蟲 つれづれ

新吉少年の思い出つづり


僕の祖父はとても素晴らしい人だった
夏休みの宿題で昆虫採集をしたときのこと
菓子の空き箱を上手に使って標本箱を作ってくれた
その時の感動は言葉にならない・・・

詳しくは「らぷそでぃ〜」に書いた
(重複するのでここでは省く)

そして僕は本格的に昆虫の標本を作りはじめるのだ・・・

小学校時代(2) - 1968〜1973 -
プロフィール   1968年4月 中黒瀬小学校(※1)入学

※1/卒業まで通った校舎は当時木造二階建てだった。
この頃の印象深い虫は「ハッチョウトンボ」と「ジャコウアゲハ」
ハッチョウトンボ(※2)」は僕の担任となった中本先生(※3)が、
数年前に僕の知り合いに話したところによると
町内でこのトンボを発見した僕の事が当時新聞に載ったらしい
しかし僕は覚えていない・・・

ジャコウアゲハ(※4)」は、僕の自宅近くにしかいなかったので
標本を見た大人の人(多分広島の大学生?)から連絡があり
得意になってその場所を案内したことを覚えている
そのあとお礼にと、とても欲しかった
展翅板(※5)をいただいた

※2/日本一小さなトンボで湿地に局地的に分布する。
※3/現在は別の小学校の校長先生でいらっしゃる。
 ※4/アゲハチョウの一種、局地的に分布する。
※5/蝶の羽を広げて整える標本作整用の道具、木製

p.s 小学6年生の夏、お小遣いをためて買ったドイツ型標本箱は
すでに3箱になり、中本先生は僕の説明を聞いたために
家庭訪問の割り当て時間を大幅に過ぎてしまったのだ・・・

一時は絶滅したと思っていたジャコウアゲハは、数年前再確認し
自宅にウマノスズクサ(食草)を植え、なんとか保護している。
ハッチョウトンボはかつての場所は開発が進み、見られなくなり
別の場所にわずかに生き残っている。
ギフチョウ
(※6)も発見した場所には、いそうになく
30年前の標本のみ残っている・・・

※6/4月頃あらわれる、別名は春の女神

written by t.shinta-9/date.2006.may.7

<<< 前へ 1 2 次へ >>>