「野底山・姫宮の伝説」

岩見重太郎のヒヒ退治


むかし、むかしのはなしなんだに。上郷村の野底の奥の姫宮ちゅうところは人里から離れておって、みやましい杉が生い茂る昼間でも暗いところだもんで、村の衆はめったに行かない寂しい場所だったんな。毎年、年に一度の春祭りの前の日になると、きれいな娘のおる家に白羽の矢が刺さって、その家で娘を人身御供(ひとみごくう)として御供えせんと、神様がごうわかして田畑を荒らして作物ができんようにするっちゅうもんで、しかたなしに娘を姫宮に供えておったんな。

  ある年の祭りの時、ちょうど岩見重太郎っちゅう旅の侍が通りがかって、村人の話を聞いて、「これはきっと、なにか悪者の仕業に違いない。神様がそのような事をするはずはない。今夜は私が身代わりに人身御供になってお宮に赴き、その悪者を退治して進ぜましょう。」っちゅう事になったんだに。

やがて辺りが暗くなると、村の衆四人の手にによって、重太郎の入った大きな白木のひつぎが姫宮の神殿に供えられたんな。夜が更けて真夜中になると、急に雲がひろがり稲妻が走ったんな。闇の中をズシンズシンと山を踏み分けて忍び寄る怪しい物音がするの。そいで重太郎が、ひつぎの隙間からのぞくと、大きな黒い影がだんだんとひつぎの方に近づいてくるんな。だもんで重太郎は、ひつぎの中から踊り出てその大きな化物の胸の辺りを目掛けて切りつけたんだに。化物は、悲鳴を上げてよろよろと闇に消えていったっちゅうに。



夜が明けて、東の空が白み始めたころ、虚空蔵山(こくうぞう)のふもとに重太郎のあげたのろしを見つけた村の衆がお宮へ来てみると重太郎は無事で皆の来るのを待っとったんな。
大勢で血の痕をたどって権現山の奥へと分け入ってくと、大きな岩陰の洞窟に、血みどろになって死んでいる大きなヒヒがおったんな。「やっぱ神様じゃなかったんだなむ。」「いままで娘たちを…。ほんとに、むごいことをしてきたもんだ…。」と、村の人たちは恐々中を覗きこんでささやきあっとったっちゅうに。その年から人身御供はなくなったんだって。めでたし、めでたし


岩見重太郎のヒヒ退治のなごり