みみずく林道付近から滝谷山(ミミヅク峯)



 2008年秋、ねくらハイカーは多野郡上野村の神流川本谷上流部のある棒切沢付近から埼玉県境の尾根筋へ進み、三角点がある「高水の頭*」に登った。そのときは、時間があればさらに県境1659m峰(滝谷山)まで足を延ばしてみようと計画していた。しかし、林道沿いの斜面の崩落により駐車地点が奥神流湖東岸の琴音トンネル付近になってしまい、登り口の棒切沢までの林道歩きが多少長くなった。それから、棒切沢からソラ峠へのルートを辿ることができず、途中でルートミスをした。結局このときは1659m峰へは時間的に難しくなり、県境1507m峰付近から群馬側の「みみずく林道(中之沢林道みみずく線)」に下山した。

 ということで、ねくらハイカーは機会があればまたこの付近を歩いてみようと考えていた。時期としては11月中がいいのだが、怠惰な性格のねくらハイカーは山行日をずるずる先延ばしして、いつの間にか12月になってしまった。しかし、関東地方はまだ山の積雪も少ないらしい。場所は西上州ということで、軽装でも余裕で行ける感じだ。そこで、晩秋の山歩きができるのではないかと期待して、12月上旬頃、多野郡上野村方面に出かけてみた。

[*群馬・埼玉・長野の三県境になっている三国山(二本木ノ頭)から北東側の群馬埼玉県境上にある標高1618.4mの三角点峰。昭文社の山と高原地図『西上州』では「ガク沢ノ頭」という山名が表記されている。]
 いつものように奥神流湖東岸のトンネル道を快調に走行する。途中、トンネルとトンネルの間に片側一車線を塞いでバリケードが設置されていた。バリケードに付けられた看板を見ると、御巣鷹の尾根へ通じる林道は11月15日に通行止めとのこと。

 ねくらハイカーの今日の目的地は御巣鷹の尾根の手前なので、別に問題なさそうだ。まぁ、途中で通行止めになってもそこから歩くだけだ。行けるところまで車を入れてみようということで、先へ進む。
2008年の法面崩落現場付近、復旧工事完了済み  琴音トンネルを抜けて神流川沿いの林道を走行すると、やがて2008年春に法面が崩落した現場地点*を過ぎる。すでに修復工事は完了していて、コンクリートで覆われた新しい法面が見える。林道の開通により、夏場の慰霊登山は滞りなく行われたらしい…。

 そこから中止の滝入口を過ぎ、さらに新本谷橋を渡る。このあたりはすでに降雪があったようで、橋の上はカチンカチンに凍っていた。ねくらハイカーのボロ車はノーマルタイヤなのでノロノロ行く。

[*中止の滝入口西側付近]

本谷三号橋付近にある御巣鷹の尾根林道入口(本谷林道終点)、左にみみずく林道  そこから日陰になった本谷左岸沿いの道(中之沢林道本谷支線)を低速で進む。この林道は落石が多く山側の斜面に樹脂製のネットがいくつも張られていた。それから斜面から滲み出てきた水が路面の至るところでテカテカに凍り付いている。なるべくブレーキを踏まないようにゆっくり走る。

 右側の崖に山ノ神の石碑を見て本谷沿いを走行すると、間もなく御巣鷹の尾根への林道入口がある本谷三号橋の地点に着く。やはりゲートは閉められていた。看板によると、来年(2010年)の4月下旬まで一般車は通行止めとのこと。

三号橋の袂にある「みみずく林道」の礎石  ここから左(東)に分岐している未舗装の道が「みみずく林道*」だ。今日はこの林道を歩く。

[*昔の営林署が設置した礎石の銘板には「中之沢林道みみずく線」となっている。ところで、以前ネットで拝見した林道の整備工事関連の資料ファイルでは、このあたりに「中之沢林道イオドメ支線」という林道名が出ていた。もしかすると、この林道は現在「イオドメ林道」と呼ばれているのかもしれない。イオドメとは「魚留」のことで、魚留沢沿いに延びている林道ということで付けられたらしい。「みみずく林道」は厳密にはイオドメ線からさらにミミヅク沢沿いに延びる分岐道部分をいうようだ。現行の地形図や昭文社の地図にはイオドメ線のルートは描かれていない。この記録では旧営林署の銘板と同じく、「みみずく林道(みみずく線)」とする。]

みみずく林道入口付近遮断機ゲート  ひとまず橋を渡って林道に車を入れる。こちらの道の入口にもゲートが設置されている。現在、このゲート付近は歩いて御巣鷹の尾根へ行く人の駐車地点にもなっている感じだ。しかし平日ということで、今日御巣鷹の尾根へ行く人はいないだろう…。林業関係者の車の通行の妨げにならないように適当に山側に寄せて駐車する。

 気温は−2℃。寒い。周りの樹木はすでに落葉して淋しげな雰囲気が漂っている。それから神流川本谷の沢音と小鳥の微かな囀りが聞こえてくるくらいで、まことに穏やかで静かな渓谷の風景が展開している。ねくらハイカーには何かこの寂れた感じが心地よい。

冬枯れの道を北東へ  ちょっと一息つきたいところだが、すぐに準備を整え歩き出す。まずはゲートの脇をすり抜けて北東方向に進む。林道沿いは冬枯れの渋い雰囲気が漂っている。ねくらハイカーはこのロケーションにぴったりと馴染む。

 いい気分で歩き出したが、右カーブを曲がって行くと、道端にゴミの入ったビニール袋が転がっていた。よく見ると弁当の容器類だ。この林道に入って誰かが弁当を食べたのだろうか?それとも、御巣鷹の尾根を訪れた人がここにゴミを捨てていったのだろうか?ほとんど歩く人もいない寂れた道筋に真新しいゴミ袋が捨ててあるのが何とも奇異にみえる。

魚留沢付近  そこからさらにカーブ道を登って行くと、コンクリート管が敷設された土橋の地点にかかる。魚留沢だ。2008年に登った魚留ノ頭(魚留峯)や高水の頭はこの沢の源流部に位置している。この時節上流側の砂防堰から流れ落ちる水量は少ない。

山陰の道を北東へ 林道から南西方向ふり返り、左奥に高天原山(蟻ヶ峰)  それから林道をトロトロ進む。この林道の路面には車が走行した跡が付いている。おそらく、林業関係者の車両だろう。

 途中、ちょっと開けたところから西方向をふり返ると、山腹が白くなった尾根の稜線が見えた。方向からすると、上信国境の尾根のようだ。やはり、降雪があったらしい。それから、快晴の空には二十二夜の月がポツンと浮かんでいた。今日はいい天気になりそうだ。このまま行けば、いくらか展望が期待できる。

T字路(左みみずく線・右イオドメ線)、左へ  涸れ沢沿いの高巻き道をやや東寄りに進んで行くと、やがてT字路地点となる。左がみみずく線なので、多分ここから右方向へ延びている道がイオドメ線の本線だろう。車のタイヤ跡は右の方の道に付いている。林業関係者は現在イオドメ線沿いで作業をしているようだ。

 ねくらハイカーは左へ進む。みみずく線の道には車が通った跡がない。林道の奥には崩落箇所があるので、現在車は通行されていないのかもしれない…。

みみずく林道の崩落現場  少し北へ進み、それからミミヅク沢左岸沿いを東へトボトボ行く。このあたりの赤土の地面には2、3cmの霜柱が立ってた。

 間もなく、林道の崩落現場に着く。2008年秋にここを歩いたときより若干崩落が進んでいた。しかし工事が行われる気配はまったくない。おそらく修復工事の予算がないのだろう。現在の国の財政事情からしてこれは仕方ない。

林道の日陰部分に残雪あり  崩落斜面の上に付けられた踏み跡を辿って奥へ進む。車が走行していないので、林道は枯れ草が茂って少し荒れている。

 さらに進んで小さな谷沿いの日陰部分に入ると、路面は霜のような残雪に覆われていた。最近降ったようだ。ザラメ状なので問題なく歩ける。

崩落斜面に沿って北へ 林道のカーブ地点(尾根突端部)に樹脂杭あり  そこを過ぎて左カーブを曲がって行くと、右の山側が2008年に下った尾根の斜面となる。ここは法面の崩落がかなり進んでいる。落石に注意しながら路肩側に寄って北へ進み、以前降り立った尾根の突端部*に着く。そこには旧営林署の「無線交信可能箇所」と表記された樹脂杭が打たれていた。ちょっと開けたところなので、電波状態がいいポイントらしい。

[*地形図の等高線で大体1150mほどの林道カーブ地点]

 突端部の斜面は結構急峻だ。林道はさらに北東方向へつづいている。もしかすると尾根に取り付きやすい場所があるかもしれないと考えて、そのままミミヅク沢左岸の道を進んでみる。

 右上の斜面を見ながら40mほどてくてく行く。しかし、山側はフラットな急傾斜地となっていて登りやすそうなところはなかった。すぐさま先ほどのカーブ地点まで引き返す。やはり、尾根の突端から取り付いたほうがよさそうだ…。
林道から尾根の突端部(1507P北尾根取り付き地点)  今日の行程はそれほど長くないので、急ぐ必要はない。林道でちょっと一息つく。気温は0℃。さすがに温度は上がらない。

 小休後、突端部南側の崩落斜面に取り付き、屁っ放り腰の体勢で斜面の中段まで上がる。そこから灌木類の枝や根などを掴みながら樹木が生えたところまで這い上がる。

 何とかシャクナゲが生えたところまで上がったものの、そこは結構なヤブ尾根となっていた。それから岩場のようなところもある。こんなヤブ尾根を下ったのかと自分でも感心する。

シャクナゲなども混じるヤブ尾根  そこからシャクナゲや雑木類の枝ヤブを潜りながら東または南東方向へ登る。傾斜はかなり急峻で、運動不足のねくらハイカーはたちまち息が上がってしまった。登りはじめて5分も経たないうちに尾根の傾斜が緩いところで休憩タイムとなる。

 この尾根沿いは落葉広葉樹の雑木類以外にシャクナゲやツガやゴヨウマツ(ヒメコマツ)などが多い。それからアセビも目立つ。小休後、苔が生えた尾根筋をゆっくり登る。体力が衰えたねくらハイカーは途中で何度も立ち止まりながら行く。

 樹間越しに右前方に目をやると、山腹が薄っすら白くなっていた。やはり、上武国境の尾根もいくらか積雪があるようだ。しかしまぁ、西上州の山域ということで、それほど多くはないだろう…。軽装ハイカーは楽観的に考える。

西方向ふり返り、長野県境にある大蛇倉山(高岩)[ズーム画像] 尾根筋(1507P北尾根)を登る  途中、ヤブ尾根を登りながら後方(西)をふり返ると、樹林の枝越しに見覚えのある尖ったピークが見えてきた。上信国境に聳える大蛇倉山(高岩・北ノ窪ノ頭)だ。

 それから舟留や御巣鷹山(焼山)がある尾根筋も確認できる。残念ながら樹木が茂っているので、枝が邪魔してくっきりとは見えない。

岩稜あり  さらに尾根沿いを南東へ登ると、岩稜に突き当たる。これは2008年に下ったとき下降できなかった岩場だ。そのときは左の北東側の斜面に巻いて下った。

 しかし今回よく見ると、それほど難しそうな岩場ではなかった。以前上から眺めたときは垂直に切れ落ちた岩壁のようだったのだが、下から観察すると、ゴツゴツとした岩があるだけの平凡な岩場だった。そこでさっそく岩稜の西側から取り付く。三点支持でややトラバース気味に登る。すると、するりと上の岩場に出た。そこは高木が生えていないので、絶好の展望地*となっていた。暫し遠方を眺めながら休憩タイムとなる。

[*のちに地形図などから推測してみたところ、1507m峰北尾根の1270m付近。]

岩場から西方向、1922P・大蛇倉・舟留・1747P&御巣鷹・1546P〜〜ぶどう峠 北側に日景長戸岩(中央)  この岩場からは西に大蛇倉山や上信国境線上のピーク、そして御巣鷹山がある支尾根のピークがよく見えた。三角点がある御巣鷹山はかなり地味だ。1546mの標高点ピークの方が結構目立つ。それから北にはミミヅク沢右岸にある「日景長戸岩」という名前が付いた岩尾根が間近に見える。

 ちょうど朝日が当たり出して気温は3℃ほど。風もほとんど吹いていない。ただ小鳥の啼き声が微かに聞こえるだけで、何とも穏やかな晩秋から初冬にかけての山の景観が広がっている。今日は急ぐ山歩きではないので、ぼけっと遠方を眺めながらひと時を過ごす。

朝日を浴びながら南東へ  休憩後、再び南東方向へ登る。時折正面から朝日が当たって眩しい。左前方の樹間には埼玉県境の山尾根も見えてきた。

 この尾根筋はシャクナゲなどが生えていくらかヤブめいているが、西上州の山尾根ということで、ハイカーには歩きやすい。何の心配もなく自分のペースでサクサク登れる。

左前方(南東)に県境尾根、薄っすら残雪あり  そのうちに尾根の両側の斜面に薄っすら残雪が見えてきた。日陰になったところは白くなっている。標高も1300mを超えたようだ。この尾根沿いには雑木類の大木が生えているが、ツガやマツなどの針葉樹の大木もある。途中にすらっと上に伸びたサワラの大木があった。何気にその幹の表面を眺めると、斜めに4本の爪痕が走っていた。かなり新しい。やはり、黒いヤツも健在だ。ちょっとヤバそうなので、臆病者のヘタレハイカーはそこからは鈴を大きく鳴らしながら行く。それから地面にはシカの糞も多い。シカも相変わらず健在らしい。

 やや南寄りに登って行くと傾斜もきつくなる。途中でちょっと立ち止まって埼玉県境の尾根付近を眺める。斜面は結構白くなっていた。やはり12月ということで、多少の積雪は仕方ない。ねくらハイカーは超軽装なので、積雪が多いとちょっとマズイ。多くないことを願うのみ。

途中の尾根沿いから左(北東)方向、1659P〜1546P  さらに尾根沿いを登ると、足元にも薄っすら残雪が出てきた。そのあたりから左の北東方向に目をやると、樹林の枝越しに今日歩く予定の上武国境線上にあるピークが見えた。地形図などを参照すると、どうも目的地の1659m峰らしい。このピークは、昭文社の山と高原地図には「滝谷山」という名前が付いていて、実際に山頂にその山名標識が設置されている。ところで、高畑棟材(むねたか)氏の著書によると、このピークには別の名前が付いている*。

[*昭和の初め頃、江戸時代に上州側の楢原村でつくられた古絵図を参考にしてこのあたりの山名について考証した高畑氏は、1658.1m三角点峰の南側にある陸測図等高線1680m峰(現地形図1659m峰)を「ミミヅク峯(みみづくみね)」と推定した。ちなみにこの山域に精しい原全教(ぜんきょう)氏は、この陸測図1680m峰(現1659m峰)を「オキ葡萄ノ頭」としている。原氏の著書の略図などによると、「ミミズクノ頭」というピークがさらにその南(南西)側にあるとのこと。]

前方に1507P山頂部  シャクナゲが茂ったヤブ尾根を過ぎるとやがて残雪の斜面を登るようになる。積雪は2、3cmほどで別に問題はない。

 左に県境の尾根筋を間近に見ながら南寄りに登って行くと、前方にピークが見えてきた。1507m峰の山頂部だ。2008年にここから北尾根に下ったときは右の西側の斜面に巻いて下ったのだが、今回は尾根筋をそのまま直登してみる。

東側から1507P山頂へ  しかし、岩の上に積もった雪が意外に深い。途中から登るのが難しくなった。どうも、吹き溜まりなっているようだ。積雪は5cmくらいある。

 仕方ないので、そこから尾根を外れ東側のフラットな斜面に巻く。そして落ち葉と残雪を踏みしめてどうにか岩場のピーク地点に立つ。

 西側から巻けば何でもなかったのだが、へぼハイカーはここでいくらかタイムロスとなる。でもまぁ、今日は急いでいないので、これくらいはいいだろう…。

1507P付近から北方向、樹林越しに諏訪山 1507P付近から北東方向、樹林越しに無名1650P・1659P〜1546P(右端)  1507m標高点がある山頂部の岩場からは落葉した広葉樹の枝越しにいくらか展望がある。北方向には日本300名山に入っている諏訪山が見えた。諏訪山のずうっと後方には、この季節お馴染みの真っ白な姿の浅間山が望める。

 北東側のこれから向かう県境沿いの峰々は雑木の枝越しに何とか見える程度。

1507P東側付近から南西方向、樹間に1730P(棒切ノ頭・棒切峯) 1507P付近から西南西方向、樹林越しに高天原山〜大蛇倉山方面  それから、西寄りの方向には大蛇倉山や高天原山などの上信国境の山々が雑木林越しに確認できる。

 南西の三国山方面は樹木の枝がちょっと邪魔して見えないが、埼玉県境にある1730m峰は何とか確認できた。あのピークには「棒切ノ頭」または「棒切峯」という名前が付いている。このあたりから眺めると、なるほどいくらか目立つので山名が付いたのかもしれない…。

1507P南側付近から南方向、針葉樹1560P〜高水の頭(右奥後方)  そして、南方には2008年に登った高水の頭(ガク沢ノ頭)*や針葉樹に覆われた1560m峰などの山影が間近に見えていた。南東側は遠く奥秩父方面の山の稜線が僅かに確認できる程度。

 この標高点ピークは樹林に覆われているので、好展望とはいかない。ちょうど南東方向から日が当たり、気温は4℃ほどになっていた。風がほとんど当たらないので、寒くはない。

[*ちなみに高畑氏の著書によると、棒切峯とミミヅク峯の間に「魚留峯」というピークがあるとのこと。よくわからないが、江戸時代に上州側でつくられた古絵図では、おそらくこの1618.4m三角点峰を魚留峯としていたらしい。]

県境尾根を東へ  山頂の岩場から一旦南側に降りて県境の尾根ルートを東へ辿る。このあたりは、右の埼玉側の斜面は雪が消えてまだ秋山の佇まいを見せていた。群馬側は雪が残る日陰の斜面となっている。

 落葉した雑木林の県境尾根をてくてく行く。尾根沿いには苔むした古い倒木などもある。ねくらハイカーはこのような落ち着いた風情の雑木林を歩くのが好きだ。

 尾根沿いの雑木類には大木も結構多い。昔の伐採時に伐られなかったものらしい。この県境尾根付近の斜面は皆伐されてはいないようなので、幾分自然林っぽい感じの雑木林が残っている。

左前方の樹間に諏訪山  左方向に諏訪山を眺めながら東へ登って行くと、一時的にシャクナゲのヤブになった小ピークを過ぎる。

 このあたりには朽ちた古い木杭や「山」の刻字が入ったコンクリート杭が打たれていた。やはり、県境尾根ということで境界標が設置されているようだ。コンクリート杭は番号部分が人為的に削られているので、番号に何か不都合があるらしい…。

諏訪山の左側遥か後方に浅間山[ズーム画像] 長閑な県境尾根を北東へ  ヤブを抜けると、また穏やかな雑木林の尾根となり北東寄りに進む。低山派のねくらハイカーは、こういう雑木林の尾根道をどこまでもダラダラ歩いて行きたい。

 このあたりは左(北西)側の樹間が開けていて、諏訪山方面がよく見えた。諏訪山の左側には遠く浅間の白い姿が一段と際立っている。

前方に1546P  さらに左の群馬側の斜面に残雪を見ながら北東へ進む。右の埼玉側は明るい雑木林の斜面になっている。小さなコブ状のピークを過ぎた鞍部付近には樹木に古いペンキマークなども付いている。林業関係者が付けたものか、山歩き関係者が付けたものか判断するのが難しい。尾根沿いは相変わらず境界標の杭が打たれている。

 そのうちに、前方にちょっと横長な感じのピークが見えてきた。標高点がある1546m峰らしい。

 ツガやミズナラやブナなどの大木がある尾根沿いをゆるゆる進んで行くと、踏み跡は途中から尾根筋を外れ群馬側の斜面を通るようになった。ねくらハイカーの今日の目的は県境を忠実に辿ることなので、途中から右上のピーク*に上がって標杭が打たれた県境ルートを進む。

 急斜面を登って針葉樹やアセビなどの常緑樹が多く生えて日陰になったピーク地点に出る。しかし、そこから展望はほとんどなかった。やはり、県境をスピーディーに縦走したい人にとってここは無駄なピークらしい…。

[*あとで推測してみたところ、1546m峰南西側にある等高線で1520mの小ピーク。]
コンクリート杭が打たれた県境を北東へ、樹木にペンキマークあり  そこから境界標がある県境を辿って北東方向へスズタケが生えたヤブを下り、再び踏み跡と合流する。このあたりは落ち葉の上に雪が薄く積もっていてパリパリ踏みしめながら進む。

 少し行くと、樹木にまた古いペンキマークが付いていた。何の目印だろう?よそ者の盆暗ハイカーにはまったくわからない。

1546P南西側鞍部付近、立木に「→学沢」のペンキ文字あり  そこから群馬側の残雪の斜面を覗いたりしながら鞍部付近にトロトロ下って行くと、立木に右(南東)の埼玉側の谷を示して「→学沢」と赤ペンキで書かれていた。ペンキは先ほどのものと同じ感じだ。ということは、埼玉側から沢を登ってきた人が書いたものらしい…。

 それにしても、中津川上流のガク沢を登りつめると、このあたりに出るのだろうか?昭文社の地図には1618.4mの三角点峰に「ガク沢ノ頭」という山名が付いているのだから、もう少し南側の地点に上がってよさそうなのに、何でこんな北側に上がるのか不思議な気がした。まぁ、面白い沢筋を登りつめるとこの地点に出るのかもしれない…。沢登りをしない凡人ハイカーにはイマイチ腑に落ちない。ペンキマーク以外に古いピンクテープなどの目印も付いている。どうも、この1546m峰南西側の鞍部は沢登りの関係者には重要なところらしい…。

1546P南西側の斜面、踏み跡なし  そこを過ぎて尾根ルートをさらに北東へ進む。そろそろ1546m峰への上り斜面となるようだ。尾根沿いには例の「秩父山地緑の回廊」看板なども表示されている。

 しかしそこから少し行くと、前方がスズタケの生えたフラットな傾斜地となった。県境はこの笹の斜面を通っているはずだが、人が登ったような踏み跡はない。どうも、県境縦走者はここは直登しないで左(北東)方向に山腹を巻いているようだ…。

1546P山頂付近  ねくらハイカーは地形図に描かれている県境線通り東方向へ直登する。急斜面をえっちらおっちら登って行くと、やがてスズタケが疎らに生えて少しヤブめいた感じの山頂地点に着く。傍らの樹木には先人が付けたテープの目印があった。多分、ここが標高点のある1546m峰山頂だ。

 この山頂部はツガやアセビなどが多く、いくらか日陰になっている。それから、地形図通り南東方向の埼玉側へ支尾根*が延びていた。休憩しながらその尾根筋を南東へ15mほど下ってみると、人が歩いたような微かな踏み跡が確認できた。やはり、林業関係者か誰かがここを歩いているようだ…。埼玉側に下ってもしょうがないので再び山頂地点に戻る。

[*中津川上流部のムジナ沢とガク沢を分けている尾根。尾根上には1505mと1386mの標高点がある。]

1546P山頂部北側の樹間から1659P方面  この山頂も高木に覆われているので展望はないが、北側の樹間に諏訪山あたりが何とか確認できる。それから、北東方向には山腹に岩峰のような岩場がある1659m峰が間近に見える。

 ところで、この1546m峰は、原氏が「ミミズクノ頭」と呼んだ陸測図1640m峰に推定できる地点だ*。まぁ、標高が低くちょっと地味なピークだが、別に山名が付いてもおかしくないところだ。

[*原氏の著書の略図などによると、陸測図1680m峰(現1659m峰)の南(南西)側にある陸測図等高線で1640mのピークを「ミミズクノ頭」としている。しかしながら、昔の陸地測量部の五万分の一地形図と現在の国土地理院二万五千分の一地形図とを照らし合わせてみればわかることだが、陸測図はこの県境付近では甚だしく不正確なものとなっている。陸測図では、埼玉側のムジナ沢上流部にある小さな支尾根(現二万五千分の一地形図で1495m標高点がある尾根)が完全に省略されていて、県境尾根が少し詰まって短く表記されている。原氏はこの不正確な五万分の一陸測図を使ってこの県境沿いのピークに山名を宛てた。つまり、原氏が陸測図等高線1640mとしたピークは、残念ながら現行地形図のどのピークなのか正確にはわからない。僭越ながらねくらハイカーが陸測図と現行地形図を照らし合わせてみたところ、陸測図1640m峰は大体現行地形図の1546m標高点峰から1659m標高点峰の間にあるピークだと推定できた。この1546m標高点峰は群馬側のミミヅク沢上流部に位置しているので、「ミミズクノ頭」の有力な候補地といえる。]

スズタケが生えたヤブ尾根を北へ  小休後、県境を北へ下る。尾根沿いはスズタケのヤブになっているが、疎らに生えているので歩きやすい。平坦な鞍部付近には埼玉県の休猟区を示す古い看板が設置されていた。境界を示すコンクリート杭も相変わらず打たれている。

 途中、小さな岩稜を右の埼玉側に巻き、明るい雑木林の尾根筋をトロトロ登る。このあたりでは左に上信国境尾根の稜線、右に奥秩父方面の山尾根の稜線が落葉した雑木林越しに見えた。

 それから、落ち葉が積もった尾根沿いの斜面には至るところにシカの糞があった。シカも相当数生息している気配がする。

1659P南西側1560m付近(日景長戸岩方面分岐)  上信国境線の山並みを眺めながら尾根沿いを北寄りに登って行くと、やがて境界標の古い木杭が打たれた肩状の地点に出る。等高線で大体1560mほどの地点で、県境はここから北東へ向かうようになる。傍らの立ち枯れの木にはサルノコシカケ科のキノコが生えていた。ねくらハイカーはここでまた一息つく。

 地形図で確認すると、この地点は日景長戸岩方面へ通じる支尾根の分岐点になっている。そして、群馬側のミミヅク沢の源頭部に位置している。地図上で考えると、ここも原氏が「ミミズクノ頭」とした陸測図1640mピークの候補地のひとつと想定できる。ねくらハイカーはこの地点がピーク状の峰になっているかもしれないと考えてきたのだが、実際ここに立ってみると、樹林に覆われたただの尾根地点だった。どうも、山名が付けられるようなところではないようだ…。

 ここは展望はないが、北東側の鬱蒼とした雑木林の奥に1659m峰の山体が何とか確認できる。風がほとんど当たらないので、気温は7℃になっていた。

県境の尾根ルートを北東へ  休憩後、その1659m峰に向かって北東へ進む。右後方から柔らかな冬日が当たって何とも長閑な感じのところを登る。尾根沿いには苔むした古い倒木や岩などもあるが歩きやすい。このあたりは西上州独特の渋い山の雰囲気が漂っている。ねくらハイカーはこういう尾根を止め処なくどこまでも歩いて行きたい。

 しかしながら、県境の尾根沿いには興醒めな感じの「緑の回廊」看板が設置されている。山野をのんびり彷徨いたい低山ハイカーとしては、上武国境付近の国有林くらい手付かずの状態で残して欲しいのだが、どうも林野行政の役人は何々のプロジェクトという名目を立ち上げて開発したいようだ…。

左上に岩峰あり  スズタケが生えてちょっとヤブめいた急斜面を登って行くと、左前方に派手な感じの岩峰が見えてきた。この岩峰は遠くから眺めても結構目立つ。

 ねくらハイカーは、以前は1659m峰の南西側の山腹にある突起状の岩稜だと思っていた。しかし今日近くから観察すると、1659m峰とは別の独立したピークのように見えた。

県境から外れ西側の小岩峰へ  さらに北東へ登って高度を稼いで行くと、再び左方向に諏訪山が見えるようになる。それから、右側の樹間には遠く両神山の姿も確認できる。標高もそろそろ1600mを超えたようだ。

 落ち葉が薄く積もった県境ルートの急斜面を一歩一歩登りつめて行くと、先ほどの岩峰が左側に間近に見えるようになった。岩峰は上部が尖っていて、西側が垂直に切れ落ちた岩壁となっている。山頂部は高木も少ないので展望地となっている可能性が高い。これは期待できる。

 さらに県境沿いを登って行くと、その岩峰へ小尾根が分岐している地点に到達する。県境ルートの踏み跡はそのまま北東へつづいているが、野次馬根性のねくらハイカーはここで左(西)へ寄り道する。

南側から登る 岩峰山頂部から北西方向、手前に諏訪山、遥か後方に浅間山  岩峰*の北側は日陰になっているので斜面に雪が残っていた。ここは無難に南側からゴツゴツした岩の多い斜面に取り付く。さらに東側に回り込んで登って行くと、やがてゴヨウマツと雑木類の樹木が疎らに生えた山頂部の岩場に出る。

[*のちに推測してみると、1659m峰南西側の地形図等高線1610m付近にある小岩峰。県境から西側に外れて群馬側に位置している。実際の標高は等高線より7、8mほど高い。]

南西方向、三国〜高天原〜大蛇倉〜舟留 西方向、舟留〜石仏・弥次・御座〜ツギ〜〜新三・1685P・1626P  そこからは、期待通り、西側に素晴らしい眺望が得られた。

 北西には諏訪山や浅間山、西には上信国境線上の山々を一望の下に見渡すことができる。

南方向、奥秩父の山並み(破風〜三宝〜国師〜?〜?)  それから南方には、三国山へ幾重にも折れ曲がりながらつづく上武国境尾根の後方に奥秩父の山並みが展開していた。

 今日は雲ひとつなく快晴なので、まことに雄大な景観が広がっている。ねくらハイカーは暫し遠方の景色に見入る。

岩峰直下に日影ブドー沢の谷  ところで地図上で確認すると、この岩峰付近も原氏が「ミミズクノ頭」とした陸測図1640mピークの候補地といえる。ねくらハイカーは以前はこの岩峰状の岩場を1659m峰の山体に付随しているものと思っていた。しかし今日登ってみると、1659m峰の山頂部から少し離れているのがわかった。規模からいうと「山」と呼べるレベルではなく、「○○岩」と呼ぶほどのところだが、別に「頭」とか「峰」と呼んでもいいような気がする。

 しかしながら、この岩峰の真下は日影ブドー沢*の谷となっている。その谷筋に目をやると、なるほど日影という名称通り、日景長戸岩がある山尾根の影にすっぽり入っていた。ということで、ここを「ミミズクノ頭」と呼ぶのはいくらか差し障りがあるかもしれない。

[*原氏の著書では、昭文社地図の「日影ブドー沢」を「オキ葡萄沢」とし、「日向ブドー沢」を「葡萄沢(本流)」としている。]

スズタケの斜面に付けられた踏み跡を辿って1659P山頂へ  岩峰から再び県境の尾根ルートに戻り、北東へ進む。尾根沿いは左の群馬側の斜面が日陰となっているので残雪が多い。スズタケのヤブになった斜面を登り、緩いコブ状のピークを過ぎる。このあたりから尾根ルートの日陰の部分に雪が見え出した。雪の上にはシカの山盛りウンチもある。

 さらに境界を示す古い木杭に沿ってスズタケが疎らに生えたヤブ尾根を登る。体力が衰えたヘタレハイカーは途中立ち止まって一息つく。今日は時間に追われた山歩きではないので、休み休みゆっくり行く。

日陰の1659P山頂部 1659P山頂、北側に残雪あり  そのうちに尾根の傾斜が緩くなると、小ぢんまりとした日陰のピーク地点に出る。

 そこには山の標石と山名板の標識が設置されていた。1659m峰の山頂だ。この山頂部はツガの木陰になっているところが多いので、雪も多めに残っている。山頂部北側は3cmほど積雪していた。

MHC県境歩き隊の標識  この山は昭文社の地図に「滝谷山」と表記され、立木にその白塗りの古い標識が表示されいる。今回は古い標識以外にもう1枚黒塗りの標識が付いていた。それには「MHC 県境歩き隊」とある。前橋ハイキングクラブの標識だ。新しい感じなので、最近MHCの方々がこのあたりを歩かれたのかもしれない…。

 それから、立木には五円玉が結ばれたピンクテープなども付いていた。ここは樹木が邪魔して展望はよくないが、近ごろは訪れる人も結構いるようだ…。

 そして、この山は昔の陸測図では等高線1680m圏のピークとして描かれていて、高畑氏は「ミミヅク峯」としている。「滝谷山」という山名の由来は不明。地元の呼び名なのかもしれない。でも、上野村側の呼び名ではなさそうだ。滝谷とは沢の名前から来ているような感じがする。もしかすると、秩父市側の旧大滝村関係者が付けた山名かもしれない。

 高畑氏の著書を拝読した者としては、この山を「ミミヅク峯」と呼びたいのだが、地形図を参照すると、やはり群馬側の日影ブドー沢の源頭部に位置しているので、そう呼ぶのも多少憚りがある。しかし江戸時代の古絵図を基にしているので、この「ミミヅク峯」という山名も棄てがたい*。まぁ、よそ者の素人ハイカーがこのあたりの山の名前についてぐだぐだ述べても仕方ないので、この辺で止めにする。

[*このあたりの山の名前に精しい原氏は、この山を「オキ葡萄ノ頭」と呼んでいる。これは原氏が群馬側の沢名から便宜的に付けたものらしい。]
「山」面の反対側には「補點」の刻字あり  さて、ねくらハイカーは山名以外でこの山に登った目的は他にもある。それは、この山頂に打たれた山の標石のことだ。以前ここを登ったときはそれほど気にとめなかったが、今回標石をじっくり見物してみた。

 苔むして古そうな石柱の側面には「山」という刻字があるので、昔の営林関係者が設置したものらしい。しかし、以前三国山や途中の県境の尾根で見た図根点の標石と違うので、旧営林署が設置したものでもなさそうだ…。上辺四隅の角が面取りされていて、一見すると旧宮内省の御料局三角点のような形をしている。しかしよく見ると、御料局の刻字もなく石柱の材質も形状も若干違う。

 そこで「山」面の反対側を見ると、大きく「補點」と彫られていた。これは、もしかすると明治時代の山林局が設置した「補点」の標石*らしい…。ねくらハイカーは今までに山林局が設置した「主三角点」や「次三角点」の標石を見物しているが、これがそうだとすると今回初めて「補点」の標石を確認したことになる。標石に興味のない方にはまったく下らないことかもしれないが、ねくらハイカーにはちょっと感動ものだ。

 補点の石柱は主三角点や次三角点と違って上面が丸くなっていない。これは何か等級の違いを示すために形状を変えたのかもしれない…。それから、ペンキなどは塗られていないので現在は境界標としては使われていないようだ…。そんなことを考えながら、ねくらハイカーは暫し日陰の山頂でニンマリと標石を眺め回した。もしこの姿を別のハイカーや県境縦走者に見られたら、山にヤバそうな変質者がいると思われたかもしれない。そのように多少マニアっぽい姿で山頂のひと時を過ごす。

[*明治時代に農商務省山林局が国有林野を管理するため独自に測量を実施した。その際、基準となる三角点を設置した。そしてその山林局の三角点には「主三角点」・「次三角点」・「補点」の3種類あるとのこと。つまり、この1659m峰の山の標石は、明治時代に農商務省山林局が設置した「補点」の標石ということになる。]

1659P北側の下りから北東方向、無名二つコブ1650P(左)と東へ延びる県境尾根  小休後、山頂から北へ下る。北側は雪が多めに残っていた。傾斜がちょっと急なので、滑らないように慎重に下る。ちょうどこのあたりから右前方(北東)の樹間に東へ延びる県境尾根がチラッと見えた。その吊尾根状の稜線付近にはイボのような突起も確認できる。天丸山のようだ。

 それから少し丈の長いスズタケが生えたヤブ尾根を進んで行くと、突然、笹の中でガサガサという音がした。小心者のチキンハイカーは一瞬黒いヤツかと身構える。しかし前方に目をやると、シカが2頭左の群馬側の斜面に逃げて行くのが見えた。尾根沿いの笹を食んでいたようだ…。こちらは黒いヤツでなくてホッとする。

無名二つコブ1650P南峰付近  このあたりの県境尾根の日陰部分には4cmくらい積雪しているところもある。日向になったところは完全に融けているの何の問題もない。明るい雑木林の鞍部付近にはまだまだ秋山の風情が残っていた。

 途中、無理すれば直登できそうな岩稜を右の埼玉側に巻いてトロトロ登って行くと、薄っすら雪が残るピーク地点に着く。等高線で1650mの無名二つコブピークの南峰らしい。

 そこで一息つく。気温は7℃ほど。この時季としては暖かい。

ブドー沢の頭山頂、二等三角点あり  それからまた北へ下る。北側は日陰になっているので、県境の尾根沿いには5cmほどの残雪があった。小鞍部を少し登り返すと、二つコブピークの北峰付近を過ぎる。この北側の斜面にも雪が4、5cm積もっていた。雪面にはシカの足跡が多数見える。

 そこからまた鞍部を過ぎ、日が当たって雪が消えた笹ヤブの尾根筋をトボトボ登ると、二等三角点の標石が埋設されたピーク地点に着く。ブドー沢の頭*山頂(1658m)だ。

[*最新の昭文社・山と高原地図『西上州』(2009年版)では山名の表記が「ブドー沢ノ頭」となり、「の」がカタカナ表記になった。経緯はわからないが、執筆者の打田氏は最新の山名事典の表記と合わせたようだ。また、原氏の著書ではこの三角点峰を「葡萄ノ頭」と表記している。ねくらハイカーには旧表記の方がしっくりするので、この記録では「ブドー沢の頭」とする。ちなみに、高畑氏は「葡萄峯」・「葡萄沢ノ頭」というピークがこの付近にあるとしているが、この三角点峰であるかは不明としている。それから、「ブドー」・「ぶどう(葡萄・武道)」の語源については諸説あるらしい。このあたりの沢名や山名がどこから来ているかはまったく不明。]

MHCの標識あり  何か今回は春のときと違って、いくらか木陰もあり、ちょっと淋しげな雰囲気の山頂になっていた。西上州の山はこのくらいの渋さがちょうどいい。

 山頂には白塗りの古い標識とMHCの黒標識が2枚表示されていた。それから緑の回廊看板もある。そして、1659m峰と同じように五円玉が結ばれたピンクテープも見える。最近は県境のこのあたりを歩く人も多いようだ。

 この山頂部は樹木に覆われているので展望はそれほどない。気温は8℃ほど。晴れている割にはほとんど上がらない。

諏訪山方面分岐(ブドー沢の頭山頂部北側) 北西へ下る途中から右(北東)方向に帳付山  小休後、県境ルートをさらに北へ進む。スズタケが疎らに生えた平坦な尾根筋をスタスタ行くと、すぐにテープ類の目印が付いたところに着く。諏訪山方面の分岐地点だ。このあたりからは北側の樹林の枝越しに帳付山が確認できる。

 この前は、諏訪山からこの県境地点に上がってブドー沢の頭の三角点に進んだのだが、今回はここから逆に北西方向へ下る。

小鞍部、日向ブドー沢方面杣道分岐(?)  県境ルートを外れ、残雪がある笹ヤブの斜面に下る。さらに西寄りに下って行くと、やがて小鞍部に降りる。そこには立木にレースリボンなどの目印が付いていた。

 ねくらハイカーは、前回ここから南方向へつづく踏み跡を確認した。おそらく、日向ブドー沢付近から上がってくる昔の杣道のルート*ではないかと思われる。今回はそこを下ってみようというわけだ。杣道のルートが現在どうなっているのかまったくわからない。しかしハイカーに優しい西上州の谷ということで、何とか下れるだろう…。気楽に考える。

[*昔の陸測図や原氏の著書の略図などには、神流川上流の葡萄沢(現日向ブドー沢)の沢沿いから1658.1m三角点峰(「葡萄ノ頭」)に向かって破線道が描かれている。よくわからないが、昔の杣道のルートらしい。破線道は1658.1m三角点峰の西側付近から群馬側の山腹を通って北の陸測図等高線1620m峰(現地形図1609m標高点峰)付近まで延び、そこから西へ曲がって乙父沢西沢方面から来る杣道と繋がっている。現在通れるかどうかは不明。ちなみに、2008年版以前の昭文社 山と高原地図『西上州』でも日向ブドー沢沿いに薄い灰色の破線道が確認できる。]

小鞍部から踏み跡に沿って南へ 踏み跡はそのまま南東側の山頂部へ、シカの足跡多数あり  ということで、小鞍部からスズタケのヤブの斜面に付いた細い踏み跡を追って南方向に下る。ねくらハイカーは踏み跡が途中から右下(西)の日向ブドー沢の谷へ向かうのだろうと思っていた。

 しかし20mほど下って行くと、細い踏み跡はそのまま残雪の斜面をブドー沢の頭の山頂部へ上って行くようになった。アレ、この踏み跡は杣道のルートではないようだ。雪面にはシカの足跡が多数付いている。ということは、シカ道のルートらしい…。

途中から右下の凹地状の斜面へ、踏み跡なし  これではどうしょうもない。ねくらハイカーの目算は最初から外れてしまった。仕方ないので、そこからは踏み跡などはまったく付いていない凹地状の斜面を南西方向へ下る。

 もしかすると、日向ブドー沢の沢沿いに下れば踏み跡があるかもしれない。楽観的に考える。水量が少ない西上州の沢ということで、何とかなるだろう…。

山陰に入り日陰の谷沿いを西へ  緩い谷状の傾斜地を適当に下る。笹や灌木などが多少茂っているが歩きやすい。正面には遠く上信国境尾根の稜線も見える。

 そのうちに苔むした岩などもゴロゴロしてきた。このあたりは北にひとつ尾根を越えた乙父沢西沢源流部と同じ感じだ。

 谷沿いを快調に下って行くと、やがて山尾根の日陰になった部分に入る。このあたりは雪が多めに残っていた。そして、ここで左から来る谷筋と合流し倒木や流木のような枯木が多く残る凹地を西または北西方向へ進む。

樹木にスプレーマークあり 途中に水溜まりあり(日向ブドー沢源流部)  少し行くと樹木に林業関係者が付けるようなスプレーマークが見えた。こんなところに作業者が入っているということは、日向ブドー沢は手軽に遡行できるのかもしれない…。

 残雪の谷筋を西へ下って行くと、ぬかるんだ窪地に水溜りがあった。そこからチョロチョロ水が流れ出ている。どうも、この窪地付近が沢の源流らしい。

沢沿いを西へ  水量は非常に少ないのでそのまま沢沿いを歩くことができる。苔むした岩の多い滑りやすい河原は適当に左右の雑木林の斜面に巻く。できるだけ歩きやすいところを選びながら下る。

 日向ブドー沢は、乙父沢西沢と違って、沢の両側がなだらかな傾斜地になっているところが多い。これなら沢歩きが苦手な者でも安心して下れる。

 さらに下って行くと、沢筋の細い流れが消えて岩がゴロゴロした河原になった。沢水は岩の下を伏流してるようだ。これは沢歩きが苦手なねくらハイカーには都合がいい。沢床付近の歩きやすいところを選びながら下る。

 しかし、30mも進まないうちにまた岩の下から水が湧き出して幅が50cmほどの沢筋が現れた。やはり、一時的な伏流箇所だったようだ。そこからまた適当に左右に徒渉しながら下る。
右岸にカラマツの植林地あり  沢沿いをトロトロ行くと、そのうちに右岸の斜面がカラマツの植林帯になった。間伐や枝打ちがキッチリ行われているようなので、この植林地に作業者が入っているのは間違いない。

 西日が当たる谷沿いをさらに進むと、右(北)から小沢が流れ込むあたりの樹木に赤テープが結ばれていた。これは、ハイカーが付けたものか林業関係者が付けたものかちょっと判別できない*。

[*帰宅後、雑誌に出ていた岡田敏夫氏の記録を改めて参照したところ、岡田氏はどうもこの小沢沿いを北東方向へ辿って諏訪山・ブドー沢の頭間の尾根筋(1487峰南東側付近)に上がり、そこからブドー沢の頭に登ったらしい。テープの目印は、もしかすると岡田氏の記録を参考にしてブドー沢の頭や県境尾根に登られた方が取り付けたものかもしれない。]

落ち葉が積もった沢沿いを西へ  それからまた日陰になった沢沿いを西へ進む。沢の水量は相変わらず少ない。落ち葉が積もった岩の多い沢筋を下って行くと、左岸に雑木林の平地があった。そこで左岸へ渡り、落ち葉が厚く積もった雑木林の中を進んでみる。

 少し行くと、なぜかカラマツの植林地を示す白塗りのアングル標識が落ちていた。標識には施業の年月日が表記されていて、「昭和五十一年四月」となっていた。

 ということは、カラマツが植林されてからすでに30年以上経っているわけだ。そういえば、尾根をひとつ隔てた乙父沢西沢にはヒノキが植林されていた。あそこも植林から30年ほどなので、このあたりの人工林は昭和50年代に植林されたようだ…。

少し狭まってきた谷あい 右岸に巻く  そんなことをグダグダ考えながら西へ進むと左岸がいくらか崖っぽくなってきた。そこでまた沢床付近に降りてゴーロ歩きとなる。そこから20mくらい進むと沢の両側がやや狭まってきた。ゴーロ歩きでも下れるが、そこは無難に右岸の段丘になったような斜面に上がる。そして西日が当たる台地状の平坦地に巻く。

 雑木林の右岸を少し西へ進むと樹木に黄色いテープが付いていた。テープは林業関係者が付けたものではないように見える。ハイカーまたは沢歩きの登山者が付けた目印らしい…。

そのまま右岸を南西へ  そこからカラマツと広葉樹の雑木類が混じった樹林帯を南西寄りに進む。この右岸の斜面には作業道のような細い踏み跡が通っていた。このあたりは沢床付近と違って格段に歩きやすい。

 快調に飛ばして行くと、そのうちに右岸の傾斜が増してきた。それから、作業道のような踏み跡は途中でぷっつり消えてしまった。これは左下の沢床付近を進むようだ…。ここで沢筋に降りようかと迷う。しかし、ねくらハイカーは膝の調子がイマイチなので、なるべく河原のゴーロ歩きはしたくない。そこで、落ち葉の斜面に微かに見えるシカ道のような踏跡をさらに高巻き気味に辿ってみる。

前方に林道(ぶどう沢林道)あり  しかし、5分も経たないうちに岩がゴツゴツした傾斜地となり、シカ道のようなルートを進むのが難しくなった。そこで落ち葉が積もった斜面を滑り下って沢床近くまで降りる。

 そして、また沢沿いのゴーロ歩きとなる。そこで一息つき下流の南西方向にチラッと目をやると、何やら未舗装の小道が横切っていた。アレ、ぶどう沢林道(本谷林道ぶどう沢支線)らしい。ということは、沢歩きも終わりだ。日向ブドー沢は結構あっけなかった。これなら軽装のハイカー風情でも簡単に下ることができる。

 沢沿いを少し進み、日影ブドー沢との出合手前で左岸に渡ると、傍らに旧前橋営林局の水源かん養保安林の看板が立っていた。それから、黄色テープの目印もある。やはり、この日向ブドー沢が林業関係者や一部ハイカーの県境尾根への登降ルートになっているようだ…。

林道終点の標杭 ぶどう沢林道合流地点(日影ブドー沢出合・林道旧終点部)から西方向  そこからこれまた水量の少ない日影ブドー沢を渡り林道に上がる。

 そこには「本谷ぶどう支線終点」と表記された白塗りのコンクリート杭が打たれていた。しかし、ここは現在林道の終点とはなっていない。

ぶどう沢林道合流地点(日影ブドー沢出合)から北東方向、日向ブドー沢 ぶどう沢林道合流地点(日影ブドー沢出合)から南東方向、さらに林道の延伸部分あり  林道は日影ブドー沢に沿ってさらに奥へ延びている。

 地形図を見ると、ここから南東側にヘアピンカーブがある道筋も描かれている。多分、ぶどう沢林道は昔はここが終点だったようだが、のちに延伸されたようだ。

葡萄沢沿いを西へ  そこから林道を西へ辿る。右下に葡萄沢の清流を眺めながら行く。沢音以外に何も聞こえない静かな谷あいをトボトボ歩く。

 そのうちに第二葡萄橋を渡って右岸沿いを進むようになる。このあたりはカラマツの植林地になっていた。左下の沢筋には何基か砂防堰もつくられている。

「葡萄滝」  さらに山側が切り立った崖になったところを過ぎると、右側に標識があり沢筋に細い滝がかかっていた。標識の看板には「ぶどう滝」とある。

 ということは、これが上野村の観光マップに出ていた「葡萄滝」らしい。林道から滝を観察すると、高さが6、7mほどで三段くらいになっていた。かなり洗練された感じだ。少し小ぶりだが、女性的で上品な滝だ。

右上の斜面に蜜蜂の巣箱あり  葡萄滝から再び落ち葉が積もった道筋を西へ進む。

 途中、右上の斜面に木の幹をくり抜いてつくられた蜜蜂の巣箱がポツンと置かれていた。これは、以前乙父沢林道を歩いたときに見たことがある。地元の人が置いたものだろうか?ニホンミツバチの巣箱らしい…。

 しかし、こんな人里から離れたところに巣箱があるのか不思議な感じだ。昔はこの近くに営林署関連の建物があったようだが、現在このあたりに人家は一戸もない。

ぶどう沢林道入口ゲート付近、左に葡萄橋  そうこうするうちに遮断機のゲートがある葡萄橋付近の林道入口に着く。林道名や水源かん養保安林等の各種看板がある旧道(本谷林道本谷支線)地点でちょっと一息つき、そこから南へ神流川本谷上流沿いの道(中之沢林道本谷支線)を歩いて朝の駐車地点に戻る。

 途中、2台の乗用車とすれ違った。乗客は林業関係者ではないように見えた。御巣鷹の尾根に登った帰り客かもしれない。このあたりは交通の便がよくなったので、平日でも訪れる人が多くなったようだ。

 今日は名前が付いたピークを確認しようと思って上武国境尾根の一部をダラダラ歩いたわけだが、やはり確定するまでには至らなかった。しかし、1659m峰(滝谷山)の西側にある岩峰状の岩場付近から上信国境尾根や奥秩父方面の展望が得られた。それから、明治時代に山林局が設置した補点の標石も確認できたので、ひとまずヨシとする。


日程2009年12月8日 (火)
天候快晴 北西寄りの微風
行程時刻駐車地点(本谷三号橋・みみずく林道入口ゲート付近)8:18→(林道を北東へ)→(南へ)→魚留沢付近8:20→(北東へ)→T字路8:27〜8:29→(北へ)→(東へ)→林道崩落地8:35〜8:37→(東へ)→(北へ)→1057P北尾根突端部(取り付き地点)8:45〜8:46→(林道をそのまま北東へ)→(途中から戻り)→尾根突端部(取り付き地点)8:48〜8:55→(尾根筋を東または南東へ)→(途中、休憩2回計10分弱)→岩場(展望地)9:33〜9:45→(途中、休憩2、3回計5分強)→(南へ)→(途中、残雪面を東側に巻いてタイムロスあり)→1507P山頂部10:25〜10:45→(埼玉県境の尾根筋を東または北東へ)→(途中、右上へ寄り道)→1520P 11:10〜11:13→鞍部(「学沢」方面分岐?)11:17〜11:20→(途中から東へ直登)→1546P 11:27〜11:42→(北へ)→1560m付近尾根地点(日景長戸岩方面分岐)11:54〜12:10→(東または北東へ)→(途中、県境を外れ西へ)→小岩峰の岩場(展望地)12:26〜12:41→(西へ戻り、県境の尾根筋を北東へ)→(途中、小休あり)→1659P(山林局補点ピーク・滝谷山・ミミヅク峯?)12:52〜13:04→(北または北東へ)→無名1650P南峰13:25〜13:28→無名1650P北峰13:30〜13:31→ブドー沢の頭(葡萄ノ頭・葡萄峯?)13:42〜13:50→(北へ)→諏訪山方面分岐(山頂部北側1640m付近)13:52〜13:54→(県境を外れ北西または西へ)→小鞍部14:00〜14:03→(南へ)→(途中から南西または西へ下る)→(沢沿いを北東または西へ)→(南西へ)→日影ブドー沢出合(二岐)15:08→ぶどう沢林道合流地点(林道旧終点)15:08〜15:10→(林道を西へ)→第二葡萄橋15:15〜15:16→葡萄滝15:21〜15:24→ぶどう沢林道入口ゲート15:30〜15:32→(旧道を南へ)→葡萄橋15:32→美人平橋15:34→(新道に合流し南へ)→本谷一号橋(大蛇倉林道入口付近)15:43〜15:44→本谷二号橋15:50→山ノ神石碑15:59→本谷三号橋16:03→駐車地点16:03
備考♦この記録中の山名については、高畑棟材 著『山を行く』(朋文堂刊)や原全教 著『奥秩父研究』(朋文堂刊)等を参考にしています。それから、『季刊 山の本 No.63』(白山書房 2008年刊)に掲載された岡田敏夫氏の記録(「赤岩峠から三国山」)なども参照させていただきました。
♦この記録では「ミミズク」と「ミミヅク」を書き分けています。これは高畑氏や原氏が著書で用いた表記をそのまま記述したものです。現行の地形図などには「ミミヅク沢」という沢名が表記されています。しかしながら、旧高崎営林署が設置した林道の礎石には「みみずく(ミミズク)林道」となっていました。これは多分フクロウ科の野鳥から来ている名称と思われるので、現代仮名遣いの「ミミズク」に統一すべきですが、すでに固有名詞となっているようなので、旧仮名遣いの「ミミヅク」もそのまま表記しました。

◇ T N H C ◇

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