「戦術の世界史」もっと詳しく16世紀

1520年代、スペインで生まれた新兵器「マスケット銃」は、 もともと塁壁の上に固定して使う防御用の重小銃でした。野戦で使用するためには、 二股の棒で銃身を支えなければならないほど重かったのです。 16世紀後半のマスケット銃は、口径1インチ弱、銃身の長さ115から140センチで、 重いものでは9キロ近い重量があり、弾丸には50グラム以上の鉛が使われました。 マスケット銃は持ち運びが大変で、発射時の反動も大きいことから、射手には力持ちの大男が選ばれ、 特別な給料が支払われたといいます。このような重小銃は重量と反動というデメリットを考えると 完全に失敗の兵器で、17世紀初めには戦闘で使われることは無くなりました。 しかし「マスケット銃」という名称は、ピストルより大きい肩射ち銃の全てで使われ続け、 従来のアルケブス銃(重量5キロ程度で20グラム以下の弾丸を発射する小銃)も いつのまにかマスケット銃といわれるようになります。
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1588年「アルマダ海戦」
サンサルバドル号は、スペインの無敵艦隊(アルマダ)の所有する金と財務長官を乗せていた 大事な船でした。この船が自爆したのは、司令官シドニアによると「不運な事故」ですが、 主計官カルデロンなどは事の真相を次のように伝えています。 サンサルバドル号の砲兵の1人であるドイツ(フランドル?)人が、 何らかの理由で船長の怒りを買い、不当なムチ打ち刑に処せられてしまいます。 復讐の炎に燃えた彼は船倉に降りると、表向きは大砲から湿った火薬を吹き飛ばすという目的で、 火のついた松明を火薬樽のなかに投げ込むと自分は海に飛び込んで逃げました。 こうして発生した爆発によって、サンサルバドル号の船尾と2つの上甲板が吹っ飛んでしまい、 2百名もの乗組員が死亡したのです。
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スペイン艦隊の司令官シドニアは8月11日の記録のなかで、 3千名もの乗組員が病気を患っていると嘆いています。主な病気はチフスのようですが、 多くの人命を奪ったのは「急死をともなう激烈な食中毒」であったとされています。 当時の船の台所は、高い湿度のため食材の腐りが早く、 上甲板から汚物の水分がカマドや台所用具にも浸透してきていました。 台所用具を洗うには「非飲料水」が使われますが、これは単に港で汲み上げられた不衛生な海水です。 「飲料水」は木の樽に入れられていますが、すぐに腐って危険な状態になりました。 そのような「飲料水」でも非常に大事に保存されていたので、 雑用に使用することなど考えられませんでした。 食物は食べる時には腐っているのが普通で、塩や胡椒をふんだんに使い、 味をごまかして食べていたようです。 劣悪な栄養状態や衛生状態は、イギリス艦隊でも変わることはなく、 戦死者数をはるかに超える病死者(ベアー号では乗員の半数が病死)を出しました。 イギリス艦隊司令官ハワードは、伝染病の大きな原因の1つは 水の腐敗であると報告しています。
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テルシオは16世紀前半にスペインで登場した隊形です。 基本的な大きさものでは、横に100列、縦は12から15列に槍兵が並んで密集隊を作り、 その四方を縦2列程度の小銃兵で囲んで、 四隅に縦横5列程度の小銃兵で作る小さな密集隊を配置していました。 このようなテルシオは、数個で1つのグループとして運用され、 ひし形や市松模様に並べて使用されます。テルシオは全ての方向で防御が固く、 槍兵は前方に向けて槍をかまえるだけでよいので、 ろくに訓練もしない当時の傭兵主体の軍隊には都合がよかったのでした。 欠点としては、縦隊で行軍してきた軍隊がこの隊形を組むのには時間がかかる(まる1日!)こと、 戦場での機動が困難なほど密集しすぎていることなどがあげられます。
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