残雪と「伝説の中の宝」に対する考察

                                                                  古川正浩 2010年
  
          目次
 ・はじめに
 1.「伝説の中の宝」(1)における考察
 2.「伝説の中の宝」(2)における考察
 3.「伝説の中の宝」(3)における考察
 ・おわりに
 4.注
  5.文献リスト 
    
                                                                                
 ~はじめに~

 わたしが初めて「残雪」の名を目にした時、ふと思い出したのは、小学校高学年くらいの頃に国語の授業で読んだ「大造じいさんとガン」1という話だった。その話に出てくる主なキャラクターは題名にもあるように老齢の猟師の「大造じいさん」と、彼が獲物とするある一羽のガン。そのガンは群れのリーダーなのだが、実はその両翼の一部に雪のように白い羽毛が生えていることから、猟師たちの間で「残雪」と呼ばれているのだ。無論、作者の「椋鳩十」2氏はヨハンナ・スピリ(『アルプスの少女ハイジ』の作者)やエマソン、ツルゲーネフといった環境保護や自然愛を唱えた「ディープ・エコロジー」の思想家などの影響を受けているので、残雪とは全く接点がない。しかしわたしは思う。少々強引な解釈ではあるが、この話に登場するガンの「残雪」とわたしが現在注目している中国人作家の残雪はある意味似ているかもしれない、と。何処が似ているのかといわれれば、それは至極単純なもの。普通とは「違う」ところだ。ガンの「残雪」でいえば、野鳥なら大概かかってしまうような猟師の罠を悉く破る賢さがあるのと、作家の残雪でいえば、その何を目的として書いたのかが不明な一種独特の文体である。要するにわたしが言いたいのは、どちらも常識の中にある非常識な存在であるということだ。わたしは何も非常識であることを非難しているわけではない。むしろその逆で、こういった既存の枠組みに捉われない「異質」な存在をわたしは大いに気に入っている。
 大学生になって初めて中国語文学に触れてから、これまで様々な世界観を持つ中国人作家の作品を読んで来たが、残雪のような奇想天外で常識など知ったことかと言わんばかりの独自性に溢れた作家に出会ったのは生まれて初めてだった。それもそのはず、残雪の研究に携わるようになってから知ったことだが、残雪本人は世間の人の眼に映る前提で、つまり自分の作品を売る為に執筆しているのではないのだ。当然残雪をよく知る人でなければこのような事実に困惑させられるばかりだろう、わたしもその例に洩れず。だが、大学生である今のわたしには何となく分かる気がする。ひょっとしたら、この残雪という中国人作家のスタイルこそが真の物書きの姿なのではないだろうか。やはり何かを書くという立場にあるのなら、それが趣味であれ仕事であれ、自分の好きなように書きたいものだ。そんな作家たる自由意思を体現したような残雪という存在を、わたしはこれから文章を綴りつつ、じっくり考察していきたいと思う。

1.「伝説の中の宝」(1)における考察

 出だしにあるように、先ずこの物語の主人公は「田(ティエン)じいさん」という一人の老人である。舞台となるのは、「山」や「クワ」、そして「野良仕事」などの如何にも農夫が畑を耕しているイメージが浮かぶ単語から、ビル群のひしめく都会から全くかけ離れた田舎であることが分かる。さて、この田じいさんは生産隊3から小さい山を分けてもらったわけだが、その念願というのが何と先祖が戦乱の時代に隠したらしい銀貨宝玉の詰まった宝箱の発掘という、かなり突飛なものなのだ。加えてその山に掘りに行くという行為自体は、実は田じいさんが初めてではなく、今から約50年前、つまり田じいさんの小さい頃にじいさんの父親が既に行っていて、専ら茅(ちがや)4という植物の中をあちこち掘り返し、妻(じいさんの母親)が飯時に呼ぶ声にも答えないくらいだったそうだ。そして両親の死後、結婚して二人の息子をもうけ、その息子達も結婚し子供が生まれ、じいさんは現在の老人の姿となった。若い頃は食うことで精一杯だったせいか、息子達が毎月生活を支援してくれてのんびり出来るようにもなったせいか、この時じいさんの幼い頃に封じ込めていた欲望は遂に解き放たれ、それはあたかも生前の父親の行動をなぞるかの様である。
 無論、幾ら長年溜め込んでいた夢を叶える機会を得たからといって、それを周囲の人間が許すわけがない。父親の時はどうだったのかは分からないが、少なくとも田じいさんの女房はいい感情を持ってはいない。仕事をしないならまだしも、もはや村中の噂となっており、やれ「病気」だの、やれ盗掘による金儲けだのと騒がれているのだから当然である。何よりも驚くことに、女房は田じいさんが山へ掘りに行く理由を知らないのだ。お互いの胸の内を知らないまま、女房はじいさんを懲らしめようとするのだが、嫁(上の息子の)の口から何と息子までが山へ掘りに行ったことを知る。あまりにも理不尽な状況に姑(女房)が弱っていると、突然一緒にいた孫に田じいさんが自分の名前(二秀アルシウ)を呼んでいると教えられる。ようやく自分にも聞こえるようになったと思ったら、今度は孫が「聞こえなかった」という。いったいどっちが本当なのだろう。
 ところ変わって、こちらは田じいさんと上の息子。どのくらい作業をしていたのか、二人とも煙草を吹かしながら疲れ切っている様子だ。先に口を開いたのは田じいさんで、敏菊(ミンチウ、上の息子)に嫁が怒っているだろうから家に帰れという。それに対して敏菊は、その言葉に納得がいかないようで、じぶんにとってこの発掘作業が疲れるものなのに何故か止められないと返す。痩せてひ弱らしい敏菊を見ていて田じいさんにこみ上げてくるのは、土地が分配される際に、嫁たちの少しでも多く田んぼを貰って実入りを増やしたいという要求を押し退けてまで山を離さなかった己の疾しさだった。よくもまあそんな我儘を通せたものだと思われるほど悪条件の山だ。荒山であり、土の質が悪くまともな植物は何一つ植えられないくらい酷いものなのだ。
 田じいさんは、敏菊の状況にもかかわらず積極的な台詞によって回想から覚める。と同時にじいさんは、生前の父親の癖や山での行動を思い出し、作業の手掛かりとした。それでも何の収穫もなかったが。昼過ぎに合流しようと言って茅の中に敏菊が消えたところから、現在の田じいさんの発掘作業に敏菊が加わる経緯が明らかになる。ある日いつものようにじいさんが山で作業をしていると、背後の茅の中から土を掘る音が聞こえる。最初は山の産物の所有権を持つ他の家の奴だと警戒したが、なかなか姿を現さないので探しに行くと、そこにいたのがあの敏菊だった。何をしているのかと聞けば、田じいさんの作業が何かは知らないが面白そうなので真似してみた、と至極単純な理由だ。もう自分一人の秘密には出来ないと観念したのか、じいさんは父祖伝来だという物語を敏菊にしてやり、こうして二人の共同作業が始まったというわけだ。しかしこれが良くなかった。
 敏菊の若く気短かで変わり易い性格のせいで、二人はしょっちゅう口論となり、作業に心底嫌気がさすどころか、敏菊の存在そのものを疎ましく思うことさえある。ただそれでも、田じいさんは敏菊が作業に加わってくれたことに満足し、前より集中力が高まった。
 やがて日がとっぷり暮れた頃にじいさんが家に帰ると、室内が真っ暗。不思議に思って部屋に入れば、女房が暗闇の中から分かるような分からないようなことを言う。仕事をせずになにやら意味不明な発掘作業に明け暮れているじいさんの行動に遂に限界が来たのだろうか。嘘か本当か、先祖の声が止まないと言って女房が明かりを点けないまま田じいさんは食事を済ませる。再び訳の分からないことを言ってキセルを燃やしてしまった女房にじいさんが苛立っていると、戸口に一人の背の高い男が立っている。じいさんが誰かと問うと、男はその言葉に怒ったように自分はあなたのいとこの息子だと言った。得体の知れない恐怖に怯えた自分を恥じながら田じいさんが男の顔を見るも、彼はいとこの息子では全くなく、これまで見たことがない人物だった。しかし声を聞く限りやはりいとこの息子なのだ。
 歳のせいで目が霞んだのかとじいさんが思っていると、いつの間にかやって来た女房がじいさんのズボンの裾を引っ張り、先ほどの先祖の声を出したのがこの人だというのだ。すると男は、まだ一箇所掘ってない場所があり、それは山の入口のところだと言う。それに対して田じいさんがわざと落ち着き払って返答すると、何故か男の口調がめっきり悩ましげになり、それによってじいさんに妙な悲しみが湧いた。男ともっと話をしたいと思うようになるが、女房に必死に掴まれて動けずやっと振り切った時には、男はじいさんの呼ぶ声も聞かず去ってしまった。その後、よほどあの男が怖かったのか、女房は就寝中に何度も驚いて目を覚ましたりじいさんに声が聞こえたかと尋ねたりし、更に「何もかもあんたのせいだ」とまで言ってきた。朝になって田じいさんが目を覚まして見たのは、むくんだ顔で髪を梳かす女房の姿。ここに来てようやく我に返ったのか、じいさんの頭の中に浮かんだのは大きな「一家滅亡」の文字だった。
 そこで田じいさんは今日は山へ行かず家で地ならしをしようというが、女房にあんたの代わりに敏菊が行くだろうとあっさり返されてしまう。やはり山への思いが強いのか、じいさんは自分でも知らない内に山へと向かっていた。山の上に着くと、下の方で敏菊が山を下りて行くのが見え、一晩山を掘り続けられるその若さに羨ましさを覚える。これまで比較的冷やかな仲ではあったが、敏菊は自分に似過ぎていると思っているじいさん。この部分から、あの発掘作業は親から子へ受け継がれる、というより遺伝しているようなものに感じられる。こうなれば序盤にもあったように、もはや「病気」である。実際じいさんは敏菊に対して実は既に宝を見つけていて、それを一人で鑑賞しているのではないかと不信感を抱いてさえいるのだから。被害妄想ばかりが浮かんで、そんな己の感情に嫌気がさした田じいさんは、敏菊がいつか掘ったという穴を探し始めた。まだ疑念が拭い去れないのか、じいさんは心の中で敏菊に対し、何か進展があったはずなのになぜ自分に話してくれないのかとこぼす。夕方になってじいさんが帰宅すると、何と敏菊と嫁が笑い合いながら家事をしている。その理由は嫁によって昼間の敏菊に対する判断と共に解かれた。彼女が蹴った足元の粗末な銅の香炉こそが、じいさんの推測した「重大な異変」だったのだ。貧乏人のくせにこんな物の為に時間を費やしてと嫁に叱られた二人は大層気まずい思いをする。
 すったもんだあったが、これでひとまず田じいさんの「宝探し」は幕を閉じたことになる。再開はあるのかどうか、そこが見どころである。

2.「伝説の中の宝」(2)における考察

 最初の「唐辛子の花が咲くころ」5の部分から、物語の季節は「夏」だということが窺える。あの「宝探し」の騒動から一体どうなったのかは分からないが、また奇妙な出来事が起きているようだ。それは女房の二秀が畑で田じいさんに向かって口にしたことで、何をしようとしているのかは知らないが確かにある人がじいさんの後をつけているというのだ。
 じいさんもその存在には気づいていたようで、それに対して今まで心の中でもやもやと溜め込んでいたものが、二秀にはっきり言われたことで音を立てるくらいに形を成してしまったのだ。その「ある人」が最初に現れたのは、田じいさんが湖地区にいた時期の頃で、幽霊のようにふっと表れてすぐ消え失せたのだ。
 しかし当時じいさんはその人と二秀の間に取引めいたものがあるのを微かに感じ、その上二秀に聞いても何も聞き出せないだろうことも分かっていた。そんな秘密めいたやり取りを目撃したせいなのか、或いはそれ以前からあったことなのか、じいさんがよくぼうっとしていると二秀が自分の祖先よりもなお古い存在のような気がしてくるという。一度彼女が腰を屈めて野菜を洗っていた時など、彼女の水中に舞う両手が一節一節骨に変わるのが見えたほどだ。
 その正体不明の人物が現れたことで、当然ただでさえ生活が困窮している田じいさんは気が重くて仕方がない。どうやらその人が現れたのは今が初めてではなく、この二十年ずっと付かず離れずじいさんの後をつけているらしく、先ほどの二秀の件も然り、息子の敏菊も何度か出くわしているのだ。ただし、じいさん本人はその人とまだ顔を合わせたことがない。そもそも「後をつけている」などという不気味な表現を用いていることから、この「ある人」は間違いなく幽霊ではないのだろうか。現にある日じいさんと敏菊が夜半まで山にいた時に、二人して木の茂みの中に黄色い光を見ていて、その光は移動しながら離れては近づきと「ある人」と似たような動きをしていたのだ。その時にじいさんは敏菊が既にその人にあっていたことを知り、もっと詳しく聞こうとしたのだが、何故か鼻であしらわれてしまったので落胆し、長いこと敏菊と一緒に山に行かなかった。どうにもままならない状況に田じいさんは、全ての元凶とばかりに自分の父親を呪い始めた。「毎日のようにまわりで波風を立てるとは」ということは、じいさんは「ある人」の正体が父親の亡霊だと思っているのかもしれない。何を根拠にとは言えないが、それ以外に考えつかないし、第一山へ掘りに行くという作業を始めたのは、今までの文章の内容からじいさんの父親としか判断できないのだ。生前の父親と田じいさんの関係はどうだったのかといえば、現在のじいさんと敏菊の関係同様ずっと冷淡だったが、それは無関心というより冷やかに傍観しているという感じだったという。
 そんな関係の中、無意識の内に自分の未来における分析能力を信じて父親の一挙一動を心に刻んだじいさんだったが、結果は父親のやることなすことを一番分かっていないのがじいさんだというものだった。じいさんが思うに、実際は父親自身他意はなく、ただ祖先の理念に従ってことを運んでいたに過ぎないのだ。父親の存在はそれこそ楔のように現在にまで及び、じいさんも一時は二秀を父親が自分の人生に打ち込んだ釘なのだと考えざるを得なかったようだ。何故なら、実は二秀は父親が家に連れ帰った「童養媳(トンヤンシー)」」6だからだ。
 この頃田じいさんは湖地区に住んでいたようで、その時にマラリアにかかっていた。なんとか生き延びられたのは、二秀が忙しく立ち回ったおかげのようだが、じいさんには彼女が張り切って外にいる誰かと何か駆け引きのようなものをしているのが感じられたという。彼女は一体どこの誰と何を話していたのだろうか。その後じいさん一家は劣悪な環境から逃れる為か、掘立小屋を離れて故郷に帰った。ただ少しの未練もない二秀と違って、その頃まだ物心のついていなかった敏菊の方は地獄ともいえる前の生活を恋しがった。故郷に戻った現在でも己の祖先の求めるものが理解出来ないじいさん。ただ一つ分かっていることといえば、自分は安逸な日々を過ごすことが許せず、二秀も敏菊も同様にそれを感じ取って気をぴんと張り詰め力比べをしていることだけだ。
 次の件でも二秀の田じいさんに対する長年の生活の中で溜まりに溜まった不満をぶちまけるシーンが出てくる。時刻は夜中で、じいさんとは別の部屋で寝ているらしく、わざわざランプを持ってじいさんの部屋の寝床に向かって言っているのだ。その不満をくどくど言われているじいさん当人はというと、初めは誰か年寄りの男かと思ったようだ。恐らく夢見心地のじいさんには判別不能のようであるが、取りあえず目を開けて二秀だとようやく気づく。しかし二秀はそれ以上言うつもりはないのか、すぐに自分の部屋に戻ってしまった。睡眠状態でもじいさんには二秀の言い分は伝わっていたようで、それは声ではなく文字として心の中に残ったという。昨夜に言われたことを夢だったことにして済ませようとしたじいさんだが、そうは問屋がおろさない。翌朝の食卓でも二秀はああだこうだと不満たらたらで、たまらずじいさんが言い返すとじいさんの知らないことを持ち出してにわかに上機嫌になる。二秀との格の違いにじいさんが辟易していると、庭から敏菊の嫁の泣く声がしてくる。しかし二秀が行くと嫁はすぐに泣き止み、しばらくすると二人で大笑いしている。どうも田じいさんの家族環境はかなり複雑なようで、特に敏菊は弟に対して憎しみでいっぱいなのだ。それは生まれ故郷であるあの湖地区での生活が起因しているらしく、毎日金儲けのことばかり考えていたという。敏菊にとって現在の数畝7の畑でかつかつの暮らしを維持するだけでは物足りず、かといって弟と同じ河砂運びなどしようものなら、心の中の渇望が消え失せてしまうのだ。しかし幾ら敏菊が日々熱い期待の中にいるからといって、嫁までやりきれなさそうな様子に隠れて胸算用をしているとはどういうことだろう。
 ある日のこと、田じいさんは今の山に執着する生活を捨てようと決め、身だしなみを整えて弟の家に出掛ける。しかしじいさんのそんな目論見は最初から潰えそうな予感がする。じいさん自身は弟の家に長居せずに気分転換のつもりだったようだが、弟はじいさんを全く歓迎していないからだ。それもそのはず、十五キロ離れたこの隣村でもじいさんの噂は絶えず、敏菊に至っては家を壊そうとしたとまで騒がれているのだ。それらは単なるデマに過ぎなかったが、結局弟との関係は最悪になってしまった。弟について回想しながらじいさんが部屋から出てきた弟にこの村にも一つ伝説があり、宝は自分のところにあるという。しかしそれでもじいさんは歩みを止めずに出て行き、道すがら子供の頃のことを思い返していた。これらのことから鑑みるに、じいさんの父親は何を考えているのかわからない計り知れない人物だったのかもしれない。自分の子を置き去りにしたり養子に出したりしたのだからそう考えざるを得ない。家に戻ったじいさんは、二秀から敏菊が昨夜からいないことを聞かされる。いつの間にか帰宅して食事をとる敏菊に明日も山へ行くのかと尋ねるが、「さあね」とそっけない返事が返るだけだった。しばらくして裏庭から敏菊を呼ぶ年老いた声が聞こえたが、敏菊本人は面倒くさいとかなり聞き飽きている様子だ。最後にじいさんの家と敏菊の家がまるで申し合わせたように灯りを消す様は、何だかじいさん一人を暗闇の世界に孤立させるかのような感じがしてくる。いや、じいさんが気づいてないだけで、あの発掘作業を始めた頃からそうだったのかもしれない。

3.「伝説の中の宝」(3)における考察

 最初からはっきりしているのは、この話は第一章の終盤直後から始まっているということだ。しかし何故田じいさんは落日の方へ顔を向けたのだろう。その方向にあった「高く大きな古いあずまや」は何やら謎めいた存在だ。しかしじいさんには分かっていた。同じくあずまやの周りを飛んでいた蝙蝠も、じいさんの祖先が残した夢を織っているのだという。何とも奇妙なものだ。そしてじいさんがうたた寝をしていくところから、過去の話へと入っていく。その頃の田じいさんは血気盛んな人だったらしく、二秀と敏菊を連れて外に生計の道を探しに行っていた。行った先の農場というのは、これ以降の内容を見る限り、かつてじいさんが地獄のような暮らしをしていたという、あの湖地区ではないのだろうか。毎日烈日にさらされ、稲田が一望無限に広がり、湖水も果てしない所は以前よりも良好な環境に思える。だが実際じいさんはそこで、たった一夏働いただけで持ちこたえられなくなり、再びマラリアの発作を起こしたのだ。その時聞こえてきたのは、物語の随所で見られた老人の声である。
 だいたい三日目あたりの明け方、二秀が田じいさんに言うことには、宝箱の話ばかりする「あの人」は、死んでも自分達一家を見逃さず、今もまだ外で待っているのだそうだ。じいさんがその「あの人」が誰なのかを尋ねると、何故か二秀はぎくりと飛びあがって外に出てってしまった。その後寝返りを打ちながら見たじいさんの夢の内容もまた不可思議なものだった。この夢の中のじいさんは鳥になっているようで、目の前には今にも自分を捕えんとする、まるで雀を引っ掛ける為の罠を大きくしたようなものがあり、仕掛け人の男まで見えている。己の現状をじいさんが嘆いた途端夢が覚め、時刻はもう黄昏時。意識がはっきりしたところで二秀に宝箱のことを聞くが、彼女はさっき自分から言い出したくせに言ってないと否定し、じいさんをぼけ扱いする。二秀が田じいさんの記憶を否定するのはこれが初めてではなく、半年であった湖地区の生活も「覚えていない」の一点張りなのだ。病床のじいさんだけでなく敏菊の面倒も見なければならないほど忙しかったのだが、そんな彼女の答えにじいさん自身はいつも焦らされている気がする。それでも二秀の文句から伝わってくるのは、何が何でも家族を守ろうとする必死さである。でなければ、あの農場を「鬼門」と評したり、じいさんを呼んだあの声の正体が亡霊だと断じたり、知人も馴染みの者もいない自分達を構う奴などいないと説いたりはしないだろう。
 一方、敏菊も敏菊で生まれ故郷である湖地区に別な思い出があるようで、田家の屋敷に帰ってからも長いこと夢見るようなことを話題にし、越えればすぐだという山をしょっちゅう眺めていたほどだ。その思いの発露なのか、ある日敏菊は二秀の目を盗んで一人山に行ってしまった。日も暮れる頃に田じいさんと二秀がようやく見つけると、敏菊は何も考えずただ「あの人」、つまり「宝を埋めた人」を待っていたのだという。敏菊とのこのような会話は二人とも初めてのようで、当然ながら奇妙で不安な気持ちにさせられる。こういう昔の細々としたことは、田じいさんを苛み、数十年分の記憶を混乱させることになった。
 とここで舞台は冒頭のあの少し不気味なあずまやに戻る。先の回想の名残だろう、じいさんは目端が利いてどんどん羽振りが良くなる下の息子とは対照的に、石頭で田んぼを守り食っていくのもやっとな敏菊のことを思った。嫉妬や僻みから嫁が弟の家を訪ねるのを許さず、文中で何度も見られたが、むしゃくしゃすればすぐ人を殴るのだから気性の荒さが分かる。じいさんは、湖地区でのあの地獄ともいえる一時期を持ちこたえていれば、あんな場所でも根を下ろすことは出来たのではないかと思う。敏菊が先祖伝来の話を知っているということは、じいさんか二秀にしか見えないはずの例の老人の姿も見たことがあるかもしれないのだ。その証明であるかのように、じいさんは時たま敏菊の顔に陰気さや眼底の奇怪な閃光を観察し、彼が決して幼いころの記憶を忘れていないのを感じ、いつその渇望が実現するか知れず、故に恐れを抱いているのである。
 日が暮れてからようやく家に入った田じいさんだが、不満だらけの二秀が灯りを点けないので、真っ暗なまま一人食事をすることになる。じいさんは食べながら、無駄に歳月を重ねるだけの自分に恥じ入ったり、実は二秀はもう何か知っていて、敏菊と一緒に秘密を共有しているのではないかと邪推もしたりした。食事を終えタバコを吸おうとするも、暗い上にランプが見つからないので、肝心のマッチが探せない。あからさまな嫌がらせにじいさんが疳癪を起こすと、急に奥の部屋の灯りが点き、中から二秀と誰かの話す声が聞こえる。しかしじいさんが戸を押し開けると、何とそこには誰もおらず、半分ふるいにかけた米ともみが床に広げてあるだけだった。気味悪いことこの上ない。もう怒る気力すら失せたのか、じいさんは体を洗うのも面倒くさいとばかりにベッドに倒れこみ、二秀のここ数日の反抗的な態度を思い返しつつ眠りに落ちた。
 異変が起こったのは夜半過ぎで、それは何やら緊張して歯をガチガチ鳴らしている二秀によって伝えられた。どうやら誰かが外で家の土台を掘っているらしい。その掘り方が猛烈で家全体を震わせた為、かっとなったじいさんが外へ見に行くと、月光の下で敏菊が鍬を振るっている姿が目に入る。じいさんが飛びかかって止めさせると、敏菊は冷笑しながら家が惜しいのかと捨て台詞を吐き、己の家に帰って行った。敏菊の奇行にしばし茫然としていたじいさんが思い浮かべたのは、土台の修繕に丸一日かかるかもしれないということだった。そして途端に思い出したのは、昨日二秀の言っていた、敏菊が二日も山を下りずにあちこち掘りまくっているということだった。つまり敏菊はなかなか宝を掘りだせないことに業を煮やした結果、じいさんの家にまで手を出したというわけなのだ。危うく傾くところだった我が家を改めて見たじいさんには、全く宝など埋まっていそうにないと感じられた。それから考えこんだ末に何か閃いたようだが、庭に立ってこの一幕を見ていた二秀には呆れたからか聞いてもらえなかったようだ。先ほどのことを引きずっているのか、その夜じいさんが見た夢は、自分と敏菊が鍬を奪い合いながら土台を掘って家が倒れ、埃と瓦礫まみれになるというものだった。
 ここからは二秀についての紹介に入る。彼女は実のところ腹の読めない人間であり、食事を用意したり孫の世話をしたりと家事はするものの、滅多に外出もしなければよその人と話すことも決してなく、ましてや田じいさんと敏菊の宝に対する大それた希望など少しも興味がない。彼女がじいさんの連れて来た許嫁で口が堅く賢いことは既知であるが、果たしてじいさんにとってよかったのか悪かったのか。時にじいさんは二秀に自分と敏菊の金儲けの妄想に大声で反対して欲しかったようだがやはりそこは二秀、冷ややかに見るだけで何もせず、事態を静観しているかのようである。
 秋風の吹く季節の早朝、田じいさんは敏菊と手分けして作業し、昼ごろまた情報を交換することに決めた。敏菊が山頂に向かうと、じいさんはその場に留まって昨日目星をつけた木の周りを掘り始める。しかしそれも下の木の茂みの中をかすった青いものを見つけるまでだった。それをきっかけに、次々と自分以外の山を掘る人がいるのに気づき、その中には何と女性までいるのだ。その光景にぞっとしたじいさんは山を下りて行くが、麓に着いた時にはもう少しで倒れるところだった。何故なら振り返り見た山は至る所人だらけだったからだ。以上が思わぬ事態に多大なショックを受けて体調を崩してしまった田じいさんの回想である。
 家族にも家にも、そして山にも捨てられた彼の行きつくところは、一体何処なのだろう。

まだ問題は残っている。「幽霊」-結局これの正体は何だったのか。その表現通りなら、たぶん田じいさんの先祖の霊なのだろう。宝を守る番人か、それとも子孫を宝へと導く存在だろうか。田じいさんが掘り起こそうとしていた「例の宝箱」は、先祖の残した「宝箱」であると判明しているが、結局それは「ありもしないもの」で、まさかのどんでん返しだった。結局田じいさんは一獲千金を夢見たただの愚か者でしかなかったことになる。しかし気になるのは、原文にあった「子烏虚有(「子虚烏有」の誤用)」という単語。直訳すると「絵空事、どこにもない物」という意味になるが、本当になかったのだろうか。もしかしたら......気づかずにすでに見えない宝を掘り当てていたのだろうか? だとしたらその宝とは何か? 真実は作者のみ知るということなのか......。         

~おわりに~

  残雪の作品を読んでいると、わたしは色々思うことがある。残雪の目にこの世の中はどう映っているのか、作品に見られる数々の奇抜なアイデアを生み出すきっかけは何か、一般読者向けではないという作品から得られるものはあるか、残雪が残雪となることに強く影響を与えた人物或いは出来事はないのかなど、とにかく尽きない。しかし、これらの疑問を抜きにしても、わたしにはただ一つ言えることがある。それは、残雪の作品を読むのは「すごく楽しい!」ということだ。まるで難解なパズルを解くかのように、分からないからこその面白さがある。これからも、このような素晴らしい文学作品に出会うべくわたしは本を探し続ける。


4.注
1 椋鳩十氏による童話で、老狩人と利口なガンの知恵比べを描いた作品。小学校5年生の
国語の教科書(読解の学習)にも掲載され、思い出深い作品として挙げる人も多い。1968年作。
2 1905年1月27日生~1987年12月27日没。日本の小説家にして、児童文学作家である。長野県下伊那郡に彼の胸像と記念館がある。
3 人民公社の基礎となった農村の生産組織。
4 イネ科の多年草。原野に普通に生息。高さ約六〇センチメートル。
5 唐辛子は夏に白色の小五弁花をつける。
6 将来息子の嫁にする為に引き取る少女。
7 地積単位。一ム-は約六〇〇平方メートル。

5.文献リスト
・残雪研究会『残雪研究 第二号』(残雪研究会、2010年)(179頁。その内1頁~33頁の『伝説の中の宝(1)(2)(3)』(近藤直子訳)を参照の上考察。
・残雪『残雪 自選集』(海南出版社、2008年)、672頁。その内423頁~441頁の『伝説中的宝物(一)(二)(三)』を参照。
 ※作品の出版年は番号順に2000年一期、五期、八期。
 ・Webページ『大造じいさんとガン-Wikipedia 』より一部抜粋。