松江の紹介

松江市街図
松江市の中心部分の略図です。地図の上部が北方向で、南北2Km強、東西3Km弱の範囲です。人口密集地は、この地図の北と南方向に、もう少し広がりがあります。また、行政上の松江市の範囲(面積)は、この地図の20倍程度だと思いますが、概ね、地図の範囲が「市街地」と考えてよいでしょう。
1.JR松江駅 2.大橋の南 3.大橋川 4,京店〜京橋川
5.片原、市役所 6.松江しんじ湖温泉駅 7.月照寺 8.城の周辺
9.松江城 10.城山稲荷 11,北堀川〜普門院 12.塩見縄手
13.北高(旧松江中学) 14.明々庵 15.春日神社 16.殿町
17.島根大学 18.くにびき通り、学園通り 19.母衣小学校 20.北高跡地を探して
21.その他の写真 <特別編>
(2009.10.04 New)

<参考文献 他>
このサイトを完成させるために何冊かの本を参考にさせて頂きました。特に下記の2冊は、小泉八雲の随筆を簡単に入手できる唯一の書籍だと思います。八雲がこの地に船でやってきたこと、その当時から大橋の南通りが商人の町だったことなど、この本によって初めて知ったことは数限りなくあります。また、随筆文についてはサイト内でも、正当な引用の範囲を越えないように注意しつつ、何カ所かで使用させて頂きました。この場を借りて、出版社ならびに翻訳者の皆様に感謝の言葉を捧げます。
(1)明治日本の面影 小泉八雲 著 平川祐弘 編 (講談社学術文庫943)ISBN4-06-158943-1
(2)神々の国の首都 小泉八雲 著 平川祐弘 編 (講談社学術文庫948)ISBN4-06-158948-2
宍道湖と中海を結ぶ大橋川は、中世から明治時代まで、この地方と京都をつなぐ主要な交通路でした。大橋南の「白潟(しらかた)」という地名も、中世の荘園「白潟荘」から来ているそうです。

小泉八雲は「神々の国の首都」の中で、大橋を南に渡りきって、さらに南800m程のところにある白潟天神まで、「裕福な商人たちの町で、右を見ても左を見ても濃紺ののれんがずらりとかかり」と語っています。今でもここは商店が連なる通りですが、明治時代ほどの賑わいはないようです。

なお古墳時代の中心地は、天神さまからさらに南東に4Km以上下った、現在の松江市の南境付近です。