浜平付近からトヤノツムジ・品塩山



 昨年(2009年)4月、ねくらハイカーは多野郡上野村にある乙父沢西沢付近の林道から諏訪山に登った。そのときは好天に恵まれ、諏訪山の北側に聳えるヤツウチグラからの眺望が素晴らしかった。特に午前中の早い時間帯に登ったので、朝日を浴びた西方の御座山や上信国境尾根に連なる山々がくっきり見えた。それから、その手前にある神流川本谷左岸の山尾根も眺めた。今から30年ほど前、『西上州の岩山藪山』の著書等で有名な二木(ふたき)久夫氏がこの幾分地味な感じの尾根筋を歩いている*。暫しその二木氏が辿った尾根筋を観察してみたが、ただ平坦な稜線が凡庸につづいているだけで目立ったピークは確認できなかった。帰宅後、改めてヤツウチグラから撮影した画像を眺めてみたが、上からの角度のせいか、やはり山名が付いたピークをハッキリ確認するまでには至らなかった。

 二木氏によると、この稜線には岩尾根がないということなので、ねくらハイカーのような者には適しているようだ。ネット上には、この尾根上にある「品塩山(しなしおやま)」というピークに登った記録がいくつかアップされている。これは主に神流川上流中ノ沢沿いの県道から送電線の巡視路を利用して短時間で登られていた。

 低山志向の素人ハイカーとしては、これらの記録を参考にして中ノ沢側から品塩山へコンパクトに登った方がいいのだが、二木氏が辿った尾根ルートも歩いてみたい。しかしながら、尾根の取り付き地点となる三岐(みつまた)地区には最近「浜平(はまだいら)温泉 しおじの湯」という施設ができて賑やかな感じになってしまった。ねくらハイカーにはちょっと気が引ける雰囲気だ。そこで今回は、近年浜平地区につくられた諏訪山登山口の駐車場に車を置き、そこから南西側にある「トヤノツムジ」という三角点峰に登り、さらに南西の品塩山に登ってみようと4月下旬頃多野郡上野村方面へ出かけてみた。

[*二木氏は昭和55年(1980年)の5月の連休を利用して神流川上流域の上野村や旧中里村の山々を集中的に歩き回った。まずは連休の第一日目に足慣らしとして旧中里村の叶山北面にある未踏の岩峰に登り、北面の岩峰すべての登頂を完了させた。彼はその足で上野村の三岐にある民宿に入る。そしてその第二日目は、三岐にある学校(分校)の裏手から神流川本谷と中ノ沢の分水嶺になっている山尾根に取り付き、「トヤノツムジ」という976.2m三角点峰や地形図に「品塩山」と表記されたピーク、そして「又尾山」という1444.0m三角点峰などに登った。それから第三日目は、地形図に「マムシ岳」と表記された1307.5m三角点峰がある尾根筋を登っている。このときは途中の岩場でちょっと事故ったが、何とか民宿に帰還し山行を終える。]
三岐地区の手前で左へ
 いつものように国道299号を西走し、砥根平から県道124号(上野小海線)に入って南西方向へ進む。三岐地区手前で「御巣鷹の尾根」へ通じる新道(ダム道)に曲がる。

諏訪山登山口駐車場(大神楽沢左岸)  すぐに三岐トンネルに入りさらに浜平トンネルを潜って神流川を渡ると、左手に横長の駐車スペースが見えてくる。諏訪山登山口(浜平ルート)の駐車場だ。

 諏訪山は以前は浜平地区手前の神流川沿いの林道(旧道)に路上駐車して登ったのだが、現在は登る人が多いためか専用の駐車場がつくられたようだ。おそらく、ダム道の工事の際につくられたものだろう。今日はここを出発地点とする。

 時刻は午前6時をまわったくらいだが、駐車場にはワンボックス車が1台停まっていた。日曜なのでハイカーか釣り人らしい。ここまで来る神流川沿いには早朝から釣り人の車が何台もあった。気温は0℃。少々肌寒い。

駐車場の西側にある虎王神社の鳥居[社殿は後ろの斜面上にあり]  出発する前に駐車場の西側にある虎王(とらおう・こおう)神社の鳥居をちょっと見物する。鳥居と神社の社殿をつなぐ昔の参拝道は、ダム道開削のためスパッと分断されてしまった。しかし、鳥居は移設されずに元のところにある。ここから上に見える尾根の平坦地にかなり古いが立派な社殿がある。ネットに上がっている情報によると、虎王神社は火難・災難除けに関係する神社らしい*。

[*昭和十年代の初めの頃このあたりを歩かれた中村謙氏の『上信境の山々』(朋文堂刊)によると、虎王神社は雨乞いに霊験あらたかな神様で神流川下流の鬼石の方から人々が遥々雨乞いにやって来るとのこと。それから、三沢義信・土屋政江 著『奥多野残照』(煥乎堂刊)によると、旧中里村では、夏の旱天の際にこの虎王権現の剣を借りてきて雨乞いの儀式を執り行ったそうだ。ちなみに、上野国郡村誌 第九巻(群馬県文化事業振興会刊)では、虎王神社の祭神は大山祇命(オオヤマツミノミコト)となっている。よくわからないが、山を支配する神様は何か雨乞いに関係があるのかもしれない。]

駐車場から西方向、神流川左岸の尾根筋に鉄塔あり  駐車場に戻り出発の準備にとりかかる。今回は遅ればせながら通販で安物の英語版GPSと地図ソフトを購入してきた。さっそく電源を入れ、衛星捕捉を完了させ地図を表示させると、浜平付近の大神楽沢左岸の地点を表示した。これは驚きだ。自分の現在位置が地図上で確認できるのだから、世の中まったく便利になったものだ…。

 次に駐車場から今日登る西の神流川対岸(左岸)の山尾根を観察する。取り付きの斜面はかなり急峻だが、尾根筋の傾斜はそれほどきつくない感じだ。これなら二木氏が歩いた尾根に簡単に合流できそうだ。それから、朝日が当たっている西側の尾根上には送電線の鉄塔が見える。普通の鉄塔で、例の安曇幹線の烏帽子形鉄塔(バンザイ鉄塔)ではない。電線は南北方向に通っている。別の送電線らしい*。

[*帰りに三岐地区で見た巡視路入口を示す黄色の標柱には「安曇幹線211号」と「浜平線5号」の表記があった。多分、この付近を南北に走っている送電線は「浜平線」というようだ。この送電線のルートは現行の地形図には表記されていない。ネットに上がってる送電線マニアの記録によると、「浜平線」は神流川水力発電所の建設工事用の電源として使われた154kv送電線だそうで、北側を通る黒部幹線から分岐して6基の鉄塔でこの浜平付近までを結んでいるとのこと。]

神流川左岸の旧道を北東へ  まずは駐車場からダム道を西へ進む。虎王神社への参拝道入口を左に見て神流川に架かる大神楽橋を渡る。それから浜平トンネル手前を右に曲がり旧道に入って浜平地区の住宅地の方へ進む。

 本当は浜平の住宅地から登った方がいいのだが。多分不審者に間違えられて飼い犬に喧しく吠えられるのは必定だ。途中で左上の神流川左岸の斜面に取り付くしかない。

小道あり(取り付き地点) 休耕地(?)のような斜面  コンクリートの擁壁に沿って北東へ30mほど進んで行くと、左側に人が上り下りできる小道があった。上の斜面にある畑や墓地へ行く道らしい。試しにここから取り付き、現在何も耕作されていないフラットな斜面に上がる。

 傾斜は結構急だ。休耕地のような斜面にはシカの踏み跡が付いているので、それを適当に辿りながら西方向へジグザグに登る。

落ち葉が積もった急斜面、途中から右へ  人工的な石積みがあるところまで登ると、そこから上は崩れやすいガレ地の傾斜地になっていた。そこから落ち葉が積もった急斜面を左の植林地に沿ってトラバース気味に登る。

 すると、2分も経たないうちに右上が尾根っぽくなってきた。そこで、途中から右上の岩が多い斜面に折り返す。

登りついた小尾根から下方向(東方向) 立木に古いピンクテープの目印あり  崩れやすい傾斜地をどうにか登りきると、東から上がってくる小尾根に出た。多分、これが地形図の677m地点からつづいている尾根だろう。一応GPSで確認すると、予想通り浜平から西方向へ延びる枝尾根地点を示した。地形図で照らし合わせると、どうも浜平トンネルの真上らしい。先ほど駐車場から見えた鉄塔はここから下側にあるようだ。ここから西へ登れば二木氏が歩いた尾根筋に出るはずだ。

 一息入れながら近くの樹木を見ると、幹に古い蛍光ピンクテープが結ばれていた。ハイカーか林業関係者かわからないが、やはりこの小尾根を登る人がいるようだ…。

雑木林の尾根筋を西へ  小休後、尾根筋を西へ辿る。尾根沿いは落ち葉が積もっているが、岩や礫が多く締まっているので歩きやすい。駐車場から眺めたときは傾斜がそれほどきつそうには見えなかったが、実際に登ると、結構きつい。

 普段から運動不足のねくらハイカーは、たちまち心臓の鼓動がドッキンドッキンいい出した。これはマズイ。すぐに立ち止まって呼吸を整える。

左上(南東)にヤツウチグラ・諏訪山の稜線  そこでちょっと左上(南東)の樹間に目をやると、諏訪山*の山影が屏風のように聳えていた。このあたりから眺めると、諏訪山も結構尖っている。ヤツウチグラを「下ヤツウチグラ」、諏訪山山頂付近を「上ヤツウチグラ」と呼ぶのもなるほどと納得できる。

[*余談になるが、上野国郡村誌には諏訪山に関する話が載っている。それによると、諏訪山は以前は「大神楽山」または「速颶(ハヤツムジ)」といったそうだ。地図で見ると、確かに大神楽沢源頭部に位置しているので、そう呼ばれるのは当然だ。山頂には速颶嶺の山祠があったという。伝説によると、昔この山に修験者が夫婦で住んでいたのだが、のちに盗賊に襲われて敢え無く惨殺されてしまったそうだ。里人はこれを甚だ憐れんだ。しかしてその後、里中に凶災事が数々起こり、疫病が流行した。里人は亡くなった修験者の祟りではないかと考え、相談してこの山に諏訪神の祠を建てて遺物の刀・鈴等を納め修験者の霊を慰めたとのこと。禍事や疫病が治まったかは不明だが、それ以後、この山は「諏訪山」と呼ばれるようになったという。また、山頂の祠は雨乞いに霊験があるそうだ。このことは何か里にある虎王神社にも関連しているのかもしれない。]

尾根沿いから南方向、中央奥に上野ダム  そこからはゆっくり登る。尾根沿いには境界標の樹脂杭が打たれている。やはり営林関係者がこの尾根を歩いているようだ。それから、落ち葉が薄く積もった尾根沿いにはシカの糞が多い。西上州のシカは相変わらず健在だ。

 少し登ると、左の南方向に神流川本谷につくられた上野ダムが見えてきた。尾根沿い樹木は芽吹きが始まったばかりなので、見通しはいくらかある。今日は天気がよさそうなので、樹林越しに遠方の山並みを眺めながら歩けそうだ。

 それからまた少し登ると、下の方から何かチャイムの音楽が流れてきた。時計を見ると、午前7時ジャスト。どうも、三岐地区からの時報のチャイムらしい。

尾根沿いから北方向、奥に北沢左岸の山尾根  尾根沿いにはアカヤシオの花がチラホラ見える。そして周囲の樹林からは小鳥の囀りが聞こえてくる。何とも長閑な里山の風情満点だ。尾根沿いは落葉広葉樹の雑木類に混じってツガやアカマツなどの針葉樹や常緑樹のアセビなども生えている。

 途中、右の北方向に山尾根が見えてきた。方角やこの尾根の標高からすると、カイト山ではない。北沢左岸にある無名峰の山尾根らしい…。

北側からくる尾根と合流し南西へ  体力が衰えた弱小ハイカーは自分のペースでトロトロ登る。そのうちに北側から上がってくる尾根と合流する。多分、これが二木氏が三岐から登った尾根だろう。GPSで確認すると、標高900m付近の尾根地点を示した。地形図を眺めると、ここから北側へ下れば安曇幹線2号線の211号鉄塔があるようだ。

 この地点で一息つき、そこから尾根筋を南西へ辿る。この尾根も広葉樹の雑木類にツガやアセビが混じった樹林帯になっている。傾斜は幾分なだらかだ。岩が出ているところは適当に巻きながら進む。このあたりからは右の樹間に中ノ沢とその支流の日向沢左岸の山尾根がいくらか見えてくる。しかし、素人ハイカーには名前が付いたピークを特定することはできない。

ヒノキ林を抜けて再び雑木林へ  尾根沿いには枯枝などが散乱しているところもあるが、至って歩きやすい。まさに低山ハイカーに優しい西上州の山尾根ルートとなっている。遠方を眺めながらダラダラ歩けるので、ねくらハイカーのような無精者には最適だ。

 途中には壊れた古い黄色の樹脂杭なども打たれていた。これは30年前に二木氏が見た黄色いプラスチックの杭かもしれない…。

 そのうちに尾根の左側がヒノキの植林地となり、いくらか日陰になったところを進む。植林地に沿って蛍光ピンクテープの目印が付いている。新しいので、最近作業者が付けたものらしい。それから、尾根沿いの樹木には別の人が付けたピンクテープも見える。

トヤノツムジ山頂、三等三角点の標石あり  植林地を過ぎ急傾斜になったところを登りつめると、やがて小ぢんまりとしたピーク地点に出る。そこには尖った岩の傍らに御影石(花崗岩)の標石があった。標石の側面には三等三角点の刻字が見える。ここが976.2m三角点のトヤノツムジ*山頂だ。標石の周りは苔が生えてちょっと寂れた感じだが、今は樹木が芽吹いていないので、明るい山頂になっていた。

[*原全教氏の『奥秩父研究』(朋文堂刊)によると、上野村近辺では小さい頂のことを「ツムジ」というそうだ。ということは、もし「トヤ」が「鳥屋」のことであれば、昔地元の住民がこの山で霞網を使って小鳥を獲っていたのかもしれない。]

南方向に上野ダム[ズーム画像]  トヤノツムジ山頂からはクリアーな展望はないが、アカヤシオが疎らに咲いた雑木林の枝越しに周囲の山尾根を眺めることができる。南方の樹間には上野ダムも見える。気温は8℃。春のハイキングにはちょうどいい。

 この山にも登る人がいるようで、南側の立木に最近よく見かける「フジオカ.T.K」と書かれた赤系の透明テープが結ばれていた。それには、さらに「2010.1.31(日)9:25」とある。年が明けた今年の冬に登ったわけだ。登頂時刻が午前9時半前ということで、おそらく三岐付近から登ったのだろう…。

トヤノツムジ山頂から南西方向  ところで、二木氏は確かにこの山に登っているのだが、それほど関心がなかったらしい。彼はここで花崗岩の標石を見ているが、「三角点の標識のようでもあり、そうでないようでもある」とし、三角点を確かめもせずにそのまま品塩山をめざして下っている。二木氏はやはり岩山に興味があったようだ。

 休憩後、ねくらハイカーも品塩山めざして南西へ下る。

トヤノツムジの下りから左前方(南)にヤナクボ(1200P)  トヤノツムジの下りからは左前方(南)の樹間にちょっと目立つピークが見えた。多分、これが二木氏がいうところの「ヤナクボ」というピーク*らしい。なるほど、このあたりを歩いていると結構目立っている。二木氏がこの山に目をつけた理由が何となくわかった。

[*地形図で品塩山の真東にある等高線で1200m圏のピーク。昭文社の山と高原地図『西上州』では、上野ダム天端部から南西方向にある小ピーク。山名の由来は不明。地元の呼び名らしい。]

尾根沿いのツガの幹に傷痕あり  そのヤナクボを眺めながら尾根ルートを快調に進む。途中、何気に傍らのツガの樹皮を見たら、真新しい傷痕が付いていた。ねくらハイカーは一瞬黒いヤツの仕業かと思って鈴をチリンチリン鳴らす。

 しかし、よく見ると爪痕ではない。周囲の樹木には同じような傷痕がいくつか付いていた。これは多分雄ジカの角研ぎ痕だろう…。「何だ、人騒がせなシカだなぁ」と思いながらも、チキンハイカーはこのあたりでは鈴を喧しく鳴らしながら行く。こんな長閑なところを歩くのに鈴の音は似合わない。でも、歩く人の肝っ玉が小さいので仕方がない。

尾根沿いを南西へ  そこからまたトロトロ進む。右側の鬱蒼とした樹林の枝越しに相変わらず中ノ沢対岸のなだらかな山尾根が見える。しかし、どこが名前が付いたピークなのかまったくわからない。

 そのうちに右下に烏帽子形のバンザイ鉄塔が見えた。安曇幹線2号線の鉄塔だ。

途中の植林地から南方向にヤナクボ(1200P)  石灰岩の岩などが出たところをちょっと巻きながら進んで行くと、また左側がヒノキの植林帯になる。ヒノキ林には最近作業者が入ったような気配がした。

 植林地に沿って2分ほど行くと、左側が少し開けていて樹間に南方のヤナクボを眺めることができた。山体が少し黒味がかっているので、針葉樹が多いようだ*。

[*二木氏は品塩山や又尾山を登った帰りにヤナクボに登っているのだが、座るところがないくらいのヤブの山頂だったそうだ。]

尾根沿いを南西へ 尾根沿いから西方向、中段に1121P〜208号塔(?)の尾根、右下に209号塔(?)あり  そこから急斜面を登ってひとつピークを過ぎる。尾根沿いには黄色の樹脂杭なども打たれていた。左下には上野ダムも見えている。それから、右下の枝尾根には安曇線の鉄塔が建っていた。このあたりは地形図に送電線のルートが出ているので、大体の見当がつく。

 さらにまた小さなコブを越えると、尾根の傾斜が増してくる。ヘタレハイカーはたちまちペースダウン。そこで口を大きく開けて深呼吸しながら登ることになる。

1060P山頂[山の標石二つあり]、左奥にヤナクボ  そこをどうにか登りきると、山の標石が埋設された地点に出た。標石の側面には「公共」の文字が薄っすら確認できる。ということは、図根点相当の標石らしい。ここに何かあるのかなと思って周りをジロジロ見ると、手前にもうひとつ山の標石が深めに埋まっていた。側面が見えないので掘らないと何の標石かわからないが、形状からすると普通の山の標石だ。しかし何で同じところに標石が二つあるのか不思議だ。何か設置された目的が違うのかもしれない…。

 一応GPSで確かめると、1114m標高点峰から北東側にある等高線で1060m圏の小ピークを示した。

1060P付近から南西方向に1114P  ここでちょっと休憩する。このあたりもまだ雑木類の葉が茂っていないので、日当たり良好となっていた。気温は15℃に上がっている。風がほとんどないので少し暑いくらいだ。

 休みながらこれから向かう南西方向に目をやると、三角峰形のピークが聳えていた。多分、1114mの標高点峰らしい。それから、南側の樹間には相変わらず黒木林のヤナクボが見える。

明るい尾根道を南西へ  休憩後、南西へ下る。尾根沿いを進んで行くと、このあたりから形状の違うコンクリート杭が見えるようになった。境界標らしい。側面には記号と番号が表記されている。これは今までなかったので、どこか他の枝尾根からつづいてきたものらしい。それから、雑木類の樹木には古いペンキマークなども付いている。

 このあたりは左側から少し強めの春の日差しが当たっていて、明るい西上州の山尾根の雰囲気を醸し出していた。

1114P山頂部東側付近(展望地)  やがて、次の等高線で1090mのピークへの登りになる。ここも傾斜がきついので、ヘタレハイカーは一気にペースが落ちる。

 コンクリート杭が打たれた尾根筋をハァーハァーいわせながら登って行くと、そのうちにツガの木陰になったピーク地点に出る。

 そこは右(北)側が開けていて恰好の展望地となっていた。1114m峰の山頂かと思ってGPSで確認すると、東西に長い1114m峰山頂部の東側(等高線で1100m付近)だった。

展望地から北方向、中段にマムシ〜ボンデン、奥にカイト・北沢左岸無名峰  この展望地からは北側の山がよく見えた。送電線向こうには中ノ沢本沢や日向沢の左岸にある山尾根がなだらかに連なっている。

 地図で照らし合わせると、ボンデン山やマムシ岳のピークが何とかわかる。やはり地味だ。その尾根の後方には北沢左岸の無名峰ピークが聳え、その左側にカイト山も確認できる。

1114P山頂、標石(図根点)あり 1114m標高点に設置された図根点標石  そこから平坦な山頂部を西へ進む。ルート上には相変わらずコンクリート杭が打たれている。このあたりはアカヤシオがまだ蕾のままだった。5月の連休頃にはきれいに咲きそろう感じだ。

 1分もかからずに図根点の標石が埋設された地点に着く。1114m標高点峰の山頂だ。標石の側面には「高 269」の刻字が見える。昔の高崎営林署が設置したものだろう。

1114Pから西方向、手前に1121P、左後方に船坂山、奥に上信国境の稜線  アカマツの木陰で休憩する。東側ほどではないが、この標高点付近からもいくらか展望がある。

 北西方向にはぶどう峠から北へつづく上信国境尾根の稜線が見えた。ぶどう峠の手前にある針葉樹の多いピークが三角点峰の船坂山らしい…。

1114P南側から南西方向、品塩山〜1204P  それから、南西には特徴的なキレット状の稜線が目に入る。地図を参照すると、どうも品塩山と1204m標高点峰との間のギャップらしい。その近辺をよく観察すると、品塩山北側の斜面が相当きつい感じだ。これは普通に登れるのかちょっと心配になる。

 木陰で休んでいると、気温がたちまち8℃に下がった。春のハイキングはこれくらいがちょうどいい。

岩の多い尾根筋を南西へ  そこからまた南西へ進む。前方の樹間に品塩山のなだらかな山体と北側のキレットが間近に見えてきた。それから、品塩山の左(南)に何やら鉄塔のようなものが見えた。

 少し下った鞍部から1204m峰への登りにかかる。このあたりも傾斜がいくらか急だ。途中には変わった形の石灰岩の大岩などもある。適当に巻いてその上の岩がゴツゴツ出ている尾根筋を辿る。このあたりは変化に富んで面白い尾根コースになっている。それから、尾根沿いにはコンクリート杭以外に赤色の樹脂杭も打たれていた。これは二木氏の記録にあった赤いプラスチック杭かもしれない。

 左(南東)方向には相変わらず諏訪山が見えているが、今まで目立っていたヤナクボは諏訪山の山影に吸収されて地味な存在になっていた。さらに雑木林の尾根筋をトロトロ登りつづける。

北尾根合流地点(1204P山頂部北側)、山の標石(境界標)あり  立ち枯れの古木にキツツキ科の野鳥が開けた穴などを見物しながら南西へ登って行くと、やがて山の標石(境界標)が打たれた地点に出る。GPSで確認すると、1204峰山頂部北側の1180m付近を示した。

 ここで右(北)からくる尾根と合流する。この北側の尾根ルートが安曇幹線の巡視路に繋がっているらしい。尾根上には明瞭な踏み跡が付いている。やはり、北側の県道沿いから品塩山に登っている人が結構いるようだ。

尾根筋を南へ
 一息入れてからこの尾根筋を南へ進む。小さな鞍部を過ぎ南西寄りに登りつめて行くと、ツガの木陰になったピーク地点に出る。

1204P山頂付近 1204Pから西方向、上信国境尾根の稜線  1204m標高点峰*の山頂だ。ここは周りに樹木が茂って展望はそれほどないが、雑木林越しに西側の上信国境尾根の山々を見渡すことができる。

[*昭文社の山と高原地図『西上州』(2009年版以前)では、なぜかこの1204m峰に「品塩山」の表記がある。現行の国土地理院の地形図では、その南側にある南北に細長い山稜に「品塩山」と表記している。]

1204P南側付近から品塩山(品塩山北端部)  一息つき、山頂の南側に進む。ツツジがチラホラ咲いてツガやヒメコマツなどの針葉樹が疎らに生えたところトボトボ行くと、前方の樹間に入道姿の山体が見えてきた。品塩山*(品塩山北端部)だ。品塩山は東側から見ると地味な感じだが、北側から見ると結構いい姿をしている。なるほど、このあたりから眺めると、山名が付けられるのも納得できる。

[*品塩山の山名の由来については不明。三沢義信氏の『わが郷土 奥多野』(上毛新聞社刊)によると、江戸時代には徳川幕府がこの山中領に鷹狩用の雛を捕らえるため33ヶ所の「御巣鷹山」と呼ぶ区域を指定したという。そしてそれに関する享保元年(1716年)の古文書には「品塩御巣鷹山」という区域名が出ているそうだ。この「品塩」という地名または山名は江戸時代からあったようだ。ちなみに、日航機が墜落して一躍有名になった御巣鷹山は「長岩御巣鷹山」という区域にある。

 ところで、このあたりに精しい原全教氏の著書にはなぜかこの品塩山の表記がない。原氏の著書の略図には、陸測図に記載されているこの山の1258m独立標高点の数字をそのまま表記するのみで、山名は記されていない。それほど目立った山ではないので表記しなかったのかもしれないが、既知の地名・山名・沢名等をすべて網羅する原氏が載せていないのが何か不思議な気がした。それから、中村氏の『上信境の山々』に出ている略図では、このピークに「家倉」と表記している。この名称の由来も不明だが、東側から眺めると確かに家の屋根のような形をしているので、そう呼ぶ地元民または案内人がいたのかもしれない。]

1204P南面の下り 鞍部の平坦地を南へ  1204m峰は南端部が岩稜になっている。ここは右(西)側に巻いて下る。いくらか崖っぽくなっているので、樹木を掴みながら慎重に下る。

 下った鞍部はまだ葉が茂っていないので長閑な雑木林の尾根になっていた。

品塩山北側の斜面  すぐに品塩山の登りになる。あのギャップになった急斜面の登りだ。一見すると、ヤセていてちょっと厳しい感じだ。

 ねくらハイカーは一瞬ためらって「アレ、ホントにここを登るのか?」と考えた。しかし、山腹の左(東)側も右(西)側も急角度で切れ落ちている。地形図などにはこのあたりの西側山腹に昔の上信国境コレイ峠越えの破線道が描かれているが、その峠道ルートはとうの昔に廃道になっているらしい。巻き道のようなものはまったく確認できない。やはり、ここを登るしかなさそうだ…。

取り付き付近の岩尾根  ひとまず岩尾根に取り付いてみると、微かな踏跡が確認できる。それから、樹木には古い青色のビニール紐の目印が付いていた。やはり、中ノ沢側から登ってきた人はここを直登しているようだ。

 岩の上には巨大な盆栽のようにアカマツの幹が乗っているところもある。そこを過ぎて岩稜状の傾斜地を慎重に登る。傍らの岩や木の枝や木の根を掴みながらゆっくり登る。

傾斜地上部、落ち葉と苔の斜面
 そのうちに落ち葉が積もって苔が生えた急斜面になった。滑りやすい感じなので、そこは四つん這いになって登る。このあたりは、もし積雪していれば、ねくらハイカーには登れないだろう。

登りついた平坦地(品塩山北端部)
 そこを何とか登りきると、落ち葉が敷かれた平坦地に出る。地形図で崖マーク上の1250m付近だ。ヘタレハイカーはここで一息つく。

山頂部を南へ 右(西)に上信国境尾根(弥次ノ平〜ツギノス)
 そこから山頂部の尾根筋を南へ進む。このあたりはツガの木陰が多い。右に上信国境尾根の山々、左に諏訪山方面の山影を樹間越しにチラホラ眺めながら行く。

品塩山北峰山頂(北西側から) 図根点の標石あり  途中、小さな岩稜を右(西)に巻いて南西方向に登って行くと、やがて図根点の標石が埋設された地点に出る。品塩山北峰の山頂*だ。標石の側面には「高 278」の刻字がある。

[*標高は地形図の等高線で1280mほど。実際はもう少し高い。図根点の標石があるということで、営林関係者はここを品塩山の山頂としているようだ。]

北峰山頂に付けられた標識  この山頂部の立木には例のツートンタイプの小プレートが標識として付けられていた。これは、多分青いビニール紐の目印を付けた方の標識らしい。展望は先ほどの尾根沿いと同じで、雑木類の樹林越しに上信国境尾根の稜線や諏訪山方面が見える。

 二木氏はこの品塩山北峰を木の根を頼りに登り、「ピークらしいピークではなかったので品塩山とは気づかずに通りすぎた」そうだ。そしてあとで山頂だと気づき「平凡なピークだった」と感想を述べている。二木氏にはちょっと物足りなかったようだ。

岩稜の東側斜面に杭が打たれた踏み跡(巻き道)あり 踏み跡を辿って岩稜南側の鞍部へ  ネットの記録によると、ここからさらに南側にある標高点峰に標識があるということなので、早々に山頂部の尾根を南へ下る。

 小さな岩稜を右(西)に巻いて鞍部に下り、次の岩稜を登ろうとしたら、左(東)側の落ち葉が積もった斜面に踏み跡があり、それに沿って頭部が黄色の樹脂杭が打たれていた。「アレ、何の道だろう?」と不審に思いながらその踏み跡を辿り、岩稜の東面を巻いて次の日陰になった鞍部に下る。

鞍部(1282P北側)に送電線の巡視路を示す標柱あり  すると、そこには黄色のアングル材の標柱が打たれていた。標柱には、今歩いてきた巻き道の方向を示して「神流川線7号に至る」とある。それから、「東京電力 秩父地域送電保守グループ」ともある。ということは、踏み跡は送電線の鉄塔へ行く巡視路だ。

 ねくらハイカーは今までいい気分で尾根筋を辿ってきたわけだが、ここでいきなり人工的な道が現れてビックリというか、ちょっとガッガリ。

品塩山南峰(1282P)山頂  そこから尾根筋を南へ登って行くと、やがてピーク地点に着く。立木に山名板の標識が表示されていた。品塩山南峰の山頂(1282m)だ。ここは周りに高木が茂っているので展望はそれほどよくない。展望は北峰の方がいくらかマシだ。

 そこで山頂部を見回すと、傍らの樹木に例の「フジオカ.T.K」氏のテープが結ばれていた。日付は「2009.12.6(日)9:34」とある。ということは、トヤノツムジとは別の日に登っているわけだ。これも午前中の早い時間帯なので、中ノ沢側から登ったのだろう。よくわからないが、フジオカ.T.Kなる個人またはグループは群馬の山はどこでも登っているらしい。

品塩山南峰(1282P)に設置された標識  ところで、この南峰に付けられた茶色の標識*には、最初黄色のビニールテープが下部分に貼られていた。そこで興味本位にテープを剥がしてみると、標高が「1204m」となっていた。

 これは、多分、昭文社の地図を参考にして作ったようだ。しかし実際に登ってみると、その南側の山稜が品塩山だったということで、製作者または後から登った人が標高部分にテープを貼り付けたのだろう。勝手に剥がしてしまって申し訳ないので、ねくらハイカーもテープを付けて標高部分を隠す。

[*後日ネットで調べると、製作者はブログ「すかいさんのたより」の方とのこと。昨年(2009年)の8月に取り付けたものらしい。]

南峰の下りから南方向、次の1330P  今日は二木氏が辿った山尾根を歩くのが主な目的なので、ここからさらに南にある又尾山(1444m三角点峰)まで行きたい。時刻はまだ午前10時半なので、時間はたっぷりある。

 休憩後、山頂から南へ下る。すぐに南側の樹間に送電線の鉄塔が見えてきた。やはり、品塩山の南側に送電線が通っていた。

鞍部付近に鉄塔(神流川線6号塔)あり  鞍部に下ると、そこは鉄塔建設のため尾根沿いの樹木が皆伐されて見通しのよい展望地となっていた。鉄塔はスタンダードなアングル鋼材で組まれたもので、鞍部南側の傾斜地に建っている。鉄塔の銘板を見ると、「神流川線*6号」とある。

[*ネットに上がっている送電線マニアの記録によると、神流川線は上野ダム上流部の山中につくられた神流川水力発電所と群馬・長野県境付近を通っている西群馬幹線を結ぶ500kv高圧送電線とのこと。この送電線のルートも現行の地形図には描かれていない。]

6号塔付近から北西方向、正面に船坂山、下方に7号塔、奥にぶどう峠・ぶどう岳・新三郎  それからこの鞍部付近にも今歩いてきた尾根の北方向を示して「神流川線7号塔に至る」の標柱が打たれていた。品塩山北峰付近から西側に細い枝尾根が延びている。ここからはその枝尾根上に鉄塔が建っているのが見える。7号塔とはあの西隣の鉄塔らしい。どうも、樹脂杭が打たれた巡視路のルートはあの鉄塔からつづいているようだ*。

[*山行後、ネットで2009年秋に北側の県道付近から品塩山に登った人の記録を拝見したところ、その方は帰りに樹脂杭が打たれた巡視路を辿ってあの7号塔が建つ枝尾根まで下り、さらに中ノ沢本谷へ降りたそうだ。そして中ノ沢の本沢を巡視路用のコンクリート橋で渡り、そこから山腹を通る中之沢林道に上がって県道の出発地点に戻っておられた。つまり、この神流川線の6号塔や7号塔は西側の山腹を通る中之沢林道から巡視路が通じていた。]

6号塔から南東方向、手前1295P付近に5号塔、左後方に諏訪山、中央奥にブドー頭  それから反対の南東方向を見ると、品塩山の南側にあるピークから東へ派生する支尾根の1295m標高点峰に鉄塔が建っていた。あの東隣の鉄塔が5号塔だろう。

 それから1295m峰の左後方には特徴的な諏訪山の山影もバッチリ見えている。その右側の遥か後方には上武国境尾根にあるブドー沢の頭あたりがちょいと顔を出していた。こちらはかなり地味だ。ここは眺めがいいので、休みながら暫し遠方の山並みに目をやる。

ヤセた岩稜の斜面(鉄塔南側)  休憩後、尾根筋を南へ進む。鉄塔から上の斜面は岩稜状のヤセ尾根になっていた。先ほどの巡視路のような道跡はない。「アレ、東の5号塔へはどうやって行くのだろう?東電関係者はこのヤセ尾根を歩いているのだろうか?」訝しながらも尾根に取り付き3mほど登ってみる。しかして、足腰が弱ったへタレハイカーにはちょっとヤバそうだ。

 そこで、すぐに鉄塔が建つ伐採地まで戻り、巻きルートを探す。とはいうものの、尾根の右も左も結構ガレている。どうも、鉄塔建設のために斜面が削られたようだ。傾斜地の崩落防止のため樹木の苗木がシカ除けネット被って植栽されているが、何かイマイチ根付いていない。乾燥化が進んで荒れたザレ地になっている。

右(西)側に巻く  無理をすればどちらでも巻けそうだが、左(東)側は若干崩れやすい感じなので、樹木が生えた右(西)側に巻く。こちらも険しい。

 岩稜基部を慎重にトラバース気味に下り、途中から登りやすそうなルンゼ状の凹地の斜面を選んで尾根に這い上がる。どうにか岩稜を巻くことができた。そこから北側をふり返ると、何か東側の方が巻きやすい地形になっていた。まぁ、ルートの見極めができないへぼハイカーなので、これは仕方ない。

 そこからはいくらか南西寄りに尾根筋を進む。次の岩稜は左に巻く。このあたりから尾根沿いには5桁の番号が彫られた境界標の標石が見えるようになった。今まで見たことのないタイプだ。境界標にもいろいろ種類があるようだ…。

1330P山頂付近  そのうちに少しヤブめいたピーク地点に着く。GPSを見ると、等高線で1330m圏のピークだ。

 このあたりが多分、二木氏が呼ぶところのヤナクボ方面への「ジャンクションピーク」らしい。しかし、ここから左(東)に尾根は分岐していない。地形図を見ると、尾根の分岐地点は少し南へ下ったところにあるようだ。

1330P南側付近、右下(西)に林道あり  そこで山頂から少し南東寄りに尾根筋を下って行くと、突然右下に林道(未舗装道)が通っているのが見えた。これは地図に出ていない林道だ。現行の地形図では、南側にある中之沢林道からこの尾根沿いの西側山腹を通って1444m三角点峰(又尾山)の西側付近まで林道が描かれている。しかし、ここはそこから1km以上北側にある。ということは、林道はのちに北側に延伸されたのかもしれない…。

 ここから林道を歩いてもいいのだが、今回は二木氏が歩いた尾根を辿るのが目的なので、尾根沿いをそのまま進む。

東尾根分岐地点(1310m付近)
 すぐに左(東)へしっかりした支尾根が分岐しているところに降りる。この東尾根は1295m標高点峰へ行くもので、二木氏が昭和55年の山歩きの際、帰りにここを通ってヤナクボ(1200m峰)方面に向かった。

林道の主尾根分断地点(東尾根分岐南側・1300m付近)  この先でねくらハイカーはまたまたビックリ。なぜなら、右下を通っていた林道がここで左(東)へ分岐して今まで辿ってきた尾根筋を真っ二つに分断していたからだ*。そしてこの分岐道は東へ延びる支尾根に沿って開削され、あの1295m峰付近に建っている神流川線の鉄塔(5号塔)へ繋がっていた。ということは、この山腹を通っている林道は神流川線の鉄塔建設のために開削されたものらしい。そして、林道が鉄塔への巡視路になっているわけだ…。

[*この地点は1295m峰へ支尾根が分岐しているところで、等高線で主尾根の1300m付近。現行の二万五千分の一地形図『浜平』に表記されている「上野村」の「上」の字のちょっと左側あたり。二木氏が30年前に歩いた支尾根に沿って、現在神流川線の鉄塔へ行く分岐林道が通っている。]

降り立った支尾根側の林道から尾根分断部(1300m付近)  さて、そこからは一旦林道に降りなければならない。ほぼ垂直に切られた法面は高さが低いところでも4、5mはある。血気盛んなハイカーなら飛び降りることができる高さだが、足腰が弱ったへなちょこハイカーにはチト無理だ。そこで補助ロープを使って降りようとしたが、近くにロープを引っ掛ける適当な木がない。一応太い生木があるところ探してみるが、コンクリートが吹き付けられた法面付近はきれいに伐採されていてボロボロの枯れた切株くらいしか残っていない。仕方ないのでさらに尾根沿いをうろうろ歩き回って下降可能なところを探す。

 すると、東へ延びる支尾根側の林道の法面に枯木が一本立てかけてあった。そこでその枯れた丸木材にロープを掛けて下ってみる。どうにか林道に降りることができた。軽装備のねくらハイカーは短いロープしか持っていないので、ここで少し手間取ってしまった。まぁ、これくらいはしょうがない。

分断地点から北方向ふり返り、歩いてきた主尾根 分断地点付近から東方向、分岐林道と1259P(雑木林後方)  この林道には車が通った跡がない。最近使われていない感じだ。

 さて、ここからどうするか考える。ここから林道を歩いて中之沢林道に進んでもいいのだが、やはり今日はまだ尾根歩きで又尾山あたりまで歩きたい。

主尾根を南へ、右下(西)に林道あり  そこで、ねくらハイカーは「止まれ」の道路標識が立つ分岐道側のスロープ状の法面付近から先ほどの主尾根のつづき部分に上がり、再び尾根沿いを南へ辿る。右下に林道を見ながらなだらかな尾根筋をトロトロ進む。

 林道開削によって主尾根が分断される前は、おそらくこの平坦地が尾根の鞍部だったと思われる。30年前、二木氏はこのあたりの木陰で昼食をとったようだ。もちろん、そのときは右下に林道は通っていなかった。

尾根沿いから南西方向、1754P〜会所〜石仏〜弥次〜御座
 林道が西側を通っているので、このあたりからは西から南西方向へかけて見晴らしがある。相変わらず上信国境尾根の稜線がよく見える。弥次ノ平とツギノスの中間付近にはちょこっと御座山も顔を出していた。

尾根沿いから左(東)方向、樹林越しに諏訪山方面 1360Pへの登り  やがて等高線で1360m圏のピークへの登りになる。落ち葉が薄く積もった尾根沿いには相変わらず境界標のコンクリート杭や山の標石が打たれている。

 このあたりは歩きやすいが、傾斜がきついので、ヘタレハイカーはダラダラ行く。気温は18℃を超えてきた。少々暑い。時折吹いてくる北西寄りに微風が何とも心地よい。左側の雑木類の樹間には少し遠くなった諏訪山が再び見えてきた。

1360P
山頂付近  そのうちに展望のない1360m峰の山頂を過ぎる。このあたりから前方の樹間に何か特徴のない地味な山並みが見えた。方向からすると、又尾山らしい。

 さらに小さな岩のピークを越えて下る。すると、その下になぜか古いトラロープが設置されていた。それほど傾斜はきつくないので、何でこんなところにあるのか疑問に思った。まぁ、雨でも降ると滑りやすいところなのかもしれない。しかし、固定ロープがあるということは、以前はこの尾根筋を歩く人がいたということだ。現在は山腹に林道が通っているので、林業関係者はここを歩かないだろう。多分、ロープは林道が北へ延伸される以前に付けられたものらしい…。そんなことを考えながらグダグダ行く。

 それからまた尾根沿いの岩稜をひとつ巻く。このあたりから左の諏訪山の稜線のずっと下の方に奥神流湖が見えた。湖面はくすんだ緑色をしている。

1360P南側の鞍部付近から南方の樹間に又尾山(右) 1360P南側の鞍部付近、右下に林道  やがてツガの多い日陰になった鞍部に降りる。そこには立ち枯れの古木にサルノコシカケ科のキノコが沢山生えていた。

 そしてすぐ右下には林道が通っている。尾根沿いをちんたらちんたら歩くのは如何にも馬鹿らしい感じだが、まぁ、今回は仕方がない。

1380Pへの登り、右奥に又尾山  そこから等高線で1380m圏のピークへの登りになる。前方の樹間には又尾山の地味な山頂部が間近に見えてきた。

 ねくらハイカーはこのあたりですでにバテバテ。途中、我慢できずにツガの木陰に入って休憩タイムとなる。木陰に入ると、温度計は14℃に下がった。このあたりも微風が通るので、いくらか涼しい。西の樹間には相変わらず上信国境尾根の稜線も見えているが、少し雲が出てきた。

 休みながらラジオを聴いていると、そのうちに正午の時報を告げた。

1380P山頂部  休憩後、尾根沿いを南東寄りの方向に登る。この付近の落ち葉が積もった斜面にはイノシシが掘り返した跡が沢山あった。それから、シカの糞も多い。

 ヘタレハイカーはまたすぐに口をパクパク開けながらの登りとなる。どうも、最近は体力の衰えが著しい。

 そのうちにコンクリート杭の境界標が打たれたピーク地点に出る。1380m峰の山頂だ。ここでちょっと立ち止まって一息つき、南へ下る。

1380P南側の下り、明瞭な尾根道あり  この1380m峰南側の斜面にはスズタケが疎らに生えていた。右(西)に上信国境尾根と御座山の稜線を眺めながらゆるゆる下る。

 尾根の鞍部に降りる。そこから50mほど右下に林道が見えた。やはり、高度がいくらか増してきたようだ。

尾根沿いから左(東)方向、諏訪山の右に帳付山[小ズーム画像]  そこからまた急斜面の登りになる。体力不足のヘタレハイカーは、このあたりから脚が攣り気味になってきた。痛みが出るとマズイので立ち止まって休憩。

 休みながら東の諏訪山方面に目をやると、ヤブめいた雑木類の樹林越しに見慣れた針葉樹の山影が見えた。上武国境線にある帳付山だ。帳付は特徴的な山容をしているので、遠くからでも確認しやすい。

 そこからは痛みが出ないように、硬くなった大腿部の筋肉を揉み解しながら超スローペースで行く。

尾根沿いから左下(北東)に奥神流湖[ズーム画像] 落ち葉が厚く積もった尾根の斜面  落ち葉が厚めに積もり古い倒木などがある何か淋しげな尾根道を時間をかけてゆっくり登る。

 途中、左後方をふり返ると、再び奥神流湖の湖面が見えてきた。この尾根沿いから奥神流湖が見えるポイントは意外と少ない。

前方にカヤト状のスズタケのヤブあり[又尾山山頂部]  さらにトロトロ行くと尾根沿いにまたスズタケが多くなってきた。さらに登ると、そのうちに前方にスズタケがこんもり茂ったピークが見えた。

 そこで、このカヤトのような斜面に付けられた細い踏み跡を辿って行くと、間もなくヤブが開けた地点に出る。

又尾山山頂、三等三角点の標石あり  そこには三等三角点の標石がポツンと置かれていた。又尾山*山頂(1444m)だ。

[*この山名の由来は不明だが、素人考えでは、ここで尾根ルートが二又になるのでそう呼ばれたのかもしれない。原氏の著書では、この三角点峰に「ブンキガ小屋ノ頭」という山名が付されている。これは、この山の南東側にある栃平沢(栃倉沢)上流の「ブンキガ小屋沢」から来ているらしい。この「ブンキガ小屋」という名称も曰く有りげだが、何から来ているのかわからない。もしかすると、昔このあたりに何かの小屋掛けがあったのかもしれない。ちなみに、この三角点の点名は「文屋」となっている。標石を設置した陸測部の役人には「ブンキガ小屋」という名称または地名が頭にあったようだ。そしてこの「文屋」と「又尾」という字は、一見すると字面が似ているので、「文屋」がのちに「又尾」と誤記された可能性もある。また、中村氏の『上信鏡の山々』の略図では、この三角点峰を「火打岩」と表記している。これはブンキガ小屋沢のひとつ北側の小沢「火打岩沢」に関連しているらしい。これもやはり、地元の住民や案内人によって山の呼び名が違っていたようだ。]

又尾山山頂部から北東方向、右奥に赤久縄山方面  この三角点付近は樹木が伐採されていくらか開けているが、山頂部の周囲は樹木が茂っているので、それほど展望はない。

 とはいえ、北東方向の樹間には遥か遠方の赤久縄山あたりの稜線を眺めることができる。それから、西から北西へかけての上信国境線も雑木林越しに何とか見える。

又尾山山頂部から西方向、上信国境尾根  ここは木陰がないが、暫し休憩する。先ほどから雲が多くなってきたが、山頂付近はまだ日当たり良好となっていた。気温は20℃。風がほとんど吹いていないで少し暑い。

 この三角点付近はちょっと荒れた感じで、標石の周りにはワンカップやドリンク剤の空ビン、そして古いジュースの空缶などが散乱していた。空缶はプルタブを引き上げて取り去るタイプのもので、おそらく1990年代以前のヤツだ。

 二木氏もこの山頂でジュースの空缶や焚き火の跡などを見ている。もしかすると、このジュースの空缶は、30年前に二木氏が見たのと同じものかもしれない…。

又尾山山頂部から東方向、尾根沿いに踏み跡あり  それから、この山頂から南西へつづく尾根と東へ分岐する尾根にはハッキリした踏み跡が付いている。このあたりも30年前の二木氏の記述と大体同じ。山頂の様子は30年前とほとんど変わっていないようだ*。

[*二木氏の当初の計画は、又尾山からさらに南へ進んで上信国境に到達し、帰りは三角点峰の御巣鷹山を経由して大蛇倉沢左岸の大蛇尾根に進み神流川本谷沿いの林道に降りるという非常に欲張ったものだった。二木氏が実際に又尾山の山頂に立ったのは13時13分。彼はここで当初の計画は時間的に不可能と判断し、同じルートを品塩山南側の1330m峰付近まで戻り、そこから東へ延びる支尾根に進んでヤナクボ(1200m峰)に登り、さらに北東へ下ってダムが造られる以前の神流川本谷沿いの林道に降りて山行を終了している。]

尾根沿いを南西へ  時刻は午後1時。同じルートを戻っても面白味がない。といって、二木氏のように神流川本谷方面に下ることは技術的・体力的に無理だ。ここはさらに南へ進んで林道歩きで戻ることにする。

 尾根道は山頂から南西方向へ緩い下りになっていた。スズタケが疎らに生えた尾根筋を進む。そのうちに左前方に神流川本谷側の山腹を通る林道(中之沢林道)も見えてきた。

 又尾山の南面は針葉樹のツガが多い。途中には見事な大木のツガがあった。昔の伐採のときに伐られなかったものらしい。

尾根沿いから左(東)方向に上武国境尾根 尾根沿いから右(西)に上信国境尾根  このあたりの尾根沿いからは右に石仏(石仏ノ頭)・弥次ノ平・ツギノス(赤火岳)などの上信国境尾根、左に諏訪山・帳付山・ブドー沢の頭・滝谷山・高水の頭(ガク沢ノ頭)などの上武国境尾根の稜線を樹間や樹林越しに眺めることができる。

 ねくらハイカーは右に左にキョロキョロしながら進む。

1420P北側鞍部、目印&右下への踏み跡あり  そのうちに地形図の等高線で1420m峰北側の鞍部に降りる。そこから1420m峰への登りは傾斜が急で、岩の多いゴツゴツした斜面になっていた。15mほど右下には林道が通っている。あの尾根の分断地点からつづいてきた林道だ。

 それから、この鞍部付近の立木には古いビニール紐の目印が付いていた。そしてそこから下の林道へ微かな踏み跡が付いている。以前のハイカーか営林関係者が上り下りした跡らしい…。

 本日の尾根歩きは終了ということで、ねくらハイカーはここから林道へ下る。

途中の赤土の斜面、下に林道  落ち葉が積もった斜面をカサコソ5mほど下ると、その下は赤土が剥き出しで急傾斜の法面になっていた。補助ロープを使えば簡単に下れるのだが、ザックから出すのが面倒だ。そこでそのまま下ってみる。

 しかして屁っ放り腰の体勢で一歩踏み出したとたん、ツルリと左足が滑って赤土の斜面にドタンと尻餅をついてしまった。幸い左手で木の枝を掴んでいたので1mほどで止まった。とはいえ、右手とズボンの腰部分は泥だらけ。簡単な下りでも転んでしまうのが、ねくらハイカーの山歩きのクオリティ。まったく情けない。

 ところで、その転んだところの立木には古いトラロープが付いていた。昔の固定ロープらしい。ねくらハイカーのような者にはもっと上の方にロープが付いてないと意味がない。でもまぁ、仕方がない。そこからトラロープを補助にして林道へ下る。

林道を南または南西へ  どうにか林道に降り立ち、そこから南へ進む。上空には雲がかかってきて林道はその日陰部分に入っていた。気温は15℃くらいに下がった。途中、北側をふり返ると、林道が尾根を分断しているところが見えた。品塩山や又尾山は今はこの林道沿いから簡単に登れるというわけだ。

 暫し右(西)方向に上信国境の稜線を眺めながらスタスタ行くと、落ち葉の吹き溜まりになった路肩部分に昔の工事看板が放置されていた。それには「神流川線工事道路JV」と表記されていた。やはり、この林道は送電線の鉄塔建設のためにつくられたようだ。

中之沢林道(山腹道)合流地点、ゲートあり  そこから3、4分行くと、山腹を貫く中之沢林道と合流する。この山腹林道も品塩山から県境へ延びる主尾根をこの地点でザクリと分断している。林道の入口には遮断機のゲートが設置され一般車両通行止めとなっていた。看板によると、林道の管轄は群馬森林管理署とのこと。

 それから、傍らには鉄塔への巡視路を示す黄色い標柱も立っていた。それには「神流川線4・5・6号に至る」と表記されていた。ということは、あの5号塔の東にさらに4号塔へ林道が延びているわけだ。上野ダムの建設によってこのあたり一帯は開発が急激に進んでしまった。素人ハイカーには驚くことばかりだ。

 また、林道入口付近に置かれた銘板には「中之沢林道 中之沢支線 昭和56年度起工」と表記されていた。ということは、二木氏がこの尾根筋を歩いたのは林道の開削工事が始まる1年前だ。その頃はまだこの県境へつづく尾根筋を歩く人は少なく、このあたりは未踏的雰囲気が残っていたに違いない。それに引き換え、現在は山腹に上下ダム連絡道路兼用の舗装林道が通っていて、周囲の開発がおそろしく進んでしまった観がある。二木氏がこのあたりを歩いたのは、ちょうど本格的な開発が始まる直前で、西上州の山にまだ秘境的雰囲気が残っていた時代といえる。ねくらハイカーはこの合流地点でそんなことをグダグダ考え、思いに耽った。

中之沢林道・神流川本谷側 中之沢林道・中ノ沢側[こちらへ下る]
 ここからは中之沢林道を歩いて今日の出発地点に戻る。左の神流川本谷側か右の中ノ沢側かどちらへ下るか少し迷うが、今回は御巣鷹山トンネルを見物したいので、少々長くなるが右(南西)の中ノ沢側に下ってみる。

中之沢林道の途中から南西方向、石仏〜弥次ノ平〜ツギノス  そこからは、扉のある分岐林道トンネルや巨大な門形クレーンがある現在トンネル掘削中の工事現場、そして「御巣鷹山トンネル(神流川発電所上下ダム連絡トンネル)」など見物しながら林道を西へ辿る。また、御巣鷹山トンネルの西側からは、最近上野村が建設した「中之沢自然探索エリア」の観察小屋・自然探索基地などの建物群と付近を徘徊するシカの群れ多数、そして林道沿いのツツジやサクラの花々を見物しながらトボトボ北へ下り、何とか薄暗くなる前に出発地点の諏訪山登山口駐車場に戻る。

 今回は帰りの林道歩きが長かったが、二木氏が30年前に辿った山尾根の一部が歩けたのでヨシとする。


日程2010年4月25 (日)
天候晴れ、午後から時々曇り、稜線上微風
行程時刻諏訪山登山口(浜平ルート)駐車場6:28→(ダム道を西へ)→虎王神社参拝道入口・大神楽沢橋6:29→(神流川左岸の旧道を北東へ)→左岸斜面取り付き点6:31→(西へ)→(北東へ)→小尾根地点6:48〜6:55→(西へ)→北尾根合流地点(900m付近)7:10〜7:15→(南西へ)→トヤノツムジ7:28〜7:48→(途中、休憩3分)→1060P 8:20〜8:37→1114P東側(展望地)8:48〜8:53→(西へ)→1114P 8:54〜9:10→(南西へ)→主尾根合流地点(1204P北側)9:28〜9:33→(南へ)→1204P 9:35〜9:42→品塩山北端部9:54〜9:59→品塩山北峰10:04〜10:09→(途中、巡視路合流)→品塩山南峰(1282P)10:18〜10:35→神流川線6号塔(展望地)10:38〜11:00→1330P 11:10〜11:12→1330P南側(二木氏JP)11:16→(法面の下りでタイムロス5分)→林道分断地点(1300m付近)11:22〜11:25→(主尾根を南へ)→1360P 11:40〜11:42→(途中、休憩15分弱)→1380P 12:13〜12:15→(途中、5分休憩)→又尾山(ブンキガ小屋ノ頭)12:35〜13:02→(南西へ)→林道下降地点(1420P北側鞍部)13:11〜13:14→(西へ)→林道合流地点13:16〜13:19→(林道を南へ)→中之沢林道(山腹舗装道)合流地点13:26〜13:31→(中之沢林道を南西へ)→扉付き分岐林道トンネル13:35〜13:40→トンネル掘削工事現場13:55〜13:59→御巣鷹山トンネル(群馬側入口)14:09〜14:15→(北西または北へ、途中休憩あり)→「中之沢自然探索エリア」西入口14:15→中之沢本谷(仲ノ沢本谷・中ノ沢本沢本流)[土橋]15:35〜15:37→中之沢林道 清水日向支線入口15:40〜15:41→オボロカヤ沢 [土橋]16:11→中之沢林道 オボロカヤ支線入口16:14→猿巻沢[「サルマキ橋」]・中之沢林道 サルマキ支線入口16:34〜16:36→神流川線7号巡視路入口(谷側)16:53〜16:55→神流川線8号巡視路入口(山側)17:13〜17:15→林道法面崩落現場(車両通行不能)[※2010年4月現在]17:19〜17:21→県道合流地点(中之沢林道入口・「中之沢自然探索エリア」東入口)17:28〜17:32→(県道を東へ)→日向沢橋17:42〜17:44→中の沢第二ダム17:46→安曇幹線2号線207号巡視路入口(沢側)17:57〜17:58→神明宮(神社)18:01〜18:03→中之沢地区18:04−18:07→三岐地区18:18−18:20→三岐橋18:20→(本谷林道旧道を南へ)→「浜平温泉 しおじの湯」&「三岐学生の家」入口&安曇幹線2号線211号・浜平線5号巡視路入口18:20〜18:21→(東へ)→ダム道(新道)合流18:25→(ダム道を南へ)→新浜平橋18:33→浜平トンネル18:33−18:37→大神楽沢橋・虎王神社参拝道入口18:37→諏訪山登山口駐車場18:38
備考♦この記録は二木久夫氏の『西上州の岩山藪山』(現代旅行研究所 昭和56年刊)を参考にしています。それから、HP「等高線の狭間から」・「Mountain Walk」・「群馬山岳移動通信」・「送電鉄塔見聞録」等の記録や個人のブログなどを拝見し参考にさせていただきました。
♦上記行程時刻の欄では、「中之沢自然探索エリア」内にある各観察小屋・探索基地等はすべて省略しています。

◇ T N H C ◇

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