コラージュ collage(仏)―― 「糊による貼付け」の意。キュビスムのパピエ・コレ(貼紙)の発展したもので、本来相応関係のない別々の映像を最初の目的とまったく別のやり方で結び付け、異様な美やユーモアやロマネスクの領域を絵画に導入した。
ダダシュルレアリスムにより開発され、シュビッタースの『メルツ』やエルンストの『百頭女』『慈善週間』などが知られる。その後これに類する手法は、現実の多様性を画面に取り込むための最も有効な手段のひとつとして、ネオ・ダダ、ポップアートをはじめ20世紀の芸術において広く用いられている。写真についてはフォトコラージュという。

ではコラージュの原祖である「パピエ・コレ」とは何か。
パピエ・コレPapier colle(仏)―― 貼紙。1910〜1911年頃、ブラックやピカソがはじめたキュビスムの表現方法。
「分析的」段階(1910〜1912年)にいたって抽象的な線の要素に解体したキュビスムの画面に現実感と日常性を回復させるため、新聞紙、切符、模様紙、レッテル、さらに羽毛、砂、針金などを貼り付け、新しい造形効果と物体性を導入した。のちのダダやシュルレアリスムのコラージュに発展。20世紀絵画におけるオブジェの意識の形成過程にとって重要な契機をなした技法である。

「新潮世界美術辞典」より

ダダイズム Dadaism―― 第一次大戦渦中の1916年、チューリヒには合理主義を嫌悪する厭世的な気分が満ちていた。かの地でそのような気運に対応する反芸術運動を展開しようとしたルーマニアの詩人ツァラは、辞書に無作為にナイフを突き立てたところ、その刃先はフランス語では「木馬」を、スラブ系言語では「相槌」を意味する「ダダ」という一語を刺していたという。
これ以降、ツァラがバルやアルプらと創始した「ダダ」は明確な根拠を持たない、反芸術的な文芸運動として始まったが、ピカビア、シュヴィッタース、レイ(デュシャンを含める場合もある)らがその先鋭的な主張に刺激を受け、「アサンブラージュ」、「コラージュ」、「フォトモンタージュ」などの技法を駆使した造形作品を矢継ぎ早に発表した。
なお、造形運動としてのダダの展開はほぼパリ一都市に限定され、この運動に参加した作家の大半は、20年代以降その理念や技法を「シュルレアリスム」へと継承していく。
シュルレアリスム Surrealism ―― 日本語では「超現実主義」。両大戦間のヨーロッパで広く展開された総合芸術運動。この名称は1917年詩人アポリネールが、自作の戯曲の装置を担当したピカソの舞台美術を指して言ったことに由来するが、24年ブルトンが『シュルレアリスム第一宣言』において、精神分析的な考察を加えた「夢の全能性への信頼に基づく」芸術の総称へと採用し、以後も指導的役割を演じた。
当初は文学運動としての側面が強かったが、「オートマティズム(自動記述)」の理念は造形芸術にも強い影響を及ぼし、20世紀美術の一大潮流を形成した。代表的な作家はダリ、エルンスト(ともに後に除名)、マッソン、ミロなど。パリを拠点に活動していた多くの作家は、30年代末にはナチスの台頭によってアメリカに逃れ、ゴーキーという最後の後継者を見出した後に終焉を迎えた。
キュビスム Cubism―― この名称はそもそも1908年、マティスがブラックの抽象画に投げつけた蔑称に由来している。この様式は、当時ブラックとピカソが共働を営んでいたところから発したもので、無数の立方体の配置によって視覚を再統合するその試みには、アフリカのプリミティヴな彫刻、ルソーら「素朴派」の表現力、「自然を円柱、円錐、球として扱う」セザンヌの構造的連続性などの影響を指摘することができる。
1912年までの禁欲的な作風のものは「分析的キュビスム」、その後のアサンブラージュやコラージュを用いた作品は「総合的キュビスム」と言われるが、両者の決定的な差異は必ずしも明確ではない。第一次大戦後のさまざまな芸術運動に重大なインパクトを与えたことは疑う余地がない。


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