金属の武器に鋼鉄製のものが現われました。ヒッタイト人とインド、中国大陸の一部の辺境民族のみが、 武器に耐える鋼鉄の製法を知っていました。その鋼鉄は金の5倍の価格で取り引きされていたということです。一方、ヒッタイト王国周辺に現われた遊牧騎馬民族は馬を改良して、騎兵を戦いに使用するようになりました。馬のひく2輪の戦車は騎兵の敵ではなく、ヒッタイト王国およびエジプト新王国は、遊牧騎馬民族に攻められて滅亡してしまいました。ヒッタイト王国滅亡によって製鉄技術は中近東やヨーロッパに広がりました。辺境の騎馬民族は鉄器の獲得で軍事力を増強することになり、青銅器文化帝国の支配は終りました。 ■当時の騎兵
当時の騎兵の戦闘能力は優秀とはいえませんでした。あぶみを使わない騎手は馬上では非常に不安定だったのです。5世紀頃にあぶみや鞍が発明されて、初めて騎兵は強力な戦闘能力を持つようになりました。 前1285年 カデシュの戦い ホームページヘ戻る年表