井上ひさし氏記念講演
『憲法について、
  いま どうしても伝えたいこと』


2008年8月21日(木)教育のつどい全体集会

 

戦争を絶対になくせる法?!

井上ひさし氏  第1次世界大戦後、あまりに悲惨な結果に、デンマークのフリッツ・フォルムという将軍が「戦争絶滅うけあい法案」を提案した。その内容は、戦争が始まったらすぐに、国家元首とその親族、大臣、国会議員(戦争に反対した人を除く)を最前線に送る。年齢や健康状態は一切考慮しない。妻や娘は看護婦として野戦病院に送る、というもの。そうすれば戦争はなくなると。
 この提案には背景がある。第1次世界大戦での死者は95%が軍人で一般市民は5%に過ぎなかった。ところが、第2次世界大戦では軍人と一般市民の死者の数が桔抗し、朝鮮戦争で軍人16%:一般市民84%、ベトナム戦争では軍人5%:一般市民95%と逆転している。イラク戦争での死者はWHO調査では米軍4000人、イラク人15万人としているが、ある医学専門誌の統計ではイラク人の死者65万人となっている。負傷者はその10倍と推定され、さらに国外に逃れた人が400万人。イラクの人口は2500万人だから、戦争が起きれば国民の半数以上が死傷あるいは難民となっている。これが戦争のリアルな現状である。
 最近、『論座』で「31歳フリーター。希望は、戦争」という論文が話題になった。格差と貧困が広がる現代では、戦争になればチャンスがめぐってくると考える若者がいるかもしれないが、それはまちがい。なぜなら、戦争が起きれば死ぬのは一般市民であり、チャンスがめぐるはずの若者白身だから。正しい戦争はない。平和とは、戦争が無いだけでなく、将来に希望がある状態をいう。1%でも希望があれば生きられる。


日本憲法から生まれた南極条約

 敗戦後の日本が、戦勝国による占領状態からどのように立ち上がったか。日本国憲法をつくり、サンフランシスコ講和条約で独立し、国際社会に復帰した。そのとき、まず頑張ったのが国際共同の南極観測。それが学術面における日本の国際社会への復帰になると文部省も一生懸命だった。
 ところが、観測に参加していた7カ国が南極を自分の国の領土だと主張。また、米ソが、それぞれ南極に軍事基地をつくるのではないかと疑い対立していた。
 そのとき、文部省の木田ひろしという広島出身の若い官僚が南極観測にかかわる仕事をしていた。彼は、学徒出陣から戻ったら原爆で家族が全滅していた。文部省に入り「あたらしい憲法のはなし」という有名なパンフレット、中学校の副読本を書いた人でもあるこの人が、南極の会議で各国の代表がもめているときに、「日本は戦争放棄の新しい憲法を持ってスタートした。これを一晩読んで、明日もう一度話し合ってほしい」と大演説をして英訳した日本国憲法を配布した。各国代表も度肝を抜かれて、話がまとまった。それが1959年の南極条約です。内容はいたってシンプルで、領有権は凍結。人類の共有財産である。軍事利用は禁止。科学的な調査活動だけ。戦後の国際条約の中で最良のものの1つです。
 1966年には宇宙条約ができる。大気圏外は人類共有のものであって、軍事利用や核使用は禁止する。これは南極条約がモデルになっています。1968年には中南米が非核地域の条約を結び、さらに海底条約、南太平洋の非核地帯化、東南アジア非核地帯条約へ。アフリカ統一機構でも非核化を打ち出し、南アフリカ共和国はその際、すでに保有していた核兵器を廃棄した。中央アジアでもモンゴルが非核宣言をしている。
 日本国憲法を読んだ人が感動して、南極条約をつくり、それをお手本にして次々に国際平和条約がつくられている。戦争でもめているのは世界の中ではもはや少数派だ。
井上ひさし氏  オランダのハーグという都市では、これまで歴史的に重要な事柄が決定されてきた。1899年の第1回万国平和会議には26カ国が参加し、使用してはならない非人道的な戦術や捕虜の取り扱いなど、戦争のルールを定めたハーグ陸戦条約が成立した。1907年の第2回会議では44カ国(第1回の約2倍)が参加し、中立国の権利と義務に関する事柄が決められた。そして1999年の第3回会議では、“日本国憲法9条にならい、各国は戦争を禁ずる決議をすべきだ”とするアジェンダが採択された。我々は孤立しているわけではなく、日本国憲法の平和の理念を守り生かすことが世界の流れである。


憲法「改正」を阻止するために

現政府は憲法「改正」を目論んでいるが、そもそも日本で彼らの目指すような憲法「改正」は可能なのだろうか? 答えは「不可能」。憲法99条では、総理大臣をはじめ各国務大臣、公務員には憲法遵守の義務を定めているため、憲法「改正」を唱えること自体が憲法違反となるからだ。
 憲法が簡単に変えられてしまわないよう、各国にも厳しい規制がある。イタリアでは139条で憲法改正禁止が謳われ、フランスでは8条で「共和制」が護られるようにされている。アメリカ合衆国では修正5条で連邦議会の部分については変更できないと規定。ドイツでは、基本的人権の部分には手がつけられない。
 日本国憲法も然りである。これからも日本で9条改憲をめざす動きを監視し、心をひとつに団結してみんなで阻止することが大切だ。


教育のつどい速報「大文字」No.5より