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フリードリヒ大王率いるプロイセン軍(兵力2万2千名) ヒルトブルグハウゼンは、フランス・ザクセン・オーストリア連合軍の兵力がプロイセン軍の2倍以上優勢であるとして攻撃を決定しますが、11月5日の午前11時すぎまでは動こうとはしませんでした。これはスビース皇太子が出来るだけその日の午後遅くに交戦しようとしたためのようです。スビース皇太子の作戦は、連合軍がゼーヒフェルドまで行軍してプロイセン軍の左側面にまわりこみ、ライヘルツヴェルベン付近で北を向いて戦闘隊形に展開し、プロイセン軍の左側面を攻撃するというものでした。しかしながら、敵の側面をまわりこむための機動は、行軍する自軍の側面が無防備になる危険性があるので、連合軍は相当数の兵力を側面の防御にまわさねばなりませんでした。 1. プロイセン軍の司令官フリードリヒは、朝からずっとロスバッハにある建物の屋上から連合軍を見張っていました。連合軍が移動を始めた時、フリードリヒは、敵が弾薬の補給のために南の弾薬庫へ向かって退却して行くと思い込みました。正午すぎ、フリードリヒは食事のために階下に降り、替わってガウジ大尉が見張りにつきます。優秀な士官であるガウジ大尉は、敵の行軍をよく観察してフリードリヒとは違う印象を受けました。丘陵地の起伏に見えかくれする連合軍の縦隊は、ゼーヒフェルドから東へまわってくるように見えたのです。興奮したガウジ大尉の報告を受けるとフリードリヒは急いで屋上に上がり、連合軍がプロイセン軍の側面を狙っていることを確信しました。 少数の歩兵を残してプロイセン軍は野営地から出発し、それから30分後にフリードリヒは戦闘命令を出します。 ![]() ![]() 2. プロイセン軍が動き始めたのを見た連合軍の将軍達は、敵は側面攻撃を避けるために退却しようとしていると考えます。連合軍の2列の縦隊はプロイセン軍を逃がさないように行軍を急ぎ、先頭の騎兵隊をライヘルツヴェルベンまで先行させると共に、縦隊の後尾を進んでいた騎兵隊と縦隊の側面を守るための騎兵を急いで前進させます。連合軍の将軍達はプロイセン軍が野営地を出て、たったの30分で攻撃体勢がとれるとは考えていなかったのですが、実際のプロイセン軍部隊は日頃の訓練のおかげで連合軍の2倍のスピードで機動することが出来たのです。フリードリヒは、部隊を東のヤヌス丘とポルセン丘に送り、そこから敵を急襲するつもりでした。セイドリッツ将軍の騎兵隊がヤヌス丘の後ろからポルセン丘へと急ぎ、ヤヌス丘にはモーラー将軍率いる歩兵隊と18門の重砲が到着します。 ![]() 3. モーラー将軍の重砲が連合軍の先頭の騎兵隊に向けて砲撃を開始した時には、連合軍部隊の大半がライヘルツヴェルベン付近に到達していました。連合軍も野戦砲で砲撃を開始しますが、まだプロイセン軍は退却中であると思っていました。その時、セイドリッツ将軍率いるプロイセン軍の騎兵隊が、ポルセン丘から連合軍の縦隊の先頭と側面に襲いかかります。連合軍にとって全く予想外のこの奇襲攻撃は大混戦となり、双方に大きな損害を出すことになりました。この攻撃を指揮したプロイセン軍のセイドリッツ将軍も負傷してしまいます。プロイセン軍の騎兵隊はいったん戦闘を止め、部隊を再集結するためにくぼ地に隠れました。 ![]() |