サッカー百科事典
K
[6]Kim Kallstrom(キム・シェルストレーム)
スウェーデン代表のMF。EURO2004ブレイク候補の”本命”がラファエル・ファン・デル・ファールト(オランダ)ならば、”裏本命”はこのシェルストレム・・・しかしEURO2004で双頭体制の代表に貢献する活躍を見せビッグクラブからも羨望の眼差しを受ける。同大会やユーヴェ移籍で精神的成長を見せたエースFWズラタン・イブラヒモビッチとともに「新生スウェーデン」を世界にアピールする中心的存在に成り得る天才司令塔。ルックス、技量ともにタメ歳のラファエルに全くひけをとらない。グッズ販売力も兼ね備えたクラブ的にも”おいしい”選手では?アヤックス在籍経験はないが、同じ北欧のリトマネンを彷彿とさせる、限りなくアヤックス的なプレイヤーに思えてならない。スウェーデン代表のイサクションも後を追うように、母国クラブのDIFからフランス・リーガアンのレンヌへ移籍する道を辿っている。そして06-07シーズンを前にシェルストレムはレンヌから、リーグ5連覇中のフランス最強クラブ・・・オリンピック・リヨネへ移籍。2006年W杯予選ではリュングベリ、ラーションら”史上最強”スウェーデン代表の超攻撃陣「LLZ」を後方から巧みに操り、「LLZ」大爆発の”お膳立て”に一役買っている。EURO2008では満足の行くプレーが出来なかった・・・ように思う(爆)182cm,
83kg
[7]Klaas-Jan Huntelaar(クラース=ヤン・フンテラール)
オランダ代表のFW。PSVのユース&トップチーム出身でクラブでは数字を残せなかったものの、2001年ワールドユースではエースストライカーとしてファン・デル・ファールト、ハイティンハらとともにオランダU-20代表のベスト8進出に貢献。その後PSVからデ・フラーフスハフ、AGOVVアペルドールンにレンタル移籍。ストライカーとしての才能をクラブレベルで発揮したのはAGOVVアペルドールン在籍時で出場31試合でなんと25ゴール!見事に2部リーグでの得点王に輝く。この活躍で04-05シーズンにはヘーレンフェーンへの移籍を勝ち取り、エールディヴィジでもシーズン計17ゴールとゴールを量産。さらに圧巻なのはオランダU-21代表として臨んだU-21欧州選手権予選であり、2005年に入ってからは”神がかり的”なゴールハンターぶりを披露!”恩師”フォッペ・デ・ハーン監督も目を見張るパフォーマンスを見せる。終盤戦ではフィンランド戦(A)、アルメニア戦(A)、チェコ戦(A)、マケドニア戦(H)と4試合連続で2ゴールをマーク。さらに同プレーオフ2nd
legのスロヴェニア戦(H)でも「お得意」の2ゴールを決め、もはや「マルチゴール男」の異名も!?(笑) この若い才能のさらなる活躍に呼応して、アヤックス、フェイエノールト、AZといった国内の強豪クラブが揃って獲得の意思を示し、2005年冬はエールディヴィジに「フンテラール大争奪戦」が勃発、結局アヤックスが彼の獲得を成功させた。移籍後間もなく「とんかつに卵」でゴールを量産、アヤックスでもゴールを決め続けて見事05-06シーズンのエールディヴィジ得点王に輝く。しかも、同シーズンのゲーダレード杯セミファイナル・ユトレヒト戦(A)の後半ロスタイムに見せた「奇跡のオーバーヘッド」劇的な同点ゴールシーンはアヤックスサポの「伝説」となりそうな気配も・・・。ユース世代の「大エース」としての輝かしい実績を引っさげ・・・2006年W杯後にA代表入り。A代表デビュー戦となった(オランダ代表の”天敵”)アイルランド戦(A)で「2ゴール2アシスト」の”離れワザ”を披露。A代表でも「大エース」として君臨する日も近いはず。そして2007年、「マンチェスター対立?」ユナイテッドvsシティなど海外各クラブで再び「フンテラール大争奪戦」の兆しも・・・EURO2008でも本大会で1ゴール、偉大なる先輩FWファン・ニステルローイの代表引退でさらなる一本立ちが期待される。”奇跡的”残留を果たした08-09シーズンではキャプテンマークを巻いて新生ファン・バステン・アヤックスでプレー。若いチームを引っ張るはずが・・・やはりビッグクラブからのオファーには勝てず、08-09シーズン途中の2009年1月にレアル・マドリッドへ移籍。いよいよ「ビッグクラブ」へ旅立つ・・・もののわずか半年でACミランに放出される。ミランでは不振が続き、2010年夏にシャルケ04へ移籍。同世代のハイティンハと同様、「わんぱく小僧」な(どうもオランダ人はゲルマン系の中でも”スネオ”的な顔が多いような・・・ラテン系との混血が進んでいるから?)風貌で・・・前歯も健康的でうらやましい(笑) 183cm,
78kg
[8]Karim Benzema(カリム・ベンゼマ)
フランス代表のFW。ジダンと同じくアルジェリア系にルーツを持ち、9歳ですでに「天才少年」と名を馳せオリンピック・リヨネに入団。2004年に出場したU-17欧州選手権で優勝に貢献。着実にトップレベルへステップアップを果たすも太もも負傷により、2006年11月のギリシャ戦での(18歳当時での)A代表デビューを逃す。しかし19歳になった翌年の2007年3月、オーストリアとの親善試合でA代表デビュー。しかもデビュー戦初ゴールで同試合勝利に貢献し大器の片鱗を見せた。その才能はリヨンのフロント陣のみならず、同国の偉大なる先輩FWのアンリも「彼はいつかバロンドールを獲るだろう」称賛。同じく先輩FWのトレセゲを差し置いて代表レギュラーの座を奪いかねない勢いにフランス国民の期待も高い。しかしEURO2008本大会ではノーゴール、フランス代表も”黒歴史”な低迷とかつてない「屈辱」を味わった・・・。クラブレベルではフンテラールと入れ替わりで2009年夏、満を持して「超銀河系軍団」レアル・マドリードへ移籍を果たす。南アフリカW杯直前に代表落ちするものの、あの壊滅的なフランス代表では結果オーライか・・・W杯後もマドリーに残留し復活を誓う。182cm,
74kg
[9]Kevin Strootman(ケビン・ストロートマン)
オランダ代表のMF。ユース年代からキャプテンシーを発揮し代表の中心に。ユトレヒトで頭角を表し、南アW杯準優勝した後のファン・マルヴァイク・Oranjeに招集される。2011年夏にPSVへ移籍。オランダ代表の南米遠征でボランチ不在の穴を埋め、クルルと共に新戦力として監督の信頼を得る。2011年9月のEURO2012予選フィンランド戦(A)で鼻血を出しながらA代表初ゴール。マドゥロ、T.ヤンセン、スハールスらはごぼう抜きし・・・守備面だけではなく攻撃面でも技を磨けば、ラフィーやN.デ・ヨングを押しのけEURO2012本大会では正MFとしてプレーする可能性も?精度の高いキックを持ち、チームではFKを任される事もある。オランダ代表の中ではハイティンハ、フンテラールらのような”出っ歯系”ではなく、ファン・ボメルの系譜を受け継ぐ?”ゴツい系”か。185cm,
69kg