唐沢山はねくらハイカーの家から20km以内ということで、朝のラッシュ時間帯を避けて少し遅めに家を出る。太田市側の登り口まで県道をトロトロ走ってもいいのだが、ここは単純に国道50号を突っ走る。
県道の途中から右に曲がって山際の町道を走れば簡単に登り口に行けるのだが、ねくらハイカーはこのあたりに精しくないので、そのまま県道を進む。
堀沿いの細い町道をさらに奥に進んで行くと、やがて溜池のような小さな沼があるところに着く。登り口の菅塩沼らしい。左の山際に小ぢんまりとした感じのトイレと駐車場がある。付近は何か穏やかで静かなところだ。今日はここから唐沢山に登る。
今回は標高300m以下の低山ということで、山歩きのザックではなく、小さなワンショルダーにペットボトルの飲み物を入れ、遠足気分で出発する。気温は5℃ほど。冬場の里山歩きにはちょうどいい。
右に木道のようなものがつくられた湿地のぬかるみを眺めながら行くと、道標があった。右(東)方向を示して「東屋・展望台まで450m」とある。
そこからちょっと行くと、また道標があった。それには「東屋・炭焼窯まで160m」とある。こちらの林道も散策コースになっているらしい。
東屋の後ろの方にトタン板張りの建物がある。近づいて行くと、中に盛土状の窯があった。これが炭焼き窯だろうか?炭焼き用にしてはちょっと小奇麗で、何か展示用につくられたように見える。これも何か「太田ビオトープの里」の関連施設という感じがする。
そこからまたちょっと進むと、道標がある分岐地点に着く。左には「この先500m遊歩道終点」とあり、右には「北金井合流部まで350m」とある。
スギ林で日陰になった谷あいの道を行く。路面には深めの轍がついている。どうもこのあたりはじめじめしてぬかるみになっている感じだ。山腹の斜面にはシダやコケ類も多い。
少し雑草が生えてヤブめいた坂道を上がって行くと、やがて両側の斜面が切り立って掘割状になったところに着く。
この峠から北側の谷筋にも緩い掘割状の道跡がつづいている。現在の広沢六丁目あたりへ行く道らしい。往時には結構人の往来もあった感じだ。
ねくらハイカーはここから太田市と桐生市の境界尾根を辿って唐沢山に向かう。まずは右(東)の斜面に取り付く。
そこを過ぎてアカマツの倒木を避けて登って行くと、樹木に幹にオレンジ色のビニール紐が巻かれたピーク地点に着く。236mの標高点ピーク*だ。ここから市境の尾根道は北東方向に曲がっているが、南方向にも明瞭な道が分岐していた。北金井のキャンプ場に行く道だろうか。散策道が延長されているのかもしれない…。
そこから市境を北東へ進む。少し下り気味に行くと、左(北)方向に桐生の市街地がチラッと見えた。冬場ということで、樹林越しにいくらか見通しがある。
そこは周りの樹木が伐採されていくらか見晴らしがあった。北西方向に赤茶けた開削斜面や電波塔のような建物があるピークが見えた。それから、その遥か後方にはお馴染みの赤城山も望める。地図を参照すると、電波塔のようなものがあるピークが八王子丘陵の西側のある茶臼山らしい。
そこで東方向に目をやると、樹林越しに雑木林で覆われたなだらかな感じのピークが見えた。地形図を参照すると、どうもあの東側のピークが唐沢山らしい。この尾根道はさらに北へ延びているので、多分桐生側から来る枝道だろう…。
草が生えた斜面を下り、先ほど間違えた市境尾根のピークまで戻る。そこからちょっと南東寄りに進み、小ピークを過ぎる。このあたりは常緑樹のヒサカキが茂っていた。
笹が茂った小ピーク地点に出ると、北へ微かな踏跡が分岐していた。樹木にテープの目印が付いているので、これも桐生側からの枝道らしい。このあたりにはいくつもルートがあるようだ…。
日が当たる冬枯れの雑木林の斜面をゆっくり登って行くと、間もなく地面に標石が埋設されたところに出る。唐沢山の山頂(261m)だ。
それから、標石から少し南へ行ったところに石の祠もある。正月過ぎということで、石祠の中には幣束が供えられている。
平坦な山頂部は樹林に覆われているのでクリアーな展望はないが、北側の落葉した雑木越しにニューイヤー駅伝のコースになっている松原橋や周辺の市街地が見えた。それから、北西方向には先ほど間違えて歩いた支尾根の向こうに茶臼山も確認できる。気温は11℃ほど。静かで穏やかな山頂だ。
それから何気に裏を見ると「OHC 2008」とあり、そして驚いたことに、その下に「井上昌子」という手書きの署名があった。
何か意外なものを見てしまったということで、早々に往路を戻る。南から冬の日差しを浴びながら雑木林の斜面をトコトコ下る。このあたりは如何にも穏やかで気持ちいい。
途中、正午を知らせるサイレンを聞いて雑木林の市境尾根をチマチマ行くと、間もなく菅塩峠の鞍部に降りる。
その地点から西方向を眺めると、何か針葉樹が多い感じの尾根状のピークが目に入る。
そこから少し下り気味に進み、雑木林が茂る市境の尾根筋を西へ辿る。
そこには、「桐生倶楽部「歩く会」」の木製の古い標識が樹木に付いていた。白ペンキの文字は消えているが、表面の凹凸で何とか読み取ることができる。
そこからは寄り道をして山頂尾根を南へ進む。針葉樹のアカマツが多いところを進み、最高地点を過ぎて少し下り気味に進む。
さっそく樹林帯に入り、石祠や石造りの鳥居を見物する。高さが2mちょっとの小ぶりな鳥居に付けられた神額には「日向山 二柱神社」とあり、鳥居の北側には二つの石祠が安置されている。
鳥居を潜りなおして二つの祠を見物する。祠の間にある樹木には太田市が設置した「山火事注意」の古い看板が付いている。向かって左側の少し小さめの祠の側面には、「寛政五天 …三月五日(?)…」とあり、他に「施主 村中」の文字も見える。今から200年以上前の江戸時代に菅塩の住人のご先祖によって安置されたものらしい。
よそ者ハイカーの神社見物はこれくらいにして、アカマツが生えた山頂尾根を北へ戻る。
尾根道を下って行くと、やがて樹木にビニール紐の目印が付いた鞍部に降りる。ここが地形図に峠道のルートが通っている地点だ。
それには東方向に「唐沢山方面へ」、西方向に「籾山峠・茶臼山方面へ」とある。どうも、以前から地元の人たちによって茶臼山や唐沢山へ縦走されていたらしい。
そこからまた冬の午後の淡い日差しを浴びながら市境の尾根道を西へ辿る。このあたりも穏やかな感じのところだ。
少しヤブめいた感じの斜面に付いている踏跡を辿って南西方向に下って行くと、ちょっと開けたような鞍部に降りる。何か曰く有りげなところに見えるが、そこはすんなり正面の斜面に登り返す。
このあたりでは右の方から採石場か何かの騒音が喧しく聞こえてきた。市街地近くの里山ということで、やはり静かな山歩きとはいかない。
ここは以前は単なる標高点のピークだったが、近年、測量の基準点となる図根点相当の四等三角点が設置されたらしい。
m・yクラブの標識はまだ新しい感じで、裏には何も書かれていなかったが、2003年2月15日の日付があるY氏の標識の裏にはしっかり井上昌子のサインがしてあった。もしこのサインが本物だとしたら、やはりこの周辺の山々を井上昌子が歩いているわけだ…。
天王山の山頂部は樹林に覆われているのでそれほど展望はない。三角点からさらに南へ進んで行くと、西側の山麓にゴルフ場(太田双葉カントリークラブ)が見えた。
雑木林の山頂部を北へ下って鞍部に降りる。そこで立ち止まって東方向に目をやると、樹木にテープの目印が付いていた。
作業道のような道は斜面の土留めがされていないので、簡易的に重機で開削されたものだ。
仕方ないので、そこからは右下の斜面に下り、先ほどの鞍部から東へ延びる谷筋を進む。
そこからは作業道のような道を南へ辿る。
さらに斜面に土留めが施された林道を進み、途中から南東寄りの方向にスタスタ行くと、午前中に通った東屋と炭焼き窯がある道標地点に出る。やはり、途中から辿ってきた谷あいの道が、地形図に峠道が描かれたルートだったわけだ。
そこから右に曲がって行くと、すぐに「東屋・展望台まで450m」の道標の分岐地点となる。そこは直進し、午前中と同じく静かな菅塩沼を左に見てトボトボ行くと、トイレのある駐車場に着く。
住宅地の町道を南へノロノロ走行して木暮氏の生家があった寺井町に進む。結構住宅が建て込んでいて、現在は木暮氏が少年時代に見たような遠方の山並み見通すことは難しくなっている感じだ。
さっそく左へ曲がり路肩に一時停車して記念碑を見物する。青みがかった三波石は長年の風化で褪色し少しくすんでいるが、岩にはめ込まれた黒御影石の銘板は日に照らされテカテカ輝いていた。
ところで、この場所は蛇川沿いの角地になった地点で、記念碑の横には「中堀改修記念碑」・「石堰改築記念碑」という河川工事関連の石碑もいっしょに建てられていた。| 日程 | 2009年1月8日 (木) |
| 天候 | 晴れ |
| 行程時刻 | 菅塩沼駐車場(西側)10:00→(林道または遊歩道を北東へ)→「東屋・展望台まで450m」道標分岐地点10:02〜10:05→(直進)→「東屋・炭焼窯」分岐地点10:08〜10:10→(直進)→「北金井合流部まで350m」道標分岐地点10:11〜10:12→(左側へ)→(途中、2、3分小休)→菅塩峠10:23〜10:26→(市境尾根を南東へ)→236P 10:28〜10:30→(北東へ)→(東へ)→小ピーク(220P)10:43〜10:45→(テープの目印を追って北東へ※ルートミス)→伐採跡あるピーク(市境北側の支尾根240P)10:47〜11:00→(戻り)→小ピーク(220P)11:02→(市境を東へ)→230P付近11:04〜11:06→(北東へ)→(東へ)→唐沢山11:18〜11:40→(西方向へ戻り)→230P付近11:49〜11:50→220P 11:52→236P 11:56〜11:57→(途中、小休)→菅塩峠12:05〜12:08→(市境を西へ)→220P北側(桐生倶楽部標識地点)12:19〜12:22→(山頂部を南へ)→二柱神社12:24〜12:37→(北へ戻り)→220P北側(桐生倶楽部標識地点)12:40→(市境を北西へ)→鞍部(桐生倶楽部2枚標識地点)12:44〜12:47→(西へ)→(ピーク地点を過ぎる)→T字路地点12:54→(南西へ)→天王山北側鞍部12:56→(途中から南へ)→天王山13:02〜13:09→(北へ戻り)→北側鞍部13:14〜13:15→(東側の山腹道を北東へ)→(東へ)→山腹道終了地点13:19→(右下の谷筋を東へ)→作業道合流13:21〜13:24→(作業林道を南へ)→(途中から南東へ)→「東屋・炭焼窯」分岐地点13:30〜13:32→(南西へ)→「北金井合流部まで350m」道標分岐地点13:34→(直進)→駐車場13:37〜13:50→(車で南へ走行)→木暮理太郎生誕記念碑(太田市寺井町)13:58〜14:05 |
| 備考 | ♦この記録では、HP「やまの町 桐生」内の「楚巒山楽会」と「桐生山野研究会」の記録、およびHP「オッサンの山旅」・「電撃!激坂調査隊が行く」等の記録やブログ「上州東毛 無軌道庵」の記録を拝見し、参考にさせていただきました。 |
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