■エジプト王国
前3000年頃、ナイル流域(第1瀑布からデルタまで)に統一国家が成立、26王朝を経て前525年にアケメネス朝ペルシャに征服された。
 
                         BC14世紀へ
■ヒッタイト王国
バルカンから小アジアに移動したヒッタイト人が、前17世紀はじめに統一王権を成立させる。前1595年にムルシリ王がバビロン第1王朝を崩壊させ、前14世紀から前13世紀にかけて、エジプトやミタンニとシリア地方の争奪戦をくり返す。前13世紀末から前12世紀はじめにかけての東地中海一帯の激動のなかで滅亡した。
 
                         BC13世紀へ
■アッシリア
前14世紀の半ばにミタンニ王国から独立し、前9世紀に発展する。前8世紀にはバビロニアを完全に支配。サルゴン2世はイスラエル王国を属国にし、さらに領土を拡大する。前7世紀、アッシュール・バニパル王の時代から被征服民の反乱が続発。前612年、メディアと新バビロニア連合軍によって首都ニネヴェが破壊され、前610年には最後の拠点ハランも陥落した。
 
                          BC12世紀へ
■スパルタ
前12世紀から前11世紀頃にドリス人がペロポネソス半島に侵入、ラコニア地方でスパルタを建設する。前7世紀にメッセニアを支配、前6世紀にペロポネソス同盟を結成するとその盟主となる。前5世紀のペルシャ戦争後、アテナイとの関係が悪化、ペロポネソス戦争を起こして勝利した。前4世紀前半にはペルシャの援助を受けた同盟国が離反し、テーバイとの戦いに敗北。以後は衰退の一途をたどる。前2世紀のアカイア同盟で一時的に独立を失うが、ローマの同盟市として自治権を回復する。紀元後4世紀末、ゴート人の侵入によって壊滅した。
 
■アテナイ
前8世紀頃、アッティカ地方の貴族達が平和裡に都市国家を建設。前5世紀はじめのペルシャ戦争ではギリシャの中心勢力となり、エーゲ海沿岸の諸都市とデロス同盟を結成して、その主導権を握る。ペロポネソス戦争でスパルタと戦って敗れ、前4世紀に進出してきたマケドニアとも戦って大敗、政治的優勢を失う。前1世紀にはミトリダテス戦争で対立したローマに占領された。
 
■アケメネス朝ペルシャ
前1000年頃、ペルシャ人がイラン高原北西部に移動、前7世紀頃、アケメネス家のテイスペスが王となる。前539年にバビロンを占領して新バビロニア王国を滅ぼした。前5世紀のギリシャ遠征(ペルシャ戦争)に失敗。前4世紀、マケドニアのアレクサンダー率いる遠征軍に敗れて滅亡した。
 
                         BC5世紀へ
■マケドニア
前1150年頃、北方から侵入したドリス人らで形成され、前7世紀のはじめには世襲王権が成立する。前5世紀前半にギリシャ化し、軍事力を充実させる。前4世紀、フィリッポス2世によって軍事的統一国家に成長した。次のアレクサンダー大王は東方への遠征に成功してマケドニアを世界帝国にする。大王の死後、ディアドコイ(後継者)戦争で帝国は分割され、アンティゴノス2世がマケドニアの実権を握る。前2世紀にローマに敗れて王政は廃止、ローマの支配体制下に入る。
 
                         BC4世紀へ
■カルタゴ
前814年頃に建設されたフェニキアの植民都市。海上商業に従事する貴族が有力で、西地中海の海上支配権をめぐってギリシャと対立する。コルシカ、サルディニア、スペインに進出し、西シチリアを保有する。勢力拡大してきたローマとポエニ戦争を起こし、前146年に壊滅する。
 
■プトレマイオス朝エジプト
マケドニアのアレクサンダーがペルシャを破り、部下のプトレマイオスがエジプト総督となる。アレクサンダーの死後はエジプト王を称してプトレマイオス朝を開く。前31年、女王クレオパトラ7世がローマのオクタビアヌスに破れてプトレマイオス朝は絶えた。
 
                         BC3世紀へ
■ローマ
前753年、伝説上ロムルスが建国。前7世紀末、エトルリア王がローマを支配するが前509年には追放されて、共和制が確立した。前3世紀にカルタゴと2回のポエニ戦争を戦って勝利する。前2世紀に入るとマケドニアやシリアの軍隊を次々に破る。前149年からカルタゴと3回目のポエニ戦争を開始、前146年にカルタゴを包囲して破壊する。前71年、スパルタクス率いる奴隷の大反乱を大虐殺で鎮圧。前58年からカエサルがガリア遠征を開始。前49年に内戦が始まり、カエサルが独宰官となるがすぐに暗殺される。前31年、オクタビアヌスが、エジプトのクレオパトラと結んだアントニウスと戦って勝利する。前27年にオクタビアヌスは皇帝となり、ローマは、ヨーロッパ地中海全域を治める大帝国となる。後3世紀半ばからヨーロッパのローマ属州がゴート人などの侵入を受けはじめる。後330年、コンスタンティノープルがローマ帝国の新首都となり、後395年に帝国は東西に分割される。
後410年、西ゴートのアラリクがローマを占領して略奪。後419年、西ゴート人がローマ領土のガリアに王国を築く。後455年、ヴァンダル人がローマを占領。後476年、ゲルマン人傭兵隊長のオドアケルが西ローマ帝国最後の皇帝を廃した。
 
                         BC2世紀へ
■ササン朝ペルシャ
226年、アルデシル1世がパルティア王国を倒して建国。強力な集権的国家建設をめざしてローマ帝国と紛争を続ける。6世紀には東ローマ軍を破って版図拡大につとめるが、イスラムの進出で急速に衰退する。
 
■東ローマ(ビザンチン)帝国
6世紀まではローマ帝国の栄光を引き継いでいたが、7世紀に入るとイスラム勢力によってシリアやエジプトを奪われる。11世紀はじめ、バシレイオス2世がブルガリア帝国を併合、バルカン、小アジア、東地中海を制圧して全盛期を迎える。しかし11世紀末からセルジュークトルコや十字軍の攻撃を受け始め、12世紀後半からは急速に衰退していく。13世紀以後、北方のセルビアや東方のオスマントルコから侵略を受け始め、1453年オスマントルコによって滅ぼされた。
 
■フランク王国
5世紀末、クローヴィスによってガリアの大部分が統一され、フランク王国の基礎が作られる。6世紀、四つに分割された王国は、テューリンゲン、ブルグントを征服し、バイエルンを従属させた。7世紀末、カロリング家のピピンが全王国を再統一。8世紀のカール大帝がランゴバルト王国を併合し、サクソン族やアヴァール族を征服してキリスト教帝国として最盛期を迎える。 843年、帝国は3つの王国に分割され、1つは衰亡し、残り2つが、ザクセン朝ドイツ、カペー朝フランスへと発展していった。
 
                         
4世紀へ
■ウマイヤ朝
661年、ウマイヤ家のムアイヤがカリフの地位を奪い、都をメディナからダマスクスに移して建国する。8世紀初頭に北アフリカ沿岸を占領。スペインの西ゴート王国を滅ぼし、インダス地方とバクトリア・ソグディアナを平定してイスラム大帝国を実現する。750年、アッバース家の軍隊に敗れて滅ぶ。
 
                         7世紀へ
■後ウマイヤ朝
ウマイヤ家のアブドゥル・ラフマン1世がスペインに亡命、ウマイヤ朝の都をコルドバに移す。フランク王国の勢力を押さえ、ノルマン人の侵入を阻止して、コルドバを商業と文化の中心都市にする。11世紀に入ると急速に衰亡して各地に反乱が勃発、キリスト教勢力に敗北する。
 
■アッバース朝
内乱がたえないウマイヤ朝を、サッファーフが倒して新政権を樹立する。第2代カリフのマンスールの時、新都バグダッドを首都として栄える。イスラム文明の世界化を達成し、バグダッドはコルドバやカイロと共に世界の一大中心都市となる。8世紀末のハールーン・アル・ラシードの時に最盛期をむかえ、ビザンチン帝国に朝貢を求め、フランク王国と使節を交換する。10世紀以後、地方分権の傾向が強くなり、イラン人、トルコ人の勢力が増す。1258年にモンゴルの侵入で首都バグダッドを失い、アッバース家の一族はエジプトに亡命して、王朝は名前だけのものとなる。

■ファーティマ朝
マホメットの娘ファーティマの血をひくというウバイドゥラー・アル・マフディが始めた王朝。10世紀半ばにアッバース朝から独立する。北アフリカ、エジプト、シリアを征服し、カイロを首都にして地中海貿易で栄える。11世紀半ば以降、セルジュークトルコの侵略や十字軍との紛争で弱体化し、イラン系クルド人のサラディンに滅ぼされた。

■セルジュークトルコ
10世紀にトルコ民族の族長セルジュークがイスラム教に帰依、孫のトグルル・ベクはイランを平定、イラクを領有して、1055年にアッバース朝のカリフからスルタンの尊称を受ける。シリア、パレスティナ、小アジア、中央アジアを征服、エジプトのファーティマ朝を押さえて広大な支配領域を確立。ビザンチン帝国に脅威を与えて十字軍遠征のきっかけを与える。11世紀末から政権争いで分裂が始まり、モンゴルの進出にも悩んで14世紀初頭にはオスマントルコに服従する。

                         
9世紀へ
■カスティーリヤ
10世紀、辺境伯フェルナン・ゴンザレスが独立の基礎をおき、アラゴンと共にスペインでのキリスト教王国としてレコンキスタ(国土回復運動)の中心となる。13世紀にはグラナダ以外のアンダルシアを征服する。1479年にアラゴンと合体して統一国家を形成した。

                         12世紀へ
■アイユーブ朝
イラン系クルド人のサラディンがファーティマ朝を倒して開いたイスラム王朝。エジプト、シリア、メソポタミアの大部分を占領する。十字軍の侵入を防ぐためエジプトを要塞化し、これにより紅海経由の地中海交通は途切れ、黒海北岸まわりの交通路を発達させた。軍隊には、外国人奴隷兵(軍人奴隷)制度を採用する。サラディンの死後、領土は分散する。

■マムルーク朝
マムルーク(トルコ系軍人奴隷)出身の軍司令官アイバクがアイユーブ朝を倒してエジプトに君臨する。第4代スルタン・バイバルスはモンゴル軍を撃退し、十字軍も徹底的に攻撃してシリアを確保する。キプロス島を攻略、アラビア半島にも進出するが、新インド航路発見により関税収入が激減、王朝が財政破綻してオスマントルコに併合される。

                         13世紀へ
■オスマントルコ
13世紀末、衰退したセルジューク朝から族長オスマンが独立、ビザンチン帝国領の北西部分を攻略する。ムラート1世はバルカンからハンガリーまでを征服。ティムール軍には敗れたが、15世紀に勢力を回復してビザンチン帝国を滅ぼす。16世紀、エジプトのマムルーク朝を併合し、メソポタミア、アラビア、北アフリカ、東ヨーロッパにわたる大帝国となる。17世紀中頃から衰退し始め、19世紀にはヨーロッパ列強に圧倒される。

                         15世紀へ
■神聖ローマ帝国
962年、ドイツ王オットー1世が教皇ヨハンネス12世より帝冠を受けて始まる。ブルグント、北イタリア、シチリアを一時的に支配した。ドイツ本国の封建諸候に譲歩することで、ドイツに領邦国家への分裂傾向を招くことになり、ハプスブルク家出身の諸皇帝などは帝国全体より自家の利益を優先させる。三十年戦争後のウェストファリア条約で領邦主権が認められて帝国は事実上解体される。
 
■スペイン
1479年、カスティーリヤとアラゴンが合体してスペインの政治的統一が達成される。1492年のグラナダ占領でレコンキスタは終了。1516年よりハプスブルク家の支配が始まり、フェリペ2世の時に最盛期を迎える。16世紀後半以降、ネーデルラントやイングランドの経済攻勢にあい、スペイン継承戦争後はブルボン家の啓蒙専制政治となる。

                         16世紀へ
■プロイセン
1525年、ドイツ騎士修道会の領地はプロイセン公国となる。1701年に王国となり、1866年にオーストリアを破ってドイツ連邦を解体する。1871年にプロイセンを中心にしてドイツ帝国を成立させる。

                         19世紀へ