古代ギリシャ、ローマ時代から、風が一定していない地中海において、機動性が必要な軍艦は帆よりもオールで航行する方が良いとされました。 ガレー船の語源は、船首に長く突き出した衝角が「カジキマグロ(galeos)」に似ているからと言われています。 ガレー船の武装のほとんどは船首に集中していました。衝角の他には、船首近くの上部構造物の下に大砲が3門ほどありました。 しかし、これらの砲は全て固定されているため、真前の目標しか砲撃できません。このため、敵船に狙いをつけて砲撃するためには船全体を旋回させる必要がありました。 ガレー船は帆をたたんで戦闘態勢に入ります。これはガレー船の船体がスピード重視の極めて細長いものであるため、 強風の下では方向転換が難しいからでした。船首を敵船に向けたガレー船は、砲撃しながら猛スピードで直進し、船首の衝角を撃突させて、 搭乗した兵士たちを敵船に突入させます。戦闘は彼らの白兵戦で終了しますが、時には船長同士の決闘による決着もありました。 歴史上最大のガレー船による戦闘は1571年の「レパントの海戦」ですが、快速を誇るガレー船も、火力で優勢なガレアス船には対抗できませんでした。
 
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