モールバラ公率いるハーグ同盟(イングランド、オーストリア、ネーデルラント)軍(兵力5万6千名)
   対 タラール伯爵率いるフランス・バイエルン合同軍(兵力6万名)
戦闘経過
 モールバラ率いる同盟軍は、真夜中にブレニムの敵陣地までの15キロを進軍して、翌朝の午前8時頃には戦闘隊形を取り始めます。合同軍の司令官タラールは今日に戦闘が始まるとは思っていなかったので、あわてて自軍を展開させました。午前9時頃、モールバラ軍の右翼部隊(指揮官はオイゲン公)は険しい土地を迂回して前進しますが、予想より時間がかかり、午後12時30分になってやっとタラール軍の左翼を攻撃する位置につきました。      
午後12時45分、モールバラ軍左翼のイングランド軍1個旅団がブレニム村にいた敵歩兵9個大隊を攻撃しました。ブレニム村を守るフランス軍の将軍クレランボーは、イングランド軍の激しい砲火に恐れをなして多くの援軍(支援軍7個大隊、予備隊11個大隊)を呼び寄せてしまいます。 結果、ブレニムでは燃え上がる建物の中にタラール軍兵士が密集することになり、フランス軍近衛騎兵隊(ジャンダルムリ)8個大隊が救出に向かいました。そこへ偶然、モールバラ軍の騎兵5個大隊が現われます。驚いたフランス軍近衛騎兵隊は、兵力では優勢なのにもかかわらず退却してしまいました。

 午後2時頃、モールバラ軍の大多数がネベレ川を渡って再編成を終えていたころ、フランス歩兵9個大隊の攻撃を受けて、モールバラ軍中央部の右側面が無防備になってしまいました。 タラール軍が突撃のチャンスと見て、騎兵の大兵力を集結させ始めます。自軍のピンチに気づいたモールバラは右翼のオイゲン公に伝令を送り、予備のフッガー騎兵旅団を送るよう要請しました。 オイゲン公は苦戦中でしたが、唯一の予備であった騎兵旅団を総司令官モールバラのもとへ送ります。 フッガー騎兵旅団の到着により敵の突撃を撃退することに成功したモールバラは、危険な中央部をなんとか立て直すことが出来ました。

 午後4時半頃、オイゲン公率いる右翼軍が敵の左翼軍を包囲しつつあることを知ったモールバラは騎兵が率いる中央部全軍に前進命令を出します。続いてモールバラ軍砲兵隊が至近距離から散弾を浴びせかけて、ついにタラール軍の戦列を粉砕してしまいました。そして午後5時頃、自軍の優勢を確認したモールバラは全軍に総攻撃を命じます。 この攻撃によってタラール軍の歩兵たちはその場に倒れ、騎兵たちは遠くに逃げてしまいました。 恐慌状態になった兵士たちが、ブレニムの東にあるドナウ川に架けられた臨時の舟艇橋に殺到したため、 橋が崩れ落ちてしまい多くの兵士が溺れて死んでしまいます。ブレニムを守っているはずの指揮官クレランボーもここで溺死してしまいました。しかし彼の部下たち(1万1千名)はブレニムに閉じ込められた状態で最後まで抵抗を続けます。タラールが捕虜になって、残っていたフランス軍も降伏に同意、ブレニムの村から堂々と行進して捕虜となりました。 この戦いでモールバラ率いる同盟軍の死傷者は1万2千名、タラール率いるフランス・バイエルン合同軍の死傷者は2万名、捕虜は1万4千名になりました。

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