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ペルシャ王アルタクセルクセス2世軍(6〜10万名、うち騎兵6千名、車輪に鎌をつけた戦車2百両) 兄の王座を狙うキュロスは独自にペルシャ人部隊を組織していました。また、国を追われていたスパルタの将軍クレアルコスなどのギリシャ人の助けをかりて、小アジアでギリシャ人の装甲歩兵を傭兵として集めます。キュロスは行軍中の彼等に自分の計画を明らかにせず、敵はシリアにいると騙し続けました。ユーフラテス川に到着して初めてキュロスの反逆を知らされたギリシャ人傭兵達は、既に引き揚げるには遅すぎることに気づきます。キュロスは彼等に報酬の引き上げを約束すると、ついにギリシャ人傭兵達はペルシャ王アルタクセルクセスの軍隊と戦う決心をしたのでした。 両軍ともユーフラテス川の東岸で軍を展開しますが、キュロス軍は行軍のための縦隊から戦闘隊形の横隊に切りかえるのに手間取ってしまったため、全軍の戦闘準備が整わないままで戦いを始めました。 キュロスは右手の川のすぐ近くに千名の騎兵隊を置き、その隣にギリシャ人傭兵隊を配置します。続く中央にはキュロス自身が率いる6百名の騎兵隊があり、その左隣にペルシャ人歩兵隊、そして最左翼には騎兵の補助部隊を置きました。 1. アルタクセルクセス王自身が中央で指揮をとるペルシャ軍の横隊がゆっくりと前進を始めて戦闘が開始されます。これを見たキュロスは、右翼にあるギリシャ人傭兵隊にペルシャ軍の中央にいる王を直接攻撃させようとしますが、スパルタの将軍クレアルコスはこの命令を拒否します。敵軍の中央を襲撃するためには、ギリシャ人傭兵隊を斜めに進ませる必要があり、そうすれば装甲歩兵でつくる密集方陣(ファランクス)の側面を、ペルシャ軍の左翼に位置する敵騎兵隊に攻撃される恐れがあるからでした。両軍が5百メートルの距離に迫った時、ギリシャ人傭兵隊は急速歩で真直ぐに突撃します。驚いたペルシャ軍は後退を始め、戦車の御者たちの中には車を捨てて逃げ出す者さえ現われました。ひと働きを終えたギリシャ人傭兵隊は横列を散開させて他の部隊を通し始めます。右翼軍の攻撃成功に大喜びのキュロスは、兄アルタクセルクセス王めがけて突撃しました。その時、ペルシャ王は敵軍よりも長い自軍右翼の横隊を利用してキュロス軍の左翼を包囲しようとしています。 キュロスはペルシャ王の隊列に突入し、兄を見つけるとすぐに襲いかかりました。アルタクセルクセス王は負傷して落馬しますが、周りで大混戦が始まるとキュロスはそれ以上兄には近づけません。そうこうするうちに激しい白兵戦の中で1本の投げ槍がキュロスの頭を直撃します。馬の背から地面にたたきつけられた彼は、近くにいた名もない1人のペルシャ兵にとどめを刺されました。 ![]() 2. ペルシャ王は、戦いを快調に進める右翼軍でキュロス軍の野営地を攻撃しますが、そのころ左翼軍はギリシャ人傭兵隊に追われて4キロほども後退していました。敵軍を背後から攻撃するチャンスであることに気づいたペルシャ王は、キュロス軍の野営地から引き上げて、ギリシャ人傭兵隊の後を追跡します。背後からの敵軍の接近に気づいたスパルタの将軍クレアルコスは、隊列の向きを変えて、追跡してきたペルシャ軍を正面から攻撃しました。ペルシャ王がギリシャ人傭兵隊の正面攻撃を避けるため左方向に進路を変えると、 クレアルコスはギリシャ人傭兵隊に川を背にして整列させ、側面を敵に攻撃させないようにします。 ユーフラテス川に沿って追われ続けたペルシャ軍は、クナクサの地で最後の決戦に挑みました。ペルシャ軍騎兵隊の大軍がギリシャ人傭兵隊を襲撃したのです。しかしこの攻撃もギリシャ人傭兵隊に撃退されてしまい、ペルシャ軍騎兵隊はバラバラになって戦場から逃走していきました。夜になってギリシャ人傭兵隊はキュロス軍の野営地に戻り、そこが敵に略奪されていることを知って驚きます。自分達はずっと勝ち続けていたにもかかわらず、キュロスのペルシャ人部隊はどうなったのか、彼等には全くわかりませんでした。 翌朝、ギリシャ人傭兵達は、キュロスは戦死し、自分達はペルシャ帝国の奥深くで補給のあてもなく取り残されていることを知ります。昼頃になるとペルシャ王からの使者が現われました。そしてギリシャ人傭兵達に、武器を捨てペルシャ王の前で慈悲を乞えと伝えます。しかし、ギリシャ人達には降伏する気はなく、地図も案内人もない異国の土地を故郷に向かって退却していくことにしました。 |