切明から裏岩菅山



 ねくらハイカーは1990年代前半に信州の志賀高原から岩菅山(いわすげやま・いわすごやま)に登った。時節はちょうど筍採りの頃で、ノッキリへつづく林道の登山口には地元の人たちの車が沢山駐車していて、かなり賑やかな雰囲気だった。

 山へ登る人も相当多いのだろうと思っていたが、ノッキリから岩菅山への尾根道では誰ひとりとして登山者やハイカーに会うことはなかった。筍採りの最盛期にわざわざ山歩きのために入山するヤツはねくらハイカーくらいなものだった。

 そのときは天気がよかったので、岩菅山からさらに裏岩菅山の北側まで足を延ばしてみた。ところが、裏岩菅の先の岩場のあるピーク付近にかかると、突然どこからともなくブヨの大群が現れ、顔や手を多数刺されてしまった。そこで山行は諦め、岩菅山へ逃げ帰ることとなる。その際ブヨの集団はしつこく裏岩菅の南側まで追ってきた。ねくらハイカーは改めて山の吸血虫の執念深さを思い知る。

 それから、顔をボコボコに腫らして駐車地点に戻ると、今度はねくらハイカーの車のフロントガラスに白い紙がべったり糊付けされていた。よく見ると、それは山菜採りの鑑札が提示されていないことを警告する貼り紙だった。このあたりは今も昔もそうだが、部外者の山菜採りが禁止されていて、奥志賀の林道沿いには山ノ内町や栄村が設置した山菜採り禁止区域の看板が至るところに立っている。ねくらハイカーはよそ者の筍採りに間違えられたというわけだ。

 林道に駐車している地元ナンバーの車を覗くと、ダッシュボードの上に許可書のようなカードが置かれている。これは山菜採りに間違えられても仕方ないということで、時間をかけて丁寧に貼り紙を剥がし、どうにか家路につく。
 その翌年の夏の終わりの頃、今度は栄村の切明から岩菅山の北東にある烏帽子岳に登ってみようと出かけてみた。しかし、登山道は切明発電所の調圧水槽の上付近から微かな踏み跡程度となり、やがて廃道同然の笹ヤブの斜面になってしまった。そこでねくらハイカーは、烏帽子岳の姿を見ることなく途中で撤退することになる。

 それ以来、機会があれば再度切明から烏帽子や裏岩菅に登ってみようと考えていたのだが、いつの間にか月日はダラダラ過ぎてしまった。最近、ネットでこのあたりの山の記録を拝見すると、岩菅・切明間の笹ヤブが近年刈り払われ登山道が復活したことが出ていた。志賀高原から岩菅山へ登り切明に下る縦走記録がすでに数多くアップされている。それから、切明から烏帽子岳に登った記録もある。ということは、今では切明から明瞭な登山道を歩いて烏帽子岳に行けるようだ。そこで、9月の晴天の日を狙って下水内郡栄村の切明方面へ出かけてみた。
国道沿いから南西方向[中央奥にマムシ沢、左上に笠法師山]  家を出るのが遅れて、国道405号で秋山郷に入る頃には夜が明けて朝日が眩しいくらいに降り注いでいた。

 中津川左岸に聳える鳥甲山の荒々しい姿はいつ見ても見事だ。暫し鳥甲山の雄姿を眺めながら車を南へ走らせる。

 以前佐武流山に登ったときは和山温泉入口分岐の先で通行止めだったが、今回は通行できるということで、そのまま山腹の国道を進む。途中、樹間が開けたところから南西方向に山並みが見えた。今日登る山尾根らしい。

 さらにカーブ道を少し行くと、道路沿いにワゴン車が1台駐車していた。山側には何か登山口の看板が見える。それから登山計画書の紙が入ったボックスもある。

 車を停めて見物すると、看板には「R405 佐武流山登山口」とあり、傍らには「十二林班歩道」という標識も立っていた。アレ、ここが佐武流山の登山口か…?

 そこで、手持ちの古い昭文社の山と高原地図を見ると、国道沿いから鉾岩の西側を通ってエラクボ平付近の林道に薄い破線道が描かれていた。つまり、この登山口から山腹の歩道を辿って檜俣川右岸の中津川林道に行くらしい。路肩も少し広めになっているので、もしかすると、この看板地点が正式な佐武流山登山口なのかもしれない…。
 そこから少し車を南西に走らせると、中津川林道が分岐するY字路となる。ねくらハイカーは3年前この林道分岐から佐武流山に登ったが、今日ここから歩いている人はいないようで、ゲート付近はひっそりと静まり返っていた。

 そこから道路は下りカーブとなり、途中右に和山温泉からの分岐道を見てヘアピンカーブを下って行くと、やがて切明温泉雄川閣*の建物や中津川に架かる切明橋が見えてくる。

 岩菅山への登山口は雄川閣の駐車場から下の吊橋を渡った切明発電所側にあるのだが、温泉客でない者が断りも入れずに勝手に駐車してもマズイので、切明橋を渡った雑魚川沿いの路肩に駐車して本日の出発地点とする。以前駐車したところなので問題ないだろう。

[*秋山郷温泉保養センター雄川閣]
 山歩きの準備をしていると、切明温泉の方から橋を渡って行楽客らしい中高年の男女の3人連れが漫ろ歩きでやって来た。そのうちの女性客のひとりが目敏くねくらハイカーのボロ車のナンバーを見て、「アレ、お宅は群馬のどちらから?私たちは渋川からよ…」などと声をかけてきた。

 同県人の誼みということで少し立ち話をする。今日は岩菅山の方へ登ることを伝えると、「へぇー、岩菅山から道が通じているんですかぁー?」と目を丸くして訊いてきた。こちらは少し得意になって、一般の人は一泊二日で志賀高原から縦走するコースですが、自分はすでに岩菅山に登っているので今日はここから逆コースで登るということを話すと、「へぇー」と感心した表情になった。こちらはさらに観光ガイドにでもなったように、「ここは温泉もあり、苗場山や鳥甲山そして佐武流山などに登れて、自然に恵まれた景勝地ですよ…」などと宣伝文句を並べ立てる。
切明橋(西側左岸から) 切明橋から中津川上流方向、発電所へ行く吊橋あり  それから2、3分秋山郷の観光宣伝をしてから、「では、お気をつけてー」と声をかけてもらい駐車地点をあとにする。気温は11℃ほど。いくらか秋めた感じで気持ちいい。

 切明橋から南方の中津川上流方向を眺めると、雲ひとつなくきれいに晴れ上がっていた。今日は展望のある山歩きが期待できそうだ。

切明発電所への吊橋(右岸) 渡った対岸が登山口、通行止めの看板あり、左奥に登山道(巡視路)  雄川閣の建物を左に見て坂道を下りさらに吊橋を渡る。橋の手前には上流の渋沢ダム放流時の注意書きの看板が設置されていた。

 吊橋を渡ると右手に切明発電所の建物が見えるが、岩菅への登山道は通行止めの看板標識から左奥につづいている。

登山道(巡視路)  登山道といっても上の調圧水槽へ行くための巡視路なので、かなり整備されている。まずは九十九折のジグザグ道で高度を稼ぐ。

 ところが、ブナの多い樹林帯を朝の木漏れ日を浴びながら清々しい気分で登って行くと、突然7、8mほど先のところに黒い影が見えた。

 一瞬立札の看板のように見えたが、微妙に動いている。もしかして、黒いヤツか?ギョッとして身構える。

前方にこちらを窺うニホンカモシカ  しかしよく見ると、大きさが小鹿ほどのニホンカモシカだった。そこで息を潜めてパチリと一枚。カモシカは急に人と鉢合わせをして状況が理解できないのか、もしくは人を威嚇しているつもりなのか、登山道の折り返し付近でじっとこちらを窺っている。

 ここで睨めっこしていても埒が明かないので、ねくらハイカーは登山道を避けて斜面をショートカットしようと右上に取り付いてみる。すると、カモシカは急に危険を察知したかのように、東側の斜面へ飛ぶように逃げ去った。

 ねくらハイカーはヤレヤレということで、再び巡視路の登山道を進む。それにしても、発電所から50mも離れていないところにカモシカがうろついているのだから、いやはや驚いた。切明は本当に自然が豊かなところらしい。

調圧水槽から発電所への導水管(水圧鉄管) 登山道沿いから白ー方面  気を取り直して登山道を上がって行くと、右側に上の調圧水槽から発電所に通じている導水管(水圧鉄管)が見えた。直径2m以上もある太い管だ。

 導水管沿いには鉄パイプの手すりなども設置されている。そのあたりからちょうど北西方向に山尾根のピークが望める。鳥甲山南東稜の三角点ピーク(白ー)のようだ。

前方に建物あり  そこからさらに朝日が当たる道筋を登って行くと、今度は左側(南東)の樹間に山尾根が見えた。方向からすると、佐武流山あたりだろう。今日は雲ひとつ出ていないので、山の稜線がきれいに見える。

 右側に導水管を見ながら尾根筋を上がって行くと、やがて前方に建物が見えてきた。調圧水槽の施設だ。

矢印に沿って施設の中へ  まずは東側の手すり付きの階段を上り、巡視路の矢印に従って建物の中に進む。

 緑色に塗られた柵越しに落ち葉などのゴミを取り除くような格子が見える。ここに中津川や雑魚川の上流部から水が集められ、下の切明発電所に落とすわけだ。

建物西側から北東方向 尾根筋を南へ、岩菅方面の道標あり  建物を抜けた西側のコンクリート面で一息つく。東方向に大岩山やナラズ山あたりの山影が確認できる。

 小休後、岩菅方面を示す道標に従って南へ登る。尾根筋の登山道には樹脂製のステップなども付いている。

雑魚川取水口への巡視路(廃道?)分岐、左へ  調圧水槽の建物からちょっと上がったところの道標地点が雑魚川の取水口へ行く巡視路の分岐だ。水平に走る巡視路の踏跡はヤブに覆われているので、現在は廃道らしい。

 そこは道標に従って左へ曲がり、次の電柱類や建物がある手前を右に折れて尾根沿いを登る。昔はここから上がヤブの斜面になっていたが、現在はきれいに刈り払われた道が通っている。暫くはブナが多い広葉樹主体の樹林帯を進む。

刈り払いされた登山道  登山道は刈り払いされて良好な状態なのだが、登る人が少し体力が衰えて良好な状態ではないので、傾斜がきつくなるとたちまちペースが落ちる。先が長いということで、ブナ林の木陰で呼吸を整えながらトロトロ行く。

 このあたり、地形図や昭文社の地図にはマムシ沢側に巻くようなルートが描かれているが、実際はシジミ沢側に面した尾根筋を南方向に登っている。

 途中の滑りやすい斜面にはトラロープなども設置されていた。今年は8月下旬から雨が多かったためか、登山道沿いはじめじめして結構滑りやすい。

 気温はまだ18℃だが日が当たると暑い。ヘタレハイカーは尾根道の途中で早くも2回目の休憩タイムとなる。そこはブナやゴヨウマツの大木も生えていて、古い長野営林局の境界見出標が付いていた。

 休みながら傍らのブナの幹に目をやると、昔の登山者が彫った切り付けがあった。それには「S 四十七 十二 上田…」という文字が読み取れる。今から三十数年ほど前の初冬の頃に、上田某氏が志賀高原から切明に縦走されたのだろうか…。いろいろ想像できて面白い。
ていねいに刈り払いされた登山道  休憩後、尾根筋をやや南西寄りの方向に登る。このあたりから登山道沿いにはシャクナゲなどの灌木類も見えるようになった。登山道は笹刈りが万全に行われているので至って歩きやすい。登る人の体力次第でいくらでもペースを上げることができる道だ。

 ねくらハイカーは普段の不摂生が祟って、傾斜がきつくなるとたちまち息が上がってしまう。いつものように休み休み登る。

文字が消えた標識[切明・岩菅間の登山道を示すもの]  尾根のコブ状地点を過ぎると、いくらか傾斜も緩んで一時的に平坦な尾根道となる。そのあたりから前方右方向の樹間になだらかな山並みが見えはじめた。地図で確認すると、1780m峰らしい*。

 それから登山道沿いの樹木には白塗りのブリキ標識が目立つようになった。昔の岩菅・切明間の登山道を示すものらしいが、現在は文字が消えてのっぺらぼうの白板と化している。また、2m以上のネマガリダケが繁茂しているところには蛍光のピンクテープが付いていた。しかし現在のところ、笹が万全に刈り払いされているので、テープ類の目印は必要ない。

[*あとで確認すると、実際に見えたのは1780m峰の東隣にある等高線で1770m圏の小ピーク。]

笹と雑木林が茂る尾根道  そのうちに傾斜が増すと、ヘタレハイカーは再び立ち止まり、小休タイムとなる。気温は22℃になっていた。

 以前登ったときは、このあたりで引き返したようだ。今は笹がきれいに刈り払われているので、昔歩いたときの記憶が蘇ってこない。あのときは笹ヤブの斜面でびしょ濡れになってしまい、途中から体温低下で調子が悪くなり、三角点ピーク(笠法師山)を見ることなく引き返した。多分、このあたりか少し先で撤退したようだ。

 ねくらハイカーはどうも最近ボケ気味で、昔の山行を思い出すことができない。

南方向に笠法師山  シジミ沢側に面した尾根沿いを登って行くと、やがて左前方に少し尖ったピークが見えてきた。1780m峰[1770m峰]の左側にあるので、多分三角点ピークの笠法師山だろう。

 このあたりでは日差しがモロに当たる。笹の陰になったところを選んで登る。日陰に入ると結構涼しい。登山道沿いに秋の花は見えないが、ナナカマドの実が真っ赤に色付いていた。

 それから、樹木にはブルーシートの切れ端が付いている。このあたりから登山道には枯れた笹の葉が見えはじめる。今年刈られたものらしい。さらに進むと、登山道の真ん中に小さな焚き火の跡があった。笹刈りの作業者が暖をとったのかもしれない。

登山道から南方向、左奥に笠法師山、右上に1770P  そのうちに尾根筋から少し左に巻き、ネマガリダケが茂った斜面をジグザグに登る。そして再び尾根沿いを進む。このあたりは枯れた笹がフワフワして少し歩きづらかった。

 体力が衰えたヘタレハイカーは、ここでまた笹や樹木の陰に入って休む。9月とはいえどもまだ夏の日差しだ。温度計では25℃だが、実際の体感温度は30℃に近い。日陰に入ると、温度計は20℃くらいに下がる。

北東方向、中央に大岩山・月夜立岩、右後方に赤倉山・ナラズ山 後方にナラズ山〜佐武流山  このあたりから樹木はブナやダケカンバなどの広葉樹に混じってコメツガやシラビソなどの針葉樹も見えるようになった。

 標高も大体1700mを越えたようで、笹刈りされた斜面から後ろをふり返ると、大岩山や月夜立岩がくっきり見えた。それから、大岩山の後方に苗場山の山頂台地の一部も目に入る。その右には赤倉山からナラズ山そして佐武流山へと連なる稜線も見渡せる。

前方左上に笠法師山  さらに左前方に笠法師の三角峰*を眺めながら笹地の斜面を登って行くと、なだらかな平坦地となる。何か曰く有りげなところで、傍らの立木に茶色のブリキ板の標識が付いていた。しかし文字は消えている。

 地形図で判断すると、1780m峰の東側にある等高線で1770mの山頂だ。ねくらハイカーはここで今まで1780m峰と思っていたピークが東側の1770m峰であることがわかった。

[*川崎精雄氏の『雪山・藪山』によると、秋山郷では裏岩菅山のことを笠法師(かさのぼっち)、この三角点ピークの笠法師山をユズリネと呼んでいるとのこと。]

1770P山頂付近の刈り払い道 「まむし沢の頭」標識(1770P南側)  山頂付近からは樹林越しに笠法師方面がいくらか見えるが、クリアーな展望はない。そこから両側にネマガリダケが密生した登山道を南へ進んで行くと、展望のあるところに出る。

 傍らの枯木には、ネットの記録で見たことがある「まむし沢の頭」という貼り紙形の標識が付いていた。

「まむし沢の頭」から南方向、笠法師山(左)・烏帽子岳(右後方) 「まむし沢の頭」から東方向、左奥に佐武流山、手前下側に幕営地あり  そこからは、笠法師山の右後方に大きな山並みが見えた。烏帽子岳だ。

 つまり、この笹ヤブに覆われた1770m峰がマムシ沢の源流に位置しているわけだ。標識には「志賀高原地区山岳遭難防止対策協会・志賀高原観光協会」という文字が見えるので、地元に方が付けたものらしい。

「まむし沢の頭」の南東側鞍部に幕営地広場あり  そこから登山道を南東へちょっと下ると、笹が大規模に刈り払われた平坦地の鞍部となる。登山道が通る真ん中には大きな焚き火跡が見えた。

 よくわからないが、幕営地となっている広場らしい。ここからも笠法師・烏帽子岳方面がよく見えた。

笹陰がある登山道  広場から笹の葉が多めに残る登山道を南へ進む。このあたりは2m以上のネマガリダケが密生していた。笹陰になった斜面は湿っている感じで、岩には苔が生えている。

 浅めに笹刈りされた道筋にはオヤマリンドウの蕾が多数出ている。笹といっしょに草も刈られてしまうので、このリンドウは笹刈りされたあとに花芽が出てきたものらしい。

笠法師に向かって南へ  笠法師の山頂部を眺めながら尾根沿いを南へ進む。笹刈り道は相変わらずシジミ沢側の斜面を通っている。

 このあたりは部分的に3mほどのネマガリダケが茂っていた。道筋には朽ち果てた昔の倒木も多い。そのうちにシラビソやブナが多い山陰の樹林帯に入る。

立木に水場の標識あり(笠法師山北西側の山腹)  笠法師山北面の山腹を南から東へ方向を変えて進んで行くと、左側の立木に標識が4、5枚付いていた。そこから細い踏み跡が左下に分岐している。

 青いブリキ板には「水場」とあり、今まで歩いてきた登山道方向に「切明2時間・マムシ沢60分」と書かれている。それから、白の貼り紙形の標識には「湧水」という文字が見える。水場への分岐地点らしい。

 地形図などから判断すると、ちょうどシジミ沢の源流部に当たる地点ということで、ここから北東に下れば沢源流の水場があるようだ。ねくらハイカーはまだ水はあるので、山腹の道をそのまま東へ進む。

笠法師北面の山腹道  このあたりは日陰になっていて、かなりじめじめしていた。笹刈りされた斜面にはシダ類が多く生えている。

 気温は20℃以下で涼しい。夏場に刈られた笹はまだ枯れずに青々している。このあたりから、左(北)側の樹間に今まで歩いてきた山尾根と鳥甲山が見えた。

南西へ向かう山腹道から笠法師山南尾根、奥に烏帽子岳  笠法師北面の道を南東へ進むようになると、また日が当たり出す。左方向には依然として佐武流山方面が見える。

 橋のような形状の倒木を潜り抜け、3m以上のネマガリダケの密生地を進む。気まぐれに今年刈られた竹を手に取ると、直径が2cmもあった。このような竹は昔は竹細工に使われたものだが、現在は捨てられてしまうようだ。

 急斜面の山腹を水平に走る道は、そのうちに南へ向かうようになる。笹ヤブの中にコメツガやシラビソが疎らに生えている斜面を緩く登って行くと、やがて山腹を南西へ向かうようになる。そして日当たりのよい斜面をマイペースでトボトボ行くと、前方に烏帽子岳の山頂部が見えてきた。手前の山尾根が笠法師の南尾根だろう。

笠法師山南尾根の標識地点  山腹の道は途中から斜面を折り返してジグザグに登るようになる。笠法師の南尾根に上がると、右(北)側の立木に茶色のブリキ標識と白の貼り紙標識が付いていた。

 ブリキ板には「(笠法師岳)」とあり、今まで歩いてきた方向を示して「水場30分・マムシ沢60分・切明2時間半」と書かれていた。アレ、先ほどの水場分岐の青ブリキにも「マムシ沢60分」となっていたぞ。標識によって「マムシ沢」地点が違うようだ…?

 ところで、貼り紙形の標識にはこの地点を「笠法師山北稜」としていた。ここは笠法師山の南尾根ということで、笠法師山南稜だろう…。何かの手違いだと思うのだが、地元の方が付けた標識ということで、如何ともしがたい。明らかに笠法師山の山頂から南側にズレた尾根地点なので、茶色ブリキの表示の方が正しいと思われる。ここからヤブ尾根を北へ辿れば笠法師山の三角点に行けるのだが、ヤブ漕ぎする時間がないので、そのまま登山道を南へ進む。

笠法師南尾根付近から烏帽子岳  このあたりは両側が背丈くらいの笹ヤブになっていた。尾根筋を少し行くと、展望のあるところに着く。景色がよさそうなので、右側の岩場に上がり南方の烏帽子岳方面を眺める。

 この烏帽子岳は多分東側の魚野川の沢筋から見て付けられた山名だと思われるが、北東側から見ても、中々ボリュームがあり迫力のある姿をしている。北東斜面にはこれから登る刈り払い道のルートが一目瞭然だ。

笠法師南尾根展望地から北東方向、後方に苗場〜赤倉・ナラズ 東から南東方向、後方にナラズ〜佐武流・沖西〜白砂・八十三  岩場の展望地からは北東の苗場、東の赤倉・ナラズ・佐武流、南東の白砂・八十三・堂岩・八間、南の三引・三壁・大高などの山々を一望の的に見渡すことができた。

 苗場山から信越・上信国境に連なる遠大な山稜は「素晴らしい!」のひと言に尽きる。

笠法師・烏帽子間の最低鞍部  小休後、ヤセ尾根の岩場を下る。見た目は厳しい感じの岩場だが、固定ロープが付いているので安心して下れる。細い登山道はヤセ尾根の西側を搦んで通っている。

 南西方向へ一気に下り、再び日の当たる尾根筋に出ると、地形図の最低鞍部となる。そこから烏帽子岳東面の岩壁などを眺めながら笹地の急斜面を登り返す。

 ヘタレハイカーはここで急激にペースが落ちる。東の魚野川の谷あいから吹き上がってくる風が何とも心地よい。

針葉樹の林に入る 右(西)側の林の中に幕営地スペースあり  尾根道はそのうちに傾斜が緩くなり、針葉樹が多い樹林帯に入る。木陰になった道を進むと、右(西)側の林の中に広場のようなところが見えた。手前の木々の間に折り畳まれたブルーシートが置かれ、その奥に広場のようなスペースがある。

 何かあるのか奥へ進んで行くと、立木に例の貼り紙形の標識が付いていた。それには「湧水(沢水)」の文字があり、さらに細い踏み跡が北西側のヤブの中へつづいていた。おそらく、ここも刈り払い作業者の幕営地らしい。水場の標識もあるので、一般の登山者に利用されているのかもしれない。

烏帽子岳北東面、幅広の刈り払い道  ねくらハイカーは日帰り予定ということで、見物もほどほどに登山道に戻る。

 そこからまた急斜面の登りとなる。暫くはフラットな斜面を辿る。このあたりは笹刈りの道幅が4m以上もあった。笹がすぐに繁茂するからといって、なぜこのように幅広に刈られるのか不思議な気がする。もしかすると、このルートは残雪期の山スキーコースとして使われているのかもしれない…。

 両側が背丈以上の笹が密生した烏帽子岳北東側の斜面をゆっくり登る。途中、後ろをふり返ると、笠法師山の少しなだらかな感じのトンガリピークが見える。その左後方に鳥甲山も見えてきた。急斜面を少し登ってまた休む。このあたりは、風が笹に遮られて少し暑かった。

烏帽子岳北東尾根から笠法師山、右後方に大岩・苗場方面 左下に烏帽子岳東面の断崖あり  再び亀の歩みで笹地を進む。古い倒木を潜りながら登って行くと、一時的に樹林帯の日陰の斜面になる。このあたりも結構湿っていて、刈られた笹はまだ青々していた。

 その日陰の斜面を抜けると、再び眺めがよい尾根道となる。周りの山や谷を見ながらトロトロ行く。尾根沿いは風が通るので涼しい。途中、立ち止まって左下の滑り台のようなスラブ状の断崖に目をやる。絶景というか、尾根筋から東側に一歩足を踏み外すと、真逆さまに魚野川の谷底へ墜落しそうだ。

笹原の緩斜面(烏帽子岳山頂付近)  さらに登って行くと、登山道沿いに見えるシラビソやオオシラビソの針葉樹が矮小化してきた。シラビソ類に混じってハイマツの群落もチラホラ見えるようになる。標高もすでに2000mを越えているようだ。

 周りの笹も膝丈ほどになってきたが、登山道は相変わらず低く刈られている。このあたりで、ねくらハイカーはどこか高原の牧草地を歩いているような気がした。

烏帽子岳山頂  そのうちに傾斜も緩くなり、少し西寄りの方向へ歩いて行くと標石が埋設されたところに着く。烏帽子岳の山頂(2230m)だ。

 この平坦な山頂には三等三角点の標石と文字が消えた白板の標識があるくらいで、山名板などは付いていない。ネットの記録で見た張り紙形の標識は剥がれ落ちてしまったのかもしれない。それから、作業者のものかもしれないが、小さな焚き火跡も見えた。

 展望は、北側が低木の針葉樹が茂っているのでよくないが、南側は背の低い笹原ということで絶好の見晴らしが展開していた。

南東方向、白砂・八十三・岩堂〜八間〜三引〜三壁 南方向、三引〜三壁〜大高・小高〜ダン頭、右奥に浅間  北西の赤倉山から南東の白砂山へつづく信越国境の稜線、それから南方の上信国境の峰々、さらに南西の草津白根や横手の山々も見える。

 特に上信国境の小高山とダン沢ノ頭の間にあるオッタテ峰の小突起の上に浅間の山影も微かに確認できた。

南西方向、ダン沢頭(左奥)の右後方に草津白根・横手、左後方に浅間  さて、時刻はすでに12時半をまわっているということで、時間的にはここで戻った方がベターなのだが、以前岩菅山に登ったときは裏岩菅の北東側までしか歩いていないので、できれば裏岩菅まで行きたい。

 片道1時間半として3時間で烏帽子岳に戻れば、あとは明瞭な登山道があるということで、多少遅れても何とかなるだろう…。

 そのように甘く考えて、休憩後、裏岩菅山方面に進んでみる。

烏帽子岳西側の登山道から裏岩菅山方面  低く刈られた笹原の道を西寄りに進んで行くと、前方にゆったりとした姿の裏岩菅山が見えた。裏岩菅の左側に見えるピークが岩菅山らしい。

 実際に肉眼で見ると裏岩菅山も結構遠い感じがする。はて、あそこまで1時間半で行けるだろうか…。少し不安がよぎる。山の眺めはいいのだが、時間的にヤバそうなので、景色を楽しみながらの山歩きとはいかないようだ。

 それでも、左下の魚野川上流の沢筋や上信国境の稜線を眺めながら行く。相変わらず日差しは強いが、南東から吹きつける風が涼しい。これくらい風が吹いていると、ブヨも出ることはないだろう。

左下に魚野川上流の谷、奥上部に上信国境(大高〜ダン沢頭)  尾根道からは左下に魚野川上流の谷あいがよく見えた。その後方に聳える大高山やダン沢ノ頭あたりの国境線を眺めると、鈴木牧之の『秋山記行』に出ていた秋田の猟人が歩いたという草津へ抜ける道(沢ルート)のことが思い浮かぶ*。

[*今から180年ほど前、『北越雪譜』で有名な越後塩沢の文人・鈴木牧之(1770−1842)が秋山郷に旅して『秋山記行』という紀行文を書いた。それによると、牧之が秋山郷最奥の湯本(切明温泉)に入ったとき、羽州秋田から来た二人の猟師に会った。猟師の話を訊いてみると、彼らは代々に渡って晩秋の頃秋山郷の奥まで入り込み、動物や岩魚を獲ってそれを上州の草津温泉に運んで売り捌いているとのこと。その草津へのルートが一般的な野反越えの道(秋山道・旧草津街道)ではなく、魚野川の上流を沢伝いで上信国境まで上がり、そこから入山に抜けて草津へ入るものだった。

 後年いつの頃かわからないが、画家でエッセイストの辻まこと(1913−1975)が『秋山記行』を読んで興味をもち、この江戸時代の猟師が辿ったという魚野川の上流に遡って行ったところ、実際に岩魚獲りの笹小屋があり、カモシカのチャンチャンコを着たひとりの猟師に出会う。話を聴くと、彼もまた秋田の猟師ということで、辻氏は200年前の伝統が人跡稀な渓谷で綿々と生きつづけていたことに驚く。もっとも、この猟師は獲った岩魚を江戸時代のように草津ではなく、信州へ運んでいたようで、先祖が辿った道を歩いていなかった。辻氏は猟師と暖かい笹小屋で一夜を語らい、まるで「二百年前の人物に会ったようにおもった」と感動する。何か物語染みた話だが、実際にあったことらしい。]

大高山〜小高〜オッタテ峰〜ダン沢ノ頭の稜線[小ズーム画像]  ところで、戦前に出版された上信越付近の山のガイドブックを参照すると、その秋田の猟師が辿ったらしい沢登りのルートが出ている。

 それは魚野川の上流部にある小ゼン沢を遡って上信国境のオッタテ峰付近の鞍部に上がって行くもので、おそらく、猟師のルートは小ゼン沢から現在の昭文社の山と高原地図『志賀高原・草津』のオッタテ峠付近の鞍部に上がり、鷹巣ノ尾根を経由して入山村(現六合村)に下り草津へ入ったのだろう。

 その谷筋のルートがこの尾根道からバッチリ見える。地図を片手にねくらハイカーの歩みも自然と遅くなる。途中で立ち止まっては南方を眺め、地図と稜線を照らし合わせながら行く。秋田の猟師はあの小高山の右(西)側に上がって上州側に抜けたのだろうか…。いろいろ想像できて、面白い。

手前に2236P(中岳)、後方に裏岩菅山  いつまでも興味は尽きないが、今日は時間的に厳しいので、西へ急ぐ。小ピークを越え、前方に昭文社の地図で中岳*と表記された2236mピークの尖峰を見ながら尾根道を進む。

 登山道は相変わらず低く刈り込まれていて歩きやすい。いくらか足のピッチを速めてみるが、体力が衰えたヘタレハイカーは思うように足が動かない。そこでいつものようにダラダラ歩く。

[*以前のガイドブックには、中岳は裏岩菅山の北側にある平頂の2180m峰としていた。現在は昭文社の山と高原地図に表記された2236m標高点ピークを中岳とするようだ。]

中岳(2236P)山頂、図根点相当の標石あり 中岳の標識  どうにか中岳(2236m峰)の山頂に出ると、笹刈りされた道筋に標石が打たれていた。側面に「山」とあり、その反対側に「公共」も文字が彫られている。図根点相当の標石ということで、この2236m標高点が図根点となっているようだ。

 傍らの枯木にはボロボロになった貼り紙標識と茶色のブリキ標識が付いていた。貼り紙標識には「中岳」とある。

南西に裏岩菅山  そこから岩の多いヤセ尾根っぽい感じの尾根筋を西へ辿る。登山道沿いには蛍光ピンクテープも付いている。一旦岩場を巻いて下り、再び尾根道を進む。

 次のピーク付近から北に鳥甲山方面がよく見えた。北東には苗場山も確認できる。南西にはこれから向かう裏岩菅山が秀麗な三角峰という艶姿でゆったり構えている。

 以前岩菅山から歩いたとき、ねくらハイカーはこのあたりでブヨの群れに遭遇した。季節は秋ということで、今日は吸血虫に襲われる心配はない。

針葉樹の樹林帯へ、ぬかるみあり 2180Pの山腹道へ  そこから岩の多い斜面を下る。ルートはしっかりしているので簡単に下れる。それからまた低木の針葉樹の林を通る。このあたりは湿っていてぬかるみが多い。

 そのうちに2180m峰の山腹を巻いて南へ向かうようになる。このあたりの笹地も道幅が広く刈られていた。依然として日差しは強く、気温は日向では25℃を超える。途中、笹陰に入って休憩。日陰に入ると22℃くらいに下がる。

西側に小湿原あり  裏岩菅の山頂部を見ながら平坦地を進んで行くと、右(西)側に小さな湿原があった。湿原はすでに薄っすら色付いている。山の秋は早い。

 さらにその先へ進むと、笹原が円形に刈られた場所が見えた。笹の葉はまだ青々しているので、今年の夏に刈られたものらしい。

 ここも刈り払い作業者が泊まったところだろうか…。まさかこの湿原を水場としているわけではないだろうが、刈り払いの作業者はどこでも自由に泊まっている感じがする。

南方に裏岩菅山頂部  そのあたりから緩やかな登り道となる。途中、傍らの樹木に壊れた樹脂製の標識が付いていた。それには「岩菅−切明」とあり、「一の瀬旅館組合」の文字も見える。標識は昔、岩菅・切明間が盛んに歩かれた時代のものらしい。こういう標識を見ると、気分はすでに奥志賀の山にいるという感じになる。

 登山道はそのうちに傾斜がきつくなり、笹に混じってコバイケイソウなどの草類が刈られた斜面をトロトロ登る。丹念に笹刈りされた急斜面を何とか登りつめて行くと、周りの樹木にはハイマツが多くなってきた。

裏岩菅山頂付近から焼額山、右後方に高標山 裏岩菅山山頂(2341P)、山名板・図根点標石あり  そのうちに傾斜が緩やかになり右(西)に焼額山が見えるようになると、板状の岩がゴロゴロしたところに出る。

 ここが2341mの標高点で、裏岩菅山の山頂だ。この山頂には山名板と図根点の標石が設置されていた。周りは背の低いハイマツが生えている程度なので、見晴らしはいい。

南東方向、奥に白砂〜八間、中に三引・三壁、右手前に大高  苗場から佐武流・白砂・堂岩・八間・三壁・大高・小高・ダン沢頭等が見渡せる。それから横手・草津白根方面も見える。横手山の右後方に見える山影がねくらハイカーにはイマイチ不明。四阿山だろうか…?

 そして、西側の焼額山の遥か後方雲の上に見えるギザギザした山の稜線が北アルプスらしい。

南方向、手前に2337P、後ろに横手・草津白根方面  残念ながら、先ほどまで上信国境線の上に出ていた浅間の山影は雲の中に埋没していた。

 それから、この地点から一等三角点峰の岩菅山は見えない。多分、南の2337m標高点まで行けば見えるようだが、ねくらハイカーにはそこまで行く時間はない。

裏岩菅山頂付近から烏帽子岳方面、後方に苗場〜佐武流 裏岩菅下りから北方向、手前に2180P、後方に台倉〜鳥甲・白ー  時刻はすでに2時半をまわっていた。小休後、往路を北に下る。裏岩菅山の下りからは右に烏帽子岳につづく山尾根、正面に鳥甲山方面が見える。山々はいくらか西寄りの日を浴びて薄っすら秋の気配が漂っている。

 往路では気づかなかったが、低く刈り払いされた笹の下にゴゼンタチバナの実が赤く色付いていた。それから、名前はわからないがイワウメのような白い花も見えた。

西側の前衛峰(2200P)付近から中岳(2336P)  ねくらハイカーは遠方の景色を眺める余裕はなく、坦々と刈り払い道を歩む。2180m峰南面の山腹を巻き、ぬかるみの多い針葉樹の林を抜けて東に進む。

 中岳(2336m峰)は西側から見ると、手前のピーク(2200m峰)と重なって双耳峰っぽく見える。その手前のピークの岩の多い急斜面を登り、さらに南側を巻き細尾根をつめると、再び中岳の山頂に立つ。裏岩菅からここまで45分。

中岳下りから烏帽子岳への尾根筋、  一息つく間もなく東へ下る。

 中岳の下りから烏帽子岳につづく尾根筋を眺めると、北側が針葉樹、南側が笹という対照的な姿をしていた。これは人為的な伐採が入った斜面ではなく、自然が造ったものらしい。

西側の尾根道から烏帽子岳山頂部  そこからまた魚野川が流れる谷あいや上信国境の山々にチラリと目をやりながら、左右対照的な植相の尾根筋をトロトロ進むと、再び烏帽子岳の山頂に着く。裏岩菅から約1時間10分。

 何とかペースを上げて辿ってきたが、ねくらハイカーはここで燃料切れということで、行動食の菓子を水筒の水で流し込み、烏帽子岳北東側の道に下る。

登山道沿いから右下に烏帽子岳の影  ここからは下りが多いということで、何とかなるだろう…。何事も気楽に考える。北に笠法師や大岩・苗場・鳥甲の山々を見ながら下る。

 すでに日は西に傾き、右下の魚野川の谷あいには烏帽子岳の巨大な影法師が映っていた。下りでペースを上げたいところだが、ヘタレハイカーの脚に少し痛みが出てきているので、思うようにいかない。

 気温は15℃くらいになっている。秋ということで、午前中に涼しく感じられた東風は今は冷たい。

烏帽子岳北面の下りから笠法師山  北東の尾根筋から樹林帯に入りじめじめした感じの北面を下る。このあたりは一日中直射日光が当たらないようで、朝露が乾かずに濡れていて滑りやすい斜面となっていた。

 傾斜が緩くなると、笹地を大股で下ってみる。しかし体力が消耗しているので、ねくらハイカーはたちまち普段の歩幅に戻る。途中、白砂山の方をふり返ると、早くも東の空に月が上がっていた。十五夜前だが結構明るく輝いている*。

[*あとで確認すると、月齢10.3・十一夜の月。]

最低鞍部への下りから笠法師南尾根、左に笠法師三角点P ヤセ尾根上部の岩場、ペンキマーク・固定ロープあり  そのうちに針葉樹の樹林帯に入ると、左(西)側に幕営地がある地点を過ぎる。最低鞍部からヤセ尾根の急斜面を西側に巻きながら登る。

 ペンキマークが付いた岩場は右側の固定ロープを補助にして上がって行くと、笠法師山南尾根の展望地に出る。

笠法師南尾根展望地から南東方向、白砂〜八十三〜八間  そこからは午前中と同じく眺めがいい。白砂山や佐武流山方面の山尾根は西日夕陽が当たって微かに赤みを帯びたように見えた。紅葉の季節も近いようだ。

 今日は天気がいいので、まだ明るいが、日没となるとすぐに暗くなるので、できるだけ切明側に下った方がいい。

笠法師南尾根から笠法師山頂部  笠法師の山頂部に向かって尾根道を進むと、すぐに標識地点に着く。時間があれば笠法師の三角点に寄り道するのだが、今日は時間的に無理。刈り払い道に沿って右下(東)に下る。

 そこから山腹の道を辿って笠法師の東面から北面に進む。山腹の道は刈られた笹の茎がゴツゴツ出ていて、少し歩きづらい。

 どうにかこうにか足のピッチを速めて行くと、水場の標識地点に着く。水筒の水は残り少ないので、ここで補給した方がよいのだが、水汲みに下る時間がもったいない。日が暮れてしまうとマズイので、そこもすんなり通過する。

笠法師山北側の尾根沿いを北へ 北東方向、大岩〜赤倉〜ナラズ〜ワルサの稜線  そこから北に曲がって進んで行くと、尾根沿いの道となる。

 途中、5分ほど休憩。気温は14℃ほど。風が冷たい。後ろをふり返ると、笠法師の山頂部に薄っすら西日が当たっていた。それから前方には大岩山やナラズ山方面も夕陽に照らされている。日没はすぐにやってくる感じだ。

幕営地広場、後方に「まむし沢の頭」標識地点 幕営地広場から烏帽子岳方面  笹が密生した尾根沿いを進むと、「まむし沢の頭」手前の小鞍部にある幕営地広場に着く。そこから南西方向に西日に輝く烏帽子岳北面が見えた。

 普通、この時刻だと登山者はこのあたりで野営することになるだろうが、ねくらハイカーは切明をめざすのみ。広場から西に登って、「まむし沢の頭」標識地点を過ぎる。

1770P山頂付近  さらに1770m峰山頂付近から北東方向に下る。前方の樹間には、これまた西日に輝く大岩山が見えた。まさに黄金色と形容していいような須臾の煌きを放っている。

 途中、右の斜面に巻いたりしながら下る。ヘタレハイカーはすでに疲労困憊の状態で、休みたいのだが、日が暮れる前にできるだけ下っておきたいので我慢する。

切明への尾根道 日没直前の夕陽に染まる佐武流山方面  日没近くになると、大岩山や佐武流山の山肌が今度は赤く染まってきた。まだまだ切明は遠い感じだ。

 笹刈りされた尾根道ではまだ明るいが、雑木が茂る樹林帯に入ると、たちまち薄暗くなり、足元も怪しくなる。

日没後の登山道  そのうちにすっかり日が暮れて*、登山道を歩くにも足元が見えづらくなってきた。そこで、急斜面では笹や木の枝を掴みながら下る。ところが、湿った黒土の斜面で立てつづけに2回ほど転んでしまった。

 夜目で下るのは難しいということで、途中から携帯用のミニ懐中電灯を点けて足元を照らしながら行く。しかしながら、電池が消耗しているようで、刈り払い道が何とか確認できる程度の頼りない灯りだ。これではピッチが上がらない。

[*後日、群馬県地方のこの日の日の入り時刻を調べると、17時59分ということで、ちょうどこのあたりに差しかかる頃だった。]

 途中、我慢ができずに雑木林が茂る尾根道で長めに休憩する。ここで大事に残しておいた水筒の水を飲み切る。今日はちょっと水分不足でヤバイ。あとは精神力で下るのみ。発電所上の調圧水槽まで下れば何とかなるだろう…。

 そこからは、ほとんど無い力を振り絞って暗い道を下る。
調圧水槽の建物  夜の山道を薄暗い懐中電灯の灯りを頼りにして進む。ここでルートミスをするとヤバイので、気を引き締めて行く。

 暫し刈り払い道のルートを外さないように無心の境地で下って行くと、やがて岩菅方面を示す道標が立つところに出た。道標は調圧水槽の建物からちょっと上の尾根道に設置されたものだ。これでひと安心。

 そこから調圧水槽の建物まで下り、ひと息つく。ねくらハイカーはすでに全身の力を使い果たした感じで、あとは惰性にまかせて下るだけ。

雄川閣への吊橋(左岸)  調圧水槽の施設から下のジグザグ道へ下る。下側に見える切明発電所や雄川閣の灯りを目標にしながら巡視路を外さないように下って行くと、間もなく通行止めの看板がある発電所前の広場に出る。ようやく登山口に降りられたということで、ここでフーッと大きく深呼吸をした。

 そこから痛めた脚を庇いながら中津川に架かる吊橋を渡る。吊橋の中ほどから中津川の上流方向を見上げると、尾根道の下りで見た月が出ていた。十五夜前の月とはいえ、澄み渡る夜空に煌々と輝いている。風流を解せぬ凡俗ハイカーも一瞬立ち止まって月を眺める。

切明橋(東側右岸から)  そこから雄川閣の建物を右に見て道路に上がり、切明橋で再び中津川を渡り返して駐車地点に戻る。

 今日は烏帽子岳で戻ればよいところを、欲を出して裏岩菅山まで行ってしまった。帰りがちょっときつくヤバかったということで、今回の山歩きはヨシとしない。また機会があれば、このあたりをゆっくり歩いてみたい。


日程2008年9月10日 (水)
天候快晴 稜線上、東または南東の風
行程時刻切明橋西側駐車地点6:50→切明橋6:50〜6:53→吊橋6:55→切明発電所広場(登山口)6:55→調圧水槽西側7:20〜7:28→雑魚川巡視路(廃道)分岐7:30〜7:32→(途中、休憩3回計25分弱)→1770P付近9:40〜9:42→「まむし沢の頭」標識地点9:46〜9:53→幕営地広場9:53〜9:56→「水場」標識地点10:12〜10:15→(笠法師山北面・東面の山腹道)→笠法師山南尾根標識地点10:48〜10:56→南尾根展望地11:01〜11:06→(ヤセ尾根)→最低鞍部付近11:15→林間幕営地11:32〜11:37→(途中、休憩5分)→烏帽子岳12:40〜12:53→中岳(2236P)13:13〜13:15→(途中、休憩5分)→裏岩菅山(2341P)14:13〜14:35→(戻り)→中岳(2236P)15:20→烏帽子岳15:45〜15:53→林間幕営地16:20→最低鞍部付近16:31〜16:32→(ヤセ尾根)→展望地16:45〜16:48→笠法師山南尾根標識地点16:53→(笠法師山東面・北面の山腹道)→「水場」標識地点17:14〜17:15→(途中、休憩5分)→幕営地広場17:31〜17:32→「まむし沢の頭」標識地点17:33→1770P付近17:37→(途中、休憩15分)→雑魚川巡視路(廃道)分岐18:38→調圧水槽西側18:40〜18:45→発電所広場19:02→吊橋19:02〜19:03→切明橋19:05〜19:08→駐車地点19:09
備考♦この記録は、HP「木楽工房の登山教室」・「新ハイキング・平日グループ」・「長野勤労者山の会」等の記録その他を拝見し、参考にさせていただきました。それから、藤島玄 著『越後の山旅』(富士波出版社刊)・中村謙 著『上越の山と渓谷』(朋文堂刊)等の記録も参考にしています。

◇ T N H C ◇

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