琴音トンネルを抜けて神流川沿いの林道を走行すると、やがて2008年春に法面が崩落した現場地点*を過ぎる。すでに修復工事は完了していて、コンクリートで覆われた新しい法面が見える。林道の開通により、夏場の慰霊登山は滞りなく行われたらしい…。
そこから日陰になった本谷左岸沿いの道(中之沢林道本谷支線)を低速で進む。この林道は落石が多く山側の斜面に樹脂製のネットがいくつも張られていた。それから斜面から滲み出てきた水が路面の至るところでテカテカに凍り付いている。なるべくブレーキを踏まないようにゆっくり走る。
ここから左(東)に分岐している未舗装の道が「みみずく林道*」だ。今日はこの林道を歩く。
ひとまず橋を渡って林道に車を入れる。こちらの道の入口にもゲートが設置されている。現在、このゲート付近は歩いて御巣鷹の尾根へ行く人の駐車地点にもなっている感じだ。しかし平日ということで、今日御巣鷹の尾根へ行く人はいないだろう…。林業関係者の車の通行の妨げにならないように適当に山側に寄せて駐車する。
ちょっと一息つきたいところだが、すぐに準備を整え歩き出す。まずはゲートの脇をすり抜けて北東方向に進む。林道沿いは冬枯れの渋い雰囲気が漂っている。ねくらハイカーはこのロケーションにぴったりと馴染む。
そこからさらにカーブ道を登って行くと、コンクリート管が敷設された土橋の地点にかかる。魚留沢だ。2008年に登った魚留ノ頭(魚留峯)や高水の頭はこの沢の源流部に位置している。この時節上流側の砂防堰から流れ落ちる水量は少ない。
それから林道をトロトロ進む。この林道の路面には車が走行した跡が付いている。おそらく、林業関係者の車両だろう。
涸れ沢沿いの高巻き道をやや東寄りに進んで行くと、やがてT字路地点となる。左がみみずく線なので、多分ここから右方向へ延びている道がイオドメ線の本線だろう。車のタイヤ跡は右の方の道に付いている。林業関係者は現在イオドメ線沿いで作業をしているようだ。
少し北へ進み、それからミミヅク沢左岸沿いを東へトボトボ行く。このあたりの赤土の地面には2、3cmの霜柱が立ってた。
崩落斜面の上に付けられた踏み跡を辿って奥へ進む。車が走行していないので、林道は枯れ草が茂って少し荒れている。
そこを過ぎて左カーブを曲がって行くと、右の山側が2008年に下った尾根の斜面となる。ここは法面の崩落がかなり進んでいる。落石に注意しながら路肩側に寄って北へ進み、以前降り立った尾根の突端部*に着く。そこには旧営林署の「無線交信可能箇所」と表記された樹脂杭が打たれていた。ちょっと開けたところなので、電波状態がいいポイントらしい。
今日の行程はそれほど長くないので、急ぐ必要はない。林道でちょっと一息つく。気温は0℃。さすがに温度は上がらない。
そこからシャクナゲや雑木類の枝ヤブを潜りながら東または南東方向へ登る。傾斜はかなり急峻で、運動不足のねくらハイカーはたちまち息が上がってしまった。登りはじめて5分も経たないうちに尾根の傾斜が緩いところで休憩タイムとなる。
途中、ヤブ尾根を登りながら後方(西)をふり返ると、樹林の枝越しに見覚えのある尖ったピークが見えてきた。上信国境に聳える大蛇倉山(高岩・北ノ窪ノ頭)だ。
さらに尾根沿いを南東へ登ると、岩稜に突き当たる。これは2008年に下ったとき下降できなかった岩場だ。そのときは左の北東側の斜面に巻いて下った。
この岩場からは西に大蛇倉山や上信国境線上のピーク、そして御巣鷹山がある支尾根のピークがよく見えた。三角点がある御巣鷹山はかなり地味だ。1546mの標高点ピークの方が結構目立つ。それから北にはミミヅク沢右岸にある「日景長戸岩」という名前が付いた岩尾根が間近に見える。
休憩後、再び南東方向へ登る。時折正面から朝日が当たって眩しい。左前方の樹間には埼玉県境の山尾根も見えてきた。
そのうちに尾根の両側の斜面に薄っすら残雪が見えてきた。日陰になったところは白くなっている。標高も1300mを超えたようだ。この尾根沿いには雑木類の大木が生えているが、ツガやマツなどの針葉樹の大木もある。途中にすらっと上に伸びたサワラの大木があった。何気にその幹の表面を眺めると、斜めに4本の爪痕が走っていた。かなり新しい。やはり、黒いヤツも健在だ。ちょっとヤバそうなので、臆病者のヘタレハイカーはそこからは鈴を大きく鳴らしながら行く。それから地面にはシカの糞も多い。シカも相変わらず健在らしい。
さらに尾根沿いを登ると、足元にも薄っすら残雪が出てきた。そのあたりから左の北東方向に目をやると、樹林の枝越しに今日歩く予定の上武国境線上にあるピークが見えた。地形図などを参照すると、どうも目的地の1659m峰らしい。このピークは、昭文社の山と高原地図には「滝谷山」という名前が付いていて、実際に山頂にその山名標識が設置されている。ところで、高畑棟材(むねたか)氏の著書によると、このピークには別の名前が付いている*。
シャクナゲが茂ったヤブ尾根を過ぎるとやがて残雪の斜面を登るようになる。積雪は2、3cmほどで別に問題はない。
しかし、岩の上に積もった雪が意外に深い。途中から登るのが難しくなった。どうも、吹き溜まりなっているようだ。積雪は5cmくらいある。
1507m標高点がある山頂部の岩場からは落葉した広葉樹の枝越しにいくらか展望がある。北方向には日本300名山に入っている諏訪山が見えた。諏訪山のずうっと後方には、この季節お馴染みの真っ白な姿の浅間山が望める。
それから、西寄りの方向には大蛇倉山や高天原山などの上信国境の山々が雑木林越しに確認できる。
そして、南方には2008年に登った高水の頭(ガク沢ノ頭)*や針葉樹に覆われた1560m峰などの山影が間近に見えていた。南東側は遠く奥秩父方面の山の稜線が僅かに確認できる程度。
山頂の岩場から一旦南側に降りて県境の尾根ルートを東へ辿る。このあたりは、右の埼玉側の斜面は雪が消えてまだ秋山の佇まいを見せていた。群馬側は雪が残る日陰の斜面となっている。
左方向に諏訪山を眺めながら東へ登って行くと、一時的にシャクナゲのヤブになった小ピークを過ぎる。
ヤブを抜けると、また穏やかな雑木林の尾根となり北東寄りに進む。低山派のねくらハイカーは、こういう雑木林の尾根道をどこまでもダラダラ歩いて行きたい。
さらに左の群馬側の斜面に残雪を見ながら北東へ進む。右の埼玉側は明るい雑木林の斜面になっている。小さなコブ状のピークを過ぎた鞍部付近には樹木に古いペンキマークなども付いている。林業関係者が付けたものか、山歩き関係者が付けたものか判断するのが難しい。尾根沿いは相変わらず境界標の杭が打たれている。
そこから境界標がある県境を辿って北東方向へスズタケが生えたヤブを下り、再び踏み跡と合流する。このあたりは落ち葉の上に雪が薄く積もっていてパリパリ踏みしめながら進む。
そこから群馬側の残雪の斜面を覗いたりしながら鞍部付近にトロトロ下って行くと、立木に右(南東)の埼玉側の谷を示して「→学沢」と赤ペンキで書かれていた。ペンキは先ほどのものと同じ感じだ。ということは、埼玉側から沢を登ってきた人が書いたものらしい…。
そこを過ぎて尾根ルートをさらに北東へ進む。そろそろ1546m峰への上り斜面となるようだ。尾根沿いには例の「秩父山地緑の回廊」看板なども表示されている。
ねくらハイカーは地形図に描かれている県境線通り東方向へ直登する。急斜面をえっちらおっちら登って行くと、やがてスズタケが疎らに生えて少しヤブめいた感じの山頂地点に着く。傍らの樹木には先人が付けたテープの目印があった。多分、ここが標高点のある1546m峰山頂だ。
この山頂も高木に覆われているので展望はないが、北側の樹間に諏訪山あたりが何とか確認できる。それから、北東方向には山腹に岩峰のような岩場がある1659m峰が間近に見える。
小休後、県境を北へ下る。尾根沿いはスズタケのヤブになっているが、疎らに生えているので歩きやすい。平坦な鞍部付近には埼玉県の休猟区を示す古い看板が設置されていた。境界を示すコンクリート杭も相変わらず打たれている。
上信国境線の山並みを眺めながら尾根沿いを北寄りに登って行くと、やがて境界標の古い木杭が打たれた肩状の地点に出る。等高線で大体1560mほどの地点で、県境はここから北東へ向かうようになる。傍らの立ち枯れの木にはサルノコシカケ科のキノコが生えていた。ねくらハイカーはここでまた一息つく。
休憩後、その1659m峰に向かって北東へ進む。右後方から柔らかな冬日が当たって何とも長閑な感じのところを登る。尾根沿いには苔むした古い倒木や岩などもあるが歩きやすい。このあたりは西上州独特の渋い山の雰囲気が漂っている。ねくらハイカーはこういう尾根を止め処なくどこまでも歩いて行きたい。
スズタケが生えてちょっとヤブめいた急斜面を登って行くと、左前方に派手な感じの岩峰が見えてきた。この岩峰は遠くから眺めても結構目立つ。
さらに北東へ登って高度を稼いで行くと、再び左方向に諏訪山が見えるようになる。それから、右側の樹間には遠く両神山の姿も確認できる。標高もそろそろ1600mを超えたようだ。
岩峰*の北側は日陰になっているので斜面に雪が残っていた。ここは無難に南側からゴツゴツした岩の多い斜面に取り付く。さらに東側に回り込んで登って行くと、やがてゴヨウマツと雑木類の樹木が疎らに生えた山頂部の岩場に出る。
そこからは、期待通り、西側に素晴らしい眺望が得られた。
それから南方には、三国山へ幾重にも折れ曲がりながらつづく上武国境尾根の後方に奥秩父の山並みが展開していた。
ところで地図上で確認すると、この岩峰付近も原氏が「ミミズクノ頭」とした陸測図1640mピークの候補地といえる。ねくらハイカーは以前はこの岩峰状の岩場を1659m峰の山体に付随しているものと思っていた。しかし今日登ってみると、1659m峰の山頂部から少し離れているのがわかった。規模からいうと「山」と呼べるレベルではなく、「○○岩」と呼ぶほどのところだが、別に「頭」とか「峰」と呼んでもいいような気がする。
岩峰から再び県境の尾根ルートに戻り、北東へ進む。尾根沿いは左の群馬側の斜面が日陰となっているので残雪が多い。スズタケのヤブになった斜面を登り、緩いコブ状のピークを過ぎる。このあたりから尾根ルートの日陰の部分に雪が見え出した。雪の上にはシカの山盛りウンチもある。
そのうちに尾根の傾斜が緩くなると、小ぢんまりとした日陰のピーク地点に出る。
この山は昭文社の地図に「滝谷山」と表記され、立木にその白塗りの古い標識が表示されいる。今回は古い標識以外にもう1枚黒塗りの標識が付いていた。それには「MHC 県境歩き隊」とある。前橋ハイキングクラブの標識だ。新しい感じなので、最近MHCの方々がこのあたりを歩かれたのかもしれない…。
さて、ねくらハイカーは山名以外でこの山に登った目的は他にもある。それは、この山頂に打たれた山の標石のことだ。以前ここを登ったときはそれほど気にとめなかったが、今回標石をじっくり見物してみた。
小休後、山頂から北へ下る。北側は雪が多めに残っていた。傾斜がちょっと急なので、滑らないように慎重に下る。ちょうどこのあたりから右前方(北東)の樹間に東へ延びる県境尾根がチラッと見えた。その吊尾根状の稜線付近にはイボのような突起も確認できる。天丸山のようだ。
このあたりの県境尾根の日陰部分には4cmくらい積雪しているところもある。日向になったところは完全に融けているの何の問題もない。明るい雑木林の鞍部付近にはまだまだ秋山の風情が残っていた。
それからまた北へ下る。北側は日陰になっているので、県境の尾根沿いには5cmほどの残雪があった。小鞍部を少し登り返すと、二つコブピークの北峰付近を過ぎる。この北側の斜面にも雪が4、5cm積もっていた。雪面にはシカの足跡が多数見える。
何か今回は春のときと違って、いくらか木陰もあり、ちょっと淋しげな雰囲気の山頂になっていた。西上州の山はこのくらいの渋さがちょうどいい。
小休後、県境ルートをさらに北へ進む。スズタケが疎らに生えた平坦な尾根筋をスタスタ行くと、すぐにテープ類の目印が付いたところに着く。諏訪山方面の分岐地点だ。このあたりからは北側の樹林の枝越しに帳付山が確認できる。
県境ルートを外れ、残雪がある笹ヤブの斜面に下る。さらに西寄りに下って行くと、やがて小鞍部に降りる。そこには立木にレースリボンなどの目印が付いていた。
ということで、小鞍部からスズタケのヤブの斜面に付いた細い踏み跡を追って南方向に下る。ねくらハイカーは踏み跡が途中から右下(西)の日向ブドー沢の谷へ向かうのだろうと思っていた。
これではどうしょうもない。ねくらハイカーの目算は最初から外れてしまった。仕方ないので、そこからは踏み跡などはまったく付いていない凹地状の斜面を南西方向へ下る。
緩い谷状の傾斜地を適当に下る。笹や灌木などが多少茂っているが歩きやすい。正面には遠く上信国境尾根の稜線も見える。
少し行くと樹木に林業関係者が付けるようなスプレーマークが見えた。こんなところに作業者が入っているということは、日向ブドー沢は手軽に遡行できるのかもしれない…。
水量は非常に少ないのでそのまま沢沿いを歩くことができる。苔むした岩の多い滑りやすい河原は適当に左右の雑木林の斜面に巻く。できるだけ歩きやすいところを選びながら下る。
沢沿いをトロトロ行くと、そのうちに右岸の斜面がカラマツの植林帯になった。間伐や枝打ちがキッチリ行われているようなので、この植林地に作業者が入っているのは間違いない。
それからまた日陰になった沢沿いを西へ進む。沢の水量は相変わらず少ない。落ち葉が積もった岩の多い沢筋を下って行くと、左岸に雑木林の平地があった。そこで左岸へ渡り、落ち葉が厚く積もった雑木林の中を進んでみる。
そんなことをグダグダ考えながら西へ進むと左岸がいくらか崖っぽくなってきた。そこでまた沢床付近に降りてゴーロ歩きとなる。そこから20mくらい進むと沢の両側がやや狭まってきた。ゴーロ歩きでも下れるが、そこは無難に右岸の段丘になったような斜面に上がる。そして西日が当たる台地状の平坦地に巻く。
そこからカラマツと広葉樹の雑木類が混じった樹林帯を南西寄りに進む。この右岸の斜面には作業道のような細い踏み跡が通っていた。このあたりは沢床付近と違って格段に歩きやすい。
しかし、5分も経たないうちに岩がゴツゴツした傾斜地となり、シカ道のようなルートを進むのが難しくなった。そこで落ち葉が積もった斜面を滑り下って沢床近くまで降りる。
そこからこれまた水量の少ない日影ブドー沢を渡り林道に上がる。
林道は日影ブドー沢に沿ってさらに奥へ延びている。
そこから林道を西へ辿る。右下に葡萄沢の清流を眺めながら行く。沢音以外に何も聞こえない静かな谷あいをトボトボ歩く。
さらに山側が切り立った崖になったところを過ぎると、右側に標識があり沢筋に細い滝がかかっていた。標識の看板には「ぶどう滝」とある。
葡萄滝から再び落ち葉が積もった道筋を西へ進む。
そうこうするうちに遮断機のゲートがある葡萄橋付近の林道入口に着く。林道名や水源かん養保安林等の各種看板がある旧道(本谷林道本谷支線)地点でちょっと一息つき、そこから南へ神流川本谷上流沿いの道(中之沢林道本谷支線)を歩いて朝の駐車地点に戻る。| 日程 | 2009年12月8日 (火) |
| 天候 | 快晴 北西寄りの微風 |
| 行程時刻 | 駐車地点(本谷三号橋・みみずく林道入口ゲート付近)8:18→(林道を北東へ)→(南へ)→魚留沢付近8:20→(北東へ)→T字路8:27〜8:29→(北へ)→(東へ)→林道崩落地8:35〜8:37→(東へ)→(北へ)→1057P北尾根突端部(取り付き地点)8:45〜8:46→(林道をそのまま北東へ)→(途中から戻り)→尾根突端部(取り付き地点)8:48〜8:55→(尾根筋を東または南東へ)→(途中、休憩2回計10分弱)→岩場(展望地)9:33〜9:45→(途中、休憩2、3回計5分強)→(南へ)→(途中、残雪面を東側に巻いてタイムロスあり)→1507P山頂部10:25〜10:45→(埼玉県境の尾根筋を東または北東へ)→(途中、右上へ寄り道)→1520P 11:10〜11:13→鞍部(「学沢」方面分岐?)11:17〜11:20→(途中から東へ直登)→1546P 11:27〜11:42→(北へ)→1560m付近尾根地点(日景長戸岩方面分岐)11:54〜12:10→(東または北東へ)→(途中、県境を外れ西へ)→小岩峰の岩場(展望地)12:26〜12:41→(西へ戻り、県境の尾根筋を北東へ)→(途中、小休あり)→1659P(山林局補点ピーク・滝谷山・ミミヅク峯?)12:52〜13:04→(北または北東へ)→無名1650P南峰13:25〜13:28→無名1650P北峰13:30〜13:31→ブドー沢の頭(葡萄ノ頭・葡萄峯?)13:42〜13:50→(北へ)→諏訪山方面分岐(山頂部北側1640m付近)13:52〜13:54→(県境を外れ北西または西へ)→小鞍部14:00〜14:03→(南へ)→(途中から南西または西へ下る)→(沢沿いを北東または西へ)→(南西へ)→日影ブドー沢出合(二岐)15:08→ぶどう沢林道合流地点(林道旧終点)15:08〜15:10→(林道を西へ)→第二葡萄橋15:15〜15:16→葡萄滝15:21〜15:24→ぶどう沢林道入口ゲート15:30〜15:32→(旧道を南へ)→葡萄橋15:32→美人平橋15:34→(新道に合流し南へ)→本谷一号橋(大蛇倉林道入口付近)15:43〜15:44→本谷二号橋15:50→山ノ神石碑15:59→本谷三号橋16:03→駐車地点16:03 |
| 備考 | ♦この記録中の山名については、高畑棟材 著『山を行く』(朋文堂刊)や原全教 著『奥秩父研究』(朋文堂刊)等を参考にしています。それから、『季刊 山の本 No.63』(白山書房 2008年刊)に掲載された岡田敏夫氏の記録(「赤岩峠から三国山」)なども参照させていただきました。 ♦この記録では「ミミズク」と「ミミヅク」を書き分けています。これは高畑氏や原氏が著書で用いた表記をそのまま記述したものです。現行の地形図などには「ミミヅク沢」という沢名が表記されています。しかしながら、旧高崎営林署が設置した林道の礎石には「みみずく(ミミズク)林道」となっていました。これは多分フクロウ科の野鳥から来ている名称と思われるので、現代仮名遣いの「ミミズク」に統一すべきですが、すでに固有名詞となっているようなので、旧仮名遣いの「ミミヅク」もそのまま表記しました。 |
◇ T N H C ◇