| 宍道湖と中海を結ぶ大橋川は、中世から明治時代まで、この地方と京都をつなぐ主要な交通路でした。大橋南の「白潟(しらかた)」という地名も、中世の荘園「白潟荘」から来ているそうです。
小泉八雲は「神々の国の首都」の中で、大橋を南に渡りきって、さらに南800m程のところにある白潟天神まで、「裕福な商人たちの町で、右を見ても左を見ても濃紺ののれんがずらりとかかり」と語っています。今でもここは商店が連なる通りですが、明治時代ほどの賑わいはないようです。
なお古墳時代の中心地は、天神さまからさらに南東に4Km以上下った、現在の松江市の南境付近です。 |