★絵本の小径・絵本の玉手箱:お気に入り絵本の紹介
   <続々追加してまいりますのでお楽しみに!>

たんじょうびのプレゼント 6 かもさん おとおり 11 ぼちぼち いこか
2 火事 7 A time to Keep 12 ヘレン、ようこそ どうぶつえんへ
3 おばけリンゴ 8 ゆかいなゆうびんやさん 13 It Looked Like Spilt Milk
4 てぶくろ 9 かたつむり みつけた 14 やまあらしぼうやのクリスマス
5 ヨーザと魔法のバイオリン 10 おやすみなさいのほん 15

14.やまあらしぼうやのクリスマス

 『やまあらしぼうやのクリスマス』 (グランまま社)

 12月。本屋の絵本コーナーには「クリスマス絵本」が所狭しと並ぶ。オーソドックスな聖書絵本からサンタクロースを主人公に
したものまで様々。聖書絵本はイエス様の誕生を扱ったものが断然多い。同じベツレヘムの”馬小屋の物語”でも”クリスマスの
劇をする”ことを主題にした、心温まる佳品があるので紹介する。

 ジョセフ・スレイト文、フェリシア・ボンド絵  『やまあらしぼうやのクリスマス』 (グランまま社)

 動物の子供たちがクリスマスに劇をすることにした。ヤマアラシのぼうやも「かいば桶の赤ちゃん」の劇に出たいと思う。でも、みんなに
断られてしまう。「お前のやる役なんてないよ。かっこわるいんだもん。」「舞台係りならなれるよ。」「掃除係りなんて、どう。」と、キツネ、
ウサギ、ネズミ、リス、ブタ……みんなにばかにされてしまう。ヤマアラシぼうやは「ぼく、舞台係りもする。掃除係りもする。だから、
どうしても劇に出たいんだ。」と、お願いする。それでもダメ!「やーい とげとげボール!」とからかわれる始末。

 ヤマアラシぼうやは泣きながら家にとんでかえる。「ぼくは、変なとげボールだ。」泣きじゃくるぼうやを、お母さんがギュッと抱きしめて
言う。「いいえ。そんなことないわ。ぼうやはお母さんの心の光。あなたなら、立派に舞台係りが出来る。掃除係りだって出来るわ。」………。

 この絵本、素敵な結末が待っている。いじわるした動物達を咎めることなく、「かいば桶の赤ちゃん」はフィナーレを迎える。ヤマアラシ
ぼうやの健気さが胸に迫る。それ以上に、お母さんの慈愛の深さに心温まる思い一入。文章は甘ったるくなく明快。朴としてユーモラスな
挿絵は、気持ちよさや喜びを感じさせる。

 お母さんはいつもヤマアラシぼうやを抱きしめて言う。「ぼうやはお母さんの心の光。」本の最後でもそっとつぶやく。「私の心の星。」
いいなあ、ヤマアラシぼうや……。

 子供たちのすべてのお母さんが、この”ヤマアラシぼうやのお母さん”であって欲しいと思う。ぼくは、大学の12月の最後の授業で、この
絵本を学生に見せることにきめている。       (アトリエ便りより転載)

13. It Looked Like Spilt Milk  by Charles G.Shaw   SCHOLASTIC INC.1989   (初)1949

   
           ・表紙             ・裏表紙

 絵本のタイトル『It Looked Like Spilt Milk』から諺が思い浮かんだ。
It is no use crying over spilt milk..(覆水盆に返らず)。しかしSpilt Milkを悔やむことなく、
美しい造型として表現したのがこの絵本。表紙も本文も藍のベタ一色。見開きの左ページに白抜き
文字で3行、右ページに白い紙をちぎって作ったような”こぼれたミルク”のイラストを配している。シンプルで
清らか。この”こぼれたミルク”が色んな形に見えるのだ。うさぎ、木、アイスクリームコーン、ぶた……、
バースデーケーキなんていうのもある。「こぼれたミルクに見えるけど、ミルクじゃないよ」「羊に見えるけど
羊じゃないよ」と、ネームは最小限。従って展開もスムース。最後はなるほどと思わせるオチで締めくくっている。
裏表紙の図形には「sometimes it looked like Spilt Milk..but it wasn`t Spilt Milk.」……本文の始めの問いかけが
添えられている。この、見る者に自由に想像させるサービスも素晴らしい絵本の一端だ。
 絵を楽しむ、ストーリーを楽しむ絵本は多いが、想像に遊ばせる絵本は意外と少なく探さないと見つからない。
想像させる”素材=モチーフ”は単純であるに越したことはない。フォルムや色彩の単純化、ネームも最小量に
留め想像に委ねるため語り過ぎてはならない。『It Looked Like Spilt Milk』は、そのすべてを充たしている。繰り
返し見ても見飽きないのは、単純化されたモチーフの造形性の高さ、美しい色と構成によるものだ。
 ぼくは講座で、学生にイメージトレーニングの参考にこの『It Looked Like Spilt Milk』を見せることにした。頭を
柔らかくし、答えは自分が見つけるものだということを分かってもらいたくて。「自分はこう見る」「自分はこう
感じる」……、己の感性を大事にしてほしいから。
 学生はやがて絵本を制作することになる。出来るか、不安を抱いている者も多いだろうが、この『It Looked
Like Spilt Milk』は肩の荷を軽くしてくれるかもしれない。ぼくは、想像は創造に通じると信じている。でも、想像を
逞しくする、訓練すると言うより、「童心に還り、想像や夢想の世界に自由に遊んでほしい」と学生には言おう。
「瑞々しい感官の塊であったあの頃、幼児期の自分を思い出してね」と。
                                                              

12,ヘレン、ようこそ どうぶつえんへ

 『ヘレン、ようこそ どうぶつえんへ』

 クモをモチーフにした絵本といえば、「The Spider and its Web」(ERMANNO CRISTINI
AND LUIGI PURICELL作 Adam & Charles Black・London刊 1975) が先ず頭に浮かぶ。
1匹のクモが網を張る様を描いた一種の観察絵本だが、造型、色彩が実に美しい。時間の経過を
静かに追った巧みな構成は見事。この絵本については改めて取り上げることにして、今回は、
楽しいクモのお話を……。

 『ヘレン、ようこそ どうぶつえんへ』(マーガレット・ブロイ・グレアム作 キッズメイト刊
2000)ビリー少年は ペットを飼ってはいけないアパートに越すことになり、”ヘレン”を
動物園の門の前に置く。「ヘレンの世話をどうかお願いします」 と、手紙を添えて。
ヘレンと言うのは、ビリー少年が飼っていたクモだ。ビリーの気持ちがいじらしく、意外性の
ある始まりが笑わせる。

 この動物園でヘレンは大活躍。ライオンの檻に巣を作りハエを捕まえては食べる。
ハエに悩まされていたライオンは大喜び。ハエを全部食べ終わると、
ゾウの檻へ、次はシマウマの檻へ……。(ゾウは水浴びを楽しめるようになり、シマウマは
ゆっくりと、干し草を食べられるようになった)……。
 ところが、市長さんが視察に来ることが決まり、動物園は隅から隅まで掃除される
ことになったから大変!動物園の係員は、クモの巣に水をかけ、ごしごしこすりとって行く。
ヘレン大ピンチ……!

 クモが主役のユニークな絵本。話が面白い。そして、何より愛らしく温かい。
鉛筆画線に色を抑えた水彩が軽やかでユーモラス。
網がかけられる過程もさりげなく描かれ、獲物のハエがどんどんかかり、
まん中でヘレンがにっこりしているところと、赤ちゃんクモに囲まれている場面の
表情がいい。

 ヘレンは、ピンチを脱し動物園では、<クモを 大切に>という決まりがつくられた。
さらには新聞にまで登場。
<今年、大評判の動物園、クモに大喝采!動物園の園長が語るーーーーー>
 この記事を、ヘレンを動物園に置いて行ったビリー少年が目にする……。
見終わったあと、さわやか。絵本ていいなあーと実感する。

ヘレンの愛らしさは、“心を持った”すべての生き物に、その生き物の「物語を聞かせて
もらいたい」 と思わせる力がある。これが絵本の魅力だ。

                              (アトリエ便りOCT・9・2005より転載)



11,ぼちぼち いこか  

 『ぼちぼち いこか』 マイク・セラー作 ロバート・グロスマン絵 
                今江祥智訳  原題 WHAT CAN A HIPPOPOTAMUSBE? 偕成社

 重量感あるカバさんが色々な職業に挑戦する。船乗りを手始めに、パイロット、バレリーナ、ピアニスト、カウボーイ、
手品師、サーカスの綱渡り……、その数13。ことごとく失敗。めげずに挑むも、何をやってもドジで適わず。このカバさん、
決してふてぶてしくはない。あっけらかんとしてユーモラス。失敗続きでも些かも落ち込まない。この天衣無縫さが魅力。
 オチはあってないようなもの。「ひと休みして、考えよう」というのだから……。この終わり方がいい。子供たちはこの
カバさんが、この後も、他の色んな仕事に挑戦して行く姿を思い浮かべるかも。

 訳は今江祥智。見事!「ぼく、消防士になれるやろか」「なれへんかったわ」。「バスの運転手もーー」「こら あかんわ」。
すべてこの調子。絶妙な関西弁が面白さを倍加させている。訳者は「わたしの好きな関西弁で訳して遊んでみました。
桃井かおりさんに読んであげたら、”わああ、ぴったしよねえ……”と、いうてくれはりました。みなさんも、ひとつ、
おくにことばに訳して、楽しんでみてください。」と、書いている。

 ぼくはこの『ぼちぼち いこか』を大学の授業に使った。毎回絵本を1〜2冊とりあげ、学生に朗読させているのだが、
読み手に今回は関西出身者を選んだ。やはり上手い。絵と、読み手の言葉の響きが一体となって、のんびりした世界を
かもしだした。絵本は、絵を見る、文を読むものだが、”聞く”のもまた大きな魅力と再認識。絵本の読み聞かせを、
子育て真っ盛りのお母さんに是非是非勧めたい。

 へこたれない、諦めない、明日があるさ……。この絵本、大事なことを語っている。何があっても平然としているカバさん
に拍手!思わず笑ってしまう楽しい絵本である。

 最後のページでこのカバさん、ハンモックに身を沈めているが、ハンモックのロープを掛けている木が、2本交叉する程
しなっている。折れてしまうのではと心配……。カバさん、”一休み”も失敗だったりして……。

 鳩山のアトリエの庭でもハンモックを吊ることがある。天気が良いと、ここで読書。大抵うたたねしてしまい、
読書にならないが、この絵本『ぼちぼち いこか』に倣い、「まっ いいか。明日がある。明日があるやろ」と思うようにして
いる。しかしながら、日々忙しなく、”人生のんびり”は願いだけ。このカバさんのようには「よういかんわ」
「ようけ歳とったし、明日はそう無いんとちゃうか」。



10,おやすみなさいのほん

 『おやすみなさいのほん』マーガレット・ワイズ・ブラウン/文
                       ジャン・シャロー/絵 石井桃子/訳 福音館書店

 眠れない夜がある。いいことがあって嬉しくて、というよりも、考え事や、苦しみ、悩み事で眠りつけない方が
断然多い。子供の頃は、眠れないといっても、遠足や運動会の前日でのこと。胸がときめき興奮状態。そんな
”幸せな不眠”を大人になってからは、ついぞ経験したことがない。室内運動器具で体を疲れさせたり、酒に
頼ったり、何とか寝ようとするのだが……。焦ったあげく追い詰められ、ますます眠れなくなる。同様の思い、
誰しもあるだろう。

 先日選考した、第11回おひさま大賞(絵本・童話公募/小学館主催)で、『ひつじがピョ−ン』という童話が
佳作に入った。ストーリーは、りょうちゃんが眠れない夜、原っぱを思い浮かべて羊を数えるというもの。
りょうちゃんの掛け声に合わせて羊が次々柵を飛び越えて行く。ところが、りょうちゃんは20までしか
数えられないから、さあたいへん!柵の前は羊でいっぱいに……。

 「在り来たりのはなしだ」「眠れないと訴える子供に、羊を数えなさいとだけ言って、ドアを閉めてしまう
母親が冷たく感じられた」と、厳しい意見もあったが、ぼくは賞に推した。どんどん増えて行く羊と焦る
りょうちゃん。光景が目に浮かぶ。その面白い絵だけでこの話は十分もつ。結果的にりょうちゃんは
眠れたから目出度しだが、りょうちゃんのように数を数えられない子はハラハラドキドキ共感するだろう。
数えられる子も「ほら、教えてあげる。21,22,23……」得意げに話しかける、そんな気がしたのだ。
 展開がスムーズで、クライマックス(勿論この話では柵を跳び越せない羊の山)が、しっかり出来ている
話は、子供の心をとらえるだろう。

 きっと眠たくなって、眠りに落ちる。いや、眠りたくなる絵本がある。その名も『おやすみなさいのほん』。
お母さんがベッドの脇で、あるいは添い寝して、ゆっくりゆっくり読んであげればお終いまで行かぬ内に寝息を
たててしまうかも。静寂、穏やか、そして何より、安心感がある……。ぼくは子供を心安らかな眠りに誘う
この絵本『おやすみなさいのほん』を、この種の中のBEST OF ALLと思っている。

 日が沈む。外は暗くなり、家々に明りが灯る。動物達はみな眠る。子供たちも……と、構成は簡明。
リトグラフによる素朴で温かい絵が素敵だ。”眠たい動物達”を描写すれ詩が美しい。(石井桃子の訳もいい)
 たとえば、こんな調子だ。 「ことりたちは  みな  / うたうことも / とぶことも / たべることも やめます。/
そして あたまを / つばさの したに かくして / ねむります。/ ねむたい ことりたち /   ( / は改行 )
 ことりの次はさかな、ひつじ、さる、らいおん、かんがるー、こねこ、うさぎ、はち、りす、……そして、こどもたち。
「こどもたちは / くちぶえも  おはなしも やめます。/ そして おいのりをして / ふとんに はいり / 
ねむります。/ ねむたい こどもたち。」 それぞれのページの最後の一行は、すべて段落をあけ、「ねむたい○○」
となっている。

 完璧な絵本!絵が良くて、詩が良くて……。そうそう、忘れてはいけない。絵本を閉じる前の、祈りの言葉……。
「かみさま / あなたの けものや / うたう ことりたちに / しあわせを めぐみ / ものいえぬ / ちいさな
 ものたちを / おまもりください。」…………心に染みるではないか。

 やさしさが、愛が、ぎっしり詰まった珠玉の絵本、ぼくの大好きな一冊。


 マーガレット・ワイズ・ブラウンとジャン・シャローの紹介および、絵本『ちいさなもみのき』、『どこへいってた』
(絵はともにバーバラ・クーニ−)は、改めてとりあげます



9,『かたつむり みつけた』・『くつくつ みつけた』

   
    Harper & Row,ublishers、Inc. New York
■SNAIL WHERE ARE YOU?1962  ■ONE、TWO,WHERE‘S MY SHOE1964     
    (日本語版は1987年出版された)
■絵本『かたつむり みつけた』・ 『くつくつ みつけた』

 文字がないか、あってもほんのわずか、の絵本がある。「文字なし絵本」は、ほとんど絵だけで話を
進めるわけだから、当然複雑なストーリーはない。必然的にイラストは単純化され、わかりやすくなって
いる。ともすればパターン的になりがち。幼児の認識絵本(これはリンゴ、これは汽車、これは星、
これはゾウさん……)ならまだしも、大人の鑑賞にも耐え得るものとなると限られてくる。

 トミー・アンゲラーの『かたつむり みつけた』・『くつくつ みつけた』の2冊は、アイディアのみならず、絵も
構成も見ごたえ十分。ひっぱり出して見るたびに、ぼくは「クスッ」とする。そして感心させられるのだ。

 トミー・アンゲラーは『エミールくんがんばる』・『へびのクリクター』・『キスなんてだいきらい』(文化出版局)、
『魔術師の弟子』・『ゼラルダと人喰い鬼』(評論社)など、日本でも多数出版されている人気絵本作家。
(1931年フランスのストラスブールで生まれ、1956年アメリカに渡る) 絵本はもとより、現代文明を
批判した風刺画集、漫画、イラストの分野でも活躍している。

 『かたつむり みつけた』は色んな絵の中にある、カタツムリの貝殻の形を探させる。(『くつくつ
 みつけた』では、くつの形を見つける)カタツムリの貝殻の渦巻き”グルグル”は、うまい具合に絵に
溶け込んでいる。隠されているというより、”グルグル”で絵が成り立っているとさえ思えてくるから
不思議だ。
 一例をあげると、 グルッと巻いたゾウの鼻、波頭、芸人のかぶりもの、羊の角、オウムの目、玉乗り
するブタのしっぽや傘の柄。たばこをふかす紳士の髭、椅子の肘掛、もちろんたばこの煙も。さらには
フィギュアースケートがつけた氷上の渦巻き……。みんなグルグル。グルグルだらけ。カタツムリの
グルグルのオンパレードだ。

  絵本は2作とも、始めのページとお終いのページを除いて文章(言葉)がない。絵だけの構成だが
、初めの問いかけ『かたつむり みつけた』では「かたつむり どこ?」が、また、『くつくつ
 みつけた』では「くつくつ あれ、ぼくのくつ?」の言葉が利いていて、読者を迷わず導いて行く。が、
ニヤリとさせるし、本当にユーモラス。時にシニカルな笑いも誘う。それも、単純で力強い絵、構成の絶妙さ
によるものである。もとより文字がないのだから、幼児から大人まで楽しめる。
 ストーリーがなくとも、実に絵本らしい絵本だ。絵が物語る……、絵に力があり、絵が語ってくれれば、
それ以上、何を望もう。

8,ゆかいなゆうびんやさん  おとぎかいどう 自転車にのって



『ゆかいなゆうびんやさん』
おとぎかいどう自転車に
のって

ジャネット&アラン・
      アルバーグ作
       佐野洋子訳
 
       文化出版局

 通信手段が郵便からメールへと替わってきた。簡便、速さは認めるが、
便りを待ち、封を開ける・・・・幸せな人生の一風景が失われて行くかと思うと、
残念である。
 小学低学年時、ぼくは勉強が嫌いで、成績も悪かった。母は、カタカナの
手紙をくれた。ぼくはカタカナが苦手だったのだ。また、ローマ字が覚えられずに
困っていた時、母はローマ字の手紙をくれた。郵便受けにぼく宛の手紙を
見つけたときの、あの嬉しさは今も残っている。緑色の5円の葉書や、
赤褐色の仏像の頭の10円切手の貼られた封筒には筆で<有賀忍殿>と
書かれていた。便箋はきまってわら半紙。何ゆえ、母がぼく宛に手紙を
出し続けたかは別項エッセーに記す。が、ぼくが手紙を受け取るだけではなく
、書いて出すことも好きになったのはまさしく母のおかげだ。
”有賀忍殿”、”ぼく”への手紙・・・、今思うに小さな子供でも”一人前の人間”
として扱ってもらえた喜びを実感したのに違いない。
 子供の人格を尊重する、子供に真剣に語りかける、気持ちのありったけを
伝える・・・・・。手紙は最も有要なツールであると確信する。接し方や言葉が
大事なのは当たり前。その上で、子供が初めて自分宛に届いた手紙を、
ワクワク、ドキドキして開ける・・・・この光景を想像していただきたい。

 さて、仕掛け絵本 『ゆかいな ゆうびんやさん 
           おとぎかいどう 自転車にのって』について。

 郵便やさんが手紙を配達する。3びきのクマ御一家様へ、お菓子の家の魔女へ、
つの笛吹き横町のオオカミ殿へ等々。
 配達される郵便物は実際に封筒から取り出して読む仕掛けになっている。これが
楽しい。手紙の内容、形態も色々あっておもしろい。一例をあげれば、魔女には
小悪魔商会の商品カタログ(パンフレット)が、オオカミには弁護士事務所から
立ち退き命令の通達が、そして誰かさんには誕生カードや何と小切手までも
入っている!
 配達される所が別々なのに、始まりと終わりが結びつく構成もうまい。子供と
一緒に楽しみたい一冊。そして、次の日・・・・、子供はお父さんやお母さんから
自分宛の”本物の”手紙を受け取る・・・・なんてことになったら、いいなあ。
もちろん郵便物は子供に「とって来て」と頼もう。手紙の書き方、切手のこと、
出し方を教えてあげれば、いつの日か、愛するおちびさんから、たまらなく嬉しい
宝物が届くかもしれない。

続編『ゆかいなゆうびんやのクリスマス』はまたの機会に。




7,A time to Keep


TASHA TUDOR
『A Time to 
Keep』

    初版1977年

Simon&Schuster 
for
Young Readers
       1996年
 ターシャ・テューダーは1915年生まれのアメリカを代表する絵本作家。かつては
ニューハンプシャー、現在はバーモントの敷地30万坪という広大な森の中で19世紀の
生活を実践。ヤギを放牧し搾乳。ウサギやガチョウを飼う。糸を紡ぎ洋服を縫う。
花を育てハーブや野菜を栽培。園芸家でもある。
 100冊にも及ぶ著作がある。(本の挿絵の仕事の無い日は母は一日中花壇で
過ごしていました。−−−ベサニー・テューダー著、母ターシャ・テューダーの生き方
『小径の向こうの家』メディアファクトリー刊より)細やかで温かい水彩画は、自然の四季の
詩情を謳いあげる。”よき時代、素晴らしき時”の生活が飾られることなく描かれている。
 中でもぼくは『A Time to Keep』が好きだ。この絵本、女の子がおばあさんに 
「ママが小さかった頃のお話して」で始まり、おばあさんが1月から12月までの行事を
それぞれ4ページにわたって語って聞かせるというもの。このおばあさんはまぎれもなく
ターシャ・テューダーだ。雪の林での楓の樹液集め。子供たちが人形を作り夜開く
マリオネットショウ。ボタンをお金にしてお店屋さんごっこ。売るものは人形に着せる小さな
ドレスやパイのお菓子。カブト虫のレース。リンゴのジュース搾りに織物やローソク作り……。
もちろん新年の祝い、バレンタイン、イースター、花火大会、収穫、クリスマスの夜も……。
(いくら連ねても素晴らしい水彩画、幸せな情景は伝えられない。)
 ぼくはこの絵本をよく開く。慌しい日常に”安らぎの静けさ”を思い起こさせてくれるこの
一冊を。素朴で優しくて豊か……。人間ていいなあと感じさせてくれる珠玉の絵本に感謝。
 ターシャの言葉、「思うとおりに歩めばいいのよ。」「死さえ恐ろしいとは思いません。
つまり人生に悔がないということでしょうね」(『今がいちばんいい時よ』メディアファクトリー)
 ターシャが飼っていたコーギ犬が主人公の絵本『CORGIVILLE FAIR』
(コーギビルの村まつり)は後日、別項で。




6,かもさん おとおり






 先日、新聞にマンホールに落ちた子ガモを、蓋のすきまから励ましている親ガモの写真が
載った。周囲は炎天下の焼けつくアスファルト。親ガモは3時間、その場を離れなかったという。
北海道帯広市の厚生病院での出来事だ。記事によれば「ひなは深さ約1メートルのマンホール
の底で身を寄せ合って鳴いていた。親鳥はひなを励ますように、マンホールのふちから底に
向かって鳴き声をあげていた。ひなはもう1羽いて、近くの排水溝のさくに挟まっていた。状況
から、9羽は排水溝に次々と転落した後、配水管を通って数メートル先のマンホールにたどり
つき、そのまま出られなくなったらしい。」
 病院の職員たちがマンホールの蓋をこじ開け、網戸の網で即席の”たも”を作り、一羽ずつ
すくいあげたという。新聞は「幸い10羽のひなはみな元気で、親鳥と一緒に列を作ると、
よちよちと歩きながら、どこへともなく姿を消した。」と結んでいる。光景が目に浮かぶ。胸が
じーんとなった。
 こんな嬉しい話は滅多にない。”心”があまりに喜ぶので、暑中見舞いに添えて書いた。内田
伸子さん(御茶ノ水女子大学大学院教授。ぼくの画集にオマージュをくださった方)から早速返信。
「カルガモのお母さんの慈愛あふれるまなざしが、子育て力、育児機能を衰えさせてしまった人間
たちには、とりわけ痛く感じさせるエピソードですね。3時間も?すごい!待つ、みきわめる、急が
ない、急がせないことの大切さを教えられます。」
 カモの夫婦と子ガモが躍動する大判の絵本『かもさん おとおり』を、すぐ思い出した。マックロ
スキーはボストンの街を、池を、川を、時に上空から俯瞰して、また地上のカモの目線でセピア
一色で描いている。列をなして泳ぎ、歩くカモ達を静かに見つめる優しい目を感じる。道路の横断も
パトカーのお巡りさんの”交通止め”でカモたちは悠然そのもの。話は温かくユーモラス。
 親ガモが子ガモを守る。人間もみんなで一生懸命にカモたちを守る。子供たちはこの絵本、
32見開きから溢れ出る安心感、愛情をたっぷり感じ取ることだろう。因みに『かもさん おとおり』に
登場する子ガモはジャック、カック、ラック、マック、ナック、ウワック、パック、クワックの、
”8羽”である。


  上段/
『かもさん おとおり』      福音館書店   1965年刊

  下段/原題
 『Make way for Ducklings』  初版1941年刊
              published by The Viking Press Inc.




5,ヨーザと魔法のバイオリン



ヤーノシュ
『ヨーザと魔法のバイオリン』
「Joshua and the Magic Fiddle」
The World Publishing
Company
 1968 〔米〕

 絵本の世界にのめり込むきっかけになった幾冊かの内のひとつである。
日本橋の丸善で開催される「世界絵本作家原画展」「せかいの絵本展示
即売会」〔別掲案内絵葉書参照〕には毎年欠かさず行っていた。1960年代
〜70年代、絵本の原画に接する機会は少なく、この催しが楽しみだった。
気に入った作品があり、絵本を買おうにも当時洋書は高く、買えるのは1,2
冊にかぎられた。そんな中で少しも迷わずに求めたのが『ヨーザと魔法の
バイオリン』だった。

 ヨーザのお父さんは大きくて力持ち。でもヨーザは小鳥ほどの小さな体。
悲しがっているヨーザに、小鳥がバイオリンをプレゼントする。ヨーザが歌を
弾けば、聴いた者は巨大になり、またはノミのように小さくなる魔法のバイオ
リンだ。自分の体を大きくすることは出来ないが、ヨーザはバイオリンを抱え
て旅に出る。
 この冒険、道中も結末も楽しいが、何より子供の絵に似た描きっぷりが
いい。色彩が溢れ、虫や小鳥の言葉が聞こえて来そう。ヤギの足元にも及
ばない小さなヨーザがバイオリンを奏でる場面では、空の明るいブルーに
白いヤギが鮮烈、存在感が強調されている。アリの背に乗って旅するヨー
ザ、墨色のアリが生き生きしており、同系色のバックに橙色の花や、黄土色
の葉、白黄色の蝶がとても美しい。歌を聴き巨大化したひまわり、カラスや
ガチョウの見開きページは何度見ても見飽きない。自由な心で描かれた
素朴で詩情性豊かな絵の数々である。

 30年ほどまえに1660円で購入。爾来ぼくのもっとも好きな絵本の一冊と
なっている。日本語版は、1981年偕成社から出版されたが絶版。復刊され
ることを強くねがう。




4,てぶくろ



ウクライナ民話
 『てぶくろ』
エウゲーニー・M・
ラチョフ
    うちだ りさこ訳
 福音館書店  1965

 手袋の中に7匹の動物がもぐり込む非現実を、ラチョフは全く違和感を感じさせないで
描いてる。1匹、2匹、3匹……。くり返しで運ばれる話は単純明解。雪深い森で身を
寄せ合う動物達の表情もリアリティがある。手袋よりずうっと体の大きな動物達が”中
に入れるのか”の一点に、子どもの興味を集めそらさない。

 犬を連れたおじいさんが手袋を片方落として行く。それを、くいしんぼうねずみが見つ
けてもぐり込む。「ここで暮らすことにするわ」。そこへ、ピョンピョンがえる、はやあしうさ
ぎ、おしゃれぎつねが次々やって来て中に入る。はいいろおおかみで5匹、きばもちいの
ししで6匹。もう、ぎゅうぎゅう詰め状態。いつの間にか手袋の家には扉や窓がつき煙突
からは煙も上がっている。さらには、のっそりぐままでやって来て7匹。手袋は今にもはじ
けそう。
 おじいさんが手袋をなくしたのに気がつき戻って来る。犬が手袋を見つけ吠えたてると、
みんなびっくり!手袋から這い出し森のあちこちへ逃げて行った。
おじいさんと犬は一度も顔を出さない。ひたすら読者の関心を手袋だけに集中させる。
最初と最後のページの手袋はサイズが一緒。というよりは、絵が同じもの。動物達がもぐ
り込み、何とか入ってしまう面白さは格別。

 昨年ぼくは大学の授業で、この絵本を「構成・エピソード分析」のテキストに使った。
様々な絵本の仕組みを考えてもらうものだが、『手袋』は「発端」→「帰結」が明確。
エピソードも同じパターンの繰り返しでシンプル。
 それにしても、ラチョフの絵は多くの”ことば”を語っており、くり返しみても発見があっ
て楽しめる。




3,おばけリンゴ


ヤーノシュ
『おばけリンゴ』

福音館書店  1965

 
 ヤーノシュは1931年生まれ、ドイツの人気作家。グワッシュで描かれた一見稚拙
とも見える描きなぐった児童画の趣の絵が魅了して止まない。
ヤーノシュは自分の絵本を”抽象画でもなく具象画でもなく、プリミティブアート”と呼
んでいる。〔月間絵本1975年12月号/さくまゆみこインタビュー〕また、”ぼくはも
う、お金や物にはてんで執着がなくなってきた。昨日とか明日なんていうことも考え
ないし、今日のことだ頭にあれば充分”〔同誌〕とも語っている。目の前の絵本の制
作に没頭することが幸なのだろう。共感する。

 『おばけリンゴは』『ヨーザと魔法のバイオリン』とともに、ぼくの最も好きな絵本の
一つである。『おばけりんご』はドイツ語版原題を”Das Apfelmannechen”〔りんご
おじさん〕という。日本語版は1965年福音館より刊行された。貧乏なワルターとい
う男の話。ワルターリンゴの木を一本持っているが、実がならない。ワルターは祈る。
「一つでいいから、うちの木にもリンゴがなりますように」。願いは叶えられ、リンゴが
ひとつなった。ワルズーは大切に育て、リンゴはどんどん大きくなっていく。とうとう、
おばけリンゴのように巨大になった。高く売れるかと期待して市場に行ったが、誰に
も買ってもらえない。ワルターは諦めて帰って言った。寒い夜、険しい道を。ところが、
”おかしなことに なったのです“〔やがわ・すみこ訳文どおり〕おおきなリンゴが役に
立ったのだ……。話も面白いが、絵が素晴らしい。隣のリンゴの花盛り、白色が爽や
か。ワルターが羨ましげに見つめる鈴なりのリンゴの木の場面は筆致が軽妙で生き
生きしている。さらに、おばけリンゴを背負い家に帰って行く絵は、ワルターの気持ち
を表し、青や沈んだ藍色が寂寥感を漂わせている。

 ”スラブ系の持つ土くささとハイカラさ、十字を切ってお祈りを始めそうな敬虔さをもっ
ている”。〔いぬいとみこ/別冊太陽bS5絵本 平凡社1984〕ヤーノシュは子供の
心のまま大人になったのだろう。奔放に描かれた絵は正に"童心絵画”だ。
    






2,火事

『火事』
詩/ウラジーミル・
  マルシャーク
絵/ウラジーミル・
  コナシェービッチ
    1932年初版
ロシアの絵本『火事』は、「幻のロシア絵本1920年代展」(2004年7月3日ー9月5日
東京都j美術館)で復刻版を求めた。(ロシア絵本「サーカス」「郵便」「紙とハサミ」など
10冊セットで淡交社より復刻出版されたもの。会場のみバラ売りした。)...絵本の詳細は
別項「エッセー」に記したので」、ここでは展覧会の話を。
 ロシア革命(1917年)は絵本の分野にも大きな影響を与えた。展示された1920年ー30年
の絵本は紙は粗末で、小さく、製本も数枚をホッチキスでとめたような、絵本というよりは
小冊子。しかしながら、、表現は色彩構成ともシンプルなグラフィカルな絵(ウラジーミル・
レーベジェフ)、シチェーションの面白さを描き込んだ漫画的な絵(ウラジーミル・
コナーシェヴィッチ。人気絵本、火事はこの画家の絵)、卓越した技術で野生を描ききった
躍動感溢れる動物画(エヴげーニー・チャルーシン)等、様々で魅力たっぷり。今見ても
新鮮で、新しい時代の「絵本革命」のくうきが感じられた。
 美術館のはじめの展示室には、1920年以前の絵本も展示されていた。絢爛豪華、アール・
ヌーボーの影響が顕著な装飾性画面構成の絵本(イワン・ビリービンの民話絵本、これは
別項で紹介)等であるが、第2室から先の250冊の絵本のあまりの変り様には驚いた。



1,たんじょうびのプレゼント(ブルーノ ムナーリの仕掛け絵本)

『たんじょうびのプレゼント』  『どうぶつはいかが』  『ぞうのねがい』
 大日本絵画   1982年
 ブルーノ ムナーリはイタリアのグラフィックデザイナー、インダストリアルデザイナー、彫刻家。絵本も数々制作した。
ユニークな仕掛け絵本『たんじょうびのプレゼント』は別項エッセーに書いたから、ここでは『どうぶつはいかが』
(原題・animal for sale 初版1979イタリア)について。
 山高帽の紳士がひもを握っている。ひもにはいろんな動物が繋がれている。紳士は動物を勧める。「フラミンゴはいかが?」
「いりません。口ばしで壁をつつくと困るから。」次ページではヤマアラシを勧める。「いりません。気が荒らそうだから。」
フラップを開けるたびにびっくりするような動物を勧められるが、すべて「いりません。」そして欲しかったのは………。
その意外性が面白いが、シンプルな仕掛けとグラフィックデザイナーらしい絵と大胆な構図が何度見ても見飽きさせない。
 『ぞうのねがい』  動物のイラストの頭の部分にフラップが付いている。そのフラップをめくることで、動物が何を願って
いるかが解る。この極めて直接的表現は子供たちに違和感なく受け入れられる。文字を読めない幼児でも、フラップを開ける
ことは容易。たちどころに”動物の思い”が理解できるのだ。フラップの付いた”peek−a−boo”や”find out”の豪華本が
当たり前のように出版されているが、この簡単な仕組みの『ぞうのねがい』は今も新鮮である。