スウェーデン王グスタフ・アドルフ率いる新教徒軍(兵力2万名)
対 傭兵隊長ヴァレンシュタイン率いる旧教連盟軍(神聖ローマ帝国皇帝軍、兵力2万2千名)
両軍の配置
両軍は、リュッツェンからライプツィヒに向かう国道を挟んで向かい合う形で兵を配置しました。 ヴァレンシュタインの皇帝軍は2重の壕に歩兵隊を配置し、その後方には重砲が置かれます。両翼には騎兵隊が配置されており、リュッツェン北方の「風車の高地」に14門の軽い砲が据えられて、右翼の部隊を援護するようになっていました。 グスタフの新教徒軍は、右翼にグスタフ王自らが率いるスウェーデン騎兵隊を配置、中央には歩兵隊が置かれ、左翼は副将のベルンハルトが指揮するドイツ騎兵隊が配置されます。後方には予備隊としてスコットランド部隊が置かれました。
戦闘経過
1. 深くたちこめていた朝霧が晴れた11時頃、やっと戦いが開始されます。 戦闘はグスタフ王率いる新教徒軍が俄然優勢でした。新教徒軍の中央隊は、皇帝軍の5個旅団のうち2個を撃破し、重砲7門を奪い取ります。皇帝軍の3個目の旅団も壊滅寸前になりますが、司令官のヴァレンシュタイン自身が第1線に進出し、騎兵3個連隊の援護を受けることが出来たため、態勢を立て直すことに成功しました。皇帝軍はすかさず白兵戦で反撃に出ます。敵の反攻に押された新教徒軍は、自軍の陣地前まで戻されて、重砲も取り戻されてしまいました。新教徒軍の左翼隊も「風車の高地」からの敵砲撃のために大きな損害を出して前進できず、グスタフ王自らが率いる新教徒軍の右翼隊だけが、フィンランド重騎兵隊を先頭に敵騎兵を蹴散らして進んでいました。 しかし、新教徒軍の中央隊が後退、左翼隊は苦戦中、という知らせを受けたグスタフ王は、ホルン将軍に右翼隊の指揮を任せ、自らは騎兵1個連隊を率いて中央隊の救援に向かうことにします。
 騎兵連隊の集結が遅れたため、少数の随兵だけを連れたグスタフ王は、後退している中央隊の第1線に出ることになり、混戦の中でグスタフ王自身が敵兵に狙撃されてしまいます。重傷を負ったグスタフ王は随兵によって友軍隊列の後方に運ばれる途中、敵騎兵隊の襲撃に巻き込まれて戦死し、王の死体は混乱の中で行方不明になりました。 グスタフ王戦死の知らせは直ちに新教徒軍全軍に伝わります。総司令官の死は全軍の士気を挫くのが一般的ですが、新教徒軍の場合は違いました。直ちに副将のベルンハルトが総司令官となり、全軍が奮起して攻撃を再開し、新教徒軍左翼隊は「風車の高地」を占領することに成功します。 新教徒軍中央隊は再び前進を始め、敵の重砲7門をまたも奪ってさらに進み、右翼隊は前面の敵部隊を潰走させ始めました。

 このころ、パッペンハイムがなんとか集結できた騎兵8個連隊を率いて皇帝軍の救援に駆けつけます。 潰走し始めていた皇帝軍の左翼は、来援したパッペンハイムの騎兵隊のおかげで態勢を立て直すことに成功し、これを知った皇帝軍中央隊も勢いづいて敵に奪われた重砲7門を再び取り返しました。 しかし、パッペンハイムが乱戦の中で瀕死の重傷を負うと情勢は急変します。指揮官を失った左翼の騎兵連隊は戦意を失い、皇帝軍左翼隊は再び潰走し始めたのでした。 これを見た皇帝軍中央隊と右翼隊も士気が低下し、新教徒軍が第2線部隊を投入して攻撃を再開すると、どんどん押し戻されて、7門の重砲はまたまた新教徒軍に奪われてしまいました。やがて訪れた夜の闇が皇帝軍を救います。疲れきった両軍は敵味方の識別ができなくなったので戦闘を止めたのでした。新教徒軍は戦場にそのまま兵力を集結させ、厳重な警戒を行います。皇帝軍総司令官ヴァレンシュタインは大勢不利を悟り、翌朝、敗兵をまとめるとボヘミアの根拠地に退却を始めました。グスタフ王の死体はリュッツェンと運河の中間の大きな石の傍で、重なり合った死体の山の中から発見されます。 この戦闘での戦死者は両軍合わせて9千名以上になりました。

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