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皇帝カール5世率いる神聖ローマ帝国軍(スペイン軍、約1万7千名)
1525年1月、ロンバルディアのパヴィア城がフランス軍に包囲されました。 まもなく神聖ローマ帝国の救援軍(スペイン軍)がパヴィアを救うために到着し、パヴィア城を包囲しているフランス軍に逆包囲の攻撃をかけ始めます。この戦闘は散発的な砲撃の応酬だけだったので決着をつけるにはいたらず、だらだらと3週間も続いていました。 ![]() 1. 2月23日の夜中、スペイン軍のマーカス・ペスカラ率いる2個騎兵隊と5個歩兵隊が行軍を開始します。この日は天候が悪く、フランス軍は嵐のために敵のこの動きが全くわかりませんでした。 スペイン軍は夜間の激しい砲撃でフランス軍を驚かせ、フランソワ1世に敵が正面から強襲してくると思わせます。その間にペスカラ隊は大きく迂回した地点で小川を渡り、フランス軍包囲陣の背後に広がるミラベロ広場に到着します。 思いがけない方向からの敵軍出現に驚いたフランス軍は、とりあえず編成できた限られた兵力でこの脅威に対処しなければなりませんでした。 ![]() 2. イタリアの2月の朝霧は極めて深く、両軍とも戦況が把握できず場当り的な戦闘を強いられたようです。 フランス軍の重騎兵隊は砲兵や歩兵隊の支援の無いまま、スペイン軍の横隊の中央に突撃を繰り返しました。このフランス軍騎兵の突撃は、敵軍の一部を突破することに成功しますが、スペイン軍の歩兵隊(小銃隊)は何とか無事に退避できます。 戦場の地面が薮で覆われた沼地であったため、フランス軍騎兵は効果的に戦うことが出来ず、スペイン軍には小川の堤沿いに生えている樹木や薮の陰で小銃隊を編成し直す余裕がありました。 フランス軍のスイス人傭兵からなる槍兵隊の攻撃は、スペイン軍のドイツ人傭兵の槍兵隊に抑えられてしまい、マスケット銃の攻撃を恐れたスイス兵たちは後退してしまいます。 ![]() 3. 今や戦闘態勢を整えたスペイン軍の小銃隊は、フランソワ1世の率いるフランス軍騎兵隊のすぐそばまで前進していきます。フランス軍騎兵隊は、進路をスペイン軍のドイツ人傭兵部隊に塞がれており、 味方からの支援砲撃も霧のために不可能になっていました。それでも後退しようとしないフランス軍騎兵隊は、スペイン軍のマスケット銃による激しい銃撃に晒されることになります。 フランス軍騎兵隊に向けて無数の弾丸が発射され、その多くが比較的装甲の少ない馬に大きな被害を与えました。乗馬を失って無力になったフランス騎兵の多くは、乱暴なスペイン歩兵たちになぶり殺しにされます。 フランス王とその側近たちも危うく殺されそうになりますが、最後の瞬間に命は助けられ、身代金めあての捕虜にされました。こうしてフランス軍の騎兵隊は壊滅し、包囲陣を敷いていたためフランス軍の歩兵隊は兵力を集中することが不可能です。 仕方なく兵力を小出しにして戦うフランス軍に勝利の見込みは無く、繰り出される小規模な部隊は次々と撃破されてしまいました。パヴィア城の守備隊が城門を開いて、混乱しているフランス軍に攻撃をかけると包囲陣は左翼から崩れだし、遂にフランス軍全軍が壊滅してしまいます。朝の8時すぎには事実上終っていたこの短時間の戦闘での死傷者は、スペイン軍が約8百名、フランス軍は約8千名にもなりました。 |