新吉少年の思い出つづり
近所の同級生は女の子ばっかりだったので、いつも3才上の
姉の同級生と遊んでいた。
「ろくムシ、いっせんばらりこ、かかし・・・」
地面に棒で線を引くだけでいろんな遊びができた・・・
そんな遊びをいっぱい教えてくれた上級生たちを
ぼくは心のどこかでいつも尊敬していた。
小学校時代(1) -
1968〜1973 -
プロフィール 1968年4月
中黒瀬小学校(※1)へ入学
※1/卒業まで通った校舎は当時木造二階建てだった。
小学校までの道はたいてい歩いて通った。
6年生からは「バス通(※2)OK」だったけれど、途中道草ができる分、
ぼくとしては歩くほうがよかった。
(今は車が多すぎてぼくの子供は1年からバスで通っている)
途中には、とうがき(※3)があり、キボシカミキリやコクワガタがいたりした。
いつもなにか捕まえては学校にもっていって遊んでいたように思う。
大親友となるN崎君とのきっかけは、多分そのあたりに違い無い。
今でも覚えているのはタカシコゾウ(※4)さがし。
共同制作の昆虫紙芝居「クリ太郎」、名前も種類も不可解な
「スーパーカー」。ガの幼虫(?)らしかったがいまだにわからない・・・
※2/バス通学。国道沿いのバス停まで2分の好立地(?)・・・
※3/イチヂクのこと。 ※4/磁鉄鉱。らぷそでぃーにも登場。
いちばん良く遊んだ蟲は、オジロアシナガゾウムシ。
こいつは、クズの茎にしがみついている白黒のゾウムシ。
一見鳥のウンチに見える・・・
ある日教室に持ち込み、机の上に仰向けにした時大発見をした。
前足を机にぴたっとつけると、たちまちその体をブリッジして
起き上がってしまった。
何度もやってみたがすぐ起き上がる。
コメツキムシが跳ねて起き上がることは知っていたけれど
こんな方法は見たことなかった、見事というほかない。
当然ながらこんなことは昆虫図鑑にも書いて無かった。
そんなことがムシキチのはじまりだったのかもしれないなぁ・・・
written by t.shinta-9/date.2004.november.11
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