![]() ゜゚ *+:。.。:+* ぐるちゃんの穏やかでラジカルな日常 *+:。.。:+* ゚ ゜
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July 14, 2005
海辺のカフカ 最近地下鉄移動中とかバス中とかで読んでる本「海辺のカフカ」。
春樹本は好きやね。なんか読み終わったあとのなんともいえぬ、
残尿感とでもいうか…。ナウシカとか見た後のような……。
なんかわからんけど切ない感じというの??そんなんが良い。
一回全部読んどるけどまた読み直し。やっぱりナカタさんすごい!!
「何故かわからないけどやらなきゃ」。こんなんであそこまで動ける人居ない!!尊敬★
ホシノちゃんは初めて読んだときも
絶対このヒト猫としゃべれるようになるっと思った。いいヒトやもん。
「海辺のカフカ」は春樹さんの本の中でもかなり読みやすいと思われます。
非現実感はやはり否めませんが。。。
奇数の章と偶数の章で田村カフカとナカタさん、個々の物語が進行していき、
最初はまるで接点のない2つの物語が終盤に向かうに連れて接近してくる様子は
読んでいる側を大いに惹きつけます。
各登場人物の描写も非常に魅力的で、物語に多大な影響を与えています。
春樹本の中でもこんなにも愛すべきキャラクターが揃った本はないように思えます。
読み終わった後の数多く残る「不思議」は春樹本にはつきものですので、
それはそれでいいかと。あとは自己解釈で読んだヒト1人1人にカフカの世界があると
まぁそういうことで。。。
Posted by ぐる |BOOK
December 12, 2005
ウランバーナの森 ●この作品は、一九九七年八月、小社より刊行された作品です。物語はフィクションであり登場人物は、実在(あるいはかつて実在した人物)とは、一切関係ありません。奥田英朗の「ウランバーナの森」巻末部分を引用してみました。 le_fouさんのページで知ったのですが、今月の8日はジョン・レノンの命日だったそうなのです。(そして太平洋戦争勃発の日らしいです) それにちなんで、ノルウェーの森ならぬウランバーナの森のご紹介 ![]() 世紀のポップスターであったジョン(作者曰く、かつて実在した人物とは無関係)が ケイコ(ヨーコ?)と出会い、ジュニア(ショーン?)が生まれたのを機に音楽活動を停止、 俗に空白の4年間と呼ばれるその期間をとてもユーモラスに描いたお話です☆★クドいようですがこのお話はフィクションです!! 奥田英朗さんといえば、「最悪」や映画化された「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」などで 有名作家の1人となった人。その人の小説第一弾がこの「ウランバーナの森」なのです。 「最悪」とは似ても似つかない文体。でもこのユーモラスさは後の「イン・ザ・プール」などにも 顕れてきているような気がします。ジョンの空白の4年間の理由がまさか〈便秘〉だったとは!! (ネタバレ注意!どうしても気になる方だけドラックして反転させてくださいナ↑) ジョンレノンを知っている人も知らない人も(知らない人は居ないとおもうけど) 存分に楽しめる作品だと思います。未読の方はぜひこの機会におためしあれ
April 02, 2006
見仏記 「仏(ブツ)フェロモン出してる」「俺達は伝来もんでパーッと行こうよ!」 「今、俺の心に音楽鳴り出したよ」 「ママ(吉祥天)はハワイで休暇を過ごすんだよ」 「もう、仏像メリーゴーランド状態」 「もっとピースな人たちでしょう、仏は」 (本文より抜粋) こんな若干意味不明な「みうら語録」がどんどん飛び出す みうらじゅんワールド全開の"見仏"珍道中記です。 ちょうど、三十三観音というものを知った直後に、知人M氏から お借りした本。M氏はワタクシが観音さま巡りを企んでることなど つゆ知らずに貸してくれたんですが、なんていうタイミングっ!!! 行くか行かないか悩み中だったワタクシの心を確実に行く方向で決定付けたのがこの本 ![]() 読んでるうちに、知らず知らずとみうらワールドに惹きこまれて、抜け出せなくなります。 「もう、仏(ブツ)無しでは生きていけない」状態 ![]() と、これは大げさですが、この本で仏ファンがかなり増えたことでしょう。きっと。 いとうせいこうの文章がこれまた独特で面白いんです。ゴールデンタッグです ![]() というわけで今回ワタクシの「見仏記」は虻田・室蘭編![]() 洞爺駅で降りて亮昌寺まではかなり坂もあって難儀な道 だということで若干心配していたんですが、洞爺駅にて 「ご接待」をうけましてお寺まで送っていただけました♪ 現場のおっちゃんのような方だったんですが、車のBGMは何故か韓流スター (誰かわかんないけど)の歌。 わりとミーハーなおじさんだったのかな?? 第32番札所 新高野山 亮昌寺 虻田郡虻田町字清水41番地 01427-6-2542 続いて室蘭へ♪室蘭には大学時代のお友達がいて、この日は室蘭にお泊り。持つべきものは地方の友達 ![]() 洞爺駅からワンマン列車に揺られて東室蘭駅へ。 そこで友人と待ち合わせて、その友人をむりやりに 見仏ツアーに参加させる。かなり強引! 向かった先は大正寺。ちょっと小高いとこにありまして室蘭港が一望できるステキな場所にででんっと建っています。ご朱印帳。みうらじゅん曰く「仏像のサイン」(300円)→→→
第33番札所 高野山 大正寺 室蘭市沢町2−6 0143-22-2092
September 06, 2005
ダンス・ダンス・ダンス 「踊るんだよ」「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考え出したら足が停まる。一度足が停まったら、あんたの繋がりはもうなにもなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。だから足を停めちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない」「踊るしかないんだよ」「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。踊るんだよ。音楽の続く限り」
オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ<本文引用> 村上春樹さんの「羊をめぐる冒険」の続編、「ダンス・ダンス・ダンス」です。 一応先に書いておきますが、このお話の結末にはまだ納得できてません。 密かに「さらに続編があるのでは…」と期待している1人です。 引用部分は「羊男」のセリフです。多少端折ってます。。。 (春樹氏の文章を端折るなんてオコガマシイにもほどがある!) と、自分でつっこんでみたところで・・・ 「羊をめぐる冒険」から四年。いるかホテルの夢に糾われ、再び札幌へと旅立った「僕」。 夢の中で「僕」のために涙を流す人、耳の美しい彼女=キキに会うために。 この調子でいくと、途方もなく長くなるので、かなり簡潔に書きます。 コレまで、色んな「繋がり」を自ら解き、自らを磨り減らしてきた「僕」は、いま再び、 羊男の助けを借り世界との繋がりを求める。 ユミヨシさんとの出会い ユキとの出会い 五反田君との出会い キキとの出会い メイとの出会い ディック・ノースとの出会い 様々な出会いが「繋がっていく」中、「僕」が手繰り寄せた世界とは…。 「羊〜」の方で少し触れた「僕」=<鼠>説 「ダンス〜」の方では、それがもう少し明らかになります。 「僕」自身が自覚する「五反田君は僕の一部なのだ」や、「キキ」の六体の白骨に対する「あなた自身よ」の言葉と「私はあなたの影に過ぎないのよ」の言葉。そして、あちらの世界(壁の向こう?)の住民は「僕」が泣けないもののために泣き、声を上げることのできないもののために声を上げてくれる。 ということは「僕」=<鼠>=「羊男」=「キキ」=「五反田君」=… ということになる?じゃあ、「僕」と<鼠>の掛け橋をしてたジェイは…?? やばい。パニくる。。。話題転換!! しかし、春樹本の背景にはいつも「死」が付きまといますね。 「人というものはあっけなく死んでしまうものだ。人の生命というのは考えているよりずっと脆いものなんだ。だから人は悔いの残らないように人と接するべきなんだ。公平に、出来ることなら誠実に。そういう努力をしないで、人が死んで簡単に泣いて後悔したりするような人間を僕は好まない」 ディック・ノースの死に対し、「僕」が「ユキ」に言う言葉です。 そして、この「ユキ」が良かった。この娘の存在が非常に良かった♪ 私がよく伺わせていただくブログの哲学するサラリーマンさんは、「ユキ」が、この小説発売当時の「後藤久美子」さんのイメージにダブってしまうとおっしゃられていました。私は若かりし頃の後藤久美子さんを存知あげないので分かりませんが、国民的美少女と名高い後藤さんですからね♪日焼けも似合いそうですし。。。 今回はすごく長くなってしまいました。 この脈絡のない文章を読んでくださった方にはもう感謝感謝でございます。
July 20, 2005
ノルウェイの森
「私のことを覚えていて欲しいの。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えて
いてくれる?」直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解する
ことができるようになったと思う。何故彼女が僕に向かって「私を忘れないで」と頼んだのか、その
理由も今の僕にはわかる。もちろん直子は知っていたのだ。僕の中で彼女に関する記憶がいつか薄ら
いでいくであろうということを。そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛
してさえいなかったからだ。<本文引用> 語るまでもない傑作中の傑作。ブログ開設1週間&HP開設2週間記念にこの場でこの本について書 かせてもらいます。この本で春樹本デビュー、既に発行から10年弱過ぎて遅ればせながらのデビュ ー。愛だの恋だのがちょっと苦手な私が初めて手にとった恋愛小説。といっても春樹さんなので普通 の恋愛小説やないけど…。当時の私にはたいそう難しく(今でも理解できてるのか分からないけど) 何度も何度も繰り返し読みました。「死は生の対極ではなくその一部」これこの本のメインテーマだ と思うんやけど、生の一部である死に捕らえられてしまった人々とそういう人々を惹きつけてしまう 傾向にある主人公とのやりとりがまたとんでもなく重い。お互いの知人を亡くした喪失感。その喪失 感から相手を救えないし自分も救われない。そうココ。この本がどんよりと重い感じになってると感 じるのは。主人公に救いがない!!いやあるっちゃあるんやけどこう絶対的な救いはない。もがいて もがいてほんとに少〜しだけ前に進んだみたいな感じ。この春樹さんの主人公に対する救いの弱さが 読み終わったあとの切なーぃ感じを呼ぶのね。多分。こんなこと書いてばっかやけど本当にいい本な んですよ。普段ボヤーっとして考えナシの私がちゃんと深く考える時間を与えてくれるのが春樹本で す。たまにノウミソ使わないと溶けちゃうからね。
August 09, 2005
はだしのゲン 今からちょうど60年前の今日、午前11時02分に長崎にプルトニウム爆弾 通称「ファット・マン」が投下されました。これについて私は個人的に感慨深いものがあります。
当初、この「ファット・マン」を積んだB29の第一目標は福岡県の北九州市小倉、私の生まれ故郷でございます。
しかし悪天候で視界不良のため、急遽第二目標であった長崎に変更したのです。長崎でも視界不良のため、中心部は投下できず、少し北よりからの投下でした。広島原爆「リトル・ボーイ」より強力な威力をもつ「ファット・マン」投下による長崎原爆の被害が広島より少なかったのは、このためと、長崎が平地でなかったためだと考えられています。これがもし予定通り小倉に投下されていたら、広島原爆以上の被害を生んだのではといわれています。昔に流行ったヒットソングじゃないですけど、
「外国で飛行機が落ちました。ニュースキャスターは嬉しそうに、『乗客に日本人はいませんでした。』僕は何を思えばいいんだろう?僕は何ていえばいいんだろう?」・・・
『小倉に原爆は投下されませんでした。』私は何を思えばいいんでしょう?何ていえばいいんでしょう?・・・
とにかく2度とこんな悲劇を起こしてはならないということぐらいはわかる。
先だって書いた通り、長崎原爆は広島原爆より規模が小さい。そのためか、関連する書物などもヒロシマ関係が多い。ということでヒロシマ関係の本をここで1冊紹介させてください。。。
「はだしのゲン」漫画です。アニメにもなっていて、小・中学校と夏休みの登校日(必ず8月6日か9日のどちらか)には全校生徒が体育館で観たものです。画像はコミックの4巻。友子ちゃんが亡くなってしまうところです。 作者の実体験をもとに、戦争の悲惨さ、原爆の恐怖が直に伝わってくる漫画です。微妙なオブラートに包まれたような本ではなく、戦争のありのままの形があらわされていて、当時小学生たった私は、夜も寝れなくなるほどでした。 対岸の火事とはよく言ったもので、今では実際の被爆地とその近辺くらいしか真摯に語られないこの悲劇。決して風化させてはならないこの出来事。後世に余すことなく伝えていかなければならない事実。それらがぎっしり詰まった本です。
July 13, 2005
花男 ブログ始めました。ほぼ自己満の日記です。
サイト作っている人って皆そんなもんかもしれんけど
自分を偽ってる節があって、言葉遣いとか疲れる。
ここはそのストレス発散の場とします。
見てる人は楽しくないかも?でもいいんです。自己満やし。
まず、タイトルの由来。高校んとき大好きやった松本大洋さんの
漫画(といいたくないくらい内容の濃い本ばかり)「花男」から。
39話のタイトル「花男氏のおだやかで
ラジカルな日常」からいただきました。
おだやかなのに
ラジカル!慎重かつ大胆、冷静と情熱…
矛盾した言葉のつなぎ合わせっておもしろい。
ラジカルっちゅう言葉の響きも好き。んで、ブログのタイトルにしたわけです。
松本大洋さんの本は絵本見てるみたいに絵がきれいで、話も深い。
「花男」はわりかしライトタッチな感じやけど「青い春」とか
「鉄コン筋クリート」とかすごい。でも「花男」が一番好き。
茂雄の変化がすごいわかりやすくて入り込みやすい。うちのカブも
"さだはる"って名前付けようか?当然ストーブには"てつはる"?
とまぁ長くなってきたのでこのへんで。長島茂雄万歳!!
November 02, 2005
春の雪 一旦、つかのまの眠りに落ちたかのごとく見えた清顕は、急に目をみひらいて、本多の手を求めた。 そしてその手を固く握り締めながら、こう言った。 「今、夢を見ていた。又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」 (本文引用) 三島由紀夫の遺作「豊饒の海」の第一巻。後に続く『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』を通じ、本作主人公である松枝清顕の「転生」を描いた壮大な四部作の「起」となる作品です。 その第一巻『春の雪』が映画化されてしまいました。 『春の雪』は先の「輪廻転生」を仄めかしつつ、 清顕と聡子の決して成就することのない悲恋を 綴ったものですが、原作には、その大筋の話 以外にも多様な事物が盛り込まれています。 日露戦争を背景とする国家思想然り、門跡に よって説かれる唯識論然り・・・ ですが、この映画は清顕と聡子の悲恋の物語に 重きを置いており、「転生」についての話が ほんの少し頭をのぞかせた程度で、三島らしさというものは全く感じ取れませんでした。(2時間半くらいの尺なので仕方ありませんが) ただ、純粋に悲恋の物語としては、大筋物語に忠実で、映像も美しく、 (ウォン・カーウァイの「花様年華」のカメラマンらしい) 行定監督独特の柔らかな雰囲気も心地よかったです。 とりあえず「残念」だったところ ・日露戦争の『戦死者の弔祭』の写真のシーンがない ・飯沼が出てこない(続編『奔馬』はないということか?) ・聡子の父と蓼科の『松枝家への復讐』計画が冒頭で出てきた ・本多が剣道をやっていた ・清顕が妻夫木聡(妻夫木氏は『奔馬』の飯沼勲役こそ似つかわしい) ・聡子が竹内結子(好きな女優さんなんだけど、高貴なイメージではない) 最初に書きましたが、この四部作「豊饒の海」は三島由紀夫の遺作です。 この最終巻『天人五衰』を書き上げた直後に三島氏は壮絶な最後を遂げます。 実際、三島氏が危ぶんだとおりとなった現代の日本で、自分の遺作がこのような形で 公開されている様子を「転生」した三島由紀夫がどこかで見てるのかもしれません。
September 04, 2005
羊をめぐる冒険 「弱さというのは体の中で腐っていくものなんだ。まるで壊疽みたい
にさ。俺は十代の半ばからずっとそれを感じ続けていたんだよ。だからいつも苛立っていた。自分の中で何かが確実に腐っていくというのが、またそれを本人が感じ続けるというのがどういうことか、君にわかるか?」
「もちろん人間はみんな弱さを持っている。しかし本当の弱さというものは本当の強さと同じくらい稀なものなんだ。たえまなく暗闇にひきずりこまれていく弱さというものを君は知らないんだ。そしてそういうものが実際に世の中に存在するのさ。」<本文引用> 村上春樹氏のデビュー作「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」に次ぐ『青春三部作』の完結編「羊をめぐる冒険」。完結編と書きましたが、実は続編「ダンス・ダンス・ダンス」というものがありまして、これについても近いうち記事を書くつもりです。 前2作と違い、ハードボイルド色の強い作品です。物語のクライマックスの舞台は北海道。十二滝町というところなんですが、コレは実在しません。とある情報筋によると十二滝町のモデルは北海道美深町らしいです。日本最北端の稲作地帯であり、当時(70〜80年代)で日本でワースト3に入る赤字路線があったこと(現在は既に廃線)などからそういわれているらしいのです。最近この近辺を車で通過したときはなんだか感慨深い気持ちになったものです。では簡単なあらすじを・・・ 主人公である「僕」に、新しいガールフレンドでもある「美しい耳の彼女」が言う 『あと十分ばかりで大事な電話がかかってくるわよ』 『羊のことよ』 『たくさんの羊と一頭の羊』 『そして冒険が始まるの』 彼女の言ったことは的中する。それは「僕」の旧友でもある北海道へ渡った<鼠>からの手紙と1枚の写真から始まる。一頭の羊をめぐる冒険。 右翼の大物である「先生」、その秘書である「黒スーツの男」、いるかホテルの「支配人」、その父である「羊博士」… 少しずつ情報を手繰り寄せ、「僕」は<鼠>のいる場所へと必然的に導かれていく。そしてついに<鼠>のいる別荘へ…しかしそこで出会ったのは<鼠>ではなく「羊男」と呼ばれる羊の皮をかぶった男だった。 「僕」はこの羊男とのやりとりの中、この冒険の真相に辿り着く。そしてそれは「僕」からすべてを失わせ、この冒険は終わりを告げる。 最初の本文引用は全て<鼠>の言葉です。 でも<鼠>はその自分の弱さを好きだといいます。 このくだりがなんとも切なくて心がざわつきます。 『我々は同じ材料から全くべつのものをつくりあげた』 というくだりから<鼠>は「僕」の一部であるという説もあります。 どうなんでしょう?これは後の「ダンス・ダンス・ダンス」でも少し語られます。その記事を書いたときにもう少し深く考えてみたいと思います。
August 04, 2005
亡国のイージス
守るべき国の形も見えず、いまだ共通した歴史認識さえ持ちえず、責任回避の論法だけが人を動かす。 国家としての顔を持たない国にあって、国防の楯とは笑止。 我らは亡国の楯(イージス)。 偽りの平和に侵された民に、 真実を告げる者。 <本文引用> 一応過大な期待はせずに観にいったつもりなんですが 豪華俳優陣に何かしらの期待を知らず知らずのうちに抱いていたのでしょうか。 どう考えても2時間少々で収まる話ではないし、 人物背景の奥行きがなさ過ぎる。 自分が読み取れなかっただけなのかもしれません。 でも映画自体、どこに「重き」を置いているか解らず、 人物像か、外交上の日本のありかたか、もしくは 莫大な制作費をかけた映像そのものか。 全てが曖昧、不消化のまま終わってしまった感があります。 逆に、小説を読まずに観れば良かったのかな? 小説が非常に良かっただけに残念です。。。
October 12, 2005
夕凪の街 桜の国 わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ 思われたのに生き延びているということ 嬉しい? 十年経ったけど 原爆を落とした人はわたしを見て 「やった!またひとり殺せた」 とちゃんと思うてくれとる? (本文引用) こうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」です。 文化庁メディア芸術祭大賞受賞 主人公らの生活から滲み出てくる原爆の悲壮な影が、強いメッセージ性を伴って戦争を知らない私達の心の深部まで伝わってくるような、そんな作品でした。冒頭は、原爆投下から10年後のともすれば平和ともいえるような日常を柔らかなタッチで描いている作品なんですが、被爆者にとっての本当の意味での平和はまだ訪れていませんでした。現在、あれから60年の時が経過しても「あの瞬間」の苦しみ、悲しみ、痛み…を心と身体に宿しながら生きている人々がいるということを痛感させられます。 このお話はまだ終わりません 何度夕凪が終わっても終わっていません(引用) 私にこの本を紹介して(貸して)くださった室蘭君に感謝すると共に未読の方には是非とも読んでいただきたい一冊です。
July 29, 2005
リリィ・シュシュのすべて
もう既に1つ記事を書いてるけど、カテゴリに映画を
増やしてみた。主に邦画しかUPしないけど。
小説を読んでから映画を見ると大抵裏切られて
しまう気がするのはなぜでしょう??
小説も良いし、映画も良い♪なんて殆ど無い。
そもそも、何百頁にも渡る文章を2時間少々の
尺に収めようっちゅうのが無理な話。ですがっ
この映画は違います。そもそもインターネットの
掲示板発信なので、小説と言えるかどうかは不明
なんですが、まぁ本としても売り出されてるし…
原作者と監督が一緒だからあたりまえといえば
そうなんですがね。。。でも良かったんです♪
まず、舞台が違う。小説はサティを中心として
「事件」後からの謎解き&回想というかたちで描かれてる。
岩井氏も登場したりとこの辺のユニークさがスキだなぁ。
一方映画は蓮見(津坂)雄一を中心とした、小説の回想部分のみがリアルタイムで描かれてる。
これが小説も映画も成功の所以だと勝手に思ってる。深く、その部分だけを丁寧に。。。
小説中の情景描写と、映画中の情景が食い違うはずは無いし。同じ人の作品なんだから。
しかし岩井氏は風景を綺麗に映すなぁ。田園のシーンなんて意味もなく怖くなるくらい。
PICNICとかもそうだったけど「綺麗で怖い」なんだよなぁ。ちなみにこの「怖い」は
自分でも説明がつけられません。何故かそう思うんです。岩井氏本人も言ってますが、
この映画&小説に強いメッセージ性はありません。14歳の少年・少女の「リアル」を岩井節で描いた
ものです。でも観終わった後に何かを考えられずにはいられません。それが何かよくわかりませんが。。。
とにかく良い映画&小説です!!
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