塩ノ沢峠付近からソデガヤ



 3月に多野郡上野村の乙父沢東沢右岸の山尾根を歩き、帰りは上野大滝線東沢工区の延長林道を下った。途中の林道沿いから北側にある神流川左岸の山々の稜線を多少なりとも眺めることができた。その際、笠丸山の左側になだらかな感じの山尾根が見えた。昭文社の山と高原地図『西上州』で確認すると、塩ノ沢峠の南側にある山尾根で、西側終端部に「ソデガヤ」という面白そうな名前の付いたピークがある。

 後日ネットでこの山について調べると、「笠丸山からソデガヤを望む」という表題の画像がハイキングの雑誌*の表紙として出ている程度で記録はなかった。そこでこのあたりを歩いた記録を探してみると、西上州の峠などを好んで歩いておられるMTB愛好家のサイトに塩ノ沢峠付近から楢沢峠**へ歩いたものが出ていた。

 それによると、昔の峠道はすでに廃道化しているが部分的に道形が残っていて、それほど苦労することなく楢沢峠へ抜けられたそうだ。ということは、塩ノ沢峠から楢沢峠まで行ければソデガヤと呼ばれる山尾根のピークまで何とか辿り着けるだろう。そこで新緑の芽吹きが始まる前の4月中旬頃再び上野村方面へ出かけてみる。

(*「新ハイキング」2004年5月号)
(**地形図には表記されていないが、塩ノ沢峠の南方にある1248m標高点ピークからさらに南にある尾根の鞍部。等高線の標高で1180mほど。昭文社の『西上州』には表記されている。)
塩ノ沢峠へ向かう途中の県道沿いからソデガヤ(1232P)  いつのものように国道299号を通り砥根平の先で県道下仁田上野線(塩ノ沢林道)に入る。沢沿いの道を少し走り、湯の沢トンネルの手前を右に曲がり旧道に入る。

 それから国民宿舎やまびこ荘付近を過ぎて塩の沢上流沿いのカーブ道を登って行くと、ほどなく天狗岩の登山口を過ぎる。今日は平日の早朝ということで、駐車場には1台の車も停まっていない。

 さらに県道を上がって行くと、右方向の大栃沢対岸に山尾根のピークが見えた。多分、あれが昭文社の山地図で「ソデガヤ」と表記された山だろう。やはり先月上野大滝線の林道から見たのと同じ樹林に覆われたなだらかな感じの山だ。

塩ノ沢トンネル手前(西側)、右に御荷鉾林道分岐あり 神流町方面へつづく林道入口、冬期通行止の看板あり  そこからまた県道をノロノロ上がって行くと左側に南牧村の大仁田や砥沢方面へつづく御荷鉾林道の分岐を過ぎる。御荷鉾林道もこのあたりでは完全に舗装化されたらしい。

 それからすぐに塩ノ沢トンネル手前付近に着く。ここは右側の神流町方面へつづく御荷鉾林道に入る。林道の入口には上野村が設置した冬期通行止めの看板がある。期間は平成19年4月20日までとなっているが、バリケードなどは置かれていないので通行はされているようだ。

 林道に入り左カーブを上がって行くとすぐに南牧村と上野村の村界尾根の分断地点を通る。分断された尾根の北側に南牧村と上野村の境界を示す看板が設置されていた。

 ちょっと東に行った路肩に停車して、この村界尾根付近を通っているという昔の峠道の入口を探してみる。村界尾根の斜面は林道開削によって跡形もなく抉り取られてしまったので、峠道が南側の斜面のどこを通っていたのかわからない。地形図を見ると、破線道が尾根の西側の谷沿いに付いているのだが、どうもイマイチ峠道のルートがわからない。

 尾根の北側に目をやると、ちょうど塩ノ沢トンネルの真上付近に鞍部がある。塩ノ沢峠らしい。やはりこのあたりの尾根筋に昔の峠道が通っていたのは確かだろう…。しかし如何せん峠道の入口がわからない。
2本目のカーブミラー地点、ピンクリボン目印あり  仕方ないので南側の斜面を見ながら林道を西へ下ってみる。すると、県道から林道に入ってすぐの登りカーブ付近*にピンクリボンの目印が見えた。そして傍らのカーブミラーの横には道標が立っている。

 先ほど車で通ったときにはこんなところに道標があるとは全く気づかなかった。近づいて道標を見ると、「楢沢・大平」方面や「笠丸山」方面そして「塩ノ沢」方面が表記されている。

(*県道から御荷鉾林道に入って最初の左カーブに設置された2本目のカーブミラー地点)

「楢沢・大平」「笠丸山」「塩ノ沢」方面を示す道標  ということは、ここから入れば目的の楢沢峠へ行けるようだ。予定では塩ノ沢峠から昔の峠道のルートを辿って楢沢峠へ行こうと考えていたのだが、上野村側の斜面に遊歩道のような道があるとはまことに都合がいい。

 そこで車をこのカーブ付近の路肩に駐車しなおして、今日はここから楢沢峠をめざすことにする。

 車を傾斜のあるカーブ地点に駐車するのは邪道だが、林道の交通量はまだそれほど多くはないので、地元の方に邪魔にはならないだろう。

山腹を巻いて行く道  天気は薄っすら雲がかかっているが晴れている。気温は8℃ほど、山歩きにはちょうどよい。

 道標地点から雑木林とカラマツやアカマツが疎らに生えた山腹の道に入る。

 この付近には所々にヒノキの植林地がある。この遊歩道のような山道はそれらの植林地を通る作業道らしい。多分、上野村が道標などを設置して昔の峠道の代わりに整備したものだろう。

笹が刈り払われている道  道沿いは笹の刈り払いが行われていて歩きやすい。南方向にしばらく進むと右下に先ほど車で上がってきた下仁田上野線の県道が見えた。落葉広葉樹の雑木類はまだ芽吹いていないので多少見通しがきく。

 山腹に付けられた山道を南東寄りにスタスタ行くと、塩ノ沢峠の北西側から空気を引き裂くような轟音を響かせて米軍の戦闘機が1機超低空で東方向へ飛んで行った。山地を低空で飛ぶ訓練をしているのだろう。日本の空を我が物顔に飛び回っている米軍の軍用機には全く迷惑千万な感じだ。

南西にソデガヤ方面  そこから少し行くと、右前方になだらかな山尾根が見える。先ほど県道から見たの同じ尾根らしいので、ソデガヤだろう。

 山腹を通る巻き道は傾斜がそれほどきつくないので歩きやすいが、距離的にダラダラ長くなる場合が多い。今日は時間的に余裕のある計画なので、多少長い行程になってもかまわない。

 日陰の植林地を進んで行くと、斜面の崩落箇所があった。やはり日が当たらない植林地は下草などが生えていないので地盤が緩み崩れやすくなっている。そこは崩落斜面の上側を巻いて通る。

北西方向、御荷鉾林道沿いに1192P(三角点P)  少し行くと、右側のカラマツ林の樹間から北西方向に塩ノ沢峠西側にある山尾根(村界尾根)のピークが見えた。

 地図を見ると、三角点のある1192m峰らしい。御荷鉾林道沿いから斜面を攀じれば無名の三角点ピークに簡単に上がれそうだ。

前方右の樹間に1220P・1232P(ソデガヤ)  そこからヒノキ林の道を進んで行くと右下へ作業道が分岐しているところがある。道標などはないが、そのまま山腹の道を直進する。

 このあたりの道沿いにはヒノキの幹に古いビニール紐が付けられていた。林業関係者が付けたものらしい。

 ヒノキの植林地とカラマツや雑木類が混生した樹林帯を交互に過ぎながら山道を南方向へ進んで行く。

1248P南西側の枝尾根地点  途中、山腹の枝尾根地点*で一息つく。前方に見える尾根の鞍部付近が楢沢峠だろうか。やはり地味な感じの山尾根なので、林業関係者以外で歩く人もほとんどいないだろう。

(*後で確認したところ、塩ノ沢峠の南方にある1248m標高点ピークから南西に延びる小さな尾根地点で、1140mの等高線付近。)

正面(南東方向)の尾根の鞍部に楢沢峠  そこからまた植林地を通る山腹の巻き道を南東方向へゆるゆる進む。やはり山腹の道は多少遠回りな感じがする。

 少し下り気味に進み、左側に大岩の崖があるところを過ぎて斜面を登って行くと、道標が立っていた。

 左にスーパー林道・塩ノ沢峠、右に楢沢・大平・笠丸山が表記されている。別に迷うほどのところではないのだが、山腹の斜面に突然立派な道標があるのでちょっと不思議な気がした。

楢沢峠付近にある交差表示の道標  さらに斜面の道を進んで行くとキジバトが数羽慌しく飛び立って行った。すぐに尾根状のところに出る。

 そこにはまた道標が立っていた。道標は交差表示になっている。北西方向に「スーパー林道」・「塩ノ沢峠」、南東方向に「楢沢・大平」・「笠丸山」、西北西方向に「大トチを経て塩ノ沢」を示していた。

 このような道標があるということは、ここが楢沢峠だろう。しかし昔から往来があった峠ということなので、峠を示すものが他にあってもよさそうだ。

楢沢峠の石造物  そこで周囲をよく見ると、道標から少し北東側へ行ったところに石造物がある。近づいてみると、御神燈の石灯籠*が2基あり、その後ろに小さな石の祠**と首の欠けた地蔵尊の石像が祀られていた。かなり荒れた感じだが、このようなものがあるということはここが楢沢峠で間違いないだろう。

 ネットの記録などによると、上野村の楢原あたりから昭和20年代頃までこの峠と塩ノ沢峠を越えて南牧村の磐戸まで歩かれていたとのこと。やはり昔は神流川沿いの国道や県道が整備されていなかったので、上野村の人たちはこの峠やここからさらに北東側にある桧沢峠を越えて下仁田方面へ出たようだ。

(*明治三十四年(1901年)四月の刻字あり)
(**寛政九巳(1797年)二月の刻字あり)

楢沢峠西側の小ピーク(1200P)から西方向  ここからはソデガヤをめざし尾根沿いを西へ登る。尾根の斜面には明瞭な踏跡はないが、左側のヒノキ林の境界に樹脂製の境界杭が打たれていた。

 急斜面を登ると尾根のコブ状地点に出る。地形図の1200m等高線で表記された小ピークだ。山頂部は灌木類のヤブで少しうるさいが西の方へつづく山尾根が見えた。

 一息ついて西の方へ下り気味に進む。

なだらかな小鞍部付近、前方にソデガヤへつづく山尾根  ヤブを抜け枯木の倒木を越えてヒノキ林の境界沿いを進み、小鞍部から右寄りに曲がってなだらかな斜面を登る。このあたりの立木にテープなどの目印が付いていた。やはりこの尾根を歩く人がいるのかもしれない。

 さらに登ると灌木のヤブも消えミズナラやコナラなどの雑木林になり見通しもきくようになる。いくらか日差しがあるので、いかにも静かでのどかな明るい西上州の尾根道という雰囲気だ。前方にはソデガヤへつづく山尾根のピークも見えてくる。

途中の小ピーク付近から1220P(ソデガヤ東峰)  途中の小ピークを上り下りしながら落ち葉の斜面を進む。このあたりには落ち葉に混じってシバグリの毬が数多く散乱していた。この尾根沿いは動物たちには豊かな森になっているようだ。

 ねくらハイカーは黒い生き物には遭遇したくないので、鈴の音を軽やかに響かせながら尾根沿いをゆっくり進む。別に急ぐ必要はないのでいつものように遠方を眺めながらダラダラ行くだけだ。

ふり返り、左後方に笠丸山  地形図の1232m標高点ピーク(ソデガヤ)の東側にある等高線で1220mのピーク(ソデガヤ東峰)へ向かう途中の尾根筋から左後方をふり返ると、特徴的な山容のピークが見えた。上野村の名峰、笠丸山だ。昔はそれほど登られていなかったが、今ではハイカーに人気のある山らしい。

 1220m峰の山頂付近で少し休む。この山頂部では疎らに生えたヒノキ林に最近間伐された跡が見える。やはり、このあたりを仕事場にする林業関係者がいるということだ。

1220P下りからソデガヤ(1232P) 前方右側の樹間にシラケ山  そこから下り気味に進む。尾根沿いは少し灌木が茂りヤブめいている。前方に見えるなだらかな山がソデガヤの山頂部だろう。

 雑木類はまだ芽吹いていないので、樹林越しに遠くの山並みが見える。右前方にシラケ山(カヤドヤ)、左後方に笠丸山、右後方に桧沢岳が何とか確認できる。まぁ、樹林に覆われているので、このくらいの展望で満足せざるを得ない。

ソデガヤ(1232P)山頂部への登り  それから古い枯木の倒木などもある急な斜面を登って行くと、なだらかな山頂部に出る。そこから西側は下りの斜面があるだけなので、ここが昭文社の山と高原地図で「ソデガヤ」と表記された1232mの標高点ピークに間違いないだろう。

 山頂部には壊れた樹脂杭が打たれているくらいで、標識などの人工物は一切付いていない。ネットの記録などは皆無なので、わざわざここをめざして登る人はほとんどいないようだ。

ソデガヤ(1232P)山頂  ソデガヤの山頂部は樹林に覆われているので、展望はよくない。芽吹き前のカラマツと雑木の樹林越しに西方のシラケ山や南方の上武国境の山の稜線がぼんやり見える程度。暫し何もない静かな山頂で休憩する。

 周りの灌木類は柴刈りされているが少しヤブっぽい。地面には少量だがシカの糞が落ちていた。それから疎らに生えた針葉樹の幹には爪痕なども見えるので、やはり黒い生き物も生息しているようだ。

 一応先月と同じように小さな板の標識を用意してきたので、林業関係者の方に撤去されるのを覚悟で立木に取り付けてみる。気温は15℃ほどだが、先ほどから少し曇ってきた。天気予報では北からの寒気が入っているので、夕方からにわか雨が降るとのこと。ねくらハイカーは普段の心掛けがよくないので、多少天気が気にかかる。

ソデガヤ(1232P)山頂部から東方向  休憩後、往路を東へ下る。1220m峰(ソデガヤ東峰)へ戻る尾根沿いから前方左側の樹間に塩ノ沢峠付近の尾根の鞍部を望むことができた。その遥か後方には桧沢岳や小沢岳の山影が重なっているのが見える。

 それから前方右側には相変わらず笠丸山方面も樹林越しで見える。また、右下に目をやると昔の大平地区の斜面に林道が通っているのが微かに見えた。

北東方向、左端奥に桧沢岳・小沢岳、右に1248P 1220P下りから東方向、正面奥に無名峰(1230P)  それから尾根沿いを東へ進み1220m峰(東峰)を下って行くと、楢沢峠の北側に聳える1248m峰(標高点ピーク)が見えるようになる。そして、その左後方には先ほどまで重なっていた桧沢岳と小沢岳の山影が離れて見えるようになった。

 また、正面の東方向には笠丸山の北西に聳える無名峰ピーク*が見えた。

(*地蔵峠から北西へ延びる尾根にある等高線で1230mの山頂部がちょっと尖った峰)

再び楢沢峠(西側の尾根の斜面から)  ヤブ尾根を過ぎて楢沢峠西側の1200m峰まで戻る。天気は先ほどよりさらに悪くなり、厚い雲が空を覆ってきた。往路ではのどかな感じだったのだが、日差しがなくなりやや寂れた雰囲気になる。まぁ、西上州の山歩きはこれくらいの寂れた感じがちょうどよいのかもしれない。

 それから急斜面を下って楢沢峠の道標地点に降りる。さて、これからどうするか考える。ここから同じ山腹の道を塩ノ沢峠付近まで戻っても面白味がない…。時間はまだたっぷりある…。

 そこで、帰りは昔の峠道のルートを辿って塩ノ沢峠へ戻ろうかという考えが浮かぶ。踏跡が見つからなくても山の尾根筋を北へ辿れば何とか塩ノ沢峠付近へ出られるだろう…。

北東側のヤブ尾根、ピンクリボンあり  ということで、楢沢峠から尾根沿いを北東へ登る。地形図の破線道は楢沢峠付近から尾根の西側斜面に表記されているが、ヤブの斜面に踏跡があるのかわからない*。峠の石灯籠付近から東方向にピンクリボンの目印が付いていたが、これが何を示すのかわからない。

 そこで尾根筋を忠実に登ることにする。少し登ると、灌木の枝にまたピンクリボンが付いていた。この目印を付けた方もここを登ったようだ。しかしさらに登るとたちまち灌木のヤブに阻まれてしまった。仕方ないので右側のヒノキ林の境界沿いを登る。

(*実際にこの西側の斜面に峠道のルートが通っていたらしい。)

肩状の尾根分岐地点(山27地点)、ピンクリボンあり  それから大岩の岩稜を右に巻き、さらに左へ巻いて尾根に登り返す。それからヤブ尾根を少し直登すると、灌木類が刈り払われて落ち葉の溜まった肩状の尾根地点*に出る。

 そこには御影石の標石が設置され、例のピンクリボンの目印も付いていた。標石の側面には「山」と刻字され、反対側に「二七」と番号が彫られている。やはり境界を示す標石だ。

(*楢沢峠の北東側にある等高線1220m付近の尾根地点)

南東方向、1230P(図根点あり)〜地蔵峠北西側無名峰1230P(石祠あり)  ここからは北側へヤブ尾根がつづいているが、東側へ分岐する支尾根に刈り払いの行われた山道が通っている。この道は一体どこへ通じているのだろう。尾根道が通る南東方向には笠丸山の北西側にある山尾根のピーク*が見える。どうもあの山尾根につづいている感じだ。今日はまだ時間があるので、寄り道したくなる。

 そこで小休後、多少天気が気にかかるが南東寄りに落ち葉の尾根道を下る。尾根沿いには樹脂杭が打たれ、ピンクリボンの目印も見える。多分リボンの目印を付けた方も楢沢峠付近からこの尾根あたりまで歩いたようだ。

(*画像の右側の峰が先ほどソデガヤの尾根筋から東方向に見えた無名峰ピーク)

尾根の分岐地点に道標あり  そこから少し下ると、右下のヒノキ林の斜面から作業道のような踏跡が合流しているところを通った。その地点には地味なコンクリート杭が打たれていたが、イマイチこの踏跡が何なのかわからない。方向からすると、楢沢峠から分岐してきたものかもしれない。

 さらに尾根道を南東へ進むと、尾根の分岐地点に着く。そこには道標が立っていた。道標を見ると、左に「笠丸山」、右に「楢沢・大平」・「スーパー林道」・「塩ノ沢峠」を示していた。ということは、この道は楢沢峠の道標地点から通じているわけだ。

 ねくらハイカーは、楢沢峠の道標で「笠丸山」と表示されていたのは一旦楢沢に下ってから東側の地蔵峠に登り返して笠丸山へ行くものだと考えていた。楢沢峠から笠丸山へ至る尾根伝いの道があったとは驚きだ。

道標分岐地点左側に標石・境界見出標あり(山32地点)  昔案内板や道標などがなかった頃、住居附(すもうづく)川の林道沿いから地蔵峠経由で笠丸山に登ったことがあるが、そのときは笠丸山をめざすのが精一杯で地蔵峠から北西へ延びる尾根筋に山道があるとは全然考えもしなかった。地図上では笠丸山から塩ノ沢峠付近までの尾根ルートが想定できるが、実際に楢沢峠経由で道標の整備された山道があったとは全くの驚きだ。

 道標の左側には「山 三二」標石があり、立木に見出標の赤プレートが付いている。ここから尾根を左へ曲がり東方向に進む。

 このあたりから尾根沿いには丸木材でつくられた階段状のステップが見えるようになる。やはりこの道は遊歩道のように整備された感じだ。

1230P山頂、図根点の標石あり  先ほど見えた山尾根の左側のピークへの登りにかかる。このあたりでは左下の御荷鉾林道が通る山腹付近からチェーンソーの音が聞こえてきた。伐採作業が行われているようだ。

 すぐにアセビなどの灌木類が生えた山頂に出る。そこには大きな松の木の根元に図根点の標石が埋設されていた。このピークは1230mの等高線で表記された峰で、例のソデガヤの山尾根から東に見えた無名峰の北側に位置している。

 山頂部は樹林に覆われているので展望はない。ここは尾根道に沿って右へ曲がり、南方向に下る。

斜面の左側に笠丸山 丸木材の階段が付けられた尾根道  まずは岩のあるところを右下へ巻く。斜面には丸木材の階段が付けられているので歩きやすい。すぐに南に聳える無名峰との間にある鞍部を過ぎる。この付近に大量の糞が落ちていた。一瞬、黒いヤツのものかと疑ったが、やや粒状のものだ。シカともちょっと違う感じだ。もしかするとカモシカの糞かもしれない。

 それから無名峰ピークへの登りにかかる。このあたりでは山腹の左側に笠丸山、右方向の樹間にソデガヤの山尾根が見えた。

無名峰山頂部北面の梯子  そこから丸木の階段を南へ登って行くと、山頂部直下の地点に出る。そこから上は岩稜の岩場になっていて、パイプ材や金属板の足場で組まれた階段状の梯子が架けられていた。

 この岩場の斜面には他に巻き道の登路はなく、ここを直登して山頂へ出るようにつくられている。これは何かあるだろうと期待をこめて垂直に近い角度で設置された梯子を登る。手すりも付いているので、急傾斜だが安心して登れる。

無名峰山頂、石祠あり 西方にソデガヤ(1232P)  梯子を上がりきると、石の祠*がある山頂に出た。周りに灌木類の樹木が生えているが展望はある。特に南側が開けているので、遠方の上武国境の稜線や真下に広がる楢沢の谷や集落の建物が一望の下に見渡せた。それから、西方に先ほど登ってきたソデガヤ、南東に笠丸山が見える。

(*祠の側面に昭和九年(1934年)四月二十八日建設の刻字あり)

南側、楢沢方面  地形図ではこの峰は北側の図根点ピークと同じ1230m圏の等高線で表示されている。それから、昭文社の地図にも何も表記されていない無名峰となっている。それにしてはかなり展望もあり、山頂には祠が設置されているので名前が付いていてもよさそうなものだ。

 そこで、一応標識などを探してみるが、周りの樹木には何も付いていない。でも、このように山頂部が岩場になっていて展望もあり、登山道のような道が通っている山に名前が付いていないのはいかにも不思議な気がする*。

(*後日、ネットで新ハイキング社の「新ハイキング」2004年5月号の表紙の画像を改めて見たら、昭文社の地図でソデガヤと表記された1232m峰のピークは、表紙の左上端でほとんど切れていた。表紙でソデガヤとしている背景の山影は、どうもこの祠のあるピークのことを指しているように思える。)

無名峰の南東側下りから笠丸山  無名峰ピークからは南東の笠丸山がよく見えた。ここまで来たからには笠丸まで行きたくなる。しかし、空模様が少々怪しくなってきた。空にはどんよりと厚い雲がかかっている。いつ降ってきてもおかしくない感じだ…。

 とはいうものの時刻はまだ正午をまわったくらいなので、時間的に笠丸山までの往復は可能だろう。

 そこで、意を決して南東へつづく尾根道を下る。

引き返し地点付近の丸木の梯子  ところが、斜面の岩場に付けられた丸木の梯子を下ったあたり*でポツリポツリと雨粒が当たり出す。これでは笠丸山へ登っても無駄だ。展望などは全く得られないだろう。このまま本降りの雨になったら、塩ノ沢峠へ戻るにも相当きつくなってしまう…。

 そこで今日はここまでとして、尾根道を北西へ引き返すことにする。

(*大体、南東側の等高線1200m付近)

無名峰山頂北側にある手すり付きの梯子 鞍部付近から北側の図根点ピーク(1230P)  すぐに祠のある山頂に戻り、北側の梯子の階段を下る。それから急いで尾根沿いを北へ進み、図根点の標石のあるピークまで登り返す。

 幸いにも雨はまだポツリポツリ程度で、雨具を着るほどではない。

左に楢沢峠への道(?)あり  そこから北西へ下りやや西寄りに尾根を進むと、「山 三二」標石のある道標地点に着く。このあたりでは雨粒はほとんど当たらなくなった。止んだようだ。ちょっと一息つき、尾根を右に曲がる。

 北西へ少し行くと、左のヒノキ林に作業道のような小道が分岐しているところに着く。多分ここを左へ進めば楢沢峠へ抜けられるのかもしれない…。

 一瞬、峠へ戻ろうかと考える。でも雨が止んだようなので、ここはやっぱり北側の尾根を歩きたい。そこでそのまま尾根筋を北西へ登る。

楢沢峠北側の岩場の小ピーク付近から1248P方面  すぐに「山 二七」標石のある肩状の尾根地点に出る。先ほどここから寄り道して、1時間ちょっとで戻ったわけだ。ここからは刈り払いの行われていないヤブ尾根を北へ辿る。尾根筋に踏み跡は全くない。灌木類のヤブを漕ぎながら登る。

 少し登ると、見晴らしのある岩場に出た。側の樹木には境界見出標が付いている。依然としてこのヤブ尾根上にも境界が通っているようだ。

 そこから前方には標高点のある1248m峰が見えた。また、その右側には南牧村との境界になっている山尾根がつづき、後方には桧沢岳の姿も確認できる。

南西にソデガヤ方面の山尾根  それから、左の南西方向に目を転じると、午前中に歩いたソデガヤへつづく山尾根も見えた。やはり地味な感じの山尾根だ…。そうこうしているうちに、また小雨がポツリポツリと当たり出した。

 これはマズイと、岩場を少し戻り、左に巻いて尾根沿いを進む。このあたりは凸凹した岩稜になっていて、ちょっと歩きづらい。

 次の岩場を右に巻いてヤブ尾根を下る。尾根筋には相変わらずコンクリート杭や樹脂杭などの境界標が打たれていた。

1248P南側の鞍部付近(山19地点) 鞍部から北東方向へつづく踏跡  すぐにヤブは消え、落ち葉が溜まった尾根の鞍部(1248m峰南側の鞍部)に降りる。その地点には「山 十九」標石が打たれていたが、ちょっと驚いたことに、微かな踏跡が左後方から右前方の斜面に通っている。

 地形図を見ると、楢沢峠付近から西側の斜面を巻いてきた破線道はこの鞍部から北側の1248m峰山頂へ向かって表記されている。実際の道はこの鞍部から1248m峰の山腹を右に巻いて北東方向へつづいているようだ。この踏跡は獣道のようなものではなく、明らかに人が歩くような感じの道なので、ここからは1248m峰に登らずにこの巻き道を進む。

1248m峰東側山腹の道  このあたりから小雨がパラパラと降ってきた。雨具を出すか少し迷う。しかし雨具を着けるのもちょっと面倒なので、折り畳みの傘を出して木の枝があたらないように半開きの状態で進む。ねくらハイカーはいつものように軽装の浮浪者スタイルなので多少濡れてもかまわない。

 1248m峰東側の山腹を北東方向へ進んで行くと、微かな踏跡の道もかなりハッキリとしてきた。このあたりでは道幅もあり、昔の峠道のような風情がある。地形図の破線道は山尾根を直登しているわけだが、やはり実際の物資の運搬に使われた道はこのような歩きやすい巻き道が一般的だ。

1248P北側の小鞍部付近(山8地点) 左下に道(破線ルート)、右上に南牧村との境界へつづく尾根筋、電電公社の看板あり  1248m峰東側の山腹を回り込んで行くと、北側の尾根地点(小鞍部)に出る。その地点には「山 八」標石が打たれていた。今まで辿ってきた道はここで地形図の破線道と合流するようだ。尾根筋はさらに北東へ延長して行くが、道はここから左の斜面に下って行く。

 それから、標石からちょっと北側に昔の電電公社のマークが入った白い看板があった。看板には「塩沢局」という文字が書かれている。何か昔の電電公社の施設のようだが、これが一体何を示すものなのかわからない。

 ここは素直に左側へ下る。少々ヤブっぽい道を下って行くと、また赤錆だらけの看板が見えた。看板にはNTTのマークの横に「塩沢無線中継所」と表記されている。ということは、この道は中継所への巡視路らしい。

 それにしても看板はかなり古い感じだ。先ほどの尾根地点にあった電電公社の看板もこの中継所のことを示していたのだろう。しかし巡視路といえども、ヤブがちょっとうるさい。刈り払いが行われていないので、現在この中継所への道は歩かれていない感じだ*。

(*後日ネットで調べると、この無線中継所は「NTT孤立防止用無線局」というもので、災害非常時に離島や山間地の通信回線を確保するため、一般回線とは別に無線回線の通信設備が設置されたとのこと。ところが最近、デジタルのマイクロ波を利用した衛星電話回線に切り替わったため、各地に設置されたこのような無線局の中継所は廃局になっているらしい。おそらく昔の峠道を利用してこの山尾根付近に無線局の中継所が設置されたが、後に廃局になったのだろう。)
破線道と同じルートのカーブ地点、右上に村界尾根  そこからさらにヒノキの植林地を抜け、雑木林沿いの山道を下る。途中、支尾根の折り返し地点にもNTTの「塩沢局」を示す看板があった。

 そこは右に折れて斜面を下る。少し下ると、右上の枝尾根に沿って左カーブするあたりに道形がしっかり残っていた。いくらか昔の峠道の面影を感じることができる。

 地形図を見ると、この枝尾根に上野村と南牧村の境界が通っているのがわかる。あとは尾根筋を北西方向へ下れば、塩ノ沢峠付近の林道分断地点に降りられるわけだ。

村界尾根を通る道  そこから多少刈り払いの行われた村界の尾根筋を北西へ下る。間もなく右下に御荷鉾林道が通っているのが見えた。

 さらに尾根を下ると、朝方峠道の入口を探した林道分断地点の真上あたりに出た。やはり、昔の峠道はこの尾根沿いを通っていたのだ。

斜面左下にNTTの看板あり(峠道の取り付き地点)  そこから一旦左側の笹の斜面にトラバースして林道に出る。出口付近の斜面には例の無線局を示すNTTの看板が設置されていた。

 つまり、このNTTの白看板を見つけることができれば、昔の峠道を辿って楢沢峠へ行けたのだ。しかし、不覚にもこの看板には全く気づかなかった。またもやねくらハイカーのお粗末なルートファインディングの能力が露呈してしまったわけだ。

峠道出口付近から東方向、南牧村との境界あり  林道の路面はまだ薄っすら濡れた程度で、小雨もそれほど降っていない。気温は8℃ほど。

 このまま駐車地点に戻っても面白くないので、分断された尾根の反対側に寄り道してみる。北西側のヤブの斜面をちょっと攀じって尾根の鞍部に進む。

塩ノ沢峠  すぐに北側の斜面に石灯籠と馬頭尊の石碑*がある鞍部に出る。多分ここが塩ノ沢峠(1062m)だろう。いくらか荒れた感じなので、ここから桧沢へ下る道は疾うに廃道になってしまったらしい。

 「ここは昔の上野村と南牧村を結んでいた主要な峠のひとつだ…」とか感慨に浸るところだが、峠付近に置かれた物騒なものに思わず目が行く。動物を捕獲するための檻だ。檻は閉められた状態なので現在は使われていないようだ。やはりイノシシとかクマを捕獲するためのものだろう。ということは、このあたりにそういうものが出没しているのかもしれない…。

(*側面に明治三十年(1897年)二月建立の刻字あり)

 ちょっと物騒なものを見てしまったので、峠の見物もそこそこに林道へ戻る。尾根の分断地点から西側へ下り、朝方入山した道標地点を通り過ぎ駐車地に戻る。雨はほとんど小降りでそれほど濡れることなく車に戻れることができた。

 今日は途中から雨に降られてしまったが、ソデガヤ以外にも楢沢峠付近から笠丸山へつづく尾根道や塩ノ沢峠へつづく昔の峠道の一部が歩けたということでヨシとしよう。

日程2007年4月11日 (水)
天候晴れのち曇りのち小雨
行程時刻塩ノ沢峠西側の林道路肩(駐車地点)8:38→道標地点(巻き道入口)8:38→(山腹を南および南東へ)→1248P南西尾根(1140m付近)9:16〜9:20→山腹の道標地点9:36→楢沢峠9:38〜9:52→(尾根を西へ)→小ピーク(1200P)9:54〜9:58→ソデガヤ東峰(1220P)10:18〜10:23→ソデガヤ(1232P)10:35〜11:00→(東へ戻り)→東峰(1220P)11:12→1200P 11:28→楢沢峠11:30〜11:32→(北東へ)→支尾根分岐地点(山27地点)11:42〜11:50→(南東へ)→山道(自楢沢峠?)合流地点11:51〜11:54→道標地点(山32地点)11:55〜11:58→(東へ)→図根点ピーク(1230P)12:05〜12:08→(南へ)→無名峰・石祠ピーク(1230P)12:18〜12:25→(南東へ)→丸木梯子付近(1200m付近)12:28→(降雨のため、北西へ戻り)→石祠ピーク(1230P)12:32→(北へ)→図根点ピーク(1230P)12:43〜12:46→(やや西へ)→道標地点(山32地点)12:52〜12:54→(北西へ)→山道(至楢沢峠?)分岐地点12:56〜12:59→(北西へ)→支尾根分岐地点(山27地点)13:00→(尾根を北へ)→岩場のピーク13:03〜13:05→1248P南側鞍部(山19地点)13:12〜13:14→(山腹を北東へ)→(北西へ)→1248P北側小鞍部(山8地点)13:20〜13:23→(破線道を北へ)→(途中から村界尾根を北西へ)→林道分断地点(峠道入口)13:39〜13:42→(林道を横断、村界尾根を北西へ)→塩ノ沢峠13:43〜13:46→(戻り)→林道分断地点13:47→(西へ)→道標地点(巻き道入口)13:50→駐車地点13:50
備考♦この記録ではHP「西上州界隈山サイ雑記帳」等の記録を拝見し、参考にさせていただきました。
♦この記録では帰りに楢沢峠から北側の主尾根を登っていますが、尾根沿いに登山道はありません。楢沢峠から西側の斜面にある微かな踏跡を辿って1248m峰の南側の鞍部まで行けば、昔の峠道を歩いて塩ノ沢峠に戻れるようです。

◇ T N H C ◇

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