伝説の中の宝(その一)

(「伝説の中の宝」は「その一」「その二」「その三」に分かれ、2000年『創作』1期、『歳月』8期、『十月』5期にそれぞれ発表された。「その二」「その三」の翻訳も現在準備中である)

 


近藤直子監訳
訳:日大文理学部中文学科08研究ゼミ
石切山七重、加島愛弓、高山祐司、土居祐美子
長谷川彩乃、藤田陽香、鈴木薫、中間梨代奈
増田周二、増本典子、磯田啓子


 田(ティエン)じいさんはついに念願かなって生産隊から家の裏手のあの小さい山を分けてもらった。数人で分けたので他に二軒の家にも取り分がある。

まだ子どものころに祖父から聞いた話では、あの山の中には銀貨宝玉の宝箱が隠されていて、役人だった彼らの祖先が戦乱の時代に隠したものだという。田じいさんが小さいころ、父親はすることがないとすぐあの山にもぐりこんで、二枚グワでチガヤの中をあちこち掘り起こしていた。時には飯どきになって母親が声を限りに呼んでも出てこなかったものだ。父親が死んだあと家は貧しくなり、田じいさんは人生の大半を野良仕事に明け暮れ、まったく息つくひまもないほどであった。思い返せばこの一生はまるでうすい影のようだ。母の最期を見とり、結婚して子を生み、二人の息子に嫁をもらい、その後息子に家を分けて別々に暮らし……どうしてたちまち五十いくつになってしまったのだろう? しかし今はのんびりできる、ふたりの息子が毎月、薪や米をとどけてくれるので、自分は野菜さえ育てていればいい。ところがちょっとのんびりしたら、心の中の欲望が、あの知らぬ間に五十年も押さえつけていた欲望がうごめきだした。いつしか彼も父親のように二枚グワをかついで山に出かけるようになっていた。

女房は怒った。田じいさんにもっと家で仕事をして欲しかったのだ。自分は孫の面倒をみたり豚の世話をしたりで手がまわらない。それに、自分の亭主がいわくありげにいつも山にこもっているのもいやだった。村ではもう、田じいさんがあんなことをしているのは一種の「病気」だとうわさしている者もおり、墓の盗掘でひと山当てようとしているという者までいた。だれも田じいさんの心づもりを知らず、不思議なことに女房さえ知らない。田じいさんは銀貨宝玉のことをこれまで女房に打ち明けたことがなかった。もしかしたら彼の一貫した慎重さのせいかもしれず、もしかしたら長年苦労しているうちに、いうのを忘れてしまったのかもしれない。怒ってはいても、女房には田じいさんを止める手立てもなかった。そのうちに彼女は、田じいさんが野菜畑の世話さえおろそかにしてしょっちゅうクワにもたれてぼんやりしているのに気づくようになった。彼女はあれこれ考え、亭主をこらしめることにした。その日の午前、彼女は豚にえさをやり終わり、あの二間の煉瓦造りの家を片付けると、ふたりの孫をつれて上の息子の家に行った。亭主の食事を一食抜いて、少しは目が覚めるかどうか見ようとしたのだ。

女房が孫をつれて上の息子の母屋に入ると、嫁が水がめに水を入れているところだった。

「どうして今時分に水くみをしているんだい?」彼女はたずねた。

「あの人がまる一日帰ってこないんですよ」嫁がいうのは上の息子のことだ。

「どこに行ったんだい?」田じいさんの女房は驚いた。

「山の中でしょうよ」嫁は苦悩を顔いっぱいに浮かべ、天秤棒をそのまま放りだした。「みな義父さんがたくらんだことですよ。あの人たちときたら隠し事ばかりして、わたしをだましている。わたしはこの家の何なのよ?」彼女はそういうと、いまいましげに姑をにらんだ。

嫁は明らかに彼女も悪だくみの一味だと考えている。田じいさんの女房は悲しかった。嫁と話が合わない以上、早めにこの厄介な場を離れた方がいい。言い訳をして立ち去ろうとしたら、孫が行こうとしない。食器棚の炒り豆を取って食べようとしている。嫁は不機嫌そうにそれをひとつかみして孫のポケットに突っこみ、ぷりぷりしていった。

  「みんな閻魔さまのところへ行ってしまえばいい!」

田じいさんの女房があの堀に沿って家へむかって歩いていたら、だれかが自分を実家にいたころの呼び名で呼ぶのが聞こえた。ふり向いたがだれもいない。また二、三歩歩くと、その人がまた呼ぶ。またふり向いたがやはりだれもいない。彼女はぞっとして腰をかがめて孫にたずねた。「だれかが今わたしたちを呼んでいたかい?」上の孫は平然と答えた。「じいちゃんが山からばあちゃんを呼んだんだよ」田じいさんの女房は身ぶるいして声を張りあげた。

 「嘘だ、山からここまで一キロはあるのに、どうして聞こえるんだい? ええっ?」

 孫は不満げに祖母を見て小声で弁解した。
 「だって聞こえたんだもの」

 「なんといってた?」
 「とにかくばあちゃんを呼んでいて、ほかのことはよく聞こえなかった」

 田じいさんの女房はちょっとあたりを見まわし、ふたりの孫をそばに引き寄せて自分を勇気づけ、先へと歩きつづけた。彼女は足を速めた。そろそろ小さな橋に着くころ空が暗くなり、突然、宙にすさまじい老人の声が響いた。
 「二秀(アルシュウ)や!」

 田じいさんの女房は足の力がぬけ、地べたにひざまづいた。ふたりの孫はおおあわてで必死に彼女の服を引っぱりながら泣き叫んだ。
 「ばあちゃん! ばあちゃん!」
 彼女はしばらくしてようやく気力をとりもどし、身体のほこりを落として立ち上がると、もう一度孫にたずねた。

「だれかがわたしたちを呼んでいるのが聞こえたかい?」

「なにも聞こえなかった」ふたりの孫は、口をそろえていった。

「おやまあ!」彼女はぶつぶついって、孫の手を更にしっかりつかんで小走りに走りだした。

 

田じいさんと上の息子は大岩の上で煙草を吸っていた。二人とももう疲れきっていた。

「敏菊(ミンチュウ)、おまえは帰れ。嫁が家でどんなに怒ってるかわからんぞ」田じいさんが息子にいった。

敏菊は目を白黒させて、当惑したようにいった。

「こういうことは、どうして疲れを覚えないんでしょう? ひとクワひとクワ掘るたびに、すぐまた考える。この次こそはと。こうしてどんどん掘っていると、一晩があっという間に過ぎてしまう。父さん、まだあの話の中身を思い出せますか? もう一度よく考えてみてください」

 田じいさんは目を閉じて長いあいだ考え、しきりに首を横にふった。たしかにもうすっかり忘れかけている。残った記憶の中で、祖父のあの老いた声は誘惑に満ちていたが、具体的にどんなことをいったのか、細かなことをすくいあげるのは実にむずかしく、どんなヒントも与えてはくれなかった。まして、これは彼が六つのころのことで、たとえ祖父がなにかの秘訣を教えてくれたとしても、彼にはわからなかっただろう。痩せてひ弱な息子をいくぶん不憫に思いながら見ていると、やましさがこみあげてきた。当初土地が分配されるとき、嫁たちはみな少しでも多くの田んぼをもらって実入りを増やしたがった。田じいさんひとりだけがこの山に食いつき、死んでも離さなかったのだ。おかげで家計はかつかつになってしまった。だれもがこの山の土質は良くないと知っていた。なにも植えられず、チガヤや小さな灌木が生えるに任せるしかなく、田じいさんがこの荒山から得たのはただひとつ、焚きものにする柴だけだった。

「父さん、思い出せないのなら、やはりおとなしく掘りましょう。いつか必ず掘り当てますよ。ときどき思うのです。ブルドーザーを使ってこの山を平らにすれば、すぐ出てくるんじゃないかと。でもまたこう思うのです。そんなことをして何がおもしろい? やはり、ひとクワひとクワ掘るのに意味があるんですよ」

田じいさんはクスリと笑って息子の背中を力いっぱいたたき、内心わくわくしてきた。彼は、掘っている途中でいくつか土がやわらかくなっている場所に行き当たったことを思いだした。父親はもうこの山じゅうを掘りつくしたのだろうか? すでに例のものを見つけ、それを取りだして心ゆくまで鑑賞して、また深い土の下に埋めたのだろうか? 母親の話によれば、父親はなんでも腹にしまっておくたちで、思っていることを決してだれにもいわなかった。もし彼がひとりで楽しみたかったなら、そうした可能性も大いにある。それに、もし父親がすでに探し当てた宝を埋めたとしたら、きっとさらに深く埋めたにちがいない。そうすればいっそう探しにくくなる。本当にそうだとすれば、ひたすらあの土の軟らかいところを掘るべきなのだ。こんな考えを抱いて彼はある岩の下を三日も掘りつづけたが、結局なんの収穫もなかった。今、彼はその岩の上に坐っていた。頭の中にはあの戦乱の場面がしきりに浮かび、角笛が空中から何度も吹き鳴らされている。駆け回る人々の群れの中にひとり猫背の者がいる。その猫背のシルエットは走っていくうちにしばしば倒れた塀のむこうに消え、あるいは飛び跳ねるいくつもの影にたちまち覆い隠されてしまう。そういう場面がまた現れると、猫背の者もまた現れ、またもや人々の群れから駆けだしてきて、離れていく。田じいさんは思った。この猫背は祖父の昔話の登場人物のひとりではないだろうか?

「おれはやはり掘りつづけますよ、」敏菊が田じいさんの瞑想を破り、リュックから取りだした乾燥食をかじりながら身を起こした。「手分けしてやり、昼過ぎにまたここで合流しましょう」彼は背の高いチガヤの中に消えた。
 上の息子は不意を突いて彼の仕事に加わったのだった。始めのうち、田じいさんは自分の情熱に浸るばかりで、他人とその楽しみを分かち合おうなどとは思いもしなかった。この荒れ山に一歩踏み込むとすぐ頭に血がのぼり、たくさんの声が体の中でわめきだす。毎度彼はあれこれ考える暇もなくひとつ目標を定め、一気に掘っていった。あの日は北風だった。下を向いてせっせとやっていると、突然背後で土を掘る音が聞こえてきた。自分が掘る音がこだましているのかと思い、すぐに手を止めると、その音はやはり一度また一度と聞こえてくる。田じいさんは仰天し、すっかり落胆した。この秘密はもはや彼ひとりのものではないのだ! 彼は、その人はきっとこの山の産物の所有権をもつもう二軒のうちのひとりだろうと考えた。彼はその場で待っていたが、その人は着かず離れず掘りつづけていてこっちにやってこない。ついに田じいさんはしびれを切らし、チガヤをかき分け探しにいった。思いがけないことに、彼が見たのは息子のあの高くつきだした尻で、この発見に彼は内心ほっとした。なんと不思議なことか。息子はどうして彼の秘密を知ったのだろう? 敏菊を呼び止めて何を掘っているのかと聞くと、敏菊はにこにこしながら逆に聞き返した。「父さんこそ何を掘っているのです?」 田じいさんが顔を曇らせて冗談はやめろというと、敏菊は、自分は父親が何を掘っているのかまったく知らないが、ただきっと面白いことにちがいないと思ってまねを始めたのだと認めた。 田じいさんはひとつため息をついて、あの父祖伝来の物語を息子に話してやった。その日からこの仕事は父子ふたりの共同作業となった。 息子は若く気短かで考えがどんどん変わり、いつも新しい意見を出してきた。 たとえばせんだっては、あれこれ思うに中庭のあの井戸がかなり怪しい、曾祖父はあの宝を掘り出したあと井戸に放りこんだのではないかといった。その考えを聞いて田じいさんはしばらく落ちこんだ。井戸の水をすっかり抜いて宝を取り出すのは絶対に無理だ。彼らに吸い上げポンプを買う金などない。息子の変わりやすい気性のせいでいつもふたりは気分が悪く、おかげでしょっちゅう仕事を中断して、あの実りのない討議をするはめになった。ああだこうだと論じるうちに、ふたりとも仕事そのものに心底嫌気がさし、すぐにも足を洗いたくなった。ときに田じいさんは敏菊の後ろ姿を見ながらついついこんなことを思った。だれが途中で割り込めといった? まったく災難もいいところだ! 嬉しくなかったとはいえ、全体として田じいさんは息子にやはり満足していた。彼が加わったおかげで、田じいさんの神経は常にぴんと張りつめ、奮い立っている。もし息子が来なかったら、ひたすら掘りつづけているうちに、頭が馬鹿になっていたかもしれない。

 

田じいさんが家に帰ったのはもう灯ともし頃だったが、中庭に入ると室内は真っ暗なので不思議に思った。部屋に入ると、女房の声が暗闇の中から聞こえてきた。

 「あんたがたがご先祖を安らかにしておかないから、わたしも生きていけなくなった。まったく欲が深くて」

 「どうしたんだ?」田じいさんの心臓が喉まで跳びあがった。

 「あちらこちらでご先祖様の声がするんだよ、道路や軒下や、台所やら厠やらで休みなく呼びたてている。もう肝まで潰れそうで、どうして生きていけよう? ほら、食べなさい!」

 女房は食卓の茶碗や皿をガチャガチャ鳴らしたが、明かりは点けようとしない。田じいさんが食卓に向かうと、二本の箸であごをつつかれた。女房が渡してよこしたのだ。

 「灯りも点けないでどうして飯が食える?」

 「なんとか適当にやって。灯りを消さないとあの声が止まないんだよ。さっきはてっきり、最後の日が来たと思った」

田じいさんはいいかげんに食事を済ませると、茶碗と箸を食卓に放り投げ、手探りで自分のキセルを探しにかかった。

 「探しても無駄さ。あれはもうカマドにくべて燃やしてしまった」

 「なんでだ?!」田じいさんが吼えた。

 「話を聞けばわかるよ。今日の午後わたしがここに立って米をふるいにかけていたら、戸棚から煙が出てくるのが見えた。そこにいって戸棚の戸を開けたら、あんたのいまいましいキセルが燃えていたのさ! わかったかい? だれも吸ってないのに、いっぱいに詰まった刻みタバコが燃えていたんだよ! 罰が当たったのかね? まさかご先祖様が戸棚の中に坐ってタバコを吸っていたんじゃないだろうね? その後、秦さんのおかみさんが来て、あれを燃やしてしまえといったのさ。あ、あんた聞いて、聞いて!」

 田じいさんの女房は話しながら寝室へ逃げていった。

 田じいさんは手探りで食器棚のほうへいってマッチを探したが、長いこと探しても見つからない。彼は心の中で思った、きっと女房が隠したに違いない。思わず怒りがこみ上げてきて、手をひと振りし、四、五個のお碗を残らず床にはらい落した。お碗が割れる音の中で、田じいさんは戸口にひとり、背の高い男が立っているのに気づいた。その影は微動だにしない。田じいさんは女房のいったことを思いだし、一瞬足の力が抜けてひざまずいてしまった。

 「けっこうじゃありませんか」男がいった。

 「あんた、だれだ?」

 「だれって、きまってるでしょう、あなたのいとこの息子ですよ!」

田じいさんは恥ずかしそうに立ち上がり、心の中で自分にいった。いったい何をこわがっているのだ? 彼はいとこの息子のほうへ歩いていき、彼がライターを取り出し、煙草に火をつけて吸うのを見た。炎が上がって男の顔が照らし出されたが、その顔はいとこの息子などではまったくなく、出っ歯でだんご鼻の中年男で、これまで見たこともなかった。ところが炎が消えて話し声だけになると、またこの男はたしかにいとこの息子のような気がした。歳のせいで目がかすんだのだろうか? いつのまにか女房がまたこの部屋に忍びこんできていた。彼女は田じいさんの足もとにうずくまってズボンの裾をひっばり、田じいさんがしゃがむと小声でいった。

「この人だよ、この人が部屋じゅうでわたしを呼んでいたのさ。まったくいまいましい」

「おじさん、あなたはまだ一箇所、掘ってない場所がありますよ。ほら、山への入口のところで、見たらあそこは土がしっかりしていたので、おじさんがまるで注意を向けていないとわかったのです。どう思います?」男は彼らに背を向けたままこういった。
「掘ったとして、だからどうだというのだ? また掘らなかったら、だからどうなんだ?」田じいさんはわざと落ち着き払っていった。

「この種のことをだれが予測できるでしょう?」男の口調がなんだかめっきり悩ましげになった。

その気分が伝染したらしく、田じいさんの心にも妙な悲しみがわいた。彼は立ち上がって灯りをつけにいき、それからこの男とじっくり話をして、彼がいとこの息子かどうかをはっきりさせ、また、彼が自分の事業についていったいどのくらい知っているのかを探りたいと思った。しかし女房が必死にズボンを引っぱっていて動けない。田じいさんがやっとのことで女房を振り切ったときには、男はすでに外へと歩きだしていた。田じいさんは呼びとめたが、彼はまるで聞こえないようにまっすぐ庭を横切り、むこうの道に消えた。

「気がふれてる! 気がふれてる!」女房がぷりぷりしていった。「キセルはあいつが燃やしたんじゃないかね?」

その日の晩、老夫婦は慎重に戸に二重にかんぬきをかけ、後ろに食卓を運んできてあてがい、それからようやく寝にいった。女房は何度も驚いて目を覚まし、その度に、あの男が外で彼女の実家での呼び名を呼ぶのを聞いた。彼女が聞いた男の声はとても年寄りじみていて、「ご先祖様」を思い出させた。彼女はいらいらし、田じいさんを揺り起こして聞こえたかどうかたずね、さらには「なにもかもあんたが山をつつきまくるせいで起きた災難だ」といった。田じいさんは彼女を相手にせずに自分を責めたてるに任せ、その声の中でたちまち死んだように寝入った。

田じいさんが朝目覚めると、女房がむくんだ顔で髪をとかしていた。思わずどきりとして昨夜のことを思いだした。考えているうちに頭の中に「一家滅亡」の大きな文字が浮かんできて、顔色まで変わった。

「今日は山へ行くのはやめた。家で整地をしよう」

「無駄だね。あんたが行かなくても敏菊が行く。今、乗りに乗っているところだからね!」女房は彼に目もくれずにいった。

「なんだ、知っていたのか」

「何を知っているって? わたしは何も知らないし、知りたいとも思わないよ。なんの違いがあるのさ?」女房は今度は彼に向きなおり、目を見開いてにらみつけた。

田爺さんは女房の顔に死の兆候が現れているのを見て胸を絞めつけられ、ベッドの縁にへたりこんでため息をついていった。「本当に恐ろしい!
 自分でもわけがわからなかったのは、女房が台所に入るのを見ながら、自分がまたすばやく物置にもぐりこんで二枚刃のクワを取り、出かけたことだ。顔を洗う暇さえなかった。山の上に着くと赤い太陽がすでに東に昇っており、下を見ると、敏菊が別の道からもう山を下りていくところだった。彼がなんと月明かりの下でまた山でひと晩掘りつづけたのだと思うと、田じいさんはついうらやましくなり、若い者はやはり精力いっぱいだと思った。上の息子は下の息子とはまるで違う。下の息子は早くに外に出て運送に走りまわり、いい暮らしをしているが、上の息子はずっとこの数畝(ムー:1ムーは約600平方メートル)の田畑を守り、どこにも行かずに貧しい暮らしをしている。これまで田じいさんと上の息子の関係はずっと比較的冷やかなものだった。この息子は自分に似すぎていた。人の心は表からは見えないものだ。彼自身も年をとってようやく欲望が噴き出てきたのではなかったのか。敏菊のような一途さ、山の中で二日二晩も明かすような一途さは、おそらく、「ものに憑かれた」というほかないのだろう。これまでずっと朴訥だった敏菊が見せた激情には、田じいさんさえ残念ながらかなわない。きのう敏菊は、もう穴をひとつ探し当て、しかもそれを何メートルも掘り進めていると彼に告げた。敏菊が祖先同様、自分ではもうあれを探し当てていながら、他人に知られないようにまだ探しているふりをして、山をあちこちで掘りまわっているということはないだろうか? あるいはひょっとしたら、夜、その宝を鑑賞し、番をしているのでは? そうでもなければあのいびつな情熱は説明がつかない。田じいさんはこんな複雑なことを考えたとたんに自分に嫌気がさしてきた。どうして息子まで信用できなくなかったのだろう? 信用できないなら、あのときまたどうして秘密を教えたりしたのか。心が千々に乱れて地面を掘る気もなくなり、息子のいっていたその穴を探しはじめた。この山はこれっぽっちの大きさだ、どのみち見つかるだろう。

「敏菊や敏菊、」田じいさんは心の中でこぼした。「おれに隠してはいかん。おまえが山に二日二晩もいたことは、何か重大な異変が起きたことを物語っている。この策略家めが、どうしておやじに少しも漏らしてくれないのだ?」

 いつの間にか、田じいさんはまた息子を信用できないような気がしてきた。

 その日の夕方、田じいさんは敏菊と嫁がふたりで笑いながら菜っ葉を干しているのを見かけ、思わずドキリとして自分の昼間の判断に疑惑を抱きはじめた。嫁が彼に代わってその謎を解いてくれた。

 「あれほど時間をかけたのは、なんとこんな屑のためよ!」 彼女は足もとの粗末な銅の香炉をちょいと蹴って、大声で舅にいった。「貧しいのは前世からの定め。一発当ててぼろ儲けをしようなんて、とんでもない了見だわ!」

 田じいさんと息子はきまり悪そうに一瞬目を見合わせ、ふたりで視線をそらした。

 田じいさんは顔を落日のほうへ向けた。そこには高く大きな古いあずまやがあり、数えきれない蝙蝠がまわりを飛んでいた。蝙蝠たちは空中に、先祖が残したあの夢を織っているのだった。

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