本名津川林道から貉ヶ森山・日尊の倉山



 ねくらハイカーは今から13、4年ほど前、福島と新潟県境付近に聳える御神楽岳に登ったことがある。標高は1400mにも満たないが、さすがに会越国境付近の山ということで尾根筋や谷が鋭く、興味深い山歩きができた。

 この御神楽岳の近くにも面白そうな山がある。ネットでこのあたりの山の記録を拝見すると、御神楽岳から南西にある貉ヶ森山(むじながもりやま)や日尊の倉山(ひそのくらやま)には県境越えの林道から登山道があり、一般のハイカーに登られているらしい。

 ということは、体力が衰えたねくらハイカーでも登れそうだ。そこで7月末に福島県の大沼郡金山町方面へ出かけてみた。
 近ごろのガソリンの高騰で、関東在住の貧乏ハイカーには燃料代と高速道の料金が気にかかる。しかし、最近は遠出したことがないので、久しぶりに奮発して磐越道を経由して行こうと夜中の東北道に入る。

 ところが、高速道に入るや否や、道路状況の表示板には「下り矢吹IC・須賀川IC間は事故のため通行止め」と出ていた。そこで、途中でハイウェイラジオを聴いてみると、開通の見込みはなく、白河ICの先から数キロに渡り渋滞とのこと。こりゃー、ダメだ。渋滞に巻き込まれると予定が狂ってしまう…。そこで急遽途中の西那須野ICで降りて、一般道で金山町に向かうことにする。
 平日早朝ということで通行車両は少なく、国道400号と121号を順調に走り南会津町(旧田島地区)に入る。そこから再び国道400号の山道に進む。この山越えの道も改修工事が進み大分走りやすくなった。

 舟ヶ鼻峠を越えて昭和村に入り野尻川沿いの道を快調に進む。ようやく金山町に入り、JR只見線の会津川口駅付近のT字路を左折して国道252号に進む。只見川の淀んだ流れを見ながら西へ走ると、ほどなく本名発電所があるダムのカーブ地点となる。

 そこからは只見川左岸に付けられた林道・本名津川線*に直進して行く。林道は以前通ったときよりも幾分整地されて走りやすくなった。しかし、相変わらず1.5車線幅の道で、対向車があるとちょっとヤバイ。まぁ、平日の早朝ということで、対向車はないだろう。ねくらハイカーの愛車は足回りがよくないので、いつものようにノロノロ走る。

 林道の状況については、前もって金山町に問い合わせていた。それによると、7月中旬現在県境の手前で通行止めになっているとのこと。今日は一応通行止めの地点まで車を入れ、そこから林道歩きとなる予定だ。

[*この林道は現在「林道・本名室谷線」と呼ばれているらしい。]
新潟側通行止めの看板  左下の霧来沢の清流に目をやりながら低速で進んで行くと、やがて昔の三条集落跡を過ぎる。以前は学校の分校のような建物があったのだが、今回建物は見えなかった。

 そこを過ぎると右に小鍋又林道が分岐する地点があり、左側に全面通行止めの看板が設置されていた。

 一瞬、アレっと思って看板の表示を確かめると、「県境より15km先」となっている。看板は地元の金山町ではなく、新潟県の津川警察署と阿賀町役場が設置したものだった。つまり、この林道は現在県境を越えた新潟側で全面通行止めになっているようだ。

林道分岐、左下へ  そこから車をさらにトロトロ走らせ、斜めに排水用の溝があるコンクリート橋を通って行くと、やがて道標が立つ林道の分岐地点に着く。直進すれば、御神楽岳の登山口(三条口)となる。

 ここは左下の「幻の滝・峰越林道」方面に進む。すぐに日尊倉橋で霧来沢を渡り、大石田沢左岸の道に入る。この林道は部分的に簡易舗装されている。しかし相変わらず道幅は狭く、未舗装となるとたちまちゴツゴツした悪路となった。そのうちに大石田沢から離れ植林地の斜面を北へジグザグに登るようになる。

 しばらくはガタガタ揺られながら超低速で高度を稼いで行くと、今度は山腹を西へ進むようになった。ねくらハイカーはこのあたりから右(北)に御神楽岳の雄姿が拝めるだろうと期待していたのだが、今日は生憎ガスが厚くかかって展望がない。

 本日の会津地方の天気予報は曇りということなので、まぁ、これも仕方ない。そのうち晴れてくればいいなぁと思いながら林道を南西に進む。
金山町設置の通行止めゲート(2008年7月現在)  このあたりから林道は砂利道の走りやすい路面になってきた。さらに西へ進むようになると、やがて金山町が設置した通行止め地点*に着く。

 林道はカラーコーンと樹脂製のバーで組まれた簡易式のバリケードで塞がれている。バリケードは簡単に動かせるので、その先に車の乗り入れはできる。しかし、ここは道路状況がどうなっているのかわからないので、予定通り手前の広い路肩部分に駐車して本日の出発地点とする。

[*この地点は、地形図の県境1161m標高点から真東に位置する林道上で、役場の担当者のお話では、新潟県境から2kmほど手前とのこと。]

ガスが取れて日が差してきた林道  駐車地点はガスっていたが、準備をして歩き出す頃になると、いくらかガスが取れて東から朝日が差してきた。気温はまだ20℃くらいだが、盛夏ということで、日が当たり出すと急激に上昇する。

 さっそくバリケードを跨いで林道を西へ進む。路面は至って良好だ。何で通行止めになっているのか理由がわからない。

 このあたりは標高が1000mほどで、林道沿いには樹木や夏草が鬱蒼と茂っていた。道端に目をやると山野草の花々が沢山見られる。特にオニシモツケの白い花が多い。その他にヨツバヒヨドリ・ヤマアジサイ・ヒメジオンなどの花も咲いている。それからツキミソウのような花もチラホラ見えた。

林道から南西方向に貉ヶ森山  林道のカーブを曲がって行くと、南西方向の樹間に山並みが見えた。ネットの画像で見覚えがある。本日めざすところの貉ヶ森山だ。

 以前読んだ山岳エッセイには、この山は福島側から見て南の山頂ピークが貉の頭、北の1300mピークが貉の尻に見えるそうだ。そう云われれば、そう見えなくはないが、山名の由来についてはわからない*。

[*江戸時代に編纂された『新編会津風土記』によると、この山は昔は「猩々森山」と表記されていたらしい。のちに「猩」の字が「狸」に誤記されて「狸ヶ森山」と書かれるようになる。さらに「狸(タヌキ)」が穴熊の一種のムジナと混同され、「ムジナ」と読まれるようになり、終いには「貉(ムジナ)」の字が宛てられ「貉ヶ森山」と表記されるようになったということだ。しかし、これとは逆に、元々「ムジナガ森」と呼ばれていた山が「狸ヶ森」と表記されるようになり、さらに「猩々森」と誤記され、昔の文献に記載されたとする説もある。]

林道から北西方向に県境1240P[主三角点ピーク]  さらに林道を曲がって進んで行くと、北西方向になだらかな三角峰が見えてきた。地形図を参照すると、どうも日尊の倉山の南東側にあるピーク*らしい。ということは、林道から西側に見える山尾根が会越国境の稜線ということだ。

[*地形図の等高線で1240mのピーク。ネットの記録では主三角点の標石があるとのこと。]

林道上の倒木の跡あり(すでに整地済み)  朝日がギラギラ当たる林道をいくらか南寄りに進んで行くと、傍らに倒木の残骸が見えた。もしかすると、この倒木が道を塞いで通行止めとなっていたのかもしれない…。

 しかし、倒木は伐られて片付けられていた。倒れた跡の地面は整地され、タイヤの跡も見える。ということは、林道は現在通行可能らしい。

 ねくらハイカーは通行止めのバリケードからすでに20分ほど歩いてきているので、ここから駐車地点に引き返しても仕方がない。そのまま徒歩で県境へ進む。

南方向に雲海めいた靄あり 林道から貉ヶ森山[小ズーム画像]  そのあたりの林道沿いから南方向を眺めると、尾根と尾根の間に雲海めいた靄がかかっている。このまま晴れ上がれば展望のある山歩きができそうだ。

 さらに林道を進んで行くと、貉ヶ森山方面の山並みが近くに見えるようになった。林道沿いの樹林帯からは小鳥の囀りと蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。まさに夏本番という雰囲気が漂っている。

県境付近の林道に石碑や看板のある広場あり(塩ノ倉峠・日尊倉峠)  適度に見晴らしのある林道をてくてく歩きヘアピンカーブを曲がって行くと、やがて「会越街道開通記念碑」の石碑がある広場に着く。

 ここが「塩ノ倉峠*」と呼ばれる新潟との県境らしい。石碑の裏には昭和57年10月の日付が見えた。林道が昭和57年(1982年)に開通したということで、それ以来この県境付近から貉ヶ森山や日尊の倉山へ登られるようになったというわけだ。

[*標高は地形図の等高線で1130mほど。林道ツーリングの方のサイトには標高1135mとある。この峠は他に「日尊倉峠」とも呼ばれているらしい。]

県境広場から新潟側、手前にバリケード・看板あり(2008年7月現在)  この峠の広場には記念碑以外に地元の森林管理署が設置した案内板や水源かん養保安林の看板などもある。それから南側の斜面に丸太形の県境を示す道標が立っていた。それには本名まで18.5キロメートル、室谷まで22キロメートルと林道の距離数が書かれている。道標の側にはコンクリート製の祠が見えた。峠ということで形式的に置かれたものらしい。

 林道は県境の広場からさらに新潟側へつづいているが、手前には通行止めの簡易バリケードが置かれていた。傍らには、小鍋又林道の分岐付近に置かれていたものと同じ通行止めの看板がある。しかし通行止めとはいうものの、バリケードの右側が開いているので、バイクや軽トラならバリケードを動かすことなく新潟側へ進入できる。

貉ヶ森山県境登山口(新潟側県境付近)、赤布あり  さて、この峠地点から南方の貉ヶ森山をめざすことにする。ネットの記録には峠から登山道があるということなので、ひとまず祠付近を探してみたが踏跡はなかった。

 仕方ないので、林道に降りて南側の斜面をジロジロ眺めながら新潟側に進んで行くと、通行止めのバリケードから10mほどのところに小さな赤布が見えた。ここが登山道の入口か…?

 そこで、赤布地点からちょっとヤブめいた感じの樹林帯に入ってみると、刈り払いされたような踏跡が奥へつづいていた。やはり、ここが貉ヶ森への登山口だ。

県境尾根付近の登山道  そこからは笹ヤブがある広葉樹の樹林帯を進む。この登山道は赤土が露出している部分が見えるので、相当歩かれている感じがする。前日に雨が降ったようで、道筋に溜まった落ち葉はしっとり湿っていた。登山道沿いには胸丈から腰丈ほどの笹が茂っていてシダ類も結構生えている。

 南方向へ少し登ると、アングル材の標杭が立つ地点に着く。雨量観測所*への分岐らしい。別に急いでいないので、寄り道する。

[*東北電力の「貉ヶ森観測所」]

貉ヶ森観測所 観測所から貉ヶ森山方面  標杭から左へ進むと、分厚いコンクリートの基礎の上に観測装置が置かれているのが目に入る。冬場の積雪量が多いということで、観測所にはこのような頑丈な基礎部分が必要ということらしい。

 観測所の周囲はヤブが刈り払われているので、多少見晴らしがある。南方向に貉ヶ森の山頂部が見えた。

ブナが多い広葉樹の樹林帯  小休後、標杭地点まで戻り、登山道を南へ進む。登山道沿いには古い倒木もあり部分的に胸丈ほどの笹が被っている。しかし、赤布やビニール紐等の先人の目印があるので安心して歩ける。

 このあたりの広葉樹主体の雑木林にはブナが多い。さすがに東北の森だ。盛夏ということで、周りの樹林から蝉の声がジージー喧しいくらいに聞こえてくる。上空はすっかり晴れ上がって気温も上がっている感じだが、日陰になったブナの森はひんやりとして涼しい。木陰に生えているサンカヨウにはすでに紫色の実が付いていた。

 尾根沿いの登山道はやがて倒木や苔むした岩などがある笹と灌木のヤブに入る。ここは微かな踏み跡を辿って南または南西方向へ登る。

途中の尾根地点から貉ヶ森山頂部  一時的に背丈以上のネマガリダケが茂ったところを掻き分け掻き分け登って行くと、一箇所見通しのある尾根地点に出る。その地点から南方向に間近になった貉ヶ森山の山頂部が見えた。

 登り出してあっという間に山頂に近づいた感じだ。やはりこの県境尾根が山頂への最短ルートになっているわけだ。

 そこからは尾根筋の樹林帯をいくらか南西寄りに登る。一時的に背丈ほどの笹が被ったところを掻き分けながら進む。

新潟側登山道分岐、右(西)に刈り払い道あり  そこを過ぎると、歩きやすい低木の樹林帯の道となり、やがて赤布の目印が付いた地点に着く。

 この赤布地点から右(西)方向に刈り払いされた道が分岐していた。多分、これが新潟側の登山口*から来ている道だろう。


[*いつの頃か不明だが、新潟側の林道沿いから貉ヶ森山の山頂へ登山道が切り開かれたらしい。]

西南西方向、中段に県境尾根、左後方に守門岳 1300Pから南西方向に雲河曽根山、右後方に浅草岳  そこから明瞭な登山道を南西に登って行くと、見晴らしのある地点に出る。貉ヶ森山の北東側にある1300mピークだ。

 そこからは南東方向に貉ヶ森の山頂部が樹間越しに見え、南西方向には雲河曽根山(うんがそねやま)も見えた。雲河曽根山の右には会越国境の山尾根がつづき、その遥か後方には浅草岳や守門岳方面の稜線が確認できる。

1300P南東側の下りから貉ヶ森山  また、西から北方向にはいくらか雲がかかった川内山塊の山並みが見渡せた。季節は夏ということで、遠方は少し霞んでいる。

 それから、ここでようやく御神楽岳がチラリと見えた。しかし、北側の灌木が邪魔してよく見えない。一息入れて尾根筋を南東寄りに進む。

途中の展望地から日尊の倉山・御神楽岳(右後方)  笹や灌木が茂る県境尾根には刈り払い道が通っている。少しヤブめいた感じの樹林帯を潜り抜けて行くと、左側の斜面が崩れて赤土が露出した地点に出る。

 そこからは北側に素晴らしい展望が広がっていた。日尊の倉山の後方には雄大な御神楽岳の姿を望むことができる。また、歩いてきた福島側の林道も見渡せた。

 ここでまた一息ついて北側をじっくり眺める。

御神楽岳南側に県境尾根の大岩壁あり[ズーム画像]  特に御神楽岳南側にある県境尾根のスラブ状の大岩壁*は見事だ。


[*冬場の積雪が多い北陸・上越および東北の山や谷に見られる独特な雪食地形で、「アバランチ・シュート(avalanche chute)」と呼ばれる岩肌。特に雪崩が削り出す樋状の凹面岩壁は急峻で素晴らしい景観を呈する。]

貉ヶ森山山頂 貉ヶ森山一等三角点の標石  小休後さらに南方へ進む。最近倒れた倒木をひとつ乗り越えて尾根筋を登って行くと、周りの笹が刈り払われて標石が埋設された地点に出る。貉ヶ森山の山頂(1315m)だ。標石には「一等」と刻まれているので、一等三角点だ。

 それにしても、林道沿いから短時間で登れる一等三角点の山に山名板の標識が1枚も付けられていないのだから、何とも東北の山らしい。関東の一等三角点の山なら、4、5枚ほどの標識がべたべた付けられてしまうだろう。ねくらハイカーには、この素朴さがたまらなくいい。

貉ヶ森山頂から北東方向、御神楽岳〜笠倉山  さて、貉ヶ森山の山頂というわけだが、この三角点付近は夏場は笹や灌木類が茂っているので眺めはよくない。北側の樹間に御神楽岳や本名御神楽そして笠倉山の鋭峰が見える程度。南東方向に多少展望があるが、今日は博士・志津倉方面は分厚い雲に覆われてほとんど見えない。

 夏の日差しがモロに当たるので気温は26℃に上がっていた。西寄りの微風が吹いているようでいくらか涼しい。アキアカネもチラホラ飛んでいる。のどかな感じの山頂だ。

 ところで、刈り払いされた登山道はこの貉ヶ森山の三角点で終了していた。山頂から南側は鬱蒼と茂るヤブ尾根となっている。休憩しながらヤブ尾根を10mほど南へ進んでみる。笹や灌木類を掻き分けて行くと、尾根上に微かな踏跡が確認できた。やはり会越国境の尾根ということで、縦走する人がいるようだ。

 今日はまだ日尊の倉山を登る予定なので、休憩後往路を戻る。途中の展望がある赤土の崩落地で立ち止まり、御神楽岳方面を眺めた。どうも、夏場はここが貉ヶ森山の展望地になっているのかもしれない。

 空気が澄んだ季節なら、御神楽岳の遥か後方に飯豊連峰の稜線も見えることだろう。今日は北側の地平線スレスレに夏雲が湧き出していてまったく見えない。ねくらハイカーは御神楽岳の眺めだけで十分満足ということで、展望地を後にする。
登山道を覆う灌木林 1300P南東側の尾根から東方向、大石田沢の谷  途中、登山道沿いの灌木に熟したクロマメノキの実が見えた。ブルーベリーの原種ということなので、2、3個つまんで口に入れると酸味の利いた野性的な味がした。疲れた体にはこの酸味が心地よい。思わずさらに5、6個摘んでムシャムシャやる。完熟しているので甘みもあり結構イケる。

 1300mピーク手前の尾根から東方向の大石田沢の谷あいに目をやると、荒々しいスラブ状の峡谷が見えた。林道が開通する前は、残雪期に大石田沢から貉ヶ森に登られたということだ。昔の登攀者は険しいところを登ったものだ。ハイカー風情にはとても想像できない。

1300P付近から北西方向、遠く川内山塊の山並み  展望がある1300mピーク付近でもひと息入れる。先ほど雲がかかっていた川内山塊の稜線も雲が取れて多少見通しがきく。

 気まぐれにラジオをつけてみると、ちょうど新潟の天気予報が流れた。それによると、今日は午後から山沿いで雷雨があるとのこと。今日はまだ日尊の倉を登るので、早々に1300mピークを後にして北へ下る。

新潟側登山道分岐、西へ分岐道あり  赤布の目印地点からは左(西)の刈り払いされた道に入り、新潟側の山腹を下る。

 県境尾根のルートは人が長年歩いて自然にできた道だが、こちらのルートは刈り払い作業によって切り開かれた登山道ということで、明瞭な道形が確認できる。誰が切り開いたのか不明だが、ヤブを掻き分けることなく歩けるのでまことに有難い。

新潟側の登山道  登山道は笹が茂る静寂なブナ林を北西方向に下っている。新潟側の斜面は福島側と違って天然林っぽい感じのブナ林が残っている。長い間伐採されていないのかもしれない。

 登山道はそのうちに日陰の樹林帯を西へ向かうようになった。赤土の道にはぬかるみが多くなり、水たまりも見える。

 どうも、このあたりは降雨時に雨水の排水路になっているようだ。落ち葉の下の赤土は樋状に抉れていた。

ヤブ林に入ると、前方に林道あり[登山道出口付近] 林道側から貉ヶ森山新潟側登山口、赤布あり  登山道を下って行くと、急に笹ヤブが深くなってきた。そのうち踏跡が消え一瞬ヤブめいた樹林に入ると、目の前に林道が見えた。そこで2、3歩進んでヤブ林を抜けると、広い路肩部分がある林道に出た。県境から来ている林道だ。

 今まで歩いてきた登山道を振り返ると、入口の樹木に小さな赤布が付けられているだけで標識類は一切なかった。それにしても恐ろしく地味な感じの登山口*だ。入口が刈り払いされておらずヤブ林となっている。夏場ということで、ヤブが深く見えるのかも知れないが、何か故意に登山道の入口がカモフラージュされている感じがする。
[*ネットで拝見した地図によると、地形図の1142m標高点の東側にあたる林道地点。]
登山口付近の林道、西側に待避所のようなスペースあり  新潟側の登山口から林道を北東へ進む。林道は細かい砂利が撒かれ車の走行に最適な路面となっていた。しかし、新潟側が通行止めになっているせいか車のタイヤ跡はない。一部雨水が流れて抉られたような箇所もあるが、車の走行には問題ない。バイクなら山岳ツーリングが楽しめそうな林道となっている。

 このあたりは日陰が多いので、暑さを避けるようにアキアカネが群れで飛んでいた。やはり東北の山ということで、トンボの数も多い。

 林道沿いには福島側と同じように夏草が生い茂っているが、山腹の樹林帯がすべてブナ主体の広葉樹となっている。新緑や紅葉の頃はさぞかし素晴らしい景観となるだろう。

新潟側の林道から日尊の倉山方面  途中、林道のカーブ付近から北側に日尊の倉山*が見えた。こちらの山も林道から近いので、短時間で登れそうだ。

[*日尊の倉山の山名については、古い山名辞典に「檜曾倉山」とも表記されていたので、何かヒノキかシラビソの角材に関係する名称かと推測していたが、このあたりに天然のヒノキやシラビソは少ないようで関係なさそうだ。後日参照した新潟の篤志家の山岳文集によると、この「日尊」とは「ヒド」、つまり「樋」のことで、窪地になった地形を意味するとのこと。どうも、本名御神楽と貉ヶ森との間にそのような地形があり、その地形の上部に位置する1262mピークにその名前が付けられたということだ。]

再び県境の峠(塩ノ倉峠・日尊倉峠)  林道を進み県境の峠地点に戻る。今度はそこから北東側のヤブ尾根に登る。

 適当に開通記念碑と水源かん養林の看板の中間あたりのヤブ林に入ってみると、微かな踏み跡が奥につづいていた。付近の樹木には色の褪せたペンキマークが見える。それから赤布も付けられていた。

 この微かな踏跡が日尊の倉への道らしい。しかし、周囲は笹と灌木類のヤブとなっているので、貉ヶ森の登山道のように明瞭ではない。

斜面に沿って微かな踏跡あり  踏み跡を少し進むと、傍らのブナの幹に古い爪痕のようなものが見えた。一瞬これは黒いヤツの仕業かと思ったが、よく見ると真横の水平方向にも何本か付いている。もしかすると、人が目印として付けた切り付けかもしれない。関東在住の凡人ハイカーには切り付けか爪痕かイマイチ判別できない。

 しかし、このあたりは広大なブナ林に覆われているので、黒いヤツが生息しているのは確実だ。そこからは喧しく鈴を鳴らしながら進む。

 峠からつづく登山道は県境の尾根沿いではなく、新潟側の斜面に付いている。倒木などもあるが、ブナ主体の明るい樹林帯となっているので気分よく歩ける。

県境1161P付近  ブナ林はいくらか風も通る。膝丈から腰丈ほどの笹が被った道を登って行くと、やがて尾根のピーク付近を過ぎる。多分1161mの標高点付近だろう。

 登山道は、ここから先も県境の尾根筋ではなく、新潟側を通っていた。福島側は笹が密生しているようなので、歩きやすい新潟側の樹林帯に道がつくられたようだ。

北側の樹間に日尊の倉山山頂部[ズーム画像]  1161mピークからは新潟側の斜面をトラバース気味に進む。登山道は県境の尾根から離れてくると、途中から東へ登り返して再び県境尾根に近づく。しかし、道はまたすぐに北へトラバース気味に付いている。

 このあたりで登山道を辿って行くと、前方の笹ヤブに古い倒木があった。そこでそのまま倒木に乗って水平方向に進んでみた。すると、倒木の先で突然道が消えてしまった。アレ?っと思って、倒木手前まで戻り登山道を探すと、倒木から右上の斜面に踏跡が付いていた。

 これは帰りに間違えやすいところなので、自分用に小さなテープを付ける。ねくらハイカーは何でもない簡単なところを迷ってしまうので、これも致し方ない。

登山道に沿って尾根(県境)に登り返して行く 登りついた尾根地点[主三角点ピーク(1240P)]から御神楽・笠倉方面  新潟側の山腹の斜面をトラバースしたり直登したりしながら北寄りに進む。そのうちに傾斜が急になってきた。ヘタレハイカーはたちまちピッチが落ちる。

 それでもどうにか登山道の踏み跡をコツコツ忠実に辿って行くと、やがて笹刈りされた尾根地点に出た。そこからはいくらか福島側に見晴らしがあって、北東方向に御神楽岳や笠倉山の山並みが望める。

日尊の倉山南東側ピーク(1240P)にある主三角点の標石  アレ、ここが日尊の倉山の山頂か…?そこで周りを見回すと、足元近くに苔むした標石があった。標石の側面には「主三…」の刻字が見える。

 ということは、この地点は日尊の倉山の南東にある主三角点ピーク*だ。この主三角点についてはすでにネットの記録で知っていたので、ここからさらに北西側にある日尊の倉の山頂をめざす。

[*地形図の等高線で1240mほど。福島側の林道からこのピークが日尊の倉の山頂っぽく見える。]

尾根近くの新潟側を通る登山道  先ほどから上空はどんより曇ってしまった。雷雨にならなければいいなと願いながら進む。主三角点から試しに県境のヤブ尾根を北西方向へ進んでみた。尾根筋にはまったく踏跡はなく、2m以上のネマガリダケが密生している。笹ヤブを漕いで5mほど進むと、ツタ類が絡みだして鉈を使わないと前に進めなくなる。即座に尾根筋を諦めて新潟側の樹林帯に下る。

 すると、尾根から2、3m下に水平道が通っていた。日尊の倉山へつづく登山道らしい。そこから再び県境尾根近くの新潟側に付けられた道を北西に進む。

 このあたりの樹木は、冬場の積雪の影響で細い枝や幹が横向きになっているものが多い。そこで、横向きの枝や幹を跨いで進むということで、体力の衰えたヘタレハイカーには少々歩きづらい。

日尊の倉山山頂、三等三角点の標石あり  尾根近くの踏跡を辿ってしばらく雑木林の緩い斜面を登って行くと、右側に一部刈り払いされたようなところが見えた。踏跡はさらに北西方向へ付いている。

 何かあるのかと、尾根付近に上がって行くと、刈り払いされた中心部に標石が見えた。近づいて確かめると、三等三角点の標石だった。つまり、ここが日尊の倉山の山頂(1262m)だ。

 この山頂にも標石以外に標識類は一切ない。この山も結構登られているはずなのに、標識類は付けられていない。ねくらハイカーはこの寂れた感じが好きだ。

日尊の倉山頂付近東側の樹間から御神楽岳方面[小ズーム画像]  日尊の倉山の山頂は樹林に覆われているので、展望はほとんどない。ここまで来て標石を眺めるだけでは面白味がないので、御神楽岳を眺めようと標石から東の福島側の斜面に下ってみる。

 5mほど下ると、北側の樹木の枝越しに何とか御神楽岳が見えた。しかし、雲が出て日差しがないのでぼんやり霞んでいる。展望はこれくらいで我慢するしかない。

 この日尊の倉山の山頂付近から踏跡はさらに北西へつづいている。やはりこの踏跡は県境尾根を縦走する道らしい。地図の県境線はこの三角点から北東に向きを変えるのだが、実際の縦走路はいくらか新潟側の斜面に巻いていく感じだ。日帰りハイカーはこれ以上進んでも仕方がないので、休憩後往路を戻る。

日尊の倉山山頂部、新潟側のブナ林  上空を眺めると、結構雲が厚く覆っている。下手すると一雨あるかもしれない。足取りも自然と速くなる。

 途中の主三角点ピーク(1240m峰)付近をいつの間にか通り過ぎ、微かな踏み跡を辿ってどんどん下る。自分で付けた目印もあるので、ルートミスもなく快調に下ることができた。

林道が通る峠(塩ノ倉峠・日尊倉峠)  あっという間に1161mピーク付近を通り抜け、南西方向にバンバン下ると、前方の樹間に貉ヶ森の山並みも見えてきた。さらに平坦なヤブ尾根を進むと、間もなくバリケードのある林道の峠地点に出た。

 時計を見ると、日尊の倉山の山頂から30分ちょっとで下っていた。しかしよく考えてみれば、距離も少なく標高差130mほどの下りなので、当然といえば当然のタイムだ。

福島側の林道を東へ  峠からは福島側の林道をダラダラ下る。雲は厚くかかっているが、雷雨はなさそうだ。南東方向に見える博士・志津倉方面の山影をぼんやり眺めながら林道をゆるゆる歩き、朝の駐車地点に戻る。

 今日は以前から登りたかった貉ヶ森や日尊の倉に登ったわけだが、林道からこんなに簡単に登れるとは考えていなかったので、ちょっと拍子抜けした感じだ。しかしまぁ、ねくらハイカーには縁遠い会越国境の山に登ったということでヨシとする。


日程2008年7月31日 (木)
天候晴れのち曇り 西寄りの微風
行程時刻林道駐車地点(福島側)7:33→(林道を西へ)→県境広場(塩ノ倉峠・県境登山口)8:05〜8:24→(登山道を南へ)→雨量観測所分岐8:29→(左へ)→貉ヶ森観測所8:30〜8:35→(戻り)→観測所分岐8:35→(南へ)→ヤブ尾根見晴らし地点8:59〜9:00→(南西へ)→新潟側登山道分岐9:13〜9:15→1300P(展望地)9:17〜9:22→(南東へ)→展望地9:24〜9:34→貉ヶ森山9:38〜10:00→(戻り、北西へ)→展望地10:02〜10:04→1300P 10:09〜10:14→(北へ)→新潟側登山道分岐10:15→(刈り払い道を北西へ)→(西へ)→新潟側登山口10:33〜10:35→(林道を北東へ)→県境広場(塩ノ倉峠)10:56〜10:59→(登山道を北東へ)→1161P付近11:06〜11:08→(北または北東へ)→1240P(主三角点ピーク)11:34〜11:37→(北西へ)→日尊の倉山11:52〜12:08→(戻り、南東へ)→1240P ?:?→(南または南西へ)→1161P付近12:33→県境広場(塩ノ倉峠)12:40〜12:45→(林道を東へ)→駐車地点13:15
備考♦この記録はHP「福島の山 浪漫紀行」・「新潟からの山旅」・「ようこそ越後の山々へ」・「会津名山案内」等の記録および「福島登高会」の記録を拝見し、参考にさせていただきました。山名などについては、藤島玄 著『越後の山旅』(富士波出版社刊)および上村幹雄 編著『片雲往来 PARTV(第ニ部)−阿賀南の山々−』に拠っています。
♦この県境を越える林道の名称は、現在の呼び名に従って「本名室谷林道」とすべきところですが、ねくらハイカーには昔の呼び名の方がしっくりするので「本名津川林道」としました。別に深い意味はありません。

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