11月3日〜ヤブサメム−チョ〜
 

 近江神宮の流鏑馬。かねてから私は流鏑馬もさることながら弓にも興味を持っていて、一度でいいから見てみたいと思っていました。そこで、流鏑馬が始まるのが午後1時だというのに、午前8時30分には会場に来ていた私。神宮の周りにはゲートボール場しかなかったので神宮をぐるぐると回っていた。
 その間に流鏑馬につかう馬に飾りをつけている場面に出会い、射手と会話する。
 馬は全部で4頭。普段は乗馬クラブで人を乗せているのだそうだ。つまりおとなしい馬なのである。その内の1頭がすこし機嫌が悪い。
 

 飾りをつけ終わってから、馬に乗って「砂利の上を歩く」ことから「練習」が始まる。
馬は、小さい砂利に滑りながらも段々と走る速度を上げていくのだ。
 そのうちに、目で追う事もかなわないほどのスピードで失踪していくのである。射手達もその馬の速さにあやつる事が難しくなっていき、馬・射手共に息を弾ませながらも練習が続いた。
 
 さて、競馬で云うと、短距離系統の馬は1000メートルの全力疾走が限度である。それを超えると馬が転倒し骨折したり、または騎手が馬の減速におっつかなくなって振り落とされたり、と馬・騎手共に命の危険性が生まれてくるのである。その為、レースの際全力疾走するのは、系統によるが、最初であったり途中であったり最後であったりするのである。

 話を戻すと、そうして練習していくうちに「走り方を覚えた」馬と、射手の本当の意味での「練習」が始まる。
 つまり、射手が弓で的に当てるという練習が始まったのだ。流鏑馬の場合、両手を離して弓を射る為、射手のつま先はこびとのくつのような上に曲がった足置きにおかれ、それだけで身体を支えるようになっている。
 まずは、弓を構え、矢を放つことを想定した練習。「的を見る、的の場所を確認する」実際に矢をうたないが、両手を手綱から離して馬を走らせるのである。
 その次に、実際の矢を以て射始めるのだ。

当たり前の話なのかもしれないが、最初の内は的に当たることが少ない。既に全力疾走を始めた馬の上で「弓を構える、的を狙う、そして正確に射る」。このシンプルに見える作業が本当に難しいのだ。
 時には、一度も当たらない為、馬から降りて矢を射る練習をすることもある。

 そして、的がそれぞれの射手に記憶され、馬は走り方を覚え「練習」は終了になる。
この間、飾りをつけるのに1時間。練習約2時間。もの凄く長い時間のように思われた。

 それから、本番が始まり、射手は正確に的を射抜いていく。

 秋の涼しい風のなかで射手と馬だけが、汗と紅潮した顔でどんどんこなしていく。
周囲の歓声が、馬と一体になった射手が通り過ぎるごとに大きくなっていく。

そして落馬。その射手はその朝、私が話をした人である。彼は落馬直後、一度だけ立ち上がりそのまま倒れこんだ。
 その射手が乗っていたのが、あの、気の荒くなっていた馬なのである。

そしてしばらくの沈黙。その射手に代わり、他の射手がまたさらに高度な的を射抜き続けた。

長い長い一日が、目で見る事がかなわない程の速さで過ぎた。




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