木浦原から尾出山



 1月に椀名條山から栃木県との県境にある宝生山へ歩いたとき、県境尾根付近から南東方向に尾出山(おでやま・おいでやま)が見えた。ねくらハイカーは1990年代に鹿沼市(旧粟野町)側の寺沢林道から尾出山に登ったことがある。そのときは井上昌子の落書きがあった時期で、幾分興醒めな気分で山尾根を歩いた。

 ネットで栃木県在住の方々の記録を拝見すると、尾出山は佐野市(旧葛生町)側からも登られている。そこで今回は佐野市側から尾出山に登ってみようと2月中旬に秋山方面へ出かけてみた。
 国道293号から分岐して秋山川沿いの県道200号(秋山・万町線)を北上する。秋山地区に入ると、左手に「秋山学寮」という行楽施設や多少地味な感じの氷室山神社(里宮)などを見る。以前に比べて道路が部分的に拡張されて大分走りやすくなった。

 県道をノロノロ走行して行くと、深堀集落付近から前方に高圧送電線が通る雑木林の山尾根が見えた。送電線は東電の新栃木幹線のようなので、尾出山から南にある高原山付近の尾根だろう。
作業林道入口(尾出山登り口)  そこからさらに木浦原の集落を過ぎて部分的に圧雪路面のある秋山川右岸沿いの大荷場木浦沢林道を走って行くと、間もなく右手に橋が見えた。橋の入口にはロープが張られている。多分ここが尾出山への登り口らしい。周りはすべてスギやヒノキの植林地となっている。

 ひとまず傍らの路肩に駐車して、古い保安林の看板を覗いてみる。苔むして灰色に汚れた表示板の略図には現在地はマークされていなかったが、地番が書かれていた。

 それによると、この地点は「安蘇郡葛生町大字秋山字木浦原荷附場1番外335筆」とのこと。つまり、木浦原集落内の荷附場というところらしい。

沢(細緘沢)沿いの林道  平日ということで、仕事で山へ入る車両が時折通る。橋の入口付近のヤブの中で看板をひとりコソコソ眺めていると、不審者に間違えられてしまうので、すぐさま準備をして歩き出す。気温は1℃ほどで肌寒い。

 橋の欄干に張られたロープには「伐採中」の板が付いていた。これは関係者以外は立ち入らないでくれということだろうが、かまわずにロープを跨いでカチンカチンに凍った路面の橋を渡り、沢沿いの道を北東方向へ進む。

 ネットの記録によると、尾出山へはこの林道のような道を適当に辿ればいいようだ。

砂防堰に付けられた「細緘沢」の銘板  右下の砂防堰を見ると銘板が付いていた。それによると、この沢は「細緘沢*」ということだ。ねくらハイカーには読み方がわからない。音読みで「さいかんさわ」と読むのだろうか?

 歩き出してすぐ左側の斜面に「三毳材生産展示林」という木製看板が見えた。その看板に表記された所在地には「葛生町大字秋山字細緘み**」となっている。地名の読み方は薄弱なる知性のねくら者ハイカーには如何ともし難いので、先へ進む。
[*保安林の看板には、このあたりに「細織沢」という名前の沢が表記されていた。沢の名前が微妙に違うので何ともいえないが、看板の沢はこの沢とは違う沢かもしれない。]
[**後日ネットで「緘み」を調べたら、「がらみ」という訓読みが出ていた。そうすると、「細緘沢」は訓読みで「ほそがらみさわ」、または「ほそからみさわ」と呼ぶのかもしれない。]
左に作業道の分岐あり  沢沿いは針葉樹の植林地で日陰になっているので、雪が結構多めに残っている。1月下旬から2月上旬にかけて関東の平野部で雪が降ったので、山間部は残雪が多い感じだ。

 右岸沿いをトボトボ行くと、次第に路面が崩れて沢状に抉れてくる。ちょうどそのあたりで作業道が左上に分岐していた。ネットの記録では林道を道なりに進むようだが、結局この沢の右岸の尾根に上がるようなので、別に植林地の作業道を歩いても問題ないだろう…。

 ということで、その地点から北西方向へ進んでみる。

植林地の作業道、右に分岐あり 作業道消失  雪の消えた作業道に入ると、すぐに右上に道が分岐していた。傍らには作業用の梯子なども見える。はて、どっちへ進めばいいかわからない。仕方ないので、一応そのまま水平に近い作業道を北西へ進んでみる。

 しかし30mほど進むと、たちまち道跡は消えて行き止まりとなってしまった。ルートミスということで分岐まで引き返し、今度は植林地を北東方向へ登る。しかしこの道もすぐに枯れ草の茂るヤブめいた怪しい踏跡となり、その先のスギの若木の植林帯で消えてしまった。

沢沿いからの道に出合い西へ  またもやルートミスということで、そこからは植林地の斜面を直登する。すると、ひょっこり東側から上がってくる明瞭な作業道に出た。

 この道は多分下の沢沿いから通じているものらしい。やはり、ここは素直に細緘沢右岸の道を辿ればよかったようだ。ねくらハイカーは植林地内の作業道を無駄に歩いたことになる。

右(北)側の斜面に青い板の目印あり 目印地点から北東方向へ登路あり  そこからは作業道を西へ進む。このあたりの斑状に残った雪面に人の足跡と犬の足跡が付いていた。猟期終了前の足跡らしい。

 水平道を少し進むと、右(北)側の斜面に小さな青色の木の板が見える。傍らにテープなどの目印も付いているので、登路はここから右上につづいているようだ。この北側の斜面は伐採された感じで、上部が明るく開けた雑木林になっていた。

赤看板地点(490P付近)、北側正面に618P  その地点から北東方向へ登る。斜面には落ち葉と残雪が溜まった微かな踏み跡が付いている。スギの植林地の境界沿いを左に回りこんで登って行くと、やや掘割状の道となり、やがて栃木県設置の「狩猟鳥獣捕獲禁止区域(シカを除く)」の赤看板のあるところに着く。

 そこはいくらか見通しのきく尾根地点*で近くの山尾根が見えた。尾根はさらに北東へ延びていて、本日めざすところの尾出山の山影も北東の樹間に薄っすら確認できた。

[*地形図などには尾出峠から南西方向に破線道が描かれているが、その破線道が通る谷の南側にある尾根の等高線490mピーク付近。]

北西方向、正面に「陣の手(陣地)」  また、北西方向には秋山川対岸の氷室山神社参拝道が通る山尾根も目に入る。ちょうど北西正面に見える伐採地のある峰が、通称「陣の手」と呼ばれる952.4mの三角点ピーク*らしい。

[*ネット版の地形図『ウォッちず』では「陣地」と表記されている。]

西側の雑木林に小屋あり  ところで休憩しながらふと西方向に目をやると、雑木林の中に何か建物が見えた。はて、何の建物だろうかと西へ進んでみる。

 すると、明るく開けた平地に半透明の波板材で覆われた小屋があった。人が住むような感じではない。何かの作業小屋らしい。小屋はちょうど先ほどの青板地点の登りから左上に見えた斜面の上部に位置している。地権者が夏場に蕎麦でも栽培しているのだろうか…。

 ねくらハイカーは山の仕事についてはまったく無知なので、何の小屋なのか皆目見当がつかない。野良犬のように小屋の周りを一回りして看板地点に戻る。

看板地点から北東方向、左上に尾出山  そこからは北東方向に尾根沿いを進む。このあたりは積雪が3cmくらいで、左が雑木林、右がスギの植林地となっている。

 少し登ると、尾根筋はいくらか窪地のように抉れてくるので、左か右に避けて進む。そこを過ぎると植林地に入る。このあたりでは雪は消えていた。

谷側からの踏跡合流地点、地面に看板あり 「尾出山県営林」の古い看板  作業道のような登路には赤テープなどの目印も付いている。日陰になった植林帯を少し登ると、また薄く積もった雪面となる。

 ちょうど左下の谷側から細い踏跡が合流してくるあたりに古い木製の看板が倒れていた。雪を払うと、「尾出山県営林」という文字が見えた。ということは、この植林地一帯は栃木県の県有林となっているようだ。

途中に間伐材で組まれた屋根付きベンチあり  そこから右上に曲がって植林地のフラットな斜面を登る。薄暗い感じの日陰の道沿いには狩猟鳥獣捕獲禁止の赤看板も立っている。猟期にここを歩くハンターも多いのだろう。

 さらに登って行くと、今度は尾根の左斜面を進むようになる。このあたりは完全に日陰になっているので残雪も多い。積雪は5cm以上あるが、凍っていないのでサクサク登れる。

 途中で丸木材にブルーシートが垂れ下がったようなところを通る。よく見ると、間伐材でベンチや柱が組まれ、天井部分がブルーシートで覆われている。しかし、シートはすでにボロボロに擦り切れて屋根を成していなかった。県営林ということで、一般の入山者のためにこのようなものがつくられているのだろうか…。それとも作業者のため休憩所か…。よくわからないが、ここは展望がないので休む気になれない。

谷状の斜面の登り、間伐木あり  そこからまた左下から作業道の小道が合流しているところを過ぎて北東へ進んで行くと、谷状の平坦な登りとなる。3、4cmほどの残雪の斜面には間伐された丸木材が倒れていて、そのまま無造作に放置されていた。それらの間伐木を適当に避けながら明瞭は登路がつづいている。

 このあたりのスギやヒノキは間伐と枝打ちがきっちり行われているようで、よく手入れされた植林地となっている。やはり県営林ということで、人手がかかっている感じだ。

見通しがある尾根折り返し地点(尾出峠の南西にある支尾根670m付近)  谷沿いの斜面から左へ巻いて西方向に登って行くと、やがて雑木林のある尾根地点*に出る。そこはいくらか見通しがきくので、北西方向に山尾根が見える。樹林越しでハッキリわからないが、宝生山や氷室山のある県境の尾根らしい。

 このあたりは積雪が多めでまだ10cm以上あった。それから、どこから登ってきたのか雪面には単独者の足跡が見えた。今まで辿ってきた斜面には先行者の足跡はなかったので、どうも西側の谷から上がってきた人のものらしい。周囲に犬の足跡はないので、山歩きの人かもしれない。

[*地形図で尾出峠の南にある等高線750mの小ピークから南西に延びる支尾根の670m付近]

折り返して北東へ  そこから北東方向へ登って行く。登路は尾根筋ではなく右斜面に付いている。10cmほどのベタ雪の斜面をつぼ足っぽい感じで進む。傾斜はそれほどきつくないが、体力の衰えたヘタレハイカーには少し応える。

 雪面に足跡は付いていないので、先ほどの尾根地点にあった足跡の人はこことは違うところを歩いたのかもしれない。

 途中、左上に分岐するところがあったので、そこから北方向に折り返す。雪面を少し登ると、今度は右上に尾根が通っているのが見えた。825mピークからの主尾根だろう。峠は近い。

尾出峠(嶽ノ越)  積雪が20cmほどの吹き溜まりの斜面を北へ登って行くと、間もなく狩猟鳥獣捕獲禁止区域の赤看板やテープ類の目印がある尾根の鞍部に着く。鹿沼市(旧粟野町)との境界にある尾出峠*だ。

 以前ねくらハイカーが東側の寺沢林道から登ったとき、このあたりで落書きを沢山見た。今は静かで落ち着いた感じの里山の峠となっている。峠を示す標識類はないが、傍らの立木に高原山方面を示す小山山岳会の標識がひっそり付けられている。ここは植林地となっているので展望はない。多少日が当たるので、積雪は少ない感じだ。気温は1℃。ちょうど西風の通り道になっているので寒い。一息ついて北へ登る。

[*地形図の等高線で730mほどの鞍部。ネット版地形図の『ウォッちず』では「嶽ノ越」と表記されている。それから、寺沢をつめたところにあるので、「寺沢峠」とも呼ばれるらしい。]

南方向ふり返り、825P方面  薄っすら積雪のある尾根筋には多数の足跡が見えた。この土日あたりに寺沢林道から登った人たちの足跡だろう。そのうちに針葉樹から雑木林の尾根になると雪は消えてきた。見通しがきくので後ろをふり返ると、825mピークの円頂部が間近に見えた。

 そこから斑状の雪面に落ち葉が混じった急斜面を登る。バテ気味のハイカーには少しきつい。時間はたっぷりあるのでゆっくり登る。

 このまま雑木林の斜面をダラダラ登って行くのかと思いきや、積雪のある岩の多い尾根道となってしまった。雪は薄く柔らかめなのでアイゼンなどは使えない。しかしまぁ、気をつけて登れば何とかなりそうだ。

右前方に尾出山山頂部  そのあたりの尾根筋からは、右前方に尾出山の山頂部が見えた。

 尾出山は西側からは結構鋭角な感じに聳えているが、南側からはゆったりとした姿をしている。

岩場から西方向、宝生山(中央)・氷室山(右)[ズーム画像]  そのうちに岩場にかかる。先行者の足跡は右側の細い巻き道に付いているが、いくらか凍っているようなので、ここは岩場を直登してみる。適度に硬くなった残雪は滑らないので意外と簡単に登ることができた。

 尾根沿いの岩場からは樹間越しに西方向の山尾根が目に入る。ちょっと休憩しながら遠方の山並みを眺めてみる。1月に歩いた県境尾根の宝生山や氷室山付近が見えた。

岩場から上の雑木林の斜面 尾出山山頂、祠・石碑あり  岩場を過ぎて日当たりのよい雑木林の急斜面を北へトロトロ登って行くと、北西側に残雪があるピーク地点に出る。尾出山の頂上(933m)だ。山頂には石の祠*と「勝道上人修行・第二宿堂跡」の石碑**が置かれている。この山で日光を開山した勝道上人(735−817)が修行したということだ。

 祠には、賽銭の他になぜか皮バンドの腕時計が供えられていた。誰かの落し物かもしれない。
[*祠の側面の文字は磨滅していて読み取れない。青銅製の扉の裏に彫られた文言には「□□二年二月十五日」の文字が見えたが、ねくらハイカーの貧弱な国語力では元号を読み取ることができなかった。]
[**裏側に昭和三十九年(1964年)陰暦三月十五日の刻字あり。石碑は鹿沼市(旧粟野町)上永野地区の落合にある尾出山神社の氏子たちが奉納したとのこと。]
尾出山の二等三角点の標石  この山は三角点ピークということなので、周囲を見回すと、石碑から北東側の雪面に二等三角点の標石が埋設されていた。

 山頂の立木には栃木の山紀行などの山名板の標識が2枚ほど見える。それから前橋営林署の境界見出標の赤プレートも付けられていた。

 気温は6℃ほど。西風が多少当たるが寒くはない。

北西・北方向、地蔵岳〜横根山方面  尾出山の山頂は樹林に覆われているので展望はよくない。それでも北側の樹間に旧足尾町と旧粟野町の境にある地蔵岳や前日光の横根山あたりが見えた。中禅寺湖南岸尾根や皇海山方面は残念ながら雲に隠れて見えない。

 西側は先ほど岩場から見えた宝生山や氷室山あたりの稜線が樹間越しに見える。北東には石裂山(おざくさん)の山並みが微かに確認できる程度。南側は樹林の枝越しに山並みがいくらか見えるが、ねくらハイカーにはどこの山なのかさっぱりわからない。

尾出山西尾根方向  さて、まだ時間があるのでこれからどうするか考える。ネットの記録ではここから佐野市と鹿沼市の境界尾根を辿って大荷場木浦沢林道の峠方向へ歩いている方もおられるので、試しに西尾根に下ってみる。

 膝丈ほどに積もった吹き溜まりのような雪面を西方向へ下ると、たちまちフラットな急斜面となった。さらに20mほど下って下の方を偵察する。

 見た感じでは、下はヤセ尾根っぽく両側が鋭く切れ落ちている。尾根沿いの灌木には古いビニール紐が付いているので、確実にここを歩いている人がいるのはわかる。しかし所々に残雪もあり、かなりヤバそうに見えた。積雪していなければ何とか下れそうだが、ねくらハイカーにはちょっと難しい感じがした。

 ここは無理せずに山頂へ引き返す。雪が詰った枯れ草の急斜面を滑らないように注意して登り、山頂西側の吹き溜まりになった雪面に戻る。自分のレベルに合った山歩きがベストということで、今日はこのまま往路を戻ることにする。
南面の下りから南西に熊鷹山方面(後方の稜線)  山頂で一息ついて南面を下る。途中、見通しのきく岩場の手前付近から南西方向の山並みを眺めた。

 樹間越しに三角点ピークの「陣の手(陣地)」が何とか確認できるが、その後方になだらかな山尾根が見える。方向からすると、どうも熊鷹山の稜線らしい。熊鷹山の左奥には丸岩岳への稜線がつづいている。

岩場のある尾根付近から825P方面  往路で簡単に直登した岩場は、下りとなると少し難しく見えた。そこは凍っている感じの巻き道を辿る。

 見た目には滑りそうなところだが、難なく通過できた。どうも、往路では取り越し苦労をしたようだ。ねくらハイカーは雪道歩きが苦手なので、いつも優柔不断となる。

間伐木がある植林地の下り  再び針葉樹の樹林帯となると、尾出峠の鞍部に着く。今日はまだ時間があるので、ちょっと高原山まで往復しようかと思ったが、前回歩いているので気が進まない。

 ここは南方向の雪面に下って往路を戻る。

崩れて荒廃した細緘沢右岸の道  あとは植林地を通る残雪の道を南西方向へ下り、作業小屋のある490mの尾根付近からは南の沢沿いに下る。途中、往路では気づかなかったがイノシシの足跡が見えた。

 青板の目印地点からは作業道をそのまま東へ細緘沢まで降りて、崩落した沢沿いの道を大荷場木浦沢林道の駐車地点まで戻る。

 今日は山頂から西へ下れなかったが、佐野市側から尾出山へ登ったということでヨシとする。


日程2008年2月18日 (月)
天候晴れ 西風
行程時刻駐車地点(細緘沢出合付近の路肩)10:16→(橋を渡って沢沿いの林道を北東へ)→作業道分岐10:18〜10:20→(※ルートミスで作業道を北西へ)→分岐10:20→(北西へ)→(行止まりで戻り)→分岐10:24→(北東へ)→(作業道消失)→(植林地を直登)→作業道出合10:30〜10:32→(西へ)→青板地点10:33〜10:35→(北東へ)→(北へ)→490P付近の尾根地点10:40〜10:52→(北東へ)→丸木材休憩所跡11:11〜11:13→(谷沿い)→(西へ)→支尾根折り返し地点(670m付近)11:26〜11:30→(北東へ)→(北へ)→尾出峠[嶽ノ越]11:41〜11:45→(北へ)→(途中、休憩5分)→尾出山12:13〜12:43→(西へ)→西尾根上部12:45〜12:52→(戻り)→尾出山12:55〜12:58→(南へ戻り)→(途中、小休)→尾出峠[嶽ノ越]13:20〜13:23→(南へ)→(南西へ)→支尾根折り返し地点(670m付近)?:? →(東へ)→(南西へ)→休憩所跡13:38→(途中、小休)→490P付近13:51〜13:53→(南へ)→(南西へ)→青板地点13:57〜13:58→(作業道を東へ)→林道出合14:03→(沢沿いを南西へ)→駐車地点14:12
備考♦この記録はHP「日光連山ひとり山歩き」・「熊鷹山の風景」等の記録を拝見し、参考にさせていただきました。

◇ T N H C ◇

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