中ノ岐林道(徒歩)から平ヶ岳



 20年ほど前にねくらハイカーは奥只見の只見川左岸の鷹ノ巣から平ヶ岳に登ったことがある。その時は登山口からダラダラと長い台倉山の尾根を歩き、ようやく池ノ岳に辿り着いた。それから急いで玉子石を見物し、平ヶ岳の頂上を訪れた。また、山頂到着が午後1時を過ぎていたので帰りの時間が気にかかり、平ヶ岳の広い山頂からの展望を楽しむこともなくすぐに下山してしまった。そこで機会があったらまた平ヶ岳に登り、山頂からの展望を楽しみたいと考えていた。

 平ヶ岳へは鷹ノ巣口コース以外にも沢登りによってさまざまなルートから登られている。しかし、ねくらハイカーには沢登りをする技量や体力もないのでそれは諦めざるを得ない。でも、北側の中ノ岐川沿いを通る中ノ岐林道が平ヶ岳直下近くまであるので、ひょっとしてこの付近に沢登り以外のルートがあるのではないかと前々から思っていた。そこでネットで調べてみると、その中ノ岐林道終点から平ヶ岳へ登る尾根コースが実際に存在し、多くの人たちに登られていることを知った。

 そしてこのルートは、1986年10月に行われた現皇太子の平ヶ岳登山に利用され、そのためコースの登山道は整備されたということだ。1986年といえば、ねくらハイカーが鷹ノ巣口から登って間もない時期だ。あの頃すでに中ノ岐林道口から登られていたとは本当に驚きだ。皇太子の登山以後もこのコースは密かに利用されていたようだ。つまり、中ノ岐林道に車両を乗り入れることができれば、このコースで短時間に平ヶ岳へ登ることができたのだ。

 ところが1988年頃にこのコース付近で遭難事故が起こり、一般者の入山を制限するため中ノ岐林道入口にゲートがつくられ、林道は通行止めにされたようだ。しかし、管理は厳密に行われずその後も一般車両が自由に入れたらしく、ネットの山行記録を見ても1994年にゲートを通り抜け林道終点まで車で入っている例がある。まして百名山ブームが到来して、平ヶ岳へ短時間で登るためにこの林道を利用する人が後を絶たなかった。

 そこで、この地に利権を持つ旧湯之谷村銀山平の住民が遮断機式のゲートを設け、一般車の通行を完全に禁止した。それ以後、この中ノ岐林道を使って平ヶ岳へ登るにはこの地に利権を持つ銀山平の民宿や旅館に宿泊し、通行許可車両で林道終点の登山口まで送迎されるというツアー登山が行われるようになった。
中ノ岐川左岸から雨池橋方向  ねくらハイカーは以前からこの中ノ岐林道に興味があり、平ヶ岳にはすでに一度登っているのでわざわざ一泊してまで観光登山をする気もない。そこで、中ノ岐林道入口の雨池橋から徒歩で林道終点まで歩いて平ヶ岳へ登ってみようと、天気が良さそうな8月末のある日、夜中過ぎに家を出た。

 関越道の小出インターを抜け、国道352号で佐利川沿いを走り左折して奥只見シルバーラインのトンネル道に入る。途中で右折して奥只見の旧湯之谷村銀山平に出る。以前通った時は未舗装で道幅も完全1車線だった湖岸の道も舗装され、幅も広くなって走りやすい。

 ようやく雨池橋に着くが中ノ岐川左岸の地点には管理小屋らしき建物があるので橋を渡り、対岸(右岸)の地点に駐車する。時刻は午前4時なのであたりはまだ真っ暗闇だ。今日は長い林道歩きがあるので出発時間をできるだけ早めにしなければならない。すぐにヘッドランプを点灯して、歩く準備に取りかかる。準備し終わる頃、1台のワゴン車がやって来て隣のスペースに駐車した。やはり中ノ岐林道へ入る人のようだ。こちらは準備を終え駐車地点を後にする。雨池橋方向をデジカメで撮ったが暗くてよく写らない。

中ノ岐林道入口の遮断機ゲート  橋を渡り、左側にある林道入口の遮断機ゲートのわきを抜け、川の左岸につくられた中ノ岐林道に入る。夜明け前であたりは暗く、ヘッドランプと懐中電灯で路面を照らしながら進む。

 最近雨が降ったようで、水たまりが多く、路面も少しぬかるんでいる。左側から中ノ岐川のせせらぎを聞きながら暗闇の林道を進む。右側の斜面からは沢水が流れ落ち、いかにも深山に入った感じがする。空には真上に二十四夜の月がかかっていた。

 林道を少し行くと、後ろから先ほど隣に駐車した人たちが明かりを点けて林道を進んできた。沢登りでもするのだろうか。それにしては早い出発だ。

 それから30分ほど歩いて、左の対岸から二岐川が合流する地点に着いた。夜がいくらか明けてきたが、ねくらハイカーのデジカメではフラッシュを焚いても二岐川は写らない。ここで後ろからやってくる人たちが自転車に乗っているのがわかった。ということは、林道終点まで自転車で走り平ヶ岳へ登るのだろうか…。やはり登山口までアプローチが長いコースではマウンテンバイクなどの自転車を利用する人が多いようだ。この辺で空もいくらか薄明るくなってきたようなのでライト類を消して歩くことにする。

中ノ岐川に架かる二岐橋(二岐林道入口)  少し行くと二岐林道分岐の二岐橋の地点に来た。ここでライト類をザックに仕舞う。それから後ろの自転車の2人連れをやりすごそうと林道から左側にはずれて二岐橋の写真を撮ろうとしていると、例のツアー登山者を乗せたマイクロバスがライトを点けて走ってきた。そこで、この地点でバスもやりすごすことにした。

 薄暗い夜明けの林道を野暮なねくらハイカーがスタコラ歩いていたのではどうもカッコ悪い。ここはそっと二岐橋付近のヤブに身を潜め、ツアー客の車両を見送ることにする。そのほうが落ち着いて夜明けの林道を歩いて行くことができる。

 自転車の2人連れと許可車両2台が通り過ぎて後続車がないようなので、再び林道に出て明るくなってきた川沿いを西へ進む。しばらく行くと路面がコンクリート舗装の道になった。この林道は部分的に一部舗装されているようだ。少し行くと再び未舗装になった。林道沿いは広葉樹の木々で覆われているが、一部スギの植林地もある。

滝沢 中ノ岐川沿いの渓谷  さらに少し行くとコンクリート舗装された沢の地点に来た。きれいなナメ滝の沢だ。ここが滝沢だ。沢登りに興味のない人でもこの沢の流れは美しいと思うに違いない。デジカメの写真は相変わらず明るさが不足してよく写らない。

 夜明けの空には雲ひとつかかっていないので今日は晴天になりそうだ。林道沿いにはススキの穂が目立ち、はやくも初秋の朝の様相を呈している。道端には野草のマツヨイグサの黄色い花が咲いている。

灰ノ又沢上流方向 灰ノ又沢橋  左に中ノ岐川の清流のせせらぎの音を聞きながらぬかるみの多い林道を進むと、やがて欄干のある橋に着いた。灰ノ又沢橋だ。

 この灰ノ又沢を遡行して荒沢岳へ上がるルートは沢登りの人たちに人気があるようだ。ネットの山行記録も沢山ある。

一部コンクリート舗装の道  そこから少し行くと路面はコンクリート舗装になった。やはりこの林道は部分的に舗装工事が行われているようだ。

 コンクリート道をダラダラ歩き、再び未舗装のカーブにさしかかる辺りで左側の川をのぞいて見ると、川の斜面に巨大な雪の塊が残っている。8月末のこの時期まで残っているということは、やはりここが豪雪地帯の山域であるからだ。

下カブレ沢(?)  そこからさらに行くと右側に水量の少ないナメのような沢が見える。橋のように名前が表示されていないので、何沢なのか確認できない。

 そして川が蛇行しているところを通り過ぎると、また右側から小さな沢が流れ込んでいる地点に来た。少し地味な感じの沢だが、地図を見ると下カブレ沢だろうか。

中ノ岐川と左岸を通る林道 林道の舗装工事予定地  そこから少し進むと工事作業の看板があり、林道の両側に木杭が打たれている。やはり林道の舗装工事が行われているようだ。看板を見ると、工期は今年の7月から12月まで行われることになっている。

 中ノ岐林道の改良舗装工事は今は部分的に行われているが、やはり最終的にはこの林道は全面舗装されるに違いない。

上カブレ沢(?) 小さなナメ滝の沢から南西方向  そこからさらに林道が大きく左にカーブしているところへ行くと、右の斜面から特徴的な四角岩が見える沢にナメ滝が見えた。上カブレ沢の滝のようだ。また20m先の辺りにも両側が草付きのきれいなナメ滝の沢が見える。

 こういう美しい沢を見ると、沢登りをやる人の心情が理解できる。そこの地点から遥か南西の方向にピークが見えた。平ヶ岳から西の県境尾根に聳えるピークのようだ。

ハコジョウ沢(?) 土砂崩れ跡の斜面と林道沿いの土嚢  さらに林道を進むと、右側に地味な感じの小さな滝つぼのある沢が見えた。これはハコジョウ沢のようだ。

 そこから少し行くと、右斜面が土砂崩れを起こした地点を通った。林道の斜面側には大きな袋詰めの土嚢が並べられている。新潟では今年(2005年)の6月に豪雨があり、各地で土砂崩れが起きたそうだ。その時の爪痕のようだ。林道には他にも土砂崩れを起こしたようなところがあり、復旧のため重機が入った跡が見られる。この林道にも豪雨の被害が相当あったようだ。

西ノ沢上流方向 西ノ沢橋  それから他の土砂崩れ跡を過ぎて林道を進むと、やがて大きな橋に着いた。西ノ沢橋だ。下には幅のある西ノ沢が流れている。この西ノ沢を遡れば、奥利根の最奥部の大水上山から兎岳の尾根に出られる。誰かこの沢を遡行して稜線の尾根に立った人がいるかもしれない。

 この辺りにはススキの他に野草のオオハンゴンソウやシシウドの仲間の花が咲いていた。また、ヤマアジサイやフジバカマの花も多く見られた。

林道から2072m峰・剣ヶ倉山・滝が倉山方面 藤原沢橋  西ノ沢を過ぎると林道は砂地の締まった路面になり、ぬかるみがなくなり歩きやすくなる。林道からは正面の県境尾根に平ヶ岳の西に聳える無名2072m峰から剣ヶ倉山や滝が倉山までの山並みが見えた。

 そして少し行くとコケの生えた欄干のある藤原沢橋に着いた。橋から藤原沢上流を見たが、鬱蒼とした樹林ばかりで西の稜線は見えない。

林道の広場から正面(南西)に滝が倉山から西の稜線  そこからアスファルト舗装部分の箇所を越えてしばらく行くと、朝日が東側から差し込んでいる広い砂地の地点にやって来た。土砂崩れの後、林道が整地されてこのような広場ができたのだろうか。東側対岸の青木沢から差し込む朝日に照らされて、この赤茶けた砂地の広場は印象的だ。

 ここからは正面(南西)の県境尾根に滝が倉山から「にせ藤原山」に向かう稜線が見えた。

山毛欅(ブナ)沢橋  さらに砂地の斜面をカーブして行く林道を進むと、また橋に着いた。橋の名前を見ると「山毛欅沢橋」となっている。この沢は一般の地図には名前が載っていないが、橋の名前から「ブナ沢」というらしい。

金山沢付近から西の稜線  そこからなおも崩れやすそうな茶色味を帯びた灰色の砂岩の斜面を右に見て進むと、林道の真下辺りに沢の流れる音が聞こえる地点に来た。林道の両側が深い灌木の茂みで沢が見えないが、この辺りが金山沢だろう。

 西の方に県境尾根の山並みが見える。でも道の両側には橋の欄干がないので、ここに橋があるのかわからない。しかし、沢は確実に流れているようなので、ここが金山沢の地点だろう。

 ここまで林道沿いは日陰が多かったが、この辺りから朝の日差しがモロに当たり出した。でも気温はまだ15℃以下なので何とか暑さを感じないで歩くことができる。

剣ヶ倉沢橋から南西方向  そこから朝日を浴びながら一部アスファルト舗装の坂道を歩く。勾配がきついとアスファルト道の登りは疲れる。足にもいくらか効いてきた感じだ。まだ山登りが控えているので、脚力を温存し休み休み歩く。

 少し行くと、欄干のある橋に着いた。「剣ヶ倉沢橋」という名なので、下の小さな流れが剣ヶ倉沢だ。ここからは斜め右に剣ヶ倉山から平ヶ岳の一部や池ノ岳の山並みが見える。林道終点の登山口は近いようだ。

林道正面に平ヶ岳方面  この辺りの道端には比較的高木のダケカンバやシラカバ、そしてミズナラなどの広葉樹が目立つ。他にトリカブトやシソ科の植物の花々も見られる。そしてここでもフジバカマやアザミやガクアジサイの仲間がきれいに咲いていた。

 道は再び未舗装の坂道になった。やはり勾配がきついので休みながら歩く。後ろをふり返ると、遥か北の方に荒沢岳方面の稜線が見えた。

中ノ岐林道終点  坂道を少しバテ気味に登って行くと、ひょっこりマイクロバスが駐車している地点に出た。ここが中ノ岐林道終点で平ヶ岳の登山口だ。

 右側にもう1台のワゴン車と2人連れの自転車が駐車してある。今日は平日なのでツアー客は少ないようだ。近くにホースから沢の水が引き込まれて簡易水場ができている。また左側には簡易トイレが設置されている。水場で一口飲んで、留守番のマイクロバス運転手に挨拶して奥の登山道に進む。

登山口から平ヶ岳沢上部方面、最奥部左に平ヶ岳 平ヶ岳沢渡渉地点  林道終点の登山道入口付近から平ヶ岳沢の上部方面を見ると、谷の最奥部に特徴のない平ヶ岳の斜面の一部が望める。やはり平ヶ岳は近くにある2072m峰や剣ヶ倉山と大違いで、その特徴のない山容は上部に登ってみないと認識できない山だ。

 登り始めは平ヶ岳沢が分流している涸れ沢のゴーロ歩きだ。すぐに平ヶ岳沢の渡渉地点に着く。さすがに観光登山のコースらしく沢には歩きやすい板材が渡してある。上にロープが渡されているのは不意の増水時に使うものらしい。それにしても平ヶ岳沢の流れが澄んでいて美しい。沢登りでこれを遡行して玉子石辺りの湿原に上がるらしい。技術と体力があれば沢の遡行も楽しいに違いない。技術も体力も乏しいねくらハイカーはひとえに尾根道を辿るしかない。

樹林の中の登山道 登山道から北に荒沢岳方面  登山道は笹と灌木林の中の道で、急登のコースだ。やはり雨降りの後のようで路面が濡れている。相当の数の登山者に歩かれているようで、赤土が露出している箇所が多い。濡れていると滑りやすいので注意が必要だ。

 最初は景色のない灌木林の道をひたすら登る。この辺りはヤマザクラ、カエデ、ダケカンバ、リョウブ、ナナカマド、ガマズミなどの広葉樹主体の森だ。ようやく少し見晴らしがきくところに出たので北の方を見ると、中ノ岐川の谷の上部に荒沢岳方面の稜線が見えてきた。

ゴヨウマツの休憩地点から剣ヶ倉山  そこから少し登るとゴヨウマツの生えた見晴らしのきく地点に着いた。ここはツアー客が朝食の休憩をするところらしい。ここで雨池橋から出発した自転車の2人連れが休憩していた。3、40代の夫婦らしい2人連れだ。食事中らしいので、軽く挨拶をして少し上のところで休憩する。ねくらハイカーは林道歩行中に菓子類などの行動食を食べながら来たので、ここでは水を飲み一服する。

 このゴヨウマツの休憩地点からは平ヶ岳沢対岸に聳える剣ヶ倉山の姿が見事だ。中腹の山肌には雪渓が見え、まだ夏山真っ盛りのたくましい姿を見せている。また、北には荒沢岳の稜線に雲が少し湧き始めているのが見えた。

遭難碑  この辺りからゴヨウマツの他にもツガやシラビソやアスナロなどの針葉樹が目立つようになる。また広葉樹のシロブナの高木も多く生えていた。

 休憩地点から少し上のところに遭難の墓碑が設置されていた。この遭難者は1988年9月に亡くなっている。ということは、事故の詳細はわからないが中ノ岐林道が通行禁止になる原因のひとつになった遭難事故かもしれない。

針葉樹が多くなってきた登山道  そこからまたシダ類の繁る急登の道を休み休み登り始める。やはり長い林道歩きの後の急な登りなので、少々足にこたえる。でも、樹林の中の道は日陰が多いので気温が上がらず、暑さでバテることはない。

 深くえぐられた赤土の登山道わきにはゴゼンタチバナの赤い実やサンカヨウの青紫の実が見える。日差しのあるところでは、夏の終わりを知ってかヤマゼミが今を盛りに一生懸命に鳴いている。この尾根の中腹より上になると広葉樹は減り、ツガやシラビソなどの針葉樹が多くなった。この針葉樹の出す松脂の清々しい香りがいかにも亜高山帯にいる気分にさせる。

登山道から西の県境尾根、剣ヶ倉山方面 登山道から西の県境尾根、中ノ岳方面  やがて尾根道の上部になると登りも緩やかになり、遠くの山並みも見渡せるようになってきた。特に平ヶ岳沢対岸の剣ヶ倉山から北西に向かう上越県境の稜線とそれに続く越後三山方面の山々、そして北の荒沢岳へ連なる山々がよく見える。

 この辺りからハイマツやコメツガの低木林が目立つようになり、ぬかるみの多い平坦な道を進む。

登山道から湿原方向、奥が平ヶ岳 池ノ岳・玉子石分岐、正面が玉子石方面  登山道はまもなく見通しのきく草地の湿原に出た。ようやく池ノ岳西尾根の山頂部に着いたようだ。そこからは南方に平ヶ岳のなだらかな稜線が見える。ウキウキした気分で朽ちかけた木道を歩いて行くとすぐに分岐の道標がある。

 左が池ノ岳方面、右が玉子石方面だ。まずは右の玉子石へ向かう。木道を西に進むとすぐ右側に池塘があり、そこから北に荒沢岳の稜線が雲に覆われているのが見えた。付近の高層湿原にはさまざまな高山植物が咲き誇っている。ねくらハイカーにはワタスゲ、コバイケイソウ、オヤマリンドウ、タテヤマリンドウくらいしかわからない。平ヶ岳周辺はまだまだ高山植物の宝庫のような様相を呈している。

玉子石、後ろに2072m峰から剣ヶ倉山の県境尾根  笹やシャクナゲ、ハイマツ、オオシラビソの低木のわきを抜けて進むと「玉子石」と呼ばれる奇岩の名所に着く。約20年ぶりの再会だ。

 この花崗岩の丸岩は相変わらずの地点に鎮座していて、下の池塘群および上越県境の2072m峰や剣ヶ倉山を従えて写真撮影に絶好のロケーションをなしていた。平ヶ岳登山についてのどの山行記録を見ても、このアングルの画像は必ず添えられている定番地点だ。ねくらハイカーもご多分に漏れずこの定番地点から撮影する。

池ノ岳西尾根から平ヶ岳山頂部 斜面下に分岐地点、正面が池ノ岳方面  さて、再び木道を東に辿り池ノ岳方面へ向かう。湿原には微かに西風が吹いているので気持ちがいい。コバイケイソウの実やチングルマの羽毛状の実を見ながら湿原の斜面を下って行くと、集団の一行が木道を上がって来た。総勢20名位だろうか。どう見ても鷹ノ巣口から登って来て、玉子石へ向かうようには見えない。多分、中ノ岐林道口のツアー客だろう。時刻はまだ10時半過ぎだが、正午過ぎには駐車場の登山口に下りているようなので、予定通りの行程タイムらしい。

 一行とすれ違ってから少し下ると、分岐の道標があった。ここは左の姫ノ池のある池ノ岳には向かわず、右の水場(キャンプサイト)経由で平ヶ岳方面へ向かう。

キャンプサイト  斜面にハクサンフウロが咲く登山道を下って行くと、右側に板張りの床面をもつキャンプサイトがあった。以前、平ヶ岳周辺はキャンプ禁止だったが今では許可されているようだ。やはり鷹ノ巣口の出発が遅いとどこかで露営せざるを得ないので、水場があるこの辺りが指定されたらしい。

 ところで、このキャンプサイトの水場は平ヶ岳沢の源流部にもなっている。そのため、平ヶ岳沢の水が汚染される可能性がある。夏場は平ヶ岳沢下流の水は飲まないほうがいいようだ。

南の尾瀬ヶ原方面の山々  そこからイタドリが繁るわきを通り平ヶ岳沢源流部を抜けて行くと、また分岐の道標がある地点に着いた。左が池ノ岳方面、右が平ヶ岳方面なので、迷わず右に進む。そして低木のツガやシラビソ林の中のえぐられた道を行くと、「ツガ廊下」という案内板が置いてある地点を通った。さらに進むと再び木道の道になる。木道を登って行くとワタスゲやチングルマの実が目立つ平ヶ岳山頂部の湿原に出た。

 この辺りで鷹ノ巣口の登山者2、3人とすれ違った。今日は平日なので登山者は少ないようだ。ここからは左(南東)方向に燧岳の特徴的な姿が見えるはずなのだが、先ほどから雲に隠れてしまった。また南側の尾瀬ヶ原方面の山々も雲に覆われてきたようだ。

平ヶ岳山頂部三角点の地点  さらに木道を進むと平ヶ岳の三角点の分岐地点に着いた。三角点は木道の分岐から右(北側)に5、6歩行ったところのツガ林の中に設置されていた。

 この三角点のそばにある山名板の道標には2141mと表示されているが、実際は2139.6m地点だ。2141mの最高地点は、この木道の先の上越県境付近にあるはずだ。

簡易積雪深計のポールの地点  そこで木道をさらに西へ進むと、木道は終わりその先は立入禁止になる。しかし、踏跡は湿原の先に続いている。このまま引き返しても面白くないので、踏跡を西へ辿る。

 少し行くと左側に金属のポールが建っている地点があった。近づいてみると、これは簡易積雪深計というもので冬場の積雪量を自動的に計測するものらしい。設置したのは水上町で、ここはすでに群馬県の地番になっていた。つまり、県境を越えたということだ。そしてこの辺りが平ヶ岳の最高地点のように思われる。このポールの地点を2141mとしていいようだ。

道標と杭(西側から)  そこからなおも西へ進むと複数の杭や道標が立つ地点に来た。道標には「平ヶ岳・白沢山西面自然環境保全地域」と書かれている。その地点から北西に続いている県境尾根への踏跡には砕かれた白御影石の砂利が撒かれている。湿原についた赤土の踏跡がこれ以上えぐられるのを防ぐため、試験的に撒かれているものらしい。

 その白砂利の道を少し進んだところで休憩する。このまま進んで剣ヶ倉山へ向かう予定もないので、この辺で引き返すことにしよう。

平ヶ岳山頂部西側の地点から北西方向  ここから見ると、県境尾根は剣ヶ倉山を過ぎると意外に低い稜線が大水上山方面へ続いている感じだ。

 この県境尾根は古くは木暮理太郎らが大正9年(1920年)夏に利根川水源地の山々を登った時に歩かれている。彼らは奥利根の幽ノ沢付近から小沢岳に登り、その後上越県境の稜線を進み大水上山から県境の尾根を辿りこの平ヶ岳まで来ている。

 現在では春山スキーや沢登りの人たち、そしてヤブ漕ぎルートを歩くグループによって歩かれているようだ。ねくらハイカーも歩いてみたい尾根だが体力がないので無理だ。

平ヶ岳山頂部西側の地点から赤倉岳、奥利根方面  少し休んで御影石の砂利道を東へ戻る。平ヶ岳山頂部からは南西方向に赤倉岳がよく見えるが、その少し右に微かに奥利根湖の水面が見えた。やはり平ヶ岳は利根川源流の山のひとつだということが再認識できた。

 そこから再び杭と道標の地点に戻り、積雪深計のポールを右に見て進む。山頂部はすっかりガスってきてしまった。木道がはじまるところから三角点の地点まで来ると、ちょうど自転車の2人連れが三角点に到着するところだった。男性の方が少しバテ気味な感じに見えた。ちょっと会釈をして木道を下る。

大白沢上流の谷(平ヶ岳南東斜面)  三角点のある山頂部から少し下った地点に、木道をはずれて南側に下っている踏跡がある。そこで南に下って南東方向を見ると、平ヶ岳東斜面の谷が見えた。

 この谷といえば、大正4年(1915年)7月に高頭仁兵衛らが只見川支流の大白沢を登り、この谷の沢を登りつめて上越県境の尾根に達し、北へ登り返し平ヶ岳に登頂したルートだ。今でも沢登りの人たちがこの大白沢上流のカワゴイ沢をつめて平ヶ岳へ登っているようだ。

平ヶ岳山頂部から池ノ岳方面 水場・姫ノ池分岐から池ノ岳方面  そこからツガやシラビソ林の中の「ツガ廊下」を通り過ぎ、再び水場(キャンプサイト)への分岐地点に来た。

 同じ道を戻っても面白くないので、ここは右の尾根沿いを進み池ノ岳へ向かう。

池ノ岳の分岐地点から平ヶ岳方面 姫ノ池から平ヶ岳方面  少し登ると、そばに姫ノ池の池塘がある池ノ岳の分岐地点に着いた。ここでそばの姫ノ池を見物し、さらに東方向に尾根を下れば鷹ノ巣口への下山コースになる。また、ここから西へ池ノ岳の尾根沿いを進めば、玉子石のあるピークに行く。

 池ノ岳辺りも雲が一面に覆ってきたようだ。姫ノ池では単独者が昼食をとっていたので、池の写真を撮ってすぐに池ノ岳の分岐を西に向かう。

池ノ岳西尾根から尾瀬方向  あたりはすっかり日陰になってしまった。雨は降らないだろうがそろそろ下山した方がいいようだ。南東に聳える燧岳も相変わらず薄いガスに覆われている。また、尾瀬方向には景鶴山方面の稜線がぼんやり見えるだけだ。

 次の水場(キャンプサイト)への分岐地点を右の玉子石方面に進む。尾根の途中の池塘付近で休憩する。誰もいない静かな湿原でのんびりできて気分がいい。行動食を水筒の水で流し込み、帰り支度をする。

玉子石に向かう途中の中ノ岐林道口分岐地点  玉子石に向かう木道の途中に道標の地点がある。道標には中ノ岐林道の表示はないが、そこから右に古い木道へ曲がり、再び針葉樹の中の登山道へ入る。この登山道は平ヶ岳沢と池ノ沢の間の尾根につくられている。上部では池ノ沢近くの尾根沿いを通り、中腹から西寄りに平ヶ岳沢へ下って行く。

 濡れた黒土と赤土の表層部が特に滑りやすいので気をつけて下って行くと、ナナカマドの実が赤く色づいているのが見えた。山には秋の訪れが早いようだ。

平ヶ岳沢左岸の遭難碑  下るごとに日差しが戻ってきて登山道は明るい感じの道になった。尾根の中腹付近には、東北の山でよく目にするブナの樹皮の記念彫りが多く見られた。やはり1980年代のものが多いようだ。やがてゴヨウマツの休憩場に着いた。午前中はよく見られなかったが、ここから見る剣ヶ倉山の雄大な姿は圧巻だ。急斜面を流れ落ちる沢には中腹に3つの大きな雪渓が見られる。その流れは急峻な角度で平ヶ岳沢へ合流している。実に見事な眺めだ。また、荒沢岳方面も午前中の雲が取れて西の方の巻倉山まで見えた。

 そこから滑りやすい道を下り、平ヶ岳沢の渡渉地点に着いた。天気はうす雲がかかるくらいで夕立はなさそうだ。あとは林道歩きなので何とか暗くなる前に雨池橋まで戻れるだろう。ところで、この渡渉地点の左岸をちょっと下ったところに別の遭難碑があった。沢登りで事故を起こしたのだろうか。詳しくはわからないがこの碑も1988年頃建てられたもので、やはり林道通行止めの原因になった遭難事故かもしれない。

駐車場からの下り道(午前中の撮影)  林道終点の駐車場には車両はなく2人連れの自転車があるだけで閑散としていた。水場で水筒の水を補給し、一休みする。付近には美しい蝶が飛びまわっていた。気温も20℃位でアブもいないようだ。そして前方正面に荒沢岳方面の山並みを見ながら林道の下りにかかる。

 剣ヶ倉沢橋を通り過ぎて行くと、道の真ん中にゴムひものようなものがある。よく見ると茶色の蛇が道の真ん中で日向ぼっこをしているのだった。石を投げつけると、ゆっくり這って道を横切って行った。通行量も少ない林道なので、蛇ものんびりしているようだ。

 それから橋の欄干がない金山沢を過ぎ、土砂崩れを起こした斜面を見ながら中ノ岐川左岸の道を下り気味に行く。進むにつれて林道から前方には荒沢岳から東方の花降岳や本城山や西ノ城のピークが見えてくる。林道沿いはセミの鳴き声と中ノ岐川のせせらぎの音が混じり合って、いかにものどかな夏の渓流の風情満点だ。途中の沢沿いにテントが張られているを見かけた。そこから下流の方で渓流釣りをしている人がいたので、その釣り人のテントだろう。

 西ノ沢の橋を渡った地点まで来た。地図で見ると、この辺りに西ノ沢沿いを通る林道の分岐があるはずなのだが、午前中ここを通ったとき分岐の道があるのか全くわからなかった。そこで斜面をよく見ると、橋手前の地点からヤブで覆われた坂道が確認できた。この坂道らしきものが西ノ沢林道の起点に違いない。この荒れようでは、現在この林道は使われずに廃道になってしまったようだ。

 西ノ沢橋を少し下った辺りであの自転車の2人連れが後ろからやって来て、軽く挨拶して追い越して行った。林道終点からは下りが多いので、駐車場から短時間で下って来たようだ。やはりこのコースは自転車などを使った方がいいようだ。

 それからいくつもの美しいナメ滝の沢を見ながら林道を下って行くうちに、中ノ岐川の川床や岸辺にも白御影石の美しいナメがあるのに気づいた。こういうナメが多いので中ノ岐川からの沢登りに人気があるのかもしれない。また、灰ノ又沢橋を過ぎた林道沿いにはヤマハギやツリフネソウがきれいに咲き、初秋の訪れを感じることができた。
二岐川合流地点  それから滝沢を過ぎ、二岐林道分岐の地点で二岐橋を渡って対岸の林道をのぞいて見る。路面はヤブの雑草が繁茂しているが、廃道にはなっていない感じだ。沢登りの人たちがこの林道を利用して二岐川上流に登って行くらしい。

 さて、そこから林道を少し下るとその二岐川の合流地点が見える。合流口がナメになって中ノ岐川に注いでいるので、沢登りの人たちには魅力的なのだろう。(*左の画像はうっかりモニターを確認せずに撮影し、左手に持ったメモ紙が右下に写ってしまった。)

 この二岐川は、日本百名山を選定した深田久弥が昭和37年(1962年)9月に平ヶ岳を登頂した時に利用している。その時は船で奥只見湖を渡り、中ノ岐川の左岸に上陸し川沿いを進みこの二岐川合流地点までやって来た。そしてこの合流地点から二岐川を遡行して上流の平ヶ岳先ノ沢に上がり、沢をつめて池ノ岳に登り、さらに平ヶ岳を登頂している。当時は未開拓のルートだったので、大変苦労したようだ。

林道から雨池橋方面  ところでこの辺りから気温が上がったらしく、アブが周りをうるさく飛び回り出した。早速、虫除けの携帯ミニスプレーを取り出しスプレーするが、アブもしつこく、うるさく付きまとう。すぐにミニスプレーを使い切ってしまった。でも体中たっぷりつけたので刺されずに済んだ。

 それから林道沿いにある作業小屋のわきを通り、ようやく雨池橋が見えるところまでやって来た。これでひと安心だ。明るいうちに関越道まで行けるだろうと遮断機のゲートわきを抜け雨池橋を渡り、駐車地点に向かう。ところが、駐車地点には疾うに帰宅したと思った2人連れのワゴン車がある。なぜ彼らは帰らずにいるのだろうと考えながら駐車地点に近づくと…。

 駐車地点を見てびっくりした。朽ちた木の枝や幹が駐車地点の道路と駐車スペースあたり一面に散乱している。どうも、この駐車地点上の砂防ネットが張られた道路側の斜面から倒木が落ちてきて砕け散ったらしい。道路には朽ちた大木の幹や枝が転がっていて駐車スペース側まで塞いでいて、斜面寄りがやっと1車線通れるくらいになっている。そして驚いたことに、その散乱した枝がねくらハイカーの車のフロント部分に当たったらしく、ボンネットに凹みキズが付いていた。これでなぜ2人連れが帰らないでいるのかわかった。

 2人連れのワゴン車にもキズが付いたらしく、警察を呼んで事故証明を出してもらうようなことを話している。携帯電話も圏外で通じないらしく、車は走行可能なのでこれから警察行くようだ。ねくらハイカーも最初は状況をのみ込めずにいたが、よく考えてみると、これは天災などの自然災害による事故で、事故証明があっても道路や林野を管理する行政側が修理費を出してくれるはずがない。それにねくらハイカーの入っている自動車保険には自然災害による事故は補償対象になっていないので、事故証明があっても保険から修理代は出ないようだ。凹みキズだけで車の走行に問題がないようなので自腹で修理するしかない…。そんなことを考えた。

 それから2人連れが地元(魚沼市)の警察へ事故証明を出してもらうため、走り去って行った。いくら考えてみてもどうにもならない事なので帰る準備に取りかかる。ねくらハイカーとしては別に事故証明を出してもらう必要がないので、あたりに夕闇がせまる頃駐車地点を後にした。

 後日、自腹で修理してもらい修理代4万円弱かかった。今回の平ヶ岳ハイクの費用はこの修理代を含めると高価な額になってしまった。これからは車の駐車地点にも注意を払うようにしたいと思う。

日程2005年8月29日 (月)
天候晴れのちうす曇り
行程時刻雨池橋わき駐車地点(右岸)4:05→中ノ岐林道入口遮断機ゲート4:11→二岐川合流地点4:35→二岐橋(二岐林道入口)4:45〜4:50→滝沢4:57→灰ノ又沢橋5:10→下カブレ沢(?)5:34→上カブレ沢(?)5:43→ハコジョウ沢(?)5:50→西ノ沢橋6:10→藤原沢橋6:37→山毛欅沢橋6:58→金山沢7:07→剣ヶ倉沢橋7:17→林道終点駐車場・平ヶ岳登山口7:35→平ヶ岳沢渡渉地点7:41→ゴヨウマツの休憩地点8:12〜8:17→池ノ岳西尾根山頂部10:00→池ノ岳・玉子石分岐10:01→(右)→玉子石10:07〜10:10→(戻り)→中ノ岐林道口・池ノ岳分岐10:15→(直進)→池ノ岳・水場分岐10:32→(右)→水場・テントサイト10:36→池ノ岳(姫ノ池)・平ヶ岳分岐10:41→(右)→「ツガ廊下」10:45→三角点分岐10:59→平ヶ岳山頂三角点11:00→(西の県境へ)→簡易積雪深計ポールの地点11:04→平ヶ岳山頂部北西の県境地点11:06〜11:30→(戻り)→三角点分岐11:45→「ツガ廊下」11:55→水場・池ノ岳(姫ノ池)分岐11:59→(右)→池ノ岳山頂および姫ノ池12:05〜12:10→平ヶ岳・玉子石分岐12:11→(右)→水場・玉子石分岐12:17→(右、途中休憩)→玉子石・中ノ岐林道口分岐12:33→(右、下山)→ゴヨウマツの休憩地点13:35〜13:40→平ヶ岳沢渡渉地点14:03→林道終点駐車場・平ヶ岳登山口14:10〜14:15→剣ヶ倉沢橋14:27→金山沢14:40→山毛欅沢橋14:45→藤原沢橋15:08→西ノ沢橋15:32→ハコジョウ沢(?)15:54→上カブレ沢(?)16:03→下カブレ沢(?)16:10→灰ノ又沢橋16:28→滝沢16:40〜16:42→二岐橋(二岐林道入口)16:47〜16:49→二岐川合流地点17:00→中ノ岐林道入口遮断機ゲート17:25→駐車地点17:28
備考♦この行程の記録では中ノ岐林道沿いの沢の名前を表記しましたが、正確なものではありません。大体、地形図から判断して目安として表記しました。
♦湯之谷村は2004年(平16年)11月1日の町村合併により、堀之内町・小出町・広神村・守門村・入広瀬村と合併し「魚沼市」になりました。

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