中禅寺湖北岸の国道120号を快調に走行し、赤沼茶屋の先を右に曲がる。そして低公害バス発着所になっている「赤沼車庫」バス停の駐車場に車を入れる。時刻は午前6時前。平日なので広い駐車場はガラガラ。天候は曇り。気温は8℃ほど。少し肌寒い。駐車場から東側に聳える男体山の山容が何とも雄大だ。今日は静かな山歩きが出来そうだ…。
赤沼茶屋から国道を横断して戦場ヶ原自然研究路入口の道標が立つ地点から「日光てくてく歩道」の道に進む。
湯川沿いの歩道をてくてく行くと、間もなく石楠花橋の東側に出て車道と合流する。この道路は国道120号から中禅寺湖西岸の千手ヶ浜に通じていて、昔は「柳沢林道*」呼ばれていた。現在は「日光市道1002号線」というそうだ。以前は一般車が自由に通行できたのだが、のちに入口にゲートが設置され一般車通行禁止の有料バス路線となった。
シラカバなどの雑木類にカラマツなどが混じった樹林帯を進んで行くと、西からリュックを背負ったサイクリストがひとり猛スピードで突っ走ってきた。軽く会釈をしてすれ違う。早朝の風景写真を撮りに行った方らしい。今日はもう撤収というわけだ。さらに車道をやや北西寄りの方向にトボトボ行くと、また帰りのサイクリストに遇った。やはり、この道は今は自転車を利用する人が多いようだ…。
そこから少し進むと左に高山への登山道が分岐する地点を通る。このあたりからカラマツの幹に黒いネットが巻かれたものが多くなってきた。
小田代ヶ原の草原を眺めながらさらに西へ進む。このあたりから北側に三岳から太郎山かけての山並みを眺めることができる。それから北西には、外山から南に延びる支尾根上にある湖上山が威圧的に聳えている。
シカ用の防護ネットなどを見ながら西へ上り気味に進むと、やがて切り通し状の地点にさしかかる。弓張峠だ。
そこからは外山沢沿いの車道をカラマツの植林地に沿って南方へ進む。
以前拝見したネットの記録のよると、シカはシロヨメナを食べないので、奥日光の草原は必然的にシロヨメナだけになってしまうそうだ。つまり、この白い花の群落はシカがつくり出した景観というわけだ。
外山沢沿いの道をいくらか下り気味に進む。沢筋に架かる橋を渡ってスタスタ行くと、やがて駐車場がある地点に着く。「西ノ湖入口」バス停だ。
まずはバス停駐車場のベンチで一息つき、遮断機のワキを通り抜けて林道に進む。気温は13℃。天気は相変わらず曇りだが、いくらか晴れ間も出てきた。
そのうちに右(西方向)に道が分岐する地点に着く。一見すると林道の支線のように見えるが、右が柳沢川の上流部へ通じる本線だ*。
静かな林道を西へ進んで行くと、右手に木の鳥居があり、奥の斜面に石碑が祀られていた。先人の記録によると、山ノ神*とのこと。
そこから少し進んで右カーブにさしかかると、柳沢川沿いの道となり、前方に先人のネットの記録で見覚えのあるピークが見えてきた。本日登る予定の東尾根上にあるピークらしい。
天候は回復して西の方は青空が見えてきた。今日はこのまま行けば晴れそうだ。
さて、右岸に渡ってみたものの、先人が付けた目印などは一切ない。「アレ、おかしいな」と思いながらシロヨメナなどが繁茂する草ヤブの平坦地を西へ進んで行くと、前方が樹木の茂った急斜面になった。
そこからは、尾根状の急斜面を西または南西寄りの方向に登る。尾根筋には一部シャクナゲが茂っているところがあり、枝を潜りながら登る。
広尾根状の斜面を南西寄りの方向に登って行くと、そのうちに左後方(東)の樹間に中禅寺湖や男体山が確認できるようになる。
そこから古い倒木などを見ながら急傾斜の樹林帯をトロトロ登る。左後方には相変わらず中禅寺湖が確認できる。
そのうちに丈の低いミヤコザサの斜面を登るようになった。笹はシカに食べられているようで、かなり疎らに生えている。さらに防火帯のような少し開けた急斜面を登る。そのあたりから右手(北)の樹間に赤錆色のガレ場がある山の稜線が見えた。方向からすると、奥白根あたりだ*。
そこから10mほど登ると、左側の笹地が少し開けていて、南東方向の山尾根が見えた*。方向からすると、黒檜岳あたりだろう。その左方向には中禅寺湖と南岸尾根の稜線も望める。
そこからは傾斜がいくらか緩くなる。樹木はツガやコメツガなどの針葉樹が多くなり、日陰の尾根ルートとなる。そのうちに窪地が現れ、一時的に尾根が二つに分かれる。右側の尾根を登って行くと、やがて窪地は消えて幾分フラットな広尾根となる。
そこからちょっと下り再びフラットな広尾根の緩斜面を南西寄りに登る。相変わらず苔むした倒木が多い。樹木にはビニール紐などの目印が付いているので、ルートに不安はない。
山頂までどれくらいかわからないが、ねくらハイカーは再び原生林のような斜面をノロノロ登る。
さらに丈の低い笹の斜面をゆっくり登りつめて行くと、やがて古い山名板の標識類が何枚も表示され標石類が埋設されたピーク地点に出る。
宿堂坊山の山頂には三等三角点の標石以外に「御料局三角點」と刻字された標石が埋設されている。これは明治時代に宮内省の御料局(のちの帝室林野局)が設置した標石ということだ*。やはり皇室御用達ということで、黒御影の標石は上辺の角が面取りされていて、何か気品と風格がある。それに対して、傍らの国土地理院の標石はちょっと地味で野暮ったく感じられる。
ところで少し古いガイドブックなどによると、宿堂坊山の山頂付近には修験者が泊まる宿があったのではないかということだが、山頂地点を観察すると、ちょっと狭い感じで宿坊が建つスペースはなさそうだ。
宿堂坊山の山頂は樹木が茂っているので展望はないが、北側の樹間に奥白根(日光白根山)の山並みが確認できる。
コメツガやシラビソなどが多い樹林帯を最初は北西方向へ進み、すぐに県境が通る西側に下る。樹木に打ち付けられた四角や丸形の標識類を頼りに急斜面を下って行くと、笹が深くなってきた。笹の中には倒木もある。ここで平成の盆暗ハイカーは左の群馬側に下り過ぎて目印を見失う。
さらに腰丈ほどの笹地を下って行くと、標識類の目印が沢山表示された笹原に降りる。青いブリキ板には水場を示す文字も見える。ここがネギト沢の鞍部(ネギト沢のコル)だ。標高は地形図の等高線で1840mほど。
鞍部付近の笹地一帯をうろちょろ歩き回っていると、時折樹間越しに遠くの山々が見える。東方向には先ほど登った宿堂坊山山頂部、南には三俣山あたりの山影が確認できる。
20分ほど歩き回ったが、どうしても見つからない。岡田氏の記録では登山道のすぐ傍らにあるということなので、再び標識類が沢山付いた鞍部地点に戻り、そこから県境の尾根筋を西へ進んでみる。
ひとまず、岡田氏がのちに取り付けたという複製品の扉(銅製)を見物する。表面右扉には「奉献 男嶽金剛堂石社之扉」とあり、表面左扉には「弘治二丙辰年六月 新造 昭和六十三年戊辰年十一月 再造」とある。
石祠を見物できたので、今日の目的はほぼ達した。帰りは同じルートを戻ってもよいのだが、以前から宿堂坊山への登路になっていたらしいネギト沢を下ることにする。横田氏も帰りはこのルートを下っているので、それほど難しくないようだ。多少足元が濡れるのを覚悟すれば何とかなるだろう…。
そこから谷筋を北西に下る。このあたりは笹が薄く歩きやすい。そのうちに湿気のある土の斜面となってきた。ネギト沢の源流も近い感じだ。
そこから沢沿いを北東方向へ下るようになる。最初は左岸の斜面に巻いて下ってみたが、沢筋が歩きやすい感じなので、そちらを下る。
倒木のあるナメっぽい沢床を過ぎると、両側がいくらか狭まりV字谷を下るようになる。このあたりは斜面が急峻なので、巻くとなると大変だ。
沢登りの人なら1、2分で下れる滝を、凡人ハイカーは5分以上かけて下った。ひとまず、右岸の河原で一息入れる。そこから小滝*をふり返ると、水量が少なく誰でも簡単に下れそうに見えた。ねくらハイカーは沢登りの技術も装備もないので、これは仕方がない…。
そこから倒木などが散乱する荒れた谷あいを北東へ進む。2分ほど下ると、シロヨメナの群落があるところを進むようになる。そこには釣り人が歩くような明瞭な踏み跡が付いていた。
ネギト沢右岸をさらに北東へ進む。途中には斜面が崩落した箇所がある。
そのうちに斜面が切り開かれて両側が切り通し状の崖になったヘアピンカーブを過ぎる。そして西へ進み、ガードレールの欄干が黄色く塗られた橋でネギト沢を渡る。
そこからまた荒れた林道を進み、壊れたコンクリート橋で小沢を渡る。さらにネギト沢左岸の平坦な道を北東へ進む。このあたりは法面が石垣になっていて、昔の林道の面影が残っている。しかし、所々に斜面の崩落箇所があり、廃道化が進んでいる。


| 日程 | 2009年9月11日 (金) |
| 天候 | 曇りのち時々晴れ 尾根上は北西寄りの微風 |
| 行程時刻 | 赤沼車庫駐車場6:28→戦場ヶ原自然研究路入口(R120赤沼茶屋付近)6:30→湯滝方面分岐[赤沼分岐]6:33〜6:34→(直進)→小田代ヶ原方面分岐6:35→(湯川沿いを南へ)→石楠花橋(市道合流地点)6:41→(市道を西へ)→高山方面分岐6:57→小田代ヶ原東側入口7:05〜7:06→「小田代原」バス停(小田代ヶ原西側入口)7:12〜7:13→弓張峠付近7:19〜7:20→(南へ)→からさわ橋7:43→外沢橋7:49→「西ノ湖入口」バス停[柳沢林道分岐]7:53〜7:56→(林道を南西へ)→アザミ橋7:57→西ノ湖方面分岐8:03〜8:06→(西へ)→柳沢川渡渉点(砂防堰付近)8:16〜8:20→(右岸でルートミス、タイムロス3分)→東尾根取り付き点付近8:26→(西または南西へ)→(途中、休憩4回計15分強)→南東方向小展望地(1750m付近?)9:33〜9:40→(途中、休憩3分)→宿堂坊山山頂10:20〜10:55→(北西へ)→(西へ)→(途中から南西側へ下りルートミス、タイムロス4分)→ネギト沢の鞍部11:10〜11:46→(谷筋を北西へ)→ネギト沢源流部水場付近11:53→(北東へ)→(途中、滝の下降でタイムロス5分、休憩10分弱)→柳沢林道(廃道部分)合流地点12:28(?)→(北東へ)→(ヘアピンカーブから西へ)→第14号橋12:40〜12:42→(北東へ)→(北へ)→柳沢川渡渉点(流出橋地点下流側)13:10→(林道を南東へ)→第8号橋13:31→朝の渡渉地点(砂防堰付近)13:43→(東へ)→西ノ湖方面分岐13:53→(「西の湖林道」を南へ)→吊橋手前付近(1303m地点)?:? →(歩道を北東へ)→新外山沢橋14:02→(市道を東へ)→「千手ヶ浜」バス停14:15〜14:47→(バス乗車)→「赤沼車庫」バス停15:16→赤沼車庫駐車場15:17 |
| 備考 | ♦この記録は岡田敏夫 著『足尾山塊の山』(白山書房刊)・増田宏 著『皇海山と足尾山塊』(白山書房刊)・横田昭二 著『私が登った群馬300山』(上毛新聞社刊)の記録・論考等を拝見し参考にしています。それから、栃木在住の方々のサイトの記録やHP「すうじいの時々アウトドア」内の柳沢川ネギト沢(下降)の遡行図等を拝見し参考にさせていただきました。 ♦ネギト沢鞍部の石祠については桐生山野研究会の「宿堂坊山の宿跡と石祠」(※リンク切れの場合あり)をご覧下さい。 |
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