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ムワッヒド朝のカリフ、ヤークーブ率いるイスラム教徒軍
対 カスティーリヤ王アルフォンソ8世率いるキリスト教徒軍 7月18日にキリスト教徒軍はすでに戦いの準備をしていたのですが、イスラム教徒軍は圧倒的に数で優勢だったのでのんびりと休息しています。キリスト教徒たちはそんな敵を見てイライラしていました。 イスラム教徒軍の司令官ヤークーブは真夜中になってやっと全軍に戦闘準備を命じます。 翌朝、キリスト教徒たちはイスラム教徒軍の戦列を見て敵兵のあまりの多さに驚き、不安になりました。 しかしそれでもキリスト教徒軍の前衛である数千名の勇敢な騎兵隊は敵軍に向かって突撃していきます。 この騎兵攻撃はキリスト教徒側に有利に展開しますが、ヤークーブがイスラム教徒軍の予備隊を戦闘に参加させると、形勢は一気に逆転しました。イスラム教徒軍の予備隊は、圧倒的な兵力でキリスト教徒軍騎兵隊を包囲すると無数の矢を浴びせかけます。 不利になった自軍の状況を見たアルフォンソは後衛の部隊をも戦闘に投入する準備を始めますが、今戦っている敵軍はイスラム教徒軍のまだ一部にすぎないことも確認しました。敵の右翼にはまだ戦闘に参加していない大軍が太鼓やラッパを鳴らしながら待機していたのです。 自軍は決定的に数で劣っていることを理解しながら、アルフォンソは自らも突撃することにします。 しかし、この戦いでキリスト教徒軍に勝ち目は無く、がむしゃらに戦うアルフォンソは部下に引き戻されて逃走を余儀なくされます。 彼はアラルコス城の門に馬で駆けこみますが、すぐ別の門から外に飛び出してトレードの町へと逃げ帰りました。この時、彼に従ったのはわずか20騎で、他のキリスト教徒軍兵士は、戦場で死んだり敵の捕虜になったりしており、アラルコス城など近くの城に逃げ込んだ者も多くありました。 戦闘時に王旗を持つ「国王旗手」であったディエゴ・ロペス・デ・アーロもアラルコス城にたてこもります。彼は後に敵軍と交渉して、アラルコス城とイスラム教徒軍の捕虜を引き渡す代わりにキリスト教徒が安全にカスティーリヤに戻るための安全通行権を手にいれました。 |