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七拾四の部屋
妄想の部屋5 アゲハ帳



物心ついた時には、彼女の両腕は、左右逆に付いていた。

両方の肩からワキには、2本のキズが今でも残っている。


「何故?」


と、彼女は疑う余地も無かった。

それが自然だと思い、この20年間生きてきたからだ。


絶世の美女という言葉が当てはまる、とても美しい女性で、

朝は人混みを好み、夜は孤独を好む。

それ自体も彼女にはわからなかった。


自分自身がワカラナイ。


記憶がナイということではなく、

逆に日々、何百人という人の記憶が流れ込んで来て、

どれが本当の自分の記憶かさえわからない現状。

しかし、どの記憶も良い内容の記憶等は無かった。

電車内で、おとなしそうな女子高生に痴漢する中年男性の記憶、

ウサばらしに、部下に電話器を投げつける女社長の記憶。

暴走族の記憶。

殺人の記憶。

どれも相手に不快な思いをさせる行為のみの記憶。

それらの記憶達が彼女の全てを造っている。




ある日の夕方、寂びれた商店街を歩いていた。

人通りはなく、赤く染まる道の上を1人歩いていた。

すると彼女に1人の少女の記憶が流れ込んできた。

4歳位であろうか、橋の上から老婆を突き落とそうとしている記憶。

いつの記憶かはわからない、もしかしたら何十年も前かもしれない。

左右逆の彼女の手に、少女が老婆の背中を押す感触が入って来た時だっ
た。

両肩が痛んだ。

外部からの痛みというより、心の痛みというやつだった。

彼女には心の痛み、それがわからなかった。

だが、確実にその気持ちに対して興味を持った。






 
「お仕置き。」






あの子は、この後、お仕置きされる。

あの両腕が悪いんだから、しょうがない。

でも、あの子は私じゃない。

なぜなら、憎いから。

私は、あの子に殺された。

ただの遊び心で。

思い出してきた。



両腕が、イタム・・・。







しばらくすると、彼女は公園にいた。

自然とこの場所に向っていた。

ただ、この場で殺されたんだろうという思いで。

彼女は、肩から指先まで包帯を巻いている。

左右逆に付いている彼女の両腕は、思ったよりも目立つからで、

それを隠す為に、ギッチリと巻かれている。





ハッキリと思い出した。

昔、私は、アゲハ蝶だった。

あの子の前を飛んでいただけだった。

?まって、標本にされた。

そして、左右の羽をもぎ取られ、

ボンドで左右逆に着けられた。



悲しくはなかった。

イヤな記憶でも、自分の記憶であるから。

憎しみはあった。



包帯をほどき、両腕を上げた彼女は、きれいだった。

さなぎから蝶になる様に。

包帯が空へ飛んでいった。



「お仕置きしないと。」









カカッタ・・・。






左右逆に着けられたその両腕は、

一歩歩くたびに揺れ、

肩の付け根から、落ちる寸前だった。






終電が行った団地街。

聞こえてくるのは、

コンクリ造りの階段を上り、

踊り場の暗い蛍光灯にぶつかる、蝉の羽音。



ぶつかる度、その光を覆い尽くしている何千匹もの蟻が落ち、

床に黒くうごめく山を造る。


それを見つめながら右手の小指をさすると、

あの時の気持ちが落ち着いた。


解剖、標本にされ、石の墓に埋められた事。





でも、実際は違う記憶。





真夏の夜、

真っ黒く晴れた空を、私は楽しんでいた。

黒く溶け込める気持ちは、空に重力を奪われたみたいで、

恐いけど、好きだった。



たまに出る月灯りのある夜で、油断していたのかも知れない。



気が付くと、蜘蛛の巣にからまっていた私は、

もがいたせいで、両羽がちぎれ、

動く事さえ出来ずにいた。



その時の私は、既に息はなかったのかも知れない。



眼球の表面に残された映像。


蜘蛛の巣からスクッテ、



ちぎれた両羽を付け、

その少女は、何か言っていた。


「レ・・・ギギ・・ギ・・・・   ・・・。」











生まれ変わった自分が持っていた記憶は、

本当は違う、思い込んでいた記憶。


生まれ変わったと、自分でそう思い込んでいただけ。



今までココにいたのは、汚れた記憶。



思い込みから抜け出し、

汚れを落とせた記憶だけが、また命を持てる。