さやか「秋と言えば運動会♪運動会と言えば秋♪」 
おんぷ「スポーツの秋だもんね」 
まさみ「なして?運動会って言ったら春でしょや…」 
おんぷ・さやか「えっ!?何で??」 
まさみ「だって秋は寒すぎて、運動会なんてやってらんないしょ。 
    どこの小学校も、5月後半から6月頭くらいに済ませちゃってたよ。 
    だから、運動会は春の行事。こんなの当然っしょ?」 
おんぷ・さやか「ううん…それ、まさちゃんのいた北海道だけ…」 
まさみ「あ…そっか…」 
 


『大乱闘!?燃える運動会!』
遠近学園中等部では、秋に運動会を執り行う。 中学ともなると、小学校のように運動会を催す学校は、あまり無いと思われるだろう。 しかし遠近学園は、生徒の個性を伸ばす校風。各種行事は積極的に開催する。 このような行事により生徒同士、さらには父兄までも含めての交流も図っているとの事だ。 ちなみに紅白別ではなく、クラス毎の纏まりとなっていて、全クラス別々のチームになる。 そして既に運動会は始まっており、只今は1年女子の100m短距離走。 A組からF組の順に1コースから6コースに並び、号砲と共に1人ずつ走りだす。そんな中… 芦田「次は…無難にBな」 海部「俺、D」 細川「こっちもBだ」 羽田「いや、意外とF来るぞ」 大平「Fは大穴すぎるだろ…やっぱBだな」 何やら、不可解な会話が聞こえる。少し前に徒競争を終えた、1年C組の男子達だ。 そこにピストルが鳴り、6人の女子達が弾かれたように飛び出した。 校庭のトラックを回ってきて、順々にゴールしてきた所で、例の男子達を見てみると… 細川「よっしゃ♪1着、B組の鴻上」 羽田「くそっ…F組の久保田、実は足速いってのはガセネタか…」 大平「あっ…D組の寒川、足、引き摺ってやがる…」 芦田「怪我してたのか?でも出たって事は、本調子じゃないだけで重症じゃねぇんだな」 海部「でも知ってたら俺、あいつに賭けなかったのによ…」 やはり賭けをしていた模様。そして… 細川「じゃ今ので海部と羽田は、俺と芦田と大平に100円ずつな」 羽田「ちぇっ…」 海部「まだ決まった訳じゃねぇぞ。これからのレースで、お前らの払い分増やしてやる〜」 芦田「馬〜鹿、大穴狙いばっかしてる奴に負けるかよ」 大平「おい、ちゃんと払い分メモっとけよ。後で惚けられたら困るから」 聞いた所、負けた者が勝った者に1口100円で払う決まりらしい。 海部「おいおい、もう次、来るぞ」 芦田「これはCだろ〜」 大平「てかさ、C以外に賭ける奴いる?」 羽田「まさか〜、いねぇだろ」 細川「それ言ったら、その次もCだろ。何しろ…」 芦田・大平・海部・羽田・細川「うちのクラスの次の走者、西郷と酒井だからな」 5人全員の声が揃った。先程の競争では、B組が鴻上、D組が寒川、F組が久保田。 「こうがみ」「さむかわ」「くぼた」と、か行後半から、さ行前半の名字。 そう、走者の並び順は出席番号順、つまりは名字の50音順だ。 さらに加えると、先程のC組の走者は西園寺ひなげし…後に続くのは西郷、そして酒井となる。 パンッ! ピストルが鳴ると同時に、猛烈なスタートダッシュを決めた者がいる。さやかだ。 さやか「うりゃあああああああ!!」 叫びながら序盤から、ぶっちぎりでコーナーを回ってきた。競馬で言う逃げ馬だ。 逃げ馬というのは大抵、最後の直線でバテてくるのだが、さやかのペースは全く落ちない。 それどころか、さやかはラストスパートでさらに加速。追ってきた他の走者の追随を許さない。 逃げ馬がバテる事なく、最後にもう一伸びしてゴールするのを二枚腰と言うが、正にそれだ。 さやか「おっしゃあ!!」 断トツでゴールテープを胸に巻き付けると、雄叫びをあげ、観衆から大歓声を受けるさやか。 今のさやかは、まるで燃え盛る炎のような状態だ。 涼吾「良うやった!ええぞ〜!さやか〜!」 静香「もう!さやか、あんた最高!」 酒井家から持ってきた大きな茣蓙に座る、瀬川・西郷・酒井3家の保護者達。 涼吾・静香は立ち上がって大興奮、美保・剛・洞爺・七恵を半ば押し退けてしまう始末。 さやか「お父ちゃ〜ん!お母ちゃ〜ん!うちやったで〜!」 大喜びの両親に向かって、さやかはガッツポーズした。 一方、スタートラインでは… まさみ「全く、運動会って聞いてから落着き無かったけど、今ここで最高潮って感じだね」 興奮冷めやらぬ雰囲気の中で燃えているさやかを見つめるが、対照的に冷静さを保つまさみ。 まさみ「さてと…あたしは罰当たり共に、ちょっと冷や汗かかせてやろっかな」 こちらも、ただの駆けっこでは終わらないようだ… パンッ! 号砲と共に一斉に走りだした走者達。見ると、まさみは先頭集団から一歩出遅れた位置にいる。 大平「ちょっ、おい!」 羽田「何やってんだよ酒井〜!」 コーナーに差し掛かって、まさみと前者との距離が徐々に縮まってきた。 細川「ん?…酒井、少しずつ速くなってねぇ?」 海部「てか、これなら…抜くぞ!」 最終直線、団子になっていた先頭集団を、まさみは一気に牛蒡抜きした。 芦田「うおお!抜いた抜いた!」 最初は最後尾にいたまさみが、気付けばゴールに1着で飛び込んでいた。 先頭集団を風除けにして、ラストで瞬く間に抜き去った。さやかが逃げ馬なら、まさみは差し馬。 洞爺「流石まさみ、策士じゃのぉ」 七恵「でも、策だけでなく体力も無いと、こうはいきませんよ」 観客席で微笑む祖父母に、まさみは軽く手を振った。 そして生徒席… 羽田「はぁ〜…マジでビビった〜」 大平「本当、冷や冷やさせてくれやがって、酒井の奴…」 海部「100円とは言え、掛け金パーになる所だったぜ…」 芦田「でもさ、やっぱ凄えよ酒井」 細川「どうせなら、西郷と酒井にだけ1000円賭けときゃ良かったな」 芦田・大平・海部・羽田「あはは…それナイス」 などと笑い合っていると、背後に忍び寄る影が…次の瞬間…! ポカッ、パカッ、ポカッ、パカッ、スパカーン…! テンポの良い5連続の快音が響いた。一斉に頭を抱える5人の男子。 誰かが運動会のプログラムを筒状に丸めて、5人を滅多打ちにしたのだった。さて、誰かとは… まさみ「運動会で競馬の真似事たぁ、いいご身分だ事で…」 芦田・大平・海部・羽田・細川「げっ…」 背筋に寒気を感じた5人。まさみは一瞬、軽蔑したように5人を見下したが、 そんな様子を、心配そうに見ている者の視線も感じたようなので… まさみ「全く…晴れのこの日を、ずっと前から楽しみにしてた人もいるんだ。     これ以上この場を白けさせたら、今度こそ承知しないんだからね!」 そして去り際に一言、ポツリと呟いた。 まさみ「…さやちゃんに後で、お礼言っときなさいね」 言い残してツカツカ歩いていった先は、さやかの元だった。 まさみ「さやちゃんに免じて、罪一等減じてあげたんだからね」 やはり先程の心配そうな視線の正体は、さやかだった。 さやか「おおきにな。まさちゃんも今日くらいは、カッカせんといてや」 するとそこに、競争を終えたばかりのおんぷが合流。 おんぷ「寛大なご処置ね、まさちゃん」 まさみ「おんぷちゃん、お疲れ様…って、全部見てたんだ!?」 おんぷ「てへっ♪」 自分の競争もあったというのに、まさみの動向も見逃していなかったのには恐れ入る。 すると突然、さやかが思い出したように叫び、そして泣き崩れる。 さやか「ああっ!おんぷちゃんの競争、見損なってもうた〜…」 おんぷ「大丈夫、見られるほどのものじゃなかったから」 まさみ「それって、具体的には?」 尋ねると、おんぷは少し照れくさそうに答えた。 おんぷ「3着。2人みたいにはいかなかったわ」 さやか「ええってええって。おんぷちゃんは無理せんと」 おんぷ「…ありがとう☆」 競技もある程度進んだ所で、観客席… 剛「次は何だったかな…」 プログラムを捲る剛の横から、美保が指で指し示した。 美保「あら、騎馬戦ですって」 洞爺「馬に乗るのは他でもない、まさみじゃ。負ける訳があるまい」 涼吾「せやけど問題は、さやかの奴や。馬の尻やからって不貞腐れとるやろ」 静香「それも、まさちゃんのたっての頼みだから、断れんかったやろし」 七恵「あら。戦で殿(しんがり)は、とっても重要なんですよ」 殿とは、軍の最後尾の部隊の事。身を呈して敵の追撃から本隊を守る役目もある。 七恵「さやちゃんを絶対的に信用しているからこそ、まさみはあの位置を任せたんでしょうね」 ここで、女子騎馬戦における1年C組の馬の構成について、少々長い文になるが説明しておこう。 馬頭はクラス一の長身でバレー部員の大隈しのぶ。多少の衝突なら、ビクともしないだろう。 左右の鐙は、陸上部の犬養ゆな&バドミントン部の山県ともえ。両人とにかく足が速い。 まずは上記3人が組む。大隈しのぶの斜め後ろ、左に犬養ゆな、右に山県ともえが位置する。 犬養ゆなは、左手を大隈しのぶの左手と繋ぎ、それを左鐙として、まさみが左足を乗せる。 山県ともえは、右手を大隈しのぶの右手と繋ぎ、それを右鐙として、まさみが右足を乗せる。 さらに大隈しのぶの左肩に犬養ゆなの右手、山県ともえの左手がそれぞれ来る。 この2つの腕に、本来ならまさみが乗るのだが、ここで重量を分散するために、もう一手間。 後ろからさやかの両腕が大隈しのぶの両肩に及び、合計4本の腕が並ぶ。 そして、この4本の腕を鞍として、騎手・まさみが騎乗する。 これなら1人当たりの荷重は、幾らかは軽減される。 尤も、一番荷重が掛かるのは、騎手の重量分散のために後方に付け足した人間なのだが… 以上、文面だけでは分かりにくい事は、見るからに明らかである。 そこで、図的に見てみると、以下のようになる。       (前)      大隈しのぶ 犬養ゆな 酒井まさみ 山県ともえ      西郷さやか       (後) 下手に説明するよりも、こちらの方がまだ分かり易いのではないかと… とまあ、そんな具合に馬が組まれたのだから、最も力が要るのはさやかである。 先程、観客席で両親が予想していた通り、さやかは不満げな様子だ。 さやか「まさちゃん筋肉質やから、ほんま重いで〜」 まさみ「何かご機嫌斜めだね…」 さやか「当たり前やん。騎馬戦の尻とか、一番きつい割には目立たへんやんか〜」 まさみ「そんな事気にしてたのか…」 さやか「そんな事って何や〜」 不満タラタラのさやかに対し、まさみの表情が少し険しくなった。 まさみ「さやちゃん…あたしがなして、さやちゃんに殿を頼んだか分かってる?」 さやか「…そんなん知らん」 まさみ「攻めに転じてる時、あたしの全体重を支えてくれるだけの力があって、     尚且つ、その間に無防備になる、あたしの背後を委ねられるくらい信頼が厚いのは…」 ここまで言えば、鈍いさやかでも流石に分かった。 さやか「あっ…!」 まさみ「あたしの馬の尻は、さやちゃん以外に適役はいないんだからね…」 それまで何も理解せず、不平不満ばかりを連ねていたさやかは、申し訳ない気持ちになった。 さやか「まさちゃん…今まで文句垂れてたん、堪忍してや。後ろの事は、全部うちに任してや!」 まさみ「そう来なくっちゃ!」 すると、馬を構成する残りの者達も黙ってはいない。 山県ともえ「ね〜…それだと、さやちゃんだけで私達は信頼されてないの〜!」 犬養ゆな「それ言ったら、ゆーなだって〜」 左右の2人、足の回転数もさる事ながら、口の方もよく回る。 これには、まさみも半ば呆れたが、何とか言い聞かせる。 まさみ「もう…誰も、そんな事言ってないしょや…     2人の足を見込んでるから、左右に2人を指名したんだよ。     騎馬戦では、あたしの足が動かない分、代わりにみんなの足があたしの足になるんだ。     自分の足が信用できないんじゃ、それこそ足元が覚束無いっしょ?」 犬養ゆな「そっか…ごめん」 山県ともえ「私も勝手な事喚いて、ごめん…」 まさみ「いいって、分かれば結構」 すると、体が前向きのため後方のまさみ達を横目で見やりながら、声を入れてきた大隈しのぶ。 大隈しのぶ「ほらほら!ボサッとしてると、あたしだけで突っ込むよ!」 さやか「何や、しーちゃん乗り気やな〜」 下の名前が「しのぶ」だから「しーちゃん」。仇名を勝手に付けるのは、さやかのお得意である。 まさみ「前をしーちゃんにしたのは、女の子にこういう言い方しちゃ失礼かもしれないけど、     ガタイがいい上に好戦的だから、敵陣に切り込むのに好都合だと思ってさ」 大隈しのぶ「失礼も何も、本当の事だしね」 まさみ「それにさやちゃんは、あたしを支えるどころか、前に押し出してくれて、なお余りある」 さやか「ほな、うちもしーちゃんに合わせて、全力で押し出すで!」 犬養ゆな「前後が積極的に出てくってんなら、ゆーな達も走るっきゃないじゃん!」 山県ともえ「こうなったら、まさちゃん振り落とすくらいの勢いで相手目掛けて突っ走るぞ〜!」 まさみ「おやおや、随分とまた暴れ馬な事で…でも、2人にはそれを期待してたんだ。     そうでなきゃあたしも、やり甲斐が無いからね!」 ここで、今回の騎馬戦の大まかなルールを説明しよう。 今回は騎馬戦の中でも、俗に「乱戦型」と呼ばれるもので、多数の騎馬が入り乱れて戦う。 遠近学園の場合、1年から3年までの各クラスが1騎ずつ、合計18騎が一斉に乱戦するのだ。 騎手の被っている体育帽を奪い取るか、騎手を落馬させるかすれば、その馬は討死となる。 そして制限時間1分が経過した時点で、生き残っているクラスに点が入るというものだ。 全ての馬が互いに独立しているので味方はおらず、周り全てが敵となる。 無論、自分以外が全滅してしまえば、制限時間云々より、その時点で1人勝ちとなる。 しかし、これはあくまで理論上の事であり、実際には皆無であろうが… いよいよ各騎馬が出揃い、和太鼓が打ち鳴らされる。 ドン、ドン、ドンドンドン…ドンッ! 太鼓の音が終わったと同時に、全騎馬が一斉に動き始めた。 それぞれが近くの騎馬に狙いを定め、接近していく。 売られた喧嘩を堂々と買って、正面からぶつかり合うのが大半だが、 目を付けてきた相手が悪すぎると踏んで、逃げに転じる騎馬もある。 そして、まさみの駆る1−Cの馬はと言うと… まさみ「行っけ〜!」 さやか・犬養ゆな・大隈しのぶ・山県ともえ「わ〜〜〜〜!!!!」 1−Cの馬は、真正面の2−Dの馬に突撃。向こうの騎手は、溝口さき。 溝口さき「来いっ!」 こちらも、向かってくるのを受けて立つ構え。 まさみ「当たれ〜!」 大隈しのぶ「たあぁっ!」 上級生を相手にしても大きい大隈しのぶ、思いっきり相手騎馬にぶつかった。 その勢いのまま、まさみは腕を伸ばし、溝口さきの頭の体育帽に手をかける。 まさみ「引け〜!」 これを聞いて、尻のさやかが後ろに体重をかけて、大隈しのぶの肩を渾身の力で引っ張る。 さやか「うりゃあぁ!」 それに伴って、左右の犬飼ゆな・山県ともえも後ろに下がる。 当然、馬に跨っているまさみも後ろに下がる…掴み取った体育帽と共に。 溝口さき「あっ!帽子!」 結果、溝口さきの頭からは体育帽が消える。これで2−Dは討死だ。 まさみ「はい、次!」 馬上のまさみは、左の方を指差した。 2−Fの馬を倒したばかりの、3−Bの馬がそこにいた。 まさみ「回れ左!突っ込め〜!」 山県ともえ「ああぁ〜!」 右側の山県ともえが大声で叫びながら、足の回転数を一気に上げた。 左が進まずに右が進めば、馬は左側に回る事になる。 これで方向転換した後は、再び全員全速で走りだす。 一方、これを見て驚いたのは、3−Bの騎手・堀田もとこ。 堀田もとこ「…ええっ!?」 つい先程まで2−Fの馬と戦っていて、体勢が整っていない所に、高速の馬が突っ込んでくる。 足の速いさやか、それ以上に速い犬養ゆな・山県ともえ、足の長い大隈しのぶ。 ぶつかっても耐久性があるだけでなく、機動力も桁外れだ。 堀田もとこ「に、逃げて!」 1−Cの勢いに泡食って急ぎ、馬を進めようとするが、間に合わない。 大隈しのぶ「たああっ!」 相手の馬の、左斜め前から激突した。まさみが体育帽を奪おうと手を伸ばすと… 堀田もとこ「ちょっ、あっ、あ〜っ!」 3−Bの馬は、ぶつかった衝撃でバランスを崩し、騎手が地面に落下した。これも失格となる。 サッと見て、まさみは相手に特に怪我の無い事を確認すると、すぐに周囲を見渡して叫んだ。 まさみ「次!あれが来る!」 3−Bの馬を倒したばかりの1−Cの馬を狙って、今度は2−Aの馬が迫ってきた。 立花みちえ「もう1年は引っ込みな!」 騎乗する立花みちえの言った通り、1−Cが2戦している間に、 他の1年生勢は皆、上級生相手に敗退していたのだ。 まさみ「断る!」 右から寄ってくる2−Aの馬。1−Cの馬は、すぐさま左の犬養ゆなが加速する。 犬養ゆな「わあぁ〜!」 これで体勢は右に修正され、2−Aの騎馬と向かい合う。 まさみ「左攻めっ!」 その号令を聞いて馬の4人は、相手の馬の、向かって左に歩を進めた。 立花みちえ「あっ、このっ…!」 それぞれの騎手は、向かって右側に来た相手の体育帽を取ろうと、互いに右手を伸ばす。 しかし立花みちえは、なぜか苦悶の表情を見せている。一体、どうした事か。 そして、まさみは容易に立花みちえの体育帽を、瞬時に奪い取ってしまった。 まさみ「頂きました♪」 立花みちえ「何で私の利き手、知ってるのよ…左利きに右手を使わせるなんて…」 実は立花みちえ、左利きだったのだ。 相手が向かって右側なら、右手の方が体育帽を奪うには勝手が良い。 しかし、右利きのまさみと左利きの立花みちえでは、当然ながら右利きが有利となる。 それにしても、まさみは立花みちえの利き手を、なぜ知っていたのか。 これには勿論、種も仕掛けもある。ご存じ、1−Cのデータベースが暗躍していたのだ。 若槻つぐみ「利き手の逆側を攻める…計算通りですね。       今回の女子騎馬戦では唯一、立花先輩だけが左利きでしたからね。       酒井さんと前もって打ち合わせしておいて正解でした」 生徒待機席で静かに、ほくそ笑んでいた方が1人… そして、いつしか時間は過ぎ… ドン、ドン、ドンドンドン…ドンッ! 和太鼓の音が、騎馬戦の終了を告げた。生き残っていた馬は、まさみ達を含めて3騎だった。 まさみ「くっ…もうちょっと時間が欲しかったな…」 18騎が1対1で当たれば計算上、半分に減って9騎となる。 以下、簡単に考えれば、9騎の内の8騎が半分になって4騎、1騎余っているので5騎となる。 そして、5騎の内の4騎が半分になって2騎、1騎余っているので3騎。 無論、あくまで机上の話なので、変動は大いにあり得るが、今回はこの3騎の時点で終了した。 ちなみに、まさみが舌打ちしたのは、あと少しで自分達だけが生き残っていたであろうからだ。 残り3騎まで減れば、1騎だけが静観しているよりは、3騎で総当たりになるのが自然だろう。 相討ちでもしない限り、最後に残る馬は1頭だけである。 1−Cの馬の強さならば、三つ巴になったとて勝ち残るだけの力は十分にあっただろう。 それだけに、まさみは時間の経過を悔やんだのだった… まさみ「あたしの状況判断と指示がもうちょっと早ければ、試合展開は速かったかも…」 組んだ騎馬を崩しながらも、まさみはブツブツと独り言。 さやか「まさちゃん、何でも自分のせいにして、終わった後までクヨクヨせんと!」 犬養ゆな「そうそう!ゆーな達が全速力出しても、これだったんだから!」 大隈しのぶ「始めから間に合わなかったって…まさちゃんが気にする事ないって」 山県ともえ「って言うか、時間が1分って短すぎなのよ!」 まさみ「みんな…ごめん。それと、あたしと一緒に戦ってくれて、ありがと!」 励まされたまさみは、済んだ事を引きずっていた事を詫び、そして戦友達を労った。 さやか・犬養ゆな・大隈しのぶ・山県ともえ「まさちゃんこそ、お疲れ様!!!!」 さて、さらに運動会は進行し… さやか「頂きますっ!」 パン食い競争でも、短距離走と同様にロケットスタートを見せたさやか。 しかし垂れ下ったパンの方にではなく、何とジャンプして糸の方に噛みついた。 そして瞬時に、口の中で器用に舌を使って、糸を犬歯に引っ掛けた。 後は止まる事無く、走ってきた勢いそのままに、全速力で駆け抜ければ… さやかの咥えた紐の片側は、パンを包装したフィルムに結わえられている。 もう片方は、さやかの物を含め、パンが幾つも吊るされている縄。 そしてその縄は、セットされた2本の棒の間に張られている。 この状態で、さやかが前進しようとする力が掛かる。さて、どうなるか… 棒は強度があるため、僅かに撓るのみ。その棒に結ばれた縄は、引っ張られるが湾曲するだけ。 そして、問題は糸である。それほど強度の無い糸は、さやか・縄及び棒の双方向から力を受ける。 結果、耐えきれなくなって… プツン! 糸切り歯とも呼ばれる犬歯の尖った形状も手伝って、糸は切れてしまった。 さやか「♪〜」 もう、さやかは装置から解放されたパンをぶら下げて、ゴールまで走り抜くだけだ。 だが残りの選手達は、さやかがパンの糸を食いちぎった反動で、吊られたパンが大きく揺れて、 しばらくの間、パンに食い付ける状態ではなくなってしまった。とんだ、とばっちりである。 そんな他人の苦労も知らず、さやかは颯爽とゴールテープを切って… さやか「もぐもぐ…☆」 すぐに獲得したパンに手を付け、あっという間に食べてしまった… そんな頃、校舎内の女子トイレでは… 犬養ゆな「あ〜あ…ゆーなの次の出番は、1年女子対抗リレーか〜…」 1クラス4人のランナーで争われる、1年女子対抗リレー。 C組は出走順に大隈しのぶ・山県ともえ・西郷さやか・犬養ゆな。 騎馬戦でも活躍した、足回りが自慢の4人である。 犬養ゆな「うちのクラスのアンカーはゆーなだけど、B組は4人全員陸上部なんだよな〜      わかも、みはまも、まいちんも、つばめも、みんな速いじゃ〜ん…」 わか・みはま・まいちん・つばめ…この4人が、B組の走者だ。 正確には、塩尻わかな・那須みはま・毛利まい・伊勢田つばめ。 あろう事か、走者4人全員が犬養ゆなの同輩である、陸上部員で固められていると言うのだ。 犬養ゆな「あ〜…1人か2人ならともかく、4人も来られたら無理〜…      でもって、ゆーながアンカーだから、C組の期待懸かってるし…」 プレッシャーに負けそうになる犬養ゆな…そこに、あの不穏な黒い影が忍び寄る… マジョリーチ「そうだ…不安になるがいい…悲しむがいい…」 突如として出現したマジョリーチに慄き、犬養ゆなは尻もちをついた。 犬養ゆな「えっ!?なっ、何なのよ…!?」 マジョリーチ「お前が悲しみに陥れば、お前に希望を託す多くの者も、また悲しむ…        その悲しみの連鎖こそが、我が望みなのだ…」 犬養ゆな「いっ、嫌…」 あの黒い「〜」が、腰を抜かして逃げられない犬養ゆなに迫る…もはや絶体絶命か… ヒュヒュヒュヒュン! 何かが高速で回転し空気を切る音がして、何者かが間に割り込んだ。 犬養ゆな「えっ!?」 マジョリーチ「何っ!?」 割って入ったのは、ついさっきまでパン食い競争をしていた筈のさやかだった。 既にロイヤルパトレーヌの状態で、まるでペン回しのように十手をクルクルさせている。 さやか「流石に今日だけは、あんたに来て欲しゅうなかったで!」 犬養ゆな「さやちゃん…?」 そして勿論、さやか1人だけで済まされる筈もない。 まさみ「全く、嫌な感じがしたと思ったら…ゆなちゃん、下がってな!」 おんぷ「この悪い人の相手は、私達がするわ」 続けて登場した、ロイヤルパトレーヌ2人。これには、ただただ驚くのみ。 犬養ゆな「まさちゃん…おんぷちゃんまで!それに、その格好…?」 おんぷ「ごめんなさい、今は詳しく説明してる暇…」 そう謝りかけた所に、さやかが口元だけで笑いながら言った。 さやか「話しとってええよ」 おんぷ・まさみ「えっ??」 普段、笑う時なら口を大きく開けて、明るく大笑いする筈のさやか。 それが今は、ニヤッと小さく静かに笑っていた。 いつもと違う様子のさやかに、おんぷ・まさみは恐れすら感じた。 さやか「こんなん相手すんの、うち1人で十分や。わんこの相手だけしとってや。     こらマジョリーチ、あんた早よ帰りや。せやないと…」 マジョリーチ「帰らねば何だと言うのだ!この生意気な小娘が!」 怒ったマジョリーチは、さやか目掛けて赤黒い物体を大量に放った。 マジョリーチ「貴様から悲しみに包まれるがいい!」 すると、さやかは持っていた十手を、またもペン回しのようにクルクルと回し… さやか「西郷莢華流魔法道・風車…!!」 その回転に巻き込まれた「〜」は、風に舞う木の葉のように次々と散っていく… さやか「ええ加減にせぇよ…うち今、めっちゃ機嫌悪いねんで…」 明らかに怒り方が違う。今までのさやかの性格からは、考えられない怒り方だ。 さやか「今日は深追いせぇへんから、帰ってええで…」 強烈なガンを飛ばして、マジョリーチを威圧した上、さらに一喝。 さやか「早よ帰らんかいアホ!!!」 マジョリーチ「うっ…」 その剣幕に気圧されて、マジョリーチは姿を消した… さやか「はぁ〜…あのアホが…」 ガスによる炎のように、高温で燃える炎ほど、青く静かに燃えるものだ。 グラウンドで走り回っていた時のさやかが赤い炎なら、今のさやかは青い炎だ。 おんぷ・まさみ・犬養ゆな「…」 未だ怒り冷めやらない状態のさやかに、誰も声をかけられない。 さやか「…何、みんなして固まっとんねん。もう、あいつ行ってもうたで」 少し落ち着いてきたさやかに、ようやくおんぷが口を開いた。 おんぷ「さやちゃん…凄い剣幕だったわね…」 さやか「ああ…今日だけは来られたないな〜思てたら、ほんまに来るんやもん…     つい頭にきてもうてな、こないな調子になってもうた」 まさみ「それにしたって、尋常じゃない怒り方…」 犬養ゆな「何か、別に理由があったんじゃ…?」 尋ねると、さやかはケロッとして答えた。 さやか「理由も何も…今日、運動会やし…ついでに、うちの誕生日やし…」 犬養ゆな「さやちゃんの誕生日!?」 さやか「ほへ?てっきり知っとると思てたのに…今日9月26日、うちの誕生日。     秋に誕生日やから毎年、何かの行事と近なったり重なったりや〜…」 何と、さやかの誕生日が運動会と重なっていたのだ。 ただでさえ、楽しいイベントという事で、大張り切りだったさやか。 さらにその上、自分の誕生日まで一緒に来ては、喜び舞い上がって当然だった。 そんな日に、招かれざる客としてマジョリーチが現れたのだから、怒髪天を衝いたのである。 おんぷ「やっぱりね」 まさみ「そんな事だろうと思った」 だが驚いていたのは、犬養ゆなだけ。おんぷ・まさみは、ある程度の察しはついていた。 まさみ「今日が、さやちゃんの誕生日だってのは、気付いてはいたけど」 おんぷ「でも流石に、ここまで怒るとは思わなかったわ」 さやか「何や〜…2人とも、誕生日やって分かっとったん?     ほなら、何で『おめでとさん』も何も言うてくれんかったん?     うち、いつ思い出すやろかって、心配しとったんやで?」 おんぷ・まさみ「ごめんごめん…」 まさみ「ちゃんと前もって用意してたんだよ…プレゼント。     でもさ、運動会が終わった後で、いきなり渡してあげようって、おんぷちゃんが…」 そう言って、まさみは横目でおんぷを見やる。 さやか「あ〜!おんぷちゃ〜ん!」 おんぷ「てへっ♪」 特に悪びれる様子も無く、ペロッと舌を出すおんぷ。 おんぷ「バレちゃったら予定変更ね。この後のリレーで1着だったら、すぐ渡してあげる♪」 さやか「ほんま!?よっしゃ、頑張ろ」 ここで、忘れられている方が1人… 犬養ゆな「あのさ…ところで3人とも、その格好とか、さっきの魔法みたいのは…?」 おんぷ・さやか・まさみ「あ…」 一般生徒の前で、魔法合戦を繰り広げたのだ。今回も説明責任がある。 まさみ「ふう…これでバレたの何人目?さて、どこから説明する?」 さやか「っちゅうか、もう魔法って言われてもうたし」 おんぷ「何だか、けーちゃんの時みたいな展開ね…     じゃ、ゆなちゃん、これから私のする話、よ〜く聞いてね…」 以前、清浦けごんに正体を明かした際のように、おんぷは要点だけを簡潔に伝えた。 犬養ゆな「…じゃあ、おんぷちゃん達は、あの悲しみのお化けと戦ってるんだ〜」 おんぷ「ま、そういう事になるわね」 犬養ゆな「そっか〜、それで3人とも、いつも話の中で魔法とか言ってたんだ〜      でも、ゆーな思ったんだけど、これってバレちゃったら超まずい事だよね?」 そう言われて、さやかは首を縦に数往復させた。 さやか「うんうん、その通りや…ただでさえうち、ちょくちょく正体バレてもうて、     おんぷちゃんとまさちゃんに、しょっちゅう怒られとるっちゅうのに…」 おんぷ「だって実際に一番バラしてるの、さやちゃんでしょ」 まさみ「あたしは身内にバレてるけど、さやちゃんの場合クラスメイトにバレるんだもん…     単純に人数だけ数えたら、圧倒的にさやちゃんがバラしてる。     言っても無駄だってのは分かってるけど、何とかしてもらわないと困るよ…」 犬養ゆな「でもさ、今こうして、ゆーなにバレちゃったのは、どうするの〜?」 少し不安げになった犬養ゆなを見て、まさみは語調を柔らかくして言った。 まさみ「済んじゃった事は、しょうがないしょ。でも、この事なるべくナイショだよ。     人の口に戸は立てれないとは言うけど、ゆなちゃんは何とか立ててもらえる?」 おんぷ「でも、絶対に誰にも話しちゃ駄目って訳でもないの。     クラスにも何人か、もう私達の事を知ってる子はいるから」 そう聞くと、犬養ゆなには思い当たる節がある模様。 犬養ゆな「それって、もしかして夏休みにやった、さやちゃんの追いかけっこの時の…」 さやか「せやな。あん時うちを守ってくれてたんが、うちらの魔法を知ってた組」 おんぷ「その後にも追加メンバー入ってるけどね」 さやか逃走劇の際の敵側から参入した若槻つぐみや、その後の事件に関わった清浦けごんもいる。 まさみ「そう言えばあの時は、ゆなちゃんも魔法を知らない側だったっけね」 犬養ゆな「そうそう!ゆーなにも教えてくれたら良かったのに〜…      ゆきちゃんなんか『わんこには一生教えられんばい』みたいな事言うし〜」 さやか「あ〜あ〜、そないな事あったな〜」 おんぷ「ゆなちゃんが仲間になるって言ったら、どんな反応するかしら?ゆきちゃん♪」 なぜか、楽しそうな表情を見せるおんぷ。 まさみ「おんぷちゃん…なして、そんなワクワクしてるの…?」 おんぷ「てへっ♪それはナ・イ・ショ♪それよりも…」 誤魔化しついでに、おんぷが告げた事。それは、忘れてはならない事だった。 おんぷ「そろそろリレー、始まっちゃうかも」 さやか・犬養ゆな「ああっっ!!」 何と、ここにはC組のリレー走者が2人もいる。早く持ち場につかねば。 犬養ゆな「きゃ〜ん!急がなきゃ〜」 さやか「ダッシュせんと、間に合わへんかも!」 犬養ゆなと共に、急ぎ足でトイレを出ようとしたさやかに、まさみが1つ注意。 まさみ「さやちゃん、さやちゃん」 さやか「何や!急いでんねん!早よ言うて!」 まさみ「その格好で走る気?」 言われて、ようやく気が付いた。 さやか「あ」 急ぐあまり、さやかはロイヤルパトレーヌの恰好のまま、グラウンドまで走り出そうだった。 まさみ「きっちり元に戻ってから行く事。いいね?」 さやか「は〜い…」 すっかり意気消沈してしまったさやかに、さらにおんぷが追い打ちをかける。 おんぷ「さ〜て、私達はゆっくり行こうかしら♪」 さやか「あ〜!おんぷちゃんの意地悪〜!」 おんぷ「てへっ♪」 色々とバタバタしたが、さやか・犬養ゆなは、競技には何とか間に合ったようだ。 はてさて、一体どういった展開になるのやら… パンッ! 遂に、戦いの火蓋が切られた。蛇足だが、火蓋が切って「落とされた」のではない。 よく「火蓋を切って落とす」と言われがちだが、正確には「幕を切って落とす」である。 火蓋の方は、ただ単に「切る」だけで良く、「火蓋を切る」とする。 一方、幕の方は「幕を切る」「幕を切って落とす」の、どちらでも良い。 そんな無駄話の間に、6クラスの内2クラスが抜きん出た。 C組の第1走者・大隈しのぶと、B組の第1走者・塩尻わかなである。 大隈しのぶ「(流石は陸上部…速い!)」 塩尻わかな「(私について来るなんて…楽には勝てそうにないわね)」 生徒の観戦席では、若槻つぐみが分析中。 若槻つぐみ「塩尻さんは短距離・長距離走に両対応の選手ね。       ハイペースを保つ事に慣れてて、なかなかスピードを落とさないわ」 まさみ「やっぱり、しーちゃんが不利か…」 おんぷ「あっ…もう差が開いてきてる…」 先頭はB組・塩尻わかな。そのすぐ後を追うのが、C組・大隈しのぶ。 2人はそのまま中継所に入って、バトンを2番手に渡す。 第2走者、B組は那須みはま。C組は山県ともえ。 山県ともえ「や〜ん!」 何かと喚くのが、山県ともえの特徴。走りながらも叫ぶ。 那須みはま「(うるさいのを相手にしたわ…)」 半ば呆れながら、那須みはまが差を広げていく。 ここで、解説の若槻さん… 若槻つぐみ「那須さんは短距離の選手で、少し神経質な所があるわね」 まさみ「なるほど、騒がしいともちゃんから逃げてるって訳だ」 おんぷ「でも、それじゃ差が広がる一方よ…」 順位は動かないまま、第3走者にバトンが渡る。 選手代わりまして、B組・毛利まい。そしてC組、お待たせしました!西郷さやかであります。 さやか「来いやっ!」 前走者の山県ともえが近付いてきたのを目視したと共に、リレーゾーンの土を蹴った。 その横では、既にB組のバトンが受け渡されている。 山県ともえ「さやちゃん!」 遅れて届いたバトンを、さやかは加速しながらも、しっかり受け取った。 さやか「っしゃあ!」 そして、バトンを受け取った途端に猪突猛進である。 さやか「負〜け〜る〜か〜っ!」 爆発的な加速で、先行する毛利まいの背中を追う。 毛利まい「…!?」 一瞬、後ろを見た毛利まいは驚愕した。 毛利まい「(そんな!100m走・騎馬戦・パン食い競争と、ずっとハイスピードだったのに!       何で?何で、まだそんな速さで走れるの!?信じられない…)」 これについて、若槻つぐみの解説… 若槻つぐみ「毛利さんが短距離走専門なのは、スタミナがあまり無いからなのよ。       そんな彼女にとっては、西郷さんの体力は脅威そのものね…       出場競技の全てで全力疾走、その上バトルもしてきたようですし…」 魔法について、若槻つぐみは既知であるため、おんぷ・まさみは自然に話を続ける。 おんぷ「凄いの一言に尽きるわ…さやちゃんの元気って、無尽蔵かと思うくらい…」 まさみ「ガソリンで燃やしたって追っつかないくらい、元気が有り余ってるんだろうさ…」 若槻つぐみ「普通の人なら、既に体力が無くなっているわね。でも、西郷さんなら…       私の計算を遥かに上回る事が多々あったわ。そして今度も…」 さやか「うりゃあああああっ!」 速い速い、さやか速い。猛烈なスピードで毛利まいを追い駆ける。 静香「さやか〜!」 涼吾「いてまえ〜!」 両親始め、観客席からも大声援が飛ぶ。毛利まいにしてみれば、完全なアウェー状態。 毛利まい「(何よもう!差は詰まってくるし…これじゃ私、やられ役じゃない!)」 こうなったら追いつけ追い越せ引っこ抜け、会場全体がさやかの味方だ。 そのムードも追い風にして、さやかはひたすらに走る走る。 そしていつしか、さやかと毛利まいの体が横に並び…僅かだが、さやかの体が前に出た。 ワァ〜ッと歓声が湧き起こる。体力の消耗も相俟って、毛利まいには衝撃的な瞬間だった。 毛利まい「(嘘…抜かれた…!?)」 その僅差のまま、勝負はアンカーまで縺れ込んだ。 C組のバトンが、さやかから犬養ゆなに渡される。 さやか「わんこ…!」 まるでダイブするかのように、さやかは中継所に読んで字の如く飛び込んだ。 さやかの手を離れ、バトンは宙を舞い…犬養ゆなの手によってしっかりと握られた。 犬養ゆな「ありがとっ!」 バトンを受け取った瞬間に、犬養ゆなは弾丸のように飛び出した。 そのすぐ後を、毛利まいからバトンを受けたB組のアンカー・伊勢田つばめが追う。 伊勢田つばめ「(もうこうなったら、何も考えない!走り抜くだけ!)」 そしてバトンを犬養ゆなに託したさやかは、その場に倒れ込んでいた。 さやか「わんこ…行けぇ…!」 燃えに燃えて、遂に燃え尽きた…さやかは、近くに居合わせた生徒達数人に担がれていった。 犬養ゆな「(つばめ…)」 伊勢田つばめ「(わんこ…)」 犬養ゆな・伊勢田つばめ「(負けないっ!!)」 風の如く駆け抜ける犬を、燕が一直線に追い駆ける。 犬養ゆな「(絶対負けない…さやちゃんのためにも!!)」 両者とも無我夢中で走り抜け、ほぼ同時にゴールテープに突っ込んだ。 どちらが勝っても全くおかしくない勝負…明暗を分けたのは、心に背負ったものの大きさだった。 結果が出ずとも、走り終わった2人には分かっていた…それ故に、反応が割れた。 伊勢田つばめ「…負けたわ」 犬養ゆな「…やったぁ〜!!」 ワッと歓声が起こる中、ゴール地点の犬養ゆなの元にやって来た3人のランナー。 犬養ゆな「しーちゃん、ともちゃん…さやちゃん!」 大隈しのぶと山県ともえの間に担がれていたのは、ヘトヘトになったさやかだった。 さやか「わんこ…良うやったな…おめでとさん…」 犬養ゆな「そんな…さやちゃんのお陰だよ…」 山県ともえ「そうそう!私達だけじゃ、絶対負けてたよ〜!」 大隈しのぶ「あたしも正直、勝てると思わなかった…さやちゃんがいなかったらね!」 その頃、放送席… ここは無論の事ながら、放送部の受け持ちである。 C組の放送部員・原こはくは、自分の出番以外は終始ここに鶯嬢として座っていた。 そこに、女子体育教師の十河がやって来た。 十河「ちょっと、マイク貸してもらえる?」 原こはく(十河声)「ええ、どうぞ」 十河「…私の声じゃなくていいから」 何やら、不穏な空気が流れる… 十河「え〜…先程の1年女子対抗リレーにおいての順位について、変更をお伝えします!」 えええっ!?といった、どよめきの声があちらこちらから溢れ出した。 さやか「…はぁ?」 おんぷ「どういう事…?」 まさみ「もしかすると…あれかも…」 1つだけ、まさみには心当たりがあった。 まさみ「リレーのバトンって、投げたら駄目って事じゃ…」 確かにさやかは、犬飼ゆなにバトンを渡す際、転びながらバトンをトスした。 すぐさま、若槻つぐみが愛用のコンパクトモバイルPCのキーを開く。 小さなキーの上に、しばらく指を高速で走らせていたかと思うと、答えが出たようで… 若槻つぐみ「…やはりルール上、バトンは直接手渡ししなければならないようね。       今回の西郷さんのケースでは…残念だけど、失格という事に…」 声のトーンが徐々に下がっていく若槻つぐみ。珍しく、おんぷが声を荒げた。 おんぷ「そんな…さやちゃん、あんなに必死だったのに…!」 場内には、十河の説明が無情に流れていた。 十河「バトンを手渡し出来なかった以上、1位のC組は失格となります…」 マイクを手に放送席で淡々と語る十河の横で、悲しげな表情をしている原こはく。 すると、原こはくの横から手が伸びてきて、備えてあった別のマイクを指差した。 ???「宜しいですか」 その人物の顔を見てハッとした原こはくは、驚きのまま首を縦に振った。 それを確認してから、その人物は十河の説明に割り込んだ。 十河「これにより、2位のB組を繰り上げで1位とし…」 ???「ちょっと待っていただけますか」 十河「!?」 その声に反応した十河の、驚愕のしようと言ったら無かった。 それもその筈。このお方こそ、遠近学園を纏める理事長だ。 十河「理事長!!」 慌てる十河などお構いなしに、理事長は声を流し始めた。 理事長「父兄の皆々様、当遠近学園の理事長、三条でございます。     ただいまの彼女達の熱い闘志のぶつかり合い、皆様もご覧になりましたでしょう?     この熱闘を見ていまして、わたくし年甲斐もなく興奮してしまいました。     わたくし同様、皆様も大いに盛り上がっておられたかとお見受けします。     確かに、決まり事を守らなければならないという事は、大切な事ではあります。     ですが彼女達は、わたくし達にこんなにも大きな感動をくれました。     わたくしは、彼女達に一度だけチャンスを与えても良いのではないかと考えます。     皆様、ただいまアナウンス致しました通り、ルールに従いB組を1着と致しますか?     賛成の方は、どうぞ拍手でお答え下さいませ…」 拍手は…無いようだった。 理事長「それでは、素晴らしい感動を与えてくれた、C組を1着と致しますか?」 パチパチパチパチ…大観衆の拍手が、凄まじい音を轟かせた。 おんぷ「みんな…!」 まさみ「こりゃまた…!」 そこに、呆然とする十河からマイクを取った原こはくが、透き通るような声でアナウンスした。 原こはく「賛成多数により、ただいまのリレーはC組を1着と致します!」 ウワァ〜ッ!という地を揺るがすような大歓声と共に、C組のクラスメイト達が走りだした。 おんぷ・まさみを先頭に雪崩れ込んだその先は、勿論の事ながら…さやかの元である。 さやか「みんな…!」 揉みくちゃにされるさやかに、おんぷが笑顔で抱きついた。 おんぷ「やったわね!さやちゃん!」 さらに後ろからはまさみが、さやかの頭を荒っぽく掻き撫でた。 まさみ「このお馬鹿!何て事してくれるのさ!全くもう!」 さやか「おんぷちゃん…!まさちゃん…!」 もうクラスメイトに囲まれて、さやかはどっちを向いていいのか分からない状態。 まさみ「それにしても、凄い誕生日になったね♪」 おんぷ「そうだ!みんな、ついでにさやちゃんのお誕生日もお祝いしちゃわない?」 これに反対する者がいる筈もなく、皆が笑顔で頷いた。そして声を揃えて… クラス一同「さやちゃん!!リレー1着おめでとう!!お誕生日おめでとう!!」 さやか「みんな…」 嬉しさのあまり、さやかの瞳には大粒の滴が光った。 さやか「ありがとう!!うち…ほんま、幸せもんや!!」 しかし… さやか「…あ。おんぷちゃん、まさちゃん、プレゼントってこういう事やったん?     うちとしては、もうちょっと形に残るもんも一緒に欲しかったかも…」 まさみ「もう…ちゃんとした物を用意してるから!」 おんぷ「心配しなくても、後で渡すわよ…!」 これにはクラスメイト達が、ドッと笑いだした。落ちもついて、お後が宜しいようで… 次回予告 おんぷ「さやちゃんのお母さんの様子が、何かおかしいわね…」 まさみ「夜な夜な動いてるらしい、さやちゃんちの車…」 おんぷ「殆ど通る車の無い街外れの峠道では、魔女が出るって噂が…」 さやか「何やうちの知らん所で、お母ちゃんはお父ちゃんとコソコソ話しとるみたいやし…」 まさみ「怪しいね…絶対、何かあるよ…」 さやか「次回、おジャ魔女おんぷTriple-S(トリプル・エス)    『娘が魔女なら母も魔女?お母ちゃんは峠の魔女』今度も、うちが何とかせな…     ほな、プレサ〜パトレ〜ヌ!お母ちゃんのナイショ、教えて!」 31話端書き はい、運動会です。冒頭で述べた通り、筆者の地元じゃ運動会は夏の前にやるものでした。 おジャ魔女の本編では、ちゃんと(笑)秋にやってましたもんね。 そんな訳でTriple-Sの運動会は、秋になりました… 筆者の小学校時代、短距離走で金賭ける奴は流石にいませんでしたが、 物品…特にトレーディングカード等を賭けてた奴がいた、という噂を聞いてましたw さやかはスタートダッシュで逃げきって、まさみは序盤風除けしといて最後に抜いて… この2人娘、どちらも運動系ではありますが、こういう所で性格が出るんですよね… 騎馬戦…これは、まさみの見せ場でしょう。馬も性能も相俟って連戦連勝、百戦錬磨です。 ちなみに筆者もさやか同様、小学校時代に騎馬戦で尻になって拗ねてた記憶が(笑) パン食い競争…さやかの紐食いちぎり作戦は、実際に筆者が小学校時代に実践した戦略です。 垂れ下っているパンの紐だけ噛んで、走って来た勢いで食いちぎって1着ゴールイン… 周りはみんな唖然としてましたね〜…あの時ほど、スカッとした事は無かったですw でもって、さやかの新技がこんな所で出てしまいました。 題して、西郷莢華流魔法道・風車(さいごうさやかりゅうまほうどう・かざぐるま)です。 ヒントは本文中からも分かるように、ペン回しから考え付きました。 あ、筆者はペン回し出来ません…(汗) 最後にリレーですね。 実を言いますと初めは、さやかが思いっきりバトンをぶん投げる予定でした。 それを、わんこ(犬養ゆな)が犬のように空中でキャッチ、そのまま走っていくという… ですが下調べしていく内に、バトンは直接手渡し…というルールにぶち当たる訳ですよ。 このルールと、バトンの投げとの折衷案を考えていった結果、こんな風に落ち着きました。 お陰で当初は考えていなかった、三条理事長というキャラを出す羽目に… 「学園長」か「理事長」かでも迷ったんですが、「理事長」の方が筆者にとっての印象が良くて… おタカさん…と言えば、あのアニメを観てて、お分かりになる人は分かってしまう筈ですw それにしても、競争相手を出す必要性から、モブキャラが乱立してますね…(汗) ああ…名前のネタが最早、適当になってきている…orz かと言って、名無しにするのは気が引けると言うか、こっちのやる気が削がれてしまって… 次回は西郷家の内、静香さんを少し掘り下げてみます。さて、どうなる事やら…