秩父市の市街地から国道299号で小鹿野町方面へ向かうと、西方に両神山の特徴的な姿が見えてくる。天気は晴れだが、遠くの山影は結構霞んでいる。前日の天気予報では関東地方でも黄砂が観測されているとのこと。道理で遠くの景色がぼんやりしているわけだ。
四阿屋山へはいくつかの登り口があるが、山腹にある県立両神自然公園の福寿草園やロウバイ園用の駐車場から歩けば短時間で山頂に行けるようだ。
第二駐車場にはセダンが1台駐車していた。早朝なので、もしかすると四阿屋山に登っている人がいるのかもしれない。気温は8℃ほど。静かな駐車場には周りの樹林から小鳥の囀りが賑やかに聞こえてくる。いかにものどかな春の雰囲気が漂っている感じだ。
東側のカーブ地点には道標や看板などがあり、法面に階段道が付いていた。丸太の標識を見ると、反対方向に「薬師堂」を示している。多分この道が薬師堂コースだろう。
そこから少し行くと、案内図の看板や道標があり、左下から上がってくる道が合流していた。その地点には東電の新秩父線*の巡視路を示す黄色の杭も打たれている。地形図などを見ると、このあたりの山腹を北西から南東へ送電線が通っている。
巡視路兼用の道を進むと、右上にまた木造りの祠が見えた。看板などもないので、これも何を祀っているのかわからない。またまた山ノ神だろうか…。
そこからは左側がヒノキ林、右側が雑木林になった尾根を進む。すると、また分岐道がある地点となる。道標を見ると、左に「山居広場」を示している。ここは「展望広場・四阿屋山」方向の尾根道を進む。
すると、またまた左側の水平道へ分岐する地点となる。道標は左に「展望広場」や「福寿草園・山百合自生地」を示している。どうも、このあたりには福寿草園やロウバイ園からの道が複数通っているようだ…。
そこから丸太材のステップが付いた坂道をゆるゆる登って行くと、植林地の樹林帯が開けて日当たりのよい斜面に出る。そこは丸太の柵で囲われた草地があり、ロウバイが植えられていた。
傾斜地の上部に上がって行くと、「四阿屋山」方向を示す道標が立っていた。そこから上の植林地に丸太材で造られた階段道が延びている。
さらにトコトコ登って行くと、前方に神社の建物が見えてきた。両神神社奥社だ。手前に道標があり、右(北)に「柏沢・薬師堂」を示している。つまり、右からの道が柏沢コースおよび鳥居山コースらしい。
休憩後、神社のワキを通って西へ進む。神社の裏手には看板があり、登山者への注意事項が書かれていた。今は残雪期ではないので軽装ハイカーでも別段問題ない。
ここは左のトラバース道へ進む。たちまち崖状の斜面の登りになるが、岩が階段状に削られた立派な登山道があった。すでに残雪は消えているのでアイゼンなどは必要ない。
階段を一歩一歩上がって行くと、やがて尾根の肩のような地点に着く。そこには道標が設置されていて、右に「あずまや山」、左に「大堤」方向を表示していた。傍らには「つつじ新道」の看板も見える。
それからこの尾根地点には埼玉県の刻字があるコンクリート杭が打たれていた。境界標かもしれない。
道標から右(北西)へ木の根がゴツゴツ出た斜面を登る。クサリ場のあるところをひと登りすると、「岩場につき足元注意」の柱が立つ地点に出る。
四阿屋山の山頂は周りが樹林に覆われているので、方位盤が示すような展望はない。北西側の樹間が開けたところから西に両神山、北西に二子山などの山々を眺めることができる。
休憩しながら東側の一段低くなった斜面に降りると、立木に注連縄が張られ、石の祠*が置かれていた。よくわからないが、四阿屋山本来の山ノ神を祀ったものだろう。それから北東側の斜面には休憩用のベンチが二つ置かれていた。小鹿野町(旧両神村)がハイカー用に設置したものらしい。
山頂からクサリ場のある柱地点まで戻り、そこから少しヤブめいた岩の多い尾根筋を西へ進む。
途中、植林地の北側に開けたところがあり、そこから塩沢城があったという尾根筋*が見えた。地形図の等高線で760mピークの北側に山城があったということだが、現在は針葉樹の植林地となっていて城跡の微塵も感じられない。
鞍部から登りにかかると、尾根の左(南)側が雑木林となり一時的に小森川右岸の山尾根が見える。それから岩の多いところを登ると、尾根筋は多少見通しのある雑木林になる。
やがて薄暗い感じの植林地に入り、急傾斜の登りとなる。体力が衰えたヘタレハイカーは自動的にピッチが落ちて、いつものように休み休み登る。
尾根の左側が再び雑木林になると、雑木林が茂る急峻な斜面に突き当たる。これが両見山へつづく主尾根らしい。樹木を掴めば登れないことはないが、相当きつそうだ。
途中、樹脂杭は西方向の急斜面に打たれていたが、かまわずに植林地沿いを北西に進む。
落ち葉の傾斜地をジグザグに登って尾根に出ると、そこは平坦な植林地の広尾根となっていた。このあたりが城跡愛好家のいうところの「すもう場*」という地点らしい。
ヒノキ林で日陰になった尾根を進んで行くと、地形図の等高線で870mのピークを過ぎる。地形図ではこのピーク付近から塩沢城の城跡がある尾根が北東へ派生しているわけだが、北東面にはヒノキが密生してかなりヤブめいていて、人が歩いたような踏み跡は付いていない。林業関係者以外歩く人はいない感じだ。
870mピークの西側付近では左下からガタガタゴトゴトと喧しい音が聞こえてきた。地形図を見ると、小森川右岸に採石地のマークが付いている。近くに岩石の採掘現場*があるようだ。この喧しい騒音は削岩機の音だろうか。まぁ、昔から石灰岩の採掘が盛んな秩父の里山ということで、この近辺ではお馴染みの騒音だ。
鞍部からスギの枯れ枝が厚めに溜まった斜面の登りとなる。ここから尾根の右側も植林地となり、境界沿いにシカ除けの防護ネットが張られていた。
枯れ枝の斜面を登りきると、傾斜の緩やかなコブ状地点に出る。防護ネットはここから直角に北方向へ延びる支尾根に沿って張られていた。
一息ついて尾根筋を西へ登る。このあたりは右側がカラマツ林になっているので、樹林越しに両神山から北東へ延びる天武将尾根の稜線がぼんやり霞んで見えた。
左側の植林地が終わると見通しのきく雑木林に変わる。左方向には相変わらず秩父御岳山から西に延びる尾根の稜線が見えた。
尾根に沿って西へ下る。このあたりは両側が雑木林になっているので、ハイキング気分で歩けた。
鞍部付近に降りると、傍らに苔むした石の祠*が見えた。
そこからまた急斜面の登りとなる。無理をすると大腿四頭筋が痛み出しそうなので、ヘタレハイカーは休みを入れながらゆっくり登る。
そこから平坦な尾根筋を西に進んで行くと、岩稜っぽい尾根となる。そこは右側の落ち葉の斜面に巻いて登る。
1020mピークから西へ下って行くと、右(北)に両見山の東側から北東方向へ延びる支尾根が見えてくる。ネットの記録によると、両見山は普通あの尾根筋を辿って浦島側から登られている*とのこと。
鞍部からは急斜面の登りとなる。すでにバテバテなので、途中のコブ状の小ピークは左の植林地に巻いてショートカットして登ると、いよいよ右上に両見山東側の斜面が見えてくる。
両見山東側の斜面にかかる手前の小鞍部付近にまた石の祠*が見えた。ここもよくわからないが、先ほどの石祠と同じ年に祀られたようなので、この鞍部も昔の浦島と川塩を結ぶ道のルートになっていたのかもしれない。
そこからまた急斜面を登る。左がヒノキ林、右が雑木林になった尾根筋を北西寄りにダラダラ登って行くと、両見山の山頂部から浦島方面へ支尾根が分岐しているコブ地点を過ぎる。
そこから北側がガレて切れ落ちたような感じの尾根筋を西方向に登って行くと、三等三角点の標石があるピーク地点に着く。両見山*の山頂(1115m)だ。
両見山の山頂部は樹林に覆われているので展望はほとんどない。特に南側がヒノキの植林地になっているので、山頂北側から雑木林越しに見える程度。西方向の両神山へつづく山尾根はぼんやり霞んでいる。南西方向に微かに見える山影が1194mの標高点ピークらしい。
鞍部からそのピーク付近に登りつくと、尾根は左方向の1069m標高点へ行く尾根と斜め右方向の1194m標高点ピークへ行く尾根とに分岐していた。ここは右の主尾根に進む。
このあたりは日当たりがよく風もほとんど吹いていないので、気温はすでに15℃を超えている。ねくらハイカーは木陰のある岩場にザックをデポして尾根筋をさらに30mほど進んでみた。
ヤセ尾根を東へ辿ると、今度は左(北東)に両見山、右(南東)に1069m標高点のある尾根と小森川対岸の無名峰の稜線が見えてくる。
1020mの小ピーク付近は多少見通しがきくので、東方向に986mの標高点ピークが確認できた。それからは適当に休みを入れながら植林地の多い尾根を東へ進む。
昭文社地図の「相撲場」を過ぎて南東寄りにスギの枯れ枝の斜面を下って行くと、東方向に870m峰から814m峰(標高点ピーク)へ延びる尾根筋が見える。
少しヤブめいた感じの870m峰を過ぎて南東へ下ると、城跡愛好家が「すもう場」と呼ぶ広尾根の植林地になる。往路では気づかなかったが、そのあたりにはちょっと凹みのある地形があり、その南側は均されたような平坦地がつづいていた。
テープの目印から左下の落ち葉の斜面向かって下る。往路と同じルートで下る。
そこからは植林地主体の尾根筋を東に辿る。途中の雑木林の斜面から四阿屋山の山影がわずかに見える程度で、ほとんど展望のない尾根をダラダラ進む。
さらに岩の多いヤブ尾根を進むと、やがて四阿屋山山頂部西側の柱地点に着く。ここは山頂に寄らずに南へ下る。
それから両神神社奥社を過ぎて植林地を下ると、ロウバイ園や福寿草園のある「展望広場」の傾斜地に出る。そこからは薬師堂コースのルートを外れ南東へ下る。
そこから舗装された道を少し左へ進むと、管理者らしき人物が暇そうに園内の手入れをしていた。軽く挨拶をしてそのまま舗装道を北東方向へ進む。| 日程 | 2008年3月17日 (月) |
| 天候 | 晴れのちうす曇り 北寄りの微風 黄砂の影響あり |
| 行程時刻 | 公園管理道路終点第二駐車場7:23→(東へ)→尾根取り付き地点[薬師堂コース]7:25→(西へ)→案内板・駐車場分岐地点7:30〜7:32→(途中に駐車場への分岐あり、南西へ)→新秩父線92号鉄塔7:36〜7:38→《山居広場》分岐7:40〜7:42→《ロウバイ園・福寿草園》分岐7:42〜7:44→《展望広場》分岐7:45〜7:46→「展望広場」付近7:47〜7:52→(西へ)→両神神社奥社(柏沢・鳥居山コース分岐あり)7:59〜8:08→南東面登山道分岐8:09〜8:10→(南東へ)→つつじ新道分岐8:20〜8:27→(北へ)→山頂部西側柱地点8:28→(北東へ)→四阿屋山8:29〜8:57→(南西へ)→西側柱地点8:57→(西へ)→739P付近9:17〜9:19→主尾根突き当り地点9:38〜9:39→(北西面にトラバース)→主尾根地点(「すもう場」?)9:50〜9:53→(北西へ)→870P付近9:58〜10:02→昭文社地図「相撲場」付近10:14〜10:25→(西へ)→970P 10:39〜10:41→(北西へ)→(西へ)→986P 10:46〜10:54→(途中から南西へ)→石祠鞍部11:02〜11:05→980P付近11:10〜11:12→(西へ)→(北西へ)→1020P付近11:23〜11:25→(西へ)→(コブ状ピークを左に巻き、南東へ)→(倒木のあるピークを北西へ)→石祠小鞍部11:37〜11:39→浦島分岐11:46〜11:48→(西へ)→両見山11:53〜12:13→(南西へ)→1110P付近12:17→(西へ)→1110P西側のヤセ尾根12:18〜12:30→(東へ戻り)→1110P付近12:31→(北東へ)→両見山12:40〜12:50→(東へ)→浦島分岐12:53〜12:55→(南東へ)→石祠小鞍部12:58→(倒木のあるピークを北東へ)→(東へ)→1020P付近13:07〜13:08→(南東へ)→(東へ)→980P付近13:17→(北東へ)→石祠鞍部13:22〜13:23→(途中から東へ)→986P 13:32〜13:40→(南東へ)→(970P北面を巻いてショートカット、東へ)→昭文社地図「相撲場」付近13:54〜13:56→(南東へ)→870P付近14:06〜14:07→870P南東側の平坦地(「すもう場」?)14:09〜14:15→(北西へ少し戻り)→トラバース地点14:16→(主尾根北西面を南東へ)→四阿屋山への尾根地点14:20→(東へ)→739P ?:?→四阿屋山山頂部西側柱地点14:58〜15:01→(南へ)→つつじ新道分岐15:02〜15:03→(東へ)→(北東へ)→両神神社奥社15:11〜15:12→(東へ)→「展望広場」付近15:17〜15:20→(南東へ)→《男坂・女坂》分岐15:21→(南東へ)→「山居広場」付近15:25〜15:27→(舗装道を北東へ)→公園管理道路終点第二駐車場15:36 |
| 備考 | ♦この記録は「三峰山岳会」の記録や城跡愛好家のHP「武州の城」・HP「城跡ほっつき歩き」の記録を拝見し、参考にさせていただきました。 ♦上記の行程時刻では進む方向を細々と表記していますが、ただ単純に明瞭な尾根筋を歩いているだけです。別に迷うようなところはほとんどありません。 ♦「相撲場」の位置ついては、城跡愛好家の記録を参照して勝手に推測したものです。何かしらの誤り・勘違い等があるかもしれません。 |
◇ T N H C ◇