諏訪山からブドー沢の頭



 多野郡上野村にある諏訪山は日本山岳会が選定した「日本三百名山」に入っている。山名は山頂に諏訪明神が祀られていることから来ているそうだ。この山は山頂からの見晴らしはよくないが、登山道途中にある「ヤツウチグラ」という岩山が絶好の展望地となっていて昔から多くの人々に登られてきた。おそらくこのヤツウチグラがあるため、諏訪山が三百名山に選ばれたらしい。

 諏訪山は、一般にはヤツウチグラ経由の北西側および北側からのルートで登られている。他のルートとしては、最近東側の乙父沢西沢付近から山頂へ短時間で登っている記録がネットに出ていた。ねくらハイカーは1980年代の初めの頃に北西側の浜平から諏訪山に登ったことがあるが、確かに登山道の途中に西沢方面への踏み跡や標識を見た覚えがある。それから、昔の案内書や山岳関係者の紀行文にも下山時に乙父沢西沢の林道へ下っているものがある*。

 佐藤節氏の『西上州の山と峠』(新ハイキング社刊)に出ている略図にも、ヤツウチグラの北側と南側に西沢への破線道が2本描かれている。多分、この西沢のルートは以前から一部の山岳関係者や地元の林業関係者に使われていたものらしい。現在出ている一般のガイドブックには北西側の浜平と北側の楢原からのコースしか載っていないが、この東側からのコースも少なからず歩かれていたようだ。

 そこで今回は、ネットの記録を参考にして乙父沢上流の西沢付近から諏訪山へ登り、そこからさらに埼玉との県境にあるブドー沢の頭まで歩いてみようと、4月下旬頃多野郡上野村方面に出かけてみた。

[*野口冬人氏のガイド文や川崎精雄(まさお)氏・二木久夫氏・小板橋光(こう)氏の紀行文等参照]
国道299号乙父橋付近からを左下の村道へ  いつものように神流川沿いの国道299号を西走し、乙父トンネルを抜けて乙父沢川に架かる橋(乙父橋)付近から左下の村道に入り、乙父沢左岸を南へ向かう。道路沿いの樹木は茂っているが、まだ若葉の明るい樹林帯だ。このくらいだと、山腹の樹木は芽吹き程度で見通しは利きそうだ。

 道端にチラホラ咲いたヤマブキの花を眺めながら車を走らせると、やがて民家の住宅がある乙父沢集落となる。そこから左(東)には乙父沢東沢への林道(乙父林道東沢線)が分岐し、奥(南)には乙父沢西沢沿いの林道(乙父林道西沢線)がつづいている。

 ここはそのまま西沢沿いの道を進む。未舗装の路面はそれほど悪くはない。しかし、ねくらハイカーのボロ車は足回りが最悪なのでスピードは出せない。新緑の樹林帯をトロトロ走り、蟹掛橋を渡って右岸沿いを行くと、途中の水溜りがある路面にタイヤ跡が見えるようになった。新しい感じなので、先行車があるようだ。

 そのうちに開きっぱなしの古い遮断機ゲートを過ぎて広河原橋にさしかかる。すると、その先の古い小屋の前に停まっている軽のワンボックス車が見えた。釣り人らしい。中年男性の二人連れで、車から降りて何か準備をしている。

 林道の道幅は狭いので、車の通り抜けはできない。釣り人はねくらハイカーのボロ車に気づいて、運転者が車に乗り込み奥へ走り出した。そこから左岸を50mほど走り、待避所のような路肩スペースがあるところまで進む。そこでようやく釣り人の先行車とすれ違うことができた。

 今日はまだ連休前だが、すでに休みに入った方らしい。同じ遊山者として、車中から軽く挨拶して奥へ進む。
林道終点手前の広場(諏訪山登り口)  そこからさらに七ツ渕橋を渡って一部コンクリート舗装された右岸をノロノロ行くと、沢床と同じ高さでつくられたコンクリート橋があった。先人の記録によると、標高1000m付近の林道終点広場ということなので、橋を渡ったあたりに登り口があるようだ…。

 そこで水路の溝が掘られた橋を渡って左岸へ進むと、すぐに広場のような駐車スペースがあるところに出た。ここらしい…。以前はこの地点が林道の終点だったようだが、現在林道はさらに奥へ延伸されている。

山側から広場付近に流れ込んでいる小沢(「白水沢」)  この広場には右(西)の山側から小沢*が流れ込んでいた。先人の記録などから推測すると、多分この支流の沢沿いの尾根に諏訪山へのルートが通っているようだ…。

[*野口氏のガイド文や原全教氏の『奥秩父研究』(朋文堂刊)および「安中山の会」会員執筆のガイドブック『群馬の山歩き130選』(上毛新聞社刊)・同会幹事の横田昭二氏の『私が登った群馬300山』(上毛新聞社刊)等に載っている略図によると、「白水沢」という名前の沢。訓みは不明。]

 ひとまず車から降りて右の沢沿いを偵察する。すると、砂防堰手前の左岸の植林地に先人が付けたテープの目印やペンキマークがあった。やはり、ここが諏訪山の登山口だ。そこで急いで車に戻り、傍らのスペースに車を停めて出発の準備をする。この谷あいは日が当たらない。気温は2℃。少々肌寒い。

 どうも、この広場は釣り人やハイカーの休憩地になっているようだ。周囲には空き缶やペットボトルが散乱していた。さらに猟銃の空薬莢なども落ちている。やはり、ハンターがここまで入っているわけだ。そして西沢の河原には、古いワイヤー類や薪ストーブのような残骸物も放置されていた。伐採が盛んに行われていた頃の遺物らしい。

 それから、何やら河原の木の枝に貼り紙が付いていた。それには「危険 この下(地面)にスズメバチの巣があります」とある。これはちょっとヤバそうだが、今は蜂が活動する季節ではないので問題ない。
左岸植林地のヒノキに先人の目印あり(取り付き地点) 白水沢左岸、上流に砂防堰あり  さっそく西側からくる沢筋へ進み、先人のテープが付いた左岸ヒノキ林付近から急傾斜の斜面に取り付く。最初は北西寄りに登る。スズタケなどが生えて少しヤブめいているが、ヒノキにはテープが付いているので安心して登ることができる。

 かなり傾斜がきついので、運動不足のねくらハイカーはたちまち息が上がってしまった。別段急ぐ必要はない。いつものように休み休み登る。

スズタケのヤブに微かな踏跡あり 尾根筋から南東寄りの方向に帳付山  ヒノキの植林地を直登して行くと、やがて雑木が混じる尾根となり、西方向へ登るようになる。

 尾根筋をゆっくり上がって行くと、東側から朝日が当たるようになった。そこで東方向をふり返ると、何やら鋭角に聳えるピークが見えた。方向からすると、埼玉との県境に聳える帳付山らしい。帳付山は西側から眺めると、結構尖った姿をしている。

尾根筋にはアセビも多い  尾根沿いのスズタケのヤブには薄っすら踏み跡らしきものも確認できる。古い切り株などもあるので、この尾根筋を林業作業者が歩いているのかもしれない。それからシカの糞も多い。

 いくらか傾斜が緩くなると、ヤセ尾根っぽくなってきた。右(北)側の斜面にはカラマツの樹林帯もある。このあたりから常緑樹のアセビが多くなる。それから、アカヤシオの花もチラホラ見えるようになった。尾根沿いは弱い風が吹いている。

岩稜部は右に巻く  そのうちに尾根沿いは樹木が密生してきてヤブめいてきた。ヒノキやアセビに混じってシャクナゲなども茂っている。

 ヤブ尾根をさらに進むと、やがて垂直に聳える岩稜に突き当たる。そこは先人が付けたテープや紐の目印に従って右(北側)に巻く。苔が生えた岩壁沿いをいくらか北西寄りに進む。このあたりの斜面は右下の谷筋へ鋭く切れ落ちているが、シャクナゲなどの灌木類が生えているので何とかトラバースできる。

途中から左上の急斜面を攀じ登る  岩稜基部に微かに付けられた踏跡を辿って水平に進んで行くと、ルートは途中から左上の急斜面を登るようになる。この斜面は苔が生えているので何かじめじめして滑りやすい。

 樹木に搦んで登ってみるが、朽木が多くて何とも心許ない。屁っ放り腰の体勢で斜面に出ている木の根などを掴みながら上部の尾根地点に向かって攀じ登る。この斜面の登降は残雪がある時節はちょっと厳しい感じがする。

岩稜上の地点から前方にピーク[1300P]あり  四つん這いになってどうにか岩稜の上に出る。その尾根地点*からは多少見通しが利いた。左上(南西)には諏訪山本峰あたりから東に延びる支尾根上にある無名ピークが見える。それから前方(西)には、さらに上部にある針葉樹のピーク**が聳えていた。

 この尾根ルートはあのピークを越えて行くのだろうか…?気温は8℃。周囲の樹林帯からは色々な小鳥の春の囀りが聞こえてきて長閑な感じだが、やはり、この先のルートが少し気になる。

[*あとで推測すると、ヤツウチグラの南側から東に延びる支尾根上の1190m付近。]
[**後日地図上で推測すると、地形図の等高線で1300m圏のピーク。]

岩稜を左斜面に巻く  休憩後、明瞭な尾根筋を北西寄りに登る。樹木は依然としてヒノキやアセビが多く、日陰になっているところが多い。そのうちに傾斜もきつくなり、尾根筋は尖った岩稜になってきた。

 そこは岩稜部の左(南)側に巻いて登る。このあたりは吹き溜まりになっているせいか落ち葉が厚く積もっていた。それから、先人の目印は極端に少なくなった。どうも、先人のルートと違うところを登っているのかもしれない…。

再び尾根筋へ  落ち葉を踏みながら岩稜から左側に外れたところをトラバース気味にトロトロ登って行くと、傾斜も緩くなり、やがて樹木にテープの目印が付いた尾根地点に出る。

 先ほど下から見えたピークの山頂部らしい。ねくらハイカーは、南側を巻いて登ったようだ…。そこからは、先人が付けた目印に沿って平坦な尾根筋を西へ辿る。

小鞍部からはピンクテープの目印あり  倒木がある少しヤブめいた尾根筋を進み、原生林っぽい日陰の小ピークを越えて下って行くと、何か曰く有りげな小鞍部に着く。そこは南側が開けていて、立木に蛍光ピンクのテープが付いていた。テープは林業関係者や土木関係者が使用するタイプのものだ。

 そこで一息ついて南側の谷筋を眺めると、下の方の樹木に同じようなテープが見えた。どうも、左下の谷筋*からこの鞍部に上がってくる踏み跡があるようだ…**。

[*白水沢右俣(白水沢本流)]
[**野口氏のガイド文では白水沢源頭をめざして下っているので、南側の谷筋からこの鞍部付近に上がってくる踏み跡が正式なルートらしい。]

歩きやすい尾根道  そこからはピンクテープの目印が付いた尾根筋を進む。このあたりからは芽吹きが始まったばかりの広葉樹が多い斜面の登りとなる。

 所々にアカヤシオの花が咲いて何とも和やかな雰囲気が漂っている。こういう明るい尾根を歩くのは実に気分がいい。

前方(北西)の樹間にヤツウチグラ  北西寄りに登って行くと、前方の樹間にちょっと目立った感じのピークが見えてきた。ヤツウチグラ*のようだ。

[*名前の由来はわからないが、一般のガイドブックではこの岩山を「下ヤツウチグラ」としている。「上ヤツウチグラ」は諏訪山本峰付近にある岩山ということだが、詳細は不明。ヤツウチグラの標高は地形図の等高線で1490mほど。しかし、実際はそれ以上あるように思われる。]

一般登山道合流地点(西沢方面分岐)  多少見通しのある雑木林の尾根筋をゆるゆる登って行くと、やがて明瞭な登山道が南北に走る尾根地点に着く。ここで一般登山道と合流となる。傍らの樹木には先人の紐やテープの目印が付いている。

 ねくらハイカーは途中で休憩しているので、標高1000m付近の登り口からこの合流地点*まで1時間40分ほどかかってしまった。これは体力がある方なら、林道から1時間くらいで着くかもしれない。

[*地形図の等高線で1460mほどの尾根地点]

西沢方面への標識あり  ところで、この合流地点には「乙父・西沢」方面を示す標識*が樹木に付いてた。やはり、以前登ったときもこのあたりで西沢方面への見たような気がする。どうも、昔の記憶が曖昧で思い出せない。

[*後日参照した二木(ふたき)久夫氏の『西上州の岩山藪山』(現代旅行研究所刊)によると、昭和42年(1967年)10月の山行時にはすでにブリキ板の道標があったそうだ。二木氏らは浜平鉱泉の主人から白水沢を下って乙父沢西沢に降りるルートがあることを教えられ、諏訪山からの帰りにその道標地点から西沢方面に下山している。ちなみに二木氏はこのルートを「白水沢コース」と呼んでいる。]

登山道を北へ ヤツウチグラ南側の岩場、固定ロープあり  ここは左(南)の諏訪山へ進んでも展望が得られないので、右(北)のヤツウチグラへ進む。登山道には「山」の刻印があるコンクリート杭がビシッと打たれている。

 アカヤシオの花に彩られた主尾根の登山道を北へ辿ると、すぐに固定ロープが設置された岩場となる。

南側からヤツウチグラ山頂部、木造の祠あり  岩場はしっかり安定しているので、容易くヤツウチグラの山頂部に上がることができる。

 木造の祠が安置されているヤツウチグラからは好展望が広がっていた。

西方向に御座山と上信国境尾根 北方向に小倉山と登山道が通る主尾根、左遠方に浅間山  北には小倉山への山尾根や御荷鉾スーパー林道が通っている山々、そして遠方の浅間方面まで見渡せる。

 西には上信国境の山々と南佐久の秀峰・御座山を望むことができる。その右後方には残雪の八ヶ岳も顔を出している。

東方向に上武国境の帳付山(中右)、その後方に両神山  東には帳付山とそれに連なる上武国境付近の峰々が聳え、その遥か後方に両神山の山影がちょこんと確認できた*。

[*余談になるが、昔の紀行文やガイドブックなどには、ここから展望として東に天丸山の鋭峰が見えると書かれている。確かに天丸山は見えるのだが、午前中は上武国境付近にある大山や門倉山の山影に溶け込んでいて、山体を峻別するのは難しい。それに対して、東側にハッキリ見えている帳付山のことは書かれていない。これはもしかすると、帳付山を天丸山と見間違えているのかもしれない。]

南東方向、ブドー沢の頭・無名1650P・滝谷山(1659P)[ズーム画像] 南東方向に帳付山〜1609P〜ブドー沢の頭・無名1650P 南東にはブドー沢の頭がある地味な感じの上武国境尾根が見える。今日はあの国境線に向かう予定なので、地形図などで山並みを確認してみる。

 諏訪山からのなだらかな吊尾根が突き当たるピークが多分ブドー沢の頭で、その右隣に二つコブの無名ピークがあり、さらにその右にあるのが滝谷山*らしい。

[*この山は、原氏前掲書では「オキ葡萄ノ頭」としている。ちなみに高畑棟材(むねたか)氏は「ミミヅク峯」としている。]

南に諏訪山山頂部 ヤツウチグラに安置された木造の祠、三笠山山頂の標識あり  南には三角点がある諏訪山本峰の山頂部が間近に見える。今日は北西の風が吹いているが、祠の東側は風が当たらない。気温は13℃になっていた。

 この山頂部には図根点の標石が埋設されている。祠は三笠山刀利天を祀っているということで、御嶽教の方々が今もこの岩山を深く信仰しておられるようだ。

ヤツウチグラ山頂部南側のアカヤシオ  祠の側には「三笠山山頂」の標識が置かれていた。現在はこの岩山を諏訪山に付随するヤツウチグラではなく、別個に「三笠山」と呼ぶ人が多いのかもしれない。

 以前はここに何も表示されていなかったので、ここを諏訪山山頂と勘違いして諏訪山へ登らずにここから下山する人がいたそうだが、今は「諏訪山まで723m」の道標が設置されているので、間違える人はいない。

 休憩後、南へ戻る。

再び、西沢ルート合流地点(西沢方面分岐)  アカヤシオのピンクの花を眺めながら登山道を下る。登山道沿いの樹木には古い前橋営林局の境界見出標のプレートなども付いていた。やはり、この付近は国有林になっているらしい。

 先ほどの合流地点まで戻り、さらに南へ進む。

芽吹き前の落葉樹が多い尾根道  鞍部からは日陰になった尾根筋を右や左に搦みながら登る。このあたりでは西側から冷たい風が当たり、日陰の斜面ではまだ霜柱が融けずに残っていた。

 傾斜が急になると、ヘタレハイカーは何度も立ち止まって休む。以前ここを歩いたときのような体力はない。

 以前登ったときは樹木の葉が鬱蒼と茂っていたが、今回は雑木類の芽吹き前で、まだ明るい尾根道となっている。気分的には楽だ。

山頂近くの尾根筋に石祠あり  そのうちに尾根の傾斜が緩くなると、右側に石の祠があった。諏訪山の山頂部に祀られたものらしい。

 石祠の屋根部分はかなり苔むしているが、それほど古い感じのものではない。諏訪明神を祀っているのだろうか…?凡俗ハイカーにはちょっとわからない。

諏訪山山頂、三等三角点標石あり 山名板の標識3枚あり  そこから南西方向に登って行くと、三等三角点の標石が埋設された諏訪山山頂に着く。

 山頂には木製と金属製の標識が3枚ほど表示されていた。2枚の木製の標識をよく見ると、道標形のものには標高が1549.9mとなっていた。立木の付けられたものには1549.4mと地形図に記載された標高となっている。この道標の標高は設置者が独自に測定したものだろうか?ねくらハイカーは、50cmといえども気になる。

諏訪山山頂部から南東方向にブドー沢の頭(中央右)  諏訪山は樹林に覆われているので、以前と同じ静かな山頂となっている。樹木が茂っている割には北西からの風が当たる。気温はたちまち5℃に下がった。

 初めて諏訪山に登った人は、展望地のヤツウチグラからここまで延長してきたところ、樹林の中の山頂にがっかりしてしまうかもしれない。この山頂部は雑木類に混じってヒノキやツガの針葉樹とアセビが多い。ねくらハイカーはこの幽邃な雰囲気の山頂が何ともしっくり落ち着く。

 静かに休息していたいところだが、今日はさらに県境尾根に向かう予定なので、ゆっくりしてはいられない。南東方向の樹間には、そのブドー沢の頭方面の山尾根が確認できる。

諏訪山南東尾根、一時的にヤブあり  休憩後、標識地点から山頂部を南へ進む。山頂付近はヤブがないので歩きやすい。左前方の樹間には相変わらず帳付山が見える。

 尾根筋を南東方向へ進むようになると、少しヤブめいてきた。倒木の枝類がうるさいが、ハイカーに優しい西上州の山尾根ということで、問題なく歩ける。

左の樹間に赤久縄・御荷鉾方面、手前に大天幕ノ頭の尾根あり
 途中、左(北東)方向の樹間に赤久縄山から御荷鉾山方面の稜線がチラッと見えた。尾根沿いは樹木が結構茂っているので、展望はそれほどよくない。

緩い傾斜の尾根筋を進んで県境へ  落ち葉がいくらか積もっている尾根筋を下って行くと、前方正面にこれから向かう県境尾根が確認できる。このまま尾根を進めば難なく県境に辿り着く感じだ。

 暫し岩に苔などが生えて幾分寂れた感じの尾根筋をゆるゆる進む。

左(東)の樹間に天丸・大山・帳付の稜線(中央) 右(南西)に高天原〜大蛇倉〜石仏の稜線  見通しは利かないが、樹林越しに目を凝らすと、左(東)に先ほど鋭角に尖っていた帳付山がいくらか厚みを増した姿で見えた。帳付の左側にちょこんと尖った峰も確認できる。天丸山らしい。

 右(南西)には上信国境の大蛇倉山(高岩・北ノ窪ノ頭)や高天原山(蟻ヶ峰・所並ノ頭)方面の稜線も見える。

前方にヤセた岩稜あり  このまま平坦な尾根を進むのかと思いきや、前方にヤセた岩稜が立ちはだかった。直登すれば面白そうな岩場だが、ここは無難に右(南西)側の基部を巻く。

 少し灌木類でヤブめいているが、西上州の尾根ということで簡単にトラバースできる。岩稜を巻いて再び平坦な尾根筋に戻ると、立木にテープやビニール紐の目印が付いていた。やはり、ここを歩く人がいるわけだ…。

苔が生えた尾根筋  このあたりの尾根にもシカの糞が多数落ちていた。それから、樹木には根元付近の樹皮が生々しく剥がれているものが多い。角研ぎではなさそうだ。西上州は雪がそれほど積もらないということだが、やはり冬場は食べられてしまうのかもしれない…。

 さらに古い倒木が多いところを進んで行くと、イノシシが地面を掘り起こした跡があった。シカほどではないが、少なからず生息しているようだ。

1474P付近から北西方向ふり返り、諏訪山方面 1474P山頂部  歩きやすい尾根をさらに南東へ進み、途中からスズタケが生えた斜面を東に登り返すと、尾根状の小ピーク*に着く。そこで一息ついて北西方向をふり返ると、樹間越しに諏訪山方面が望めた。諏訪山からまだ40分ほどだが、ヤブも少なく下りが多かったので快調に進んだ。

 このあたりも展望はないが、静かで穏やかな尾根がつづいている。まだ時節が早いせいか、尾根沿いの花は少ない。アカヤシオがチラホラ咲いている程度。別に花を眺める山歩きではないので、このくらいがちょうどいい。

[*1474m標高点ピーク付近。余談になるが、昭和の初め頃このあたりの山名について考証した高畑棟材氏によると、諏訪山から南東へ延びる山尾根に「薇萱」というピークまたは場所があるそうだ。昔の陸測図や現在の国土地理院の地形図を参照してもそれがどこなのか不明。後日推測してみると、どうもこの1474mピークあたりを想定してもよさそうに思えた。]

1474P南峰(1480P)付近  そこから胸丈ほどのスズタケが疎らに生えた尾根筋を少し南寄りに進む。この付近は如何にも西上州のヤブ尾根といった風情がある。左の樹間に帳付山を眺めながらのんびりした気分で歩く。

 しかし、そのうちにスズタケが茂ったピーク*を過ぎてそのままダラダラ下って行くと、今まであった踏跡が忽然と消えてしまった。

[*地形図の等高線で1480m圏の1474mピーク南峰]

1480P付近から県境尾根に方向を定めて南東へ下る  これはマズイということで、ピーク付近まで引き返すと立木にビニール紐の目印が付いていた。しかしながら、その周囲に踏み跡はない。このまま尾根筋を進むと、南側の日向ブドー沢への下りになってしまう…。

 そこで、ピーク付近から樹林越しに見える県境の山尾根に向かって笹ヤブを下ってみる。すると、すぐにシカ道のような細い踏跡が見つかった。

 先人もこのあたりで踏み跡を見失い、立木に目印を付けたのかもしれない…。ねくらハイカーも気休め程度にテープを付ける。

諏訪山・ブドー沢の頭間最低鞍部  微かな踏跡を下って行くと、やがて開けた感じの鞍部に着く。地形図を参照すると、このあたりが諏訪山・ブドー沢の頭間の最低鞍部*らしい。

[*地形図の1474mピークと1487mピークの中間付近にある鞍部。標高1430mほど。]

最低鞍部から北方向、乙父沢西沢の谷 最低鞍部から南方向、遠方に奥秩父・三宝山(?)方面  そこから左下(北)に見える谷あいが乙父沢西沢だ。

 また、右(南)には、樹木の枝越しに上信国境の尾根とその遥か後方にある山影が微かに見える。どうも、三国山(二本木ノ頭)ではなさそうだ。おそらく、その後方の奥秩父に聳える2000m級の山並みだろう。

左(北東)に帳付山
 鞍部から尾根筋をそのまま南東へ登る。スズタケが茂った尾根から左(北東)に帳付山が間近に見えるようになった。

尾根沿いのアカマツに古いワイヤーあり  シカの糞が目立つ笹地の斜面を登って行くと、途中のアカマツの幹に古いワイヤーが巻き付いていた。昔の伐採作業に使われたものらしい。

 このあたりの尾根筋にはアカマツの他にブナなどの広葉樹の大木が意外と多い。昔の伐採時に伐られなかったようだ。

東へ登る尾根筋から左後方に諏訪山 東へ登る尾根筋から右前方にブドー沢の頭  笹ヤブの中に残るシカの山盛りウンチを見ながら尾根を東寄りに登る。そのあたりから左後方をふり返ると、幾分遠くなった諏訪山が見えた。

 逆に右前方にはブドー沢の頭付近の県境尾根がかなり近くに見えている。

1487P付近  そのうちにアセビが茂ったピーク地点を通る。ルートはそこから右へ折れてまた南東へ進むようになる。

 地形図を参照すると、1487m標高点ピークらしい。このあたりは、まさに地形図通りの尾根ルートを歩いているのが実感できる。

ツガなどが多い尾根を南東へ  そこから前方の県境尾根に向かってツガやアセビが多い尾根筋を進む。スズタケが茂ったところには明瞭な踏み跡が付いている。しかし、このあたりは倒木が多いので、それを避けて進むのが少し面倒だ。

 そのうちに傾斜が増してきた。ヘタレハイカーはたちまちペースが落ちる。

 背丈ほどのスズタケが茂ったところを過ぎ、古い倒木があるヤブ尾根を登りきると、再び小ピーク地点に出る。地形図を見ると、県境尾根手前の等高線で1560m圏のピークらしい。

1560Pから県境尾根に向かって下る
 そこから数メートルほど南東側へ下って行くと、小鞍部に着く。そこには立木にテープやレースリボンの目印が付いていて、右下(南)の斜面から明瞭な踏み跡が上がってきていた。

小鞍部地点、右下の谷沿いから踏み跡あり  これは、多分日向ブドー沢からの踏み跡らしい。昔の陸測図では、神流川本谷の葡萄沢出合付近から1658.1m三角点ピーク(ブドー沢の頭)に向かって沢沿いに破線道が描かれている*。現在通行できるかわからないが、葡萄沢上流の日向ブドー沢をつめて上がってくる昔の杣道のルートが残っているのかもしれない…。

[*昭文社の山と高原地図『西上州』(旧版)にも薄い破線道が描かれている。]

県境尾根合流地点(ブドー沢の頭北側)  そこからまた県境尾根に向かってスズタケが茂る急斜面を登る。左には帳付山や1609m峰(西沢ノ頭)あたりの針葉樹のピークが間近に見える。

 体力が衰えたヘタレハイカーは途中で小休止。それから何とか尾根筋を一歩一歩南東方向へ登りつめると、徐々に傾斜も緩くなり、やがて南側から微かな踏み跡がある地点に出る。県境尾根だ。

県境尾根から東方向、赤岩・両神の左に1510Pあり  このあたりは笹が疎らに生えたヤブ尾根となっているが、東方向には両神山方面の特徴的な山並みが確認できる。両神山・赤岩尾根の左側には相変わらず宗四郎山*(1510m峰)が尖っている。

[*原氏前掲書では、このピークを「山吹谷ノ頭」としている。]

県境尾根を南へ ブドー沢の頭山頂(北側から)  そこから少しヤブめいた感じの県境尾根を南へ進む。尾根沿いには番号が入ったコンクリート杭が打たれている。

 平坦な尾根筋をスタスタ行くと、ほどなく標石が埋設された地点に出る。ブドー沢の頭山頂(1658m)だ。

ブドー沢の頭山頂(東側から)、西側の立木に標識あり  ねくらハイカーは2004年秋に南天山から県境尾根へ歩いた。そのときにこの山頂を訪れているのだが、今日は雰囲気がガラリと変わっていた。

 笹はきれいに刈り払われた感じで、日の当たる明るい山頂となっている。秋と春ではこれほど違うものかと思わず感心してしまった。

ブドー沢の頭、二等三角点の標石  この前は、ここの二等三角点の標石は苔むして古い感じのものだったが、今日は真っ白に輝いて新品のように見えた。刻字は旧字体なので、新しく埋設されたものではなさそうだ。

 しかし、何か違和感がある。ヤブ山の標石としては何か小奇麗過ぎる。標石マニアか誰かが磨いたのだろうか…?

立木に山名板の標識あり  それにも増して山頂で驚いたことは、古い山名板の標識が立木に付いていたことだ。2004年のときは埼玉県が設置した看板くらいしかなく、山名は表示されていなかったが、今回はちゃんと付いている。それも新しいものではなく、滝谷山の山頂に付いていたものと同じタイプの古い標識だ。

 そこで板の裏側を見ると、「H7.11.6 N.K」という登山者の記念サインがあった。ということは、平成7年(1995年)以前にはこの標識が山頂に表示されていたわけだ。2004年のときは確かに表示されていなかったので、多分1995年秋以降に下に落ちて落ち葉の中にでも埋もれてしまったのだろう。それを最近誰かが見つけ出し、立木に付け直したようだ。標識の文字は緑色のペンキが剥げかかっていて、ボールペンか何かで微かに塗り書きされていた。

北方向の樹間に帳付山方面 北東方向に倉門山・焼山(1540P)・六助(山吹峠)・宗四郎山(1510P)  この山頂は風が当たらないので暖かい。日差しがモロに当たるので、気温は18℃に上がっていた。

 ブドー沢の頭は、上武国境のヤブ山ということで、見晴らしはよくない。樹林越しに県境に聳える帳付山や門倉山あたりが確認できる程度。展望があればゆっくりしていたいところだが、やはり眺めがないと面白みに欠ける。休憩後、北へ戻る。

県境を北へ  スズタケのヤブ尾根を先ほど登りついた地点(諏訪山分岐)まで戻る。そこから往路を諏訪山まで戻ってもいいのだが、今回は西沢あたりを下ってみようということで、県境をさらに北東へ進む。

 県境尾根は依然として笹ヤブになっているが、明瞭な踏み跡は付いている。上武国境の尾根を歩く人々が少なからずいるようだ。

1609P南側鞍部付近(西沢下降地点?)  緩い下りの尾根道を途中から北へ進むと、やがて1609m峰(西沢ノ頭)手前の鞍部に着く。このあたりが西沢からの県境取り付き点らしい。2004年には確かこの笹ヤブの中にピンクテープの目印があったのだが、今回はなかった。代わりにねくらハイカーが付けたテープがあった。

 自分で適当に付けた目印地点から下るのも何かおこがましいが、西沢源流部へ下ればいいということで、ひとまずその地点から西方向に笹ヤブの斜面を下る。

西沢源流に向かって下る、正面に諏訪山  尾根付近の笹ヤブを20mほど下ると、笹も疎らになり歩きやすい斜面となる。傾斜は急だが問題なく下れる。沢の源頭部にあたるので、斜面は軟弱で少々じめじめしている。倒木類にはびっしり苔が生えていた。

 昭文社の山と高原地図(旧版)には、西沢沿いに薄い破線道が県境付近まで描かれているが、やはりこのルートは廃道らしい。谷状の斜面を見回しても人が歩いた形跡はまったく見られない。

苔むした古い倒木あり  そのうちに傾斜もいくらか緩くなると、谷筋の斜面には至るところに毒草のハシリドコロが生えていて、小さな花を咲かせていた。

 そこからさらに下って行くと、涸れ沢状の沢床に古いエンジンオイルの空缶が2個棄てられていた。昔の伐採作業の遺物らしい。

 ここまで人が入っていることは確実なので、昭文社の地図や地形図に描かれているような破線道の踏跡があってもよさそうなものだが、両岸の斜面にそのような道跡は確認できない。

沢沿いに棄てられたオイルの空缶  ねくらハイカーは事前にネットで乙父沢西沢を歩いた記録がないか探してみた。しかし、そのような記録はなかった。西沢の杣道を歩いた記録としては、佐藤節氏の『漂泊の山旅』(新ハイキング社刊)に出ていた記録があるが、それも帳付山から支流の西沢左俣を下ったもので、その際、両側が屹立する岩壁に少々手間取ったらしい*。

 昔の杣道の道跡がないとなると、沢登りの装備がなく、沢歩きが苦手なねくらハイカーが西沢を下るのはちょっと厳しいかもしれない…。今は平坦な谷筋の下りだが、この先がどうなっているのか多少不安な気分になる。しかし、ここはハイカーに優しい西上州の谷ということで、何とかなるだろう…。楽観的に考える。

[*昭和58年(1983年)の5月に佐藤氏らは上武国境付近の山々を二日間ほど歩いた。その二日目に奥名郷から天丸山と帳付山に登り、帰りは乙父沢西沢方面に下っている。それから後日参照した二木氏前掲書によると、彼は佐藤氏より5年前の昭和53年(1978年)5月に、不二洞付近から社壇ノ頭・社壇乗越・馬道を経由して県境尾根に進み帳付山へ登っていた。その帰りには、帳付山南側の鞍部から佐藤氏と同じく西沢左俣へ下って西沢本谷の林道に降りている。二木氏も西沢の杣道を歩いたようだ。]

西沢源流部を北東へ、正面上部に諏訪山〜ヤツウチグラ
 谷筋を北西方向へ下って行くと、前方上部の山尾根に諏訪山やヤツウチグラが見えた。あの右下の谷間まで下るわけだ。結構距離がありそうだ…。

扇状地付近から東方向ふり返り、上部に1609P山頂部  倒木が多いところを過ぎて、落ち葉が積もった斜面を下って行くと、やがて沢床に細い水流が現れてきた。その細い流れの左岸に沿って進むと、そのうちに右と左から涸れ沢が合流するところに出る。そこは開けた扇状斜面となっていた。

 その地点から東方向をふり返ると、上部に針葉樹のピークが見えた。県境1609m峰らしい。このピークを佐藤氏は「西沢ノ頭」と呼んでいる。このあたりから眺めると、なるほど西沢源頭部に聳えているので、そう呼ぶのも宜なるかなと思った。

平坦な開けた谷、下流側に崖あり 苔むした枯木に先人の目印あり  そこから少し下ると、傍らの枯木に古い緑色のビニール紐が付いていた。やはり、ここを歩いている人もいるようだ。

 そこで、一応左岸の斜面に目をやったが、人が歩いたような踏跡はない。この目印を付けた方も沢筋を歩いたのだろうか…?

下流側が崖、右岸に巻く  沢沿いを下って行くと、いよいよ谷の両側が狭まってきて崖が現れてきた。下流側には2mほどの滝がかかっている。西上州の谷といえども甘くはない。滝の下は平坦な河原になっているようなので、ここは巻く必要はなさそうだ…。幸い、左岸には樹木が生えているので、補助ロープを使ってみる。

 どうにか2mの崖を下ったものの、その下の左岸が急峻な岩場になっていた。今度は右岸へ徒渉する。水量が少ないので、岩伝いで簡単に渡ることができた。

 尾根歩き専門のねくらハイカーとしては、足元を濡らさずに沢筋を下ることができればいいのだが、水量が多くなると無理かもしれない…。

ふり返り、巻いてきた小滝がかかる沢筋 左岸に緩やかな斜面あり  そこからは、両側が狭まった谷筋を右へ左へと適当に徒渉しながら下る。途中、左岸が笹と雑木類のなだらかな斜面となっていて、そこに獣道のような微かな踏み跡が通っていた。昔の杣道のルートかもしれない…。

 しかし、その平坦な左岸もすぐに急峻な崖状の斜面に変わる。仕方ないので、また沢床付近を右へ左へと岩を伝わりながら進む。

沢沿いの岩場に赤い容器あり  2、3分ほど下ると、途中の岩場に何か赤いプラスチックの容器が落ちていた。何だろうと近寄って見ると、「蜜蜂ブドウ虫*」というラベルが付いている。釣り用の餌らしい。

 釣り人が入っているということは、ここから下流側はハイカー風情でも簡単に下れるだろう…。ねくらハイカーは多少楽勝ムードになる。しかして、そうは問屋が卸さなかった。

[*ネット上の受け売り知識のよると、「ブドウ虫」はブドウスカシバという蛾の幼虫で、渓流釣り用の餌として以前から使われていた。しかし、大量に飼育できないため値段が高い。そこで近年、大量に養殖できるハチミツガの幼虫がブドウ虫の代わりに使われるようになったとのこと。一部「蜜蜂ブドウ虫」の商品名で売られているが、一般的には「養殖ブドウ虫」の名前で販売されているそうだ。]

下流側がノドっぽい崖、右岸に高巻き  少し休んで、再び2、3分岩伝いに下って行くと、今度は両側が切り立った崖となり、徒渉するのが非常に難しくなった。

 ゴルジュと呼べるほどの箇所ではないが、沢歩きが苦手な者にはちょっと厳しい感じに見える。ここはノド状の沢床を進むか、斜面を高巻くしか方法がない。

 ヘタレハイカーはずぶ濡れになる覚悟ができていないので、右岸の斜面に高巻く。

笹ヤブの斜面を水平にトラバース  まずはヒノキが生えた急斜面を東方向へ直登する。登りながら北側へトラバースできそうなところを探す。北側の斜面は凡人には横断不可能な岩壁となっている。

 30mほど東方向に攀じ登ると、ようやく笹が生えた斜面となった。そこで、途中から北東寄りに登り、スズタケが茂ったヒノキ林の斜面に取り付き、そこから北方向へ水平にトラバースする。

 この斜面の下側は急峻な崖となっていた。恐る恐る慎重に笹を掴みながら横へ進んで行くと、やがて尾根状の地点に突き当たる。そこからはその尾根筋に沿って北西方向へ下る。

西沢左俣の沢筋  笹尾根を下って行くと、右下に沢筋が見えてきた。支流の沢らしい。こちらの沢も倒木や流木が多く、かなり荒れた感じだ。多分、この右(東)からくる沢が、佐藤氏らが下った西沢左俣*だろう。

 ここから下流は佐藤氏が歩いているので、もしかすると、昔の杣道のルートが残っているかもしれない…。そのような甘い期待をして左俣の沢床に降りる。

[*帳付山山頂部南西面から西へ派生している小沢]

再び西沢本流へ(左俣出合) 左俣出合から西沢(本流)上流方向  そこから流木や岩が溜まったところを越えて西方向へ下り、再び西沢本流の出合地点に降りる。

 西沢は水量が相変わらず少ないが、両岸が狭まった渓谷となっている。先ほど高巻いた上流側を眺めてみたが、この斜面に道が付いていたとはとても信じられない。杣道はすでに廃道となってしまったようだ。

樹木が茂って少しヤブめいた西沢の峡谷  ここでひとまず地形図を参照して、自分の位置を確認する。ここから下流側は両側が崖状の斜面となっていて、道が通っている気配はない。佐藤氏が歩いた頃と谷の姿が変わってしまったのかもしれない。仕方ないので、上流部と同じように、左右に徒渉を繰り返しながら沢沿いを下る。

 なるべく地図に破線道が描かれている左岸の斜面に沿って歩いてみようと試みるが、すぐにトラバース不可能な崖となってしまい、沢床に降りることになる。日陰の峡谷から上空を見上げると、先ほどから雲がかかってきた。ねくらハイカーの心の中にも何やら暗雲が垂れ込めてきた感じだ…。

 途中、沢床近くの岩場に古いワイヤーが廃棄されていた。伐採時のものらしい。以前、この谷あいで林業関係者が作業をしていたわけだ…。

左岸にナメ滝あり  そこから少し下ると、左岸に見事なナメ滝がかかっていた。佐藤氏によると、西沢本谷沿いの道には丸木橋もあったようなので、もしかするとこの滝の斜面に道があったのかもしれないと考え、途中から左岸の急斜面に取り付いてみた*。

 10mほど直登して、さらに水平に走るシカ道のような踏跡を追ってみる。しかし、その踏跡もすぐに垂直の崖に突き当り消えてしまった。仕方ないので、またもや沢床へ降りる。

[*帰宅後、佐藤氏の記録を再読すると「岩間をへつる杣道」とあったので、昔の杣道は斜面ではなく峡谷の沢筋を通っていたのかもしれない。ちなみに二木氏の記録では、岩登りや沢登りに熟達しているということで、何の問題もなく西沢本谷をスムーズに下っている。]

ノド手前の流木・倒木が溜まった沢筋、右岸は崩落地  そのうちにヒノキの流木が多いところを過ぎると、左岸が崖で右岸が崩落地になっているノド状の地点に出る。左岸はねくらハイカーには登れない。右岸はヒノキの植林地で地滑り進行中の崩落地となっている。高巻きできないことはないが、相当の労力が必要だ。

 ねくらハイカーは体力的に限界なので、ここからはずぶ濡れ覚悟で崖際をへつりながら沢筋を下ってみる。幸いヒノキの流木が両側の崖の間に詰っているところがあった。そこで、流木の上を慎重に歩いてノド状の地点を通過する。濡れずに済んだので万々歳だ。

 そこからまたヤブめいた峡谷の沢沿いを左右に徒渉しながら下る。

右岸の植林地に看板あり  岩を伝わりながら下って行くと、右岸のヒノキ林の斜面に何やら白塗りのアングル看板が倒れていた。そこで2mほど斜面を攀じ登って、看板をジロジロ眺めると、高崎事業区の名称が書かれていた。昔の高崎営林署が設置したものらしい。

 施工の年月が昭和54年(1979年)5月となっているので、このあたりのヒノキ林は植林から30年経っていることになる。やはり、乙父沢西沢一帯は国有林となっているようだ。

左下に砂防堰・林道あり  その看板付近から右岸の斜面に細い踏み跡が通っていた。作業道らしい。

 そこからは、その踏み跡を辿って北へ進む。水平道を歩いて行くと、間もなく左下の沢筋に砂防堰が見えてきた。それから、堰の下流側には林道がある。乙父沢林道だ。

 ああ、ようやく林道終点に辿り着いた!一時はヤバイかなと思ったが、何とか足元も濡らすことなく県境から西沢を下ることができた。沢歩きが苦手なねくらハイカーにしては上出来だ。

林道終点付近から西沢上流方向ふり返り  そこから側面が間伐材の新型砂防堰*を越えて林道終点の広場に降りる。終点広場には東側から支流**が流れ込んでいた。

 改めて西沢上流方向をふり返る。林道はこの砂防堰をつくるために延長されたものらしい。それから、地形図などに描かれている昔の杣道はすでに消滅したようだ…。

[*側面に付けられた銘板によると、現在の群馬森林管理署が発注し平成18年(2006年)完成。]
[**原氏前掲書によると、「滝谷」という名前の沢。]

左岸の林道を北へ  終点広場から沢床と同じ高さに造られたコンクリート橋を渡る。そこから乙父沢西沢左岸沿いの林道をトコトコ北へ歩いて朝の駐車地点に戻る。

 今日は西沢から諏訪山をめざしたわけだが、短時間で登ることができた。諏訪山から県境尾根のブドー沢の頭へ歩いたのはちょっと蛇足だったが、西沢の谷を何とか下ることができたのでヨシとする。


日程2009年4月28日 (火)
天候晴れのち曇り 稜線上は北西の風
行程時刻乙父林道西沢線白水沢出合付近広場(駐車地点)6:50→(白水沢左岸の植林地を直登)→(北西へ)→(西へ)→(岩稜基部を北西へ巻く)→(急斜面を南西へ)→岩稜上部の尾根地点7:22〜7:35→(西へ)→(岩稜部を南面に巻く)→(小ピークを越えて下る)→小鞍部(沢ルート合流地点?)7:58〜8:03→(北西へ)→(西へ)→ヤツウチグラ南側登山道合流地点(西沢方面分岐)8:24〜8:26→(北へ)→ヤツウチグラ(三笠山)8:31〜8:55→(南へ戻り)→西沢方面分岐9:00→(南へ)→諏訪山9:20〜9:34→(南へ)→(南東へ)→1474P 10:17〜10:22→(1474P南峰から南へ下りルートミス、タイムロス5分弱)→最低鞍部付近10:37〜10:42→(南東へ)→(途中から東へ)→1487P 10:56〜10:58→(南東へ)→1560P付近11:24〜11:25→小鞍部11:25〜11:30→(途中5分休憩)→ブドー沢の頭北側県境尾根付近(諏訪山方面分岐)11:47〜11:52→(県境を南へ)→ブドー沢の頭11:54〜12:20→(北へ戻り)→諏訪山方面分岐12:22〜12:25→(北東へ)→西沢方面下降地点(?)12:33〜12:37→(西へ下る)→(西沢源流部を北西へ)→(途中休憩5分強)→(途中から右岸を高巻く)→(尾根状斜面を下り西沢左俣の沢床に降りる)→(西へ)→西沢本谷合流地点(西沢左俣出合)13:45〜13:50→(北西へ)→(途中休憩5分強)→(北へ)→(途中から右岸の植林地作業道へ)→乙父林道西沢線終点広場(滝谷出合付近)14:20〜14:25→(林道を北へ)→駐車地点14:30
備考♦この記録はブログ「サイクリング&ハイキング」の記録を拝見し参考にさせていただきました。今回のルートは白水沢左岸尾根を林道から直登しています。本来のルート(白水沢コース)は、現在砂防堰がつくられている白水沢を源流付近までつめて途中から左岸尾根に取り付いていたようです。

◇ T N H C ◇

TOPへ戻る