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アレクサンダー率いるマケドニア軍2万名以下(うち騎兵は5千名以上) ヒュダスペス川は深いうえ、ヒマラヤ山脈の雪解け水が激しく流れていました。インド軍はこの川に沿って陣地を構えていたので、これを攻撃しようとするマケドニア軍には困難な渡河作戦が必要でした。川を渡れたとしても、待ち構えるインド軍の装備は優秀であり、マケドニア軍の馬はインド軍の戦象部隊に驚いて戦うどころではないかもしれません。象に慣れていない馬は、ラッパのような象の鳴き声を聞くだけでもおびえてしまうのでした。 優勢なインド軍を混乱させるため、アレクサンダーは夜間に騎兵隊を川に沿って往復行進させます。 数日間も続いたこの作戦中、騎兵隊には出来るだけ騒々しい音をたてるよう指示されました。インド王ポロスは毎晩、戦象部隊を連れてマケドニア軍の騎兵隊を追いかけまわしますが、数日後には意味のない追跡作戦に嫌気がさして、もうインド軍陣地から出ようとしなくなりました。 ポロス王が、マケドニア軍の夜間行軍に関心がなくなったことを認めたアレクサンダーは、今のマケドニア 軍陣地をクラテロス将軍と約5千名の兵士にまかせると、ほとんどの騎兵と歩兵6千名を連れて激しい風雨の中、夜間に北へ32キロも移動します。アレクサンダーは、このことをポロス王に悟られないために、マ ケドニア軍は川の水が減るまで戦いをする気がないという噂を流させ、部下の1人を自分の影武者に仕立てて以前の陣地におきました。 1. マケドニア王アレクサンダーが渡河地点として選んだ、川のずっと上流では、流れが湾曲しており、中に島があるので川が2つに分かれていました。マケドニア軍兵士は、ほとんど肩まで水につかって川を渡ります。インド王ポロスがアレクサンダーの移動に気づき、マケドニア軍の渡河を妨げるため、王子が率いる2千名の騎兵と120台の戦車を北方に送りますが、少々遅すぎたようでした。 すでに川の対岸に渡っていたアレクサンダーは、迫り来るインド軍を見つけると、大隊を次々に繰り出して敵に波状攻撃をかけます。この攻撃で大混乱になったインド軍は逃走を始め、ポロスの息子は戦死してしまいました。この戦いでインド軍の戦車は全てマケドニア軍に捕獲されます。 ![]() 2. 王子の率いる部隊が壊滅したことを知ったポロス王は、少数の守備隊だけを陣地に残して、アレクサンダーの部隊を迎え撃つために移動を始めます。 インド軍は、最近の雨によってひどくぬかるんだところを避けて3キロ近い横隊を展開しますが、対するマケドニア軍の歩兵8列横隊は、敵軍の半分にも足らないぐらいの長さしかありませんでした。 インド軍の配置は、両翼に各2千名の騎兵隊と150台の戦車大隊を置き、中央の歩兵隊の前方15メートルほどのところに2百頭の戦象がずらっと1列に並べられています。マケドニア軍は、騎兵隊の大半を右翼に配置しますが、これは敵軍の司令官ポロス王が指揮をとるインド軍左翼の騎兵隊を集中して攻撃するため でした。アレクサンダーは、コエノスの指揮する騎兵小隊(約千名)だけをインド軍右翼の騎兵隊と対抗するため、マケドニア軍左翼に置きました。 ![]() ![]() インド王ポロスは負傷して捕らえられ、アレクサンダーの前に連れてこられました。アレクサンダーは「どのような処分を望むか?」とポロスに訊ねると、「国王として処分してもらいたい」と答えたといいます。 これを聞いて感心したアレクサンダーは、ポロスを国に帰してやり、それ以来2人は親しい友人となりました。 |