イスラムの攻撃にさらされた東ローマ帝国は、673年に東方からシリアを経由して伝わったギリシャ火という火炎剤を使用するようになりました。ナフサ、硫黄、松やに等の混合物は、濃い煙と大きな音を出し、火炎は水をかけても消えませんでした。これを大型の鉄筒に入れて砦の上から注いだり、石や鉄の赤熱した弾丸に詰めて発射したり、布切れにつけたものを矢や槍に巻き付けて投げたりしました。

■海戦で使われたギリシャ火
678年、718年のイスラム艦隊のコンスタンチノープルへの攻撃は、東ローマ軍のガレー船によるギリシャ火攻撃に阻まれ、艦隊は全滅しました。941年、1043年にはゴート人、ロシア人の艦隊がコンスタンチノープルに迫りましたが、やはりギリシャ火で焼かれてしまいました。

625年 ウフドの戦い
627年 ハンダクの戦い
637年 カーディシーヤの戦い
732年 トゥールの戦い

ホームページへ戻る年表