イングランド王リチャード1世率いる第3回十字軍 対 エジプトのスルタンサラディン率いるイスラム軍
戦闘経過
パレスチナの夏の暑さは、海岸に沿って行軍する十字軍の兵士たちを悩ましていました。騎士たちは重い鎧をまとい、歩兵たちは鎖かたびらに分厚いフェルト地の上着を着ていたためです。そのような彼等をイスラム軍騎馬弓兵は繰り返し攻撃しますが、十字軍を指揮するリチャードは半数の兵を1日交代で防戦にあたらせ、つねに兵の半数は休息できるようにして消耗を避けていました。        
 イスラム軍の指揮官サラディンは、アルスフの北数キロにある、東は森、西は地中海に面した幅が約3キロの平原で十字軍に決戦を挑むことにしました。7日(土曜日)の朝、敵の攻撃が迫っていることに気付いたリチャードは仕方なく迎撃の準備を整え始めます。輸送隊を止めて自軍後方の海寄りに配置し、少数の歩兵を護衛につけ、その前に主戦力である騎兵隊を置き、最前列には弓兵隊と歩兵隊を並べたのでした。 騎兵隊の戦列の右にテンプル騎士団、左にホスピタル騎士団を置き、それらの間にはフランス、フランドル、イングランドの騎士たちが並んでおり、リチャードはその中央で指揮を取ることにしました。

 イスラム軍の騎馬弓兵や騎馬槍兵は、ラッパを吹き鳴らしながらアルスフの森から突撃して、十字軍の左翼を孤立させるために集中攻撃をかけてきました。 イスラム軍は十字軍騎士たちに突撃させようと何度も攻撃をかけますが、リチャードは敵の戦術を見抜き、 血気にはやる騎士たちを抑えて攻撃合図のラッパを待つように命じます。十字軍の左翼の前線は、破られては立て直すということを繰り返し、騎士たちの我慢も限界に近くなってきました。 ホスピタル騎士団の指揮官が反撃の許可を何度も求めますが、リチャードは絶対に許しません。 しばらくすると突然、二人のホスピタル騎士がこらえきれずに戦列を飛び出し、これを見た他の騎士たちも次々に歩兵の間をすり抜けて戦列の前面に躍り出ます。これはリチャードの望んでいた攻撃のタイミングにほぼ一致していたので、彼はすぐさま全軍に反撃命令を出して突撃の指揮を取りました。一向に攻撃してこない敵に油断していたイスラム軍は奇襲され、多数のイスラム兵たちが十字軍騎士たちの突撃で蹴散らされてしまったのです。

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