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(1)カルト宗教と社会を総括する
V 自ら想い行うことは、神の意思であることを前提にしても日本の憲法は 政教分離で行うと謳っているのですから、如何に全知全能の救世主であろうとも、行政権、裁判権、立法権はありません。 物事の解決を依頼(相談ではない)しても、宗教指導者としての立場と範囲内でしか出来ないのです。云うならば、救世主と云えども、その制約の範囲内で、 救世の事業を成し遂げなくてはいけないのだと私は考えます。私としては、そのことを前提として行動したのですが、救世主側とは違っていたようです。 内容について順次記すことにします。 争いごとやトラブルの解決を、政治家に依頼すれば、政治家のやり方で 暴力団に依頼すれば、暴力団のやり方で解決するより仕方がないのです。宗教でも同じことで、政治家や暴力団のやり方で解決するのであれば、 それは最早宗教ではありません。全知全能の能力を所有していたとしても、直接行政を行ったり裁判の判定を下すことはできないのです。しかも、 神にできないことは無いと言うことですが、世界には解決できない難問が山ほどあるのです。神を自認するなら解決できるか?自分に問うてみる必要があります。 日本と云う政治情勢の安定した国の中に在って、個人的な 問題に関するトラブルに足を取られ、(トヨタとGLA)解決できなくするようでは、救世の事業などできる訳がありません。救世主と自認し、主張する 者を客観的に捉えて観ても、救世の事業などできないことは思っても、足元の小さなトラブルなども正常に解決されれば、その積み重ねにより、世代を越えて、 何時かはできるかも知れないと云う期待も持てますが、それさえ放棄していると観ざるを得ません。世界に山積する難問の解決は、 奇跡を起こす能力でもない限り不可能、なことは明らかです。 一人の人間の一生の時間では不可能な業であっても人々の心に奇跡を 起こす能力が有れば、自然現象を除いて、ほぼ何でも自分の想うことを実現することが可能になるでしょう。事実なら全知全能と言っても過言ではありません。 問題は実際にお言葉通リの奇跡が、起こせるか?どうか?と云うことなのです。自ら主催する団体の会員の数の拡張に精魂を込め、マインドコントロールして、 奇跡が起きたと錯覚していても、必ず矛盾が出てきます。会員の数の拡張が先ではないのです。会員の数は正しい行いを伴った教義よって、 自然に増えるものでなくてはいけないのです。以後実情を記すことにします。
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