左下の霧来沢の清流に目をやりながら低速で進んで行くと、やがて昔の三条集落跡を過ぎる。以前は学校の分校のような建物があったのだが、今回建物は見えなかった。
そこから車をさらにトロトロ走らせ、斜めに排水用の溝があるコンクリート橋を通って行くと、やがて道標が立つ林道の分岐地点に着く。直進すれば、御神楽岳の登山口(三条口)となる。
このあたりから林道は砂利道の走りやすい路面になってきた。さらに西へ進むようになると、やがて金山町が設置した通行止め地点*に着く。
駐車地点はガスっていたが、準備をして歩き出す頃になると、いくらかガスが取れて東から朝日が差してきた。気温はまだ20℃くらいだが、盛夏ということで、日が当たり出すと急激に上昇する。
林道のカーブを曲がって行くと、南西方向の樹間に山並みが見えた。ネットの画像で見覚えがある。本日めざすところの貉ヶ森山だ。
さらに林道を曲がって進んで行くと、北西方向になだらかな三角峰が見えてきた。地形図を参照すると、どうも日尊の倉山の南東側にあるピーク*らしい。ということは、林道から西側に見える山尾根が会越国境の稜線ということだ。
朝日がギラギラ当たる林道をいくらか南寄りに進んで行くと、傍らに倒木の残骸が見えた。もしかすると、この倒木が道を塞いで通行止めとなっていたのかもしれない…。
そのあたりの林道沿いから南方向を眺めると、尾根と尾根の間に雲海めいた靄がかかっている。このまま晴れ上がれば展望のある山歩きができそうだ。
適度に見晴らしのある林道をてくてく歩きヘアピンカーブを曲がって行くと、やがて「会越街道開通記念碑」の石碑がある広場に着く。
この峠の広場には記念碑以外に地元の森林管理署が設置した案内板や水源かん養保安林の看板などもある。それから南側の斜面に丸太形の県境を示す道標が立っていた。それには本名まで18.5キロメートル、室谷まで22キロメートルと林道の距離数が書かれている。道標の側にはコンクリート製の祠が見えた。峠ということで形式的に置かれたものらしい。
さて、この峠地点から南方の貉ヶ森山をめざすことにする。ネットの記録には峠から登山道があるということなので、ひとまず祠付近を探してみたが踏跡はなかった。
そこからは笹ヤブがある広葉樹の樹林帯を進む。この登山道は赤土が露出している部分が見えるので、相当歩かれている感じがする。前日に雨が降ったようで、道筋に溜まった落ち葉はしっとり湿っていた。登山道沿いには胸丈から腰丈ほどの笹が茂っていてシダ類も結構生えている。
標杭から左へ進むと、分厚いコンクリートの基礎の上に観測装置が置かれているのが目に入る。冬場の積雪量が多いということで、観測所にはこのような頑丈な基礎部分が必要ということらしい。
小休後、標杭地点まで戻り、登山道を南へ進む。登山道沿いには古い倒木もあり部分的に胸丈ほどの笹が被っている。しかし、赤布やビニール紐等の先人の目印があるので安心して歩ける。
一時的に背丈以上のネマガリダケが茂ったところを掻き分け掻き分け登って行くと、一箇所見通しのある尾根地点に出る。その地点から南方向に間近になった貉ヶ森山の山頂部が見えた。
そこを過ぎると、歩きやすい低木の樹林帯の道となり、やがて赤布の目印が付いた地点に着く。
そこから明瞭な登山道を南西に登って行くと、見晴らしのある地点に出る。貉ヶ森山の北東側にある1300mピークだ。
また、西から北方向にはいくらか雲がかかった川内山塊の山並みが見渡せた。季節は夏ということで、遠方は少し霞んでいる。
笹や灌木が茂る県境尾根には刈り払い道が通っている。少しヤブめいた感じの樹林帯を潜り抜けて行くと、左側の斜面が崩れて赤土が露出した地点に出る。
特に御神楽岳南側にある県境尾根のスラブ状の大岩壁*は見事だ。
小休後さらに南方へ進む。最近倒れた倒木をひとつ乗り越えて尾根筋を登って行くと、周りの笹が刈り払われて標石が埋設された地点に出る。貉ヶ森山の山頂(1315m)だ。標石には「一等」と刻まれているので、一等三角点だ。
さて、貉ヶ森山の山頂というわけだが、この三角点付近は夏場は笹や灌木類が茂っているので眺めはよくない。北側の樹間に御神楽岳や本名御神楽そして笠倉山の鋭峰が見える程度。南東方向に多少展望があるが、今日は博士・志津倉方面は分厚い雲に覆われてほとんど見えない。
途中、登山道沿いの灌木に熟したクロマメノキの実が見えた。ブルーベリーの原種ということなので、2、3個つまんで口に入れると酸味の利いた野性的な味がした。疲れた体にはこの酸味が心地よい。思わずさらに5、6個摘んでムシャムシャやる。完熟しているので甘みもあり結構イケる。
展望がある1300mピーク付近でもひと息入れる。先ほど雲がかかっていた川内山塊の稜線も雲が取れて多少見通しがきく。
赤布の目印地点からは左(西)の刈り払いされた道に入り、新潟側の山腹を下る。
登山道は笹が茂る静寂なブナ林を北西方向に下っている。新潟側の斜面は福島側と違って天然林っぽい感じのブナ林が残っている。長い間伐採されていないのかもしれない。
登山道を下って行くと、急に笹ヤブが深くなってきた。そのうち踏跡が消え一瞬ヤブめいた樹林に入ると、目の前に林道が見えた。そこで2、3歩進んでヤブ林を抜けると、広い路肩部分がある林道に出た。県境から来ている林道だ。
新潟側の登山口から林道を北東へ進む。林道は細かい砂利が撒かれ車の走行に最適な路面となっていた。しかし、新潟側が通行止めになっているせいか車のタイヤ跡はない。一部雨水が流れて抉られたような箇所もあるが、車の走行には問題ない。バイクなら山岳ツーリングが楽しめそうな林道となっている。
途中、林道のカーブ付近から北側に日尊の倉山*が見えた。こちらの山も林道から近いので、短時間で登れそうだ。
林道を進み県境の峠地点に戻る。今度はそこから北東側のヤブ尾根に登る。
踏み跡を少し進むと、傍らのブナの幹に古い爪痕のようなものが見えた。一瞬これは黒いヤツの仕業かと思ったが、よく見ると真横の水平方向にも何本か付いている。もしかすると、人が目印として付けた切り付けかもしれない。関東在住の凡人ハイカーには切り付けか爪痕かイマイチ判別できない。
ブナ林はいくらか風も通る。膝丈から腰丈ほどの笹が被った道を登って行くと、やがて尾根のピーク付近を過ぎる。多分1161mの標高点付近だろう。
1161mピークからは新潟側の斜面をトラバース気味に進む。登山道は県境の尾根から離れてくると、途中から東へ登り返して再び県境尾根に近づく。しかし、道はまたすぐに北へトラバース気味に付いている。
新潟側の山腹の斜面をトラバースしたり直登したりしながら北寄りに進む。そのうちに傾斜が急になってきた。ヘタレハイカーはたちまちピッチが落ちる。
アレ、ここが日尊の倉山の山頂か…?そこで周りを見回すと、足元近くに苔むした標石があった。標石の側面には「主三…」の刻字が見える。
先ほどから上空はどんより曇ってしまった。雷雨にならなければいいなと願いながら進む。主三角点から試しに県境のヤブ尾根を北西方向へ進んでみた。尾根筋にはまったく踏跡はなく、2m以上のネマガリダケが密生している。笹ヤブを漕いで5mほど進むと、ツタ類が絡みだして鉈を使わないと前に進めなくなる。即座に尾根筋を諦めて新潟側の樹林帯に下る。
尾根近くの踏跡を辿ってしばらく雑木林の緩い斜面を登って行くと、右側に一部刈り払いされたようなところが見えた。踏跡はさらに北西方向へ付いている。
日尊の倉山の山頂は樹林に覆われているので、展望はほとんどない。ここまで来て標石を眺めるだけでは面白味がないので、御神楽岳を眺めようと標石から東の福島側の斜面に下ってみる。
上空を眺めると、結構雲が厚く覆っている。下手すると一雨あるかもしれない。足取りも自然と速くなる。
あっという間に1161mピーク付近を通り抜け、南西方向にバンバン下ると、前方の樹間に貉ヶ森の山並みも見えてきた。さらに平坦なヤブ尾根を進むと、間もなくバリケードのある林道の峠地点に出た。
峠からは福島側の林道をダラダラ下る。雲は厚くかかっているが、雷雨はなさそうだ。南東方向に見える博士・志津倉方面の山影をぼんやり眺めながら林道をゆるゆる歩き、朝の駐車地点に戻る。| 日程 | 2008年7月31日 (木) |
| 天候 | 晴れのち曇り 西寄りの微風 |
| 行程時刻 | 林道駐車地点(福島側)7:33→(林道を西へ)→県境広場(塩ノ倉峠・県境登山口)8:05〜8:24→(登山道を南へ)→雨量観測所分岐8:29→(左へ)→貉ヶ森観測所8:30〜8:35→(戻り)→観測所分岐8:35→(南へ)→ヤブ尾根見晴らし地点8:59〜9:00→(南西へ)→新潟側登山道分岐9:13〜9:15→1300P(展望地)9:17〜9:22→(南東へ)→展望地9:24〜9:34→貉ヶ森山9:38〜10:00→(戻り、北西へ)→展望地10:02〜10:04→1300P 10:09〜10:14→(北へ)→新潟側登山道分岐10:15→(刈り払い道を北西へ)→(西へ)→新潟側登山口10:33〜10:35→(林道を北東へ)→県境広場(塩ノ倉峠)10:56〜10:59→(登山道を北東へ)→1161P付近11:06〜11:08→(北または北東へ)→1240P(主三角点ピーク)11:34〜11:37→(北西へ)→日尊の倉山11:52〜12:08→(戻り、南東へ)→1240P ?:?→(南または南西へ)→1161P付近12:33→県境広場(塩ノ倉峠)12:40〜12:45→(林道を東へ)→駐車地点13:15 |
| 備考 | ♦この記録はHP「福島の山 浪漫紀行」・「新潟からの山旅」・「ようこそ越後の山々へ」・「会津名山案内」等の記録および「福島登高会」の記録を拝見し、参考にさせていただきました。山名などについては、藤島玄 著『越後の山旅』(富士波出版社刊)および上村幹雄 編著『片雲往来 PARTV(第ニ部)−阿賀南の山々−』に拠っています。 ♦この県境を越える林道の名称は、現在の呼び名に従って「本名室谷林道」とすべきところですが、ねくらハイカーには昔の呼び名の方がしっくりするので「本名津川林道」としました。別に深い意味はありません。 |
◇ T N H C ◇