体DNAの系統樹と分布は次のとおりである。(各数十−数100人規模のデータ、系統樹の縦軸の長さは、DNAの変位の数(分岐の時間)に比例する)
   * 系統樹によるグループ間の近縁性と世界の分布から、 A−E: ハム系人種、 F−J: セム系人種、 K-R: ヤペテ系人種 と考えられる。


    
                                             ( → 系統樹の詳細 )

   


  これによると、日本のY染色体DNAは非常に特徴ある分布となっている。

 

  日本は、チベットと同じ D系統が半分近くも入っているが、その他の地域にはほとんど存在しない。驚くべきことに、このD系統は、アジア人種よりもアフリカ発祥の A、B系統に近く、地中海沿岸やアフリカ大陸に広く分布する E系統と、古い時代に分岐したものとなっている。(日本: D2のみ 40−50%、 チベット: D1 16% + D2 33%、その他の地域では D1、D2共非常に少ない。)
  東アジアの地域全体には O系統が広く分布し、D系統はO系統に駆逐され、島国の日本や山岳のチベットにのみ D系統が残ったと考えられる。すなわち、端的に、先住の「縄文人」はD系統、朝鮮半島から渡来してきた「弥生人」はO系統(+ C系統)(O2b、O3: 華北起源、C3: 北方アジア起源)という説が主流となっている。(D系統の生殖能力は低いとされている) C系統は、C3のみで、すべて北方系である。(沖縄のみ C1) このように、日本人の大部分は、縄文人も弥生人も華北あたりから朝鮮半島を通って日本列島にやって来たことがわかり、縄文人−南方起源説は間違いであるといえる。

   表の九州(28%)は福岡市(大陸からの玄関口)のみのデータであり、実際には九州でもD2系統は多いと思われる。HTLV-Tウィルスが朝鮮半島で少なく九州(長崎、五島列島)で多いこととの関連が期待される。また、関西方面のデータが無く今後の調査が待たれるところである。アイヌには、最も高い D2の集積(88%)があり、O系統が無い。このD2系統の南限は沖縄本島までであって、それ以南の八重山諸島には D系統が存在しなくなる。すなわち、温暖な縄文時代には、広く北海道から沖縄本島まで D2系統の縄文人(漁労、狩猟の民)が住んでいたと考えられる。その後、土地の隆起・沈没、気候の寒冷化のため、弥生人(農耕民)は北海道へは移動できなかったと考えられる。




  * 沖縄・与那国島や青森沖の海底遺跡や、日本各地にある 謎のピラミッド(山を階段状に加工した構造物)などは、アフリカ発祥のアニミズムを感じさせる。ピラミッドの起こりは古く、ノアの洪水後間もなくハム系の人々が(単なる墓としてではなく)”神の宿る山”として建設したと考えられる。(「神の山」(出4:27)とはエジプトのピラミッド)








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