高野山から大戸谷山(大戸矢山)



 ねくらハイカーは今年(2010年)6月に吾妻郡中之条町にある相ノ倉山と木戸山に登った。そのとき、途中のヤブ尾根から南東方向に姿のいい山が見えた。地形図を参照すると、それは高田山の北西側に聳える標高1335.4mの三角点峰で、山名は記されていなかった。

 帰宅後、この山について調べると、すでに横田昭二氏の『私が登った群馬300山』(上毛新聞社刊)の中に入っていて、山名が「大戸谷山」と出ていた。それから、戦前に刊行された日本登高會 編『上越の山』(三省堂刊)の付図「野反附近」には、この三角点峰に「大戸矢山」の山名が付されていた。漢字の表記はどちらが正しいのか不明*だが、「おおとややま」という山とのこと。横田氏は、四万温泉の近くにある高野山(たかやさん)から尾根沿いを縦走してこの三角点峰に登っている**。また、ネット上にはこの山に登った記録がいくつか上がっていた。結構登られているらしい。

 そこで、野次馬根性のねくらハイカーも横田氏の記録を参考にして高野山に上り、さらにそこからこの三角点峰へ歩いてみようと11月上旬頃中之条町の四万温泉方面に出かけてみた。


[*後日ネットで拝見した先人の記録には、この山の南麓・上沢渡地区上反下(かみたんげ)にある「たんげの里」の案内板の写真が出ていて、それには「大戸谷山」となっていた。地元では「大戸谷山」と表記しているようだ。この記録では、昔の案内書に掲載されたということで「大戸矢山」も併記する。]
[**平成8年(1996年)5月の記録。ちなみに望月達夫・岡田昭夫 共著『藪山辿歴』(茗渓堂刊)には、昭和58年(1983年)10月に高田山の西側にある「わらび峠」付近から登った記録が出ていた。こちらは山名をこの山の三角点の点名「大戸矢」とし、そのまま載せている。]
 午前3時に家を出たので、5時過ぎには新湯(あらゆ)大橋手前の十字路に着いてしまった。まだ夜は明けていない。あたりは真っ暗。少々早すぎたようだ。とりあえず国道の西側にある無料駐車場に車を入れて休憩する。

 夜空にはまだ西にオリオンの三ツ星が輝き、北東には北斗七星が出ていた。気温は1℃。肌寒い。暫し車中で夜が明けるのを待つ。
途中の林道入口にある標柱  6時頃になるといくらか明るくなってきた。まずは駐車場から出て左(西)の万沢林道へつづく細い車道に進む。民家の住宅地を抜けて左側を見ながらノロノロ走る。横田氏の記録では途中に高野山への遊歩道の入口があるそうだ。しかし、遊歩道の入口を示す標識はない。代わりに林道の入口が見えた。地図には出ていない道なので、最近開削されたものらしい。

 車から降りてよく見ると、入口付近に「栃寺沢治山資材運搬路 起点」と表記された白塗りの標柱が立っていた。ということは、工事用の道らしい…。林道の入口には金属チェーンが張られて一般車は通行禁止になっている。とりあえずGPSを出して位置を確認してみると、横田氏の記録に出ている略図の標高690m付近を示した。そこで、林道に入って周囲を偵察する。しかして南西方向に坂道がつづいているだけで、標識や目印などは一切ない。やはり、ここではないようだ…。

野外スポーツ林(左上)付近、右下に「小倉の滝」への道あり  登り口がわからないので再び車に乗り込み、西側にある四万野外スポーツ林広場へ進む。平日の早朝ということで、大きな水溜りがあるスポーツ林広場の駐車場には先客の車は1台もなかった。すぐに出発の準備をして再度GPSを見る。

 横田氏のいう遊歩道の入口はこの駐車場から東側にあるようだが、先ほどの林道まで戻っても遊歩道の入口が見つからないのは確かだ。GPSの画面では、この駐車場付近も遊歩道のルートに近い感じに見えた。

 そこで、試しに駐車場から南方向へ登ることにする。遊歩道のルートが見つからなければ、ヤブの斜面を直登すればいいだろうと楽観的に考える。

駐車場から南へ、微かな踏み跡あり  右手にグランドを見ながら雑木林の緩斜面を南へ進む。草ヤブの斜面には獣道のような微かな踏み跡が通っていた。しかし、それも小さな流れを渡って右岸を登って行くと、たちまちヤブの中に消えてしまった。今さら戻ってもしょうがないので、そのまま南へ進む。

 朝露に足元を濡らしながら2、30mほど登ると、左上が法面状の盛土の斜面になった。どうも、先ほどの林道が上を通っているようだ。

林道(栃寺沢治山資材運搬路)を南へ  そこで、盛土の斜面を直登して林道に上がる。林道はさらに南方向へ延びていた。ということは、この林道は「栃寺沢治山資材運搬路」ということなので、先ほど渡った小さな流れが「栃寺沢」らしい。

 林道の路面には人が歩いたような形跡はない。また、目印などはまったくない。ねくらハイカーはここで林道を北へ戻るか考える。しかし、林道を下るとタイムロスになるので、ここは栃寺沢右岸の道を南へ登ることにする。

 未舗装の道をトロトロ行く。どうも、この林道は横田氏のいう遊歩道のルートとは大分違うようだ。ねくらハイカーは途中に何か山道の入口があることを期待して進む。

林道の終点付近にある標柱  しかし5、6分トボトボ行くと、涸沢に突き当り、林道はそこで終点となってしまった。さて、これからどうするか考える。GPSを眺めると、ここから涸沢を南へ直登すれば高野山の西側にある1129m峰あたりに上がれるようだ。しかし、沢筋を観察するとかなり急峻で、相当な体力が必要な感じに見える。ねくらハイカーは体力に自信がない。

 そこで、クルリと180度回転して林道を北へ戻ることにする。今日は最初からミスった。情けない。

林道を北へ戻る途中から前方に新行山(1171.1三角点P)  林道を北へ下って行くと、前方に朝日の当たる山尾根が見えてきた。新湯川北岸に聳える新行山(しんぎょうさん)*らしい。新行山は地形図では尾根上の一起伏のような感じだが、このあたりから眺めるとひとつのまとまった山体として認識できる。

[*標高1171.1mの三角点峰。この山は横田氏の『群馬300山』に入っていて、記録では新湯川を挟んで高野山とセットで登られている。

林道から北西方向、中左奥に木戸山北東峰(?)
 林道をスタスタ早足で下って行くと、今度は左方向(北西)に新行山から西へつづく紅葉の山尾根が見えてきた。左奥にあるなだらかな稜線が木戸山(北東峰)らしい。ちょうど東から朝日が当たって錦繍の山肌が一層際立って見えた。

 さらに林道を下ってヘアピンカーブにさしかかる。そのあたりから右下のスギの植林地沿いの窪地に何か細い踏み跡のようなものが見えた。これは横田氏がいうところの遊歩道かもしれない…。そう考えて、盛土の斜面を下り細い踏み跡を南へ辿る。歩きながらGPSを覗くと、横田氏のルートに近い感じがした。

 しかし、その作業道のような踏み跡を5分ほど辿って行くと、イバラなどの灌木や雑草が生い茂る密ヤブ帯となり、その先で踏み跡は消えてしまった。こりゃー、ダメだ。仕方ないので林道に引き返して、そこから先ほど車で通った舗装道まで下る。
脇道に保安林の看板と道跡の入口あり  林道の出口から車道を東へ進む。民家の作業小屋が見えるところまで来ると、右に車道をショートカットする脇道があった。そこでその道に入って行くと、右手(南)に森林管理署が設置した保安林の黄色看板が見えた。そして、その看板地点から刈り払いされたような道跡が南へ通っていた。他に標識類はないが、これが横田氏のいう遊歩道かもしれない…。そう考えて、ねくらハイカーは雑草が茂るその道跡を進んでみる。

 しかして、そこから南へ2分ほど行くと、先ほど林道から寄り道した細い踏み跡のルートと合流してしまった。「何だ。これもダメか。」思わず独り言が出る。仕方ないので、保安林の看板まで戻り再び車道を東へ進む。

 道沿いには遊歩道を示す標識類はない。そのうちに民家の住宅地まで来てしまった。こりゃー、ダメだ。よそ者には高野山の入口を見つけることは出来そうにない。

 幸い、民家の車庫付近で中年の女性が掃き掃除をしていた。家の住人らしい。そこで高野山の登山口を尋ねてみる。しかしてこの女性の方は、「私は山に登らないから、わからないね」と素っ気ない返事。そこで、「では、この辺に何か山道がありますかね?」と訊いてみる。女性は興味なさそうに「東の方へ行けば、何か道があるんじゃないの」と怪訝そうに応えた。どうも、早朝の忙しいところを邪魔されてちょっと迷惑そうな感じだ。埒が明きそうにないので、ねくらハイカーは「お忙しいところを、どうもすみません。」とひと言礼を述べ、足早に車道を東へ進む。
国道沿い駐車場付近から植林地を西へ  そこから道なりに南東方向へ進んで行くと、明け方車を停めた無料駐車場近くまで来てしまった。これは高野山の登り口はないようだ…。ここからまた車道を西へ戻ってもしょうがないので、今日は腹を括ってこの国道沿いの駐車場付近からスギの植林地を登ることにする。

 間伐木などが放置されて荒れたヤブの斜面を西へ登って行くと、すぐに水平に走る作業道のような道跡に出合う。そこで、その水平道に沿って南へ進んでみる。GPSで位置を確認しながら草ヤブの道を進んで行くと、やがて水平道は東へ向かうようになった。そこで、一旦方向修正して植林地を再び西へ登り返す。30mほど登ると、またもや作業道のような道跡が水平に通っていた。そこでその道跡を5、60m南へ進んで、適当なところから植林地を西へ直登する。

登りついた尾根地点(1080P北尾根780m付近)  地形図やGPSの画面を参照すると、このまま登れば高野山の北側にある等高線で1080m圏のピークから北へ延びる尾根*に乗れそうだ。この尾根を南へ辿れば高野山に行けるかもしれない…。そのように考えて下草のヤブを掻き分けたり間伐木を乗り越えたりしながら杉林を登って行くと、ほどなく雑木類の灌木が茂る尾根地点に出る。

 GPSは1080m峰から北へ延びる尾根上の地点**を示した。ここから南へ登れば高野山に行ける感じだ。まぁ、何とかなるだろうと気楽に考える。

[*正確には1080峰の北北西稜]
[**地形図の等高線で780m付近]

尾根地点から北西方向、奥に木戸(中左)〜1552P〜新行の稜線  まずは、この登りついた地点で一息入れる。気温は4℃。ヤブの斜面を直登して火照った体にはちょうどいい。この地点からは北西に新行山から西へつづく山尾根が樹林越しに見えた。小倉沢川の源頭部にあるなだらかな山稜が木戸山らしい。

 今日は登り口が見つからず、すでに1時間くらい無駄にしてしまったが、ここから尾根を直登すれば少しは挽回できそうだ。

植林地沿いの尾根筋を南へ  そこからは少しヤブめいた尾根ルートを南へ辿る。残念ながら横田氏のルートではないが、雑木類の灌木はそれほど密生していないので歩きやすい。尾根沿いには微かな踏み跡も付いている。それから古い切り株などもある。林業関係者が歩いているようだ。

 15mほど行くと、右(西)の杉林沿いの斜面に白い樹脂杭が打たれていた。そして、それには林班の番号や記号などが書かれていた。どうも、この尾根は植林地を分けているらしい…。

ヤブめいた雑木林の尾根筋  自分のペースでトロトロ登って行くと、そのうちに傾斜が少し急になってきた。それから、樹木はスギに混じって広葉樹の雑木類が多くなる。雑木類のヤブは疎らなので比較的歩きやすい。しかし、見通しはよくない。広葉樹の森は落葉がチラホラ始まったばかり。

 さらに登ると、周りはスギがなくなり広葉樹主体の雑木林になってきた。それと同時に踏み跡も消えて灌木の枝を多少掻き分けながら登るようになる。やはり、先ほどまで尾根沿いに付いていた踏み跡は作業者のものらしい。

東側から朝日が差してきた尾根筋  さらに高度を稼いで行くと、左(東)から朝日が差してきて明るい樹林帯を登るようになった。それから、周囲の樹木も落葉しているものが多くなり、いくらか見通せるようになる。

 体力が衰えたねくらハイカーはこの付近からさらにペースを落としていつものようにダラダラ休みながら行く。尾根沿いの樹木には人が付けたような目印はひとつもない。やはり横田氏のルートと違うので、ここを登る人はほとんどいないようだ。

途中、岩稜のような岩あり、左に巻く
 途中、岩稜のような岩がゴツゴツ出たところは左に巻く。この巻きの斜面は急峻で落ち葉が厚めに溜まっていた。滑らないように慎重に登る。そこを過ぎて再び落ち葉が薄く積もった尾根筋を進む。

1080P山頂付近  そのうちに傾斜が緩くなってきた。さらに落ち葉を踏みしめて一歩一歩ゆっくり登って行くと、ほどなくコブ状のピーク地点に着く。1080m峰の山頂らしい。

 一応GPSで確認すると、高野山北側の等高線で1080m圏付近を示した。ここで一息つく。雑木林に覆われた穏やかな感じのところだ。残念ながら周囲の雑木類は完全に落葉していないので、展望はない。

1080P南側鞍部(遊歩道ルート合流地点)  小休後、尾根筋を南へ進む。落ち葉が少し厚めに積もった緩斜面を下って行くと、間もなく雑木類が薄っすら紅葉した鞍部付近に降りる。

 横田氏の記録に出ていた遊歩道のルートは、東側の山腹からこのあたりに出て高野山の山頂へ向かうようだ。今回はそのルートを見つけることができなかったわけだが、このあたりの山に不案内なよそ者には仕方がない。

落ち葉の斜面を登って山頂へ  そこからは、横田氏が辿った尾根筋をいくらか南西寄りに進む。樹木には何やら丸形のペンキマークが見えるようになる。林業関係者の目印だろうか?ちょっとわからない。もしかすると遊歩道のルートを示すものかもしれない。

 それから、尾根沿いの樹木は広葉樹に混じってツガやシラビソやヒノキなどの針葉樹もいくらか見えるようになった。そしてこのあたりでも東から柔らかな朝日が当たって長閑な雰囲気になっていた。

高野山山頂 高野山の三等三角点標石  そこから緩やかな落ち葉の尾根ルートをカサコソ踏みしめながら登って行くと、やがて平坦なピーク地点に着く。そこには枯木に灰色のブリキ板の標識が付けられ、落ち葉が敷かれた地面には三等三角点の標石が埋設されていた。高野山*の山頂(1112m)だ。

 ここも東から朝日が差し込んできていて気温は10℃ほど。寒くはないが北西の風が微かに当たる。

[*この山名の由来については不明。横田氏の記録では、この山の東側中腹に弘法大師の石像があるということなので、それに関係しているのかもしれない。高野山は普通「こうやさん」と読むが、横田氏によると、「こうやさん」と読むと恐れ多いので「たかやさん」というようになったのではないかということだ。おそらく修験道の関係者がこの山に登っていたのだろう。それに関連して山名が付いたのかもしれない。ちなみに望月・岡田氏前掲著にも新湯側からこの山に登った記録(山行日 昭和61年10月)が出ていて、それによると「たかや」は本来「鷹屋」の字を宛てるのではないかとしている。]

山頂付近から北方向、コシキの頭〜栂の頭の稜線  山頂部は樹木に覆われているので展望はそれほどない。北側の樹間にコシキの頭から栂の頭あたりにかけての山尾根が見えた。北の方は雲がかかっているので、イマイチすっきりとは見えない。どうも、今日は天気がよくない感じだ。

 休憩しながら他の標識がないかキョロキョロすると、近くの立木にビニール紐類の目印に混じって例のT.Kフジオカ氏のテープが付いていた。それには「2008.6.15(日)11:30」とある。登頂時刻が午前11時半ということは、どこから登ったのだろう。横田氏の遊歩道のルートを登ったのだろうか?このフジオカ氏のテープは最近は群馬の山でよく見かける。群馬の山を精力的に登っている人らしい…。

落ち葉の尾根ルートを西へ  高野山からは本日の目的地・大戸谷山へ向かう。山頂部からは明瞭な尾根が南へつづいているが、ここはいくらかフラットな感じの斜面を西へ下って落ち葉の積もった尾根筋に進む。尾根沿いの立木には赤テープの目印も付いている。それから、樹木の幹には古いペンキマークなども見えた。これは林業関係者の目印らしい。

 周囲の樹木はすでに落葉しているものもあるが、木々の多くはまだ紅葉が始まったばかり。尾根から見通しはよくない。日陰になっている部分が多いので、気温は8℃に下がる。展望は、右(北)の樹間にコシキの頭が確認できる程度。左(南)側の樹林の枝越しにぼんやり見える山影が高田山らしい。

 このあたりからは広葉樹の雑木に混じってカラマツが多くなってきた。暫し色付いた雑木類を眺めながら落ち葉の尾根ルートを西へ辿る。

1129P山頂付近  なだらかな尾根筋を少し上り下りしながら進む。1129m峰の登りにかかると、尾根沿いに笹が見え出した。笹は小笹なので歩くのに別段問題はない。

 紅葉が多少進んだ雑木林の尾根ルートを小股でえっちらおっちら登って行くと、やがて膝丈ほどの笹で覆われたピーク地点に出る。1129m標高点峰の山頂だ。ここも周囲に高木が茂っているので展望はそれほどない。一息ついてから南西方向に下る。

笹尾根を南西へ  笹尾根を下って行くと、右前方の樹間にちょっと目立った感じの山影が見えた。方向からすると、目的地の大戸谷山らしい。このあたりはまだ樹木の葉が茂っていて、ねくらハイカー御用達の安物カメラでは葉陰越しに山影を上手く撮ることができない。

 さらに膝丈ほどの笹が茂る平坦な尾根筋を進む。この尾根沿いには数は少ないがテープやビニール紐の目印が所々に付いている。横田氏が歩いたルートということで、今は歩く人が多いのかもしれない。

スギの植林地あり
 そのうちに一時的にスギの植林地を進む。このあたりの笹尾根には薄っすら踏み跡が付いていた。やはり、林業関係者がこの尾根筋を歩いているようだ。

右前方の樹間に大戸谷山(奥中央)  笹尾根をトボトボ行くと右前方(南西)の樹間に再び大戸谷山が見えてきた。しかしながら上空には雲が出てきたので、遠くをハッキリ見通すことはできない。

 北側の樹間には木戸山あたりの山の稜線も見えているが、すでに雲の影に入っていた。今日は天気が思わしくない。

1120P北東面の登り  そのうちに笹が疎らになり落ち葉が敷かれた尾根筋を進むようになる。尾根沿いの樹木は葉が茂っているので、日陰になっている部分が多い。展望もほとんどない。左の樹間にわずかに高田山の山影が確認できる程度。

 暫し雑木林の尾根ルートを進んで行くと、左側が崖状になった急斜面の登りになった。GPSを見ると、地形図の等高線で1120m圏のピークの北東側を示していた。この斜面には落ち葉が積もっているので、滑らないように慎重に登る。

1120P山頂、図根点の標石あり  幾分小ぢんまりとした1120m峰*の山頂に出ると、そこには御影石の標石が打たれていた。何の標石かと側面に顔を近づけてジロジロ眺めると、「図」の字が辛うじて読み取れた。図根点の標石だ。地元の旧営林署または森林管理署が設置したものらしい。

[*この図根点ピークは1133m標高点峰の東側にあり、わらび峠からのルートがここで高野山方面からのルートと合流している。つまり、この1120m図根点峰はわらび峠付近から登ってきた人が高野山へ行く場合のジャンクションピークになっている。]

1120P山頂から北東方向、中央に1129P〜高野の稜線、左奥遠方に稲包
 この山頂付近からは北側をいくらか見通すことができる。北東方向には先ほど歩いてきた紅葉の山尾根が見えた。それから、北の栂の頭やコシキの頭などの稜線も樹林の枝越しに確認できる。

雑木林の尾根筋を西へ
 1120m峰からは細い尾根筋を西へ進む。ここからはわらび峠からくるルートといっしょになるので、尾根沿いの立木にはビニール紐やテープなどの目印がいくらか付いていた。やはり、ここを歩く人がいるようだ。

岩尾根の登り  少し行くと、岩稜っぽい岩尾根の登りになる。横田氏の記録と若干違う*が、これが「馬の背状の短い岩稜」らしい。尾根の両側は切れ落ちているので巻き道はなさそうだ。ここも滑らないように慎重に登る。

[*横田氏の記録では、この馬の背状の地点が1133m峰を過ぎてからとしている。横田氏は、標石がある1120m峰を1133m標高点峰としているようなので、そういう記述をしているのかもしれない。詳細なことは不明。]

ヤセた雑木林の尾根筋から西方向に大戸谷山(左奥)
 そこから少しヤセた尾根筋を進む。このあたりからまた前方(西)の樹間に大戸谷山が見えた。いくらか近づいてきた感じだ。

1133P山頂付近  そろそろ1133mの標高点だろうと思いながら雑木類が茂った尾根筋を進んで行くと、前方にゴツゴツした感じの岩尾根が見えてきた。そこは左(南)側に巻いて通過する。そしてその先で再び尾根に上がり位置を確認する。

 すると、GPSは1133m地点から西側を示した。アレ、標高点を通過してしまったようだ…。そこで、5mほどスイッチバックして先ほど巻いた岩尾根の上に出る。GPSによると、ここが1133m峰の山頂らしい。

 この地点も雑木林に覆われているので、展望は1120m峰付近と大体同じ。山頂部の樹木が完全に落葉すれば多少の展望が得られる感じだ。

 山頂からは尾根筋を少し北東寄りに下る。途中、ミズナラの大木を見て笹尾根を下って行くと、いつの間にか北へ降りるようになった。アレ、これはルートミスだ。そこで笹尾根を20mほど登り返す。すると、途中の立木に青色のビニール紐の目印が2本付いていた。尾根ルートの分岐点を示すものらしい。そこで、そこから西方向へ適当に下ってみる。

 しかして30m下ると、今度は尾根から完全に外れて笹地の急斜面を下るようになった。アレ、これもルートミスだ。そこで改めて地形図を見ると、大戸谷山への尾根ルートは1133m峰から南西方向へつづいていた。盆暗ハイカーは地図でルートを確かめずに山勘で歩いてしまった。これはまったく初歩的なミス。我ながら情けない。
1133P南西側鞍部  仕方がないので、いくらかトラバース気味に1133m峰南面の山腹まで戻り、そこからフラットな笹地の斜面を南西寄りの方向に下る。少し下ると傍らの立木に黄色いビニール紐の目印が付いていた。やはり、ルートはこちらのようだ…。

 そこからすぐに広尾根状の鞍部に降りる。そして平坦な笹原を西へ進む。笹は膝丈から腰丈ほど。それほど密生していなので歩きやすい。このあたりも周りに樹木が茂っていて見通しが利かない。暫しGPSで方向を確認しながら尾根ルートを進む。

 GPSの画面を眺めながら歩いて行くと、突然前方の笹原でガサガサっという物音がした。ねくらハイカーは一瞬ヤバいと思って腰を低く屈める。しかし前方に目をやると、シカが1頭全速力で南側の斜面に逃げ去るのが見えた。チキンハイカーはいつものようにここで胸をなでおろす。吾妻のシカも健在らしい…。

 そのうちに笹地を西方向へ登るようになると、いくらか尾根っぽくなってきた。やはり、こちらが大戸谷山へのルートらしい。体力が衰えたねくらハイカーは上りになるとたちまちペースダウンとなる。とはいえ、この笹の斜面はそれほど茂っていないので登りやすい。体力に自信がある方ならバンバン行ける感じだ。
笹尾根を北西へ  軟弱ハイカーは自分のペースでゆっくり登る。笹は膝丈から腰丈くらい。周囲の雑木類は紅葉しているものが多い。紅葉狩り気分でダラダラ行く。尾根沿いの立木には古い感じの赤布やビニール紐等の目印が各種表示されていた。やはり、この尾根ルートは相当以前から登られていたようだ。

 そのうちにいくらか北西寄りに進むようになる。このあたりでは左下(南)が広葉樹に混じってカラマツが多い。植林されたものらしいが、まだそれほど落葉していないので黄色い樹林帯を形成していた。

尾根沿いから左前方の樹林奥に大戸谷山  雑木林の尾根沿いからは時折前方の樹林越しに大戸谷山の山頂部が見える。残念ながらこの時期はまだ葉が茂っているので、山体を見通すことはできない。今回はちょっと早すぎた。落葉の頃や残雪期、または新芽の頃なら見通しが利くようだ。

 笹は一時的に胸丈ほどになるが、密生していないので見た目より歩きやすい。体力に自信がないねくらハイカーは途中で少し休憩タイムを入れる。このあたりの樹木の幹には古いペンキマークが付いていた。林業関係者の目印らしい。それからテープ類の目印も結構付いている。これはハイカーのものだ。

1290Pへの登り  そのうちに大戸谷山の山頂部から北東側にある等高線で1290m圏のピークへの登りにかかる。この登りは傾斜がちょっときつい。ねくらハイカーは休みながらダラダラ登るしかない。

 しかして軟弱ハイカーは途中で我慢できずに、笹の斜面に腰を下ろして小休タイムに入る。気温は14℃。北からの微風がいくらか心地よい。このまま晴れれば気温も上がる感じだが、先ほどから上空には雲が多くなってきた。残念ながら、天気は回復しそうにない。

 小休後、重い腰を上げる。このあたりから立木に赤テープが多くなってきた。今までそれほど付いていなかったので、わらび峠以外のところから登ってきた方の目印かもしれない。もちろん、それ以外にビニール紐の目印も多数付いている。中には、ひとつの立木に青紐・黄紐・赤テープ3本付いているものもあった。それだけ登っている人が多いというわけだ。

 途中、息を整えるために立ち止まって何気に足元を見ると、笹ヤブの中にビールの空缶が転がっていた。それはキリンビールの古い缶で、1970年代以前のものだった。これは昔の登山者のものらしい。やはり、この山は相当以前から登られていたようだ。
1290P付近  そこからさらに多少フラットな感じの急斜面を登る。ねくらハイカーは普段の運動不足が災いしているようで、長つづきしない。少し登ってまた休憩となる。

 そこからは亀の歩みでノロノロ登る。そのうちに傾斜が緩くなると、地形図の1290mピーク*付近を過ぎる。ここからは南西方向へ進む。

[*横田氏の記録では、この1290m峰を大戸谷山の北峰としている。]

途中の尾根沿いから前方(南西)に大戸谷山山頂部 尾根沿いから右(北西)方向、相ノ倉山(中右)付近の稜線  このあたりの広葉樹の雑木類や針葉樹のカラマツには落葉しているものが多い。樹林の枝越しに多少見通しがあるが、北側は依然として雲の影に入った山の稜線が見える程度。

 北西の相ノ倉山あたりはなだらかでかなり地味だ。北の木戸山からコシキの頭・栂の頭へかけての尾根筋も見えているが、蕎麦粒のようなコシキの山頂部がわずかに確認できるくらいで、注視しないとどこがどの山なのかサッパリわからない。

尾根沿いから左下(南東)方向
 それから、左下(南東)には落葉したカラマツの樹林越しにビニールハウスのようなものがある耕作地が見えた。地図を参照すると、唐繰原(からくりはら)付近の耕作地らしい。

山頂部への最後の登り
 そこからまたトロトロ進む。右(北西)には相変わらず樹林越しに相ノ倉山あたりの稜線が見える。6月に歩いた旧町村境の尾根筋も凡庸だ。そのうちにまた傾斜が急になってきた。地形図を見ると、山頂部東側の最後の登りらしい。この上り斜面でも脆弱ヘタレハイカーは途中で何度も立ち止まりながら登る。

大戸谷山(大戸矢山)山頂 大戸谷山(大戸矢山)の三等三角点標石  そこを登り切ると再び緩斜面になった。山頂部らしい。さらにそこから膝丈ほどの笹地を西へ進むと、間もなく木製の山名板が表示された地点に着く。山頂らしい。

 この山は三角点ピークということなので、山名板の標識が掛かった立木付近を足で探ってみる。すると、疎らに生えた笹の中から三等三角点の標石が現れた。やはり、ここが大戸谷山(大戸矢山)の山頂(1335m)だ。

山頂部北側から北西方向に相ノ倉山[小ズーム画像]  この山頂付近も周囲に樹木が茂っているので展望はそれほどない。北側は樹林枝越しに遠方の山尾根が見える程度。北の木戸山からコシキの頭あたりが確認できる。北西の相ノ倉山も樹林越しに何とか見ることができた。南側は部分的にヒノキ林になっているのでほとんど展望はない。

 気温は11℃。北西寄りの風がいくらか当たるが、寒くはない。上空はすっかり雲に覆われてしまったので、ねくらハイカーにはお似合いの寂しげな山頂になっていた。

山頂(三角点付近)に表示された木製標識  この山は展望を楽しむ山ではないようだ。休憩しながら山名板などの標識を見物する。三角点近くに付けられた木製標識をよく見ると、大戸谷山の「谷山」の部分がマジックのようなもので薄く消され、その上部に「矢」という文字が書き足されていた。これは多分、望月・岡田氏の著書を参考にして登られた方が修正したのだろう*。やはり、望月・岡田氏の記録を頼りにこの山に登っておられる方がいるようだ…。

[*上述したように、この山に設置された三等三角点の点名が「大戸矢」ということで、望月・岡田氏の記録では「大戸矢」としている。地元では「大戸谷」らしい。ちなみに、ここが「おおとや」と呼ばれるのは、昔この山が渡り鳥を捕獲するための鳥屋場(とやば)になっていた可能性がある。]

北西側に別の標識あり  さらに山頂部を北西側に15mほど進んで行くと、立木にまた別の山名板が付いていた。最近山でよく見かける小さなプレート型の標識だ。こちらは「大戸谷山」となっている。これは、おそらく尾根沿いに青いビニール紐の目印を付けてきた方の標識らしい。

 それから、その上には先ほど高野山で見かけたT.Kフジオカ氏のテープ標識が結ばれていた。それには日付が「2008.6.…」となっていた。残念ながら日にちと時刻は文字が消えて読めない。高野山と同じ日に登ったのかは不明だが、フジオカ某氏が一昨年の6月にこのあたりの山々に登っていたようだ。

山頂から東へ戻り  さて、これからどうするか考える。当初の計画はここから北西方向に下って1258m標高点付近まで進み、そこから四万自然歩道のルートを辿って駐車地点に戻ろうと考えていた。しかして、今日は天気が一向に回復せず、北の空はどんよりとした鉛色の雲に覆われている。見通しが悪いので、ヤブ尾根歩きを延長しても展望は得られない感じだ。これは何とも面白味がない。往路を戻った方がよさそうだ…。

 そこで、ねくらハイカーは休憩後、山頂から笹尾根を東方向へ下る。

1290P付近から北方向、木戸〜コシキ〜栂の稜線 1290P東面下りから南東方向、樹林の後方に高田山(奥中央)
 一度歩いているので、ルートは明瞭だ。樹林の枝越しに遠くの山々を眺めたり、尾根沿いの紅葉した雑木類を見物したりしながら紅葉狩り気分でダラダラ行く。

1133P南面の山腹付近  1133m峰南側の鞍部まで快調に下る。そこからは1133m峰山頂部の南面を東へトラバース気味に進む。

 この斜面は結構急峻だ。途中から斜面を進むのが面倒になってきた。

1133P東側の尾根から南東方向、手前中央に1120P、後方に1293P〜高田の稜線  そこで、左上の尾根に上がってヤセた尾根筋を東へ辿る。斜面を巻くより尾根を歩いた方が楽だ。

 1120mの図根点ピークで長めに休む。展望は午前中と同じ。このあたりは完全に落葉すれば展望地になる感じだ。今は見事に色付いた雑木林がちょっと邪魔している。

再び高野山山頂  1120m峰からはわらび峠に行くルートを外れ、急斜面を北東へ下る。そこからまた笹尾根をダラダラ進む。往路を戻るだけなので何の問題もない。

 1129m峰の笹地のピークを過ぎ東寄りに進んで行くと、すんなり三角点がある高野山に着く。時刻は午後1時過ぎ。午前中と同じく落ち葉が積もった静かな山頂になっていた。

 気温は10℃。これも午前中とまったく同じ。ここでちょっと休憩。

1080P南側鞍部、右下(東)へ  高野山の山頂からはなだらかな落ち葉の尾根ルートを北東へ進んで1080m峰手前の鞍部付近に降りる。往路と同じルートを下っても面白くないので、今日はここから横田氏のルートを下ってみる。

 現在も遊歩道が通っているのか不明だが、行けるところまで行ってみようということで、先人のビニール紐の目印が付いた立木付近から東側の山腹に下る。

笹地に薄っすら道跡あり  笹の斜面には薄っすら踏み跡らしきものが付いてた。横田氏がいう遊歩道の道跡らしい。

 その踏み跡に沿って斜面をジグザグに東へ下って行くと、そのうちに大きく左ヘ曲がって山腹を北へ進むようになる。このあたりからは笹が消えて落ち葉が積もった斜面を北へトラバース気味に下る。道跡は微かだが、さらに水平方向につづいている。

途中の立木にビニール紐の目印あり  途中の立木に古いビニール紐の目印が1本付いていた。しかし他の目印は一切ない。やはり、現在ここを歩いている人は少ないのかもしれない。

 そのうちに道筋には落ち葉が溜まってちょっと怪しい感じになってきた。何か廃道っぽい。しかし今さら戻ってもしょうがないので、我慢して細い道跡を追う。

途中、崖状の大岩あり
 さらに岩がゴロゴロした山腹を進んで行くと、左上に峨々としてそそり立つ岩壁が見えた。そして、その山水画のような岩壁の下あたりに目をやると、何か地蔵尊のような石像があった。アレ、これが弘法大師の石像らしい…。

崖下に弘法大師坐像あり  そこで近寄ってよく見ると、崖の下に小僧のような顔立ちの座像が安置されていた。耳たぶがやけに大きいこの大師様は、右手に金剛杵、左手に数珠を持ち、眠るような薄目で正面を見据えている。

 ねくらハイカーのような凡人には大師様は縁遠い存在だが、今日の山歩きの安全を祈願してひとまず手を合わせる。

石像の下付近に昔の道標の案内板あり  大師像の傍らには鉄製の柱が1本立っていた。これは以前あった道標の支柱らしい。それから、大師像の下あたりには何か廃材のような木製の板が落ちていた。板には矢印が彫られ黄色のペンキ書きで文字が見える。

 それには、左方向(南)の矢印に「山頂へ 420m」、右方向(北)の矢印に「新湯へ 1,600…」、手前の下方向(東)に「月見橋へ 1,420m」と書かれていた。これは支柱に付いていた指標の案内板らしい。ということは、この大師像の地点*は遊歩道の分岐地点になっていたわけだ。昔は山口の月見橋付近からのコースもあったのだろう。

[*GPSによると、この地点は1080m峰の東側990m付近。よそ者にはよくわからないが、大師像はそれほど古い感じではないので、高野山にちなんで後に安置されたものらしい。]

山腹をさらに北へ  大師像の地点からさらに細い踏み跡のような道筋を北へ辿る。そのままこの踏み跡を辿ることができれば、横田氏が歩いた遊歩道のルートが明らかになる。

 期待こめて落ち葉が積もった踏み跡を下って行くと、そのうちに岩がゴロゴロして荒れた斜面になってきた。

荒れた斜面、道跡消失  さらに進むと、踏み跡は完全に消えてしまった*。もしかすると、ルートはこの付近で右下(東)へ折り返しているのかもしれない。そこで、とりあえず下側の斜面を偵察したが、岩や倒木が転がった斜面には枯葉が積もっていて、道跡を見つけ出すのは不可能にみえた。これはダメだ。

 仕方ないので遊歩道のルートを歩くのはここで終了。そこからは山腹をそのまま水平に進んで、朝登ってきた1080m峰の北尾根に向かう。

[*1080峰北東側の960m付近]

辿り着いた1080P北尾根地点(950m付近)、北(北北西)へ  倒木や枯れ枝などが散乱して荒れた斜面を適当に北西方向へトラバースして行くと、すぐに尾根状の地点に着く。朝登った尾根だ。

 少々ヤブめいているが、そこからは落ち葉が積もった尾根筋をいくらか北西寄りに北方向へ下る。

植林地の尾根筋を下る
 倒木のある雑木林の中を下って行くと、間もなく杉林となり細い踏み跡が出てきた。これでひと安心。あとは植林地沿いの尾根筋を下るのみ。

尾根沿いから南方向ふり返り、上部に1080P山頂部  そこから少し下ると、朝方東側から登りついた地点を過ぎる。そのあたりから北の方を眺めると、雲が取れて晴れ上がっていた。これは、ねくらハイカーの下山とともに天気が回復したらしい。どうも、ねくらハイカーは普段の心掛けが悪いので天気に恵まれない感じだ。まぁ、これも仕方がない。

 また、その付近から南方向をふり返ると、上の方にちょっと尖った感じのピークが見えた。高野山北側の1080m峰らしい。

植林地を北へ  そこからさらに2分ほど下ると、尾根筋に境界標の標石が打たれていた。それから、尾根沿いには古い前橋営林局の境界見出標の赤プレートや赤ペンキが塗られた木の枝が見えるようになった。やはり、この尾根が林班の境界になっていたようだ。

 さらに下ると、いつの間にか作業道のような踏み跡も消えて、スギの植林地を進むようになった。今さら踏み跡を探してもしょうがないので、そのまま北に下る。

舗装道(車道)へ
 そこからまた2分ほど下ると、草ヤブの窪地に降りる。窪地に沿って東へ下っても仕方がないので、そこは横断して雑草や灌木が繁茂した斜面に上がり、さらに北側へ下って行くと、前方に舗装道が見えた。朝通った車道だ。ここで本日の山歩きは終了。

車道を西へ、左側に保安林の看板地点へ行く脇道あり  車道に出て位置を確認すると、保安林の看板があった脇道入口の東側付近だった。ということは、やはり保安林の看板から南へつづいていた道跡が昔の遊歩道のルートだったのかもしれない…。

 そんなことを考えながら車道を西へトボトボ進み、スポーツ林広場の駐車場に戻る。今日は高野山の登り口を見つけることができずに時間を無駄にしたが、午後も早い時間帯に駐車地点に戻れたので、ひとまずヨシとする。


日程2010年11月5 (金)
天候晴れのち曇り 稜線上、北または北西の微風
行程時刻四万野外スポーツ林広場駐車場6:15→(南へ ※ルートミス)→林道中途合流地点6:25→(林道を南へ)→林道終点6:32〜6:34→(林道を北へ戻り)→(途中のカーブ付近から東側の窪地へ)→(踏み跡を北へ)→(踏み跡消失)→(林道へ戻り)→林道出入口付近6:52→(車道を東へ)→(途中、右の脇道へ)→保安林看板地点6:53〜6:55→(道跡を南へ)→(先ほどの窪地の踏み跡に合流)→(北へ戻り)→脇道東側出入口付近6:58→(車道を東へ)→無料駐車場西側付近(斜面取り付き地点)7:07→(スギの植林地を西へ直登)→(作業道を南へ)→(植林地を西へ直登)→(作業道を南へ)→(西へ直登)→1080P北尾根地点(780m付近)7:24〜7:35→(南へ)→(途中2回休み、計8分)→1080P 8:18〜8:23→1080P南側鞍部8:25〜8:27→(南西へ)→高野山8:35〜8:48→(西へ)→1129P 9:00〜9:03→(南西へ)→(途中2、3分休み)→1120P(図根点P)9:33〜9:42→(西へ)→1133P付近9:50〜9:53→(尾根沿いを北へ下ってルートミス)→(南へ戻り)→(途中の地点から西へ下ってルートミス)→(南東へ戻り)→(1133P南面付近から南西へ)→1133P南側鞍部付近10:02→(西へ)→(北西へ)→(途中、休み5分)→(西へ)→(途中、休み5分)→1290P付近10:54〜10:54→(南西へ)→(途中、2分休み)→(山頂部を西へ)→大戸谷山[大戸矢山]11:10〜11:33→(東へ戻り)→(北東へ)→1290P付近11:45〜11:46→(東へ)→(南東へ)→(東へ)→(北東へ)→1133P南側鞍部付近12:17→(1133P南面を東へ)→(途中から尾根に上がって、小休)→(東へ)→1120P(図根点ピーク)12:25〜12:40→(北東へ)→1129P 13:02〜13:04→(東へ)→高野山13:15〜13:20→(北東へ)→1080P南側鞍部13:22〜13:25→(道跡を東へ)→(山腹を北へ)→弘法大師像地点(旧分岐地点)13:40〜13:45→(途中、道跡消失)→(山腹を北東へ)→1080P北尾根地点(950m付近)13:55→(北へ)→朝方登りついた地点(780m付近)14:10→(植林地下の窪地を横断し北へ)→車道合流地点(脇道東側出入口付近)14:25→(車道を西へ)→林道出入口付近14:30→スポーツ林広場駐車場14:35
備考♦この記録は横田氏や望月・岡田氏の著書以外にネットに上がってる個人のHPやブログの記録等を拝見し参考にさせていただきました。

◇ T N H C ◇

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