| 碓氷線、横川〜軽井沢は、「中尾ルート」と呼ばれ、横川と軽井沢を短距離で結べる反面、 勾配が66.7‰と言う急勾配線区になりました。。 このため、通常の運転方式では車輪とレールの摩擦力が不足し、登坂できません。 そこで、当時、ドイツの山岳鉄道で実用化されていた「アプト式」と言う特殊運転方式を採用することになり 碓氷線は日本初のアプト式鉄道となったわけです。 アプト式とは、通常のレールの真ん中に歯形の「ラックレール」を敷設し、機関車に取り付けた歯車 (ピニオンギヤ)と噛み合わせながら走行することにより、急勾配区間でのけん引力または ブレーキ力を得る方式です。 また、信越本線と言う大幹線の真ん中でこのような特殊方式を採用し、70年間に渡って使い続けてきたのは 世界的に珍しいことでした。 碓氷線では、66.7‰の勾配を持つ、丸山〜熊ノ平と熊ノ平〜矢ヶ崎(碓氷峠頂上)がアプト式で 駅構内や横川〜丸山間の25‰区間はラックレールなしで通常の運転方式でした。 従って、工事用資材運搬などで、D51やC12などがアプト区間ギリギリまで来ることがありました。 |

| 横から見たアプト式の線路。 | |
| 3枚のラックレールを半山づつずらして設置していました。 | |
| 第3軌条を支持していた碍子(がいし)。 | |
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軽井沢駅構内に静態保存してある 日本で最初のアプト式電気機関車EC40型(10000型) アプト式の線路と共に保存されています。 準鉄道記念物に指定されています。 写真は、軽井沢旧駅舎資料館建設前の様子です。 |
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機関車に取り付けられたピニオンギヤと ラックレール。 ピニオンもモーターで駆動します。 |
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通常線からアプト式に移行する場所に設置された 「エントランス」と共に保存されています。 このエントランスは、歯の高さが徐々に高くなっていて ピニオンがスムーズにラック区間に進入出来るように なっています。 アプト時代には丸山に1箇所・熊ノ平に2箇所・ 矢ヶ崎1箇所設置されていました。 |
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第3軌条と機関車から延びた集電靴。 アプト式旧線のトンネルは断面が低く、架線が 設置できなかったため、このような集電方法が 採用されました。 今でも東京の地下鉄銀座線・丸の内線が 同様の方式を採用しています。 ただし、碓氷線は第3軌条の下の面と集電靴を 接触させる「下面接触式」で 銀座線・丸の内線は「上面接触式」です。 |
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碓氷線最後のアプト式機関車ED42型。 碓氷峠鉄道文化むらで静態保存されています。 準鉄道記念物に指定されています。 |