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運勢の悪い人は、夜道を歩いていて突き当たると、右か左に曲がってしまいます。
このとき突き当たりが門であることに気が付かないのです。
なぜでしょうか。
下を向いて歩いている人がほとんどだからです。
人間は基本的に、人と比較したり何か基準を設けようとする場合、三つに分けることから始めようとします。
たとえば、上中下、強中弱、過去・現在・未来、前中後、のように三分割します。
あるいは、天地人、星・太陽・月、富裕層・中流・貧困層と、人生にかかわるほとんどは三分割することができます。
そして大切なことは、中国にも、中庸という言葉があるように、「中」を重要視すべきであります。
すべての運命の波乱といいますのは、真ん中を行かず、右か左にぶれることから始まります。
性格で言いますと、穏やかな人は、自然に人から助けられますが、性格がかたよって非常に頑固な人は、周囲から嫌われ、困ったときに他人の助けが得られません。
これは自ら人の助力を放棄しているからです。
政治の世界でも、右翼とか左翼とかいわれる集団がありますが、やはり思想的にて中庸でなく、一方的にかたよっているからです。
ここで、話しを戻しますが、迷ったときは、左か右か曲がらず、まっすぐ扉を叩く勇気が必要です。
たとえ過去は富裕層に属していても、それにこだわらず現在を見つめるべきです。
さらに重要なことは、その扉はあまり激しく叩いても、力なく叩いても開かないという点です。
若いうちに一挙に頂点を目指してもむずかしいですし、年をとって体力気力が衰えてから急に動き始めても、運命を引き戻すわけにはいきません。
やはり元気があって体力・気力・知力がそろっているときこそ、それにふさわしい扉を開くことができるのです。
もっとも運命の扉はいくつもあって、一つではありません。
大きな扉を押す力がなかったら、小さな扉を確実に開くことです。
まずは、自分に合った門を叩きましょう。
叩かなければ、運命の扉は開きません。
好きな人がいれば、勇気をふるって告白しましょう。
そして、やり たいことがあったら、迷わずチャレンジしよう。
成功するか失敗するかは分かりませんが、動かなかったら成功
のチャンスがゼロであることだけは間違いありません。
「叩けよ、さらば開かれん」というマタイ福音書の一節もあるではないですか。
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