三峰山(鍋山)お参りハイク



 ねくらハイカーは2年ほど前に栃木県の岩船町でアルバイトをしていたことがある。そのとき車で国道50号を通っていたのだが、佐野市の三毳山の手前あたりから北方向に孤立峰のような面白い形をした山が見えた。あの山は一体なんという名前の山なのだろうかと興味を持ち、地図などを見てみたが特定できなかった。

 そして、先月金原山北西の岩峰尾根を歩いたとき、標高490mの破線終点ピークから東方向にその特徴的な山がよく見えた。後日ネットで他の方の記録を見ると、その山は栃木市と旧粟野町*の境に聳える「三峰山」だということがわかった。

(*粟野町は平成18年1月1日に鹿沼市へ編入合併になりました。)
 関東で「三峰山」というと特に有名なのは神社のある秩父の三峰山だが、この名前の山は日本各地に沢山あり、御岳信仰の修験道と関係のある山らしい。ネットで調べてみると、ここの三峰山も結構有名なようで沢山の記録があった。そして、この山は某旅行会が早春のセツブンソウ見学とのセットでハイキングのツアーに組んでいることもあり、訪れる人が多いようだ。また、栃木県の山のガイドブック等にもこの山のハイキングコースが紹介されているとのことだ。

 三峰山は南方からは、ねくらハイカーが国道50号沿いから見たのと同じように、鍋を逆さに伏せたように見えるので、栃木市方面では「鍋山」と呼ばれているそうだ。それに対して、北側の旧粟野町下永野からは峰がいくつか連なって見えるので「三峰山」と呼ばれているとのことだ。それから古い時代にこの北東側の麓に修験道の神社が創建され、この山の山腹や尾根沿いに修験者の修行のための参道つくられたらしい。

 一般にはこの山を「栃木三峰山」とか「安蘇三峰山」とか呼んで他の三峰山と区別しているようだが、栃木市近辺の方々は地区の名前を入れて「永野三峰山」・「星野三峰山」とも呼んでいるらしい。また、御岳信仰の修験道の山として「永野御嶽山」・「星野御嶽山」などとも呼ばれるようだ。
栃木市梅沢町付近から三峰山(鍋山)方面  ねくらハイカーが住む北関東の平野部は1月になっても小雪がいくらか降った程度で、近くに見える里山にはほとんど積雪がない。そこで、まだ雪のない快適な山歩きが出来るだろうと2月の節分の日に出かけてみた。

 この三峰山もねくらハイカーにとっては近くの里山なので、朝はラッシュを避け遅めに家を出た。旧葛生町から国道293号を通り、永野川手前で道幅の狭い旧道に入ってみる。しかし、旧道も相変わらず石灰岩や土砂を運搬するダンプの通行量が多い。

 途中、梅沢町の郵便局付近に車を止め、北西に見える三峰山の写真を撮ってみる。やはり鍋を伏せたような特徴的な山容をしている。地元の方には何でもない景色だろうが、よそ者のねくらハイカーには興味をそそる形に見える。

御嶽神社入口の石碑、前方右に奥の院がある山並み  再び車を走らせ出流方面への分岐を左に見て直進し、新道の栃木粕尾線に合流する。少し走ると左側の山裾に「四季の森」の看板が見える。

 今年は例年になく寒かったので、セツブンソウはまだのようだ。木々にはまだ黄色のロウバイの花が咲いているのが見えた。

 そこを通り過ぎると、すぐ左側に三峰山の登り口となる御嶽神社入口の石碑が見える。

御嶽神社里宮、後方左に永野御嶽山(権現山)、右に奥の院がある山並み  その地点を左へ曲がって永野川に架かる細い倉本橋を渡る。少し行くと左に神社の建物が見えるので、左折するとすぐに御嶽山神社正面に着く。左(南)側に広い駐車場があるので、そこへ駐車させてもらって三峰山へ登ることにする。

 ネットの記録ではこの神社の里宮から正面西方に見える山の奥の院に参拝し、そこから旧葛生町の飛地沿いの山尾根を南東へ辿り、三角点のある三峰山に登るのが一般的だ。しかし、今日は山歩きを主体にしようと考えてきたので、まずは南方にある三角点ピークの三峰山(鍋山)をめざすことにする。

登山道の参道がある林道  山の斜面を見ると積雪はないようだし、ネットの記録では長くても3、4時間で周回出来るということなので、今日はザックは持たずに飲み物とデジカメを持って空身で歩くことにした。

 駐車場の南側にスギの植林地へ入る細い林道が見えるので、この道が三峰山への直登コースらしい。

 とりあえず南西方向へ歩き出す。林道は2、3日前に降った雨で湿っていたが、雪はないので歩きやすい。

山ノ神の祠(?) 林道沿いの道標  今年は北関東の平野部では雪があまり降らなかったので、2月上旬でも里山にはほとんど積雪がなくて快適に山歩きが出来る感じだ。去年だったら無理だろう。

 スギ林の中の林道を歩いて行くと、右側に新しい白木づくりの祠が見えた。鳥居もあるので何かの神が奉られているようだが、文字の表示がないので一体何を奉ったものかわからない。山ノ神を奉ったものだろうか。とにかく帽子を取り、今日一日の安全を祈願して林道を右方向へ進む。左側に「三山参道」の道標が見えるので、この林道を進めば修験者が歩く参道コースがあるらしい。

林道の二又地点 鍾乳洞への案内図の看板  少し行くと林道が二又になってしまった。そばに旧粟野町が設置した「浅間神社鍾乳洞」へ行く案内図の看板があり、それによるとどちらへ進んでも上で合流するようだ。左側の道にマジックで×印が書かれているが、よくわからないので太線の左側を行くことにする。

 この案内図には現在地から鍾乳洞まで「これより30分」となっているが、「30分」の右側に「ではムリ」とマジックで添え書きされていた。ここを上り下りしてきたハイカーが書いたものだろう。まぁ、修験者用の行程タイムということだろうか。

沢筋に間伐材の捨て場 涸れ沢沿いの参道  林道を左へ辿ると、すぐに林道の開削は終わり涸れ沢沿いの道になる。薄暗い沢沿いの道には「三山参道」の道標があるが、たちまちヤブっぽくなってしまった。どうも最近歩かれていないらしい。

 少し登ると、沢筋は倒木と間伐材の捨て場になっていて、参道の踏跡が辿れなくなってしまった。ここで、二又地点の案内図に書かれていた×印の意味がわかった。つまり、左側の太線の参道は廃道で、今では二又地点から右側の作業道が歩かれているということだ。

作業林道終点、右斜面に登山道  仕方ないので、沢筋から右斜面を登り林道へ上がる。登りついた林道の合流地点が林道の終点で、そこから南方向を見ると、伐採された跡地にスギの幼木が植林されている斜面が見える。この修験道の山も今では大部分が植林地になっているようだ。

 参道は植林地手前から右の沢沿いを上がっていくらしい。登り口にある木の切り株に「登山道」と書かれた板が打ち付けられている。また、このあたりから道沿いにピンクのリボンが目印として付けられていた。

 沢沿いの急斜面を南西方向に登り、スギの植林帯へ入る。薄暗い感じだが、コースは参道らしく道沿いには石の祠などが見える。

参道から北東方向の斜面  しばらく薄暗い植林地の参道を登って行くと、また小さな祠があり、そばに先ほどと同じような案内図の看板が見えた。それによると浅間神社鍾乳洞まで「これより5分」と表示されている。しかし、先ほどのように「15分」とマジックで訂正書きされていた。

 そこから沢沿いを離れ左の斜面に登って行く。このスギの植林地は人の手が入っているらしく、丹念に枝打ちが行われているようで幹がビシッと真っ直ぐ上に伸びている。いかにも参道を守る御神木の森という感じだ。

 急斜面を登ると、また谷沿いの斜面を進むようになる。この斜面は湿った黒土なので滑りやすい。このコースを下る人が多いようだが、滑りやすいので下るのも結構大変だろう。

月山大神分岐地点  見通しのない斜面をダラダラ登って行くと、道標のある地点に着いた。道標のひとつは錆びていて読めないが、もうひとつには左を示し「三山参道」となっている。

 さらに道標のそばには石碑があり、それには「右 月山大神三山道」・「左 浅間神社道」と刻まれていた。つまり、この地点は月山大神と浅間神社との分岐地点ということで、修験者が辿る道の分岐のようだ。

 しかし、今ではここを右へ行く人はいないらしく、右方向に踏跡は見えない。

浅間神社への登り 浅間神社鍾乳洞入口  ここは一般コースの左上へ進む。すぐ上に梯子のようなものが見えるので、この上に浅間神社があるのだろう。

 コースは急斜面になっていて、緑色のロープや鎖やアルミの梯子などが設置されている。この斜面は相当歩かれているようで、滑りやすい。なるべく滑らないようなところを選んで斜面を登る。

 ようやく登りついたところに浅間神社の鍾乳洞があり、旧粟野町が設置した看板が見える。この鉄格子の扉の付いた鍾乳洞が浅間神社の御神体ということだ。

鍾乳洞から西へ  そこからまた滑りやすそうな岩溝を右(西)側へトラバースしてスギの植林地へ進む。ピンクのリボンが道沿いに表示されているので、薄暗い植林地でも安心して歩ける。

 湿った黒土の斜面はやはり滑りやすい。ダラダラ沢っぽい斜面を登って行くと、突然ゴーンと地響きのする音がした。この山の南西側で行われている石灰岩の採掘作業の発破の音らしい。どうもこの山は落ち着いて歩ける山ではないようだ。

倶利伽羅不動尊分岐地点 道標の案内板  そこからさらに植林地の斜面を登って行くと、先ほどと同じような鍾乳洞がある道標地点に着いた。扉は付いていないが倶利伽羅不動尊を奉った洞らしい。今日はランプ類がないので、入ることは出来ない。

 この地点には詳細でわかりやすい道標の案内板が設置されていた。それによると、ここから右に斜面を進むと三峰大神へ行くようだ。また、ここから左上に登って行けば山尾根コースで三角点ピークの三峰山へ行けるらしい。ここは主たる目的の三角点ピークをめざすので、左上に進路をとる。

尾根道T字路分岐地点  滑りやすい斜面を登って行くと、すぐに道標の案内板があるT字路のような尾根の鞍部に着く。正面には吉沢石灰工業が設置した鉱山内立入禁止の案内板も見える。

 それによると、採掘のための発破作業が行われる時間帯は11:40〜12:10と15:40〜16:10となっている。しかし、先ほどの発破の音は午前11時18分頃だった。まぁ、現場の作業ではこのような会社の決め事も厳密に遵守されていないということだろう。

境界沿いのロープに立入禁止の表示  そこから左へ尾根道を進む。少しヤブっぽいスギの植林地を南東方向へ登って行くと、右側にトラロープが張られて立入禁止になっていた。吉沢石灰工業が張ったロープのようだ。登山道のコースには「吉沢用地」と表示された標石が打ってあるので、この植林地も吉沢石灰工業が所有しているのかもしれない。この付近からは西側の採石場の重機の音がよく聞こえる。

 斜面を登りついた肩のような地点で右(南)へ曲がる。このあたりからが栃木市との境界だろう。その先で昔の作業道のような窪地のトレースを横断し、さらに次の尾根筋を左(南東)へ進む。樹間から右方向に実際に作業をしている車両が見えた。

植林地を行く登山道  そこから右側に張られた境界のロープ沿いを辿って行くと、道はやがて尾根筋から左斜面を巻いていくようになる。このあたりはスギ林の中にアズマネザサが繁茂していて多少ヤブっぽいが、踏跡はしっかりしているので何も問題はない。

 この登り道でラジオをつけて下ってくる男性ハイカーに会った。軽く挨拶してみたが、少し驚いたのか、ねくらハイカーがザックも背負わずに空身で歩いているのを、いかにも胡散臭いなぁという目つきをしてすれ違って行った。そういえば、神社の駐車場に貨物のライトバンが1台駐車していたので、その方が今三角点ピークに登っての帰りだろうか…。

三峰山(鍋山)山頂付近 三峰山(鍋山)山頂三角点  斜面から右の尾根筋へ登り返して行くと、右側に笹の刈り払われた場所があるのが見えた。そこで右側に踏跡を入って行くと、立木に山名板が打たれ、そばに石の祠と三角点の標石がある笹地に出た。

 ここが三峰山(鍋山)の頂上(605m)らしい。三峰山の山頂がこんなヤブの中にあるとは意外だった。こんなヤブの山頂でも訪れる人が多いらしく、周りに沢山の山名板が付けられている。

山頂西側から奥の院方面へつづく山尾根  山頂西側の境界沿いは山の斜面が削られて断崖状になっているので、ロープを越えて境界沿いに出てみる。そこからは、西側の採石場と北西の奥の院方面にのびる山尾根がよく見えた。

 秩父の武甲山ほどではないが、やはり採掘現場の山らしく殺伐とした風景をしている。この三峰山の山頂部西側から尾根沿いの南側が削られ、赤土の山肌が露出していて何とも痛々しい感じだ。

南方、アド山方面  また、南方向にはわずかにアド山の山影も何とか確認できる。まぁ、いずれは消えてしまう運命のピークなのかもしれない。

 石灰岩の採掘は明治以来の日本の近代化には必要不可欠のことだったのかもしれない。それにしても、ねくらハイカーは子供の頃見た葛生の緑の山並みが石灰岩や土砂の採掘のよってどんどん赤茶けた山肌に変わっていくのを見ているので、こういう現場を間近に見ると何とも忍びない気がする。

山頂南東部のアンテナ塔  山頂付近の踏跡を少し南東方向へ行ってみる。東側に張られたロープを越えるとすぐに踏跡は消え、枯れススキの空き地に出た。ススキのヤブの中に古い石の祠があり、そばにソーラーパネルが設置されたアンテナ塔の施設が見える。

 その先の南側は鬱蒼としたヤブの植林地になっていて、辿れる道はなさそうなので、ここで引き返すことにする。戻り際に西方向へ進んでみると、境界ロープが張られたスギの植林地にはヤブがなく快適に歩ける感じだ。三峰山(鍋山)は南方からはこちらの南西側の境界に沿って登られているのかもしれない。

T字路分岐地点から西側の山尾根  そこからまた踏跡を三角点への分岐地点まで戻り、アズマネザサの斜面を北東へ下る。採石場からは時折サイレンや発破の音が聞こえてくる。

 境界のトラロープ沿いを辿り、滑りやすい黒土の尾根道を下ると、先ほど倶利伽羅不動尊から登りついたT字路の鞍部に着いた。ここからは奥の院へ向かうので、植林地の斜面を北西に登る。

山尾根の境界沿いから三峰山(鍋山)三角点ピーク方面  さて、天候は先ほどから雲が多くなってきて、冷たい西風が吹き出した。天気予報では今日は夜になって強い寒気が関東地方に入るということだったが、どうも寒気が入るのが早まったらしい。

 途中、左側のアズマネザサの深い笹ヤブから境界の崖沿いに出て三峰山(鍋山)の三角点ピークの写真を撮ってみる。こちらから見ると、山頂部は西側が削られ南方から見たのと大分形が違う。

三峰大神(鎖道)分岐  そこから北方向へスギ林の斜面を登って行くと、道標の案内板がある地点に着いた。ここが三峰大神への鎖道と奥の院への尾根道との分岐地点のようだ。そして、いわゆるこのあたりの山を北側の神社から見て永野御嶽山と呼ぶらしい。

 この地点から北側は断崖状の急斜面になっていて、樹間から北東方向に谷倉山方面が見える。また、この急斜面の山腹にある三峰大神へ下る鎖道のルートがあるようだ。

権現岳(永野御嶽山)山頂付近  今日は山尾根歩きということなので、そこから尾根沿いを北西に進んでみる。すぐに境界ロープ沿いの立木付近に「権現山」*と書かれた山名板が置かれたピーク地点に着いた。

 ここが永野御嶽山のピーク、権現山の頂上(590m)ということだが、このまま尾根道を平凡に歩いても面白くはなさそうだ…。そこで、先ほどの分岐地点に引き返し、北側の急斜面を下ってみることにした。

(*この山に御嶽権現が勧請されたので、権現山と名付けられたらしい。)

急斜面の鎖道 下り途中で、下方向  北側は樹木は生えているが、断崖状の斜面だ。下り道には新しい鎖が付けられているので、それを補助にして下ることが出来る。鎖がないとこの道はとても下れないだろう。

 修験者の修行のためにわざわざこのような斜面に道を付けたのに違いない。多分、事故が起こるというのはこのあたりだろう。北側が絶壁のような感じに見えるので、高所恐怖症の人にはちょっとヤバイかもしれない。

月山様入口の道標 下ってきた鎖道に三山参道の道標あり  鎖を伝わりながらようやく「三山参道」の道標がある地点まで下りた。鎖道はここで終わっているようだ。そばに「月山様入口」の道標が見えるが、月山様というものがどこにあるのかわからない。

 その道標の東方向に石碑と洞穴のようなものが見えるので、トラバース気味にかすかな踏跡を辿る。

三峰大神の洞入口  近づいてよく見ると、この洞が三峰大神の御神体らしい。岩場を登って洞の入口を見ると、鉄の梯子がかけられている。今日は懐中電灯などのランプ類を持っていないので、どうもこの洞に入る気にはなれない。

 月山様はこの下の山腹にあるのだろうか…。ここをさらに下るにはザイルか補助ロープがないと無理だ。

岩の多い尾根筋 北東側から三峰大神分岐地点  今日は空身で歩いているので、多少スリルのある永野御嶽山の山腹歩きはこの辺でやめて上の分岐地点まで戻ることにする。同じ鎖道を辿っても面白くないので、三峰大神からさらに東へ進み尾根状の地点に出る。

 ここからさらに山腹を南東へ辿って行くと、あの倶利伽羅不動尊の洞のある分岐地点に出るようだ。倶利伽羅不動尊まで戻っても仕方ないので、この尾根地点から岩稜を西方向へ登ってみる。岩の多い尾根筋には木も生えているので、何とか岩伝いに歩けた。先ほどの岩壁まがいの鎖道よりずっと快適に辿れる。どうにか尾根筋を登りきり、5分ほどで先ほどの三峰大神分岐地点に戻った。

権現山下りから奥の院方面の山並み  ここからは一般の尾根道歩きということで再び権現山のピークに登り、さらに境界ロープが張られた尾根沿いを奥の院方面へ向かう。

 権現山の下りからこれから辿る山尾根が見えるが、すぐ前方の針葉樹の山が剣ヶ峰と呼ばれるピークらしいが定かではない…。

鞍部(八坂様入口分岐) 八坂様入口の道標  そこから左(南)側に境界ロープが張られた尾根道を下って行くと、笹の生えた鞍部に着いた。この地点には右(北)側に「八坂様入口」の道標があった。この鞍部から北側へ下った山腹に八坂大神、つまりスサノオノミコトを祀った洞があるようだが、今日は寄り道するのはやめておこう。

 またの機会ということで、そこから尾根道を西へ登る。天気は先ほどからうす曇りになり冷たい西風も吹いているので、午後になって気温がいくらか下がってきたようだ。

剣ヶ峰山頂付近  ロープに沿って尾根を登って行くと、岩が多いピーク付近に出た。このあたりが剣ヶ峰*のピーク(580m)だろうか。

 針葉樹が繁る岩場のピークから北西へ下り尾根道を進んで行くと、先ほどから左(南)側にずっと張られていた境界を示すトラロープがなくなった。採石場の境界区域を過ぎたようだ。

(*後日、ネットの記録を見るとこの剣ヶ峰には石の祠があるとのことだ。ねくらハイカーは祠を見落として通り過ぎてしまったらしい。)

巻き道分岐付近 590m峰ピーク付近  そこからミヤコザサと雑木林の小ピークを越えて西寄りに進み、さらにアカマツやヒノキ林の尾根筋を北方向へ下って行く。左側がスギ林、右側が雑木林の尾根道は、やがて面白味のないヒノキの植林地に入る。

 少し進むと、尾根筋から右に巻いて行く道の分岐地点がある。ここは尾根沿いを忠実に進んでみる。すぐに地図の等高線でいうと590mのピークに着く。ここには東西に作業道らしき尾根道が通っていた。この道を西へ辿れば寺坂峠の方へ行くらしい。ここは奥の院がある東方向へ進む。

奥の院(直進)・里宮(右)分岐  すぐに四角に仕切った石積みのある地点で、先ほどの巻き道と合流する。そこから尾根の南側をちょっと行くと、峠のような分岐地点に着いた。

 このまま尾根筋を直進すれば奥の院へ向かい、右に下れば神社の里宮へ行くようだ。

 ここはよく歩かれた尾根筋を下り気味に直進する。この尾根道も黒土で滑りやすい感じだ。滑らないように、落ち葉が残っている斜面沿いを歩く。

奥の院 奥の院から里宮方面  尾根道を北東へ進んで行くと、まもなく前方にコンクリート製の鳥居が見えた。ようやく見晴らしのある奥の院(560m)に着いたようだ。

 東には神社の里宮がある下永野や栃木市の星野地区の集落が見える。北には樹間から日光連山が見渡せるが、多少雲がかかっていた。

神話の神々の青銅像 奥の院から三峰山三角点ピーク方面  奥の院には『日本書紀』の神話でいうところの高天原の創世記の神々の立像が祀られている。左から神皇産霊尊(カムミムスヒノミコト)・天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)・高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)の青銅の像が南東にある三角点ピークの三峰山方面を向いて立っている。

 これらの立像を前にして、ねくらハイカーとしては「日本の繁栄と世界平和を祈願する」と言いたいところだが、小心者ゆえ自分のこの一年の健康を祈願して奥の院を後にした。

植林地の下り  尾根道を分岐地点まで戻り、そこから左(南西)へ下る。少し薄暗い感じの針葉樹の植林地を下って行くと、樹林の上の方から西風に煽られてか「ギイギイ」と木のきしむ音がいかにも物淋しく聞こえてくる。

 やがて作業道の分岐のような地点を左(北)へ下る。そこからひっそりとした植林地の谷沿いを北東方向へ下って行くと、前方左に谷倉山の山並みが見えた。

「御嶽大神御岩戸入口」付近  谷沿いから右岸の斜面に登り返して行くと、やがて岩場を進む道になった。それから崖っぽい尾根*を回り込み岩場を下ると、石碑や石の祠が群居する地点に出た。棚状の岩場には腰掛け用の縁台が置かれ、案内板の道標がある。

 よく見ると、ここは「三笠山」とか「阿留摩那山」への分岐地点らしい。そこから少し上の岩尾根には「御嶽大神御岩戸入口」の道標が見え、鎖道のコースがあるようだ。つまり、この岩尾根付近に修験者の御神体めぐりのルートがあるらしい。

 ねくらハイカーは世塵にまみれた俗物者なので、この御神体めぐりはちょっと不向きなのでやめておく。このあたりには他に「金毘羅大権現」・「秋葉山大権現」・「摩利支天尊」など沢山の石碑が見えるので、修験道に関わるさまざまな神々が祀られているようだ。

(*この尾根のピーク付近を「三笠山」というらしい。)

 そこから階段状になった岩場の参道を下る。参道沿いにある沢山の石祠群をお参りしながら谷沿いを下って行くと、この御嶽山神社を開山したという弘法大師を祀った小さなお堂があった。弘仁6年(815年)に開山されたということだが、実際はもう少し下った時代に弘法大師を尊崇する熊野系の修験者が開いたものだろう。「厄除弘法大師」ということなので、ここでも一年の無事を祈願する。

 そしてまた石祠群を見ながら階段状に積まれた石の参道を下る。途中、この谷沿いの参道にはイチョウの雌木が生えているらしく、石段に熟れた銀杏が沢山落ちているところを通った。つぶすと異臭を放つので、銀杏の実を踏まないように気をつけて石段を下る。下り道からは、また前方正面に谷倉山の稜線がよく見える。いつの間にか植林地の樹木はヒノキからスギに変わったようだ。
普寛堂  さらに階段状の道を下って行くと、鳥居のある新しい感じの建物が見える。弘法大師のお堂より大きくて立派な建物には、最近奉納されたらしい像が安置されていた。このお堂は御岳信仰の修験者、普寛行者(1731−1801)を祀ったものだということだ。

 普寛といえば、ねくらハイカーが歩いた山にはこの行者と縁のあるものが多い。木曾の御嶽山や秩父の三峰山はもちろんのこと、越後の八海山の屏風道や上州武尊山の旭小屋口のコースなども普寛やその弟子たちが開いた登山道のようだ。他にも普寛に関係する山は各地に沢山ある。ねくらハイカーが数年前に上野村の諏訪山に登ったときにも、楢原方面から橋の沢沿いを上がる登山道入口に新しい立派な普寛堂があるのを見た。今でもこの普寛を信奉する御嶽講のグループの活動が盛んなようだ。そして、この永野御嶽山もその御嶽講の修験者の修行の場になっているのだろう。とにかく、普寛やその弟子たちが開いた登山道はスリルのあるコースが多い。

 ねくらハイカーも最近体力知力の衰えがとみに目立つので、普寛にあやかりたく、ここで足腰の健康とボケ防止を祈願してみた。そして立派な鳥居をくぐり、スギ林の道を下る。

 そこからさらに小さい沢を渡り、沢の左岸を下って行くと、右側に手すりのあるコンクリートの階段と建物が見えた。階段を下って沢沿いに降りると、左手に建物があり、右手奥に不動明王が祀られたお堂があった。

 ここが清滝のようだ。右側に御手洗の水場があり、お堂には厳めしい表情の不動明王が鎮座している。ねくらハイカーはここでも改めて自分の健康と安全を祈願してみた。

 お堂の左側の沢筋には小さな滝が流れていて、修行者の垢離場となっている。ここで修験者は清滝に打たれ、水垢離の行をして俗世の塵埃を落とし修験道の修行に入るわけだ。この水垢離の支度場として別棟の建物が用意されているのだろう。
 そしてまた立派な鳥居をくぐってコンクリート階段を下り、沢の右岸沿いの参道を進む。やがてスギ林を抜けると、神社の祖霊殿の北側に出てくる。そこから石畳の参道へ進んで行くと、右手の上方に今日辿ってきた永野御嶽山、いわゆる権現山のピークが見えた。

 それから里宮の拝殿を抜けて石段を下り、神社本殿と社務所へ向かう参道に出る。本殿への参拝はまたの機会ということにして神社の出口へ進むと、南側に修験者の参道を示す古い案内板があった。その案内板に描かれた山並みが、上方に見える実際の山並みと一致しているように見えたのは意外だった。

 そこから神社の境内を出て南側の駐車場に戻る。時刻は午後3時半をまわっていた。今日はいろいろお参りしたのでちょっと時間を食ってしまったようだ。ザックを背負って歩けばもう少し面白い山歩きが出来たかもしれないが、まぁ、体力のないねくらハイカーにはこのくらいが妥当だろう。

 帰りは花でも見物しようかと考えたが、セツブンソウはまだ咲いていないようなので、永野川左岸の新道をそのまま栃木市方面へ走り家路についた。

日程2006年2月3日 (金)
天候晴れ時々曇り 午後から西風
行程時刻御嶽山神社駐車場10:20→(南側林道)→山ノ神10:25→二又地点10:30→(左)→(沢沿い、参道不通)→(右斜面に登る)→林道合流地点(林道終点)10:42→月山大神分岐の石碑地点10:57〜11:00→(左上)→浅間神社鍾乳洞11:05〜11:08→(西へ進み、谷沿いを登る)→倶利伽羅不動尊の洞(三峰山尾根コース・三峰大神鎖道コース分岐)11:21〜11:23→(左上)→T字路分岐地点11:25→(左へ登り、尾根沿いを辿る)→山頂三角点分岐11:42→(右)→三峰山山頂三角点11:43〜11:48→(尾根沿いを南東へ)→三峰山アンテナ塔付近11:50〜11:55→(戻り)→山頂三角点分岐11:57→(北東へ下り、尾根沿いを辿る)→T字路分岐地点12:17〜12:19→(直進、植林地の斜面を登る)→奥の院・三峰大神分岐12:30→(左の尾根へ)→権現山ピーク付近12:33→(戻る)→三峰大神分岐12:35→(北斜面鎖道下り)→「月山様入口」道標地点12:43→三峰大神の洞入口12:44→(戻り、東へ進む)→岩稜の尾根地点12:52→(西へ登り返す)→三峰大神分岐12:57→(尾根道)→権現山ピーク付近12:59→鞍部(八坂様入口分岐)13:10〜13:12→剣ヶ峰ピーク付近13:20→奥の院コース巻き道分岐13:40→(尾根筋を直進)→590m峰13:42→(東へ進み、巻き道と合流)→奥の院・里宮分岐13:48→(直進)→奥の院13:51〜14:00→(戻り)→奥の院・里宮分岐14:03→(左)→作業道分岐地点14:15→(左)→「御嶽大神御岩戸入口」道標地点(三笠山・阿留摩那山分岐)14:25〜14:30→「厄除弘法大師」14:35〜14:40→普寛堂14:45〜14:50→清滝14:56〜15:10→御嶽山神社祖霊殿15:25〜15:30→駐車場15:35
備考♦この山では中高年の初心者による事故が毎年起こるそうです。小山山岳会の池澤氏がこの山についての注意事項・詳細なルートの情報などをまとめており、その記録が小山山岳会のホームページのTopics@「栃木県内の山岳事故例(三峰山)についての検証」に掲載されています。大変参考になるのでご覧下さい。
※当方、小山山岳会とは一切関係ありませんが、安全登山のため直リンさせていただきました。なお、リンク切れの場合はあしからずご了承下さい。

◇ T N H C ◇

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