早朝の白砂川沿いの国道405号を北に走行すると、やがて花敷温泉入口の分岐地点にかかる。本来はここから花敷温泉への道に入り、長笹沢川沿いの県道(中之条草津線)に進んでもいいのだが、道路わきの工事標識によると、尻焼温泉の先が現在工事中で通行止め*とのこと。
矢倉(やくら・やぐら)の住宅地を過ぎ太い導水管の下を潜って山道を走って行くと、ほどなく根広の集落に着く。集落の東側には小道が右(北)に分岐している。根広尾根への登り口がある林道らしい…。
住宅地のカーブ道をノロノロ行くと、やがて未舗装となり、右上にコンクリート舗装の坂道が分岐するところがある。地形図で照らし合わせると、どうもこの右の坂道が根広尾根へのルートのようだ…。
天気は曇り。気温は15℃ほど。スギなどの針葉樹に覆われた林道は日が当たらないので薄暗い。準備をしてコンクリート舗装の坂道を上がって行くと、何やらフェンスで囲われた建物のあるところに出た。
施設の東側には山腹に沿って明瞭な道跡が通っている。多分、根広尾根への道だろう。さっそくその山道に入り、やや北東寄りの方向へ進む。
間もなく左下から上がってくる作業道のような道に合流する。どうも、この道が地形図に描かれた破線道のルートらしい。ここはこの作業道のような道に沿って山腹を北東方向へ巻いて行く。
林道はやがて山腹を南西方向へ折り返す。3、4分トロトロ登ると、笹刈りされた道は終点となり、そこから北方向へ折り返して笹が茂った樹林帯に入る。
まずは樹林帯の手前で一息つき、雑木林の尾根筋に進む。意外なことに、この雑木類が茂った尾根沿いには幅広の林道のような道跡が通っていた。昔の馬道か荷駄道の跡らしい。
薄っすら落ち葉が積もった笹地の斜面をジロジロ見ながら進んで行くと、途中に何か樹脂製の筒が埋設されたところを通る。何だろうと上の丸い蓋を外してみると、中に水栓のハンドルが見えた。
腰丈ほどの笹ヤブの斜面を北へ登って行くと、やがてなだらかな丘のようなところにさしかかる。そこには古い測量棒が立てられていた。三角点らしい…。
三角点からは尾根の左(西)側を通っている道跡に合流して進む。この明瞭な道跡には「山」の刻字が入ったコンクリート杭が打たれていた。道はやがて尾根筋を通るようになる。
尾根沿いを進んで行くと、広葉樹主体の雑木林にはカラマツが混じってきた。どうも、このあたりにカラマツの植林地があるようだ。
尾根沿いを登って行くと、やがて車道のカーブ地点に出る。傍らにはカーブミラーが設置されていた。地形図の実線で描かれた道が横切っている地点*らしい。ということは、1249m地点をいつの間にか通り過ぎたようだ…。
そこから車道を5mほど右(北東)へ進み、左上の細い踏み跡に入る。
少し登ると、一時的に笹や草がきれいに刈り払いされた平坦地を進むようになった。何か平野部にある雑木林の散歩コースを行く感じだ。
地形図の等高線で1320m付近のコブ地点を過ぎると、北東方向へ下るようになる。
地形図の破線道は1397m標高点ピーク*の山頂地点を通っているが、実際の道は山頂部の手前で左(北西)方向に折れて西側の山腹を巻くように付いている。
1397mピークの北側で再び尾根沿いのルートとなる。体力が衰えたねくらハイカーはこの辺で一息つく。気温は21℃になっていた。
そこから北へ登って行くと、一時的に歩きやすい草地の道となった。さらに平坦なピーク地点を過ぎるとまた笹地の道となる。
さらに尾根沿いを直登したり左や右の斜面に巻いたりしながら1503mピーク*に向かう。道跡はやがて尾根から外れ1503mピーク山頂部の東側を巻くようになる。登山道は山頂地点を通っていない。
そして緩い傾斜の尾根筋をまた左や右の斜面に巻きながら笹ヤブのルートを進む。笹丈は場所によって膝丈から胸丈くらいになっている。
尾根ルートはやがて北東方向に曲がる。このあたりでは尾根の左斜面(北面)を進む。この右上の尾根筋に1554mの標高点*があるようだが、ルートは尾根筋を通っていないので、どこが1554mピークの山頂なのか特定できない。
そこから人がひとり通るくらいの細い山道となり、尾根の西側を少し下り気味に進む。そして鞍部からは北方向への上り道になる。
そのうちに尾根筋を右に乗り越して尾根の東側を進むようになると、前方右(北東)の樹間にちょっと尖ったピークが見えてきた。
そこからまた尾根筋のルートを北へ進み、途中から掘割状の笹ヤブ道を通って東側に抜けると、今度は尾根から完全に外れて山腹の道*となる。
笹が密生する道筋を北東方向へ進んで行くと、傍らに水溜りのある地点を通る。ここには笹地や草地の中にニッコウキスゲやオオバギボウシの花が数多く咲いていた。
笹や草を掴みながら笹地の斜面を攀じ登る。5分くらいかけて何とか弁天山の山頂部見える尾根筋に出る。
そこからは腰丈ほどの笹地の斜面を弁天山めざして東方向に進む。笹ヤブを少し下ると、左下(北)に刈り払いされた登山道が通っているのが見えた。野反湖南岸のハイキング道だ。ねくらハイカーは一目散に笹を掻き分けて北側に下る。
男性ハイカーは「世の中には随分と物好きなヤツもいるな」という表情をして西方向へ去って行った。こちらはヤレヤレということで、刈り払いされた道に合流して東方向へ進む。
ここからは気を取り直して東側にある弁天山の山頂に向かう。少し行くと右上(南)に小道が分岐する。山頂への道らしい。
このピークは1652.6m三角点の東側にあり、標高は地形図の等高線で1650mほどだが、実際は三角点ピークより高い。山頂はいくらか灌木類が茂っているので360度の展望とはいかないが、東に野反峠(富士見峠)や八間山、西に草津白根山や横手山、北に野反湖や三壁山(みつかべやま)などがよく見える。
祠などを眺めていると、東側から女性のアナウンス音が聞こえてきた。何か車の移動を要請するもので、野反峠付近にある休憩所のスピーカーからの音声らしい。
弁天山の西側の下りから西方向に目をやると、近くに三角点ピーク(弁天山三角点)があり、その遥か後方にはこれから一部歩く予定の上信国境付近の山々が見渡せた。地図で確認すると、志賀高原の赤石山あたりまで見えている。
快適なハイキング道を西へ進み、再び根広・花敷方面への分岐地点を通る。先ほどは気づかなかったが、このザレ地には小石を積んだケルンがあった。ここを歩くハイカーも相当多いに違いない。
細い踏み跡を上がって行くと、平坦なザレ地の山頂部に出る。そこには標識類がないので、どこに三角点があるのかわからない。
石祠からさらに奥にも開けたところがある。そこでそちらへ進むと、三等三角点の標石があった。
三角点から細い踏み跡を辿って北側へ下る。途中、笹ヤブの中で踏み跡は消えてしまったがヤブ漕ぎして下ると、再びハイキング道に出る。
下り道からは次のエビ山の平頂部が見える。トロトロ下って行くと、やがて平坦な笹原になる。
地形図の1533m標高点手前付近でまたキャンプ場への道標が立つ分岐地点となる。野反湖沿岸には高原の散策や散歩にぴったりなコースが沢山ある。それに合わせて分岐路も多い。
笹原になった1533m地点の最低鞍部付近を過ぎると、傾斜の急な登り道になる。体力が衰えたヘタレハイカーはたちまち息が上がりペースが落ちる。
途中、立ち止まって一息つく。このあたりからは野反湖東側の眺めがいい。昔の案内書や横田昭二氏の『群馬300山』によると、この野反湖東岸の山腹にある赤土が露出した斜面を地元では禿(はげ)と呼び、その形状によってそれぞれ名前が付いているそうだ。休憩地点からはその赤土の崩落地がよく見える。
そこから、またよく歩かれた道筋を北西に登る。左に草津白根や横手、そして遥か遠方の浅間の山並みを眺めながらゆっくり行く。道沿いにはダケカンバなどの広葉樹が多い。前方にエビ山の平らな山頂部が見える。
小休後、急斜面を登りきると傾斜も緩やかとなり、道標地点に着く。エビ山*山頂部西側の分岐地点だ。
エビ山西側の緩い下りからは正面に高沢山(たかざわやま)の円頂部が聳え、その右に中間峰(1930m峰)と三壁山が並んで見えた。左には相変わらず草津白根山や横手山方面の展望がある。
そこからシラビソなどの針葉樹がチラホラ見える樹林帯に入ると、中年男女の二人連れとすれ違う。今日は夏休み前の平日だが、野反湖周辺はハイカーや観光客が多い感じだ。
そこから少しぬかるみのあるところを登って行くと、樹林に覆われたピーク地点に着く。傍らには六合村の道標が立ち、樹木には山名板の標識が付いていた。
展望がないので、標識類を見物すると、道標の裏側に生々しい傷痕が付いていた。これは黒いヤツの仕業らしい。
高沢山山頂から北西に下る。すぐに標識類が多数表示された三差路の分岐地点に着く。
それから「大沼池−野反湖」と書かれた古い白塗りの木製標識もある。これには長野電鉄と志賀高原観光協会の文字があるので、おそらく昭和32年(1957年)に長野電鉄が赤石山・野反湖間の上信国境尾根に登山道を切り開いたときのものだ。半世紀前に付けられた標識が残っているのだから何とも素晴らしい。
地形図などによると、このあたりから一時的に県境付近の道となるらしい。登山道沿いにはベニサラサドウダンの小さな紅い花が一斉に開花していた。
登山道はやがて南西へ下るようになる。
キスゲの花を眺めながらゆるゆる下って行くと、間もなく道標や説明板がある笹原の鞍部に着く。カモシカ平だ。周囲には腰丈から胸丈ほどの笹や草が茂っている。まさにシカやカモシカがゆったり草を食んでいてもおかしくないようなところだが、昼間は人の往来が多いので出てくる雰囲気ではない。
カモシカ平の道標地点で休んでいると、高沢山の方から複数の鈴の音が聞こえてきた。先ほど三壁山の方から進んできた人たちのようだ。そろそろお暇した方がいい…。
笹原をえっちらおっちら登って行くと、シラビソやオオシラビソの針葉樹が生えた樹林帯に入る。
登山道は見通しのない樹林帯を通っている。路面は湿っていて黒土のぬかるみが多い。登山道沿いの樹木には所々に目印としてブルーシートの切れ端が付いていた。この尾根ルートには明瞭な道跡が確認できるので、目印は残雪期のものらしい。
登山道は途中から北西方向に進むようになる。地図上はこのあたりから再び県境となる。登山道沿いにはこの時季、紅い花を付けたドウダンツツジが目立つ。
次の等高線で1990mのピーク付近にかかると小雨がパラパラ当たってきた。山の天気は変わりやすい。上空は明るいので、一時的なにわか雨だろう。ここは携帯用の折り畳み傘を差して進む。5分ほど経つと雨は止み、上空に薄日が出てきた。本降りの雨にならなくてよかった。
登山道をさらに進むと、また笹ヤブの中を行くようになる。途中、道の傍らに「六合村山岳会」と彫られた枯木が見えた。結構古い感じなので、昭和三十年代の登山道開通時に彫られたものかもしれない…。
そこからぬかるみの多い道をダラダラ登る。そのうちに傾斜も緩くなり西寄りに進むようになる。
さらに西へ進むと、やがて道標が立つ地点に出る。道標の側の笹地に三等三角点の標石が埋設されていた。
この山頂は樹林に覆われているので展望はそれほどよくないが、南東方向の樹間に八間山や弁天山、そして高沢山あたりが確認できる。
小休後、登山道を南西方向に下る。大高山の西側は東側と違ってぬかるみが少なく乾いた道がつづいている。
さらに笹地にコメツガなどの針葉樹が疎らに生えたところを下って行くと、右前方(西)に山尾根が見えてきた。
さらに笹刈りされて歩きやすい草地の道を下って行くと。オッタテ峰・ダン沢ノ頭手前にある円頂形のピークが見えてきた。昭文社の地図で「小高山」と表記された1937m峰だ。
左下に天狗平の笹原、前方に小高山を眺めながら快調に下って行くと、間もなく交差道標が立つところに着く。天狗平と五三郎小屋への分岐地点だ。
北西から西へ方向を変えてシラビソの多い樹林帯を下る。最近倒れた倒木を乗り越えて下って行くと、間もなくトタン屋根とブロック壁の五三郎小屋*に着く。
この小屋の外側は何とか形を保っているが、内側はかなり荒廃している。笹刈りの人たちが泊まったような痕跡がある。小屋の内と外にブルーシートが散乱していた。
県境の尾根筋は左の群馬側が笹地、右の長野側が針葉樹の樹林帯になっている。このあたりからは北方向の樹間に岩菅山から烏帽子岳にかけての山並みが見えるはずなのだが、先ほどから何やらこの県境付近にガスがかかってきて遠方が見えなくなってしまった。
途中で後方(北東)をふり返ると、今下ってきたばかりの大高山山頂部がガスに覆われていた。山の天気は変わりやすい。今日はもう展望のある山歩きは出来そうにない感じだ。
小休後、再び県境の尾根筋を亀の歩みで登って行くと、樹木が茂った道標地点に着く。六合村の道標には「小高山」とある。ここが1937m峰の山頂だ。
そこからいくらか西寄りに山腹を下る。そのうちにまた尾根筋を南西へ下るようになると、下の方に鞍部が見えてきた。昭文社の地図に「オッタテ峠」と表記されている1853m地点付近の鞍部だ。
その鞍部付近に下って行くと、一瞬ガスの切れ間にそのオッタテ峰のコブ状ピークが見えた。
多分、今は使われていない昔の峠ということで標識類は設置されないのだろうと一人合点して、鞍部からトロトロ登って薄暗いシラビソ林に入る。
昔、秋田マタギの方々が魚野川上流の小ゼン沢を遡って上州の草津温泉に行く際に、この峠を越えたそうだ。それから、上州側の入山の住人もこの峠を越えて魚野川に入り魚を獲ったらしい。
そこから西へ15mほど進むと、六合村が設置した三方向の道標地点となる。道標には「小倉口三叉路*」とある。ここが入山の小倉(こくら・こぐら)集落への分岐地点だ。
ここから県境を南に外れて鷹巣ノ尾根の道を下れば小倉に出られる。ねくらハイカーは今日はその小倉方面に下る。
道標地点からすぐさま左(南)に曲がる。この鷹巣ノ尾根の道は傾斜は急だが、雑木林主体の尾根筋を通っているので、ぬかるみが少なく歩きやすい。滑りやすい急斜面にはトラロープなどもあるので、快適な山道となっている。尾根沿いには残雪期の目印としてブルーシートの切れ端が付いていた。
ガスに覆われて少し薄暗くなった樹林帯を下って行くと、やがてシラビソ林の登りとなり展望のないピーク地点に着く。
そこからさらに南へ下り、右へ山腹を周り込んで行くと、笹刈りされた道標地点に着く。一ツ石の展望地だ。六合村の道標は、この地点を「一つ石」としている。
そこから低木帯の尾根筋を南東方向に下る。登山道は刈り払いされているので歩きやすい。
そこから少し下ると、下の尾根筋になだらかなピークが見えてきた。地形図の等高線で1700m圏のピークらしい。
そこからまた開けた感じの尾根筋を進む。登山道の草地には山野草の花々が沢山見られる。ねくらハイカーは山野草の知識がないので、オダマキやクルマユリくらいしか名前がわからない。それから、登山道沿いの灌木林には遅咲きのヤマツツジが小ぶりな花を咲かせていた。
そのうちに次の1559mピーク付近を過ぎる。見通しのない日陰のピーク地点には例の山ノ内町・志賀高原救助隊の矢印標識が付いていた。
さらに落ち葉が敷かれた登山道を南寄りに下って行くと、カラマツの多い樹林帯になってくる。植林地があるようだ。
そこからまた尾根状の斜面を進むようになり、いくらかジグザグに下って行くと、標柱や案内板などの看板が設置されたところに出る。傍らには林道が通っている。馬止(うまどめ)*の登山口だ。
この登山口は、林道がガラン沢方面(北西)とミドノ沢方面(東)に分岐しているところにある。
今日はここから林道歩きとなる。西のガラン沢入口へつづく道筋を見送り、逆方向の南東へ進む。林道は整地されているので歩きやすい。笹刈りも行われている。しかし、高木が多いので日陰になっているところが多い。
気温は21℃ほど。林道はダラダラ長い。鬱蒼と茂った樹林帯からは小鳥の啼き声もほとんど聞こえない。暫くは展望のない退屈な道を南東へ進む。
遮断機から林道をさらに南東へ進み日陰の樹林帯を抜けると、右に切り開かれた平地が見えてくる。白根開善学校のグランドだ。グランドは結構広いがあまり使われているような状態ではない。草が生えているところもある。
そこから右にグランドを見ながらトボトボ行くと、道は2車線幅のアスファルト舗装となる。その車道を少し行くと、前方右に白根開善学校の校舎と広い校庭が見えてくる。
幅広の直線道路を南東へ進んで行くと、やがて校舎の側を通る。そこには校門らしきものはなく、ただ学校名が表記された木製看板が立っていた。
その先で道路を右折して住宅地を南西方向に進んで行くと、突然飼い犬にけたたましく吠え立てられた。犬は首輪に繋がれているが、今にも襲いかかる態勢で激しく吠えまくっている。まったく憎たらしい飼い犬だ。ねくらハイカーは一瞬カチンときたが、こんなヒステリックに吠えつく犬などを相手にしたくないので、足早にそこから逃れる。| 日程 | 2009年7月14日 (火) |
| 天候 | 曇り時々晴れ 県境尾根付近一時にわか雨 |
| 行程時刻 | 根広集落北東側の林道路肩(駐車地点)6:19→根広配水池(上水道施設)6:20〜6:25→(東側の山道を北東へ)→作業道合流地点6:35→(作業道を北東へ)→(南西へ)→1150m付近(?)6:42〜6:45→(尾根沿いの道跡を北東へ)→(途中から尾根筋を進む)→1208.4m三角点(木ダマ山)7:00〜7:05→(道跡と合流して北へ)→(北西へ)→1249m地点 ?:?→車道(林道)横断地点(1270m付近)7:27〜7:32→1320mコブ地点7:37→(北東へ)→(山腹を北西へ)→1397P北側付近7:55〜8:00→(尾根沿いを北へ)→(北西へ)→(1503P北東面に巻く)→(1503P北側で尾根沿いを北へ)→(北東へ)→(1554P北面を巻く)→(尾根沿いを北へ)→(途中から山腹道を北東へ)→水溜りがある山腹地点(1600m付近?)9:14〜9:15→(北へ直登※ルートミス)→尾根地点(弁天山三角点東側)9:20→(東へ)→ハイキング道合流地点9:22→(ハイキング道を東へ)→根広・花敷分岐地点9:22〜9:25→弁天山9:30〜9:40→(西へ戻り)→根広・花敷分岐地点9:45〜9:48→(北西へ)→(途中、踏み跡を南へ)→1652.6m三角点(弁天山三角点)9:55〜9:59→(北へ)→(ハイキング道を北西へ)→キャンプ場分岐地点(弁天山三角点P北側)10:04→(北西へ)→キャンプ場分岐地点(1533m地点東側)10:14〜10:17→1533m地点付近10:22〜10:23→(途中、休憩2回計8分)→エビ山西側分岐地点(1744P)11:00〜11:02→(北西へ)→(途中、休憩2回計10分弱)→高沢山11:50〜11:56→三壁山・カモシカ平分岐地点11:58〜12:00→(西へ)→(南西へ)→カモシカ平12:14〜12:20→(南西へ)→(県境沿いを北西へ)→(途中、休憩2回計10分)→(西へ)→大高山13:37〜13:47→(南西へ)→天狗平・五三郎小屋分岐14:07〜14:08→(西へ)→五三郎小屋(水場)14:10〜14:20→(東へ)→天狗平・五三郎小屋分岐14:25〜14:27→(県境沿いを南西へ)→(途中、休憩5分弱)→小高山(1937P)14:40〜14:45→(西へ)→(南西へ)→1853m地点(最低鞍部)付近14:59〜15:00→オッタテ峠(プレート標識地点)15:01〜15:03→小倉分岐地点(「小倉口三叉路」道標地点)15:03〜15:05→(南へ)→(南西へ)→(南へ)→一ツ石(1825P)15:23〜15:24→展望地(「一つ石」道標地点)15:25〜15:35→(南東へ)→1700P付近15:46→1559P付近15:56〜15:57→(南へ)→馬止登山口16:20〜16:23→(林道を南または南東へ)→遮断機ゲート地点(1146m地点西側)16:55〜16:57→(南東へ)→白根開善学校付近17:05−17:08→(車道を南東へ)→(南西へ)→(カーブ道を南東へ)→小倉T字路17:30→(左に曲がって県道を北へ)→金山橋17:39〜17:40→(南東へ)→長平集落17:54−17:58→根広・矢倉・和光原方面分岐T字路18:05〜18:06→(左に曲がって村道へ)→(東へ)→根広集落18:13−18:18→(林道を北へ)→駐車地点18:23 |
| 備考 | ♦この記録は、中村謙 著『上越の山と渓』・『上信境の山々』(朋文堂刊)や朋文堂のガイドブック『東京附近山の旅』の昭和15年度版・昭和31年度版、および横田昭二 著『私が登った群馬300山』(上毛新聞社刊)のガイド文や記録等を参考にしています。 |
◇ T N H C ◇