「旧丸山変電所」

日本初の本線用変電所

旧丸山変電所は明治44年、碓氷線電化の際に横川発電所と共に建設された構造物です。
同じ設計の構造物が峠の頂上である矢ケ崎にも建設されましたが、現存していません。

 碓氷線は開業当時、蒸気機関車による運転でしたが、連続するトンネルにより機関士はもちろん
乗客も煙に悩まされ続けていました。
また、増加する輸送需要に蒸気機関車の運転効率では対応できなくなってきました。
そこで、早期に電化の計画は立てられ、明治44年に電化工事に着手しました。
しかし、当時電気のない町などいくらでもある時代に技術者などいるわけもなく、
建設しながら勉強していく状況でした。

 集電方法は、トンネル断面が小さいため架線の設置ができないため通常の線路の横に
もう1本レールを敷設し、ここから直流600Vの電気を取り入れる第3軌条方式が採用されました。
後にこの方法は東京の地下鉄銀座線のお手本になりました。

 変電所は2棟1組で、軽井沢方の機械室には450kwの回転変流機2基と
500VAの変圧器2基が収められ、横川方の蓄電池室には312個の鉛蓄電池が設置され、
列車の少ない時に充電し、列車の登坂時に放電して電力を補っていました。
そして昭和38年の新線開業に伴い、廃止となりました。

 平成6年、丸山変電所は日本の近代化に貢献した施設として国重要文化財に指定されました。
平成12年から平成14年に補修工事が施工され、建設当時の姿に復元されました。
現在の蓄電池室(横川方)。
復元工事を受けて、キレイナ姿になりました。
建物の前はアプトの道遊歩道です。
蓄電池室の内部

☆一般公開されていません。
現在の機械室(軽井沢方)。
機械室の内部

☆一般公開されていません。
トロッコ列車が5分間停車します。
まるやま駅は車椅子対応になっています。

↑「補修前の旧丸山変電所」
碓氷線廃止1年後の様子。
レールは錆び、雑草が生い茂っていました。

←「碓氷線廃止以前の様子」
毎日見送っていた特急「あさま」も過去の風景に
なりました。

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