![]() ![]() アッシリア帝国の北方から北東辺境に広がる強力な王国、ウラルトゥの征服 アッシリア王サルゴン2世の第8次遠征は、宗教的な動機から実行された軍事行動のようですが、もちろん戦利品の獲得という実利的な面もありました。ウラルトゥに達するまでには色々な困難を克服せねばならず、決して楽な遠征ではなかったようです。氾濫していたチグリス川の支流を渡ったり、険しい高山地帯を進むために山腹を砕いて建築用石材ブロックを切り出し、それで道路を造ったりしたのです。進軍は先頭が戦車、次に騎兵隊と歩兵隊、続いて工兵、しんがりはラクダとラバの輸送隊でした。 ウラルトゥ王のウルサはアッシリア軍の攻撃を受けると首都を放棄して北方に逃れました。アッシリア軍は12の要塞都市と48の村を武力で占領します。サルゴン2世の残した記録には次のようにあります。 「余は、城壁を破壊し、内の家々に火をつけた。そして、洪水のようにそれらをなぎ倒し、叩き潰して瓦礫の山として積み上げた。」 態勢を立て直したウラルトゥ王ウルサは自軍を伝統的な横隊に展開して、サルゴン2世の軍を待ちました。 アッシリア軍の兵士達は食料を制限されて疲れ切っていたにもかかわらず、サルゴン2世自ら率いる戦車隊と騎兵隊の後から敵陣に向かって突撃していきます。サルゴン2世は戦闘隊形を組まないで、縦隊のまま敵の横隊に突入したのです。このようなアッシリア軍の攻撃を予想していなかったウラルトゥ軍はまたたくまに崩壊し、サルゴン2世の追撃を受けて全滅させられてしまいます。ウルサ王自身は乗っていた戦車を棄てて、より速い馬に乗り換えたので逃亡に成功したのでした。 |