≪ 後記・雑感 ≫



♣今年はほとんど山歩きをしていないので、更新できません。今回ネタが少々古いのですが、4月に行った記録「中之沢神明宮…」を追加します。この山歩きは主に二木氏の記録を参考にしているので、文中に彼の山歩きの行程などをこと細かくグダグダと述べています。しかし、これはあくまでも素人ハイカーの推測です。多大なる錯誤や勘違い等があるやもしれませんので、その点はご斟酌のほどお願いします。
♣この記録は半年以上前のものなので、ルートや山頂付近の状況などはほとんど参考にはならないと思います。それからダラダラした尾根歩きの記録ということで、非常に無駄が多く、スピーディーにマムシ岳の山頂をめざす方には今回のルートはお奨めしません。最近はマムシ岳に登る人が多くなり、ネット上には記録が沢山アップされています。それらの最新の記録を参考にして日向沢沿いの県道にある送電線の各巡視路入口付近から登れば、コンパクトで快適な山歩きができるのではないかと思います。
(2011年12月)

♣ねくらハイカーは諸般の事情により最近は山歩きをしていません。現在ほとんど更新ができないということで、HPのリンクをさせていただいているサイトの管理人様には当サイトのリンク解除等に関してご随意にお願いします。更新が遅れてまったく季節外れの記録となってしまいましたが、昨年12月に行った記録「中之沢林道付近…」を追加します。今回は群馬県側から歩きましたが、現在中之沢林道(山腹林道)は一般者通行禁止になっています。やはり、この上信国境尾根付近はアプローチの短い長野県側から歩いた方がいいようです。
♣申し遅れましたが、本年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震等による東日本大震災を被災された皆さまには心からのお見舞いを申し上げます。さらに地震後の福島原発事故等の諸問題継続中ということで現在遊山どころの状況ではないのですが、HPの更新をさせていただきました。関東在住の者としては、一刻も早く東北・関東の被災地が復興し、原発問題が終息することを心から願っております。
(2011年4月)

♣11月に行った記録「高野山から…」を追加します。今回は横田氏が歩いたルートを辿ろうとしたわけですが、高野山の登り口がわかりませんでした。後日、ネットで四万温泉新湯側から高野山に登った記録があるか探しましたが、高野山の北尾根または1080m峰北尾根付近を登った記録が2件ほど上がっていたくらいで、横田氏の記録にある山腹ルートを登ったものはありませんでした。よくわかりませんが、横田氏の記録は14年前のものなので、遊歩道のルートは廃道化しているようです。
♣大戸谷山(大戸矢山)は遠くから眺めると姿のいい山なのですが、山頂部が樹林に覆われてるので、展望はよくありません。先人のネットの記録などを拝見すると、11月下旬頃は雑木類が落葉して多少展望があるようです。また、春の新芽の頃もいくらか展望のある山歩きができるようです。
(2010年12月)

♣私事ながら最近は体調を崩して山歩きをしていません。少々季節外れですが、7月に行った峠道歩きの記録「吉ヶ平から…」を上げておきます。八十里越を歩いた記録はネット上に沢山アップされています。特に峠道歩きや旧街道・国道マニアのサイトの記録は歴史的な事柄が詳しいので参考になります。山岳関係者の記録以外にこれらの記録を参照すれば、多少なりとも面白い峠道歩きができるのではないかと思います。
(2010年10月)

♣6月に行った記録「万沢林道峠付近…」をアップします。相ノ倉山や木戸山は山頂からの展望はそれほどありません。このあたりの山々は残雪期が適しているようです。とはいえ、相ノ倉山は林道から少しのヤブ漕ぎで山頂に立つことができます。秋の紅葉の頃に登れば多少面白いかもしれません。
(2010年7月)

♣4月に行った記録「浜平付近から…」を追加します。今回の尾根ルートは展望はそれほどありません。見通しが利く落葉期に適しています。品塩山やトヤノツムジは送電線(安曇幹線2号線)の巡視路を使ってそれぞれコンパクトに登った方がいいようです。
♣山行とは関係ありませんが、この中ノ沢付近の沢名について原全教氏が指摘したこと(『奥秩父研究』pp.263-265.参照)を付記しておきます。昔の陸測図や現行の国土地理院の地形図には中ノ沢の上流に「二代淵」という沢名が付されていますが、原氏によるとこれは明らかに誤りとのことです。これは北へ流れ下る中ノ沢本沢が日向沢と合流後東へ曲がる地点に「御代淵」と呼ばれる場所があるのですが、それを昔の陸測部の役人が間違って「二代淵」とし、それを大正元年の測図に沢名のように表記したために起こった過ちとのことです。以来、この誤りは訂正されずに現在に至っています。これは昔の陸地測量部や現在の国土地理院の関係者の怠慢以外の何ものでもありません。営林署(森林管理署)の看板や地元の漁協の地図(釣り客用のマップ等)には、明らかにこの「二代淵」という沢名は記載されていません。営林関係者や上野村の住民の方々にはこのことは周知の事実のようです。群馬県在住の素人ハイカーとしては、現行の二万五千分の一地形図『浜平』・五万分の一地形図『十石峠』に表記されている「二代淵」は即刻抹消されるべきだと思います。
(2010年6月)

♣ほとんど更新していません。3月に行った記録「細尾峠から…」を追加します。今回、池田氏の著書を参考にして歩いているので、途中にある石仏・石祠や修験道関連の拝所・宿跡等を見物するためにグダグダした感じの山歩きになってしまいました。今回は残雪期に歩きましたが、やはりこの前日光付近の山尾根は5月の新緑の頃にツツジの花々を愛でながらのんびり歩くのが最適かと思います。
♣池田氏の著書は研究書ということで、個人が購入するにはちょっと価格が高すぎるようです。しかし日光修験道に関わる石祠や遺跡などに興味のある方であれば、是非ともこの研究書を参考にして前日光や奥日光の山々を巡る入峰修行のルートを探ってみるのも一興ではないかと思います。
(2010年4月)

♣最近は山歩きをしていないので更新はできません。昨年(2009年)12月に行った少々時季外れの記録ですが、「みみずく林道…」を追加します。三国山(二本木ノ頭)から北東へ延びる上武国境の尾根には展望がある山はほとんどありません。このあたりは営林関係者や一部のハイカーや県境縦走者などによってコツコツ歩かれているようです。今回は先人の著書などを参考にして一応名前の付いた山を確認してみようと歩いたわけですが、やはり確定することはできませんでした。高畑氏が「ミミヅク峯」とした現1659m標高点峰は、昭文社の地図に「滝谷山」と表記され、すでに一般化しているようなので、改めて「ミミヅク峯」と呼ぶのは無理があるようです。しかしながら群馬県在住の素人ハイカーとしては、大正から昭和の初めに逸早くこの山域に目を付け、先駆的に山名などを考証した高畑氏に敬意を表したいと考えます。そこで、1659m峰(滝谷山)の山頂から南西側にある等高線で1610m付近の岩峰状の岩場(展望地)を「ミミヅク峰」または「ミミヅク岩」と呼んでいいのではないかと思います。
(2010年2月)

♣更新はほとんどできません。一応10月に行った記録「千曲平付近…」を追加します。小出俣山は主に残雪期に登られていますが、無雪期でも登ることはできます。山頂からの展望もよいので、もし「ぐんま二百名山」という企画でもあれば、第一に選定されるべき山ではないかと思います。このあたりの尾根筋は、標高が大体1400mを超えると密ヤブになっている場合が多いので、やはり残雪期に登るのが最も適しているようです。
(2009年12月)

♣最近は山に行っていないので、ほとんど更新できません。遅ればせながら9月に行った記録「宿堂坊山」を追加します。記録をアップする前に、参考のため久しぶりに栃木県在住の方々のサイトを覗いてみたのですが、相変わらず驚異的な記録が満載されていて圧倒されました。宿堂坊山などの中禅寺湖周辺の山々はすでにマップ付きの詳細な記録が数多くアップされているので、今回は屋上屋を架すような記録となっております。このあたりの山々については是非とも栃木県在住の方々の記録をご覧下さい。
♣それから、ネギト沢の鞍部にある石祠(金剛堂石祠)に関してですが、石祠の左側に別の台形の石が見えます。試しに石の下を少し掘り返すと、台座のようなものがありました。別の石祠の残骸のように見えますが、発見者の岡田氏や増田氏らは気づいておられるようなので、金剛堂石祠の片割れかもしれません。一応参考までに付け加えておきます。
(2009年10月)

♣今回も更新が遅れて季節外れな内容になっていますが、7月に行った記録「根広から…」を追加しておきます。この記録は根広尾根のルートを歩こうとしたものです。弁天山や大高山は野反峠や野反湖ダムの駐車場から簡便に登ることができます。根広尾根は残雪期に歩けば多少の見晴らしがあるようです。
(2009年9月)

♣6月に行った記録「矢木沢ダム…」を追加します。この家ノ串は残雪期に登る山のようです。一応無雪期でも登れますが、ハイキングには向いていません。無雪期はほとんど見通しが利かないヤブ尾根歩きとなるので、現在位置が表示できるGPSがあると便利です。
(2009年7月)

♣4月に行った記録「諏訪山から…」を追加します。今回の乙父沢西沢からルートは確かに短時間で諏訪山に登ることができます。しかしながら、諏訪山はヤツウチグラを経由した尾根歩きが面白いので、初めて諏訪山へ登る方にこの西沢からのルートはお奨めしません。下山路として使えますが、林道歩きが長くなります。この尾根ルートの下りには一箇所滑りやすい急斜面があるので、もしもの場合補助ロープがあると便利です。それから、乙父沢西沢上流の破線道(杣道)についてですが、この道は現在完全に廃道化して沢道を成していません。釣り人が入渓する程度の沢ということで、ハイキングには向いていないようです。
♣今回、二木氏の『西上州の岩山藪山』を拝読する機会を得ました。二木氏は岩登りや沢登りに熟達しておられ、昭和40年代から50年代にかけて西上州の岩山を中心に精力的な登攀を実践し紀行文をこの著書に纏めておられます。ハイカー風情にはレベルが高すぎるのですが、山名などについて参考になるところが多々あります。今回、昭和53年5月の記録をざっと拾い読みして興味を引いたのは、現在の天丸山登山口近くにある「社壇ノ頭」や「社壇乗越」を「遮山の頭」・「遮山乗越」と表記していることです。ねくらハイカーは、以前は何かの神を祀った社の関連でこの「社壇」という名前が付いたのだろうと思っていました。しかし二木氏の記録を読むと、これはもしかすると「遮山(しゃざん)」が「しゃだん」と聞き間違えられて「社壇」と表記されるようになったとも考えられます。それから、現在昭文社の山と高原地図『西上州』で天丸山のひとつ北側のピークを「P3」と呼んでいますが、二木氏の記録によると「イスズ」という山名が付いているようです。二木氏の著書は凡人ハイカーにとっても参考になることが沢山あります。
(2009年6月)

♣遅ればせながら3月に行った記録「白水の滝…」をアップします。この魚尾道は昔から多くの人々に歩かれていた峠道です。ある山岳文集に載った個人の方の記録によりますと、昭和57年(1982年)10月頃に魚尾道峠から叶山方面への登山が禁止になったということです。おそらくそれ以来通行禁止となり、廃道となったようです。
(2009年5月)

♣2月に行った記録「山ノ上の…」を追加します。上城山へは遊歩道が整備されているので、ハイキングというよりもウォーキングに適したコースとなっています。中世の山城や万葉歌などに興味ある方なら、いろいろ楽しみながら歩くことができます。
♣【訃報】今月9日に、楚巒山楽会代表幹事のK氏が、お亡くなりになりました。当方、山名などについてK氏および楚巒山楽会の記録等からいろいろとご指摘・ご教示賜りました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
(2009年3月)

♣1月に行った記録「菅塩沼から…」を追加します。唐沢山は登り口からウォーキング気分で手軽に登れます。冬場の見通しがよいときに散策がてらに市境の縦走路や遊歩道を歩き回ればいくらか面白い山歩きができます。
(2009年2月)

♣中々更新できませんが、昨年11月に行った記録「棒切沢付近…」を追加します。この棒切沢からのルートは完全に廃道となっています。また、このあたりの上武国境の尾根も見晴らしのあるところは少ないので、展望を楽しむハイキングには向いていません。ネットなどの記録によると、一泊二日で三国峠から赤岩峠へ縦走すれば、上武国境線の静かな山歩きが楽しめるようです。
(2009年1月)

♣10月に行った記録「仏岩ポケット…」を追加します。阿能川岳は、傾斜が緩やかな赤谷越経由の南尾根から無雪期でも登れます。しかし平頂ということで、わざわざヤブ漕ぎして無雪期に登っても、それに見合った展望はありません。この山はやはり残雪期に登れば、谷川連峰の好展望が得られるようです。
(2008年11月)

♣更新が遅れましたが、9月に行った記録「切明から裏岩…」を追加します。アップするのが遅れ季節外れの内容になっていますが、悪しからず。
♣今回は切明から登っていますが、このコースは一泊二日で志賀高原から切明へ縦走すれば負担が少なく快適に歩けます。切明から日帰り往復するなら、烏帽子岳あたりでUターンした方がよさそうです。
(2008年10月)

♣7月末に行った記録「本名津川…」を追加します。このあたりの山は標高がそれほど高くないので、夏場は少しヤブめいて展望も限られてしまいます。新緑や紅葉の頃なら展望のある山歩きが楽しめるのではないかと思います。
(2008年8月)

♣7月初めに行った記録「鳥居峠南側…」を追加します。奥和熊山は展望がほとんどないヤブ山ということで、ハイキングには向いていません。この記録では北側から県境のヤブ尾根に沿って登っていますが、横田氏の記録のように南側の西角間山から県境を北上すれば、下りが多く比較的簡単に登れるようです。
(2008年7月)

♣5月の記録「六林沢…」を追加します。この記録は足尾銅山関連の遺構物を見物しようとしたもので、山のピークをめざしたものではありません。今回、砥沢小屋から歩きルートミスをしましたが、普通は八丁峠経由で砥沢へ向かうようです。
(2008年6月)

♣4月の記録「長戸沢造林…」を追加します。この記録は山のピークをめざすものではありません。三国山(二本木ノ頭)は車道が通る埼玉・長野県境の三国峠から簡単に登れます。
♣空峠の位置についてはよくわかりません。山岳サイクリストが云う1543m峰南側の小鞍部(お宮地点)は、先人のサイクリストの方が地元の人から得た情報を元にしているようなので、かなり有力だと思います。しかし、昭和30年代に出版されたハイキングのガイド文(野口冬人氏 執筆)などを参照すると、三国峠(旧三国峠)からソラ峠の行程を1.5km・40分としていて、昔の登山道がどんなに整備されていたとしても一般ハイカーがお宮まで下るのに40分では難しいように思います。佐藤氏が云うように、空峠を埼玉・群馬県境付近にあったと想定していいような気がします。佐藤氏は、空峠から当初予定していた棒切沢(長戸沢源流部?)への下降路が見つからず、棒切れの頭(1730m峰)から微かな踏跡を辿ってお宮のある尾根(「棒切神座尾根」?)に下り、お宮の手前から左下に外れ沢筋にある本谷軌道の終点(造林小屋)に降りています。つまり、昭和40年代後半にはすでに旧三国峠〜「山中横手」〜ソラ峠〜「石楠花尾根」〜本谷軌道終点までのルートは廃道化していたのかもしれません。何れにしろ、空峠は本物の峠近くにあったニセの峠ということで、道標などは立てられなかったようです。そして峠道が廃道となると、自然にその位置は不明となり、文献に峠の名前だけが残る幻の峠となったのかもしれません。
♣最近、山岳関係者が上武国境の尾根を歩いた記録がハイキング関係の雑誌に掲載された。ねくらハイカーは、山歩きの関係者がどこを空峠と想定しているのか興味があったので、さっそく購読してみた。それによると、猪俣恵美子*氏は1730m峰から北に延びる群馬側の支尾根上(ほぼサイクリストと同じ)とし、岡田敏夫**氏は1730m峰の南側の鞍部付近(佐藤氏と同じ)として略図等に峠位置を表記されておられた。ということは、現在でも空峠の位置は山岳関係者によってもまちまちだということのようです。

*猪俣恵美子「三国峠−帳付山−赤岩峠」(新ハイキング社刊『新ハイキング』第631号・08年5月)
**岡田敏夫「赤岩峠から三国山」(白山書房刊『山の本』第63巻・2008年〈春〉)
(2008年5月)

※昭和30年代の野口冬人氏のガイド文を参照すると、急坂の「石楠花坂」を下って本谷(長戸沢)側軌道終点の木材の集積場に降りているので、棒切沢へは下っていません。つまり、戦後に出版された案内書やガイドブックを参考にして歩いた一般登山者は、あの支尾根のお堂地点を峠とは認識せずに本谷の軌道終点に降りたようです。そこでソラ峠がどこなのかわからず、あとから県境尾根付近に想定したのかもしれません。何れにせよ、戦前に出版された案内書や紀行文によると、ソラ峠は山岳サイクリストが云う群馬側の支尾根上にあったとのことです。
(2008年10月訂正追記)

♣3月に行った記録「四阿屋山…」を追加します。四阿屋山から両見山までの尾根筋には植林地が多く、面白味のある尾根とはなっていません。両見山はやはり浦島側からコンパクトに登って、山頂から南西にあるヤセ尾根付近まで足をのばせば多少面白い山歩きができるのではないかと思います。
(2008年4月)

♣2月に行った記録「木浦原…」を追加します。尾出山は永野川沿いの寺沢林道から登るのが一般的です。この秋山川沿いからのコースはほとんど植林地を歩くので、面白味はありません。尾出山へのサブコースとして登るのに適しています。
(2008年3月)

♣1月に行った記録「黒坂石から椀名條…」を追加します。この記録の山行日は1月初めということで、まだ積雪していませんでした。
♣青岸渡寺の木札については、ある個人の方の掲示板に皇海・庚申・妙義および南房総の山々で見たという報告が載っていました。よくわかりませんが、近年、関東各地の山々に青岸渡寺の御札が集中的に納められているようです。
(2008年2月)

♣昨年の12月に行った記録「世立集落…」を追加します。この登山道沿いに付けられた標識についてですが、個人の方のブログに六合村山岳会主催の松岩山ハイキングの行程表が出ていて、それには「またぎ平」という地点名がありました。それから、この近辺の国道405号沿いに「天狗の足跡」という名勝地があるそうです。もしかすると、それにちなんで地元の関係者が登山道沿いに天狗に関係する名前を付けたのかもしれません。記録中にはこの標識について誠に勝手なことを述べておりますが、よそ者ハイカーの率直な感想ですので悪しからずお願いいたします。
(2008年1月)

♣11月に行った記録「長栄橋…」を追加します。今回は中津川側から踏跡のない沢筋を登りルートミスをしました。このコースは1683m峰から狩倉槍までの横八丁の岩尾根がメインです。両神山登山のついでに1683m峰から狩倉槍あたりまでを往復するだけでも十分に岩尾根歩きが楽しめます。周回コースで歩くなら、石船沢から登るよりも北側の小倉沢から八丁尾根経由で両神山に登り狩倉尾根の1435m峰(アンテナピーク)から鉱山住宅へ下ればコンパクトに回れます。
♣それから、よくはわかりませんが、石船沢から周回する場合、狩倉尾根1341m峰の南にある1133mピーク付近から藤十郎沢沿いの伐採地へ下るルートもあるようです。
(2007年12月)

♣更新が遅れましたが、10月に行った記録「三国峠…」を追加します。この三国峠からの登山道は往復コースで歩くよりも、やはり三国スキー場への周回コースで歩いた方が面白いようです。それから、詳しくはわかりませんが、二つの送電線が通る鞍部にある巡視路を上手く使えば、新潟側・群馬側(法師温泉側)へ下山できるようです。
(2007年11月)

♣今回も更新が遅れてしまいましたが、8月に行った記録「香沢林道…」を追加します。この山は登山道がなく、尾根の取り付きまでの林道歩きが長いということで、ハイキングには向いていません。やはり、山中1泊で錫ヶ岳からの縦走のついでに登れば面白いかもしれません。オフロードバイクなどを乗られる方なら、香沢源流部の山腹を通る林道沿いから少しのヤブ漕ぎで山頂へ出ることができます。
(2007年9月)

♣更新は遅れてしまいましたが、6月に行った記録「大清水…」を追加します。今回はちょっとロングコースで時間的に厳しく、後半は慌しい山歩きとなりました。やはりこのあたりは雪のない季節に途中の幕営地などで1泊して、ゆったりとした気分で原生林の森を味わいながら歩くのが面白いと思います。
♣袴腰山は見晴らしのないヤブ山ということで、やはりヤブ山愛好家が登る山です。北東側の急斜面を登るよりも北側のなだらかな県境台地付近から南へ向かった方が登りやすいようです。
(2007年7月)

♣5月に行った記録「奥四万トンネル…」を追加します。この山は残雪期に登る山です。横田氏の記録を参考にして好天の日に登れば面白い山歩きが出来るのではないかと思います。もし無積雪期に登るのでしたら、馬面のコブがある尾根よりもシコ岩沢右岸付近から栂の頭付近へ出るルートの方が登りやすい気がします。
(2007年6月)

♣4月に行った記録「塩ノ沢峠…」を追加します。今回は楢沢峠付近の山尾根を取り留めもなくグダグダ歩いたわけですが、ソデガヤ(1232m峰)は樹林に覆われているので展望はほとんどありません。それに比べ、塩ノ沢峠から笠丸山に通じる尾根道の途中にある無名峰ピーク(山頂に石の祠のある峰)には多少の展望があります。笠丸山登山のついでにこの山に登れば面白い山歩きができるのではないかと思います。
(2007年5月)

♣3月に行った記録「大天幕ノ…」を追加します。今回は乙父沢右岸の尾根沿いを北側から辿りこの地味な三角点ピークに登ったわけですが、南側の林道が通っている尾根地点から辿ればこのピークへは簡単に行けてしまいます。林道上野大滝線の東沢工区が開通して一般車が通るようになると、北側から登る価値も半減すると思われます。
♣TOPページの記録の表示を新しいもの順に並べ替えました。一番上が最新のものです。
(2007年4月)

♣2月に行った記録「天狗の湯…」を追加します。今回は山頂から東側へ下りましたが、植林地の作業道を歩いただけでそれほど面白味はありません。やはり西側のルートを適当に登り降りした方がいいようです。
(2007年3月)

♣1月に行った記録「川化林道…」を追加します。やはりこのあたりは植林地が多いので展望を楽しむ山歩きはできません。川化山付近は展望がほとんどないので、かまど倉あたりをゆっくり歩いた方がよさそうです。
(2007年2月)

♣昨年の12月に行った記録「黒坂石から大萱…」を追加します。今回は帰りに群馬県側の植林地の作業林道を下り多少遠回りになってしまいました。このあたりは、他の方々のネットの記録等を参考にして栃木県の旧足尾町側から登れば面白い山歩きができるのではないかと思います。
♣石倉山の標識については詳しい事情も知らずに当方の勝手な考えを述べてしまいました。追記してお詫びに代えさせていただきます。近年、国土地理院等により山の標高の見直し作業が行われているようです。それによって新しい標高点などが設置され、多くの山々の標高も修正されているとのことです。
(2007年1月)

♣11月に行った記録「赤岩峠…」を追加します。今回は周回コースにするため県境尾根から少し遠い赤岩橋を出発地点としましたが、県境近くの林道付近から往復すれば宗四郎山などへはお手軽に登ることができます。それから、このあたりには埼玉側の植林地から作業道のような刈り払い道が県境尾根へ通じているようです。
(2006年12月)

♣10月に行った記録「尾瀬岩鞍…」を追加します。記録では尾根の登り口までのスキー場のゲレンデ歩きの部分が長く、スキー場のコース案内のようになってしまいました。西山は無積雪期にわざわざヤブ漕ぎして登るほどの山ではないようです。やはり積雪期の山スキーや雪山トレッキングのコースの一部として歩かれる山だと思います。
♣この記録をアップする前に他の人の記録を参考にヤブ尾根歩きをしましたが、途中道に迷い山中でビバークする破目に陥りました。改めて自分の無知無能さを思い知りました。そんなわけでこの後の更新はしばらくはできません。
(2006年11月)

♣9月に行った記録「富士見下…」を追加します。白尾山南側の登山道途中から荷鞍山への道は、やはり東電の巡視路ということで地図には記載されないようです。しかし、片道45分ほどなので尾瀬の山歩きのついでに寄ってみても面白いと思います。
(2006年10月)

♣8月に行った記録「燕巣山…」を追加します。燕巣山〜物見山は切り開きの道はなく、期待するほどの展望もないヤブ山愛好家のコースです。笹ヤブは燕巣山から最初の鞍部までと2091m峰北側の最低鞍部から物見山までが深く、中間部の2100m峰南側の鞍部から2099m峰(三角点ピーク)まではシャクナゲと灌木の密ヤブになっています。
♣後日、ネットでこのあたりの山行記録を見ると、すでに1983年11月に木暮氏一行とは逆に物見山から県境を逆に辿り日光の湯元まで歩いた記録があった。このあたりの山域も昔からヤブ山愛好家によって結構歩かれているのかもしれない。
(2006年9月)

♣7月に行った記録「沼上山…」を追加します。沼上山から三ヶ峰まではほとんど展望がありません。やはりこのあたりの尾根コースは残雪期に登ったほうがいいようです。
(2006年8月)

♣最近は体調不良により山行記録の更新ができません。そこで、この度≪参考リンク≫のページを作ってみました。リンク先のサイトの方々には承諾・許可等は得ておりませんが、ご寛恕のほどよろしくお願いいたします。

♣1月にアップした記録「座間峠から…」で、桐工の壊された道標について訂正いたします。他サイトの記録等を参照しますと、この付近にもクマが生息していることが判明しました。道標の塗料などの溶剤の刺激臭にクマが反応するようです。誠に勝手な推測をして関係者の方々にご迷惑をかけたことをお詫びします。なお、他の記録にも誤りや錯誤等があるようなので、おいおい訂正していきたいと思います。
(2006年7月)

♣6月に行った記録「餅ヶ瀬川…」を追加します。今回参考にした増田氏の著書は袈裟丸山の山域について総合的に書かれたものですが、山登りのコースも詳しく大変参考になります。桐生市在住の増田氏は中学生の頃から袈裟丸山に登っておられ、尾根コース以外にも沢コースなども丹念に踏査されています。この山域をじっくり歩いてみたいと考えている方には一読の価値があります。また、付録の冊子には、今では読むことができない昔の紀行文などが掲載されているので、読み物としても楽しむことができます。
(2006年6月)

♣5月に行った記録「余地峠…」を追加します。今回の県境コースは展望がそれほど良くありません。この付近の展望を楽しむ山歩きなら、のこぎり岩単独で十分です。今回1280m峰から県境を歩きませんでしたが、笹ヤブを厭わず東へ下れば県境を辿り大上峠へ下れるようです。
(2006年5月下旬)

♣4月に行った記録「スゲノ沢から…」を追加します。今回は黄砂の飛来により視界が悪く、山頂からの展望はイマイチでした。しかし、これからはスゲノ沢の新駐車場から登れるので、時間がかなり短縮でき、高天原山や大蛇倉山はお手軽なコースとして歩くことができます。
(2006年5月上旬)

♣3月に行った記録「会場橋から…」を追加します。この記録では原三角測点の標石について勝手に推測していますが、正しいものではありません。あくまでも素人の考えなので大いなる錯誤や誤りがあると思われます。その点ご寛恕のほどお願いします。原三角測点の標石については、現在でも地図や標石の愛好家が熱心に掲示板などで議論しておられます。そのうちに新しい発見や調査研究等の発表があることを期待します。
(2006年4月)

♣2月下旬に行った記録「深山橋から…」を追加します。今回は時季が早すぎて、ねくらハイカーには雪の毛無岩は登れませんでした。また、何でもない簡単な尾根歩きでもルートミスを連発し、落下のアクシデントもありました。やはりこのあたりを歩くなら、雪がない頃がお奨めです。変化のある面白い山歩きができます。
(2006年3月)

♣2月上旬に行った記録「三峰山(鍋山)…」を追加します。この山は南側は「三角点ピークの山」、北側は「修験道の神々が祀られた信仰の山」というように別物と考えた方がいいと思います。このハイキングコースは植林地が多いので、普通に奥の院と三角点ピークまでの山尾根を歩くだけだとあまり面白くはありません。高所恐怖症でない方なら、クサリ道などを辿って変化のある歩き方をすれば、多少面白みのあるコースになると思います。しかし事故なども起こっているようなので、くれぐれも注意をして無理をしないようお願いします。
(2006年2月下旬)

♣1月に行った記録「金原山北西…」を追加します。今回は往路でネットの記録のルートを参考にして歩いてみましたが、やはり歩く人によって好みやルート設定などに個人差があるものだと感じました。ねくらハイカーとしては、この岩峰尾根は素直に尾根筋を辿れるコースだと思います。また後日知ったのですが、この尾根は2年ほど前に栃木県の方々のサイトで話題になり、その際に結構登られたそうです。
(2006年2月上旬)

♣去年の12月に行った記録「座間峠から…」を追加します。記録では桐工の道標を破壊した者を林業関係者と推定していますが、実際に行った者は誰かわかりません。もし間違いでしたら、ねくらハイカーの戯言として聞き流していただきたい。林業関係者や山林所有者にとって生活の糧となる山林へよそ者の登山者やハイカーが入り込むのを嫌うのは極自然なことだと思う。しかし、日本の山野は多少の例外はあるにせよ自由に歩けるのが基本だ。もし歩くのを禁止するなら、所有者が有刺鉄線で封鎖すればいいだけだ。また、登山者やハイカーもゴミや火の後始末・動植物を採取しないことなど最低限のルールやマナーをきちんと守って、林業関係者に迷惑がかからないように配慮しながら歩くべきだ。里山近くでは特に環境を荒らすことなく「ローインパクト」の考えを持って山歩きをしなければならないと思う。
(2006年1月)

♣道標破壊の件については少々気にかけていたのですが、他のサイトの記録などを拝見して、やはり破壊はクマによるものだと訂正いたします。林業関係者の方々には多大な迷惑をかけてしまったことを改めてお詫びします。
(2006年7月追記)

♣11月中旬に行った記録「松木渓谷から…」を追加します。近年、三俣山から黒檜岳にかけての稜線も日光側の様々な地点から登攀やルート開拓が試みられているようです。昔、三俣山でビバークした時に黒檜岳を経由して千手ヶ浜へ下る途中で、山部氏の山名板がある1970mピークから北側へ下る赤テープのルートを辿ったことがある。その際は、千手ヶ浜へ下るショートカットかもしれないと思って下ったのだが、テープは下った鞍部から北の1852m地点ピークへの尾根沿いに向かっていた。仕方がないので1970mピークに登り返し、1976m地点付近の分岐から一般ルートで千手ヶ浜へ下った。今考えると、以前からこの付近は比較的自由に登られていたようです。
(2005年12月)

♣11月はじめに行った記録「水の戸から…」を追加します。西上州の群馬・長野県境には興味をそそる峠や古道が沢山あります。しかし、近年の林業や電力事業の開発により林道が延長されたり、新たに開削されたりして昔の面影がなくなりつつあります。地元の人々のために多少の開発も仕方がないと思いますが、新たな林道の開削などは必要最小限にとどめて欲しいものです。
(2005年11月下旬)

♣10月に行った記録「馬坂峠から…」を追加します。帝釈山脈の稜線でこの台倉高山から黒岩山にかけては昔の道が廃道化してしまったので、一部のヤブ山愛好家や稜線踏破の人たちによって、主に残雪期に歩かれているようです。

♣後日、ネットでこの付近の山行記録を見ていたら、山岳紀行作家の石井光造氏が1990年代にこのあたりを歩いてガイドブックを書いたそうだ。それによると、台倉高山を下りきった笹原の平坦地に引馬峠と越ノ沢方面への分岐を示す道標があり、彼はそこから越ノ沢へ下ったそうだ。しかし、10年以上も経った現在ではそのような道標は朽ちて消滅してしまったようだ。ねくらハイカーも以前台倉高山の南西側の鞍部から越ノ沢へ下るという山行記録を読んだことがあるので、その付近で何か目印になるものを探してみたが見つからなかった。「笹原の平坦地」は今では猛烈なヤブ原と化している。道標があったとしても、ヤブの刈り払いを行わない限り見つからないだろう。
(2005年11月上旬)

♣9月末に行った記録「山王林道から…」を追加しました。この記録で西沢金山については「日本の金属鉱山」というサイト内にある掲示板の記事が大変参考になりました。1994年発行の『日本金山誌』第4編(非売品)に西沢金山のことが書かれているそうです。またその掲示板の記事によると、画家で詩人・エッセイストの辻まことが太平洋戦争前の昭和15年か16年の1月に切込湖から金田峠をスキーで越え、閉山後間もない西沢金山を経由して川俣温泉に下っている。その際、辻氏は山王林道の道を通らずに、すでには廃道化していた門森沢沿いの道を鬼怒川方面に下り、大変苦労したらしい。いずれにせよ、山王林道の道がつくられる以前は日光湯元と川俣を結ぶ道は金田峠越えのルートが使われていたのは確かだ。
(2005年10月)

♣8月末の記録「中ノ岐林道…」を追加しました。今回は駐車地点で思いがけない事故に遭い、自然の恐ろしさをあらためて実感した。もし、朽木が車を直撃していたら走行不能になり大変なことになっていただろう。やはり山野での長時間の駐車には大いに注意する必要がある。また、事故に遭ってしまったら警察の事故証明をもらっておいた方がいいようだ。自然災害でも自動車保険の適用可能な場合があるそうだ。

♣ツアー以外で中ノ岐林道口から平ヶ岳に登るなら、やはり登山口までは自転車などを使った方がいい。徒歩だと雨池橋から片道3時間半かかってしまう。
(2005年9月)

♣7月に行った記録「佐武流山…」を追加しました。このコースは林道歩きが少し長いが、早めに林道ゲートを出発すれば余裕で日帰りできるコースなので、早めに出発することをおすすめします。

♣最近、山歩きの駐車車両を狙った車上荒しが増えているようだ。かく言う自分も5、6年前、東北の朝日連峰に行ったとき車上荒しに遭った。帰り際に車内に入れておいた高速道路料金用の小銭入れがどうしても見つからない。仕方ないので家へ帰って車内をさがしていたら、助手席側のドアに人為的なキズがついているのを発見し、車上荒しに遭ったことがわかった。被害額は1万円くらいだったし面倒なので、管轄の警察に届けを出しに行かなかった。それ以来、車の中にお金や貴重品は置かないように心がけている。車のロックは簡単に破られてしまうので、絶対に貴重品は車の中に置かないようにしよう。
(2005年8月)

♣6月に行った記録「庚申ダムから…」を追加しました。このコースでハイキングとして楽しめるのは、やはり小法師岳までで、その先の小法師尾根から県境尾根にかけてはヤブ尾根歩きなので、おすすめできません。

♣今回は時間および天候の事情によりスルーしましたが、六林班峠からの巻き道にある「天下見晴」の地点からの展望は素晴らしく、小法師岳から県境尾根にかけて一望のもとに見渡せます。おすすめの展望ポイントです。
(2005年7月)

♣5月中旬の記録「居合沢から…」を追加しました。碧(みどり)岩の名前の由来は、神々がこの岩をめざして最初に降り立つということから、「御鳥居(みとりい)岩」→「みどり岩」と呼ばれるようになったとか、神々が「宿る」岩と崇められたので「御宿(みやど)り岩」→「みどり岩」と呼ばれるようになったなど諸説あります。いずれにせよ、新緑の頃この岩峰を眺めれば岩壁に黄緑色が目立つので「みどり岩」の名がふさわしいと思います。

♣二子岩の正式な標高はわかりません。東峰より西峰の方が高いようです。地図上の等高線からみて、どちらも1210m〜1220mの標高と考えて間違いないようです。
(2005年6月)

♣5月の連休前に行った記録「仁田元沢から…」を追加しました。中倉山のコースはハイキングとしては沢入山の先辺りまでがベストです。時間があればオロ山まで足をのばしてもかまいませんが、帰りは往路を戻ったほうがいいようです。庚申山まで行くと山荘泊まりか長い林道歩きになってしまい、おすすめできません。
(2005年5月)

♣4月に行った記録「白井から…」を追加しました。本来は旧十石峠街道を歩いて、十石峠付近の山を歩こうと考えていました。しかし、スタートの白井の神社で不覚にも迷ってしまい、尾根歩きのコースに変更しました。やはりこの冬(2004〜05年)は積雪が多かったらしく、4月すぎても十石峠付近には斜面一面に残っていました。天望山付近も歩いてみようと考えていましたが、雪が多く、足元を濡らしたくなかったのでやめました。やはり雪のため時季が狂ってしまった感じです。
(2005年4月)

♣2月に行った記録「小戸口より…」を追加しました。この冬は暖冬といわれていましたが、1月・2月は平年並みに寒くなり、北関東の低山の積雪も例年より多いようです。特に立春を過ぎてから平地で二、三回小雪が降ったので、今年は積雪が多かったようです。この記録は見込み違いをして、時季を誤った事例です。やはりハイキングでは10cm以上の積雪のある時期は避けた方がいいようです。
(2005年3月)

♣去年の春先に行った記録を追加しました。当方、花の名前に不案内な者で個人のHPなどで調べてみましたが、特に青色系のしそ科の山野草には似たものが多く、サイトによっては誤ったものを掲載しているところもありました。例えば、ラショウモンカズラとタツナミソウやヤマタツナミソウ、そしてミソガワソウなどが混同されているところがありました。葉形や花弁の形状・色・模様などを丹念に調べてみれば判別できるようですが、素人には難しい場合があります。ネットの情報もすべてが正しいというものではないので、利用者が正否を判断する必要があると思います。特に山の記録などは個人の思い違いなどの誤報的な情報もあり、正確な情報を得るにはなるべく多くのサイトにあたり、最新の記録を閲覧することがいいようです。当方の記録にも誤りがあるかもしれません。ご指摘いただけたら幸いです。
(2005年2月)

♣当方、ぐんま県の南東部に住むケチな野郎です。このたび、しょぼぃページをつくってみました。ヒマつぶしに見ていただければ幸いです。

♣松木沢のページでは松木川を松木沢と呼んでいますが、これは当方が渓谷を流れる川として沢と呼ぶにふさわしいと考えたからです。地元の方にはご寛恕のほどお願いいたします。
(2005年1月)

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