『天窓』から読み取る残雪の無意識とコンプレックス

                                            杉浦肇(2006年度)

目次

序論   
第一章  死との対峙                                     
 第一節 シャドウとしての「老人」          
 第二節 死の世界                                
第二章  生の苦痛       
 第一節 『天窓』におけるコンプレックス
 第二節 「わたし」の変化             
第三章  生への希望                           
結論   
 
文献リスト     

                                   序論

  残雪の作品と初めて出会ったのは彼女の処女作である『黄泥街』[1]であった。その時、私は小説の難解さに圧倒され、内容を理解することはおろか読み進めることさえも困難であった。初めて読む残雪の作品は不可解の一言であり、未知の作品との出会いによる戸惑いのため読解という読解ができなかったのである。

 残雪の書く小説はそのように難解で読者を苦しめるような作品が大半を占める。その難解さの根源にはオカルト的で奇怪な文章と、現実と非現実の境のような哲学的とも言える内容とがあると言って良いだろう。しかしそれは彼女の小説を難解にしているのと同時に、作品を幻想的で魅力的なものにもしている。残雪の、死を感じさせる不思議でおどろおどろしくとも色鮮やかな文章には、どこかそれを読む者の心を引き込み、揺れ動かす力がある。では、なぜ我々は残雪の作品を難解に感じ、理解することができないと感じてしまうのだろうか。

 この原因としては、近代の日本文学に見られる「どう書くか」ではなく「何を書くか」を念頭におく傾向に我々が慣れてしまっていることが関係しているように思う。「何を書くか」を念頭に置いた作品は、読者に伝えたい明確な狙いが定まっており、それに向かって筋書きが書かれた作品であるため、読者には筆者の意図するものが大変分りやすい。しかし、残雪の小説はこれとは異なる方法で書かれるものである。これは残雪自身がインタビューで「(毎日一時間ほど原稿を書き、その他に買い物や食事などをしている時に小説のことを)考えたことはありません。机の前に座り、文をひとつ書いたとき、次に続く文がどこにあるのかまだ分からないのです。構想など全くありません。大まかな筋もありません。積み重なれば長いものがかけますが、少しだけ思いつけば少しだけ書きます」[2]と言っていることからも分かる。つまり、文学としては全く性質の異なるものであるのに、読者がその他の小説と同じ読み方を、残雪の作品のような「何を書くか」を無意識にして書いた小説でも行おうとしてしまうため、理解することが難しくなってしまうのである。

 前述したように残雪の小説は「何を書くか」を残雪自身の無意識に任せて書いたものである。つまりそれは小説に残雪の無意識の感覚や心情が存在するということである。この事を前提とし、通常の視点からだけでなく、残雪の無意識を読み取るという目的のもと、心理学的な視点から作品を読み解くことが、残雪の作品を理解する手立てとなるのではないだろうか。

 本論文は残雪の1986年に発表された作品である『天窓』[3]の読解を行い、残雪自身について考察するため、心理学的な視点からそこに書かれている無意識の心理と感情にアプローチを試みるものである。『天窓』の一見奇怪な表現にどのような感覚や感情、筆者の意識が溶け込んでいるかを、そして残雪自身の生に対する考えを『天窓』という作品から読み取っていきたい。

第一章 死の世界からの誘惑

第一節 シャドウとしての「老人」 

 生きていくこととは何なのか、なぜ生きていくのか、それは我々が生きていく上で一度は考えることである。しかしそのことについていくら考えても答えは出ない。もしかしたら答えなどというものは始めからないのかも知れないが、我々は考えずにはいられない。この世に生を受け、生きている人間につきつけられる謎である。そして、おそらく残雪自身もこの謎について考え、苦悩してきたであろう。小説『天窓』では、その生の裏返しである、死について語り、理解することによって、生について語っているように感じられる。
 

   わたしの同僚の父親は火葬場の死体焼きだった。一生の大半を死体を焼いて過ごし

  てきたため、全身からその種のにおいがした。ある日彼の家族は、ひそかにしめしあ

  わせてみんなで彼を置き去りにした。彼はひとり淋しく火葬場の墓地のはずれの小屋

  に住んでいたが、わたしの知るかぎりでは、もう十年になる。今朝突然、わたしは彼

  からの奇妙な手紙を受け取った。 (中略)

   わたしには、彼のほのめかしていることがのみこめた。わたしはその葡萄を思い描

  くことができた。その、死人の灰が育てた植物を…… (中略)

   夜中の十二時、大ダンスの鏡のなかに死体焼きの老人が現れた。なんだかもやもや

  っとした気体のようなものだった。彼は鏡の中からわたしに向かって手を差しのべて

  きたが、その手全体から、焦げた肉のにおいがした。

  「待っていたんだな?」

   彼はわたしにいった。その声も不明瞭で、落ちて壊れたトランジスタ・ラジオのようだった。

  「さあ行こう」

   わたしはふと、彼と何かの約束をしていたことを思いだした。[4]

 

 『天窓』の冒頭は「わたしの同僚の父親」の説明から始まる。小説中には同僚については全く説明がなく、登場もしない。その同僚が実在する人物なのかも疑わしいほどである。それにも関わらず「わたし」にはその父親のほのめかしていることがのみこめたという。この「同僚の父親」の姿で現れた、死の世界へと「わたし」を誘うこの人物は誰なのであろう。

 それを考える上でヒントとなるものが、老人の現れた場所と時間である。場所についてであるが、その老人が現れたのは鏡の中である。鏡は自分の姿を映すための物であり、鏡の中から現れた老人は「わたし」自身であるとも言える。しかし、自分が姿を変え、鏡から現れるということは当然現実世界において起こり得ない。それを可能にするのは、老人が現れた時間である。老人は夜に現れた。夜であれば現実の世界では起こらないことを我々も見たり体験したりすることができる。それは夜の夢の中である。つまりこの老人の出現は、夜の夢の中での自らとの遭遇であると言い換えられるのである。

 しかし、姿の全く異なった死を感じさせる人物が「わたし」自身であるとはいったいどういうことなのであろう。また「わたし」はなぜ夢で「わたし」と遭遇しなければならなかったのか。これは、夢の持つ意味を心理学に求めることで理解できる。

 夢は自我の一面性を補う意味を持って出現することがある[5]という。つまり自我を補うために「わたし」は夢を見て、その補うべき対象と遭遇したのである。この、姿の全く異なる、補うべき対象である「老人」は「わたし」のシャドウ(影)であると考えることができる。シャドウとは心理学の用語であり、ユング心理学によると「その個人の意識によって生きられなかった半面、その個人が認容しがたいと思っている心的内容[6]」のことである。そして、その死を感じさせる老人の姿をしたシャドウの意味するものは作者である残雪自身について考えると理解することができる。残雪の生い立ちについては後述するが、幼い頃より迫害され、死に触れて育った残雪は、「死」というものを無意識に封印して生きてきた。残雪の幼少からの自我形成の過程において、「死」というものは常に側に存在しており、残雪の自我はその成長過程において、認容することのできなかった「死」を無意識下に閉じ込めてきたと考えられる。そうして生きてきた残雪と共に、彼女の無意識の下で育ったのが「死」を象徴する老人のシャドウなのである。つまりこのシャドウと「わたし」の対峙は、残雪自身の内部の葛藤であり、残雪が自我の中にシャドウを統合してゆく過程であるといえるのである。しかし「死」という強大なシャドウを自我に統合するということは容易な作業ではない。影は「影と自我との間に交流がなさすぎるときは、影はより暗く、より強くなり、自我への反逆を企てる」[7]ことがあるという。「天窓」における「わたし」のシャドウである「老人」は時には生の陰鬱さを説き、時には生をあざけわらい、自我を取り込もうと「わたし」をほのめかしてくる。そんな強大なシャドウと「わたし」はどのように対峙し、自我へと取り込んでゆくのだろうか。

第二節 死の世界

 死の象徴であるシャドウとの対峙のため「わたし」は死の世界へと足を踏み入れる。それは夢の世界であり、残雪自身の無意識の世界である。


  「足元は浮き橋だよ」

   いわれてみればたしかに足元の地面が浮いているような気がする。それに、サラサ

  ラと水の流れる音もかすかに聞こえる。 (中略)

   わたしがツルリと滑ると、二列の歯のようなものが足の指に噛みついてきた。だが

  それはすぐさま離れ、下の方からフッフッフッという不気味な笑い声とにくにくしげ

  に罵る声と、ヒステリックな叫びが聞こえてきた。そしてこの喧騒の間中、目覚まし

  時計がひとつ、リンリンと鳴りつづけていた。[8]

 

 浮き橋のような場所を老人に案内され「わたし」は浮き橋を移動する。足場の不安定な浮き橋は生と死の世界をつなぐ橋と言えるだろう。足元からはそちらの世界に引きずり込まんとばかりに歯のようなものが噛み付いてきて、不気味な笑い声と罵りの声やヒステリックな叫びが聞こえてくる。そして目覚まし時計が鳴り続けている。それは人生の時を刻む時計が、何かの時がきたのを告げているのではないか。それはすなわち死の時である。

 

   老人は達者な足取りで、飛ぶように歩いた。わたしはハアハアと喘ぎながらようや

  く後についていった。光の暈が二つ見えた。わたしたちはそれに向かって想像もつか

  ない速さで駆けていった。光の暈に近づくにつれて、わたしの目はくらみ、足はしび

  れた。ギィーッっとドアの音がして、すべてが消え失せた。

  「上がっておいで」

   老人は宙に浮かんでいた。声はあいかわらずしわがれて、喉元はヒューヒューと鋭

  い音をたてていた。そっと足を踏み出してみると、わたしも暗い虚空に浮いた。

  (中略)

  「あの移動する光、あれは時間が慌ただしくすぎていくのさ」

   老人は歯をきしらせ、ききづらい声でいった。[9] 

 慣れたように先を進む老人の後に続き、光の暈に向かって「想像もつかない速さ」で駆けていく「わたし」は、身体の感覚を麻痺させて、慌しくすぎる時間を超えた世界へと辿り着く。そこは妙に現実の世界に似た、髑髏の浮かぶ異様な死の世界である。ふつう我々は死の世界というと地獄などを思い浮かべるが、夢で見る世界が現実と非現実の織り交ざった不思議なものであるのと同様、残雪の小説に描かれる死の世界は妙に現実的であり、その現実感を伴った死の世界は「わたし」が、死を身近に感じていたことを表しているのである。そんな死の世界で「わたし」の死との対峙が始まるの。
   緑の光がまた現れた。はじめは二つの点だったが、しだいに大きくなり、さっきよ

  りいっそうまぶしく、いっそう激しく揺れ動いた。

  「おい、ほら、どいて!」

   光の暈がまた二つの点に収斂すると、黒い影がさっとそばを掠めた。なんと一匹の

  大きな夜鳥だった。

   それは奇怪な憤怒の叫びをあげると天窓にとびかかり、大きな翼で激しく屋根を打

  って雷のような音を轟かせた。

  「人肉を食う鳥だ」

   老人がいった彼がほほえんでいるのが、わたしにはわかった。

  「こいつの見込みちがいさ。夜が明けたらあんたを天窓のところに連れてって、素晴

  らしいものをみせてやろう」[10]

  老人が「わたし」の「死」の象徴のシャドウであるのと同様、襲いかかってきた死肉を食うという恐ろしい大きな野鳥も「死」の象徴である。しかし、野鳥は「老人」よりもさらに荒々しい死の象徴である。その野鳥は突然やって来て「わたし」を待ち構え、隙を見せるとすぐ襲い掛かってくるかのような恐ろしい存在である。確かに「死」というものは人間に突然降りかかるものであるが、これを、常に側で待ち構えているかのような不気味な野鳥に象徴させたことは残雪にとっての死を考える上で大変興味深いことである。 

   彼はかすかないびきをかき始めた。だがわたしは眠るまいともがいていた。今横に

  なっている虚空から転落したら、底無しの深淵に落ちていくような気がしたのだ。老

  人はさかんに寝返りをうち、骨をギシギシ鳴らしていた。まるでこの虚空が背中にあ

  たって痛いとでもいうように。わたしは夜通し輾転反側していたが、やがてライラッ

  クの花びらにたまった夜露が、ひそやかにしたたり落ちていくのが見えた。[11]

 「わたし」は死の世界で必死に眠るまいともがいている。死の世界と触れたことで眠るということに恐怖を覚えたのだろう。まさに「虚空から転落したら、底無しの深遠に落ちていくような気がした」という言葉そのままである。これは幼い子供が夜を恐れ眠れなくなる感覚と似ており。残雪自身の幼い頃に感じたその、暗黒の夜の感覚であろう。 

  「さあ、のぼっておいで」

   彼はわたしを手招きし、謎めいた笑いを浮かべた。

   わたしたちは杉皮ぶきの屋根に身を乗り出した。彼はわたしをひょいとつつき、霧

  のたちこめた空中をあちこち指さしてみせた。

  「わしの宝物を見ておくれ。見えるかい?左手一面にきらきら光っている真珠が・・・・・・。

  右手にあるのはみんな種無しの葡萄だ」

   葡萄などあるものか!わたしは、何も見えないといった。霧の他には・・・・・・・。だが

  彼はとりあわなかった。

  「この墓地には年中孤独の風が吹いている。ときには黄砂をまじえ、豪雨のように屋

  根を打つ。古い柏の木の下で聞けば、風の音は一段と大きく、まるで威嚇しようとし

  ているようだ。わしはもう、風の中に独り立つことになれてしまった。そんなとき、

  この世界はがらんとしている。ときたまカラスが一羽、目の前を斜めにかすめていく

  だけだ。さっき、あんたが寝ているときにもう、クスの木の枝の、あの最後の蝉の絶

  唱が聞こえた。めったにないことだった。そいつは歌い終えると、たちまち透明なむ

  くろになった。最後のひとつの音節のときだ。さてさて、あんたも何か言いなさいよ」[12] 

 天窓から老人に誘われ死の世界をのぞき見る。老人には光っている真珠や種無しの葡萄が見えるというが「わたし」には霧のほかには何も見ることができない。「わたし」がこの世界に不慣れなために見ることができないのだろうか、それとも孤独な世界に一人閉じ込められた老人にのみ見える光景なのだろうか。死の世界は孤独な風が威嚇するように吹いているという。がらんとした孤独な世界、それが死の世界である。しかし、生きることも不安で苦痛をともなう生の世界に比べたら魅力なのかもしれない。そして「わたし」は老人にうながされ、自分の生について語りだす。

第二章  生の苦痛

  第一節 「天窓」におけるコンプレックス 

 「わたし」はたたみかけるように老人にそれまでの人生について話し出す。それは長い間に蓄積された、生きていくことの苦悩であろうか。ここで「わたし」の語る内容は理性に抑圧された、夢の中や文学でのみ語ることを許された不満であるように思える。残雪の「生に対する感覚」を考える上でこの「わたし」の長い語りは重要である。 

   「わたし?わたしは生まれるとすぐ、小便桶に投げ込まれたわ。小便に漬かったも

  のだから、大きくなっても目玉はとびだしているし、首はぐにゃぐにゃ、頭はボール

  みたいに腫れあがっている。半生の間、有毒な空気を吸ってきたから、肋骨は結核

  菌にむしばまれてもうがらん洞なの。父は梅毒患者で、鼻は潰れてぞっとするような

  二つの小さな穴になっている。それに母・・・・・・[13] 

 生まれるとすぐ小便桶に投げ込まれて育ったという「わたし」の生まれは、残雪の生まれの苦痛そのままであろう。生の苦痛は生まれの環境だけではない。ぞっとするような顔をした梅毒患者の父、そして言葉にすることすらできない母に象徴される両親の存在である。残雪にとって、幼少の頃よりの両親の存在の大きさはコンプレックスといっても良いほどに強大なものだったであろう。残雪の小説を読み解く上で、この両親へのコンプレックスと「死」の体験を理解することは不可欠であると言って良い。

 コンプレックスという用語を現在用いられているような意味で、最初に用いたのはユングである。ユング心理学によるとコンプレックスとは「多くの心的内容が同一の感情によって一つのまとまりをかたちづくり(中略)無意識内に存在して、何らかの感情によって結ばれている心的内容の集まり」[14]である。そしてこのコンプレックスを形作る核となる典型的なものが心的外傷である。残雪のコンプレックスの核にある心的外傷は、その生い立ちと無関係ではないだろう。

 残雪の両親はともに湖南省出身の革命派であったが、五十七年の反右派闘争で「反党集団の頭目」のレッテルを貼られ、父は労働救護、母は労働改造の身となってしまう。親を失った子供たちは母方の祖母によって育てられる。五十九年には新聞社内の住居を追われ、一人当たりの一ヶ月の生活費が十元にも満たないような困窮と、折からの「自然災害」による食糧難のため一家は生死をさまよう。上が原因であろうか祖母が浮腫で他界する。六十六年の小学校の卒業の年に文化大革命が始まる。父は私設監獄、母は五・七幹部学校、他の兄弟はみな農村へ下放させられ、離れ離れとなった。残雪は中学へも進学できず、市内の監獄に入れられていた父に差し入れをしながらの、一人暮らしを余儀なくされて育ったのである。六十八年に父、七十二年に母が戻ってくるが二人ともひどく健康を害していたという。[15][16]

 社会から疎外されて育った残雪を苦しめたのは、生まれの環境だけではない。その両親はいずれも気性のはげしい「恐ろしく強い」人間で、子供たちを徹底的に抑えつけていた[17]という。そのように社会からの疎外と、両親からの抑圧の二重の苦しみが幼い残雪の心に心的外傷をもたらしたのであろう。その苦しみは一般の人には想像することすら困難な苦しみであり、その想像の範疇を超えた苦しみも残雪の小説をわからなくさせる原因の一つであろう。

 では具体的にそのコンプレックスについて見ていく事にしよう。 

   窓をあけると、瓦礫の山の陰に母がどっかりとしゃがみこんでいるのが見えた。彼

  女は苦しげに喘ぎながら大便をしているところだった。瓦礫の上にはあちこちにかわ

  らにんじんが群がり茂っており、母は痛みで狂ったように、たえまなくそれを引き抜

  いては放り出していた。[18]

 どっかりと瓦礫の山にしゃがみこみ大便をし、痛みで狂ったようにかわらにんじんを放り出すおぞましい母親の姿には「わたし」の憎悪さえ感じる。母親に対する敵対心は、幼い頃にその愛情を得られず、欲したが故のコンプレックスによるものであろう。そして母親は、その「わたし」のコンプレックスを投影するスクリーンの役割を果たしているとも考えることができる。投影とは「自分の内部にあるコンプレックスを認知することを避け、それを外部の何かに投影し、外的なものとして認知する」[19]ものであり、投影は自分の両親や兄弟にも起こることがあるのである[20].。そして「親から自立しようとする傾向が生じてくるときは、親の否定的な面が見えてくるために、親の像と影はしばしば融合してしまって、自分の親が途方もない悪者のように意識される」[21]ことが起こりやすいのである。つまり、これは抑圧され無意識下に封印されたコンプレックスを、現実にいる母親に投影した結果が、母親への憎悪と言えるのである。この憎悪は母親本人に向けられている感情のようであるが、実は自分のコンプレックスに対してのものであり、これも自らのコンプレックスを認知していく過程なのである。 

   屋根の上には梅毒末期の父が、膿腫のようにすわっていた。糖尿病に苛まれ、今に

  も死にそうなでっぷりした母もいた。二人は身を支えあいながら、多くの屋根瓦を踏

  み崩していた。弟たちはその上を猿のように這いまわっており、彼らのあの空虚で透

  明な腹腔の中では、巨大な胃が痙攣しながら緑色の液体を滲み出させていた。彼らは

  みな、うつろな白っぽい目で燃えるような空をにらみながら、ぎこちなく、何かを待

  ち望むような手振りをした。 わたしがちょっと口を動かし、何かを叫ぼうとすると、

  目の前はまたたちまちぼやけてしまった。

  「『ママ』、あんたは、『マーマ』といいたいんだな」

   老人が一字一字区切りながらうんざりしたようにいった。[22] 

 遠く隔たった死の世界から見る家族は相変わらず憎たらしい様子である。しかしここでの表現には家族に対する「わたし」の憎悪が感じられないことに注意したい。うつろな目で空をにらみ、ぎこちなく何かを待ち望むような家族に向けられるのはむしろ「わたし」の哀れみである。これは「わたし」が、普段の世界から離れた死の世界から自らのコンプレックスと距離をとって向き合ったためであると考えられる。

 その結果「わたし」は不意に家族に向かって何かを叫ぼうとする。「わたし」にはそれが何なのか分からず、目の前がぼやけて叫ぶことができないが、シャドウである老人には「わたし」が『マーマ』と言おうとしたことが分かったのである。これは「わたし」の、コンプレックスの下に押し込められた母親への愛情が顔を除かせたものと理解できる。またこの芽生えは、愛情を背景としたコンプレックスとの対決の始まりでもある。

  「あれがわしの母親さ。寂しがり屋だから、夜な夜なその下から這いだしてきて狩り

  をするんだ。脳味噌はもう、アリに食われてがらんどうさ。ほら、ポンポンポンポン

  ポン、ポンポンポンポンポン!あんな風に夜通し踊るのさ。まったく驚くべき情欲だ

  よ。ちょっと荒っぽいだろう?母は昔からそうだった。わしはずっと彼女を恐れてい

  た。もう大丈夫だけどね。わしは優柔不断なたちで人に嫌われていたから、いつも母

  を見習おうと思っていたものさ、一生涯、無駄な努力をしてしまった。」[23] 

 一方、「なれなかった自分」であるシャドウはすでに母親との決別を済ませている。老人は母親を冷静な目で見ており恐れも振り払っている。これもまた「わたし」の無意識の願望でもあり、可能性でもあるといえる。コンプレックスの解消にはそれとの対決が不可欠であるが、コンプレックスというもの自体が、自我が認容しがたかったものであるため、それとの対決は容易なことではない。コンプレックスは通常ある程度の安定性と総合性を保ちながら、それをおびやかさないようにコンプレックスを抑圧していることが多く、この安定を改変するには自我を破壊してしまわない程度の爆発を必要とするのである[24]。コンプレックスへの自我の抑圧からの開放をし、その安定性を破壊するトリックスターと呼ばれる役割を果たしていくのはシャドウである老人である。コンプレックスを解消している先駆者でもある老人に導かれるように、「わたし」はコンプレックスと対決し解消する道を進むのである。 

   戸がまた開き、浴槽に入れられた母が押しだされてきた。顔は血まみれで、

  高くかかげた手には白髪の大きな束が握られていたが、そこには頭皮が転々とこびり

  ついていた。彼女は叫ぶことができなかった。声は喉の骨でふさがれていた。浴槽は

  深く、彼女は這いだそうとするたびに失敗した。[25] 

 母親は以前と大きく異なり、弱々しい姿をしている。手に握られた白髪は老いの象徴であるし、そのうるさい口は喉からふさがれている。さらに深い浴槽に閉じ込められ、出られなくなっている点にも注目したい。これは、これまでのシャドウとの対峙により、内的な価値観が変化したため母親の姿にも変化が生じたためである。そしてこの老いて、喉がふさがり這い出そうともがく母の姿は、晩年に半死半生で帰ってきた残雪自身の母親の姿とも言えるのかもしれない。どちらにしても「わたし」は母親の姿を遠くから冷静に見て、それへのコンプレックスを認知しているのである。 

  「わたしの母は浴槽にすわっていたわ。頭の皮は全部むけていた」

   わたしは新しいできごとについて語っていた。それは若芽のようにわたしの肺の中 

  に育ち、胸一杯に膨れあがっていた。

  「おお、マーマ」彼がひやかすようにいった。[26] 

 「わたし」にとって新しいできごとを語ることは大きい意味を持っていたに違いない。それまでの母親のイメージは、憎くおぞましい巨大な母親であった。その母親の変わりきった姿は、まさに誰かに話したくてたまらないような姿で、彼女自身驚きだったのであろう。そんな母親の姿を老人に話すと「わたし」の中では何かが新しく芽生えていく。その芽生えは、コンプレックスと対決し、生きていくことへの不安の芽生えかもしれない。そんな独り立ちへの不安を抱く「わたし」を見て老人はそれをすぐ察知し「おお、マーマ」と冷やかすのである。

 ここでコンプレックスの解消から少し話を戻して、「わたし」とシャドウとの対峙を見てみることにしよう。

第二節 生の世界 

 老人の出現によって「わたし」は死との対峙を果たした。死について考えるということは、その裏返しで生について考えることである。シャドウである老人は死について語り、「わたし」自身は生について語る。人は自分があたりまえだと思っていることを、他人に向けて語ることは自らが知らなかったことの再発見や再確認をすることができる。そしてそれは「わたし」にとっては生の世界の確認であり、自分が生きていることの意味の発見への道なのである。 

   わたしの家は一面の廃墟の中にある。そこには一軒のがらんとした古屋があって、

  あの一帯で唯一の家なの。わたしと家族の者たちはそこに寝起きしている。昼はみん

  なで廃墟にいって屑鉄拾いをする。だれも弱みを見せず、くたくたになるまで拾う。

  夜になれば、わたしたちは鼠みたいに古屋の中を走り回り、いちばん暗くて身を隠し

  やすい場所にもぐりこもうとする。少し休みたいと、わたしはずっと思っていた。[27] 

 死との対峙をし、葛藤する「わたし」は最後にどちらかを選ばなければならない。それには死の世界を知るということだけでなく「わたし」が生きている世界はどのようなものであったかを再確認しなければならない。

 「わたし」にとって社会から切り離された廃墟にある古屋で、辛いはずであるのに弱みを見せない強い家族と生きていくことはひどい苦痛だったのであろう。「わたし」はその世界から抜け出して休みたいと願ったのである。これはそのまま残雪の幼い頃の生の記憶であると言え、幼い頃より生に苦痛を感じ、死の世界を意識していたことを指すのである。 

  「ここにうつ伏せになってひと眠りしたいんだが、かまわんだろうね?ここは本当に

  静かだ。もう、横たわる場所も決めてある。あの葡萄の木立の下、池のすぐわきだ。

  あの池の水は誰も飲んだことがない。カラスの他には・・・・・・。わしと一緒に横になり

  にくる者も幾人かいるに違いない。わしはたくさんの穴を掘っておいた。ある日、彼

  らがやってくる。一人の娘を先頭にして。彼らはひざをついて池の水を飲み、それか

  らあの穴の中に倒れるんだ。穴の底にはナギナタコウジュが敷いてある。あんたはあ  

  の冬の夜長を耐え忍んだことがあるかね?」

  「わたしは凍傷の足の指をたえまなくこすっていたわ。さもないとひとはすぐに氷の

  柱になってしまうから」

  「氷にとざされた墓地では、赤リスの舞踏がある。火のように赤い尻尾が、まるで雪

  の原に燃える大きな蝋燭のようだ。ティンティンティンティントン、ティンティンティンティントン!

   彼は指で杉の皮を叩きながら眠ってしまった。口もとには終始、謎の微笑が浮かんでいた。

   わたしは天窓から一日身を乗りだして、かなたの廃墟の動静をうかがっていた。[28] 

 老人と「わたし」との会話であるが、老人は「わたし」を死の甘美さでもって誘惑してくる。死の世界でナギナタコウジュが敷き詰められた穴の中に倒れこむことは即ち、死を意味することである。そして穴の中に倒れこむときには、自分だけではなく他の者も幾人かやってくると「わたし」を安心させるかのように言う。

 老人がそうまでして穴に倒れこもうとするのは、冬の夜長に耐えることができないからであろうか。永遠と思えるほどに長く続く暗黒の夜は死よりも残雪にとって恐ろしいものだったのである。

 安易に死へ逃れようとする老人に対して、実際の「わたし」はそうすることができなかった。「わたし」にできたのは、ただ夜に飲み込まれないように耐えて、凍傷の足の指をたえまなくこすることだけだった。

 老人はそんな「わたし」を後悔させるかのように死の甘美さを幻想的に説く。夜に凍える「わたし」に、赤リスの舞踏はどれだけ魅力的であったことだろうか。そして老人は言うだけ言うと謎の微笑を浮かべて眠ってしまう。「わたし」は後悔するかのように自分の世界である廃墟の動静をうかがうのであった。 

   ・・・野鳥の瞳はまだ宙に浮かんでおり、大きくなったり小さくなったり、信号で

  も出しているかのようだった。ここには偽りの危険の匂いが漂っていた。わたしはそ

  れをかぎつけると、気落ちして顔もあげられなかった。「あいつはわしから目を放そう

  としない。わしの身体から腐肉のにおいでもするのだろうか。ここではあらゆるもの

  が最後の最後まで生きのびようとする。 (中略)

   ・・・真昼の太陽がシャクナゲに照りつけ、短い、小さな影を落としていた。突然、

  ザクロの木が見えた。目覚まし時計が地の底でカチカチと幾度か針を進め、また止ま

  った。天地の間はまた死の境地に入った。わしはまた、たちまちのうちに考えを変えた

  「あなた、だれ?」

  「墓地でトンネルを掘ってるおいぼれさ。ここではあらゆるものが生きのびようとす

  るんだ。ついに透明なむくろになり、叩けばポンポンと音がするようになるまでな。  

  あんたはさっき一輪の水仙を摘もうとした。上には白雲、まわりにはシャクナゲ、風

  は永劫に吹き、目覚まし時計はリンリンと鳴りわたる。今にザクロの木が赤土の上  

  に伸び、幻の花が枝いっぱいに咲き乱れるのが見えるさ」[29] 

 「わたし」は死の世界で偽りの危険の匂いを感じる。それは死の世界の寂しさ、冷たさと同じように「わたし」を幻滅させるものだった。苦痛の生の世界からみた死は甘美なものであったに違いない。しかし、こうして対峙することによって死のまた別な側面にも気づくことができたのである。それは老人がためらっていたことからも分かる。死へと向かおうと穴をたくさん掘ってはいたが実際に死へと向かうことはできなかった。なぜならシャドウは、真昼の太陽がシャクナゲに照りつける、生のまた別な風景を知っていたからである。真昼の太陽が照り付けると、生の時間を刻む目覚まし時計が地の底でカチカチと幾度か針を進めてしまうのである。太陽が消えればすぐに再び死の境地へと戻ってしまうが、確かに真昼の太陽がシャドウである老人を思いとどまらせていたのである。

 そんな老人に自分の影を感じた「わたし」は不思議に思い老人に誰かと尋ねる。老人は自らのシャドウなので当然のことなのであるが、夢を見ている本人は、そこに自らのシャドウが現れているという自覚はないのでごく自然なことである。しかし「わたし」が、シャドウとの共通性を見つけだしたということは、自我のもとにシャドウが統合されていくステップでもある。

 老人によると死の世界ではあらゆるものが生きのびようとすると言う。死の世界にも関わらずあらゆるものが生きのびようとするのは不思議なことであるが、老人が死にきれないのと同様に他のものもみな死にきれないのだろう。そうだとすると結局は生の世界も死の世界も同じなのである。

 ここまでに「わたし」は、生が苦痛で絶望的であるのと同様に、死もまた、甘美で安息をもたらすものではなく、孤独な冷たい世界であることを知る。対等な立場で死と対峙することを通して、生きることさえ苦痛であった世界から、半ば憧れのような目で見ていた死の世界が、実は偽りで満ちた世界であることを知ったのである。これは「わたし」の、死を自我に統合する過程において大きい意味を持つ。そして「わたし」は死を自我に統合する最終段階へと進むのである。

第三章  生への希望

 「わたし」はそれでも生きている。自分を生へとつなぎ止めているものは何なのだろう。それは人がなぜ生きるのかという課題への答えなのかもしれない。老人との対峙の中で「わたし」は生の何を見出していったのだろう。 

   わたしは夏の盛りにここに来たのを覚えている。麦わら帽子をかぶって・・・・・・

  白いブラウスが燃えるようにまぶしかった。

   わたしはここに、きのこ狩りに来たのだ。手にはバスケットを持っていた。

   あちこち探しているうちに、目にものもらいができた。目覚まし時計がカチカチと

  無常に時をきざみ、半生が過ぎ去ってしまった。

   わたしは赤く腫れた目を懸命に見ひらいた。地面は赤トンボの死骸でいっぱいだっ

  た。潅木の茂みの中では野良猫が哀しげに鳴いていた。[30] 

 「わたし」は過去に死と対峙している。白という色は色彩学によると、混じりものがないという感じから潔白、素朴、神聖、純潔、清浄を意味する色である。また、この色は純粋な清々しさを持っているが、一面堅さがある色でもある[31]。過去の「わたし」が燃えるようにまぶしい白いブラウスを着ていたということ、これはつまり過去の自らの純粋さ、またそこからくる無知さや若さを指すものと思われる。だが「わたし」は若かった時より半生がすぎ、汚れた世間を見てきてしまった。その間に目にはものもらいができ、目は見にくくなっていく。しかしそのような状態でも「わたし」は見ることを諦めなかった。腫れた目から見える世界は死骸でいっぱいの世界。そんな死骸でいっぱいの生の世界で「わたし」は何を見出したのだろう。 

   雷鳴がしだいに近づいてきた。老人は一本のイチョウの木の下に横たわっていた。

  両足はすでに透明になりかけていた。人肉を食う野鳥は木の枝にとまり、眼光を弱め

  ていた。彼は一段と深い夢の境地に浸っていた。その夢は紫色をしていたにちがいな

  い。彼の頭上には紫の光がゆらめいていたのだから。わたしは彼の夢に入っていくこ

  とができなかった。成長した若芽のせいで、肺が窒息しそうに苦しかった。[32] 

 雷鳴は目覚めの時が近づきつつあるのを表してでもいるのだろうか。老人は横たわり、足が透明になりかけている。これは「わたし」がシャドウである「老人」を自我に統合しつつあることを表している。さらに恐ろしい死の象徴でもある野鳥もその眼光を弱めている。老人は紫の夢をみている。紫は意気消沈した不幸な情緒と結びつく色でもあり、シャドウの気持ちを表しているのだろう[33]。「わたし」は生について、そして死について理解しつつあるのだ。「わたし」の肺には謎の若芽が成長している。「わたし」が死を受け入れることによって、死を意識して生きていくということへの不安が成長したのであろう。これは前向きな成長である。 

   明け方わたしが目覚めると、遠くの鐘の音がひびいてきた。ゴ−ン、ゴーン、ゴー

  ンと全部で三回、きちんとそろった音だ。古屋にはなんと鐘があった。鐘をついたの

  はわたしの父だったが、なんとも滑稽なことだった。わたしがここに来るまでは、あ

  の鐘は地下室に置いてあり、ぶあつい青かびが生えていたのだ。ある晴れた日に、わ

  たしはそれを運んで日に干そうとして、足の指をつぶしたものだ。

   彼らはたしかに鐘を鳴らした、全部で三回。鐘をついたのはわたしの父だ。鐘の音でそれとわかる。

  「彼らは鐘をついたわ」

   わたしはいった。[34] 

 なぜ父親は鐘をついたのだろう。「わたし」を呼び止めるためだとでもいうのだろうか。「わたし」にとっての家族、特に両親は「恐ろしく強い」存在であったかもしれない。しかし、確かに「わたし」の中には「わたし」を呼び止めようと鐘を撞く父親も存在するのである。「わたし」はそんな父の姿を滑稽と感じてはいるが、やはりそのような父親の存在が驚きだったのであろう。それは弱い母を自分の中に発見した時と同じ驚きである。それを表すかのように「わたし」は再度鐘を撞く家族の存在を確認するように復唱するである。

 既に述べたことだが、コンプレックスの解消に必要なのは愛情を背景とした対決であり、ごまかしのない対話であるという[35]。つまり、ここまでの物語はシャドウの自我への統合への物語であると共に、家族への愛情を背景としたコンプレックスとの対決の物語と言えるのである。家族とのコンプレックスの解消において大きい役割(トリックスター)をしたのはシャドウである老人である。残雪にとって生死を考えることと、両親へのコンプレックスを認知し解消することは密接に関係しており、その二つについて考えることが、その両方の解決へとつながっていくのである。 

   「あんたも同じ虹をみたことがあるね。あのころ、わしは電柱の下であんたを観察

  したことがあるんだ。あんたの目は、ふたつの氷の玉になった。あの種の感覚は絶対

  の真実だよ。冷たい風が吹きつけてきたとき、わしらは荒れた板の上を行く二つの黒

  い影だった。互いに無関係に、孤独に歩んでいた」

  「天井板に赤い光が揺れ、ひとつの物語が灰塵の中に残る。わたしには、それがどん

  なに苦しいことかわかるわ。そしてあの永劫の寂しさも」

   わたしの喉は痛みでぴくぴく震えた。[36]

  「わしらは荒れた板の上を行く二つの黒い影だった。」は、「わたし」が死と共に歩んでいた幼い頃を指しているのだろう。その時に感じたという感覚とそこに吹く冷たい死の風。

それこそまさに幼い頃の残雪の感じた死の感覚であろう。しかし残雪その時に感じた死を無意識の元へと収め、生きてきた。そうして生きてきて得たものは生きていくことの苦しさや永劫に続くとも感じられる寂しさであったに違いない。しかし、彼女が得たものはそれだけではなかった。 

  「彼らは『新年おめでとう』というのかい!?」

   老人は喉元にこみあげるひそかな笑いと眉間の憂いをこらえた。

  「そんなのは大したことじゃないわ。それより、これを知ってるでしょう。林の中を

  一羽の蝶が飛んでいて、太陽の下、羽は緋のしゅすのように光っていた。彼女は随分

  長い間飛んでいた。夜、わたしは彼女が地面に墜落するあの澄んだ、心地よい音を聞

  いた。星影はほの暗く、林はすすり泣いていた。あなたは夢の中で目から血をしたた

  らせたわ」

  「新年おめでとう!新年おめでとう!」

   老人はぶつぶつつぶやきながら草の山から這いだし、ぬかるんだ道に深い足跡をつ

  けていった。[37] 

 「新年おめでとう」という言葉が、死を忘れ、一年一年とただ生きのびることを喜ぶ他人を皮肉った言葉であることが、その愚かさを嘲るようにこみ上げてきた老人の笑いと、憂いから分かる。しかし「わたし」はそんな言葉にも動じることはない、なぜなら「わたし」は生きていく意味を、生きてきたことで知っていたからである。

 林の中を飛ぶ一羽の蝶は人間の一生を例えたものと考えられる。「わたし」は、人間が太陽の下で輝いて生き、そして死んでいく時の心地よい澄んだ音を知っているというのである。これこそ「わたし」が生きていくことで得た感覚であり、その最後の心地よい音を聞くことが残雪が生きていく意味と言えるのである。 

   それはわたしの末の弟で、一夜にしてモグラの尻尾と毛を生やしていた。彼の退化

  した記憶の中では、わたしの影はおぼろにかすんでいた。彼はよだれを流しながら、

  ある種の薄黄色の情緒をとらえようと努力していたが、ついに、あるつかみどころの

  ない考えに駆られて、地下室からここまで這ってきたのだった。母は地下室の木桶の

  上にすわり、ある奇妙な、聞いたころともない名前を小声で唱えていた。彼女は溶け

  つつあった。黒くて細いひとすじの流れが彼女の足元から逃げだし、窓に突進してい

  った。父はまた鐘をつきはじめた。おかしなへっぴり腰で。ゴーン、ゴーン、ゴーン、

  全部で三回、少し脅えたように三回つくと、彼は鉄錘を放りだした。片方の目がたち

  まち盲いた。竹の子が膨れ、私の胸は痛んだ。[38] 

 再び家族が登場するが、「わたし」から見た家族はあまりに弱々しいものだった。それは「わたし」の死との対峙の成果かもしれない。コンプレックスの解消には、何らかの死の体験が必要であるという[39]。つまり内面的にコンプレックスを殺す自覚を持つことで、自覚を通じ、自分の中に統合するという作業が不可欠なのである。つまり、「わたし」には内面化された、両親の死が必要であった。「わたし」の内部で、弟は退化しモグラになり果て、父親は脅えたように鐘を撞く。そして一番のコンプレックスであった母親は、小声で名前をつぶやきながら溶けつつある。これは、「わたし」の家族への内的な改変である。しかし「わたし」にとってコンプレックスを解消することは容易なことではなく、殺すには至らない。これは残雪の両親へのコンプレックスの大きさを表しているといえ、小説『汚水の上の石鹸の泡』[40]においても、母親を殺しきれなかったことなどからそれを窺い知ることができる。しかし、この対決によってコンプレックスを打ち負かしたということは「わたし」にとって大きい意味を持つ。溶けつつある母親から逃げた黒くて細いひとすじの流れは「わたし」の見た、母親の弱さであるのかもしれない。 

   ここはこんなにもがらんとして静まりかえっている。それにあの種の風。

   天には偽りの星が満ち、さまよっている。

   ペチカはすでに暖まり、もうひとつの物語が灰色のきのこ状の煙に凝結している。

   たくさんの人たちが瓦礫の山をおりてきて、石炭がらの道を古屋にむかって歩いて  

  いった。彼らのうしろ姿は細く長く漂い、足どりもふわふわと定まらなかった。廃墟

  には他にもいくつかの家があり、幾人かの人がいたのだ。わたしは何年も前に、その

  ことを忘れてしまっていた。赤みがかかった街灯が点滅し、電灯の笠は冷たい霧の中

  でチリチリと音をたてた。地面には銀色の霜がおりていた。ひとりの痩せっぽちが口

  笛を吹きはじめると、赤黄色の炎がめらめらとガラスに燃えあがり、ひとすじの湯気

  が、またあの影像をぼやかしてしまった。青苔がびっしり生えた壁には多くの影がゆ

  らめき、家はギシギシと揺れ、軒のツララはパラパラと落ちていった。

   老人は急速に凍って、透明な氷の塊になった。夜鳥も眠ってしまった。[41] 

 そして「わたし」の死の世界との決別の時が来る。それはシャドウの自我への統合の時である。気がつくと、死の世界であると思っていた場所にはたくさんの人が現れ、街灯に灯りがともる。赤黄色の炎によって死のガラスの世界は融かされていき、湯気によって死の影はぼやかされる。軒のツララがパラパラと落ち、生の世界が融けて行くにつれ、老人は凍り、氷の塊になってしまう。そして恐ろしい死の象徴である野鳥も眠りにつくのである 

   わたしはガラスの世界の白い光を突きぬけ、せかせかと歩いていった。

  「おい、偽装しようというのか?」

   灰色の服の人物が林のはずれでわたしを遮った。その人物には頭が無く、声は胸の

  中でウォンウォンと反響していた。

   背後にチャリンチャリンという音が響いた。あの世界が今、砕けているのだ。

  「いいえ、ちがうわ。わたしはただ、下着をひとそろい取り替え、靴を一足取り替え、

  それから髪の毛をきちんと整えたいだけ。簡単なことよ。できれば、蝶の標本も作り

  たい。あの赤い蝶の。冬の夜、あの足音にじっと耳を傾け、アオギリの物語を納得が

  いくまで考えるの。外は真っ暗で家のなかも真っ暗。わたしは氷のように冷たい指で

  マッチを探り、四回、五回と擦って、震える火をともすの。大勢の人が窓の外をフワ

  フワと通り過ぎていく。大勢の人が……。手を伸ばせばすぐ、彼らの身体に触れるこ

  とができる。彼らの頬をかじれば、ひそかな快感を覚える。わたしは暗い夜に最後の

  一瞬まですわりつづけるのよ。冷たい笑みを浮かべ、辛酸の笑みを浮かべて・・・・・・。

  そのときランプの火は消え、鐘の音は長く尾を引いて鳴る」

   わたしはついに自分の声に酔いしれていた。それは柔和で優美な低い声で、永劫に

  絶えることなく、わたしの耳に語りかけてくる。[42] 

 「わたし」は死の世界を旅立つ。死の世界のはずれで「わたし」に灰色の服の人物が、自らを偽って生きていくのではないかと問いかける。その人物に顔がないことや、胸の中で反響していることなどから、灰色の服の男は、私の別な意識であると言え、その問いかけはもう一人の「わたし」による自問と言える。「わたし」はもう生きていくことを決めたのが偽りでない事を知っている。「わたし」は生の世界で死の足音を感じ、生と死の物語を納得がいくまで考え、真っ暗闇をマッチを擦ってともし、そばを通り過ぎていく大勢の人に時には触れ、時にはかじりつき、冷たい笑みや辛酸の笑みを浮かべて最後の時が来るまで座り続けるのである。死との統合を経た「わたし」の自我は死を恐れず、また生にしがみつくこともせず、最後に死が来るのを待つのである。澄んだ、心地よい音を聞くために。これは残雪自身の望みであろう。

結論

 意識の下に閉じ込められたものを明らかにして乗り越えるということは容易なことではない。残雪は自らの自我の下に抑圧された死生観やコンプレックスの具現化、それとの対峙の場を文学に求めた。読者は前提としてその作品が残雪の無意識の世界から湧き出ていることを理解し、読まなければならない。序論において残雪の小説は難解であると述べたが、この前提が残雪の小説の理解を阻む壁なのである。

 しかし、無意識を読み解くといっても自分の無意識を自我に統合し、それを知ることの難しさことに比べれば、他人の無意識の自我への統合の物語を読み取ることははるかに簡単な作業である。つまり残雪が無意識を夢という形で表現しているという前提を理解し、その自我にあるものを理解することで、我々は彼女の心を知ることができるのである。

 残雪の夢を読み解く上で大切なのはまず、残雪の記憶や生い立ち、そして記憶に残る風景などの夢の背景を知ることである。残雪の生い立ちとその家族関係についてはすでに各章で述べたとおりである。他に、残雪の作品に大きく影響を与えているものに残雪が幼い頃に見た南(長沙)の風景がある。様々な思い出と共に記憶に残る、南のまぶしい太陽が小説の原風景に影響を与えており度々登場する。『天窓』においても、「わたし」が夏の盛りに麦わら帽子をかぶり、燃えるようにまぶしい白いブラウスを着ていた様子や、真昼の太陽がシャクナゲに照りつける鮮やかなイメージが描かれている。これらは自らの生そのものとして描かれるものである。そして彼女の記憶に生の象徴としての昼があるからこそ、その一方に死を象徴する夜が存在するのである。昼の太陽がまぶしければまぶしいほど、夜は暗さを増し、恐ろしいものへと成りえたのである。残雪は「美しい南の夏の日」[43]という随筆で次のように述べている。 

   ・・・あの頃、夜の闇のなかで私の小さな心臓は胸の中で躍っていた。耳を澄ませ、

  隣室で響く鼾をじっと聞いていた。独りきりで誰も助けてはくれないのだという恐怖

  感が私を捕らえた。心の中には、それゆえに温かくやさしい同情心が芽生えた。家の

  外に連綿と続くなだらかな山並みや満天の星を見て、私は生まれて初めて不思議なこ

  と、恐ろしいことを連想した。わたしは真夜中に目を覚ましたくなかった。目が醒め

  てしまうと、すぐさま自分を無理やり寝かしつけた、朝になり東に昇る太陽が空を

  明るく染める頃、私は裸足のままでうれしさをこらえきれずに跳ね回った。

  ・・・これら(小説)すべての裏側にあって、私の奮い立つ情緒を支えるのはあの

  美しい南の夏であり、南の夏の烈日、あの暑さと明るさの境地なのだ。少女だった頃、

  帽子もかぶらず靴も履かないで炎天下を長いこと歩いていると、嬉しさととりとめの

  ない想像に満ちてくることが幾度となくあった。[44] 

 そして夢の背景を理解した上で、残雪の心を理解するのに注意しなくてはならないのはその夢に出てくる登場人物である。夢に出てくる人物は、一人ひとりはそれぞれ勝手に行動し、発言しているように見える。しかし「自分」という一人の人間を構成するものは自分一人ではない。他人からの期待、信頼、拒否、その他もろもろ総和の中で、一貫性をそなえた「自分」が構成されている[45]のであり、ふつう夢の中でそれらは「自分」から分離されるものなのである。つまり夢の中に出てくる「わたし」および他の人物全てが「わたし」であると言う事ができるのである[46]。つまり、その登場人物を残雪自身の構成要素と読むことで、読者は残雪の心を知ることができるのである。さらに、その登場人物の中には夢を見る本人も自覚していない無意識の構成要素があるものであり、その人物に注目することで、無意識を知ることもできるのである。

 これらの視点に立って読んだ『天窓』は、コンプレックスの克服と死の自我への統合の物語と読むことができる。コンプレックスの克服は死の克服と密接に関係しており、死を自我に統合するその過程において、両親への恐れを取り払い、コンプレックスとの対決によって、内的に小さくすることに成功する。そして死の自我への統合は、生を見直し、死への神聖視を解き、死ぬことのできない自分を認め、両親へのコンプレックスを乗り越えるという過程によって、生を最後まで見届けるという生きる目的を再発見し、その統合に成功するのである。

 しかし残雪のコンプレックスは、両親の内的な死を経ていないなど、完全に消滅したわけではない。死の統合についても、生き抜いて最後の時を見届けるという選択をした以上、再びその周りに死の恐怖が渦巻くことは否定できない。事実、残雪が母殺しの作品を書き続けている。つまり、これらの強大で深い無意識は残雪の自我に完全にのみこまれず、その心に残るものであり、残雪が生きる限りまた徐々に膨れて湧き出てくるのである。つまり残雪の創作活動は、徐々に大きく成長し強力になっていく、自我によって受け入れがたい死の経験やコンプレックスなどの心的内容を、自我の安定をはかるため、外へと吐き出す活動といえる。そして残雪の創作活動は永劫とも続く時の中で、繰り返し、繰り返し、自らの無意識を作品に書き出していくことで、「死」と「コンプレックス」が完全に自我に統合していく日まで続いていくのである。


――――――――――

 

[1] 残雪『黄泥街』近藤直子訳(河出書房新社、1992年)。

[2] 鷲巣益美「残雪と「汚水に浮かんだ石鹸の泡」」『夏天』創刊準備号(19919月)、52頁。

[3] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(198802月)、69-87頁。

[4] 同上 69頁。

[5] 河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)、105頁を参照

[6] 河合隼雄『ユング心理学入門』(岩波書店、1994年)、66頁。 

[7] 同上 71頁。

[8] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、70-71頁。

[9] 同上 71-72頁。

[10] 同上 72頁。 

[11] 同上 73頁。 

[12] 同上 73-74頁。 

[13] 同上 74頁。

[14] 河合隼雄『ユング心理学入門』(岩波書店、1994年)、34頁。

[15] 近藤直子『残雪―夜の語り手』(河出書房、1995年)、65-72頁を参照

[16] 鷲巣益美「残雪と「汚水に浮かんだ石鹸の泡」」『夏天』創刊準備号(19919月)、53-54を参照

[17] 近藤直子『残雪―夜の語り手』(河出書房、1995年)、66頁を参照

[18] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、69頁。

[19] 河合隼雄『ユング心理学入門』(岩波書店、1994年)、40頁。

[20] 河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)、240頁を参照

[21] 同上 240頁。

[22] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、75-76頁。

[23] 同上 80頁。

[24] 河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)、87頁を参照

[25] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、77頁。

[26] 同上 81頁。

[27] 同上 74頁。

[28] 同上 76-77頁。

[29] 同上 80-81頁。

[30] 同上 82頁。

[31] 三浦寛三『色彩学理論』(創文社、1979年)、122頁。

[32] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、82頁。

[33] 三浦寛三『色彩学理論』(創文社、1979年)、122頁。

[34] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、83頁。

[35] 河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)、86を参照

[36] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、83-84頁。

[37] 同上 84頁。

[38] 同上 85頁。

[39] 河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)、92-99を参照

[40] 残雪「汚水に浮かんだ石鹸の泡」鷲巣益美訳『夏天』創刊準備号(19919月)、57-62頁。

[41] 残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、85-86頁。

[42] 同上 86-87頁。

[43] 残雪「美しい南の夏の日」、原題「美麗南方之夏天」『中国』第十期(1986年)

[44] 同上

[45] 河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)、337を参照

[46] 同上 337を参照

参考文献

――――――――――

一次資料

残雪『短篇小説全集 従未描述過的夢境』作家出版

残雪「美しい南の夏の日」、原題「美麗南方之夏天」『中国』第十期(1986年)

残雪「天窓」近藤直子『季刊中国現代小説』4号(19882月)、69-87頁。

残雪『蒼老たる浮雲』近藤直子訳(河出書房新社1989年)。

残雪「汚水に浮かんだ石鹸の泡」鷲巣益美訳『夏天』創刊準備号(19919月)、57-62頁。

残雪『カッコウが鳴くあの一瞬』近藤直子訳(河出書房新社1991年)。

残雪『黄泥街』近藤直子(河出書房新社、1992年)。

残雪『廊下に植えた林檎の木』近藤直子・鷲巣益美訳(河出書房新社、1995年)。

残雪『突囲表演』近藤直子(文芸春秋、1997年)。

残雪『魂の城 カフカ解読』近藤直子訳(平凡社、2005年)。

――――――――――

二次資料

 

河合隼雄『ユング心理学入門』(岩波書店、1994年)。

河合隼雄『コンプレックスと人間』(岩波書店、2001年)。

近藤直子『残雪―夜の語り手』(河出書房、1995年)。

近藤直子「子殺しと親殺し」『研究紀要』(日本大学文理学部人文科学研究所)第59号(20001月)。

近藤直子「残雪の否定」『研究紀要』(日本大学文理学部人文科学研究所)第61号(20011月)。

清水彬朗・松田誠思編訳『オカルトの心理学』(サイマル出版会、1989年)。

千々岩英彰『色を心で視る』(福村出版1984年)。

西田虎一『色彩心理学』(造形社、1981年)。

松岡武『色彩とパーソナリティ』(金子書房、1983年)。

三浦寛三『色彩学理論』(創文社、1979年)。